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恵子のお話 【投稿日 2006/03/22】

カテゴリー-その他


卒業後、春日部咲は念願の自分の店を手に入れた。
従業員は一名。品数はちょっと少なめだが、センスの良さでそこそこの売上を上げている。
ついでに、借金のカタに強制的に就職させられた従業員の名を、笹原恵子という。

「「ありがとうございましたー」」
最後の客を送り出すと、扉に「CLOSED」の札を下げる。
「やった、今日はこれで終り!疲れた~」
恵子は大声で宣言すると、だらしなく椅子に腰掛ける。
「まだ終わってねーよ。片付けもあるんだ。働け働け!」
咲の声が店の奥から響く。
「いーじゃん、少しくらい休んでも…」
「お前のツケはいくらだったかな~」
咲の言葉に恵子の顔が青ざめる。
「ワカリマシタ、ガンバリマス!」
少し奇妙な声で返事をすると、ロッカーから掃除道具を取り出す。
不意に扉が開く。
「すみませんお客様、すでに閉店の…高坂さん、いらっしゃい!」
恵子のバックに花が咲く。目に星がきらめく。
「やあ、恵子ちゃん。咲ちゃんは?」
「あれ、コーサカ?どうしたの、こんな時間に?」
店の奥から出てきた咲が高坂に尋ねる。

「いや、久しぶりに一緒に夕食をしようと思ったんだけど…忙しかった?」
「もうちょっとかかるかな…おい、恵子。お前何してんだ」
満面の笑みを浮かべて、恵子が高坂に擦り寄っている。もちろん掃除道具など放り出して。
「え~だって久しぶりなんだもん。高坂さん分を補給してるの♪」
咲のこめかみに青筋が立つ。顔は笑ったままで。
そのまま無言で恵子の傍まで行くと、猫の子を掴むように、恵子の襟足を掴んで引き剥がす。
「ああん、高坂さ~ん」
恵子が名残惜しそうに訴える。高坂は笑って見ている。咲の青筋が増える。
「ごめん、高坂。今日はキャンセル。これからこいつに自分の立場を『じっっっっっくり』と教えてやらないといけなくなったから。また今度、ね?」
「しかたないなあ」
さすがに高坂の表情が暗くなる。
「ごめんねー……じゃあ逝こうか」
「咲ねーさん、字が違う、字が!助けて高坂さん!殺されるー!!」
店の奥に引きずり込まれる恵子。やっぱり高坂は笑っている。
「だいじょうぶ、殺しはしないから…死んだ方がまし、と思うかもしれないけど」
咲の無情な宣告と共に控え室の扉が閉じられる。
高坂は「困ったものだ」と言わんばかりに肩をすくめると、恵子の放り出した掃除道具を掴み、後片付けを始めた。

椅子に踏ん反りかえる咲。うなだれて床に正座する恵子。
「高坂が私の彼氏だ、って知ってるよね?」
「…ハイ」
「ならもっと気の使いようがあると思うんだけど」
「…ハイ」
「それとも、本気で高坂が欲しいの?」
「…あの、もし『本気だ』って言ったら…」
上目使いに覗き見ながら、恵子が小声で質問する。
答えは咲の顔の上にあった。不敵な笑み。
逆らう者全てを容赦なく、完膚なきまでに叩きのめそう、という強い意志の権化がそこにあった。
恵子は心底から震え上がった。
「まあ、あんたにその気が無い事はわかっているんだけどね」
咲は雰囲気を和らげると、自ら椅子を用意して恵子を座らせた。ひざについた汚れを軽く叩いて落としてやる。
再び椅子に座ると、腕を組んで恵子に話し掛ける。
「本当にあんた何がしたいの?店の外でちょっかい出してる様でもないし、そのくせ店の中だとべったりくっついてるし」
「……ねーさんにはわからないよ…」
下を向いて小声で呟く。

沈黙の時が過ぎる。
咲は不意に立ち上がると、戸棚から洋酒のビンとグラスを二つ取り出す。
テーブルにグラスを置き、酒を注ぐ。
「まあ、言いたくなきゃ言わなくてもいいさ。でも、溜め込むより、吐き出したほうがましだと思うよ、愚痴とか鬱憤とかはね」
言うとグラスの酒をあおる。
つられるように恵子もグラスに手を伸ばす。一息にあおり、むせる。空になったグラスを突き出す。
咲は軽く微笑みながらグラスに酒を注いでやる。
恵子は再び一息にあおろうとして、今度は吹き出した。
咲が笑いながらテーブルを拭いていると、ビンをひったくって一人で飲み始める。

「高坂さんは特別なんだ…」
黙々と飲んでいた恵子が不意に口を開く。
「高坂さんはかっこよくて、強くて、優しくて、誠実で…絶対にアタシを愛してはくれなくて…だから、絶対にアタシを傷つけない」
「何言ってんだ、お前?」
咲の質問には答えずに恵子は言葉を続ける。
「なあ、ねーさん。死ぬほど人を好きになったことってある?…アタシはある。高校生の時に」
「背の高いカッコイイ先輩で…人気のある人だった。だから、絶対断られると思ってた告白が受け入れられた時…本当に嬉しかったんだ」
「毎日が嬉しくて、楽しくて…いつも先輩にくっついてた。自分でも信じられなくて、嫌われたくなくて、先輩の言う事なら何でも聞いた」
「髪も染めたし、化粧だって覚えた。初キスも、処女だってあげた。…そうしろ、っていうからウリみたいな事だってやった」
「ば…なんでそこまでしなきゃなんねーんだよ!!」
咲が怒鳴る。恵子はそんな咲を真っ向から睨みつけて叫んだ。
「だってアタシには何もなかったんだもん!!アタシ、馬鹿だし、可愛くないし、スタイルもよくないし…嫌われたくなかったんだもん!!傍にいたかったの!!好きだったの!!」
「ねーさんみたいに恵まれた人になんか絶対にわかんないんだ!!!」
恵子の両目から涙が溢れ出す。
そんな恵子を咲は優しく抱きしめる。
「馬鹿だよ…お前はほんとーに…」
「でも…」
咲に抱きしめられたまま恵子は続ける。
「でも、あの人は…あの人は、アタシの前で、他の人を抱いて、言ったの…『ウザイから消えろ』って」
「ねえ、ねーさん…アタシ間違ってた?アタシが悪いの?どうすれば良かったの?」
咲の顔に不敵な笑みが蘇る。そして告げた。
「おい恵子。そいつの名前と住所教えろ。今からでもぶん殴ってやる」
「いい!もう終わったことだから…終わったことだから、いい…」
恵子は咲にしがみつきながら言った。

咲に優しく頭をなでてもらいながら、恵子の告白が続く。
「…だから、もう人を好きにならないって決めた。でも、一人じゃ寂しくて、てきとーな男と付き合って…でも、その人を好きになると、あの人の声が聞こえて…『ウザイ』って…」
「だから必死で考えたの。それで思いついたのが、その人の上辺だけと付き合うこと」
「上辺の良い男と、上辺だけの付き合いをして、上辺だけのデートをして、上辺だけのセックスをして、上辺だけの別れをする」
「アタシは寂しくなくて、傷つかない…これが最高の方法だと思ってた」
「そんな時に高坂さんと出会って…」
「高坂さんはアタシを拒否しなかった。確かに何もしてくれなかったけど、アタシを拒む事だけはしなかった。傍にいさせてくれた」
「高坂さんの傍にいると、アタシはアタシでいられた」
「そして、いつもまっすぐにねーさんを見ていて…ねーさん知ってた?高坂さんはいつも笑ってるけど、ねーさんといる時に最高の顔するんだ」
「だから、お願いします。高坂さんの傍に居させてください。咲ねーさんの傍に居させてください。お願いします…」
「…わかったよ。ただし!人前では慎む事。いいね!」
なぜか照れながら咲は答えた。
「ありがと…さき…ねー…さ……」
「恵子?」
咲が覗き込むと、恵子は穏やかな寝息を立てていた。
結局その日は咲を真中に、川の字になって眠る事になった。

数日後。
恵子を『新婚状態』の笹原に押し付けて、久しぶりに二人きりのデートを満喫した咲と高坂。
「…だってさ」
「ふうん」
ベッドの中、恵子の話に触れる。
「わかったような、わからないような話だけどね」
「…もしかしたら、恵子ちゃんは僕に父親を重ねているのかもね」
「そうなの?」
「たぶんね…そして咲ちゃんはお母さん」
「何よそれ」
「笹原くんからのまた聞きだけど、彼らの家って放任主義らしいんだ。だから、幼少期に得られなかったスキンシップを僕らに求めてるんじゃないかな」
「そういうものなの?」
「さあ?」
高坂は咲の疑問を煙に巻く。
「あーあ。結婚も出産もなしにあんな大きな娘ができてもなあ」
「子供、欲しい?」
咲のぼやきに、高坂が真顔で尋ねる。
「うーん…まだ、だめ、かな…」
「そう…」
「ごめん」
「別に謝るような事じゃないよ」

二人で天井を見つめる。しばしの沈黙の後、高坂が口を開く。
「それで、咲ちゃんはどうしたいの?」
「え?」
「どうにかしてやりたいから、僕に話したんでしょ?」
「そうだけど…どうしたらいいのか…」
「一番なのはこのまま何もしないことだろうね。彼女が互いに必要とする相手を見つけるまで」
「でもそれじゃ…」
「下手に手を出すと、今の関係が崩れて、最悪、以前の彼女に戻っちゃうよ?」
「…」
うまく誤魔化されたような気がして、咲は不機嫌に黙り込んだ。体を起こす。
高坂も体を起こして咲を見つめる。
「コーサカって冷たいよね」
「そうじゃないよ。僕は誰にでも優しくなれないだけ」
「そう言うのを『冷たい』って言うの!」
咲は高坂に背を向ける。高坂は少し困ったような顔をすると、咲の耳元に囁く。
「じゃあ咲ちゃんには優しくするよ…どうして欲しい?」
「抱きしめなさい」
抱きしめる。
「何か言いなさい」
「愛してるよ、咲ちゃん」
「キスしなさい」
少し強引に咲を振り向かせると、唇を重ねる。
そしてそのまま二人はベッドへ倒れこんだ。

一方その頃…
「あ~あ。今ごろあの二人はしっぽりといいことしてんだろ~な~。いいな~。うらやましいな~。アタシも参加したいな~…あ、義姉さん、もう一杯」
「…これ以上あなたに飲ませる物はありません」
「い~じゃん、けちけちすんなよ。そんなだから大きくなれないんだぞ。『どこ』とは言わないけど」
「『馬鹿』になるよりましです」
「「…」」
「え~と、二人とも仲良く…」
「「(アニキ・笹原さん)は黙って(ろ・下さい)!!」」
「ハイ…」
「表へでろ…久しぶりにキレちまったよ…」
「体格の差が絶対的なものではないと教えてやる!」
この二人、結構仲が良いのかもしれない。