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さくら 【投稿日 2006/04/04】

カテゴリー-斑目せつねえ



 夢を見ていた。
一面真っ白な世界で、俺は座り込んでいた。
何もできず、何も考えられない。ただじっと座り込んでいた。

ふと顔を上げると、『春日部さん』が正面に立っていた。
あの日、告白できる最後のチャンスを逃した日の格好で、そこに立っていた。

「あの日、何て言いたかったの?」
春日部さんは、穏やかな表情で俺の顔を覗き込む。
「………」
黙りこんでいると、『春日部さん』はさらに問いかける。
「言いたいこと言えば良かったのに」
「………」
「私にどうして欲しかった?」

苦笑しながら言った。
「春日部さんはそんなこと言わない」
「どんなのが私?」
「高坂と自分のことに一生懸命で、仲間同士の不和に敏感で、すぐからかうくせに意外と気を遣う人」
「他には?」
「他に…他に余計なこと考える余裕、なかったんじゃないか?それで手一杯でさ」


『春日部さん』は曖昧な顔で笑っている。本物の春日部さんはこんな顔しない。

「それで?」
「………俺の入る余地なんて、なかったよ。いや、初めから分かってたけどさ。
自分の卒業から一年粘って、分かったことはそんくらい」
「一年、何も変わらなかったの?」
「…いいや、変わった」
「何が変わった?」
「いつの間にか、春日部さん性格が丸くなったよな。荻上さんが入ってきたあたりからかな?
それまでの挑むよーな目つきが、だんだん柔らかくなった。それに、俺の気持ちが………………」
「気持ちが…?」
「なんか、知らん間に………いつの間にこんな大きくなってたんだ?
少しずつ諦める方に向かってたはずがさ……言うことなんて考えもしなかったのに………」

『春日部さん』は、黙っていた。言葉を促すかのように。
「いや、言いたかったんだな。本当はずっと言いたかった。
でも、身近すぎて言えなかった。同じサークルとかじゃなくてさ、ただ同じ講義取ってたとか、そんな関係だったら………。
…いや、それじゃあ好きになってなかったな。少なくとも、こんなに気持ちが大きくはならんかっただろうな。」

溜め息をついた。
「自分が好きってだけで良かったのに。それ以上、求めてなかったのに。求めたって手に入らないのに。…何を悩んでんだ?俺は」
「言いたいこと言ってないからじゃない?」
「だから言えないんだって」
「何で?」
「好きだなんて言ったら春日部さんが困るだろ」


だんだん、問いかけ続ける『春日部さん』に、いらいらしてきた。
「せっかく、こんな仲良くなれたのにさ。春日部さんに、四年間ありがとうって言ってもらえたのにさ。
あの笑顔を壊せるか?自分の都合で」
「でも、あんたはどうするの?」
「自分のことは自分で何とかするよ」
「それでいいの?」
「しつこいな!いいも何も、それしかねーんだよ!もう結論出てるんだって!
これ以上何を悩む必要がある!」

『春日部さん』は、少し悲しそうに笑った。…本物はこんな顔しない。
「…言えばいいのに」
「だから、好きなんて言えな……!!」
「告白せずに、言いたいこと言えばいいのに。」
「は?」

『春日部さん』の表情が、少し本物らしくなった。目に力がこもる。
「あんたならできるよ」
「何言って………………」

『春日部さん』はにっこり笑って、消えた。

そこで目が覚めた。


 目覚ましを見ると、6時過ぎだった。今日は大学に11時集合だ。早すぎる。
卒業式が終わったころに校門の前に集合の予定だ。
もう一度目をつぶる。でも、なんだかそわそわして眠れない。
しばらくして諦め、ベッドから出た。
カーテンを開ける。もう外はだいぶ明るくなっていた。

できるだけのろのろと支度した。まだだいぶ早いが、何だか落ち着けなくて家を出た。
家からの道をゆっくりと歩いた。
空はどこまでも青く、やけに透きとおっている。

大学までの道に、桜の木が一本ある。
七分咲きだった。もうだいぶ暖かいのだが、ここは少し日陰になっているので遅いのだろう。
薄いピンクの花びらが、開きかかっていた。

できる限りゆっくり歩いてきたのだが、もう大学に着いてしまった。まだ卒業式も始まっていない。
校門を通る学生もほとんどいない。確か卒業式は9時からだった。今はまだ7時半だ。
(どうするかな………)
特にすることもない。仕方ないので、部室に行って漫画でも読むか、と思った。

サークル棟の階段を上る。見慣れたポスター、壁の汚れ。薄暗い廊下。
部室の前まで来た。ひとつ深呼吸をする。


唐突に思った。
(そうか…、俺ももう、ここには来ないんだな…)
部室の古びた扉を眺める。
急に、このボロい扉が特別のもののように思えてくる。
(5年間………楽しかったな………色々あったけど、それがまた………)

「斑目?」

急に名前を呼ばれた。驚いて声のしたほうを振り向く。
春日部さんがいた。

斑「あ……え?」
(何でこんな時間に春日部さんが………)
咲「何でこんな時間にあんたがいるの?」
春日部さんの方から聞いてきた。
斑「か、春日部さんこそ」
咲「私は朝着付けに行ったんだけど、すごく早く準備できちゃったからさ。
このまま歩きまわるのもしんどいから、部室で座ってようと思って」
斑「あーー、そうなんだ………」

春日部さんは袴姿だった。ほとんど白に近い、ごくうすいピンクの着物に、桜の花びらが細かく書き込まれている。
袴はすこし濃い桃色だった。髪をアップにして、名前は知らないが白色の生の花を髪飾りにしている。


花のように綺麗だった。


咲「斑目?どしたの?」
思わず見とれていたら、春日部さんが声をかける。
斑「え、いや、今日は着物なんだね」
咲「ま、せっかくだからね。でもこれ、けっこう苦しくてさー」
斑「そーなん?」
咲「堅苦しいしさー。今日朝5時起きで着付け行って、6時半にはこの格好だよ?もう疲れたよ」
斑「ふーん、大変なんだな、着物ってのも…」
咲「で?斑目、あんたはこんなとこで何してたの?」
斑「へ?あーいや、何つーか…部室を見に来たくなって」
咲「へえ…?」
斑「色んなこと思い出してた」


二人並んで部室の扉を見つめた。
ここから全てが始まり、全てが終わるのだ。


(…ラッキー、なのか?この日に、春日部さんと二人になれるなんて………
神が与えてくれた最後のチャンスなのか?)

咲「はぁ…改めて見ると、感慨深いねぇ………」
春日部さんは部室の扉を眺めて、言う。

(…そうだ。これが本当の本当に、最後のチャンスなんだ)


斑「………あのさ」
咲「ん?」
斑「俺、春日部さんと出会えて良かったわ」
咲「はい?」
春日部さんは少し怪訝な顔をしてこっちを見る。
斑目は、今思っていた言葉が、あまりにも素直に出たことに自分で驚く。

斑「いや、ね!この前にも言ったけどさ!春日部さん、四年もここにいたわけでしょ?このオタクサークルに!
そんで、例えば『会議』の時に、一般人代表として貴重な意見を出してくれたというか!」
咲「言いたい放題言ってただけだよ?」
斑「いや、正直な感想のほうが参考になったからさ!」
咲「何の参考よ?」
斑「外の世界の。」

春日部さんは、不思議そうな顔で斑目を見た。
斑「そう、異文化交流。グローバルコミュニケーション!なんか新鮮だったのだよ。春日部さんの存在が!!」
咲「んな大げさな…」
斑「いや、けっこうインパクトあったよ。いきなり殴られたりとかな」
咲「それ褒めてないよね?」
斑「面白かったよ。だからさ、…会えて良かった」
咲「………………それ言うなら、私もかな」
斑「ん?」
咲「あんたらに会えて、楽しかったよ。」


春日部さんはこっちを見て、花のように笑った。
いつもと違う服装のせいだろうか。この前の笑顔を越えるほどの笑顔で笑ったように思った。

(会えて楽しかった、か………そっか………!)
嬉しさがじわじわとこみ上げてくる。
胸が痛くなるくらい、喜びがあふれてくる。



(…あんた ”ら” だけどな………………)

斑「春日部さん…」
咲「ん?」
斑「えーと………いや、その」

今言った言葉だけじゃ、言い足りない。
もっと何かないか。今、自分が一番言いたいことは何だ?

(春日部さんが好………………!
いや、だから!!それは言えねーんだって!!言わない、って誓っただろ!?
何かないのか!?押し付けにならんような言葉を………………)


斑「あ、あのさ…」
咲「何よ?」

斑「………その………幸せになってくれな」

咲「はい!?」
春日部さんは驚いた顔をする。当然だ。
自分でも意味がわからんことを言ってしまい、めちゃくちゃ恥ずかしくなった。
顔から火を噴きそうだ。
(なんだそりゃ!?他に何かなかったのか!?
なんでそんな唐突に………………)

(いや。俺が今言えることなんて、これくらいしかないんじゃないか………?)

斑「えーとその、とにかく、春日部さんには幸せになって欲しいんだよ!
せっかく会えたからさ!こんなに仲良くなれたからさ!なんかそう思ったんだよ、なんとなく!!」

咲「斑目………?」
怪訝な顔をして、春日部さんがこっちを見る。
(うわ、やばい………!!)


斑「あっ、そうだ!俺さっき、今日仕事出てくれって、電話が来たんだ、急に!
だから先に部室だけ寄って、それから行こうと思ってたんだ。もう会社行かないといけねーから!
悪いけど、あとでみんなにそう伝えといてくれないかな?」
かなり無理があるが、押し通す。

先「…え?あ、そうなの?」
春日部さんが混乱している間に、行動を起こす。
斑「………じゃ、もう言いたいことは言ったから。じゃーな!」
春日部さんに背を向けて走り出そうとする。

咲「斑目!」
春日部さんに呼び止められて、足が止まる。
咲「あんたさ………………」
斑「ん?…何?」
斑目は振り向いた。笑顔で。
咲「………………」
春日部さんは、言葉が出てこないようで、こっちをみながら口を開け、また閉じる。
斑「何?俺、本当に急いでんだけど」
笑顔を崩さずに、そう言った。


咲「…あ、ああそう。そんじゃ…」
斑「………さよなら。」
斑目は再び春日部さんに背を向け、歩き出そうとした。
少しでも早くここから遠ざかりたかった。

咲「っ…ちょっと!!」
春日部さんは再び呼び止めた。
斑「………………」
斑目は足を止めた。後ろを振り返らずに。
咲「…あんたもね」
斑「………………………」
咲「あんたも幸せになりなよ!」

斑「………………………………」
返事ができなかった。

そのまま、ようやく小さく頷くと、早足で歩き去った。
春日部さんに頷いたのが見えたかどうか、わからない。


サークル棟の階段を駆け下りる。大学の門をくぐる。
歩きなれた道を、何も考えないようにしながら、ただひたすら進んでいく。


大学からの道をひたすら歩き続けた。
空はどこまでも青く、やけに透きとおっている。

家にまっすぐ帰る気になれず、会社の近くの公園まで歩いてきた。
今日仕事に出ないといけない、なんて嘘だ。
あの場所から逃げ出したかった。
あのままあの場所にいたら、思わず何を言ってしまいそうになるか分からなかった。

公園の中に入ると、そこは満開の桜でいっぱいだった。
ちょうど一番綺麗な時期だった。日あたりがいいので開花が早かったのだろう。
薄いピンクの花びらが、春の風に揺れている。
あがった息が落ち着くのを待ちながら、その見事な桜並木に目を奪われ、しばらくの間見とれていた。

ゆっくりとベンチまで歩いていく。一番大きな桜の木の下に、そのベンチはあった。
腰掛け、しばらくじっと桜の花が風に揺れるのを見ていた。
時折、はらはらと花びらが落ちていく。何度も視界の中を横切っていく。

さっき見た春日部さんの袴姿を思い出した。
まるで桜の花のようだと思ったのだ。


風を受けてゆっくりと舞う桜の花びらを見ていた。
あの声が、耳の奥でかすかに響いているような気がした。
これまでの記憶が、表情の一つ一つが入り混じり、何度も視界を通り過ぎる。繰り返す。

風が少し強く吹き、視界を埋め尽くすように花びらが舞い散る。
地面に落ちて、またくるくると竜巻を起こす。
あらゆるものが、手のひらからすり抜けていくのを感じた。
こうやって大切なものを取りこぼしてゆくのだ。

(失う覚悟をしていても…失ってみないと分からないモンだな………)
心に穴が開いたみたいだ。

そのとき、声が聞こえた。
『あんたも幸せになりなよ。』


(春日部さん)



(春日部さん………………。)


もう手遅れなのだ。
もう、あの日々には戻れないのだ。

そのとき不意に目の前が滲んだ。
狂ったように視界を通り過ぎる花びらのせいだろうか。

(幸せになんかなれるのか)
(何もしなかった俺に幸せになる資格があるのか)

(いや、そんなことはいい、あの人が幸せであればそれで十分だ…それだけで)

(たぶん、それだけで幸せなんだ)



一番大きな桜の木は、暖かい日の光を浴び、春の風を一身に受けていた。
そして優しく枝を揺らしながら、そのベンチを包み込むように花びらを散らしていた。

                                END