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彼女に幸せを 【投稿日 2006/03/09】

カテゴリー-荻ちゅ関連


結局私は何も手に入れられなかった。
あの男は去った。私の目論見どおり。
でも荻上は帰ってこなかった。
かつては信頼と愛情に満ちていた目にこもるのは不信とおびえ。
それはそうだろう。
彼女を裏切ったのは、彼女を利用したのは、間違いなくこの私なのだから。

あの男にした事には一片の後悔も無い。
そうされて然るべき事をあの男はやったのだ。
悔いがあるとすれば、それはあの男の器量を見誤ったこと。
秘密を自分の内に閉じ込められず、無様にも親にすがりつき、逃げ出してしまった小さな男。
そして問題を内輪で片付けられず、公にしてしまうその親。
よく出来た親子と言うべきだろう。

彼女には一片の非もない。道具に非などあるわけが無い。
責められるべきは私。
だけど名乗り出る気など毛頭ない。
私にも守るべき立場がある。
それにこれは彼女への罰とも言える。
おびえるがいい。疑うがいい。苦しむがいい。
そして気付け。お前の味方は私だけだ。

今日も荻上はヘッドホンで耳をふさぎ、ノートに向かっている。
だが私は知っている。彼女が常に聞き耳を立てていることを。
臆病な彼女には周りから孤立して生きることはできないのだ。
そんな彼女を観察しながら、くだらない会話をする。
「…ホモ上…」
どこかのバカの声がする。苛つく。彼女の事を何も知らない奴が彼女を語るな。
「だれだ、今言った奴!!」
立ち上がって怒鳴る。誰よりも自分が驚いている。これは私のとるべき態度ではない。
彼女が立ち上がり、教室を飛び出す。追いかける。追いかけながら後悔する。
これではだめだ。これでは私が彼女を追い詰めてしまう。
後ろを振り返る。まだ誰もついてこない。役立たずども。
再び彼女を追いかける。見失うわけにはいかない。

…ようやく彼女の行く先の見当がついた。屋上だ。
『なんとかと煙は高いところが好き』なんて言葉を思い出し、軽く笑う。
私から逃げきれるつもりなのか?
屋上への扉にたどり着く。呼吸を整える。落ち着いて、慎重にやるのだ。
ノブに手をかけると、後ろから声がする。
ああ、文芸部で妙に私に懐いている奴だ。酷く息を切らしている。
この方が余計な事を言われずにすむと思い、そのまま屋上に出る。
彼女はフェンスにしがみついて外を眺めている。
胸が高鳴る。直接話し掛けるのは久しぶりなのだ。
「荻上さん、大丈夫?」
優しく声を掛ける。もういいだろう。彼女を許そう。彼女は十分苦しんだ。
彼女がゆっくり振り返る。私は優しく微笑みかける。泣いていたのか彼女の目が赤い。
私はゆっくりと近づく。彼女はおびえている。さあ、戻ってきなさい。
私はゆっくりと近づく。彼女はおびえている。優しく受け止めてあげる。
私はゆっくりと近づく。彼女はおびえている。そしてまた仲良くしましょう?

「荻上!!」
あと数歩、というところで隣の馬鹿が大声を出す。
彼女は体を震わせると、叫びながらフェンスをよじ登る。
駆け寄る。
大丈夫、間に合う。
そして
彼女がフェンスのふちに足を掛けた時
私の指が
彼女の背中を
押した。

…すぐ下に大きな木が立っていた事もあって、彼女は軽傷で済んだ。

そうして私と彼女との絆は切れた。
彼女は部をやめ、卒業するまで私と一言も口を利かず、私と違う高校に進学した。

卒業式の日、私は馬鹿を呼び出して犯した。
馬鹿は泣き叫んだが、知ったことか。お前が悪いのだ。
お前さえいなければ私は荻上を取り戻せたのだ。
馬鹿は醜かった。荻上は可愛かった。
馬鹿は馬鹿だった。荻上は賢かった。
馬鹿の声は耳障りだった。荻上の声は心地よかった。
私はいつの間にか泣いていた。馬鹿が私を抱きしめて言う。
「大丈夫。私はずっとあなたの傍にいるから…」
ふざけるな。私が欲しいのはお前じゃない。お前など荻上の足元にも及ぶものか。

私は小説を書くことをやめた。
自分で見ても不出来な作品を絶賛されては、書き続けることなどできなかった。(馬鹿のせいだ)
それでも「ヤオイ」とやらから離れられなかった。
それが荻上と残した唯一のものだったから。

馬鹿はどこまでも私にくっついてきた。高校にも大学にも。
そして私たちは今東京にいる。
馬鹿がコミフェスに行きたいとごねたからだ。
見て回る。
私は買う気などない。冷やかしだ。馬鹿は一人ではしゃいでいる。
そして見つけた。
彼女だ。間違いない。
鼓動が早くなる。
足を踏み出そうとして肩に手がかかる。振り返ると馬鹿が不安げに私を見ていた。
生意気な馬鹿め。あとでお仕置きだ。
鼓動が静まる。私は一息つくと改めて彼女の元へ歩き出す。

「荻上…?」
声を掛ける。彼女が固まる。
隣で馬鹿が必要以上にはしゃぐ。うるさいだまれ。
「あ!これ荻上の本?スゴー!」
我ながらわざとらしい。
「まだ描いてたんだー」
うれしい。彼女がやめていなかった事が。私の見立てが間違っていなかったことが。
「買う買う!500円?」
「いーよ、あげる」
懐かしい彼女の声が心地よく響く。
「え、いーの?」「うん」「あんがと!」
ただこれだけのやりとりが楽しい。
隣の男に気付く。特徴のない、優しさだけが売りのような男。
「彼氏?」「違う!」「フーン」
否定する彼女。嘘つき。私を騙せると思ってるの?
「ま、いいや。同人誌あんがと」「ほんだら元気で。バーイ」
彼女から離れる。平然と。いつもどおりに。
馬鹿が傍に擦り寄る。
なぜか今だけは突き放す気になれなかった。

彼女は変わっていなかった。
昔と同じように頼りない男に捕まっている。
そしてまた放り出されるのだ。
それを繰り返して不幸になっていくのだろう。
彼女はバカだ。
そして私はもっとバカだ。
彼女が好きで
彼女と一緒に居たくて
彼女を幸せにしたくて
彼女を不幸にした。

たぶん二度と彼女に会う事はないのだろう。
今の私には全てを捨ててまで彼女を救おうとすることは出来ない。
だからせめて信じてもいない神様に祈ろう。
彼女の幸せを。