※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

現聴研・第三話 【投稿日 2006/04/09】

現聴研


「ラブソングが嫌いな荻上です」
「どーしてそんなに盛ってるんですか」
入会の際に荻上さんが発した第一声はこれだった。
春日部さんがフォローに入る。
「おいおい、それだとマイナーかメジャーに関わらず邦楽聴けんでしょ。
 キミも聴くんでしょ?」
「私は硬派ですから、人生や友情や他にもテーマあるじゃないですか」
笹原は半笑いで場を取り繕うとする。
「まあ、そんなスタイルもありじゃないの(苦笑)」
しかし大野は勢いよく立ち上がり
「ラブソングが嫌いな女子なんて居ません!」
と叫ぶのだった。
そんなことが有って、笹やんの前でのギター披露があった次の週。

一人で部室で、荻上はギターを抱えていた。
今日はワインレッドのセミアコースティックギターの弦の張替え中だ。
外した弦は、飲み終わった紅茶の缶にぐいぐい入れる。
そして弦の巻き器をペグにつけ、右手で弦を引っ張りながら
左手でぐるぐるペグを回す。糸巻きに綺麗に弦が巻きついて
その様子に荻上自身が納得したようで、満足げだった。
「♪フンフ~ン」
チューナのマイククリップをギターのヘッドにつけて調音をしながら
軽く鼻歌がもれる。
3回調音を繰り返すと、音程を確かめるようにゆっくりと演奏を始めた。
「♪明日の、シャツに迷ってるだけで、もう~」
宇佐実森、中期の名曲「日記」だが、これは会えない日々を綴った
切ない、ラブソングの部類に入る曲で。。。
しかし部室で一人、悦に入って荻上は熱唱している。
続いて荻上は、銀色の筒を左手薬指にはめ込んだ。いわゆるボトルネックだ。
カントリーやハワイアンなんかで使用される、あれである。
特徴あるミューンという音を響かせ演奏が始まる。
セミアコースティックなので、アンプに繋がなくてもそれなりに
音は響いている。まあ近々、アンプやエフェクターも持ち込みそうだ。
「♪恋でしょうか~ 街がにじんできた~」
どうやらこれも宇佐実森の同じアルバムに収録されている、
ベタなラブソング「恋カシラね?」だ。
「♪頷いてしまったら~ 今度からどんな顔を見たら良いのよ~」
歌い終えて一息ついて満足げに、ギターを机に横たえたその時。
ガチャリ。

「ちーす」
春日部さんが入ってきた。
焦って直立不動になる、挙動不審な荻上。
「さっき何か歌ってなかった?私は知らない曲だったけど」
「…はあ、いえ、その」
赤面しつつ、しどろもどろで返す荻上。
そこへ大野がやって来る。
「こんにちは―」
憮然とした気持ちを顔に出さないように努めている。
もっと興が乗って絶唱してるところへ静かに扉を開けて微笑む…
そんな計画を立てていたところへ、春日部が入ってしまったので
今日の計画は中止になったのだ。

「こにゃにゃちわ~~~」
空気を読まない良い勢いで、そこへ朽木が登場した。
「あ!荻チンにょー。ちょーどよかった!」
嬉しげにmp3プレイヤーを取り出す朽木。
「こないだ夜、秋葉の路上で弾き語りしてたよね~心打たれたよー」
「ひへっ!?」
再生を始めたそこには、雑音交じりでは有るが確かに荻上の歌声。
どうやらアコギ1本で弾き語りしているようだ。
(♪恋は激しく、やさしい 海みたい~ 切ないね…)
「もー、荻ちん、宇佐なんてマニアックだったのに、お客さん多かったね~(笑)
 でもほら、カカオは名曲だし~」
そして携帯を取り出すと
「ほら、動画もあるよ」
追い打ちをかける。

(♪切ないよ~夢だけが~ ほろ苦く~ 終わったの~)
荻上はいたたまれなくて身をよじる。
ニヤニヤする大野。
春日部さんは
「ま、まあ待て、これそんな恥ずかしくないだろ?」
「あ、あの、その…弟が……弟に、彼女が出来てお祝いに…」
かなり苦しい言い訳をするが、大野が横で新たに
朽木のレコーダから曲を流し始める。
(♪あなたの声が 聞えるように~ いつも窓を 開けています~)
これまた宇佐の中期名曲「露草」だ。切ない慕情曲で、恥ずかしがるようなものではない。
しかし、何やらトラウマがあるようで、春先のフォーク研究会での
飛び降り事件のように突発的に窓へ奪取する荻上。
「ここは3階だ!!」
必死で止める春日部さん。
「えーと、何が起こってるのかな?」
斑目や笹原もやってきたが、部室は阿鼻叫喚の様相を呈した。