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奏(かなで) 【投稿日 2006/03/04】

カテゴリー-その他


笹「じゃあ・・・家に着いたら、また電話するよ・・・」
荻「・・・はい・・・待ってます・・・」

荻上の家の玄関前で、笹原と荻上の二人は言葉少なに、うつむいて照れくさ
げに会話した。

笹「それじゃあ・・・」と笹原が言うと
荻「あ・・・」と荻上は名残惜しげに言葉を発した。

笹「ん?」
荻「いえ・・・何も。気をつけて・・・」と顔を赤らめて、改めて笹原を送
り出した。

笹原を送り出した後、荻上は部屋に戻り、先ほどまでいた笹原との時間の余
韻にひたっていた。まだ、そのぬくもりと、においを覚えていた。部屋にも
さっきまでいた笹原の気配がなんとなく感じられる。さっきまで笹原が座っ
ていたソファーに目をやる。
(ついさっきまで・・・)
荻上は先ほどまでの、自分と笹原の行為を思い出し、顔を赤らめた。とて
も・・・とても・・・優しかった・・・。こうなった事に後悔は無かった。
むしろ、自分が受けた喜びに応えられた事が嬉しかった。

(本当に嬉しかった・・・)

笹原が自分のイラストを見た時、笹原が言ってくれた言葉が何よりも嬉しか
った。今まで自分を縛り付けていた呪縛から解放してくれた、そんな感じが
した。今まで、自分の身勝手で呪わしい妄想が憎かった。それをやめる事も
できない自分が嫌いだった。


『自分がモデルとはいえ』
『ひとつの完成されたキャラクターのように思える』
『キャラクターへの愛に溢れている』

笹原のこの時の言葉は何度でも反芻して思い出せる。その時の表情、声、何
度繰り返し繰り返し、思い返したことだろう。
けっして・・・けっして・・・弄んだわけではなかった・・・わたしの中の
『別の』それはわたしの中で、わたしの愛によって、生まれたものだった・・・。
そう言ってくれた・・・。


荻上は涙を薄っすらと浮かべて、イラストの原稿を手にとった。
(痺れるような開放感と、許された事への歓びをけっしてわたしは忘れない。
次に彼に会った時、何を話そう・・・)


笹原もまた、帰路の途中、先ほどまでの余韻にひたりながら、歩いていた。
二人ともたどたどしく、ぎこちなかったが、気持を分かち合った実感があっ
た。お互い、あまり不慣れな事を気にかけたりはしなかった。むしろ抱き合
ってる時間の方が長いくらいだった。自分の手の中で、安堵の表情を浮かべ
る荻上が可愛らしく愛しかった。

荻上の喜ぶ顔を見るのが好きだった。また、喜んでもらえる事が自分の幸せ
でもあった。でも荻上に対して言った言葉はけっして上面で言ったものでは
無かった。あのイラストは真剣に鑑賞して、真剣に感じた事を伝えたのだっ
た。その方がいいと自分で判断したから。その結果がどうなるかに不安はあ
ったが・・・。
(結局のところ・・・あれでよかったんだよなあ・・・)


(なんにしても・・・みんなには世話になったな・・・とりわけ一番世話に
なったのは斑目さん・・・)(汗)

でも何て言おう。詳しく説明するとどうしても、あのイラストの話にぶつか
るし・・・。
(言えない・・・見せられない・・・)(汗)
笹原は斑目には機会があった時に、伝えようと思った。これから色々忙しく
なるし、荻上さんから他のメンバーには伝えるということだから、そのうち
斑目さんの耳にも入るだろう!と一人で納得した。
(とりあえず・・・次にあった時には彼女と何を話そう・・・)
笹原の関心は次の荻上との出会いに移っていた。


一人一人、ちょくちょく顔を出す事はあっても、合宿に参加した主だったメ
ンバーが部室に一同に集まるのに二週間がかかった。といっても、卒業を控
えた男性陣は忙しく、なかなか顔を出せない。笹原も研修が本格化して不在
だ。いるのは現役の荻上、大野、朽木、めずらしく咲、そして昼休みにほぼ
いる男、斑目であった。

荻「大野先輩!いくらなんでも職務怠慢ですよ!やっと顔出して・・・。会
長なんですよ!大野先輩は!」
大「まあまあ(汗)そんなに怒らないで・・・。けっこうコスプレのイベン
ト続きで・・・。まあ、荻上さんがいれば安心ですしー」
と、大野は怒りをあらわにする荻上の顔を恐る恐る覗き込んで、えへへと愛
想笑いを浮かべた。

咲「あたしも久しぶりだねー。最近、忙しくて・・・くたびれたよ。ここ落
ち着くんだよね。」
咲は疲れた顔をして言った。


荻「でも、今日春日部先輩に会えて、ちょうど良かったです。田舎から友人
が遊びにくるんですけど、東京のスポット不案内なんで、教えてもらえたら
と思いまして・・・」
咲「あーそーなんだー。でも何で?あたしに聞くより、よっぽど大野とかの
方が詳しいんじゃないの?」
荻「いえ・・・あの、腐女子じゃないんです。オタク趣味もありません。」
咲「へえ・・・でもどちらかといえば、詳しいのはファッションとか飲食関
係かな、女だけで遊ぶレジャースポットねえ・・・。参考になるんなら、少
しくらいは・・・」
と、咲は意外そうな顔をしながらも、親切に荻上に教えてあげた。


荻「ありがとうございます」
咲「お役に立つかどうかは分からないけどね。でも、偏見は無いけどちょっ
と意外だね、荻上に『一般』の友人がいたなんて」
荻「いえ・・・高校時代にちょっとこの手の趣味から遠ざかっていた時期が
ありましたから・・・その頃に親しくしていた友人で・・・少ないんですけ
どね・・・」
と声が小さくなる。
咲「ああ、なるほどね」
と咲は昔の事情を察してそれ以上深くは聞かなかった。


斑「それにしても急だね、そのお友達も。夏休みでも無いのに。学生さん?
なら割と自由だけど。よく遊びにきてたんだ?」
荻「そうです、大学生です。でも初めてですね、わたしが東京にきてから、
遊びに来たのは。都会が嫌いなんです、その子」

(そういえば・・・そうだ。急に一体どうしたのだろう・・・)
斑目に言われて、初めて荻上は不思議に思った。とにかく近々彼女は来る。
その時には笹原も一緒に来てくれるという。二人を無性に会わせたいと思う。



その日の夕刻、『彼女』が上野駅の改札口に姿を見せ、荻上に向かって手を
振った時、荻上のそばには笹原が緊張の趣きで立ち尽くしていた。『彼女』
が着く前に、二人はこんな会話を交わしていた。

荻「こんどこそ、笹原さんの事を『彼氏』って紹介します。もちろん本当の
『友達』にです。」
笹「夏コミの時には本当に付き合っていたわけでも無いし・・・。そんな気
を使うこともないよ」

(『本当の』友達か・・・)
夏コミで出会った中学の友人が荻上とどういう関わりを持っているかは、そ
れとなく聞いてはいた。荻上にとっては重要なことなのだろうと、笹原は思
った。


友人の『律子』って言います」
律「初めまして。律子と申します」
笹「えっ!律子さん!くじあんの『会長』と同じ名前ですね!」
律「はっ?何ですか、それ?」
笹「えっ・・・いや、その・・・アニメの登場人物の名前と一緒だなと・・・」
(しまった・・・『一般人』って言ってたっけ・・・うっかりした)

律「・・・そうですか・・・。」
律子はジロジロと観察するような目で笹原を眺めた。

荻「んで・・・紹介すんね。電話でも話した通り、『彼氏』の笹原さん。最
近、付き合い始めたんだけどね。」
笹「よっよろしく、笹原です。先ほどは失礼しました」
律「・・・いえ、気にしてませんから。んでさ、オギ!今日はおめんちさ泊
めてくれんだべ?美味しい店に連れてってくれんだべ?」
荻「急に押しかけてきて、ずうずうしい!」


二人はお国言葉で楽しそうに話始めた。律子は笹原に見せた素っ気無い態度
とは違って、荻上に対しては笑顔で話し掛けている。律子の顔立ちは端正で、
体の小さい荻上と対照的に女性にしては背も高い。理知的な面立ちで、意志
が強く、インテリそうな雰囲気を持つが、北川のようなキャリア志向という
風情は無く、物腰は柔らかい。あっけらかんとした東北弁が一層親しみを増
す。それなのに笹原に対しては、敵意があるのではと思わせるくらい素っ気
無い。

(俺・・・なんかしたかな・・・。第一印象が悪かったかな・・・くじあん
の『会長』はまずかったか・・・)
と笹原は落ち込みながら、二人の後に付いていった。


咲に教えてもらった、飲食店に三人は夕食を食べに行った。

律「やっぱ、東京は人多いね。ゴミゴミして殺伐として、長く住むところじ
ゃないね。卒業したら、こっちさ戻ってくんでしょ?」
荻「そんな事、分がんねって!」
そう言いながら、荻上は笹原の顔をチラチラと覗き込んだ。笹原はそれに気
付いて、顔を赤らめた。律子もそれに気付いて不機嫌な顔になった。

律「そうだね!そしたら、明日の話すっぺ!どこさ行ぐ?」
荻「んー、どこがいい?」
律「どこでもいいよ。笹原さんはどこが楽しいか知ってますか?」
笹「んー、秋葉原ぐらいしか詳しくなくて・・・」
律「ああ・・・、わたしダメなんですよね。アニメもジブリぐらいしか見ま
せんし、漫画もあんまり読まないんですよね。同人誌ってのも見たこと無い
ですね」
笹「だっだろうね・・・。興味なければ、つまらないだろうね」
荻「じゃあ!遊園地にしましょう」
二人の気まずい様子に気付いて、助け舟を出した。
笹原も話題を切り替えた。


笹「荻上さんとは高校で一緒だったんですか?」
律「・・・ええ。公立の女子高で・・・。必ずどこかの部に所属する校則が
あったので、美術部で一緒になりました。もっとも、中学も一緒でしたけど、
親しくなったのは高校からですね」
笹「へえ、荻上さん、美術部だったんだ。絵巧いものね」
律「そう、漫画になんか才能費やすのもったいないくらい、素質ありますよ。
まあ、漫画も悪くは無いでけど、所詮(しょせん)サブカルチャーですから
ね。ああ、ごめんなさい、笹原さん漫画の編集者になられるんでしたね」
笹「はっはあ・・・」
(うわー、かつての春日部さんより取りつく島も無い・・・。表面の態度が
丁重な分、春日部さんより怖い・・・)
荻「・・・・・(汗)」


和やか?な食事が終わり、二人は笹原と別れて、荻上の家に向かった。荻上
の部屋で、二人は思い出話や最近の出来事について、夜遅くまで語り合った。

律「こうして、泊り込んで話したの、高校の修学旅行以来だよねー」
荻「んだね」

荻上は律子と知り合った頃の事を思い出していた。中学でも一緒だったが、
親しくは無かった。結局、アレ以来中島たちは荻上に対して、後ろめたさも
手伝って荻上に親切にしたが、以前の気さくな関係には戻れなかった。

高校に進んで、中島たちグループとは別々の高校になった。一部は一緒の高
校に進んだが、自然と疎遠になった。そこで律子と親しくなった。律子も何
故か努めて友人を多く作ろうとしなかった。

地元の老舗の酒造メーカーの娘で、県議も出す家に生まれていながら、どこ
か冷めていた。ただ、威厳を感じさせる物腰に、周囲に一目置かれていた。
そんな彼女が何かと荻上にかまうのは、荻上自身には不思議であった。

一度だけ、修学旅行で旅館に泊まった時、誰かが自分の頬をさするのに気付
いて、夜中に目を覚ました荻上が薄目をあけると、自分の顔を寂しそうな表
情で見つめる律子に驚いたことがあった。体をこわばらせて、寝たふりをし
て、律子に気付かれないようにした。その事を尋ねた事は無い・・・。



律「あんたの『彼氏』ちょっと頼りないねー」
二人はパジャマ姿で同じベットでゴロコロ横になりながらおしゃべりして
いた。
荻「んなことねよ、けっこう頼りになるんだから」
律「んだかー?彼氏だからって採点甘いんでねの?」
荻「・・・音がした・・・」
律「えっ?」
荻「あの時、ずっと、ずっと心の中に重くのしかかっていたものが、ゴロリ
と転がった音が聞こえた・・・。それがわたしの中で音楽のように鳴り響い
て、奏でられたんだ・・・そしてわたしの中ですべてが意味を持つようにな
ったんだ・・・」
律「・・・んだか・・・。わたしでは出来なかった事だな・・・」
荻「えっ?」
律「さあ、寝るべ!明日は遊園地だしな!ガキくせな、オギは相変わらず!」
荻「なしてよ!」


翌日、都内の有名な遊園地に三人は来ていた。

荻「もう一回、あの乗り物乗っていいですか?」
律「あんた、客差し置いて、自分が夢中になってどうすんの?一人で行って
こい!」
笹「俺も酔っちゃった。ここで見てるからいいよ」
荻「すみません・・・じゃあ」

荻上は一人で乗り物に向かった。まるで子供のように目を輝かせている。
律「あんな明るい目をしたオギ見たことなかったな・・・」
律子はつぶやいた。
律「笹原さん・・・中学の件、聞いてます?」
笹「まあ、細かくは知りませんけど・・・」
律「実はわたし、その中学の事件の男子に再会したんです」
笹「えっ?」
律「わたしの通う地元の大学にいました。隣県の叔母の家にやっかいになっ
てるとか。ばつ悪くて地元の友達にも知らせてなかったらしいし。もう荻上
には会うなって言ってやりました。オギはずっと地元で陰口にがまんして通
ったのに・・・」
笹「そうですか・・・」
律「もちろん、オギには言わないで!傷つけたくないんで・・・。」
笹「はい」


律「趣味の問題も・・・わたしは否定的で・・・オギの人格まで否定してた
ようです・・・」
笹「まあ・・・知り合いに趣味の違うカップルがいるんですけどね・・・好
きになったら関係無いみたいで・・・ははっ」
律「ずっと守ってあげられると思っていました。知り合いのいない東京に一
人で行ったって幸せになどなれるはずが無いと思っていました。だから一
緒に地元の大学に行こうって言いました。でもそれは間違いでした」
笹「?・・・・・」
律「そしてわたしが一番オギを理解していると思っていた事も・・・。もう
戻ってくる事は無いんですね」
律子はハラハラと涙を流して、慌ててハンカチで目頭を押さえた。
笹原は驚いたが、気付かないふりをした。もちろん、その事を荻上に言う気
も無かった。


上野駅の改札口に三人はいた。帰り際に律子は笹原に笑顔で話し掛けた。

律「本当にありがとうございました。ぜひ地元に荻上と遊びに来るときには、
声をかけてくださいね。お返しにいろいろ案内しますから」
笹「ええ、ぜひ。ありがとうございます」
荻「近々、必ず行くから・・・」

律子は改札口をくぐって、笑顔で手を振って、そうして振り向きもせずに歩
き出し、駅の構内に消えていった。そして笹原と荻上もまた、その姿を最後
まで見届けてから、寄り添って、帰るべき所に向かって歩き始めた