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斑恵物語-1- 【投稿日 2006/02/19】

斑恵物語


斑目は疲労の染み込んだ体で帰路についていた。
合宿から帰って早半月。
笹原と荻上は案の定くっつき、今は宜しくやっている。
一方、社会人で彼女もいない斑目は、合宿以来、仕事仕事の単調な毎日の繰り返しであった。
斑目の職種は事務職。現場で汗を流している社員からは楽そうだと羨ましがられるのだが、
一日中椅子に座ってディスプレイを眺めているのも、結構疲れるものだ。
(ふぅ~、あー、学生にもどりてー…。てもしゃーないか…。)
今日は土曜日。ようやく一週間の仕事を終えて、明日のアキバ巡回に思いを馳せた。
しかし…、少し空しい。
(あんあ~、笹原はアキバも荻上さんと一緒にいくんだろうな~。
 俺も春日部さんと同人ショップ巡りしたいよ…、ってそりゃぜってームリだな…)

もう9月も終わりが近づき、風は徐々にその熱を失ってきていた。
今日は特に時折ゾクリとするような寒い風が吹く。日が沈むのもだいぶ早まった。
(そろそろ冬物のスーツ、クリーニングに出しとこ…)
そう心の中で呟きながら、斑目は通いなれたスーパーの買い物カゴを手に取った。
昼はコンビニ、夜はスーパーのお惣菜というのが、最近の斑目の定番になっていた。
「あれ、斑目さんじゃんっ!」
甲高い声に斑目は顔を上げた。

「ん? ぁあ~、笹原妹…じゃなかった、恵子ちゃんか…。何してんの?」
くたびれた斑目とは対照的に髪型からアクセサリーから靴までバッチリにキメた恵子が、
オシャレっぽい紙袋と買い物カゴを片手にそこに立っていた。加えて、いつも以上に濃い化粧で…。
「あー、今は買い物。これからアニキんとこに行くとこだからね。ま、買出し。」
ふ~ん、と斑目は相槌を打つ。
恵子が笹原宅をホテル代わりに使っていることは、未だに現視研部室に出入りしている彼はよく知っていた。
恵子が部室にいることも度々である。が。
(あ~、やべ。笹原妹ってあんま話ことねぇーぞ…。どうすっかな……。つか名前で呼んだのも初めてかも…。)
疲れた体に更に疲労がのしかかる…。
一方、恵子も。
(う。会話途切れたよ…。マジで話しことあんまねぇし。まあ、無視するわけにもいかんからねー。
 声かけたのは正解…だよなぁ…。)
二人の間に微妙な空気が流れた。
「あ~、斑目さん、今日仕事だったんだぁー!」
無理からに声を張る恵子。
「うん、そ…。んで、飯買いにきたの…。何かそっちは酒ばっかデスネ。」
恵子の買い物カゴにはビール、チューハイ、ワインなどなど…。あとは菓子のみ。
「あー、いやねー、今日ホントはさ、友達と遊び行って、そのまま友達んちに泊まるはずだったんだけどぉ、
 何かイキナリそいつのオトコが来ちゃってさー。マジむかついたんだけど、仕方ねーから追い出されてやったのよ!
 もう急遽よ、急遽! やってらんねーよ。」
「あ、じゃあ、それ。笹原への手土産なわけだ…。」
「まま、楽しく呑もうと思ってね。アニキも彼女できたし、こういうのも必要ってことを教えてあげないとさっ。」
ふ~んと斑目。
(あ、だめだ。続かない。くそ、このオタクめ。ちっとは気ぇー使えよ! アニメの話なら何時間でも続けるくせにっ!
 仕方ねーな…、て、まあ好都合だったかな?)
「斑目さんも来る? つーか行こうよ! 明日休みなんでしょ?」

「え?」
急な誘いに、斑目は急に背筋が伸びた。
「あ~、ま~、でも邪魔じゃない? 荻上さんとかいないのかな?」
「だからじゃ~ん。アニキ達二人のとこにアタシ一人乗り込むのはヤなのよ。ほら、はいはい行くのけってぇ~!」
「うわ、決定されちゃったよ…。」
しかし、まんざわ悪い気もしない。というか、むしろ嬉しい。あー、久しぶりに楽しく酒が呑める。そんで笹原と荻上を冷やかしたり、
からかったり、イジリ倒せるじゃないか!
疲労の奥からムクムクとテンションが上がっていくのを斑目は感じた!
「んじゃ、行くかあ!」
「おお、元気でたじゃん。」
「よし、呑む! そして笹原を冷やかす、いじる!」
「じゃ、これの代金、割り勘で頼むね。」
「えぇぇーー、つーかそれが狙いかいっ!」
「いーじゃん、お金ないんだもん。斑目さん、社会人でしょ! 一応割り勘って言ってんじゃんよー。奢りじゃないだけいいじゃん!」
「まま、いいのデスケドネ。そのくらいは。」
(ま、先輩だしな、こんくらいはね…。)
と納得する斑目。
「んじゃ、もう会計行こーか。」
「あ、ちょっとまって。こっちの惣菜も買ってく。俺、飯食ってねーから。」
「あ、そっちは別会計で頼むね。斑目さんのだから。」
「うわ…。」
(マジカヨ…。)
やはり現実の妹は恐ろしいなと斑目は思った。

「おい…。」
恵子のオシャレ紙袋を含めて全ての荷物を持たされた斑目が後ろから声をかける。
「笹原んちの電気…。消えてんですけど。」
「あ、ホントだ。」
「鍵もってんの?」
「ん、もってないよ。コンビニでも行ってるんでしょ。ちょっと電話してみる…。」
携帯を取り出して開くと、画面にメールの着信が表示された。
件名は、『悪いんですけど』。

悪いんですけど

 さっき来ていいといったが、ち
 ょっと用事でこれから出る。明
 日帰る
 鍵はポストの下にガムテで張っ
 とくから、勝手に入れ
 散らかすなよ
 あと、男をつれこんだら、コロ
 ス

「どーしよー、殺すってさ!」
恵子はいつものように大口を開けて笑っている。
「ははは…。」
斑目は苦笑を返した。

「あー、じゃー、いーや、今回は。帰ってこれ食うよ。」
「えー、つまんねー! いいじゃん、呑んでこーよ、斑目!」
帰り道の会話で馴染んだのか、今や完全にタメ口、アンド呼び捨て。
「でもコロスみたいデスシ…。」
「え、なに? マジちょっと意識してんの? うわ、やらしー、ムッツリだよこの人。」
「ちょ、チゲーヨ! してないっつーの! 後輩の妹ごとき!」
「あ、ショー失礼じゃなーい? ソレ! じゃあーいいじゃんか。入ろ入ろ。」
う~んと斑目は眉毛を歪ませた。
(あー、まー、いーか。別にそんなんじゃないしねぇ。期待もしてないし…。)
「ま、そういうことならお邪魔しマスヨ。」

恵子は電気を点けると、ガムテープの切れ端をグニグニと丸めてゴミ箱に投げた。
「おお、これが片付けてないリアル笹原ルームか!」
意気込んで見渡したもの、あんがい片付いてやんの。
「なんだよ、こざっぱりしてんじゃねぇーか。」
「まあ~ね~、最近はこんな感じ。オギーも来るようになったかんね。」
むむ、っと斑目の眼鏡が光った。
「あ、何、マジでもう来てんの?」
「来てるよー。チョー来てる。飯とか作ってもらったりしてるみてー。今日だってぜってーオギーのとこでしょ。」
「ふぇ~、なんだよ~…。」
ややヘコむ斑目。まあ、そうだとは思っていたが、あの笹原がラブラブしてるのはやはりちょっとショックだ。ていうかムカつく。
「その辺、適当に座ってよ。あ、レンジそこね。」
「あいあい…。」
斑目は適当に買い物袋をおいて、惣菜をレンジに突っ込む。
恵子はバックと上着を放って、座布団を引っ張り出すと、いそいそと酒盛りの準備した。

「んじゃ、乾杯しますか? んじゃま、サルの幸せを祝して! かんぱ~い!」
「かんぱ~い…!」
恵子は勢いよくビールを飲み干す。
斑目も釣られるように一気にグラスを空けた。
「お、いいね、呑めんじゃん。」
「はは、まね。」
正直、さっさと酔っ払いたいのです。生涯をオタクとして過ごしてきたのであるからして、女の子と二人っきりというのは、
何だかもうそれだけでツライ。後輩の妹であっても。マジで耐え難い。油断すると変な汗が出そうになる。
酔うしかない。酔って場を和ますのみ!
惣菜を摘みつつ、斑目はちょっとオーバーペース気味に酒をあおった。
「おお、いくね~、こりゃ負けてらんねー!」
置いていかれまいというわけでもないのだろうが、恵子も未成年とは思えぬ呑みっぷりでグビグビと飲み干していく。


しばらく呑むと、もう何か変なテンションが場を支配していた。
「あ゛あ゛~、何か飯もういいわっ、呑も!」
「あ、じゃーこれちょーだーい、イカ刺し好きなんだよねー!」
「何だよ、食ぅーんじゃん、結局!」
「あははは、まーねー、ごちになりやすっ、先輩(はぁと)!」
「良い良いー。くえい、くらえい!」
(あー、けっこー酔ってなーオレ。疲れてたからなー。まーいーかー楽しいし。)
眼鏡を外して斑目は眉間の辺りを軽くマッサージした。
「あ、ちょっとストップ!」
イカ刺しをごっそりすくいならだ恵子が叫ぶ。
「うん? 何?」
「斑目の眼鏡外したとこ初めて見たよー。ちょっとそのままストップ、よく見せてよ!」
「あん?」
目を細めた恵子の顔が近づいてくる。


眼鏡が無いので良く見えいないが、ちょっとドキッとした。至近距離の女子には免疫が無い。
(うわ、香水の匂いキツー…。)。
「ん~ん。」
「…何だよっ!」
誤魔化すように大声を出したのだ。
(少し顔が火照ってるような気がする。いや、これは酒のせいか?)
「どーすか…?」
ぼやけた恵子の顔をまともに見れない…。
「…何か眼鏡ないと、顔、変だね。あははは!!」
「うわ、それはないデショ!」
力が抜けた。焦った分だけ、余計に恥ずかしい…。
「もう眼鏡だよ、斑目は。顔と一体化してるもーん!」
「あー、それ、前に春日部さんにも笑われた気がする…。」
「あ、そうなん?」
「いっぺん眼鏡を違うのにしたことあんだけどね…。…おもっきり笑われた。」
「だよー。」
「いや、一応眼鏡だったんだけどねぇ。」
「じゃあ、丸メガネ限定だあ。丸メガネ限定顔!」
恵子は自分のセリフにハマってさらにバカ笑い。
「俺の顔は丸メガネありきかよ!」
「あひひゃひゃはははは、だって変なんだもん。もう一生丸メガネけってーだよ、斑目は!」
「まーね…。(自分でも感じてないでもないですケドネ…。)」
「あ、怒った?」
ニヤニヤしながら恵子が尋ねる。
「いや、いーですよー。丸メガネ好きっすから!」
「まあーまあー、機嫌直して、呑みましょうよ、先輩(はぁと)。」
「へいへい。」
「ビールやめてこっちにしようよ。焼酎。最近ハマってんだよねー。」
恵子は斑目のコップに仰々しく焼酎を注いだ


3時間後。
もう呑みっぱなし、菓子食いっぱなしで、斑目も恵子もベロベロになってきた。
「あのさー、ちょっと着替えていい?」
「えっ!」
ブバッと酒を吹く斑目。一瞬、酔いが醒めた。
「このカッコ疲れたあ。化粧も落としてーしぃ。」
恵子は酔っ払っていて、座っていてもなんだかフラフラしている。
「ああ、いいんじゃね…。俺あっちいってよっか?」
(何、焦ってんだか…。つくづくオタクだな…俺。)
「あーいい。アタシがあっちいく。斑目も着替えたら、Yシャツしんどいっしょ?」
「ああまあ、でも着替えねーし。」
「アニキの着りゃいいじゃん。ジャージか何かあるでしょ。テキトーに探して。」
ドタドタ足音を立てて、恵子は荷物とともトイレの方へ歩いていく。
斑目もフラフラと立ち上がる。
(ふわー、ひっさしぶりに酔ったなあー、ちょっとやべーかも。)
壁を支えにしながら歩くと、押入れの中のタンスを物色し始めた。
(おんや?)
着替えの中に斑目の琴線に触れるもの発見。斑目はスーツのベルトを外して、その服に着替え始めた。

「うす、お待たせー。」
ネズミ色のスエットに着替えた恵子が出てきた。靴下を脱いだ足で、ペタペタと歩いてくる。
視線が部屋の斑目の姿を捉えた。
「どう、これ!」
「……んんん、ぶはははーーーー、何だよそれーーー!!!」

斑目が着ていたのは、笹原の高校時代の体操着だった。
「いやー、やっぱ高校のジャージは落ち着くよな!」
(キマッタ!)
狙い通りのボケがハマッて改心の笑みの斑目!
「うおー、アニキそんなん持って来てたのかよー! オタクっつーか、ダセーっついうか、いや、最高っすよ、先輩!」
「いやー、喜んでいただけて嬉しいデス!」
「うわー、名札はってあるよ。『3-1 笹原完士』だよ。しかも、丈短くてツンツルテンだー、くわはははーーーー!」
何だか気持ちよくウケたのとスーツから開放されたのとで、また妙に斑目のテンションもあがってしまった。
「よっしゃー。呑み直すかぁあ。今日はもう朝まで呑んだらー!」
再び天井知らずの酒盛り大会が再開された。

「そういやさー、ぶっちゃけて、笹原と荻上さんのアレって、恵子ちゃんどのへんで気づいたの?」
「ん~?」
裂きイカをかじりつつ恵子は答える。
「もう、とっく! 冬頃には感じてたよ。」
「それはウソだー。冬って俺まだいたよー現視研、って今もいるけど。それはウソだ。」
「いんや、マジで。ウッスラ出てたのよ。そんな空気。」
「え、笹原から?」
「ちがうちがう、オギー。」
「え、荻上さん? マジデスカ?」
かぁーっと唸りつつ、焼酎を呑む斑目。
「じゃあ何? むしろ笹原が惚れられてたわけ? あの笹原君が?」
そう言うとまた一口あおる。
「あの笹原君だよぉ? ワタクシがアキバの歩き方を手取り足取り教えてあげた笹原君ですよ?」
「そーなんだよねー。」
恵子の手にあるのはワインだ。

「あのサルに惚れる女もいたんだよねー。やー、人生に希望が持てるね、ある意味。」
ふははは、恵子は大口を開けて笑う。
「斑目はどうよ~? どのへんで気づいてたー?」
「え、俺?」
う、っと言葉に詰まった。ちょっと冷や汗。
「あ、あああ、う~ん、ま、俺、昼休みしかいないからね…。」
「えええ? もしかして全然気づいてなかったのー!」
「……春日部さんから教えてもらいましたよ…。」
「ワァー、マジ? チョーウケるんですけどお! さっすがオタ師匠だよねー! うわははは、いや、マジでウケるわ!」
「はは、あっはっはははは…。」
斑目は照れ笑い返すしかない。顔も少し赤くなっている。
「でもなんか『らしい』わ。斑目らしい! そういうの苦手っぽいもんねー、恋愛つーの? 男と女つーの? もうぜんぜんって感じだよね。」
「悪かったデスネ…。もーこっちは筋金入りのオタク星人デスカラ!」
(あーもー、言い返せねー!)
「笹原も地球に帰っちゃたしなー…。」
斑目はチーズおかきをチーズとおかきに分離させている…。
「ん~ん…。」
恵子はクイっとワインを呑むと、ジト目で斑目を見据えた。今までと少し表情が違う。
真面目顔を装いつつ、その実、ワルーイ顔になっている。
「でも、斑目も好きな人ぐらいいるっしょ?」
「ぶっ! ええ?」
「いや、それはいるっしょ? それは! マジで! そこはぶっちゃけようよ先輩。」
「あ~。」
腕組みしつつ考える。どう答えたもんかな…?


(まあ、いいか、名前言うわけじゃねーし。)
「…まあ、いるわな…。そんくらいは…。」
「えー、いんのー? ダレよダレダレ?」
(あ、やべ、この展開…。しくじった。)
「そりゃー、秘密だよ、君ィ。言うわけねーじゃん。」
軽く焦っているので、斑目はあえて余裕のある態度に出る。しかし、視線は虚空を漂うのであった。
一方、恵子はジト目でしっかり斑目の表情を観察している。
「あー、こりゃ、現視研の誰かだね! じゃなきゃ、別にゆったってヘーキだもん。」
うっ…。
「まー、想像に負けせマスヨ。妄想は止めれませんからね…。ンン~、名言だな、これは。」
(うー、やばやば、ここで引いたらいかん! あえて強気強気でいかんと…。社会人としての成長を今こそ発揮セネバ!)
恵子は酒のせいか、座りきった目で斑目を睨む。
内心ドキドキだが、斑目はポーカーフェースをきどっている。
「ん~、大野さん?」
「………。」
「ん~、春日部ねーさんか?」
「………(平常心、平常心)。」
「もしや、オギー?」
「………。」
「あー、アタシか。
「それだけはない!」
「くはー、シツレーだなあー、オタ師匠!」
グラスのワインを一気に空ける恵子。
「 ぐはー、ダメだ。酒回って頭まわんねー!」
(ふー、乗り切ったか。)
斑目は小さくため息をついた。


「あー、ぜんぜん、手ェー止まってんじゃんよ、斑目ぇー。もう、お前もワインの呑めよ。こっちの呑め、こっちの白呑め。」
だんだんと絡みっぽくなってきた恵子に圧されて、再び酒に手を伸ばす。
しかし、やられてばかりでは形勢の悪化を招くばかり。
両肘をテーブルに付くと、今度は斑目がジト目で恵子を睨んだ。
「んじゃよ、お前さんはどうなんよ。高坂は。まだ諦めてないわけ?」
「あい?」
「春日部さん、強敵だよー。手強いよー。」
「わかってんよ、うんなの。」
ちょっと不機嫌そうな恵子。視線を外してあさっての方向に目をやる。
「実際、もう正味のとこ半年もないぜ、卒業までさ。」
(ま、それは俺もだけどな…。)
微かに自嘲の笑いが漏れる。
「まーね。もー、じゃー、ここだけの話、ぶっちゃけるけど。」
「おうおう。」
「もう諦めてんのよ。とっくに。」
「へ、そうなの?」
意外な言葉に斑目は驚いた。斑目の中の恵子は、とにかく高坂LOVEでグイグイ突っ走る恋愛マシーンのイメージがあったからだ。
脈があろうがなかろうが諦めない、どこまでも追いかける恋愛ターミネーター。
合宿でもウザがる咲をよそにしつこく二人のあとをついて回っていたし。部室でも高坂がいるといないとでは露骨に態度が違うのも見ていた。
それがとっくに諦めた?
「え、そうなんだ…。ふーん、…またどうして?」
「だってさー。もうこっちはこんだけラブラブ光線だしまっくてるわけじゃん? 気持ち伝わってるわけじゃん? アタシの。」
「ああ…。」
恵子の言葉に少し心が痛い斑目。
「でも、二人は相変わらずでさー、もうヨユーなんだよね、なんか。春日部ねーさんの態度も。敵じゃねーみたいな?
ま、実際その通りだと思うし。高坂さんも優しいのか、アニキに気ィー使ってんのか、ハッキリ言わないけどさ。
わかるつーの。こっちも場数踏んでんだから。『もう無理?』って空気~?」


「まあ、ねー…。」
(それは、当初からじゃないですか?)
ジト汗の斑目。
「そんなら、引くしかねーわけよ。女としてね。」
そういうと恵子はテーブルに突っ伏してふぁ~とため息をついた。
斑目がぼそりと呟く。
「まあ、お似合いだしね。あの二人。」
「そうだよ。似合ってんだ。これがまたムカつくんだな~。ま、そういうわけすよ…。」「そっか…。」
少し悲しくなったような気がした。
あれだけ猛アピールをしてる恵子をしてコレである…。絶望的な状況はわかってるし、自分もとうに希望は捨てているとはいえ、
やっぱりちょっとショックだった。
「まあ、斑目はがんばんなよ。」
「いや、無理だって。恵子ちゃんがどうにもならないんじゃ、俺に春日部さん落とせるわけないっしょ?」
…。
…。
………………。
………………………。
「えっ???!」
「あ。」
斑目は固まった。ピキッという音がした。ような気がした…。
恵子は軽く引いてる…。
「あ……、ねーさんだったの…。斑目の好きな人って…。」
ジト汗を流してつつ、恐る恐る尋ねる。
「……あ、ま、言っちゃいましたね…、ワタクシ…。」
「………うん…。言っちゃったよねー…。………マジなんだあ…。」


「ははは。……言わないでね………ダレにも……。」
(あー…、……言っちゃったなー…。ついねー…、ポロッとねー…。言っちゃいましたー、いつのまにかー…。)
がっくりとうな垂れてる斑目を恵子が苦笑いで見つめている。
「へー…、いつから…、とか…聞いていいっすかね?」
「…ま、けっこう前から…。」
「告ったりとかは…、してないよねー、その様子だと…。」
「………してない、し、デキマセン………。」
恵子の額にイヤな汗が滲んだ。
(う、苦手だよ、こういうの。マジでオタクの絶望的片思いだよ…。人のこと言えないけど。しっかし隠し続けた分だけ、イタイな…。)
突然、ガバッと斑目が顔を上げた!
「あー、いーや。もういいわ。もう呑もうよ。気にすんな気にすんな。気にしねぇから気にすんなよ。」
そう言ってグラスをむんずと掴むと、グビグビっと酒をあおった。
苦々しい笑いを浮かべていた恵子も、ここは流石に空気を読んだ。
「そーだよ、呑も! 呑んで忘れなよ、斑目! てゆーか、いっそ、アタシがねーさんのこと忘れさせてあげよっか?」
恵子は大口を開けて笑った。
斑目は思いっきり吹いてしまった。
「ぶっ、え? やめてよ、もー!」
「え、なになにその反応? なに童貞捨てるチャンスとか思った?」
「ちげーっつーの! 単なるツッコミだッ!」
斑目は照れ隠しにグラスにワインをドクドクと注いだ。
ふふふ、と恵子は不敵な笑みを浮かべる。
「かわいいな~、斑目は~。純情さが萌えるよね~。ねーさんにはわかんないか~、萌えは!」」
「なっ!」
「うふふ、顔真っ赤んなちゃってカワイー!」
テーブルに腕を組み、その上に顔のせてしどけない表情を作ってみせる。
斑目は心臓の鼓動が少しだけ早まった気がした。

「ちょ、純なオタクをからかわないでくれませんかのう…。」
「ふふ、高坂さんは諦めたしー。次は斑目先輩に乗り換えよーかなー、ふふふ。」
「あー、だ、ダメダメ。あ、ありえねーって、さ。」
「うーん? なんでー?」
じりじりと恵子がにじり寄ってくる。
(わーたー、マジで? いや冗談だろうけどさ。くそ、この小娘め! 社会人をおちょくりおって! な、なんか、いい反撃はないもんか?

 答え①オタク斑目は突如反撃のアイデアがひらめく
 答え②仲間がきて助けてくれる
 答え③言われっぱなし。現実は非情である。

ってジョジョネタ考えてどうする!)
「ねぇ~ねぇ~どうなのよ。は・る・の・ぶ。」
ニヤニヤ顔の恵子がふぅ~と息を吹きかける。
いよいよ進退窮まった斑目に、神が降りた。
「ううううう~、いや、もうだって、…顔が……笹原にそっくりだもんよ…。」
「ぐわっ!」
ドサドサっと恵子はカーペットに崩れ落ちた。
「きっつー! そうくるかー!」
「いやあはははは、でも、ほんと、似てるよね…。」
斑目は心の中で呟いた…。
(ふー、答え①、答え①、答え①。)
「いやまーね…。化粧しないと、マジで似ちゃうんだよねーコレガー…。」
恵子は少ししょんぼりとしたように、斑目には見えた。
(あ、少しヘコんじゃったかな?春日部さんの名前出しちまった気まずさをフォローしてもらったのに悪かったな…。)
「でも…、…あんま濃くないほうがいいんじゃない…? 化粧はさ…。オタクは化粧濃いのは苦手じゃないかな、…たぶん。」
「え、なになに? それは斑目の好みぃ~? やらしー!」
(うわっ、トラップはまった!!)

その後も二人は、そんなこんなで朝まで呑み明かした。


目覚まし時計の音がする。それも一つじゃない。幾つかの目覚まし時計が同時に鳴っている。
(なんだ~。)
眼鏡をかけたままテーブルに突っ伏していた斑目は、ゆるゆると立ち上がった。
「笹原のやつ~~、目覚ましかけたまま出かけやがって~~。」
ベット横の目覚ましを止めようとフラつきならがらも歩いていく。
途中で、床に寝転がっている恵子を軽く踏んづけてしまった…。
「がっ。」
「あ。悪い、踏んじゃったよ…。大丈夫?」
「あ……、あ~~~………、寝ちゃってたー…。」
斑目は漸く目覚ましまで辿りつき、一つ止めた。もう一つ鳴っている。それは台所の方からだ。
「いまなんじ~~。」
「あ~、んと……、7時ちょっと前…。」
もう一つの目覚ましも、やっと止めた。
「わ~、はや~、ちょーねみ~よ…。」
「俺もだよ…、5時過ぎぐらいまで呑んでたか~? …だめだ、わかんね…。」
斑目は台所にきたついでに水を飲んだ。少し頭が痛いような…。それよりもまた酔いが残っているせいで、体がフワフワしている感覚があった。
「あ、水飲む?」
「ん…、いー…。ちょっとトイレいくわー…。」
恵子は寝起きのむっつりとした顔でふらつきながらトイレに入っていった。
斑目は入れ違いでテーブルについた。
(ん~、マジで朝まで呑んじまったなー…。あー、でも恵子ちゃんって意外に話しやすくてよかった…。
 ぜんぜん話合わねぇかと思ったけど、結構会話弾んでたよな…。まー、同じサークルだし、分かり易い共通の話題があったかんねぇ…。
 本人も思ってたよりいい子だったってことかな? じっさい、楽しかったしなぁ…。はじめて見たときは異次元生物みたいでしたけどね……。
 ほんとねー、何であんな厚化粧してたのかね? 別にブサイクってわけじゃないのに、むしろカワイイ系っつーか…、ってアハハ…、
 なんだ…、まだ酔ってんな俺…。)


「ういーす。」
トイレから恵子が戻ってきた。
斑目は恵子から視線を逸らして、食べ残した菓子を摘んだ。
「目覚ましってさ~、斑目がセットしといたの~?」
口調はまだハッキリしてない。目も半開きで見るからに眠そうだ。
「違うよ。たぶん笹原。あいつこんな早い時間に…、ってそうか今日日曜か…。ちょっとゴメン、テレビつけていい?」
恵子の返事を待たず、斑目はリモコンを手に取った。
「おーセーフ。まだ始まってなかった…。」
「あ~、何、アニメ~?」
「…そー……。」
「こんな朝っぱらからよく観る気になるね~。…そんな面白いの~?」
「あー…、どうだろ? けっこう評判良いよ。俺も今やってるので一番好きだし。」
「ふ~ん…。」
寝ぼけているせいで、恵子の真意が読めない。
「あ、何、だめ? …寝たいっすか?」
「ん~…、いんや…、ちょっと観たいかな~って。面白いんでしょ?」
「まあ…、俺はね…。……じゃあ、ちょっとテーブルを片付けマスカ…。」
斑目は近くに転がっていたレジ袋にゴミを放り込む。
恵子も空き缶と空き瓶をそれぞれレジ袋にまとめている。
「うわっ!」
突然、恵子が大声を出して驚く。
「これ中身入ってんじゃんよー! うわ、全部こぼれちった…。」
「あー、かかっちゃった?」
「や、それはヘーキ。ちょっ、ティッシュ取って。」
箱ごと渡すと、バババッっとティッシュを抜き出してカーペットを拭く。
「色ない酒だったから、これでいいや。アニキんちだし。」
「うわ、テキトー。」


そーこーしてるうちにアニメのオープニングテーマが聞こえてきた。
「お~、始まった始まった。」
恵子は酒の染み込んだティッシュをぐるぐるに丸めてゴミ箱に投げた。
ティッシュはものの見事に外れた。
しかし恵子は気にしない。
斑目も画面前のベストポジションに移動した。
「あ、ちょっとそっち詰めて、詰めて…。」
恵子が手をヒラヒラさせて斑目を追い払う。
「こっち酒こぼしたせいで冷たいし、観にくい。」
「あいあい。」
画面を凝視したまま、横移動する斑目。
そのすぐ脇に恵子が座った。恵子の二の腕が斑目の腕に当たった。
(わ、何か柔らかい…。)
「あ、なんかこの歌、あんまアニメっぱくないね~。」
「ああ…、最近けっこうそういうの多いのよ…。」
「そうなんだ~。」
(うー、なんか照れるな…。そっちは気にしてないみたいだけど…。)
斑目は壁に寄りかかって、恵子の二の腕が当たらないように体をズラした。
背中を丸めて、恵子は画面を見つめている。
その後ろから、斑目は恵子の姿を眺めていた。
髪はボサボサで表情もまだ眠たそうだったが、時折ぐっと目を見開いて真剣にテレビ画面を見てる恵子。
その一瞬のいつもと違う恵子の横顔に、斑目は何故か目を離せないでいた。
「これってさ~…。」
不意に恵子が画面を指差しながらこっちを向いた。
斑目は瞬時に視線を画面に向ける。


「なんで空でサーフィンしてんの?」
「あ、あ~、ま、そういう設定…。説明すると長くなる…。」
「ふ~ん…。」
ふぅ~。斑目は恵子に気づかれないように息を吐いた。
(なんだろ、オカシイナ…。酔ってるか…? 眠いし…。調子狂う…。
 というか、一晩一緒にいて何もなかったのに、今更何が起こるんだって話で…、
 ってそういうことじゃないでしょ!)
集中、集中!と念じる斑目。
気を取り直して画面に目をやる斑目。アニメの内容に意識を向ける。
しかしそれが良くなかった。
集中しようとすればするほど、今度は瞼が重くなるのである。
日も差してきて暖かくなってきたのに加え、少ない睡眠時間、体に残るアルコール、
一週間の仕事と徹夜の疲労が猛烈な眠気となって襲い掛かってきた。
もう壁に寄りかかった体を起こすのも億劫である。
(あー、寝みー………、でも見なきゃ…。うう~……………。)
一方恵子も、最初こそ興味を持ってアニメを見ていたが、まったく分からない設定と登場人物のせいで即効で眠気がぶり返してきた。
斑目に話を振って目を覚まそうとするが、なんだが返答が素っ気無い…。
(つまんない…。斑目もかまってくんないし…。眠い…。眠ちゃいたい…。てか……寝る………………。)



ガチャリとアパートのドアが開いた。


鍵をポケットに仕舞いながら、この部屋の主である笹原と彼女の荻上が部屋に入る。
時刻は10時を回ったあたりだ。
「ただいまー。上がって、荻上さん。」
「……失礼します…。」
付き合って半月ほど経つのだが、荻上は未だに慣れないようでやや緊張の面持ちである。
「おーい、恵子~。来てんのか~?」
部屋からテレビの音がしている。それに部屋が何だか酒臭い…。
靴もあるし。あれ、俺の革靴ってこんなだっけ?
「お~い。……おかしいな?」
「寝てるんじゃないですか?」
スニーカーを脱いで、二人は部屋に上がった。
玄関からはテーブルとテレビ画面は見えるが、恵子の姿はない。
テーブルの上には酒のボトルが乗っていた。
「あ~、そうみたいだね。酒の呑んで寝てるみたい…。」
荻上は玄関で脱いだ靴を揃えてる。
笹原はちょっと不機嫌そうにドタドタと歩いていった。
「おいっ。泊まってもいいけど散らかすなってメールしといただろうよ。」
兄の威厳の見せるべく強気に出ていた笹原だが、室内の光景に一瞬で凍りついた。

「ん、ん…ん。」
(あ、また寝ちまったか…。あー、もうアニメ終わってる…。)
眼鏡の隙間から目をこする。と、視界の端に気配を感じてふと顔を向けた。
「あ、ども、お邪魔してマス。」
笹原は無言だ。
(あれ? なんだろノーリアクション? 勝手に来たから怒ってんのかな?)
「いやあ、あのさ、昨日仕事終わりでスーパーよってたらさ。お前の妹…。」
「斑目さん…。」
笹原はスッと斑目の太腿の辺りを指差した。


「なにしてんですか?」
「え?」
指先をなぞって視線を落とす斑目。
そこには自分の太腿に突っ伏して眠っている恵子がいた。
(あー、なるほどねー。そーいや、なんか重いなーって気がしてたんだよねー…………。
 って、やべええええええええええーーーーー!!!!!!!!!!!)
一気に目が覚めた。
「いやっ、これっ、ちがうってっ、マジで!!!。」
斑目は慌てて立ち上がった。
「いや、ちょっと眠っちゃっただけっ! それだけですからっ! ほんとですっ!」
何故か敬語になっていた。
「斑目さん…。」
「はい?」
斑目ははじめて、笹原の視線が怖いと感じた。
「何を着ているんですか?」
斑目は『3-1 笹原完士』ジャージを着用していた。
「いいあーこれはだねー、まー、ノリといいますか、勢いといいますかー…。あ、勢いってのはそういう意味ではないからねっ!!!」
(不思議だ…。自分の言葉が…すごく遠くに感じる。)
イヤな汗が止まらねぇ…。
ふと笹原が視線を逸らした。
その隙に斑目は笹原に歩み寄った。
「ちょっと、そんな、なんもないデスカラ! なあ、ササハラ! 俺がそういうことするわけが…。」
笹原の視線の先にあるものを知って、斑目は震撼した。


ゴミ箱の横に落ちている、丸まったティッシュのボール…。
(うわっ、何か…、すげーそれっぽい…。)
「いやっ、ちがうよそれササハラ君っ! それはただのゴミ以外の何物でもないよっ!」
(言ってるそばから震えが止まらねええええぇーーーーーー!)
笹原は怒りとも悲しみともつかない表情で、丸まったティッシュのボールを見ている。
斑目は滝のような汗を流しながら笹原にすがり付いてる。
恵子は寝ている。
そして荻上さんは…。

斑「笹原、ちっ、ちがうんだこれは!」
笹「ふふふ、いいんですよ、言い訳しなくても。むしろ僕は嬉しいんですから。僕の計画通りに事が運んでくれて…。」
斑「なっ、それはどういう…? お前…、まさか実の妹をつかって?!」
笹「ふふふ、言ったじゃないですか、斑目さん。『僕から逃げられると思っているんですか?』って…。これで貴方は僕の家族だ…。ふふふ。」
斑「そ、そんな…!!。」
笹「もう貴方は、一生僕といるしかないんですよ。まあ、実の妹とはいえ、他の誰かがこの体に触れるのは耐え難いですが、
  でもそれも二人の為ですからね…。あとでたっぷりと僕の感触を思い出させてあげますから…。」
斑「な、なんてことを…、お前は…。妹を利用してまで…。彼女の気持ちを考えたことが…。」
笹「貴方はどうなんです? 正直に言ってくださいよ。恵子を抱きながら、心の中では僕のことを考えていたんじゃないですか?
  ほら…、この僕にそっくりな顔を見ながらね…。」
斑「くっ、そんなことは…。」
笹「嘘をついても無駄ですよ。ほら、体は正直に反応している…。」
斑「や、やめ、やめてくれ…。笹原…。彼女が、彼女が起きてしま…。あぁっ! ふぁああっ!!!」

その夜、荻上さんは徹夜で原稿に向かったのでした。

おしまい