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雨待ち風 【投稿日 2006/04/12】

カテゴリー-ハルコさん


第一幕 部室にて

ハルコ「えっ?」
部室でぼんやりとしているところ、突然声をかけられて、ハルコは驚いた。

春日部「だからー、今回の合宿で笹原と荻上さんをくっつけちまおうっ
て言うの!聞いてたの?今の話、ハルコさん!もちろん、そんな強引な真似は
する気無いけどさー」
そばで大野がウンウンと頷いている。
春日部「それとも、二人の事、気付いてなかったとか?」

ハルコ「もっもちろん、気付いてたわよ!」
とお茶をすすりながら、ハルコは慌てて弁解した。

そう言いながらも、本当はハルコがそれに気付いたのは最近の事だった。最初
は普通にハルコと接していた荻上が、急に素っ気無くなったのは何時の頃から
だったか・・・。思えば、その頃から荻上は笹原の事を意識し始め、笹原と親
しくする自分に穏やかでいられなかったのだろう。
(ほんと鈍いなー、わたし・・・)
そう思いながら、頭を掻いた。

春日部「それでさ、さっき話した通り、俺が笹原にもっと積極的に押すように
促すからさ、ハルコさんたちは荻上さんの気持ちを和らげる方向で頼むよ」
ハルコ「はは、ここはドンとお姉さんに任せなさい!」
とハルコはここぞとばかりに、年長者風をふかした。
(自分の恋もままならないのに、人の恋路の手伝いしてる場合カネ?!)

春日部「頼むよ・・・笹原には色々と入学の頃から、ぐちを聞いてもらったり、
世話になってっからさー。こんなお節介、俺らしくないけどね・・・」
そう言いながら春日部は昔を思い出すような遠い目をした。

そんな春日部の姿を見て、ハルコもまた、春日部との昔の思い出が脳裏をよぎ
った。

第一印象はお互い最悪だった。むしろ嫌いだったかもしれない。ハルコはハル
コで、せっかく入った女子新人の真琴を手放したくなかった。
腐女子の先輩に誘われて入部した現視研は創作活動をしないオタクや腐女子
には居心地のいいところだった。男子もいたが、不干渉な領域にはお互い干渉
せず、共通の、例えば『くじあん』とかの話題で盛り上がっていた。
先輩が卒業してからはハルコ一人が女子だった。それに不自由はなかった。田
中や久我山もハルコを異性として意識する事無く、気さくに接していたし、ハ
ルコもまた意識せず気さくに彼らとオタク話を楽しんだ。
だが、やはりやおい話ができないのは寂しいと密かに思っていたところへの真
琴の入部希望だったから・・・。

春日部も逆にきっと嫌っていたことだろう。意中の女性の趣味が彼には到底理
解できないものだった。なんとか辞めさせたくてしかたがなかったはずだ。ハ
ルコも思いっきり意地悪をして、やおい趣味と男女の交際とは「別物」だと言
って、春日部を口惜しがらせたものだった。

(何時からだろう・・・この感情が変わったのは・・・)
変わったのはハルコの感情だけではなかった。二人の関係は二人の性格にも影
響を与えた。ハルコの外見の変化も著しかった。野暮ったい服を春日部に指摘
されてからは服装にも気をつかうようになった。昔からの友人の高柳と久しぶ
りに会った時、「知らなかった!ハルコが女だったとは!」と言われた。「昔か
ら女だよ!」と軽口をたたいたが、悪い気はしなかった。

ただ、昔のような気さくな関係に戻れない事を寂しくも思った。田中が大野と
付き合い始めた頃にも同様に長年の友人を失ったように寂しく感じたものだ
った。

春日部「・・ルコさん!」
ハルコ「えっ、ああ、はい!」
春日部「今日はどうしたの?ぼんやりしてばっかりいて!」
ハルコ「あらあら、ごめんなさい」
(こうして春日部君と話すのもいつまで続くのかな・・・)
そう言って不思議そうな顔をしている春日部に笑いかけた。

第二幕 別荘への風景

合宿当日の空は晴れ渡っており、空気も爽やかだった。樹々の生い茂る緑の光
が眩しかった。いつもと違う環境は心も軽やかにする。現視研サークル一行を
先導する惠子も普段以上にはしゃいでいる。

惠「こっち、こっちだよ」
惠子は春日部の手を引っ張って、合宿所のあるペンションまで導いた。恵子は
春日部への好意を隠そうともしない。ハルコは惠子をうらやましく思った。
真琴はあいかわらずおっとりぼんやりしている。イラストレータの仕事を在学
中から始めており、その締め切りに追われて、疲れた様子だ。
見せ掛けでない天然の愛らしさを持つ真琴は不思議と人の悪意に無縁に見え
る。真琴自身も、また周囲からも・・・。
ハルコは真琴を見つめてため息をついた。

静謐な林の中にたたずむ別荘は、小さいながらも木目の内装の綺麗な吹き抜け
の作りで、趣向をこらした雰囲気がとても良かった。惠子と大野は真っ先には
しゃぎながら、温泉のある浴室を探し当てた。二人は温泉がやや予想よりも作
りが雑な上、外から丸見えな事に失望していたが、ハルコはまずまずだと思っ
た。

春日部「じゃあ、当初の計画通りに・・・」
と春日部はハルコに耳打ちした。
ハルコ「うっうん!」
ふいに春日部の顔が近づいた事に驚き、顔を赤らめながら答えた。

二人の様子をうかがうと、笹原が荻上に視線を向けても、荻上は意識的に顔を
合わせようとしない。むしろ不自然なくらいに見えた。
荷物の片付けが終わると、大野は荻上を散歩に誘った。惠子も春日部を誘って
ショッピングに出かけたがったが、徹夜続きの疲れからすぐに寝入ってしまっ
た真琴のそばに春日部は居たがった。
ハルコは真琴は自分が見てるから安心して出かけていいよ言い、春日部を安心
させて送り出した。笹原と朽木も疲れたからと、居残る事になった。
ハルコが笹原と二人になると知った時の、荻上の複雑な表情にハルコは気付い
た。

ハルコ「やっと、落ち着いたわね!」
笹「そうですねー、でもまさか本当に軽井沢に来る事になるとは思いませんで
したねー」
ハルコ「そうよね、そもそも私たちのサークルじゃ合宿なんて考えられなかっ
たけど、色々タイミングも合ったからね・・・」

二人は気兼ねなく雑談を交わした。ハルコ自身、会長という立場もあり、また
人に気遣わせる性格でも無かったので、笹原とは普段から気さくによくオタク
話で盛り上がっていた。
元々、笹原は同世代とオタク話がしたくて入部したのに、同期入部した男子が
一般人の春日部だけだった上、春日部の相手も結局笹原がした為、笹原自身の
望みは主にオタク話も好きなハルコを相手にする事が多かった。
それが荻上の心を落ち着かないものにさせていたとすれば、笹原にも申し訳な
いなとハルコは思った。

ハルコ「でさ・・・どうだったの?」
笹「どうって?何がです?」
朽「サー!やはりのぞき・・・あっ斑目先輩!」
ハルコ「あのねえ・・・(怒)」

結局、お約束の期待を裏切らずに朽木が乱入した為、ハルコは肝心の会話を続
ける事ができずに終わってしまった。だが邪魔が入ってむしろほっとしてもい
た。
(難しいよ、大見得切った手前、どうしよう・・・)
ハルコはぼやっとした笹原の表情が自分を見ているようで、腹立たしく感じら
れた。

第三幕 合宿初日の出来事

夕食前に皆がそれぞれ戻ってくると、急に部屋が賑わしくなった。特に惠子が
大騒ぎしている。春日部は笹原に何やら耳打ちしている。笹原の顔が途端に青
ざめた。何を話したかはハルコには聞こえなかった。

春日部「真琴、ずっと寝たまま?」
ハルコ「そうね、ずっと私たちここにいたけど、熟睡しっぱなし・・・」
春日部「そうかー、よっぽど疲れてたんだなぁ ま 今日はもうしょうがない
けど・・・」
愛しげに春日部は真琴の寝顔を見つめている。
ハルコ「(・・・『明日は一緒に出かけたい』ってことね・・・)」
春日部「で、どんな感じ?」
ハルコ「まっまあ、なんとか・・・」
春日部「そう・・・じゃあ夕食後にも手はず通りにね」

近くのレストランで夕食後、再び部屋に集うと、春日部が皆に言った。
春日部「じゃあ、女性陣先に温泉入りなよ!クッチーはこっちで一緒に酒盛り
しような!逃がさんよ」
朽木はそう言われると、いかにも残念そうな口ぶりをしたが、態度はかまって
もらって嬉しそうであった。

ハルコ「じゃあ、お言葉に甘えて・・・」

最初はハルコと大野が温泉に入る事になった。

ハルコ「で、どうだったの?」
大「そうですね・・・何が問題なのかは大体分かりましたけど・・・」
大「その理由となると まだちょっと・・・」
ハルコ「ふーん 別に私と笹原君の事 勘ぐってるわけじゃないよね?」
大「そうじゃないみたいですよ・・・もっと別の理由で・・・」
ハルコ「ならいいけど、でも別の理由というのも、それはそれで気になるけ
ど・・・それは後で・・・」
大「そうですね」
ハルコ「おーい、次いいよー」
荻上が恐る恐る、そーっと浴室に入ってきた。ハルコが浴槽から出ると、大野
の視線がハルコの胸にいった。
(む!)
無意識に勝ち誇った大野の目にカチンときた
(おのれ!この女はー)
ハルコ「ねえ、オギー 胸は大きさじゃなく、形だよね!」
荻「はあ?」
ハルコ「そこはソウデスネと言ってほしかった!」

風呂から上がると、すでに男性陣の酒盛りは、特に春日部が一人で飛ばして盛
り上がっていた。朽木はすでに酔い潰されていた。笹原はなんとか相手にして
いるが、時間の問題かもしれない。

大「なんか、春日部君、当初の目的忘れてませんか?」
ハルコ「まあ、いいんじゃない・・・こっちはこっちでやりましょう」

女性陣の酒盛りの盛り上げ役はハルコだった。やたら高いテンションでやおい
話を連発して、場を盛り上げようとした。大野は乗り気でその話に乗り、荻上
はやや遠慮がちに話に加わり、恵子は完全につまらなげに話を聞いていた。む
しろ恵子は春日部のグループに加わりたがっていたが、大野が押し止めていた。

ハルコの計画では荻上の緊張をほぐして、酒の勢いも借りて荻上から本心を引
き出すつもりでいた。だからこそ普段以上に大はしゃぎし、荻上に酒をどんど
ん勧めた。
ところがそれが裏目に出たと分かったのはすぐだった。酔っ払った荻上は聞き
もしない自分の過去話をし始め、恋愛告白話と思ったハルコと大野は、最初は
場を盛り上げて話を促したのだが、深刻な内容と気付くと、様子が一変した。
恵子は完全にドン引きし、一刻も早く、この場から逃げ出したい様子だった。

ハルコ「なっなんか話が目的から大きく脱線したような・・・」
大「どうなんですか?こういう事って日本じゃよくあるんですか?創作系の人
が周りにいなかったんで分かりませんけど・・・」
ハルコ「いや、実在の人をモデルにするって話は知ってるけど・・・」

二人はコソコソと内緒話をして、オロオロしながら荻上の話を聞いていた。

荻「わたしがいけねくて・・・そんで・・・巻田君が今でもそれ気にしてたら・・・
どうしよう・・・」
その様子にハルコは途方にくれた。泣き崩れる荻上に大野はすっかり同情し、
笹原に絶対幸せにしてもらうと息巻いている。
こうした事情を春日部や笹原に説明し、理解してもらう事は非常に困難な様に
思えた。
とりあえず、ハルコは荻上を落ち着かせ、なだめて寝付かせた。
落ち着きを取り戻しはしたが、苦しみで顔を歪めている荻上の目じりには薄っ
すらと涙が浮かんでいる。笹原と荻上の事は所詮頼まれ事で、他人事のような
気持でいたが、この時初めて何とかしてあげたい気持ちにハルコはなった。
ハンカチで目じりから頬に伝う涙をぬぐってやりながら、
(なんて業の深い・・・わたしはどうしてあげたらいい?)
そう思い、途方にくれた。
ふと目をやると真琴が何も知らずにスヤスヤと無邪気に健やかな表情で寝て
いる。苦悩を知らないその表情がうらやましくもあり、妬ましくも感じられた

第四幕 合宿2日目の出来事

翌朝、荻上は飲み慣れない酒に二日酔いになってしまった。男性陣はといえば、
そうとう飲んだのに春日部はけろっとしている。また早々と潰された朽木や笹
原も大丈夫だった。朝食の場で、荻上の看病をどうするかという話の段になり、
結局大野の強い主張で荻上の看病を笹原に任せることになった。

二人だけの状況にしてよいものかと、一抹の不安を感じながらも、ハルコも春
日部たちと一緒に外出した。大雑把な事情は春日部にも伝えた。首をかしげ、
理解できない様子だったが、事態を楽観的に見ていた。

春日部「大丈夫でしょ!よく分からないけど笹原次第だと思うよ」
ハルコ「まあ・・・特殊な事情と言えば事情なんだけど・・・」
性格なのか、悲観的になってしまう。
戻ってみると、案の定荻上が外に飛び出して、逃げ去っていく。驚いた春日部
と大野は別荘に走っていき、笹原がその後飛び出して、荻上の後を追っかけて
いった。

真琴「青春ね!」
事情を理解しているのかしてないのか、真琴はいつも通りのおっとりとした口
調でにこやかに言う。
ハルコはといえば、事態の急転直下な展開に戸惑い、傍観者としてただ平静に
見ることもできず、かといって積極的にこれに関わることさえできずに、オロ
オロしてるばかりだった。
二人を待っている時間がもどかしかった。部外者でいることがこれほど苦痛と
は思わなかった。二人が無事に戻ってきて、荻上が前向きな姿勢を取り戻した
時は心からほっとした。

ハルコ「これで何とか無事にすみそうじゃない?でも私たちにも隠してる事っ
てなんだろ?」
大野と二人きりになった時、ハルコは大野に尋ねた。
大「いやだなあ、ハルコさん 『あれ』ですよ、『あれ』!」
ハルコ「『あれ』って?本当に分からないんだけど・・・」
大「あれ?ハルコさんには荻上さん、見せてないんですか、笹春を!」
ハルコ「はあ?まさか・・・まさか、笹原君と春日部君の!」
大「たぶんその事だと思いますよ。似顔絵だけ見せてもらった事ありますか
ら・・・」

ハルコ「えええええ!だって・・・だって・・・どう考えても春笹でしょう!」
大「ですよね!ですよね!でも荻上さんにはそう見えるんでしょうね」
ハルコ「趣味が・・・じゃない!私たち思いっきりずれた会話してる!」
大「そっそうでした・・・」
ハルコ「ああ、オギー・・・オギー・・・あなたって・・・」
ハルコは立ちくらみに似た感覚に襲われた。

大「きっと、大丈夫ですよ!笹原さん予備知識だって持ってるし・・・」
ハルコ「本当に・・・本当に・・・そう言い切れる?オギーが傷つく反応を示
さないと言い切れる?」
大「それは・・・正直・・・。私から笹原さんに念押ししておきましょうか?」
ハルコ「いえ!・・・私がやります・・・もちろんもう一人の『当事者』にも
何も言っちゃダメですよ!私も言いません!」
いつもなあなあで流して誤魔化そうとする普段のハルコと違う様子に、大野は
戸惑いながらも
大「じゃあ、お任せしますよ?・・・」
とハルコに事を委ねた。
(オギーも笹原も周囲の手助けを得たとはいえ、少なくとも自分から動き出し
た。私もここで何かしなければならない・・・そう、待つのではなく・・・)

第五幕 合宿三日目

前日、大野にああ言ったものの、ハルコは笹原と二人きりになる機会を見つけ
ることができずに、うろうろしていた。時間ばかりがたつ。大野も心配な目で
見ている。
考えてみれば、そんな器用な真似が自分にできるはずが無かったのだと後悔し
始めてもいた。そうこうしてるうちに、軽井沢のショッピング街にたどり着い
た。それぞれ、自分の買いたい物に目を奪われて、ばらけ始めた。この機会を
逃すともう後は無いだろう。そう思って、笹原のそばに寄った。すると笹原は
携帯を開いて、メールチェックをし始めた。やや離れたところでは、荻上が顔
を赤らめながら、携帯を閉じている。ハルコははっとその意味に気付き、笹原
に声をかけた。

ハルコ「やっやあ、ササヤン!」
そう声をかけると笹原は驚いた表情でハルコの方を向いた。『ササヤン』と呼
ぶのはもっぱら春日部で、ハルコがそう呼ぶことなど無かったからだ。
笹「ハルコさん、どうしました?」
ハルコ「いや、あの、その・・・」
喉が渇き、声は裏返り、言葉もしどろもどろになった。
(何て言ったらいいの・・・)

頭の中がぐるぐると回る感覚に襲われた。しかしどうにか浮かんだ言葉を声に
した。
ハルコ「どっどんな事があっても、受け入れなさい!あなたの感じたすべてを
偽り無く、ありのままに伝えなさい!」
そう言って、ゼイゼイ息切れしてしまい、言葉が続かなかった。

笹原は最初はきょとんとして驚き、やがてハルコが伝えんとしている事の意を
悟り、無言で会釈した。
ハルコ「じゃ!じゃあ、そういう事だから!」
そう言って、顔を真っ赤にして、走り去った。
(限界!これが限界!)
でもやりきったという気はした。言葉で伝えられる以上の事を伝えられた気が
した。後は二人の問題だ。自分の事もこうできればいいのに・・・。

第六幕 一週間後

ハルコ「あら?お久しぶり!オギー」
部室の扉を開けると、そこには合宿以来顔を合わせることも無かった荻上がい
た。

荻「あ こんにちは お久しぶりです」
ハルコ「私も仕事忙しくて、一週間ぶりなんだけど・・・けっこう来てた?」
荻「ええ、私 けっこう来てますよ」
ハルコ「他の人は?みんな忙しいのかしらね?」
荻「どうでしょう?大野先輩なんか旅行からずっと田中さんちにいるみたいで
すよ 昨日 メール来てました。」
ハルコ「そう・・・大野も来てないんだ・・・」
(バタバタして、こっちから電話もメールもしそびれてたな・・・)
ハルコ「・・・さっ笹原君も?」
荻「あ そうですね 研修とかで今週は・・・」
ハルコ「えー、しょうがないわね、一週間も音沙汰なしで!早く結論出しなさ
いって!」
荻「え?」
ハルコ「え?」
荻「・・・・・・」
ハルコ「また私だけ知らなかったの~(涙)」
荻「あっいえ別に隠していたわけじゃなくて・・・聞いてきた人にしか教えて
なくて・・・あまり言いふらす事でもないんで・・・聞かれた人にも言いふら
さないようにお願いしてましたから・・・」

ハルコ「まあ、いいんだけどね(涙)」
荻「でも・・・本当に斑目先輩には・・・お世話になりました・・・。」
ハルコ「なんにもしてないって!」
荻「いえ、笹原さんからも聞いてました」
ハルコ「・・・あ・・・別にたいした事言ったわけじゃないし・・・とにかく
良かったね!」
荻「いえ、本当に・・・」
ハルコ「・・・ところで・・・『あれ』はもう誰にも見せない方がいいかもね・・・」
荻「そうですね(汗)」
ハルコ「それもやおい?」
荻「まっまずいっすかね?」
ハルコ「まあ、イインジャナイデショウカネ」

二人は顔を見合わせて笑いあった。
ハルコ「色々ばたばたしちゃったけど、今度こそ温泉でゆっくりしたいね」
荻「そうですね」
ハルコ「次は女だけで行きましょ!」
荻「いいですね!」

(色々な事が・・・きっと良くなってくる・・・)
荻上の笑顔からは以前の暗い面差しは少しも感じられることは無かった。荻上
の苦悩を自分の事のように苛んだハルコもようやく安らいだ気持ちになった。

第七幕 ハルコの告白

急に激しい雨足の夕立が降り注ぎ、慌ててハルコは雨宿りできる場所を探して、
駆け出した。急に駆け出したので、同じように駆け出した男の人とぶつかって
しまった。
ハルコはよろめきながら叫んだ。
ハルコ「ちょっとどこ見てるの!」
春日部「あれえ!ハルコさんじゃん!危ない!」
そう言いながらよろめくハルコの手をつかんだ。
ハルコ「え!春日部君?」
春日部「やばい、やばい、濡れちゃうよ!」
そう言いながら春日部はハルコの手を引っ張って、近くの建物の軒下に避難し
た。
(うわ、うわ)
顔を赤らめつつ、内心でハルコは思わずそう叫んでいた。

ハルコ「どうしたの?こんなところで!久しぶりだね!」
春日部「ハルコさんこそ!俺は出店する店舗の下見にきてるんだけどさ」
ハルコ「この辺なんだ!私は会社が役所に提出する書類を届けた帰りで・・・」
春日部「ああ、会社この辺なんだ。と言っても俺の場合、ここは出店候補地の
一つなんだけどね」

ハルコ「そうなんだ・・・」
春日部「まあ・・・立地条件とか、家賃とか・・・折り合いが難しくて・・・」
ハルコ「大変だねー」
春日部「ところで、ハルコさんのOL姿なんて初めて見たよ!うわ、新鮮!」
ハルコ「じろじろ見るな!」
そう言ってハルコは春日部の足を蹴飛ばした。
春日部「痛てて・・・相変わらずキツイね・・・」
ハルコ「・・・昔は毎日のように嫌がらせしてたねえ・・・わたし」
春日部「まあ、それも良い思い出だよね・・・」
ハルコ「よく続いたよねキミ、あんなオタサークルで・・・染まりもせずに・・・」
春日部「そうでもないよ、漫画読むようになったし・・・コスプレもするはめ
になったし!二人でねえ!」
ハルコ「うっ!それは・・・」
二人は顔を合わせて笑い出した。

春日部「あれ?前にもこんな事無かったっけ?」
ハルコ「!! そうだっけ?覚えてないなあ・・・」
春日部「いや、あったよ!あの時は構内でやっぱり急に雨が降って雨宿りし
て・・・」

(覚えてますよ・・・。最初から気付いてましたよ・・・。キミが手を引いて
くれた時から・・・)

鼻毛の件も言ってしまおうか?あの時だ・・・。あの時の表情がとても可笑し
くて・・・笑いを堪えて・・・いつも格好つけている男が・・・。あの時から・・・。

春日部「そうかー、覚えてないんならいいんだけど・・・」

(ああ、でも・・・覚えててくれているんだ・・・あんな事でも・・・)
ハルコの胸の鼓動は鳴り止まず、熱い気持ちがこみ上げてきた。

言ってしまおうか・・・言ってしまおう!オギーや笹原だって自分で勇気を出
したじゃない!そして私にも出来たじゃない!こうして手遅れになるのを待
ちつづけて、諦められると思わなくても・・・。

ハルコ「あの・・・」

春日部「・・・でさー、真琴にプロポーズしようと思ってんだよねー」
ハルコ「!!・・・そう・・・それはおめでとう・・・」
春日部「ああ見えて、真琴は俺がいないと駄目なんだよね。俺が必要なんだ」
ハルコ「必要としてるのはキミの方でしょう・・・」
小さくか細い声でハルコは呟いた。
春日部「えっ?何か言った?」
ハルコ「いやいや、しょってるね!って言ったんだよ!」
春日部「ああ、ひどいね、やっぱりハルコさんは!」
春日部は笑った。
ハルコもまた笑った。
ハルコ「晴れたねえ!あんまり帰るの遅いとサボってるって言われちゃうね!
じゃあまた!結果教えてね!」
ハルコはそう言って小走りに駆け出した。

その夜、会社の飲み会の二次会で、同僚達とカラオケに行ったハルコは周囲の
目もお構いなしに、アニソンを熱唱した。普段大人しいと見られていたハルコ
の意外な面に、逆に同僚達は面食らって、やんやと喝采を浴びせた。三次会に
も誘われたが、歌い足りないからと、カラオケで同僚達と別れた。

そして一人カラオケを熱唱し、人知れず涙を流した。

終幕 花信風の季節

5月初旬、梅雨入りする前の晴天続き、草花が雨を待ち望んでいる時節、ハル
コは休日前の週末の夜を自宅で何する事無く過した。笹原たちも卒業し、新社
会人として忙しい事もあり、以前のように気楽に会うことは出来なくなった。
もちろん、春日部や真琴とも。
荻上とは休みが合えば、イベント等に一緒に出かける事が多くなった。しかし
それでも大学に足を運ばないとなかなか会えない。大野は自分の趣味で忙しい
らしく、やはりご無沙汰している。
だから週末の夜に予期せぬ訪問者が来るとは思ってもいなかった。

春日部「ハルコさんいる~?」
ドンドンとドアをたたく音が聞こえる。聞き覚えのある声。

ハルコ「春日部君じゃないの!どうしたの?こんな時間に!しかもこんなに酔
っ払って!」
春日部「いえね、飲み歩いてたら、近くにハルコさんちがあるの思い出してね、
水もらえないかと思ってね」
ろれつの回らない口調で春日部はしゃべった。
ハルコ「しょうがないなあ!」

ハルコはでかい図体の春日部を引きずって、部屋に入れて、水を飲ませた。
春日部「ありがとうございま~す」
春日部はおどけた調子で笑い声をあげた。
ハルコ「・・・なんかあった?」
春日部「・・・・」
ハルコ「言ってみなさい!」
春日部「いえね・・・真琴に・・・結婚しようかって言ったら、仕事が面白い
し今は嫌だって言われてね・・・それで喧嘩して・・・」
ハルコ「何だ、そんなことか・・・。別に今嫌って言ってるだけでしょう!」
春日部「喜んでもらえると思ってたんだよ!それが・・・」
ハルコ「はいはい、のろけはここまで!調子よくなったら帰ってね!」
春日部のグチは止まらない。
春日部「大体、イラストなんか兼業主婦でもできるだろうに・・・、俺の仕事
のプレッシャーが分かってないんだよ・・・親父の援助受けているからって、
うちの親父がそんな甘いわけが・・・俺そっくりな・・・親父の手口は分かっ
てる・・・俺が英会話勉強し直した時だって・・・援助して成功したらグルー
プの傘下に入れて、失敗したら・・・資金回収して、経験つんだ人材を引き抜
く・・・飼い殺しに・・・銀行屋の娘とか・・・」

止まらないグチにハルコは初めて、春日部の抱えているプレッシャーの重さに
気付いた。何か元気付ける言葉をかけてやりたかったが、思いつかなかった。

春日部「ハルコさ~ん」
そう言って春日部はハルコにのしかかり、くちびるを合わせた。
ハルコは驚き、もがいて春日部を払いのけた。
ハルコ「この酔っ払い!どけなさい!出てって!」
力をこめて春日部を部屋の外に押し出した。
しばらく春日部は部屋の前で騒いでいた。謝っている様子だったが、頭に血が
昇って耳に入らなかった。しばらくして静かになり、立ち去った事が分かった。

ハルコは急にガクガクと足が震えてへたり込んだ。ハラハラと涙がこぼれた。
ハルコ「出会わなければ良かった・・・」

何時の間にか寝てたらしい。泣いていたのだろう。枕もとが濡れて、目がくし
ゃくしゃになってる。よろよろと、起き上がりシャワーを浴びた。
頭からかぶったお湯が頬を伝い、くちびるを濡らす。口元を指でさわり、昨晩
の感触を思い出す。夢などでは無かった。
バスルームを出で、初めて携帯の時刻を見るともう昼近い。メールが入ってい
る事に気付く。春日部からだ。
ハルコ「・・・・・」

『昨晩は申し訳ありません ハルコさんには無様な姿ばかり見られてます。合
わせる顔もありません。もし許してもらえるなら返事をください』

ハルコは返信を送った。

『許さない。罰としてやおいのイベントの行列に並んでもらう』

すぐ返信が返ってきた。

『分かりました。覚悟します 真琴とはもう一度話し合ってみます』

携帯を折りたたむと、ハルコはアパートの窓から外の景色を眺めた。今日もや
はり空は晴れ渡っていて、草木の葉は少し乾いてる。雨を待ち望む声を上げて
いるかのように風に吹かれて、カサカサ音を立てている。心地よい風が頬を撫
でる。

アパートのそばでは白木蓮が大きな花をつけて香気を放っている。ハルコは木
蓮に目を奪われた。春は可憐な桜の花や梅の花に目を奪われる事が多く、木蓮
の花は気付かれる事無く、かえりみられる事も少ないが、木蓮もまた春の花で、
悠然とたたずみながら、春を彩り飾っている。

ハルコ「鈍いなあ、気付きなさいよ、馬鹿」
そう呟くと、ハルコは窓から振り返り、クスクスと笑いながら、春日部をどの
イベントに並ばせてやろうか、どんな顔して並ぶだろうかと想像した。
(慌てふためいて、さぞ可笑しいだろうな・・・それで許してやるかあ・・・。
でももったいないかな。しばらく意地悪してやろう・・・フフッ)
ハルコはその日何度も、その光景を想像しては、プッと吹き出し、心が浮き
立つのを止めることができなかった。

終劇