衛星 【投稿日 2006/03/20】

MとSの距離


MとSの距離  その3 「衛星」

咲「…相変わらず散らかってるね」
春日部さんは呆れ顔で言う。
斑「…スミマセン」(汗)
前に皆が来たとき(写真を隠したとき)ほどではないにしろ、雑誌やゲームが大量に散乱する部屋の中を見渡し、春日部さんはため息をついた。
咲「片付けるの苦手なの?」
斑「いやまあ、片付けるヒマが、ね…」
咲「やる気ないだけでしょ」
斑「…もっともです」

(ホントにいつもの春日部さんだな…)
春日部さんにやり込められながら、斑目は内心ホッとしていた。
同時に、不安でもあった。
(昼間の発言はどう受け止められているのやら…)
斑「あ、そのへんの椅子でも座って。今なんかお茶でも…」
咲「ん、おかまいなく」
春日部さんは椅子の一つに座る。
前に罠を仕掛けた(SMのDVDを入れていた)机の椅子。
あれはもう捨てて、今、引き出しの中には例の写真が入っている。
(あ…やべーかな。…いや、いいか。今さら見つかっても。というか何故わざわざそこに座る…?わざとか?)
春日部さんのほうを気にしながら、冷蔵庫から麦茶を取り出す。

斑「はい」
咲「ありがと」
お茶の入ったグラスを手渡すと、春日部さんは一口飲み、机に置いた。
咲「…でさあ、昼間のことだけど」
斑「!!」
あやうく飲んでいたお茶を噴くところだった。
(来た………………!!!)
咳き込みながら、慌てて聞く。
斑「げほっ…な、何デスカ!?」
咲「………」
春日部さんは怒ったように鋭い目つきをして、こっちとは違うほうを向いている。
斑「………………」(汗)
手を振り払われたことを思い出し、急速に気持ちが冷える。
(やべ…何かまた、スゲー落ち込んできた………)

(何言われるんだろ……あ、そうか、まだ『最終通告』受けてなかったんだ…)
最終通告。きっぱり振るための言葉。
どんな風に言われるんだろうか。緊張のあまり体が強ばっていくのを感じる。
冷たいグラスをぎゅっと握り締めた。
怖い。本当なら聞きたくない。手を振り払われただけで、もうこんなに憔悴しきっているのに。

咲「…いつから?」
斑「へ!?」
咲「いつから…その…好きだったの?」
予想してなかった問いに、一瞬とまどう。

斑「えーと……」
(うわ、なんか、恥ずかしいな!こんな風に聞かれると!)
変な汗が出てくる。
斑「えーと………、あれは、俺が3年のとき、かな…」
咲「そんなに前から!?」
春日部さんが大声を出したので、ついビクッとなる。
斑「いや、その………そのときは、ちょっと気になってたぐらいで………」
引かれたと思い、あわてて言葉を修正する。
(いや………………本当は意識しまくってたんだけど………………)
再び、胸がちくりとする。
咲「あ、そうなの………?」
斑「いや、ホントはかなり意識してました」

「………………………………………」
(俺、どうしたんだろう………)
昼の告白といい、嘘つくたびに息苦しくなってたまらなくなる。

 今日はいつもの調子が出ない。疲れているせいだろうか。
(………嘘つくたびに、自分が惨めになるような気がする………。
嘘つきたくないって…誰に?春日部さん?俺自身?)

咲「気づかなかったよ……。私、そういうの気づくのは得意なはずなんだけど」
春日部さんは大きく息をはいた。
斑「…それは、高坂ばかり見てたからじゃねーの?」
咲「………」
(あ、今の言葉、皮肉ってるように聞こえたかな………)
斑「いや、アノネ?高坂に一生懸命だったんだろ?だから気づかなかったんだろ?
いいことじゃないのかな、それは」
自分で言ってて空しかったが、実際そうなんだから仕方ない。

斑「実際、今日まで言うつもりもなかったし……、むしろ気づかれなくて助かってたし…。」
怖かった。ばれてしまい、気まずくなって顔を合わせられなくなるのが。
でも、言ってしまった。そして今こんなことになっている。
昼に感じた不安と後悔が、再び沸き起こってくる。
息苦しい。体の奥にもやもやしたものが渦を巻いている。
感情の渦が、勢いよく暴れだしそうになるのを必死でこらえる。

咲「でもそれじゃアンタが………」
斑「いや、本当は、言いたかった……ずっと」

 自分の中で何かが決壊するのを感じた。
言葉があとからあとから、口をついて出てくる。
斑「ずっと言いたかった。春日部さんが高坂と付き合ってなかったら、もっと早く言ってたかもしれない。
いや、何かのはずみで言っちゃってたと思う。」

斑「でも、春日部さんが部室に来てたのは高坂が会員だったからで…。
春日部さんが高坂と仲良くしている限り、春日部さんが部室に来るから、だから別れて欲しくなかった。そんなこと、望んでなかった。
昼にも言ったけど、俺が見込みないの分かってたし。顔を見れたらそれでいいやって…。
でも、だから言えなくて………。」

斑「気づかれなくても良かったんだ。…全然意識されてなくても、良かったんだ。
いや、じゃあ何で言っちゃったんだろ…?やっぱり、気づいて欲しかったのかな?
………スマン、自分でも良く分からん」

咲「………」
斑「ごめん…」
咲「何で謝るの」
斑「いや、春日部さんにとっては迷惑だろ、こんなこと言ったって」
咲「私がいつそんなこと言ったよ?」
斑「え?」
咲「私は嬉しかったよ、昼にもそう言ったじゃん」
思わず春日部さんを見る。春日部さんはまだ眉間にしわを寄せたままだった。

咲「昼間はごめんね!」
急にまた、春日部さんは大声になる。
斑「へっ!?…何が」
咲「手、振り払ったじゃん。私」
斑「あ、ああ……」
思い出して、心がまた痛み出すのを感じる。

咲「というか、急に肩つかまれたからびっくりしただけ!それだけだからな。変な風にとるなよ。」
斑「……………え?」
咲「アンタのことだから、もう顔合わせられないとか思ってたんでしょ?」
斑「…その通りですよ」(汗)
咲「はーーーー…やっぱりな。来てみて良かったよ。
急に避けられでもしたら、こっちだってすっきりしないっつーの」
斑「………そっか。」
咲「そんなんなったら、寂しいしさ………。」
斑「うん…、うん。そうだな。」
体中の緊張が解けた。
(拒絶されたんじゃなかった。良かった………!!)

咲「だからどうしても、今日言っときたかったんだ。それともう一つ」
春日部さんは椅子ごと体をこっちに向けた。

咲「あんたの言いたかったことはそれだけ?もう全部言ったの?」
斑「え?あ、ああ、もうだいたいのことは……」
咲「嘘だね」
斑「は?」
咲「なにか言いかけてたじゃん。私の肩つかんだとき。
なんて言おうとしてたの?」
斑「………」

(そうだ。俺はあのとき、何て言おうとしたんだ………?)

(『春日部さん、俺は………』
そのあと、何て続けるつもりだったんだろ?
確かあのときは、もう、「口説く」のができるのは今しかないって思って、それで…)

(「口説く」?俺が?春日部さんを?)

咲「ほら、昼の続き言いなよ。もう振り払ったりしないからさ。」
春日部さんは椅子から立ち上がり、正面からこっちを見て言う。真剣な目で。
その目を見て、言わなくてはいけないと覚悟を決める。

斑目は、春日部さんの肩に手を置いた。今度はゆっくりと。
春日部さんの目を見て、言葉を絞り出す。

斑「春日部さん、俺は………………………」

言葉が続かない。
(………ええと、こんなとき、何て言うんだ?
「付き合って欲しい」って?
それとも「俺を好きになって欲しい」って?)

(………なんか、なんか違う。
いや、それももちろん、願望としてはあったけど………。
今、一番言いたいことは何だ?
俺は…………)

斑「…いや、俺が………」
言いながら、また頭が下を向いてしまう。自分の額が春日部さんの肩に触れる。

「もう少しの間、春日部さん好きでいるのを、許して下さい」



それが、今一番言いたかった言葉だった。


(口説きになってねーじゃん…)
自分に、心の中でつっこむ。
(でも、いいんだ。これが言いたかったんだから。)

そのとき、自分の肩に春日部さんの手が置かれるのを感じた。
暖かい感触。
「………………」
胸に熱いものがこみあげてくる。


本当は抱きしめたかった。でも、それはできなかった。
自分の肩が震えだしそうになるのを、必死でこらえる。
こんなに近くにいるのに、天文学的なほどの距離を感じる。

優しくされるのは嬉しかった。でも、優しくされるのは辛かった。
これ以上甘えているわけにはいかない。

斑「………そんだけ!これで全部!言いたいことはもう、全部言った。
なんかすっきりしたよ」
そういいながら顔を上げる。無理やり笑ってみせる。
咲「…そうか」
春日部さんは安心した、というような顔をする。

斑「あーなんか、こういうの俺らしくねーよな。ていうか似合わネーーー!
あははは!スゲー顔が熱いんだけど」
笑いながら春日部さんの肩から手を離す。
咲「そんな………」
春日部さんの言葉をさえぎるように、グウゥゥゥ、と腹の虫が鳴いた。

「………………………」

春日部さんは、ぶっ、と噴き出した。
咲「あはははは…ムードのかけらもねー!」
斑「…そういや俺、昼からなんも食べてなかったよ。弁当食うの忘れてたし。
………あの弁当は?」
咲「あ、部室に放置したまんまだ。…もう腐ってんじゃない?まだ暑い時期だし。」
斑「うわ、明日見るの怖えー!」
あはははは、と二人で笑う。
咲「じゃ、これからなんか食べにいく?私もまだだしさ」
斑「…いや、いい」
咲「え?」
斑「ゴメン。今日はなんか、疲れたからさ………」
断られると思っていなかった春日部さんは、驚いて斑目を見る。

咲「え、でもご飯はどうするの?」
斑「心配せんでも、ちゃんと食うからさ。」
咲「………」

春日部さんは何かを感じとったようで、それ以上追及しなかった。
咲「………わかった。まぁ…ゆっくり休んで」
斑「そうするわ」
咲「………急に押しかけてきて悪かったね」
斑「いや、むしろ感謝してるから。」
咲「………じゃな。」
斑「うん、じゃあ。」

春日部さんを玄関まで送る。
ドアをあけると、もうだいぶ暗くなっていた。
斑「………やっぱ送るわ」
咲「いいって。まだ七時前だし。日が落ちるの早くなったよなー」
ドアの隙間から、少しだけ秋の風が入ってきた。
咲「また部室に顔だせよ」
斑「春日部さんこそ。俺のほうが良く行ってると思うぞ」
咲「あはは、そうだったね…じゃあ、また。」
斑「ん、さよなら。」

………さよなら。

そのままドアを閉めた。

しばらくして、春日部さんの足音と思われる音がして、だんだん小さくなっていった。
斑目はドアの前に立ったまま、動けなかった。
右手をついて頭をドアにもたせかけ、そのまま崩れ落ちるようにしゃがみ込んだ。

春日部さんの前で泣いてしまうと思った。我慢できそうになかった。
そんなとこ、見られるわけにはいかない。だから「食べにいこう」と言われたのも断った。
でも今、涙が出てこない。不思議だった。
暖かい感情に、体が包み込まれていた。
拒まれなかったこと。また部室に顔出せと言われたこと。
最後まで言わせてくれたこと。
…考えてみれば、何も失わずに済んだのだ。春日部さんのおかげで。

(春日部さん好きになって良かった。本当に。)

しばらくそのままでじっとしていた。


………………………………


 咲は駅までの道を早足で歩いていた。
(…放っといて良かったのか?いや、これ以上私にはもう、何もできないだろ。)

(コーサカ、ゴメン。今日だけは別の男のこと、考えないといけない。
…あいつ何て言ったと思う?
『私がコーサカのこと本気で好きで努力してるから、そういう私が好きだ』
なんて言ってくれたんだよ。
そんなこと、今まで誰にも言われたことない。
今まで言われた中で最大級の褒め言葉だよ。)

(だから、あのまま放っとけなかった。…あんな辛そうな顔、初めて見た。
ただ放っとけなかった。口説くとか、言い寄るとかもないんだよ。
こんな告白されたの初めてだよ。正直、どうしたらいいのかわかんないよ。
だって、言い寄られたんなら、断れるじゃん。バッサリ。
なんていうか…ただ、一方的にすごく気持ちをもらって…でも、返すことができない。
返す手段がない、みたいな。でもそれでもいいみたいなことを言われたよ。)

(ま、普通にしてたらいいんだろうけどね…………。あんまり考えすぎるのも良くない気がする………。
なんか………。)

(コーサカに会いたい。今日家にいるのかな………。)
咲は携帯を開き、操作し始めた。
無機質なコール音がしばらく聞こえ、やがてつながった。

                    「衛星」 END    続く。
最終更新:2006年03月27日 00:40