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なごり雪 【投稿日 2006/03/14】

カテゴリー-笹荻


俺と荻上さんは、駅のベンチに並んで座っていた。
その時が来るのが怖くて、その時が来て欲しくなくて、時が止まってくれればと、時計を睨みつづける。
昨夜からの寒波は珍しい春の雪を降らせ、今も空から静かに雪が落ちる。
「東京で雪を見るのはこれが最後かもしれませんね」
彼女の声が聞こえる。
それにつられるように空を見上げた。
空から落ちる雪は、今が決して夏ではないと、あの暑くて、楽しくて、互いにふざけあい、じゃれあっていた季節がもう過去のものだと、嫌でも教えてくれる。
横目で彼女を見る。
髪を下ろした彼女の横顔に一瞬見とれる。そこには去年までは気付けなかった、女性としての美しさがあって。
彼女が俺の視線に気付く。振り向き、「なに?」と聞くように首をかしげる。
俺はそんな彼女の顔を直視できず、顔を背けた。

電車がホームに入ってくる。止まる。ドアが開き流れる人の波。その波の中に彼女がいる。
声を掛けられず、手を貸す事も出来ず、ただホームに立ち尽くす。
それでも視線だけは彼女を探しつづけ、同じように俺を探していた彼女の視線と交わる。
彼女は俺のすぐ傍の席に座り、俺を見つめている。

発車を知らせるベルが鳴り、扉が閉じられる。ゆっくりと電車は動き出す。
彼女の唇が何かを言っているように見えて、それを見たくなくて、下を向く。電車が通り過ぎるまで。
時間は決して止まらない。今日は昨日とは違い、明日は今日とは違う。
人もまた変わっていく。いつまでも昔のままではいられない。
出会った頃の彼女を思い出す。今別れたばかりの彼女を思い出す。
どちらも同じ彼女。でも同じではない。

ベンチに座る。さっきまでと同じ席に。でも隣に彼女はいない。
雪が降っている。ゆっくりと。音を立てずに。
春の雪は積もることなく、存在すらしていなかったかのように、溶けて消える。
それが何かを暗示しているようで、俺はただそれを見つめていた。

思い出が胸を過ぎる。
変わって行った彼女。変わって行った俺。
思い出だけが今も変わらず、胸の中にある。

おまけ
「ただいま」
「お帰りなさい荻上さん。実家はどうだった?」
「驚いてました…最後は祝福してくれましたけど」
「よかった。…それで、俺の両親の方の都合はついたから、今度一緒に行ってくれる?」
「…はい」