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壁 【投稿日 2006/03/29】

カテゴリー-斑目せつねえ


 今日も雨だ。
鬱陶しいくらい降り続けている。

斑目は会社で弁当を広げた。
最近もう部室には行ってない。だから、もう「部室が近いから」という理由でこの会社にいる理由もないのだが、他にあてもないのでまだここにいる。
単調な仕事。会社と家を往復する毎日。
その繰り返しの中で、いつしか笑うことを忘れていった。

パソコンの画面に向かいながら、頭の中で、モノクロの砂嵐が吹き続けている。
何も考えたくない。何も見たくない。
自分の弱さなんか直視していたくない。
指は勝手にキーボードを叩き続ける。単調な音が、がらんとした会社の中に響きわたる。



定時にタイムカードを押す。機械に自分のカードを入れると、がしゃんと音がする。
今日も家に帰って寝るだけだ。他にしたいこともない。

いつのまにこんなになっていたのか。もう自分でもわからない。
ただ流れ続ける日々に、抵抗することも忘れて立ち尽くしているだけだ。


(本当に、俺らしいな)
何もできないから何もしない。
ささやかな「安心」を諦め、受け入れる準備だけしていても、予想より「波」が大きかっただけの話だ。
自嘲の笑みがこぼれる。
(バカだろ…後悔するの分かってて、やっぱり後悔してる、予定通り。本当にバカだ)
自分を嘲笑する言葉ばかりが頭を巡る。

誰のせいでもない。自分が悪いのだ。

会社を出ると、もう雨は止んでいた。
大学の前を通りかかる。大学のほうを見ずに、早足で通り抜ける。
そのときだけ、閉ざして鈍くなった心が少し、ちくりとする。
もっと硬くしないといけない。もっと深く閉ざさないといけない。


そのとき、急に後ろから肩を叩かれた。
「!?」
驚いて振り向く。

春日部さんがいた。
(…何で、こんなところに………?)
言葉が出ない。


咲「よう!さっきから何度も呼びかけてんのに、全然気づかないんだもん。失礼じゃない?」
斑「………………春日部さん、何でここに………」
咲「久しぶりに、ちょっと顔出しに来てたんだよ。荻上達どうしてるかと思ってさ」
斑「…店は?」
咲「今日は休みだよ。ショップは土日休めないからね」
斑「…ふうん」
咲「………どうしたの、疲れてる?」
斑「え、あ、いや大丈夫」
咲「そうだ、あんたも会っていきなよ。荻上たちに聞いたけど、最近全然顔見せないんだって?
仕事忙しいの?」
斑「…まあ、そんなとこ」
咲「元気だしな!みんなの顔見たら元気出るって!」
春日部さんは斑目の腕を引っ張り、連れて行く。
斑目はされるがままになっていた。

本当は皆と会いたくなかった。会ってもうまく笑える自信がない。
でも、腕を振り解く気力もなかった。

部室の前まで来る。懐かしいと同時に、古傷が痛み出す。
自分の厭なところばかり思い出す。

春日部さんは、コンコンとドアをノックした。


しんとしている。
咲「あれ、もうみんな帰っちゃったかな?そうかー。
私、部室でてからキャンパスの中歩き回ったりしてたからなー」
斑「………」
咲「ん、鍵かかってる。どうしよ、私鍵返しちゃったしなあ。斑目持ってない?」
斑「ああ、持ってる。…ちょっと待って」
斑目はごそごそとポケットを探り、鍵を取り出した。
もう使わないつもりだった。返すのを忘れていただけだ。

部室に入る。春日部さんは奥の席に座った。
咲「…どうしたの?座らないの?」
斑「あ、ああ…うん」
斑目は近くにあった椅子を引き寄せた。
咲「で?」
斑「え?」
咲「何があったの?」
斑「……別に何も」
咲「嘘付け!さっきからアンタ、態度おかしいじゃん。どうしたの?仕事のこと?」
斑「いや、仕事は普通」
咲「…じゃあ何なの?」
春日部さんは本気で心配している。


…不意に、気持ちが溢れそうになった。
必死に食い止める。心に何十もの壁を作る。
表情を崩さないよう、気をつけながら言った。
斑「そんな心配するようなことじゃないから、気にすんな。すぐ解決するようなことだから」
嘘で気持ちを塗り固める。…言ったところで、すぐに解決できないから。
咲「…そんなに信用できない?」
斑「………………」
咲「私には、そんなに言いたくない?」
斑「ああ、言いたくない」
咲「何で…」
斑「春日部さんには関係ないだろ」

春日部さんは驚いた顔をする。
しまったと思ったが、それとは別に、追求の手を緩めない春日部さんに、イライラしていた。
咲「…ああ、そう。いいけどさ、関係ないんなら!」
春日部さんは眉間にしわを寄せた。
また後悔。こんな顔させたくないのに。また自己嫌悪。
斑「…言い過ぎた、スマン」
咲「いいけど!」
春日部さんは横を向く。傷つけてしまい、苦しい反面、傷ついてくれるのがありがたい、と思ってしまった。
斑「…今日は、ちょっと自分がコントロールできんから、心ないこと言ってしまうから、………それ以上聞かないでくれるかな?」
咲「………別に、荒れてて八つ当たりされんのはいいよ。でも言ってくれないのがショックだよ。」
斑「………………」


春日部さんは涙ぐんでいる。
どうしたらいいのか。もう自分でも分からない。
でも、いつもなら頭が真っ白になるようなこの状況だったが、鈍化した心のせいで妙に冷静だ。
…いや、冷静というより、冷めているのか。
斑「ごめんな」
咲「…あんた、変わったね」
春日部さんの声が少し震えている。
斑「………………」
鈍くなっているはずの心が疼き始める。
斑「…そうかも。だから、こんな状態で、誰かに会いたくなかった。こんなとこ見られたくなかった」
咲「………それは、私も?」
斑「うん」

自分の発する言葉がどれほど春日部さんを傷つけるか、分かっているはずなのに。それでも言ってしまう。
今日の自分は特に変だ。こんなに攻撃的になるなんて。
咲「………あ、そう。じゃあもう会わないよ。じゃあね!」
春日部さんが立ち上がる。
ここで引き止めなければ、もう一生顔をあわせられないだろう。

投げやりになった心の声が囁く。
(会えないほうがいいだろ、忘れるって決めたんだから………)

「!!」
その直後、斑目は立ち上がり、部室を出て行こうとする春日部さんの腕をつかんでいた。


(…駄目だ。春日部さんを傷つけたままじゃ、駄目だ!そんなこと望んでない!!)
斑「………………………」
春日部さんは斑目を睨みつけた。
咲「…何?顔が見たくないんなら、さっさと出て行くけど?」
斑「…違う」
咲「私のこと嫌いなら、引き止めんなよ!」
斑「違う………、逆だ」
咲「逆って何が!」
斑「顔が見たかった。でも、だからこそ、会いたくなかった。」

咲「は!?何それ。どういう意味よ?」
斑「言いたくない。でも、嫌いだからじゃないってことだけは…」
咲「意味わかんないよ。帰る!」
斑「嫌いなんかじゃねーんだ。逆なんだ」

春日部さんは、驚いて目を見開いた。
ずっと思い続けていたことが、言いたくなかったことが、伝わってしまったのだ。

春日部さんの腕をつかんだまま、うなだれる。
顔を上げられない。体が強張って、震えてくる。
何のために今日まで、言わない覚悟をしてきたのか。心に壁を作り続けてきたのか。
全てムダになってしまった。


咲「…いつから?」
斑「………………………」
答えずにいると、春日部さんは急に斑目の襟首をつかんだ。
咲「いつからそんなもの抱え込んでた!」
春日部さんは泣いていた。直視できなかった。
咲「バカじゃない!?そんなになるまで我慢してさ!大バカ!」
返事ができない。
咲「もっと早く言ってくれてもよかったのに!」
斑「こんなこと言ったら、春日部さんに迷惑………」
咲「そうだね!でも、迷惑かけてくれないほうが悲しいよ!」
斑「………ってくれんの?」
咲「え?」
斑「言ったら付き合ってくれんの?できないでしょ?なら、哀れみなんかいらな…」

バシッ、と頬を張られた。
一瞬、頭が真っ白になる。

「目が覚めた」ように、モノクロだった世界に色が戻った。
春日部さんは、涙をいっぱいに溜めたまま、こっちの目を見つめた。
その強い意思のこもった瞳が、とても綺麗だ、と思った。


「自分」を思い出した。
(俺は何やってたんだろう?)
春日部さんを泣かせて、傷つけて、自分さえ我慢すればすむと思って、自分を傷つけた。
(何してんだ?…そんなんが俺だったか?)

改めて春日部さんを見る。
春日部さんは、こっちを睨みつけていたが、不意に下を向いた。
斑「………ごめん」
春日部さんは下を向いて震えている。
斑「………ごめん、ていうか本当にごめん!悪かった!
そ、そんな風に、『迷惑かけてくれないほうが悲しい』なんて、言ってくれると思ってなかったから!
なんか自分のことだけになっててさ!本当にごめん!」
咲「…ううん」
斑「なんか、いつの間にか、すごい気持ちが大きくなってさ、その……。
自分でもよくわからんうちに、悪い方向に気持ちがいっちゃっててさ………。」
咲「…もっと早く言ってくれれば、さ…話聞くぐらいのことはできたのに………。」
斑「…ごめん。言っちゃった後のことが、想像できなかったんだ」

もし、もっと早く言っていれば、どうなっていたんだろう。
もしも、という仮定ばかり考えて、何も実行してこなかった。そして、後悔ばかりが積もっていった。抱えきれないほどの。
(俺はバカだ…)
また思ってしまう。でも、さっきまでの気持ちとは全く違う。


咲「気づかなくてごめんね」
斑「………いや、悪いのは俺だから!俺が何もしなかったから………。頼むから謝るなって………」
オロオロする。どうしようかと慌てふためき、冷や汗が出る。
…でも、それが「俺」だった。
ようやく思い出した。

咲「ああ、やっとあんたらしくなった」
春日部さんは、少し笑顔になる。
咲「さっきまで、変にかっこつけてさ。どうしたのかと思った」
斑「え、そう?あ、あは、はは………」
斑目は力なく笑った。…久しぶりに笑った気がした。


斑「…ごめん」
咲「いいって。『迷惑かけてくれないほうが悲しい』からね」
斑「………ありがとう」
咲「いいって」

春日部さんは安心した、というように笑った。


………………………


 さっき家に帰ってきた。
雨はまた降り始めた。
サアアアア…と雨の音が部屋の中にも響く。

さっきまでのことを思い出した。
春日部さんにひどいことを言ってしまった。
それなのに許してくれた。

不意に、涙が出てきた。
外の雨のように、あとからあとから流れて止まらなくなる。
喜びとか、悲しみとか、痛みとか、色々な感情が溢れてきた。
しばらく忘れていたものだった。


今はまだ、感情に流されることしかできない。
でも、この感情が落ち着いたら、あらかた流れてしまったら、きっと歩き始めることができると思った。
自分らしくいられると思った。


雨は一晩中、降り続けていた。

                       END