※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

不機嫌 【投稿日 2006/03/11】

カテゴリー-笹荻


管理人注:管理のため違うのをつけさせていただきました。何かあればメールください。

ふぃー、とネクタイを緩めながらコンビニの袋をぶら下げて、扉を開く。
何となくだがこの時、この扉を開け、部屋に入った時だけ、何時もの時間が流れている様に感じる。

「あ、こんちわ。」

「どもー。」

顔だけをこちらに向けて、言葉を投げ掛けてくる2人。
手元はカチカチとゲーム機のコントローラーを忙しなく操作しながら。

「あれ、笹原。久しぶりじゃん。」

ガサッと袋をテーブルの上に置きながら、近くにあるパイプ椅子を引いてくる。
座る瞬間にキィと軽やかな音を奏でるそれも、どこか気持ち良い。

「いやー、研修昨日で終わりまして。」

既に顔はテレビに向け、言葉だけをこちらに向ける。
隣で、必死にゲームで対抗しようとしている朽木は、奇声を上げるだけで一杯一杯の様子。

「んで、早速ここ来るわけね。」

「はは、斑目さんには何も言えない立場になってきてますね。」

背中からでもはっきりと解る、きっと今何時もの困った風な笑顔でいるんだろうと。

「で、どうよ。研修の方は?」

「いや、もー、緊張しまくりで。ぜんっぜん頭に入ってこないですよ。」

バシンッ!とテレビから大きめな打撃音が響き、グラマラスな女性の勝利画像が流れると同時に朽木から「にょ~。」とどこか弱々しい声を上げ
がっくりと項垂れる。
そんな朽木にゲームのアドバイスを1つ2つ告げた後、椅子ごと移動し斑目とのお喋りを再開する。

「でも、まー、自分のやりたかったことですからね。楽しんでやります。」

椅子に凭れ掛かりながら、最近癖になっているのであろう、腕組みをし、どこか軽くなったと言わんばかりの笑顔。
そんな笹原がどこか眩しく、ついつい目を閉じてしまう。

「それが一番だな。」

袋から取り出したお握りに齧り付き、もごもごと口を動かす。
一心不乱に先ほど受けた笹原のアドバイスを試しながら話し掛けて来る朽木に、1つ1つ丁寧に返事を返す笹原。
それを見ながら、ふとある事を思い出し、2つ目のお握りに手を伸ばしながら疑問を投げ掛けた。

「それはそーと、荻上さんとはどう?」

こんなことを聞く時はどうしても慎重に言葉を選んでしまう。
まぁ、オタクだからとか言い訳をする訳じゃないが、はっきりと口にするのは恥ずかしいものなのだ。

「あ、それ私も聞きたいであります!」

「どう・・・って、研修中でしたしね。メールで何度か遣り取りしたぐらいですよ?」

「ふーん、そんなもん?」

「って、僕ちんに聞かれても困るであります。」

その遣り取りを見て、あはは、と笑う笹原。
どこか照れ臭そうにしているのは、見間違いではないだろう。

「ま、良いんじゃないの。そー言うのも。」

ペロッと親指に付いた米粒を舌で取り、何とも言えない心情に心が揺れる。
後輩のそれが羨ましくないわけじゃないが、またそれとは別の感情。
だが、それは不快なものじゃなくどこか気持ち良い。
そう、奇妙な感傷にも似た感覚に囚われながら、1つの足音がコチラへと近づくのが聞こえる。

「ういーっす。」

ピタリと足音が止んだと思えば、来訪者現る。
それは斑目にとって、変わらぬ眩しさを見せ付ける女性であった。

「お、ササヤン久しぶり。」

「久しぶり。今日は1人?」

「もうちょいしたら高坂も来るよ。」

斑目の前を横切り、適当に空いてる席へと座る。
それが余りにも自然すぎて、どこかもの悲しい。

「んで、アンタは何時も通りお食事?」

目線を斑目へと向け、ことさら少し嫌味を交えた笑みを浮かべコンビニの袋を指差しながら問う。

「まー、日課ですから。」

っそれに気付き、コチラもことさら見せ付ける様に最後の一切れを大袈裟に口を開けて放り込む。
さきほどよりも幾分、口の動きを大きくしながら。

「あ、僕チンは――」

「聞いてないし。」

ズーン、と背中に負のオーラを纏いながら椅子の上で三角座り。
そんな朽木を焦りながらも慰める笹原、そんな2人を見ながらにししと自然な笑みを零す咲。
らしくなってきた【げんしけん】がここにある。
なんて、馬鹿なこと考えてるな、と思いながら斑目はお茶をずずっと啜る。

「と・こ・ろ・で」

すすすっ、と自然に、極々自然に笹原へと歩み寄る咲。

「な、なに?」

こういう時の咲は良からぬことを考えているか良からぬことをするかの二択。
結局の所、自分に火の粉が降り注ぐのは避けられない現実だということがとても情けなく、怖いもの。
もちろんそれは当然のことであり、今回もガバッと笹原の首に腕を回し、少し強めに締め付けるようにしながら尋問を開始する。

「荻上とは、どんな感じなのかなー?」

『あ、やっぱりそこに行き着くわけね。』とズズッとお茶を啜り続けながら、細い目をして事の成り行きを見守る。
斑目だって自分に火の粉が降り注ぐのは、当然ながら嫌なのだから。

幾度となく聞かれた質問であるが、笹原も生真面目と言うか馬鹿正直と言うか、誤魔化すこともしないで丁寧に返事をする。

「いや、まぁ、普通・・・かな?普通の感覚が良く解らないけどね。」

首に腕を回されていることにそれほど驚きも無い様子。
それは咲が仲間としてこういうことをしてくれているというのが良く解っており、同時にとても嬉しいから。

「その『普通』の中身を教えて欲しいなー。」

「そこは個人のプライバシーに関わりますんで。」

苦笑気味に話す笹原。
そんな様子の彼を見て、「ちぇー」と面白く無さそうに反応するものの、内心笹原がどこか強くなったと感じた。

「なーんか、入りにくい雰囲気になっちゃいましたね~。」

何時の間にか斑目の隣にまで移動していた朽木が、愚痴っぽく話し掛ける。
彼にとっては、奥底まで聞きたいという願望があるのだろうが、それが叶わないとなると話としてはついていけないものだ。

「まぁ、こーいうのもありじゃない?」

「もちっとオタクっぽい感じなのが僕ちんには合ってますにょー。」

「それって、ちょっとどころじゃないっしょ?」

ははは、と微笑する。
その刹那。
ガチャ!とまた扉が開く。
そこから現れたのは先ほどから話題として上げられる人、荻上本人。

扉側に位置していたこともあり朽木と斑目は瞬間的に荻上に先に目線を向けられる形となった。
だがそれは、意図したものでないにしろ、不機嫌さが際立つ彼女から、何時も以上に険しい目つきで睨まれているのと同意義。
2人は瞬時に挨拶を交わすことさえできなかった。

「こんちわ。」

冷や汗を掻きながら、2人も遅れながら挨拶を交わす。

不機嫌さが際立ち、険悪な目つきで睨まれたとあれば、どうにも縮こまってしまうのも致し方ないのかもしれない。

ガタタ、と椅子を引く音さえもどこか不機嫌。
近くに座られた斑目と朽木は『うひゃあ』と心の中だけで声を上げる。

その光景を見ながら、咲と笹原は呆けた表情でいる。
すっ、と今まで笹原の首に回していた腕を戻し、これをしていたことが不機嫌の原因かと一瞬思ったが、どう見てもここに来る前から荻上の状況は変わっていないはず。
瞬時にあれほどの目つきになれるわけがないと考えたからだ。

(ササヤン、あの子に何かした?)

ぼそぼそと小声で笹原だけに聞こえる様に囁く。
もちろん問われた笹原にも思い当たる節は無いから今、困惑の表情になっている。

(いや、何にもしてないと思うけど・・・・。)

鞄からノートと鉛筆を取り出し、何時ものように絵を描く。
だが、普段とは違い、彼女からはどうも話し掛け辛いオーラを纏いっている。それは、咲でさえ何か行動を起こすのに躊躇うほどに。

途端にぐっと沈黙の空気が部屋を包む。
各々がどうしたものかと頭を捻るが、何が正しい答えなのか解らないまま時間だけが過ぎて行く。

だが、その沈黙を破る男がいた。
コホン、と1つ咳払いが聞こえたと思えば、無理をして明るい雰囲気を出そうとしている朽木の声が響く。

「おぎち~ん、何か今日は不機嫌、みたいな感じぃ~?もしかして、あの日かにょ~!?」

彼なりに頑張った方ではあるが、どうにもこうにもグダグダである。
笹原と斑目はがっくりと項垂れたように首を落とし、咲も朽木の頑張りを理解して罵声を浴びせたり、攻撃に転じたりすることはないが、目を瞑り苦笑する。

朽木自身も、この発言に関してはかなりの博打要素を含んでいることは重々承知している。
が、これにより良くも悪くも何らかのアクションが彼女からあるはず。
それを残りのメンバーが上手く掬い上げれば、劣勢から優勢に持ち込めると思ったのである。


が、しかし。
実際は、そんな生易しいものではなく、否、彼女の行動からすれば易しいものではある。
じっと彼を見つめるだけなのだから。

しかし、そうはいっても普段よりも険しい目つき。
それでいて無言。
そんな重い雰囲気を自分だけに向けられていることに胃がキリキリと泣いている。

「・・・・トイレ、行って来ます。」

バタン!と閉じられる扉を眺めながら、3人は『逃げた』と思ったが、今回ばかりは朽木に同情してしまう。
で、結局。
切り込み隊長の朽木も、結果的には戦況を悪化させるだけ。
沈黙が幾分重くなり、居心地を更に悪くする。
どうしようもないと言えども、何もしないわけにはいかない。
はぁー、と溜め息を吐いて咲は、思い切って荻上に話しかけようと声を発しようとする。

「・・・荻上さん、何かあった?」

だが、それよりも先に声を発したのは意外にも笹原であった。
その事に斑目も咲も内心驚いていたが、それよりも荻上の反応が気になる。
そんな3人の目線を集中されながらも彼女は顔を一瞬、笹原の方に向け

「別に。」

と、一言だけ淡々と述べ、作業の続きを開始する。
先ほどよりも鉛筆の動きが早くなり、シャーシャーと擦れる音が強く響く。

「別にって、何かありました、って雰囲気丸出しだよ、アンタ。」

苦笑しながら、笹原の後へ続けと言わんばかりに咲も言葉を投げ掛ける。

「・・・・何でもないです。」

咲には目もくれず、重い重い言葉だけが返ってくる。
それでも、こうなれば押せ押せムードだ、とある意味自棄になって、一気に話し掛ける。

「いや、ほら、久しぶりにこうやって集まってるしさー。何人かは足んないけど。」

あはは、と乾いた笑いをエッセンスしてみるも、どうにも悪い方にしか転ばない。

「ん、だから、さ。そんなに怒らずにさ・・・・。」

「怒ってないデス。」

声を大にして『怒ってるジャン!』と言いたい気持ちをぐっと堪え、次の言葉を慎重に選ぶ。

「ホント、何かあったの・・?」

戸惑いながら笹原も荻上に向かって声を出す。

「何にも無いデス!」

その言葉を強く言うと同時に椅子から立ち上がり、チラッとほんの一瞬だけ笹原の方へと目をやり扉の方へ歩を進める。

「あの、どちらへ・・・?」

苦笑気味に、やっと声を出すタイミングを掴む斑目。
その精一杯の台詞も「トイレです。」と簡単に返事を返され、「さいですか・・・。」と小声で繋げるのがやっとだった。

荻上が部屋を出、扉が閉まった瞬間3人からは盛大な溜め息が口から零れ落ちる。

「いや、なんか、ここに来た当初の荻上さん、って感じだな。」

「あん時以上だよ、あれは・・・。ちょっと、ササヤン、ほんとーに何にもしてないの?」

「あ、うん、ホント・・・多分・・・。怒らせることなんて言って無いと思うけど・・・。」

「ってことは、笹原関係じゃ無いってこと?」

「だと、思うんですけど・・・・。」

三者三様、一仕事終えた後の様に疲れきった体を休める体勢で、原因を探る。
背凭れに凭れながら顔を天に向け、目元に手を当てながら咲は、なんとなく笹原に突っ込んでみる。

「なんか無神経なこと言ってないでしょうねー?」

「いや、ホント、そんなことは言ってないつもりだけど・・・。」

そう言って、ポケットから携帯を取り出し送信履歴を眺め出す。
その光景に咲は「?」となりつつも、笹原の次の言葉を待っていた。

「んー、やっぱりそんなこと言ってないと思うよ・・・・。」

携帯を眺めながら、困った表情の笹原。

その光景を見ながら、咲はどうにも変な感覚に囚われる。
このもやもやとした気持ちは何だろうか、と考えてみるが、答えが出そうで出ない。
んー、と唸りながら考えてみるもやはり答えは出そうになく、試しにもし自分が荻上だったら、という気持ちで考えてみた。

「最後の遣り取りは?」

「んー、このメールだね。」

どれどれ、と携帯に手を伸ばしかけてピタッと止まる。

「最後?」

「え、うん、最後。」

その【最後】という台詞を聞いた瞬間、咲の中で閃きに近い感覚で、あっ、と思い立つ。
荻上の気持ちで考えてみれば、それは確かにあれだけの怒りを表現する原因にはなるだろうと何となしに感じたのだ。

「あー、なるほどね・・・・。」

ははっ、と軽く笑みを嬉しそうに零しながら1人納得する咲を、斑目と笹原は不思議そうに眺める。

「春日部さん、理由解った?」

その反応からして、斑目はそうじゃないかと思い、声に出して聞いてみる。

「ま、可愛いところあるってこと。」

答えになっていない答えを出され、斑目はきょとんとしている。
そんな彼の様子を眺め、更にははっと笑ってから笹原の方へと顔を向け、少し真顔になりながら咲は力強く言い放つ。



「今直ぐ追いかけな。で、精一杯怒られて来い!」



人の数も疎らな構内の一角。
その場所で、荻上はぺたりと座り込み顔を伏せたままでいた。
原因は先ほどの自分の行動について。

自分の我が侭が叶わなかった、それに対しての憤慨。
他人に八つ当たりなんてどうかしているとは思っていたが、それだけ自分を抑え切れなかった。
その想いが自分をああやって突き動かしていたのも事実。
だからこそ、自分が情けなくて仕方ない。

(笹原さんにも会えたのに・・・・。)

そう考えた瞬間、また我が侭が自分を憤慨へと導き出す。

(止めろって・・・、何考えてんだ・・・。)

それでもドロドロとそれは溢れ出し、どこぞへと流れることもなく心の中で溜まっていく。
それを知られるのが怖くて、それで彼に嫌われるのが怖くて、彼女の目元に涙が溢れる。

(何やってんだろ・・・私。)

折角逃げないと決めたのに、これなら前のときよりも酷い有様になっていると感じた。
だが、彼女からすればそれは至極当然なのかもしれない。
あの時に無くて今は在るもの。
それがどうしても自分を逃げ出すことへと繋がってしまう。

(笹原さん・・・・。)

今は在るものの名前を心で呼ぶ。返事なんて返ってこないはずなのに。

「やっと見つけた。」

だが、現実は兎に角非情で、兎にも角にも奇妙なもの。
返ってこないと思われた返事は、笹原の何時もの笑顔というおまけ付きでやってきたのだから。

「探したよー。お陰で、汗びっしょり。」

パタパタと手で顔を仰ぎ、少しでも涼しさを得ようとする。
その表情はどこまでも彼らしく、荻上の心の中で強い安堵感を覚えさせた。

「放っておいて下さい・・。」

それでも彼女は、拒否する言葉。
また顔を伏せ、どこか弱々しく嘆いている様に言葉を捻り出す。
そんなことしか言えない自分がとても情けなく、自己嫌悪で一杯になる。

けれど笹原はゆっくりと彼女の隣に座り込み、何時もの彼で、優しく優しく語り掛ける。

「ごめんね。」

その言葉は荻上にすればとても意外なもので、罵りや罵声を浴びせられるならまだしも謝罪をされるなんてこれっぽっちも予想していなかった。

「何で怒ってるのか解らないけど、んと、俺が何か悪いことしたよね?」

「何て言うか、俺そーいうの鈍感だから。知らず知らずの内に荻上さんを傷つけたんだろうなーって。」

「それさえも春日部さんに言われて気付くぐらいだから、ほんと情け無いよね。まだまだ荻上さんが言った『強気攻め』には成り切れないし・・・・。」

はははっ、と困ったように少し寂しく笑いながら、ずっと自分を気遣う言葉。

「だから、ごめんね。」

どうしてこうも優しいんだろう?
どうしてこんなに暖かいんだろう?
どうして私はこの人を悲しませるんだろう?

荻上の中で、何かが弾け、抑える力を捨てきったように涙を零す。

「ごめんなさい、ごめんなさい。」

突然、彼女が泣きながら謝罪の言葉を繰り返す。
やっぱり自分が何かしたのだろうか?と考えてしまうが、この状況に笹原は困惑することで精一杯だ。

「や、やっぱり俺、何かしたんだ?」

「違うんです・・・・、私が悪いんです・・・。」

手の甲で何度も涙を拭いながら、心を落ち着かせ、涙を枯らせようと必死になる。
この人の為にも、泣いちゃいけない。
それだけを考え、必死に涙と格闘していると、普段よりも早い段階で涙が止まった。
内心、これほど早く涙が止まったことに荻上は驚きながらも、何となく納得はできた。
そう、この人のためだから。
それと同時に、あの時見せた『あれ』と同じように自分の我が侭、欲望とも言えるものを彼に告白することが恐ろしくて仕方ない。
でも、自分が逃げ出すとかじゃなく、彼を悲しませたくない。
その一心で。

「その・・・・研修・・・昨日で終わったんですよね・・・?」

突然の話題に、更に困惑しながらも彼女が剣も無く話しかけてくれたことがとても嬉しい。ただ、その想いが彼にはあった。

「あ、うん、いろいろと大変だったけど。」

「あの、その、研修中も・・・メールで遣り取りとか・・・・。」

段々と顔が朱に染まる荻上。
それを見て、空気を読めてないと解りつつも可愛いと思ってしまう。

「うん、したよね、何度か。」

「え・・・と、メールとかあんまりしないけど・・・その楽しくて・・・嬉しくて・・・。」

その発言で、荻上の顔は更に強く紅く染まっていくが、笹原も少し照れたように紅く染まる。
そんな風に思っていてくれたことがとても嬉しいから。

「あ・・・うん、俺も楽しかったよ。」

「でも・・・それ・・・・・だけじゃ物足りなくて・・・・、あ、あ、会いたくなって・・・・、研修が終わったら会いに来てくれるだろうな・・・とか勝手に想像してて・・・。」

その言葉ではっとする。
あの時、どうして咲が【最後】という言葉に反応したのか。
そういうことだったのか。
どうしてこうも単純なことに気付かなかったのか。
いや、自分だって会いたいと思っていたが、きっと迷惑なんじゃないかと勝手に決めつけ、結局何もしないままだった。
あまりにも不甲斐ない自分に、強い苛立ちを覚えながらも、笹原は愛おしそうに荻上の頭を撫でながら、ゆっくりと口を開く。

「ほんと・・・まだまだ『強気攻め』には成り切れないな・・・。」

「あ、あの・・・」

「俺も会いたかったのに、荻上さんに何も聞かないで勝手に決め付けちゃってさ・・・、ホント情け無いよね・・・。」

「い、いえ!それは、私も同じことだし・・・。」

「ううん、ごめんね。」

頭を撫でていた手をゆっくりと離し、今度は彼女の右手をそっと力強く握る。それは夏だから、とか、そういう事じゃなく、人としての温もりと暖かさがとても滲み出ている感覚。

「荻上さんの事大好きだし、もっと『強気攻め』になれるように頑張るね。」

少し顔を紅く染め、照れながら、だけど、とても力強くはっきりと言ってくれた。
それがとてもむず痒く、それだけでとても嬉しくて、また涙が零れそうになるのをぐっと笑顔で追い払う。

「・・・私も大好きだから、逃げないように、笹原さんともっと向かい合えるように頑張ります。」

『逃げる』という言葉は、前と同じであまり意味が解らなかった。
けれど、彼女にとっては大きな決意、それだけはとても良く伝わった。
それは彼女の言葉からも、手に伝わる体温からも感じ取れるほどに。

「戻ろっか?斑目さん達も心配してるし。」

ぎゅっと手を握ったまま、彼女をエスコートする様に促す。
こうしてまた2人の距離がほんの少し、ほんのちょっとだけだけど近づいた気がする。
こうやって小さな問題にぶつかりながら、お互いにちょっと怒ったりして乗り越えて、ちょっとずつちょっとずつ近づければ良い。
そんな風に自分は思っているけど、相手もそう思っているかな?なんて、心の中で照れながら、彼と彼女は考える。

「はい・・・あ、でも・・・・」

すっと立ち上がり、笹原に促され戻ろうとした矢先、荻上はある想いが沸き立った。
それは先ほどとは違う感情。言うならば正反対とも言えるものだ。

「笹原さんは・・・、【強気攻め】になってくれるんですよね・・・?」

ギラギラと照りつける太陽が、体温を上昇させる。だが、それ以上にとても頬が熱い。

「んー、まぁ、努力します。」

その台詞に苦笑する。なるとは言ったものの、簡単にそうなることなんて出来ない。それで、自分で今までの自分を無かったことにしそうだから。

「その・・・・練習・・・してみます?」

「え、え?それって・・・・?」

顔を伏せていて、表情を汲み取ることは皆無に等しかったが、それで自分の全てを隠せるわけもなく、伏せた状態からもぴょこんと出ている耳だけが真っ赤になっていた。
それを見られていることを解ってのことか、ばっと急に真っ赤に熟した顔を上げたと思えば、目を瞑ったまま。
心持ち、顔は少し上に向けているようにも見えた。

「え?え?」

「れんしゅーです、れんしゅー。」

目を瞑ったまま、何時もの無愛想な言い様で、笹原からの行動を待つ。
それでも、笹原は困惑する声を上げるばかりでその深意までは理解できていない様子。
そんな笹原に痺れを切らせ、荻上は「ん。」と今度は目に見えて解る様に、顔を、否、唇を突き出し、鈍感な相手にも伝わるように精一杯の努力をする。
これには流石の笹原も十分理解できたものの、今度は羞恥心から結局のところ行動を移せずにいた。

「え、いや、流石に人がいるところではちょっと・・・・。」

周りを見渡せば、疎ら、本当に疎らながらも人の姿は確認できる。
それがこちらの様子を気にしているわけじゃなくとも、それを行えるほど、自分は【強気】じゃない。

「だからこその、れんしゅーです。」

表情などは一切変えず、ただ顔の朱の染まり具合だけが強くなる。
何を言っても無駄だろうなー、とどこか冷めた気持ちですっと荻上に近付き、荻上に負けないぐらいの赤面になりながら意外に荻上の方が【強気】向けなんじゃないか、と考えてしまう。
荻上も笹原が近付くのを気配で察しどんどん心臓の鼓動が強くなる。
一歩一歩近付いてくるのが解る。そして、ピタッと直ぐ目の前にいるのが彼のとの距離がとても縮まった気がして嬉しくなる。
そして、待望の感触。
だが、それは求めていた感触とは似て非なるもので、自分のおでこの方から「ちゅっ」と聞こえるようで聴こえない音が木霊する。

「・・・・【強気】でも焦らすのは嫌いです・・・・。」

やっと目を開いたかと思えば、ずんと重い声が自分に向けられる。
笹原とて、これでも精一杯頑張った方だったが、彼女はそれを良しとしない。
何とか、これで許して貰えないだろうかと懇願しようとも、彼女はまた直ぐに目を瞑り、それをする機会さえ与えてくれない。
きょろきょろと不審な行動を起こすのを予告するかの如く、笹原は改めて人がいないことを確認して、また新たに行動する。
そして、それは荻上には本当に待望の瞬間。そして、今度は比喩的なものじゃなく、自分の唇から「ちゅっ」と音がするのを耳と心で聞き取った。


「ただ今戻りました・・・。」

「・・・・。」

ガチャッと扉を開け、開口一番どこか弱々しい声が部屋に響き、その声を上げた彼の後ろには、ぎゅっと彼の服の裾を掴む小さな彼女がいる。

「おかえりなさーい。」

そこには自分達が出ている間にやって来たのであろう大野がニコニコと嬉しそうな顔でこちらに挨拶をしてくれていた。
咲と斑目もどこか安堵の表情でこちらを眺め、2人には迷惑を掛けたことに少し心が重くなってしまった。

「ま、オギーにも可愛いところはたくさんあるってことで。」

頬杖をつきながら、咲が目を細めて、嫌味ながらも決して心に痛まない言葉を投げ掛ける。
何もかもお見通し、というその雰囲気がまた、全ての気持ちを汲んでくれているように。

「俺にもそんな幸せが欲しいもんだよ。」

腕組みをしながら、斑目も咲と同じ様に2人に対して、笑いながら言葉を掛ける。
まぁ、彼の場合は咲から物事の大体を教えてもらい、(女の子ってそういうもんなの?)と考えたりしていたのは誰にも言えないことだが。

「あれ、斑目さん、まだいたんですか?」

「笹原くーん!?」

「ははっ、冗談っすよ。」

それだけにこうやって、冗談めいたことを言われるのも至極当然なのかもしれない。

「何かあったんですか?」

どこか自分だけ蚊帳の外にいるのを実感してしまい、事の真相を探ろうと目を光らせる大野。
それにいち早く危険視したのは、勿論知られては自分に一番の被害が来る事を知っている荻上だった。

「何でもないですよ、大野さんには関係ありません。」

ずいっと笹原の前に出て、殊更何も無かったことを主張する。だが、それをすればするほど何かあったのかは一目瞭然で、しかも『関係ない』なんて言葉がある時点で逆に何かあったことへの布石にしかならない。

「あー、やっぱり何かあったんですねー。咲さん、何があったんですかー?」

「さぁ?」

『何にも知らないよ』と言わんばかりの微笑で、それを軽く流す。斑目も素知らぬ顔で、次に自分が問いただされても同じ様に言うつもりでいた。

そんな2人の反応におもしろくなさそうに、口を尖がらせて、ブーブーと文句を垂れる。

「もー、詰まんないですねー!」

本当に心の底から詰まらなさそうにする大野。
それを見て、冷めた目で見つめる荻上、そして苦笑する3人。
こうやって、また【げんしけん】はそれぞれの中で、大きくなっていく。
それを実感すればするほど、とてもそれは寂しく感じるが、絶対的な思い出へと変わるのも確信できる。
それでこそ【げんしけん】なのだから。

と、不意に、扉の向こうからドタバタと大きな足音が聞こえ、バーンと大袈裟でもなんでもなく、本当に扉が取れるのではないかと言うほどの衝撃で朽木が現れた。

「クッチー、アンタ、ながーいトイレだったねー。」

咲が朽木に対しても嫌味を垂れる。
その意味が理解出来ない大野は首を傾げるが、笹原と斑目は「ははっ」と苦笑しながら朽木がなぜそんなに慌ててやってきたのか疑問に思った。

「どったの、朽木君?」

斑目がそう質問すると、ニヤーと嫌らしい笑顔を浮かべ、ゴソゴソとポケットから携帯を取り出し、喧しいぐらいの大声で大袈裟に語り出す。

「いやー、やっぱり愛の力は偉大ですにゃー!!」

ピピッと携帯を弄り出したかと思えば、携帯のディスプレイから何か動画が流れ出す。
もちろん、それは小さい画面のため1人1人には何の動画か確認出来ず、困惑顔。

「ほらー、見てくださいにょー!けっ・てい・てき・しゅん・かん!ってやつですにょー!!」

「どれどれ?」

差し出された携帯を受け取り、斑目が映し出される映像を眺め出す。
が、途端に小さく「うわっ・・・!」と声を上げ、少し顔が赤くなっていた。

「朽木君・・・これはちょっと・・・。」

また盗撮でもしたんではないかと、咲は眉を吊り上げながら斑目から携帯を引ったくり何が映っているのかを確認する。
大野もそれに何があるのか斑目の反応を含めてとても気になり、咲の肩に手を置きながら、横からそれを眺めようとする。
もちろん、笹原と荻上もそれが気にならないわけがなく、2人の後ろ手から少し背伸びしながら、映されるそれを見ていた。
ピピッと咲が携帯を操作し、改めて最初からその問題の映像が流れ出す。

そして、その瞬間、全ての時間が静止した。
先にそれを鑑賞していた斑目は、もはや掛ける言葉も見つからず、ずっと苦笑を浮かべたまま誰かが起こしてくれるだろうアクションを待ち続ける。

「それにしてもおぎちんの【焦らすのは嫌】って発言はもう最高!僕ちんもあんなこと言われたいにょー!!」

咄嗟に、ぐっと握り拳を造り、前回の様に沈黙させようかと考えたが、事が事だけに真っ先にするべきは荻上のフォローである、と咲は悟る。
それは勿論、これもまた前回の様に彼女が窓から飛び出そうとするのを抑止することへと繋がるのだから。

「いや、まー、ほら!私もコーサカとこんな感じのラブラブっぷりよ?」

心の中で【アイタター!】と自分を少し罵る風な感想を持ちながら、真っ赤に染まる荻上に乾いた笑いを向ける。

「ラストの接吻は見―」

笑顔を荻上に見せ、体勢を崩さずその場から朽木へ裏拳一発、沈黙させる。
ボグァ!と音にならない音が鳴り響き、斑目の直ぐ横の壁に打ち付けられた朽木は生気を失っているが笑顔に見える。
そんな朽木に斑目が冷や汗を流しながら、心配そうに体を揺する。とりあえず、これでその男は斑目に任せよう。

「いやー、だからさー。」

「いや・・・・あの・・・」

前にも同じ様なことを体験している感覚に陥る。
実際それはあの時とよく似ていて、そう思うのも仕方ないことだと心の隅で冷静な自分が納得している。

「・・・それはですね・・・さ・・・笹原さんが・・・」

「・・え・・・あ・・うん・・俺が・・・いや・・・」

でも、あの時とは違うことが沢山ある。
特に最大の相違点は真っ赤な顔でいる隣に、同じく真っ赤な顔の笹原がいること。
2人して何か言い訳をしようとしているが、それさえも言葉になっていない状況。
それを見れば見るほど上手くフォローしたいと思う気持ちで一杯だが、逆にこっちまで挙動が可笑しくなる。

「いやいや、気にするなー。大野の所だってこんなもんだよなー!?」

努めて明るく大声で言う咲の言葉。
しかし、その言葉は大野本人には届いていない様子で、自分の携帯と朽木の携帯を交互に見合わせながら、それを弄くっていた。

なにやってんの?

そう咲は声を上げようとしたが、突然、携帯が鳴り響く。それも複数台。

「え?え?」

それは、ここ、【げんしけん】内にいる朽木以外の全ての携帯に鳴り響く。
当然、斑目などは困惑して携帯を取り出し、何が来たのか不思議で堪らなかった。

だが、咲だけは違った。
これの意味することは、即ち1つしかない。

少し怒りながら、大野の肩をぐっと掴み、こちらへと顔を向かせる。
その口には大きなマスク。

「素敵な素敵な2人のメモリアルですから。」

咲にではなく、その2人に向けて目だけが笑う魔の笑顔。
もはや、何もかも手遅れとしか言えないその状況に、咲はギギギッと首だけ動かし荻上の様子を伺う。

刹那。あの時の思い出がまた繰り返される。あの時以上の出来事で。






「で、何やってんのさ?」

室内の惨劇を目の当たりにした惠子は表情と声で存分に冷めたものを叩き付ける。

「だぁーかぁーらぁ、ここは三階だってぇーの!!」

必死に窓へと走り出す荻上を止める咲。

「お前も荻上さんに感化されるなぁー!」

そして、必死に窓へと縋り寄る笹原を止める斑目。
部屋の一角では、朽木が真っ白に燃え尽きながらも笑顔で倒れ、マスクを装着している大野はクネクネと奇妙な動きできゃーきゃー、騒がしい。
自分の問いに誰1人答えないことに、少しいらつきを覚えたが、何故か少し笑いが込み上げてしまう。
それすらも誰に見られてるわけじゃないのに、惠子はそれを悟られないようにわざとつっけんどんに言い放つ。

「マジでウゼー。」

だが、自分でも解っていないのだろう。
彼女の口は「へ」の字では無く、大きく釣りあがり少し湾曲を描いているもになっていることを。
これもまた【げんしけん】、どこまでも『らしく』、どこまでも『オタク』っぽい。
それに安堵しつつあるのはどの人物も一緒だったりするのは、各々の心の中だけの秘密になっているのだろう。


―終―


おまけ
【凄いよ、朽木君】
斑目「あー、そういえば朽木君って、あの2人のこと何時から気付いてた?」―俺は知らされたって言うより、知ったって感じ―
朽木「そんなの、オギチンの様子見てれば余裕のよっちゃんですよぉー。」
斑目「・・・解るもんなの?」
朽木「だって、オギチン目に光が宿ってましたしねー!服装も何時もの地味なものからおにゃのこ!って雰囲気丸出しのものでしたからにょー。」
  「後は、仕草的にも人を好きになった乙女って感じがしてましたねー、あ、言動も。」
斑目(何だ、この妙な敗北感は・・・?)

【やっぱ凄いよ、朽木君】
咲「(携帯から例のムービーを見ながら)それにしても良く撮れてるけどさー。」―ってか、これ2人にとってのトラウマじゃない?―
朽木「にょ?」
咲「結構遠くのアングルじゃん?台詞とかどうやって解ったの?」
朽木「ああ、そんなの簡単ですよぉー。」
  「だって、僕ちん、読唇術マスターしてますから!!」
咲【この男は今ここで葬ろう!】(満面の笑みで携帯を握りつぶしながら)