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交差点 【投稿日 2006/03/22】

MとSの距離


MとSの距離  その4 「交差点」  

 …あの日から、4日が過ぎた。
日中はまだ日差しが強かったが、夕方ごろになるとだんだん肌寒くなってきた。
斑目は家への道を、夕焼けを見ながら歩いていた。その眩しさに、少し目を細めながら。
太陽が沈みきってしまう。ただそれだけのことなのに、毎日見ているはずなのに、どうしてこんなに焦るような気持ちになるんだろう。

あの日、春日部さんに自分の気持ちを伝えた。
次の日は気まずくて部室に行けなかった。
その次の日は昼休み直前に取引先から急な電話があり、行けなかった。
3日目、気まずさよりも会いたさのほうが募り、部室に行った。でも、春日部さんが来なかった。
その日は誰も来なかった。
仕方がない。別に約束している訳じゃないのだし。

4日目、今日も会えないかも知れないと思うと行けなかった。
前日にあの部屋で待っていた間、気持ちが落ち着かなくて、がっかりして、落ち込んで会社に戻った。
待っているのが辛い、と、初めて思った。
それなら行かないほうがマシかも知れない。行かなければ待つ必要もない。
それに、会ってなんて言おう?今までのように接することができるのだろうか?という不安もある。
会いたいけど会いたくない。

(俺は何やってんだろ)
会社から大学の横を通り過ぎるたび、サークル棟のほうへ目を向けてしまう。
ここからサークル棟なんて見えないのに。

 その日、斑目は会社帰りに新宿へと向かった。
いつもの同人ショップに寄るためだが、本当は、まっすぐ家に帰るのがなんとなく嫌だったからだ。
家で同人誌を読んでいても、ゲームをしていても、ネットをしていても、なんだか落ち着かない。
ずっとあのときのことを思い出してしまうのだ。

こうして歩き回っていると、そんなに深く考えないで済む。
ひたすら目的地までの道のりを歩いていくことだけ考える。たくさんの人とすれ違う。
大きな交差点まで来た。信号は赤。
立ち止まってひたすら青になるのを待つ。

(そういや春日部さんと新宿でばったり会ったことがあったな。
ケンカした、と思い込んで、嫌がらせのつもりで春日部さんに声かけたっけ…。
…アホだったなー、俺。いろんな意味で。)
思わず自嘲の笑みをもらす。

(まあ、声かけたおかげで、その後飯食いに行けたんだけど…。
高坂との仲の良さを再確認しちまったんだよな…。
でも、だからこそあの時から、茨の道の覚悟を決めれたんだけど。)

(あの時に戻れないかな…。今なら、もう少しうまくやれるんじゃないか。
ケンカ腰じゃなく、もっといろんなこと話せるんじゃないか…。
もしも、なんて言ってても仕方ないけどな…)

そんなことを漠然と考えていた。信号はまだ変わらない。
ぼんやりと向こう側の道を見ていた。

(…あれ?あの人…)
遠目だったし、メガネをかけているとはいえ目が悪いので、はっきりとは分からない。
だが、どうも見覚えのある人物が、向こう側の道を人ごみの中に紛れて歩いているのが見えた。
すぐに見えなくなってしまう。

(いや、俺の勘違いか…?よく見えなかったし…)
…願望が見せた幻かもしれない、と思わずにはいられなかった。
(いや、でも)
そのとき信号が青に変わった。

横断歩道を歩き始めた人の流れを追い越すように、斑目は走り出した。
(一度確かめてから…!がっかりするのはそれからでいい!)

横断歩道を渡りきり、あの人が歩いていったであろうと思われる方向を必死に探す。
その時、視界に探していた人の背中が移った。携帯で電話をしている。
電話している声で、確信した。
「うん、うんわかった。じゃあまた決まったら連絡して。じゃねー」
そう言って電話を切る。携帯をカバンに直して早足で歩き出そうとしていた。


「春日部さん!」
呼び止めると、春日部さんは驚いてこっちを振り返った。


咲「斑目…?」
斑「ハーーー!良かった。見間違いかと思った」
咲「何してんの?こんなとこで。仕事ってこの辺じゃないっしょ?」
斑「あー、さっき仕事終わって、今は買い物に来てた」
咲「へえ、そうなんだ。新宿に…?………ああ!」
春日部さんは思い出した、という顔をする。呆れ顔だった。
咲「そういや新宿にもあるんだっけ、エロ本ショップ」
斑「同人ショップだっての!!そんな言い方すると別の店みたいじゃねーか」
いつもの調子で喋りながら、斑目は内心、いつも通りでいられることにホッとしていた。

咲「そういやアンタ、最近部室来てないじゃん」
春日部さんは少し怒ったような声を出す。
斑「え、いや、でも昨日は行ったよ。昼間誰も来なかったけど」
咲「ホントに?私は昨日行かなかったからさ」
斑「じゃあ入れ違いになってたんだな」
言いながら、斑目は、
(あれ?もしかして心配してくれてたり…)
と思ったが、なんとなく聞けなかった。また「自意識過剰」とか言われたら嫌だなと思ったのだ。

斑「…春日部さんは、今日は?」
咲「ああ、今日はショップのことで、打ち合わせがあったからさ。もう終わったけど。」
斑「フーン…これからどーすんの?高坂のトコとか?」
咲「そのつもりだったけど、高坂今日は仕事で泊まりこみだって。どんだけ働く気なんだか」
斑「スゲーな、まだ学生なのに…」
咲「『学生だから』って断ればいいのに、そう私も言ったんだけど…。高坂、ひとつのこと始めたらそれしか見えてないからさ。」
春日部さんはため息をついた。

斑「…じゃあもう帰るつもりだったん?」
咲「うん。もう予定もないし。今日は疲れた」
斑目は緊張していた。頭の中に、たくさんの選択肢が浮かんでいる。
(…でも今、疲れたって言ったしな…)
弱気になりかけたが、さっき考えていたことを思い出す。

 (あの時に戻れないかな…。今なら、もう少しうまくやれるんじゃないか。
 ケンカ腰じゃなく、もっといろんなこと話せるんじゃないか…。
 もしも、なんて言ってても仕方ないけどな…)

(それって、まさに今じゃねーか!)

斑「か、春日部さん」
咲「ん?何」
斑「その、もし良かったら…あの………これから飯食いに行かない?」

春日部さんは目を丸くしてこっちを見ている。
「………………」

(!?………何だこの反応。駄目?駄目ってこと?)
変な汗が出てきたが、言ってしまった以上引き下がるわけにはいかない。
負けるわけにはいかない。なんか、魂的に。

斑「えーとだね、ほら、この前せっかく誘ってもらったのに断っちゃったからさ!」
我ながら必死だ。
咲「ふ~~~ん………」
春日部さんはニヤリと笑い、一人で何か納得して頷きながらいった。
咲「いいよ。私もちょうど『借り』を返したいと思ってたトコだし。」
斑「…ハ?借りって何?」
咲「こっちの話。気にしないで」
斑「はあ?」

春日部さんが今日は中華の気分だと言ったので、近くにあった小姐○風 という中華の居酒屋に入った。
中華というからゴテゴテしたイメージがあったのだが、わりとおしゃれな創作居酒屋だった。

(へー、こういうとこはあんま来たことないな)
思わず店内を見回す。

「いらっしゃいませ。二名様ですか?」
斑「あ、はい」
「ではこちらへどうぞ。二名様ご案内しまーす!」
店員の後をついて向かった席は、窓から夜景が一望できるようにカウンター状に横長になったテーブル席で、
間隔を開けて二脚ずつ並んでいた。

「………………」
席自体はいいのだが、周りに座っている客はどうみてもカップルばかりだった。
(こ、これは…いや俺はいいけど………)
春日部さんは何も言わない。
「ではごゆっくりおくつろぎ下さい」
店員はさっさと行ってしまう。
斑「…ど、どうする?なんかせまい席だから、テーブル変えてもらう…?あっちとか空いてるし…」
咲「いいよ、二人なんだし。変えてもらわなくても」
春日部さんはそう言うと、椅子に座った。
斑「あ、そう…」

座ってみると、どうせ夜景しか視界に入らないし、そんなに居心地悪くは感じなかった。
考えてみたら大学のせまい部室にいるときもこのくらいの距離感だしな、と思った。
向かい合って座るより、こうして並んで座ったほうが近くていい。

斑「さて、何食う?」
メニューを広げる。
咲「とりあえず海老マヨが食べたい」
斑「海老マヨ?ああ、これか」
値段も手ごろで、料理の写真を見ても美味しそうだった。
斑「あ、コースとかあるんだな」
咲「コース?ふうん…二人用のか」
斑「いや、単品で頼んでもいいけど」
咲「海老マヨもコースに入ってるのか。じゃあそれでいいや」
斑「いいのか?そんなに食べたかったのね…」

店員が近くに来たので春日部さんが呼び止める。
咲「このメニューのコースで。」
「かしこまりました。ドリンクは何にいたしましょうか」
咲「えっと…老酒ロックで」
斑「あ、じゃあ俺も…」

咲「そういやアンタとご飯食べるのって二回目だっけ?」
斑「うん。前に行ったのは寿司屋だったな」
咲「そうだったっけ」
斑「春日部さん、いきなり大トロ頼むからびっくりしたよ」
咲「ええ?よくそんなこと覚えてるねぇ…」
春日部さんは呆れ顔で笑う。

(そういや、これってデートか?)
今さらそんなことを思う。
寿司屋のときはとてもそんな雰囲気じゃなかったが、今はとりあえず、状況だけは絵に描いたように完璧だ。
…状況だけは。
(いや、これはデートだ。そうに違いない!!!)
とりあえずそう思い込むことにする。

前菜から順番に来る料理を食べながら、たわいのない話をする。
ふと、会話が止まる。
春日部さんは夜景を眺めていた。

春日部さんの顔を見ると、窓の光が反射して、瞳が輝いてみえた。
思わず見とれてしまう。
春日部さんはこっちに気がついた。
咲「ん?何?」
斑「え、いや、別に…」
あわてて顔を窓に向ける。
斑「いやー、夜景が綺麗だなーーー!!」
ごまかそうとしたが、ごまかしきれてない。

「………………………」
沈黙。なんか気まずい。

(な、何か言わんと!)
斑「あっそうだ、『君の瞳に映る僕に乾杯』って言葉知ってる?」
咲「え…」
思わずとまどいの表情を見せた春日部さんだが、しばらくして『…ん?』という顔をする。
咲「『君の瞳に映る…』何だって?」
ギロリ、とすごい目つきで睨まれる。
斑「いえっ、何でもないデス!!」
咲「何それ、またなんかの漫画の台詞なの?」
斑「漫画じゃない、アニメの台詞だ!!」
咲「どっちだっていいし!全くさあ…こんな時までオタク話かよ」
春日部さんは大きくため息をつく。
斑「オタクだからね。こんな時でも!社会人になっても!」
咲「別にいいけどさ。あんたちゃんと仕事してんの?」
斑「失礼な。ちゃんとやってなきゃ今頃クビになってるっつの。
最近事業拡大して、水道工事以外にもやってるから忙しくてなー…」
咲「そうなの?」
斑「まあ現場の人のほうが慣れないことやらされて大変そうだけど。クレームの電話が前の倍かかってくる」
咲「うわ…」
斑「もう、怒鳴られることも仕事のうちだって悟ったよ。同僚と飲みに行ったりするのもな。」
咲「ふーん………」
つい愚痴ってしまった。こんな話したいわけじゃないのに。

咲「でもさあ、そういう付き合いっていうか、『人とのつながり』が大事なんだよね…」
春日部さんは窓のほうを見ながら話す。
咲「私、いま自分の店持とうとして動き回って、やっとめどが立ってきたけど…
ここまでくるのに、本当色んな人に助けてもらって…。
なんかさ、ありがたいって思う反面、プレッシャーもあってさ………。」

春日部さんはいったん言葉を切る。次の言葉を待った。
咲「私が、助けてもらった人の期待に応えられなかったらどうしよう。
私が判断を誤って、助けてもらった人に迷惑かけたらどうしよう。」

春日部さんが仕事のことで弱音を吐くのを初めて見た。

春日部さんは両手の指を組み、窓のほうを見ながら話を続けた。
咲「友達に、ショップの店員の子がいるんだけど…。
どこかのアパレルに就職して、社員として働いても店長にはなれるのに、どうしてそうしないのかって言われた。
いきなり自分の店をもちたいなんて無謀だ、接客してシーズンの商品の確保して、売り上げ気にして、予算立てて。
どんだけ大変かわかってるの?って。」

咲「それでも私は、どうしても自分でやってみたかったんだ。
私が前にバイトしてたショップの店長がさ、私が尊敬してる人なんだけど、自分でイチから店かまえた人でさ。
今回の私の店準備にも、色々アドバイスもらったんだ。
その人の背中見てたからかね、『自分で店を持つ』ビジョンが、ずっと前からできてしまってるんだよね…。」


………………

 居酒屋を出て、新宿駅まで歩いていた。
さっきから、なんとなく無言のままで。
斑目はさっきの春日部さんの言葉を思い出していた。
(なんか、すげーな、春日部さん。
…そういや、一年のときから『卒業したら自分の店を持つんだ』って言ってたもんな。
そのために英会話も勉強してたし。すげーな。次元が違う…。)
(自分が一年のときは何してたっけ?うーん、思い出したくない………。『認めたくないものだな、若さゆえの…(ry 』)

春日部さんとのあまりの差に、正直へこんだ。
春日部さんをすごく遠くの存在に感じた。

咲「ごめんね、さっきはなんか変なこと言って」
斑「え?」
咲「あんなこと言うつもりなかったのにさ。自分では、ちゃんと割り切ってるつもりなんだけど。
…でも、つい言っちゃうってことは、どっかで吐き出したかったのかな…」
斑「………………」
咲「ま!それはいいよ。聞き流しといて。違う話しよう」
春日部さんは急に明るく笑った。

斑「…吐き出していいのに」
咲「え?」
斑「そんな強がらんでもいいのに」
春日部さんは足を止めて斑目のほうを見た。

平気なフリをして笑う春日部さんに、自分の行動がダブって見えた。
なんだか、今すごくこの人のことが分かった気がした。…思い込みかも知れないが。

斑「そんなに気はってたら、しんどくないか?せめて今くらい、気遣わんでもいいのにさー…」
咲「………」
斑「無理に笑わなくてもさ…。
平気そうに見えるから、なかなか周りが気づいてくれねーのに。」
(せめて俺の前でくらい………)

咲「…ありがと。でもさ、普通『友達』同士なら、気ぐらい遣うでしょ?」
春日部さんはいつもの顔で言った。

斑「…ま、ソウネ…ははは…」
斑目は力なく笑った。
(あー……今、距離置かれたな………。)
ズキンと心が軋むような音を立てる。
(偉そうなこと言ったな。彼氏でもないのにさ………。
そうだよ…それは俺の役目じゃないだろ………………………。)

咲「気持ちだけもらっとくよ。」
春日部さんはそう言って笑った。

 新宿駅から電車に乗る。週末のせいか乗客がとても多い。
どうしても春日部さんとくっつきそうになる。
斑目は意識して自分と春日部さんの間に隙間をつくるようにして立っていた。
身長差があるので春日部さんの頭を見下ろす形になる。
少し、花のような香りがした。シャンプーだろうか、香水でもつけてるんだろうか。

気持ちはとても遠いけれど、こんなに近くにいる。
電車が止まればいい、などと思ってしまった。
そのとき、ガタンッ、と電車が大きく揺れた。
「!!」
つり革を握っていたが、ついよろけてしまった春日部さんが自分にぶつかる。
咲「あたた…」
斑「だ、大丈夫?」
思わず春日部さんの肩を支える。
咲「鼻ぶつけた…いてて」
春日部さんがこっちを見る。慌てて手を離し、上のほうを見る。
自分の顔がどんどん熱くなっているのがわかる。

(や、やっぱ早く着いた方がいいかも………なんか生殺し状態でキツイっつーか…(汗))
十分時間を置いてから顔を下に向けると、春日部さんはさっきのように無表情で電車の窓から外を見ていた。

電車が、降りる駅まで到着した。改札を抜け、春日部さんが言った。
咲「じゃ、ここで」
斑「あーうん!その、今日はありがとう」
咲「お礼なんかいいって。…じゃ、おやすみ」
斑「…おやすみ~………」

春日部さんはいつもの笑顔で手を振ると、どんどん歩いていった。
その背中をずっと見ていた。視界から消えてしまうまで。
雑踏の中に紛れ、完全に見えなくなる。
駅を行きかう人の靴音ばかり、大きく聞こえる。

斑「………………」

斑目は、ようやく体を反転させてゆっくりと歩き出した。
あの日自分が言った言葉を思い出す。
(もう少しの間だけ、か………。)

歩きながら、思い出す。
今日は楽しかった。普段あまり見れない春日部さんが見れた。
…ついさっきまで一緒にいたのだ。

(少しどころじゃなく、当分忘れられないんだろうなあ………。
きっと………………。)
斑目はそう思いながら、駅から外に出て行った。



………………



 雑踏の中を歩いていた。早足で、ただまっすぐに。
自分のヒールの音がやけに大きく響く気がする。

駅の中をひたすらに歩いた。
そして急に立ち止まり、後ろを振り向いた。

「………………」

もう姿は見えない。当たり前だが。
別れてから3分は経っている。


咲は一つ小さく息をつくと、再びきびすを返して歩き始めた。



              「交差点」END   続く。