まだ先の話 【投稿日 2006/03/17】

MとSの距離


MとSの距離   序章 「まだ先の話」

斑「おう笹原」
笹「あ、斑目さん、久しぶりですね」

 斑目がいつものように昼に部室に顔を出すと、笹原がいた。
あの合宿が終わってから三週間が経とうとしていた。
斑「荻上さんに聞いたけど、会社の研修だったんだって?」
笹「えっ、あ、そうです研修で昨日まで…荻上さんに会ったんですか?」
笹原は顔を赤くして焦っている。
斑目は弁当を広げ、割り箸を割りながら言う。
斑「そうそう。…つーかさー、笹原。聞いたぞ!」
笹「えっ!?」
斑「お前、もう荻上さんと付き合ってるんだって?」
笹「あ、ああ!そっちですか(汗)」
斑「ん?そっちですかって何が」
笹「い、いえ…」
(801漫画のことでもばれたのかと思った…焦ったぁ~)
斑「水くせーよなー、なんで今まで言わねーんだよ?」
笹「いやその…あんまり言いふらすのもアレなんで…。聞かれたら言おうとは思ってましたよ」
斑「ふーん…ま、いいや。」
そこで一旦会話がとぎれた。斑目は少し考えこむように下を向き、弁当を食べることに集中する。
それを見て、笹原は(あれ?気を悪くしたかな?)と不安になる。
笹「あの、すいません、心配してもらってたのに…」
斑「ん?あーいいよ別に。それよりさ…」

笹「?何ですか?」
斑「あ、いや、その……すげーよな」
笹「え、すごいって何がですか?」
斑「えーと、うまく言えんのだが…告白とかできるのが」
斑目は顔を赤くしながら話した。こういう話題は苦手だ。
いつもならさっさと違う話題をふるのだが、今日はどうしても聞きたいことがあった。
最近ずっと疑問に思っていたことだ。

(俺はよく知ってるわけじゃねーけど…コミフェスでなんかあって、荻上さんとは気まずくなってたはずだ。
合宿前に春日部さんに聞いた分には、最近全然喋ってない、って言ってたし。
合宿でも、一日目なんかまったく喋ってる様子なかったしなあ…。
いや、その前にだ。
『私がオタクと付き合うわけない』なんて言われてなかったか?)

春日部さんに『あの二人をくっつけたい』という話を振られたとき、斑目は、
(でも荻上さんに付き合う気がないんなら、おせっかいなだけなんじゃ?
それに、あんなにはっきり『付き合うわけない』なんて言われた笹原が、勇気出せるのか…?
…もし俺が笹原なら、無理だな……。俺なら絶対無理。)
そう思っていた。春日部さんの頼みなので一応話を合わせてはいたが、内心、笹原が振られてヘコみやしないかと心配だった。
…いや。ヘコんでいるのを見て、その姿に自分の姿を重ねて見てしまいそうなのが怖かったのだ。
(もし俺も春日部さんに告白なんかしちゃったら、ヘコむんだろうなあ…
なんて思ってた、あの時までは。笹原が荻上さんを追いかけていって、二人で帰ってくるまでは。)

(俺が思ってたのとは違う結果だったな。…それにしても、すげーよな笹原。
あの状況から告白して、付き合うまで持っていけるなんて。…どうしたらそんな勇気出せるんだ?)
この数週間、ずっとそのことを考えていた。

斑「その…今お前らが付き合ってるから、聞けるんだけどさ。
告白して、もしかしたらフラれるかも、とか考えなかったのか?」
笹「いや、考えなかった、というか…急にチャンスがあったんですよ」
斑「え?」
笹「今告白できるタイミングだ、っていう瞬間があって…だからそのまま言った、という感じで…。
あのときは深く考えるひまもなかったですし」
斑「………」
笹「ま、言っちゃった直後には拒絶されましたけどね。外に飛び出して行っちゃって。
あのあと追いかけてなかったらどうなってたんだろう…うわ、そう思ったら変な汗出てきた。春日部さんと大野さんに感謝しなきゃ…」
斑「…そういうモン?思わず言っちゃった、って…」
笹「ええ、俺はそうでした。
…というか、言いたかったんですかね、きっと。言わずにいるのがしんどかったんですよ。
荻上さんと気まずいまま喋れないでいるのが、自分の気持ちに嘘ついてるようで…。」

(……………………)
斑目は言葉が返せなかった。
今笹原が言った台詞に、心をえぐられたような気分だった。

笹「……さん、斑目さん?」
はっと気づくと、笹原に呼びかけられていた。
笹「どうしたんですか?」
斑「あ、いや、何でもない。…そっか。嘘ついてるようで、か……」
笹「…それにしても、斑目さんとこんな話するのって珍しいですよね。」
斑「む、そうだっけ?」
笹「そうですよ。なんか変な感じですね。」
あはは、と笑う笹原。
笹「でも、何でそんなこと聞くんですか?」
斑「え、いや……」
笹「あれ?もしかして、告白したい人がいる…とか?」
斑「!い、いやそういうんじゃネーけど!なんつーか、今後の参考にね?」
笹「あ、そうなんですか」
笹原はそれ以上追及しなかった。ほっとする斑目。
(……俺、自分のことは言えないんだよな…。笹原には『水くせー」とか言っといて。
ま…仕方ねーよな。相手が同じサークルで、しかも彼氏持ちなんだから……。)

そう自分に言い聞かせる。でも、心のどこかにはしこりのようなものが残るのを感じる。

その日の夜。会社から帰宅する間、斑目は昼間の笹原との会話を思い出していた。

『言いたかったんですかね、きっと。言わずにいるのがしんどかったんですよ。
自分の気持ちに嘘ついてるようで…。』

(でも俺には無理だ)
一つ、小さなため息をつく。
(だいたい春日部さんには高坂が…。言っても仕方ねーだろ。何も状況は変わらねーし……。
いや、気まずくなって、もう話すらできないかもしれん…)
そう思うからこそ、今まで誰にも知られないようにしてきたのだ。

(でも……)
(いや、何考えてんだ?だいたい、春日部さんが困るだろ。
そうだよ。困らせてどうすんだ?そんなこと望んでるわけじゃねーだろ……。
……………………)

(俺は、言いたい、のか?)

何故だろう。今まではそこまで考えなかったのに。
今までは、近くにいて、少しだけ見直されたり、頼られたりするだけで十分だと思っていたのに。
…………どうだったろう。本当にそれだけだっただろうか?
自問自答しながら、家までの道のりを歩く。

                            続く
最終更新:2006年03月27日 00:09