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Zせんこくげんしけん3 【投稿日 2006/03/18】

せんこくげんしけん


【8月9日/16:55】
中庭の戦場に、木村自治委員長が駆け付けた。
「旧現視研はすぐに抵抗をやめろ! サークル活動全体に迷惑をかけてはいけない!」
だが、抵抗をやめなくとも多勢に無勢。咲たちは放っておいても数に負けてしまうのが目に見えていた。木村は騒ぎが大きくなりすぎて、大学側から目をつけられたことに焦りを感じていたのだ。

現視研メンバーは、すでに大勢の緑マスクに囲まれていた。バットを持つ者、ドラムスティックを振りかざす者、カメラを構えている者……。
(カメラ?)
「テメー撮るんじゃねェ!」咲が思わずカメコマスクに向けて拳を握りしめる。その隣で斑目は(あー、この乱れた姿もイイかも。写真売ってくれんかなぁ)と妄想した。
田中は大野をかばいつつ弾倉を確認。弾はほとんど残っていない。高坂に、「高坂なら12機くらい3分足らずで倒せるんじゃないか?」と軽口を叩く。
高坂はニコニコしながらも、「ガンガル1機じゃあ戦局は変えられませんよ」と、厳しい見方を伝えた。
恵子が、「やーん、コワーイ高坂さん」と寄って来たが、手にはしっかり角材が握られている。

投降するように呼び掛けようとした木村だったが……その瞬間、「あんたたち、いい加減にしなさい!!」との怒声が聞こえ、彼は固まった。
木村の怯えた視線の先、マスク男達も思わず左右に散ったその先に、北川元副委員長がいた。ひよこのエプロンをして、包丁を握ったまま仁王立ちしている。

「北川さん!」大野が思わず叫ぶ。北川と呼ばれた彼女は、「もう名字違うけどね」と苦笑した。
一方、木村はヘビに睨まれたカエルそのものだ。何も言えない、動けない。
「木村くん……サークルの整理は慎重にやるべきね。利益を得るために1つのサークルを犠牲にするなんて言語道断よ!」北川の喝が飛ぶ。
咲が、「コイツ慎重だったか? うちを狙い撃ちしてなかった?」と、指差しながら大野に同意を求める。大野は焦って否定し、「ダメですよ咲さん。今アノ人こっちの味方なんだから静かに!」と説き伏せた。

北川の「聞こえてるわよソコ」に、大野と咲は固まった。

【8月9日/16:57】
沢崎を下した朽木は、テレビ前のイスから立ち上がり、ギラリと原口をにらむ。
「大将首取ればボクチン大手柄だにょー」
「何なんだ? 何で現視研にはこんな変なのばかりが集まるんだ?」
原口は撤退しようとしたが、廊下には、笹原と荻上が立っていた。咲たちが漫研から追っ手をおびき寄せている間に、彼等はあえて部室へと戻って来たのだ。荻上をかばうように笹原が前に出ている。

荻上の姿を見て、「戻って来てくれた……わけじゃないよねぇ」と笑う原口、「僕はプロとのつながりがあるし、801でブームを演出してきた。ツテを使えば君もプロにだってなれるんだよ。僕のもとで描かないかねぇ?」と食い下がる。

「君の同人誌のようなクオリティで、こんな生産性のないサークルにいたって、何の特にもならないよ」
荻上は、今度は動揺することもなく、「お断りです。このサークルだから描けるんです」と、原口への視線を外さずにキッパリ答える。
「どんなに大物作家を使ってブームを演出しても、たくさんの可愛そうな同調サークルの人たちを操って脅しても、キャラへの愛情がなければ萌えられないし描けないもの……」
原口のニヤ付いた目は変わらない。が、目は笑っていない。
笹原が口を開いた。
「作家のやる気をなくさせるのは編集者として最悪だと、久我山さんに言われたことがありました。今日のあなたは、荻上さんの気持ちを理解せず踏みにじった。……最悪です」

ちょうど、笹原や荻上と反対側の廊下から、赤いマスクをかぶった男が歩いて来た。赤マスクが原口に対峙する。
「そういうことッス。現視研はヌルいかもしれませんが、ヌルいなりに頑張ってるんですよ」
笹原と荻上が目を丸くして赤マスクを凝視する。思わず自らの口を塞ぐ赤マスク。
気を取り直して笹原は、「原口さん、あなたはオタクを消費者としか見れなくなっていたんだ。ここは、生産性とか関係なく、ヌルい仲間が集まる居場所じゃあダメなんですかね……」と呟いた。

「はぁ~」原口は深くため息をつき、「やはりどうにも理解し合えないねぇ。ヤメヤメ。この先も皆が上手くいくと思って提案したんだけどね~」と、お手上げのポーズをとっていた。
「負けた」と言わないのが彼らしいと、笹原は思った。

【8月9日/17:10】
こうして、サークル棟の乱は幕を閉じた。
木村と同調サークルの代表者、そして原口と沢崎も、大学事務への陳謝と事情説明のために連れられて行った。彼等を連れて行くのは、証言者として名乗り出た高柳と、無事解放されたアニ研OBの近藤だ。
その様子を見届けた旧姓北川だったが、彼女に事態を知らせてくれたのは、現視研の初代会長だった。
「あの人、何でうちの住所知っていたのかしら……」と、背筋の寒くなる思いがした。

久我山が汗だくになりながら走って来た。田中のもとに駆け寄る。
「久我山、無事だったか!」
「あ、うん。北川さんが来てくれたおかげでね。あ あの人、この近くに住んでるのかな?」
斑目が、「ホラホラ、卒業しても近くに住んでいる人はいっぱいいるじゃねーの……」と北川(旧姓)を指差すが、田中からは、「お前は別格だ。悪い意味で」と即否定された。

同調サークル側の量産型、いや、緑マスクの男達は、それぞれ大野の所まできて謝罪し、パラパラと解散していく。
「何で大野さんのところに?」といぶかしむ笹原に、「会長だからでしょう」と荻上。咲は「スケベども」と吐き捨てる。
高坂が歩み寄ってきた。
「咲ちゃん大丈夫?」
「あ~ん、コーサカ遅い~っ!」と甘えた声を返す咲。横でジト目の斑目が、「さっきと全然キャラ違うぞ」と突っ込んだ。
瞬間、「ッッッ!」足の甲に激痛が。咲が斑目の足を思いっきり踏み捻りながら、高坂の元へと駆け寄ったのだ。

カッコ良いところを見せること無く、高坂と咲の抱擁を見せつけられた。しかし、トコトコと寄ってきたスーが、斑目の手をしっかと握った。
慌てる斑目にスーは無表情のまま、「HETARE also often held out today. (ヘタレも今日はよく頑張った)」とねぎらう。しかし斑目に意味が分かる訳がなく、むしろ「ヘタレ」だけが分かってヘコんだ。

「おぉ、斑目それ……」と、咲にスーと握り合った手を指摘された斑目は、「いや、これは違っ…!」と、嬉しさ半分、恥ずかしさ半分で否定する。
「うふふふ、スーになつかれるなんて、なかなかありませんよ斑目さん」と笑う大野も、田中としっかりと寄り添っている。
この様子を見て面白くなさそうなのは恵子だ。
「斑目まで……みんなベタベタしやがって。あのデヴをシメそこなうし、気が収まらん!」

【8月9日/17:30】
無事に取り戻した部室に、部員とOB3人、アメリカ人2人が揃う。「今回は助けてくれたOBを立てて……」と笹原提案で斑目中央の上座、左右に田中、久我山が控える。「よっ、主賓何か挨拶しなよ」と咲が茶々を入れる。

朽「挨拶よりですね、先輩アレを!」
斑「え? あー…じゃあ、第39回荻上さんと部室奪還できてよかったね会議~!」
荻「なんかソレ、私が39回捕まったように聞こえるんスけど……」
田「そこは流せ」
大「そうですよ。せっかく無事に助け出してもらったんですから何度だっていいじゃないですか」
荻「いや、1回で十分です」
咲「まあ、荻上は感謝こそすれ、突っ込む立場じゃないよな(ニヤ」
大「そうですよ。だからお礼を兼ねて皆さんの前でコスプレを!」
荻「アナタハソレシカナイノカ(汗」
大「冗談ですよ冗談」
外人&大野を除く一同(ぜってー本気だった)
大「でも、助けてくれた本人にはお礼を言うべきですよ。ねっ!笹原さん!」
荻「………」
笹「え? あー、いや俺は別に……」大野が(このオトコは~!)と憤る。
恵「お礼代わりにさ、一発ヤラせてあげたらいいんじゃねーのォ?(超けだるげ」
一同ドッ引き……。恵子は相当フラストレーションが溜まっている。

久「い 妹キャラって本当に幻想なのかな……。白衣の天使も、幻想だったし」
斑「まーまーまー、ヤルとかそういう話はこっちに置いといてね」
田「そうそう。外人さんも大変な時に来たね、ねえ大野さん(棒読み」
アン「I will come to see the next chance. 」
大「何か次回も見に来たいって言ってます(汗」

朽「まあ今日は、ワタクシのアシストがビシビシと決まったことが勝因じゃあないでしょうか、ね!」
笹「そうだね。朽木君の通信傍受や撹乱は役立ったよ」
咲「クッチー、その“盗聴”の件で少し聞きたいことがある。後で顔貸せ」
朽「……ハイ……」
田「良くやったと言えば斑目だろ。俺達にいち早く知らせてくれたし」
笹「俺、生意気なことを言ってしまって、スミマセンでした」
久「あ 赤い○星気取りなんだな」
咲「やっぱりそうか、あの赤。私もお陰で助かったよ」
斑「???」斑目には全く心当たりがない。だが、その場の流れに身を任せて力なく笑った。

恵「でもさぁ~話戻すけど、1回くらい交際してあげるとかさぁ。援助だと思ってやってみたら?」
笹(蒸し返すなこのバカ)
咲「交際を援助って、待てケーコ誤解を招く」
荻「何度も言わせないでください! 私がオタっ………」
漫研での大野の言葉を思い出し、少しは素直にならなきゃいけないと思う荻上は、言葉を押しとどめた。

笹&外人除く一同「ん?」
荻「……」
笹&外人除く一同「んん?」
荻「……あ……いや」
笹&外人除く一同「んんん?」
荻「……いえその……今日は、ありがとうございました」頬を染めて礼をいう。

大「やればできるじゃないですか~!」
荻上の様子を見た咲は、この子のために何とかしてあげたいと思った。隣の恵子にヒソヒソと耳打ちする。
咲『ケーコ、アンタの言ってた合宿、行こうか。私もスケジュール空けてあげるからさ』
恵「マジで!」
咲『静かに。アンタの隣(笹原)に聞こえちまう……。ササヤンの就活もあるからちょっと待ってなよ』
恵子は機嫌が良くなり、バンバンと兄の背中を叩く。
「頑張れよアニキ、いろいろとな!」と、気味の悪い笑顔を振りまいた。
荻「なっ……私そんな意味で言ったわけじゃないです!」
恵「何誤解してんの? 就職だよ」

真っ赤になって立ち上がる荻上。「誤解なんかしてません! 印刷所に行きますから失礼します!」
荻上は怒って部室を出ようとしたが、スーが服を引っ張って引き止めた。
荻「?」
大野が通訳しようとするが、頬を赤くして上手く言えない。
「あの…荻上さん? 服を交換した時…勢いに任せて脱がせたから…その…“下”を戻すの忘re○□ッ※ッ…!」

一同赤面(コイツら“全部”取り替えたのか!)
人気マンガの赤ダルマ並に真っ赤な荻上。もうすぐ自然発火しそうな勢いだ。
アン「Oh, It`s Gyororo!」
咲(だれかぁ……誰かこの流れ変えて~)

その時、頼れる男が立ち上がった。
高「あ、忘れてた。笹原くん、これお土産」
高坂は持参していたポスターケースをスポッと空けて、中から大判のポスターを取り出した。
高「プシュケの新作ゲームの宣伝用だよ。早刷もらってきたからあげるよ!」
対面の笹原と、並んで座っていた恵子と咲の目の前に、「メガネ」「巨乳」「縞パン」など……あらゆる「記号」が散りばめられた極彩色のポスターが大股開きで展開された。大人数の都合とはいえ、咲は高坂の隣に座らなかったことを後悔した。
固まる一同。ただ荻上だけは、(あの2人、やっぱ仲良くね?)と無限のワープへと旅立とうとしていた。
咲(この流れも嫌ぁ……誰か助けて)

笹「あー、ああ、そうそう。大変でしたよね、僕たちいろんなサークルに追われて(凄く取り繕うように棒読み」
田「なんか部室のマスターキーが欲しくて網張ってたらしいな。大野さんが捕まらなくてよかったよ」
大「え? 私ですか?」
朽「会長でござんしょ、キー持ってるの」
大「いいえ」
久「そ そういえばココ、ちゃんと戸締まりしてないよね?」
笹「じゃあ誰が持ってるんだろ」

斑「あ……」

にこやかな高坂、外国人、ワープ中の荻上を除く一同(あんたかよ!)。

【8月9日/18:20】
皆が解散した後、斑目は屋上に来ていた。もうすぐ沈もうとしている夕陽と、赤く染まる雲を見ていた。
騒動が終息して大学は人の気配がなくなり、足下に広がる林の奥からはカナカナカナ……と、ヒグラシの寂しい鳴き声が聞こえてくる。

誰かが屋上にやって来た。
振り向きはしないが、気配……いや、時折感じていた違和感、既視感で誰かは分かっていた。
斑目は振り向きざまに、「よくココが分かったな」と言った。
そこに立っていた赤いマスクの男は、「そりゃあ分かるさ。“この日、俺もここに立ってたし”」と語り、マスクを脱ぐ。「イテテ、コンタクトなんて面倒で嫌だな」などと、ブツクサ言いながら、メガネを取り出してかけた。
顔を上げるとそれは、斑目晴信その人だった。

“赤い方”の斑目が、「やあ、“3年ぶり”。そっちはだいぶマシになったな。“あの時”は妖怪みたいだったしな」と愛想良く笑う。
“この時代”の斑目は、「うるせー。お前のせいで大変なことになったんだぞ」と反論したが、結局、自分のせいでもあることに苦笑した。
赤い斑目の手には、原口の持っていた荻上のノートと「あなたのとなりに」があった。ボヤ騒ぎの隙に盗み出したものだ。荻上には赤マスク男の姿のまま、原口が目を盗んで巧妙に複写したものだなどとテキトーに説明しておいた。納得してもらえるかどうかは分からないが。

この時代の斑目は、「初代が言ってた“時間の歪みを修正する働き”って、俺自身のことだったんだな」と納得した。
赤い斑目は、「初代が言うには、今日が大きな分岐点だったそうだ。だから俺は、2002年からすぐに自分の時間に戻れずに、1か月前へと“経由”してきたらしい」と語る。

今日の昼、稲荷のほこらへと続く林の小道にタイムスリップした。初代会長に出会って状況を飲み込み、物陰に隠れた13時15分、この時代の斑目が恵子と一緒に小道を訪れたのだ。
斑目は、事のややこしさと、初代会長の不可解さに首をかしげるばかりだ。そこに赤い斑目が、「1か月後には、お前が俺の役目をやるんだぜ」と語り、もう1人の肩を叩いた。

そのための「宿題」は、たくさんあった。
まず、スージーと最低限の会話ができるようカンニングペーパーを用意。マスク着用の際に使うコンタクトも買って持っておくこと。今回の騒動に関してみんなの動きも確認しておくこと……。
「約1か月後、軽井沢合宿が終わったころに、お前は2002年に飛ばされる。そして次に2005年8月、つまり“現在”に飛ばされる。その時のための事前準備だよ」
ちなみにマスクと衣装だが、原口派を名乗ってプロレス同好会に行けば喜んで貸してくれるという。
斑「赤の専用マスクを選ぶというところが俺らしい」
赤「な! そうだろ!」

しかし、この時代の斑目には納得いかない事があった。
斑「“軽井沢合宿が終わったころ”って、何で現視研が合宿せにゃいかんのだ! そんな暇があったら……」
赤「コミフェス行って同人誌買い込んで○×△□三昧か? まあ待て、決して悪い話じゃないんだからさー」
斑「何でお前は俺のくせにそんなに寛容なんだ? 1か月の間に何が変わった? 笹原の妹になんか弱みでも握られたのか俺?」

頭を抱え、「やっぱりこれは悪い夢なんじゃないか~」と嘆く斑目。
赤い斑目はその肩をポンと叩きながら、「まあ、俺だって、今も夢を見てるんじゃないかと思うよ……。でも軽井沢は事実だ。現実だ。お前もいずれ、自分の気持ちが理解できる」と伝えた。

【8月9日/18:40】
「さてと……」説明を終えた赤い斑目は大きくため息をついた。
「じゃ、ノートと同人誌を焼き捨てよう。そうすれば修正は完了して俺も1か月後に帰れるらしい。そうだ、この時のためにライター持っておけよ」
2人の斑目は、陽が沈み、暗がりが空を包みはじめた屋上でノートと同人誌に火をつけた。

「と~おき~ や~まに~ 日は落ちて~…か」

細い煙が夕闇に吸い込まれて行く。
この時代の斑目は、上っていく煙を目で追って、その先に今日最初の星のまたたきを見つけた。
「あ、星かぁ……おい見ろよ」と視線を落とした時、もう、赤い斑目の姿はなかった。
足下のノートと同人誌は灰になり、涼しい夜風に吹き流されていく。ヒグラシの声も聞こえなくなった。
斑目はもう一度星空を見上げ、ふと何かに気付いてポツリと呟いた。

「あ、明日の俺は会社で怒られるかどうか、聞くの忘れてた……」

【8月9日/19:00】
屋上から降りてきて部室に戻って来た斑目。そこにはまだ咲の姿があった。
斑「何でまだ居るの?」
咲「大学事務局の先生から騒動の事情聴取受けた。北川が私を指名しやがって居残りさ。笹原も一緒だったけど帰ったよ」
斑「荻上さんはどうなった?」
咲「ミナミ印刷所に頭下げにいったけど、予定通りに間に合うって……」

しゃべりながら、バッグの中身を整理する咲。帰り支度のようだ。斑目がその手を見ると、腕のところどころにバンソウコウをはっている。
(凄かったもんなぁ、あの立ち回り……)
彼女は確かに強い。普段の姿からは信じられないが、パンチで2度ばかり流血した覚えのある斑目は実感している。
(それでも、自分の手を傷つけてしまうほどの大暴れとは……きっと脳内でアドレナリン出まくりだったんだろうなぁ)

咲が斑目の視線に気付き、自分の手を眺め、そして斑目の方を見た。
「あのさ斑目」
「ん?」
「1階のボヤの時と、中庭と……、助けてくれて、ありがと」
この斑目にとっては、1階で火が出た時に彼女を助けるのは「1か月後」のことなのだが、「ああ、あのくらいはね……結局カッコ悪かったけどね」と返した。
咲は、「ははは……。まあまあカッコ良かったよ」とニコリと笑う。
その笑顔に魅入られて、「あ…、あっそう?」と、照れた笑いを浮かべる斑目。咲は再びバッグに目を向けて、いそいそと帰り支度を済ませた。

「じゃ、帰るわ」
「あ、1人?」と尋ねる斑目に、「ううん、コーサカが下で待ってるから」と咲は答える。高坂はまた仕事場に戻るのだという。だからせめて、帰り道だけでも一緒に居たいのだろう。
斑目は、「ん。じゃ、本当におつかれ」と素っ気なく、去って行く咲を見送った。

【8月9日/19:45】
斑目は力なくアパートのドアを開けた。今日一日を終え、外で適当に夕食を済ませて帰ってきた。上着をベッドに脱ぎ捨てて、イスにどっかりと腰を下ろし、フゥとため息をついた。
疲れる一日だった。仕事で、ではない。

「ええい、今日一日の異常事態など忘れて、立てよ俺!」
そう、12日からコミフェスが始まるのだ。しかも社会人になった今年は、額こそ少ないがボーナスも入った。これを同人誌につぎ込まないで何に……。

『助けてくれてありがと』『まあまあカッコ良かったよ』

咲との言葉が頭から離れない。斑目は手にしたコミフェスのパンフをデスクに置いた。

【8月11日/12:20】
斑目は今日も部室に弁当を持ち込んで食べている。
校内で大立ち回りが繰り広げられたばかりだが、事後処理は大学とサークル自治会が担い、変わりのない日常が戻ってきた。
もともと夏期休講中なので、外から聞こえてくる蝉の声以外は、人の声もまばらで、サークル棟はひっそりとしている。
斑目は部室に来る途中で沢崎に会った。
ニコリと笑って、「ありがとうございました」と礼を言われたが、心当たりがなくて釈然としなかった。
(俺、何かしたっけか?)

カレンダーは木曜日。明日からコミフェスだ。斑目が会場のビックサイトへ行けるのは14日。勤め人がこれほどまでに辛いものだとは思わなかった。
9日の屋上で、焼き捨てる前の荻上さんの本をパラパラと眺めた斑目。今もその内容を思い出すと汗が出てくる。強烈に印象に残るのだ。
「割とハードだったよな……、荻上さん恐るべしってか。確かにひょっとすればプロになれるかも」
801は専門外だが、同人誌を見続けて来た男の直感がそう言っている。ハラグーロはいけ好かない奴だが、その眼力には感心した。

「ん?……ちょっと待てよ」

(もし俺が1か月後、本当に2002年に飛ばされたとして、その時に、荻上さんのバッグからこぼれたノートや同人誌を忘れずに回収すれば、万事オッケーなんじゃネーカ?)
顔中に汗が……「昨日、英語のカンペ作ったり、仕事帰りにコンタクト買ったりライター買ったり、さんざん準備しちまったよ……」

「まあ、本当にそうなるかは、これからの君たちの選択次第なんだから、気軽にね」
不意に声が聞こえてきてビクつく斑目。初代会長が入り口近くに立っていた。
「またこれも僕の仮説だけどね……」
初代が言うには、様々な分岐点で、選んだ選択の数だけ未来は存在するというのだ。
「例えば、荻上さんが次の会長になったり、大勢の新会員が入ってきたり、君が行商人になって全国を旅したり、ひょっとすると君らが戦場で戦っている未来があるかもしれない。もはや、分岐は無限に近いんだ」

さらに初代会長は、「これは時間軸の話というよりも、僕のデータ収集や人間行動学の分析に近いものだけど……」と前置きして笑い、斑目個人の行動選択次第では、意外な人物と親しくなっている未来だってあり得ると語った。
そこに恵子の名前が上がった時は耳を疑った。「それともう一人、かす……」と言いかけた初代に、斑目は思わずその発言を制した。
「イヤー、もういいっスよ。頭がパンクしそうだし。それに“さきのこと”は自分なりに選択して、切り開いてみようとは思ってはいますから……」
初代は微笑み、「フム、前向きだね……。ボクはね。君を2代目の会長に据えた選択を誇りに思うよ」と優しく語り掛けた。
斑目は腕を組み、「そうっスか? それが俺自身にとって災いしてませんかね」と苦笑い。

「幸せになれるよ、少なくとも今の君はね」
「でも初代……あれ?」
もうすでに初代の姿はなかった。
「いないし…」
ガチャ、と部室のドアが開き、咲が顔をのぞかせた。
「……ひょっとして独り言? キモ!」

【8月11日/12:35】
咲は店の準備が一段落した帰りだという。今日は表情が明るい。2人だけの部室。ちょうど斑目は、あることを話したかった。
何気ない会話のはずなのだが、それでも切り出し方を悩む。脳内のモニターでは、またしてもゲーム画面に変換された咲を前にして、選択肢を慎重に選んだ。
「あー……、春日部さん、今日もあついねー」
この一言だけでもなかなかの時間を要した。

「……何?」と咲。
「避暑地へは……いつ行くのかなぁ?」
「へ?」と間の抜けた表情を見せた咲は、「斑目も行けるの? つうか行く気あんの?」と尋ねた。あれほどコミフェスにこだわり、合宿や旅行を否定した男が、前向きな姿勢を見せているのだ。
「ま、まあね。たまには俺もね、気分転換を……」
初のボーナスを大量にコミフェスに投入しようと思っていただけに、それを旅行の費用にまわすというのは、斑目にとっては大きな決断であった。
「あーそう」と咲はにやりと笑い、「じゃあ…もし決まったら、相談しておきたいこともあるから、よろしくねー」と語る。咲の言う相談事とは、笹原と荻上についてではあるが、斑目には何のことだか分からなかった。
しかし、頼られる気分は悪くない。

もちろん、咲と一緒に旅行を楽しんだところで、高坂にはかなわない。おそらく今後も咲の気持ちは変わらないだろうとは思っている。すぐに落ち込んで元に戻るだろうが、自分なりのアプローチはしてみようと思った。たとえ、それに気付いてもらえないとしても。

(幸せになれるよ、少なくとも今の君はね)

初代の言葉を噛み締める。もうすでに、新しい時間の分岐は始まっているのかもしれないと斑目は思った。

咲と斑目が部室を出た。
先日までの喧噪が嘘のように、部室はひっそりと静まり返っている。
また誰かが部室のドアを開く時、また新しい現視研の歴史が積み重ねられていくことだろう。

<完>