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斑恵物語-3- 【投稿日 2006/03/01】

斑恵物語


グワングワンとエスカレーターが上って行く。
恵子は立ち止まった。
(…う~ん……。)
グワングワンと、エスカレーターは淀みなくせり上がって行く。
(…う~ん、……どうしよっかな……。)
BGMも、そこだけはエスカレーターの音にかき消されている。
(…う~ん………。)
不意に、後ろに気配を感じる。
腕を組んだカップルが、恵子のすぐ後ろに近寄っていた。
(あーもう…! 見るだけ見ちゃうか…。)
恵子はエスカレーターに足を乗せた。


「ありがとうございましたー。」
抑揚のない店員の声に押されて、恵子は売り場を後にする。
冷や汗をかきつつ、ミッションを終えた安堵感に浸る。
下りのエスカレーターの上で、恵子は紙袋に目をやった。
(…買っちった……。)
中には縦長で厚みの薄い箱が入っていた。
プレゼント用の包装がされていた。
(…やっぱヘンかな~……、でも今更返せないし……。)
グワングワンとエスカレーターは下って行く。
(…手ぶらつーのもなんだし~…、最悪捨てるってテもあるか……、勿体無いけど…。
 今日渡すか……、でも部室ってのはヤダな…。
 んじゃ、呼び出す…? それもな……。)
グワングワンと、エスカレーターは淀みなく下って吸い込まれて行く。
(いーやいーや、部室で。会社戻るとこ捉まえてもいいし…。さっと渡そ……。)
恵子は下に続くエスカレーターに乗り継いだ。


空の色が黄色がかってきた。
秋の気配というやつだ。
まだ暑い日もあるだろうが、季節は変わり始めている。
現視研の部室には、大野、咲、朽木がいた。
大野と咲は取り止めもない話を、朽木は二人の方をチラ見しながらプリンタのカタログを見ていた。
「クッチー、プリンタ買うの?」
「いあ~ぁ、まあ~考え中なのです。」
あからさまに嬉しそうなクッチー。咲も大野もちょっと引いた。
「今まで持ってなかったっけ…。」
「そろそろ買い替えの時期ではないかと思い至りまして~。カタログをゲットして参りマシタ!」
「あ…、そう…。どれ買うの…。」
「これにゃんかいい~んですけども~、でも高いのですよぉ~。グスン、グスン…。」
嘘泣きするクッチー。
咲は喋るのが嫌になってきた…。
「こんちわー。」
「ちわー。」
「こんにちわー。」
「こんにちわ。」
毎度毎度、斑目がやってきた。
「あ、朽木くん、プリンタ買うの?」
「はい~。そろそろ買い替えようかと思いまして。」
「どれ狙ってんの?」
「これです~。でも軍資金が足りませんで~、途方に暮れております。グスン、グスン…。」
斑目は早くも朽木と喋るのが嫌になった…。
「そう…、ま、よく考えてね…。」
「イえぇすっ! アイ・コピーであります!」
「ああ……。」
斑目は適当に席についた。


「斑目、またその弁当だね~。」
「あ~、まーね。なんとなく…。」
「自分で作ったりはしないんですか?」
「そんな時間ないない。ギリギリまで寝てたい。」
「つらいね~、サラリーマンは。」
「テキトーっすね…。でも店やるのがしんどいでしょ?」
「どうだろ…? やってみないと分からないけど、楽ではないだろうね…。」
「咲さんは立派ですね~。私も考えとかないと…。」
「田中はどうなんだろうね…。将来、店とかやりたいのかな?」
「う~ん、どうでしょうね~…?」
「コスプレ専門店? そんなのあるのか知らないけど…?」
「あんじゃね。そのへん俺もよく知らんけど…。」
「じゃあ、大野はおカミさんかあ~?」
「いえいえ…。照れること言わないで下さいよ…。まあ、その時はヨロシクということで…。」
「なんだ、否定しないよ、この娘。」
「ははは…。まあまあ…。」
「オーダーコスプレ店かあ。商売になんのかな。よ~わからん。」
「どうなんですかね…?」
「んで…、マジな話しどうなのよ、大野?」
「あ、春日部さんスイッチ入っちゃった?」
「まーね、ここまでフラれるとね。」
「やー…、そんな具体的な話とかじゃないんじゃないかと~…ぅぅ。」

部室のドアの前には恵子がいた。
三人(除く朽木)の声は、部室の外にも漏れて聞こえた。
(うわー…、居て欲しくないのが揃ってんなー…。)
手にさげた紙袋を見る。
(う~…、ダメ! やっぱ無理…。出てきたとこ声かけよ…。)


「何だか漠然とは考えてるみたいですけどね、田中さん…。」
「まー、そんなもんだろうね実際。」
「お金になるか分かりませんからね…。」
「大野が一回着たヤツを高値で売れば?」
「やるわけないでしょ…。」
「鬼ダヨ…。春日部さん…。」
「う、軽い冗談なのに…。」
「ワタクシはご利用させていただきたいですけどもね~。もし田中先生のお店出すにゃらば~。」
「ダメです。」
「う…、そんなケンもホロロとは…。」
「大野はコスで店番しそーだな。」
「その時はゼヒ咲さんも!」
「いや…、私も自分の店があるからね…。」
「いやー、そんときは開店祝いでやってあげたら? 記念になるし。」
「なんの記念だよ…。もう二度とやらん!」
「あー! 卒業記念のコスプレ在庫処分の約束は忘れてないですよね!」
「……何ソレ?」
「ひどい! ちゃんと約束したじゃないですか。また泣きますよ私!」
「覚えてやがったか…。」
「大野さんがコスプレの約束を忘れるわけないでしょー…。諦めなさい…。」
「あれから更に在庫が増えてますからね~。今から楽しみです!」
「これは、ちゃんと記念に残しとかないとな。」
「クソ、逃げ回ってやる…。」
「地獄の果てまで追って行きます…。」
「勘弁してよ…。」
「ははは…、大変ダネ…。」

踵を返す。
部室の声が恵子の背中にあたった。


「それじゃ、そろそろ俺戻るわ。」
パイプ椅子から立ち上がって、いつものようにゴミをまとめる。
すると咲も一緒に席を立った。
「あれ、咲さんもですか?」
「うん、ちょっと。コーサカと約束あるから…。」
ふ~んと斑目は反射的に発した。
もうこのくらいのことは、別に何とも思わない。
ま、外まで一緒に歩けるのは、ちょっと嬉しいかな…。
「そいじゃまた~。」
「またねー。」
「はーい。」
二人は部室を後にした。

学内の通りのベンチに、恵子の姿があった。
コーヒーを片手に、顔をしかめてサークル棟を見る。
(落ち着かね~…。
 …………。
 いっそ今日は止めとこうかな…。
 いやいやいや……、こんなことでビビってどうする…。時間経つとさぶいことになるからな…。
 さっと謝る……。さっとな…。これだな…。)
空き缶をクズカゴに放る。
ハズレだ。
でも気にしない恵子。
いや…、面倒臭そうに立ち上がって、缶をクズカゴに叩き込んだ。
ベンチに座り直してサークル棟に目をやる。
斑目と咲の姿があった。
「うわ。」
ついてないな。
そう思った時には、もう咲に見つかっていた。


恵子は談笑しながら歩いてくる斑目と咲を、ベンチの上で待った。
「おう。」
「ちわ。」
「何してんのよ?」
「ちょっと…、部室行く前にコーヒー飲んでた…。」
恵子は斑目の顔を見上げる。
はにかんだ表情で斑目は咲を見ていた。
「もう昼休み終わりなんだ。」
「あー…、そう。これから戻るとこ。」
斑目はそう言って、視線を恵子に向けた。。少し照れくさそうだった。
「あんた最近学校いってんの?」
「ま、ぼちぼち…。思ってるほどサボってないよ…。今日はサボってるけど…。」
「いっとけよー。どーせ暇なんだろー?」
「まーね…。なるべくそうする…。」
咲は呆れた顔して笑う。
恵子は見上げる。
斑目も呆れたように笑っていた。
「どうしたの、二人で…。珍しいじゃん…。」
自分の声。ちょっとヘンな感じだった。
「あー、私もちょっと用事あってね。コーサカとデートだよ。」
「ふ~ん…。」
視界の端の斑目は、あさっての方を向いている。
「あれ? リアクションうすー。」
「あ、そう…?」
斑目が恵子を覗き込んだ。



「今日なんか、静かだネ…。」
「あぁ…。ちょっとマッタリしてたからさ…。」
「まあ、私は付いて行くとか言われなくていいけどねー。」
「ははは、ねーさんそれはフリですか?」
いつものように大口を開けて恵子は笑う。
斑目も釣られて苦笑していた。
「どうなの高坂って? まだ仕事いってんの?」
「もー平気。さすがに卒論とかあるし。仕事してて卒業できなかったらマズイって向こうの人に言われたってさ。」
「はは、そりゃそーだ。………、じゃ、またフツーに会えてんだ。」
「ま、最近わね。」
咲と斑目の会話を、恵子は下から見上げる。
斑目の顔が、咲と話しているときはいつもとは違って見える。
「うんじゃ、そろそろ部室いくかねー。」
恵子は立ち上がって、お尻をパンパンとはたく。
ベンチに置いていた紙袋を指に引っ掛けた。
「あー、また買いもんか。」
「うん、まあね…。」
恵子は紙袋を見て、少し笑った。
「私への借金を忘れてはいないだろうね?」
咲がジト目で恵子を睨む。
「忘れるわけないですよ、ねーさん。」
微笑返しの恵子。
「ササヤンに借りんなよ、ちゃんと自分で返せよ。」
少し真剣に、咲は言った。
「大丈夫だよ。バイトしてっから。そんじゃねー。」


恵子は軽く手を挙げる。
「斑目も、仕事がんばって。」
「あ、うん…。頑張りマス。」
「じゃまたー。」
「あーい…。」
恵子は少しだけ早足でサークル棟へ歩いて行った。

「斑目、最近よく恵子と話すの?」
咲の言葉に、斑目はちょっとだけ汗をかいた。
視線を前に向けたまま、応え方を考える。
「まあ…、フツウに…。何で…?」
「なんか、雰囲気で。」
「ま、ちょっと話すきっかけあったから。そんでかな…。」
顎の付け根を掻いて、斑目は咲の顔色を伺っているのを誤魔化した。
(いちおう…、ウソはついてねーな…。)
「へー。」
咲は気のない返事。
斑目は苦笑した。
後ろを振り返ると、恵子の姿はもうなかった。


斑目は会社を出ると、すぐに携帯を開いた。
夕方。
今日は早めに会社を出た。
受信メールを見る斑目は、ニヤけそうな顔を必死で抑えている。
恵子からのメールである。
件名は『恵子です』と素っ気ないが…。

恵子です

 アニキがちゃんと謝れ
 とうるさいので飯でも
 おごります
 お金ないからファミレ
 スとかですけど
 都合の良いのいつです
 か?


次のメールの件名は『了解』。

了解

 駅前まで出てこれます
 か?
 ドナサンに7時でいい
 ですか?

それをじっくりと再読すると、斑目は携帯をしまった。


口から漏れたのはため息だ。
(あ~…、ダメだ…。慣れてない…、こういうの…。
 ヤな汗でる…。そういうんじゃないってわかってても緊張してるよ…。
 情けね~な~…俺…。)
足取り重く、斑目は駅への道を歩いて行く。

店内に入った時には、もう恵子が先にいた。
斑目が恵子を見つけたときには、もう恵子は斑目を見つけていた。
斑目はゴクリと唾を飲んで、席に向かった。。
テーブルにはアイスコーヒーと雑誌が載っている。
「あー…、わり…。」
「いいよ、まだ7時になってないし…。」
昼間会ったときのように、恵子は静かに応えた。
意外だった。
斑目は、元気のない恵子を見たことがなかった。
「そー…、いつ頃きてたの…?」
「さっき、5分くらい前。」
「ふ~ん…。」
4人掛けの席に斑目は向かあって座る。
正面に座ると照れてしまって、斑目は恵子の顔を見れなかった。
「急でヘーキだった?」
「ああ…、別に…。暇だし…。」
「そー…、んじゃ頼もっか。」
「あー…、でも、そんな気ぃ使わなくてよかったのに…。」
せっかく誘ってもらって悪いと思いつつも、斑目の口からはそんな言葉が出てしまう。
(失礼だよな…今の…。もっと良い言い方できねーのかよ…)


恵子はメニューに目を落としたまま、応える。
「まー…、アニキに言われたからさ。気にしなくていいよ。」
「うん…。まーね…。」
気にしていない風の恵子に斑目はホッした。
メニューを取って、注文を選ぶ。
(あんま高いのダメだよな~…、お金ないって言ってたし…。俺もヤだしな、そういうの…。)
「斑目、安いの頼もうとか思ってんじゃない?」
思わず声が出そうになる斑目。
「好きなん頼んでよね…。逆にムカツクから。」
「はい…。」
パラパラとメニューをめくりながら、候補を絞り込んだ。
「決まった?」
「まあ、だいたい。」
恵子はボタンを押して店員を呼ぶ。やって来た店員にそれぞれ注文を告げた。
恵子の視線が店員に向いたときに、斑目は恵子の顔にさり気なく目をやる。
いつもより化粧が薄い気がした。
注文を繰り返して店員は奥に戻っていった。
「今日…、何か化粧薄いよネ…。」
ちょっと緊張しながら斑目は訊く。
恵子はまだメニューを見たままだ。
「うんん…、さっきまでアニキんちで寝てたから…。」
そう言ったきりの恵子。
斑目は小さく自嘲が漏らした。
(そうだよな…。アホか俺は…。)
「笹原なんか言ってた?」
「別に。昼間部室で会っただけだから。」
短く応える恵子。


斑目は視線を外して、思わず出そうになるため息を飲み込んだ。
(あんま楽しそうじゃねーな…。)
席の背もたれに、グッと体をあずける。
視線は窓の外を向いていた。
(俺とメシ食ってんじゃ…、しょうがねーけどな…。)
恵子の目が外を向いた斑目を見ていたことを、当人は気付かない。
おずおずと恵子はメニューを片付けた。
「仕事ってどうなの? 大変?」
「んっ?」
斑目は驚いた様子で声を発した。
「いんや…、まあ、そんなには。一年目だから、覚えること多いけどね…。
「ふ~ん…。」
恵子はアイスコーヒーをかき混ぜる。
テーブルの下に隠れた指先が、紙袋を撫でる。
「会社ってどんな感じなの?」
「まあ、普通かな…。他の会社知らないから、よくわからんけどね…。」
「………、仕事終わりに会社の人と呑んだりすんの?」
「あんまりないね~、そういうのは…。」
「ふ~ん…。」
「………。」
斑目は後悔した。
(もっと会話広げろよぉ~。何してんだよ俺っ!)
「まあ、何とかやってますよ。意外と。」
嘘臭く笑う斑目に合わせて、恵子も笑った。
「あ~…、んとさ…?」
恵子が言いかける。
「あ、何……?」
会社、若い女の子とかいんの?
と、恵子は訊きたかった。


「まあ…、頑張ってよ。」
「ははは、はい。ぼちぼちネ。」
笑う斑目に合わせて、恵子も笑った。
「まあ、春日部さんぐらい頑張れたらいいんだけどネ。」
「うん…。ねーさん、頑張ってるもんね。」
斑目は屈託なく笑っている。
「まあ、俺の場合は好きで選んだ仕事ってわけじゃないから、さすがにあそこまでは頑張れんけど。」
「まあね…。」
そう言うと、恵子は視線を窓の外に向け、ストローを口に含んだ。
恵子の眉根には、深いシワが浮かんでいた。
(ねーさんか、結局…。)
ストローがズズズと鳴いた。
「ねーさんてさ、ホントすごいよね。」
恵子の語気は強い。
斑目はちょっとたじろいだ。
「カッコいいしさ、性格いいし。頭も全然いいし。」
斑目は苦笑いを返す。
「まー時々きっついけどね~…。」
恵子はそれをチラッ見ると、さもつまらなそうに視線を窓の外に戻した。
「頼れるし。面倒見もいいしさ。」
言葉をつなげる度に、恵子の声は強くなる。
「はは…。そーだね…。」
苦笑する斑目。
「なかなかいないよね。ねーさんみたいな人って。」
「ど、どーかな…。」
「斑目がさ…。」

好きんなんの、わかるよ。

その言葉は、飲み込んだ。


「………。」
「告白できないの、わかるよ。」
恵子はそう言って、またストローを口に含んだ。頬は少し紅くなっている。
ストローがズズズと鳴く。
斑目は、一瞬、言葉に詰まった。
「はは…、まー…、情けない男ですヨ…。」
斑目は苦笑するしかなかった。
恵子は、ずっと窓の外を見ている。斑目と目を合わせようとしない。
「………。」
「…………。」
「あ、来たよ。」
斑目が目ざとく店員の動きを察知した。
店員が二人分の注文を両手にやってくる。
恵子も斑目も料理が並べられるの黙って見守る。
「じゃあ、食べますか…。」
「いただきまーす。」
二人は無言で、料理を口に運ぶ。
恵子の横には紙袋が寝そべったまま、そこにいた。


カランコロンと扉が開く。
恵子の後ろに次いで、浮かない表情の斑目が出てくる。
携帯をチェックしている恵子。
斑目はその様子を横目で見ていた。
(やっぱ楽しそうじゃなかったな…。笹原に言われて誘ったんだろうし…。
 悪かったな…ホント…。)
斑目は外の空気を思いっきり吸った。
少し冷たい初秋の夜の空気が、斑目の熱を冷まさせる。
「そんじゃ、俺帰るわ…。」


「あ、…そう。」
恵子は携帯を見たままだ。
斑目はそれが少し寂しかった。
「悪かったね…、なんか…。」
「いいよ、別に。アタシが誘ったんだから。」
「ああ…。」
斑目は喋るのを止めようと思ったが、口が勝手に動いてしまった。
さすがに恵子の顔は見れなかった。
「でも、悪いじゃん…。俺なんかとメシ食ったって、しょうがねーっていうかさ…。」
(自分で言うなよ…。言われた方が迷惑だよ…。)
恵子は携帯を見たままで。
その表情は見えない。
「やめてよ、そゆこと言うのさ…。スゲーオタクっぽい。……キモイよ。」
そう言ったきり、恵子は何も言わない。
斑目は言葉が出なかった。
口をついて出たのは、いつもの苦笑いだった。
「ははははは、そだな~。ごめん。」
斑目は思いっきり笑って顔を上げた。
「それじゃ、また。」
「ああ、それじゃあ…。」
踵を返して、斑目は歩いていく。ポケットに手を突っ込んで。
少し背中を丸めて。
恵子は携帯を見たまま、駅に向かって歩き出した。
携帯を見たまま、顔を伏せたまま。


駅のホーム。
会社帰りのサラリーマン。学生。お年寄り。塾帰りの子供。親子連れ。
その中に恵子の姿もあった。
ホームに三列の塊がいくつも出来ていた。
帰宅のラッシュアワー。
滑り込んできた電車の車内は、もう随分混雑している。
降りる人を待って、列は一気に車内になだれ込む。
すし詰めの車内。
息苦しい。
四方から容赦なく圧され挟まれる。
車内の片隅。
恵子はずっと下を向いていた。
顔を上げることが、できなかった。
紙袋はシワくちゃに潰れていた。


最終話へ、つづく