笹原きょうだい 【投稿日 2006/03/19】
それはまだ二人が幼かった頃の出来事。
朝食の後片付けをすませて玄関に向かう笹原に、後ろから恵子が忍び寄る。
「お兄ちゃん」
「何だ」
猫なで声に嫌な予感を感じてぶっきらぼうに返す。
「自転車乗せて?」
「いやだ」
即答。取り付く島もない態度に恵子は頬を膨らませる。
「えー、いいじゃない」
「自分のに乗れよ」
「学校に置いてきちゃった」
一言文句を言ってやろうと振り返ると、全然反省も後悔もしていないような満面の笑み。
大げさにため息をつくと、笹原は無言で登校の準備をする。
じー。視線を感じるが、無視する。
じじー。さすがに鬱陶しくなるが、まだ無視する。
じじじー。笹原の動きが止まる。
「わかったよ!後ろに乗れ!」
「ありがと、お兄ちゃん!」
恵子の勝ち。
二人を乗せた自転車が道を駈ける。
日差しは暖かくても、風はまだ少し冷たい。
「アハハ、気持ちいー!」
後ろに乗った恵子がはしゃぐ。
「黙って乗ってろ!」
少し息を荒くした笹原が後ろを向いて文句を言う。
「えー、もう疲れたのー?毎日テレビやマンガやゲームばっかやってるからだよー。少しは鍛えたらー?」
「…」
図星を指されて沈黙する笹原。
「それ行けー!もっと速く、もっともっと!」
「無茶言うな!!」
笹原は怒鳴り返しながらも足に力を込める。
自転車は加速して二人を運ぶ。
「ありがとー、お兄ちゃん!じゃあねー!」
息を切らせ言葉も無い笹原を尻目に、恵子は足取りも軽く教室へ向かう。
とりあえず息を整え、ふと気が付くと自分に集まるたくさんの好奇の視線。
笹原は全速力で逃げ出した。
(二度と、絶対に、金輪際こんなことしない!冗談じゃない!)
固く心に誓いながら。
…このささやかな出来事は、ちょっとした波紋を呼び、校則に「自転車での送迎禁止」という項目を付け加える事になったとさ。
それはまだ二人が幼かった日々の出来事。
最終更新:2006年03月27日 00:32