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夜明けの一秒前 【投稿日 2006/02/18】

カテゴリー-荻ちゅ関連


とある東北の女子高では、今日が卒業式のようだ。
和装や礼服の父兄、父母の姿も見えるが、やはり主役は卒業生。
別れを惜しみ涙をハンカチで押さえる女子高生たち。
あるいは最後の楽しみとばかりに談笑しながら
連れ立って打ち上げに向かう集団。
皆、高校生活を謳歌し、新生活に向けて晴れやかな顔をしている。
その中でも浪人した者や受験が終わっていない者はスッキリしていない。
その構内に、誰とも連れ添わず挨拶もせずに一人で歩く、背の低い
厚い眼鏡の卒業生が居る。荻上千佳その人だ。
この子も卒業式だというのにその顔は暗く疲れが浮かんでいる。
談笑している友人達の方に目をやると、一瞬寂しそうな色が浮かんだ
かに見えたが、黒目がちな鋭い目のまなじりは吊り上がり、
怒っているような様子になった。
彼女もまた浪人決定なのだろうか。
歩いていく前方に卒業生を送る担任教師の姿を見つけると
別れの寂しさでも感謝の笑顔でもなく、無表情になった。
「あ、先生、とりあえず3年間担任ありがとうございまシタ」
「そうね、卒業おめでとう。東京での学生生活頑張ってね。大学合格もおめでとう」
祝福の台詞とはうらはらに、その表情は卒業生を送り出す
達成感は無く、いかにもぎこちない。
そして別れた後に、肩の荷が下りたといった仕草をして、溜息をついた。
ベテランの女教師らしからぬことだ。
同じ時、荻上の方も、(ああ、清々した……)といった
様子だったのでお互い様だが…。

部活の先輩を見送る後輩たちと別れを惜しむ一群の横を
無表情に通り抜ける荻上。
3年間を過ごした高校だというのに、別れを惜しむ人、
祝福を述べられる人など、只の一人も居ないのだろうか?
その背の低い眼鏡の少女は、一人で校門から出て行きかけると
目つきが険しくなった。
背中ごしにヒソヒソと、いや、聞こえるように会話しているのが聞こえてくる。
卒業生のグループのようだ。
「……見てよ…れ……」
「……ホモ上じゃ……」
「なんか椎応…行く………」
「東京……良いな……」
「やっぱり………だから………」
「……友達居ない…」
「無理無理……」
「………秋葉原………オタク……」
アハハハハと、そのグループから笑い声が上がる。
荻上の背中に受ける、とぎれとぎれの言葉。
一人で歩く小さな体から怒の熱が滲み出て、怒気が目からほとばしる。
「馬鹿はほっとけ……!!どうせ二度と会わね」
自分に言い聞かせるように呟くと、荻上は高校を振り返りもせず
躊躇うことなく門を出た。
その足どりは早くなり、さっきまでの疲れたような陰と重さを
校門の内側に置き去って、少し身軽になったように見えた。

一月余り経って、ここは東京、椎応大学の入学式終了後。
初日の履修手続き説明会などが終わると、新入生たちはさっそく
同じ学科の者、気の合いそうな者と新しい友達を手探りで作り
数人で連れ立っては歩いている。
高校時代一人で居たあの少女、荻上千佳はその輪に入っているのだろうか。
いや、地味な眼鏡と髪型はイメチェンしているものの、
今日、自分から人に話しかけた様子も無い。
「授業、何を取るの?これから学食行って俺らと相談しない?」
などと誘ってくる同級生の男子グループも無視してしまった。
「ねえ、一緒にシーズンスポーツ同好会見に行かない?」
などと誘ってくる女子学生も居たが、曖昧な返事で断ってしまっている。
新入生らしき女子大生が一人で歩いていると、軽いノリで上級生が
サークルに誘って来たりもしているが、馬鹿にしたような視線を送り
「興味有りません!」
と、きっぱり断っている。
しつこい勧誘には
「ちゃらちゃら遊んでる、あなたみたいな軽い人たちは嫌いなんです」
と、厳しい言葉を投げつけている。大丈夫だろうか……。
結局、大学に来てもまた一人になっている。
その状況に自嘲的な笑みを浮かべながら歩く荻上。

やがて、ひとつのテーブルの前で足を停めた。
ノートに1枚物のイラストを描いて、台詞を入れて遊んでいる眼鏡の男。
ここは漫画研究会のブースだ。
「ん?漫画に興味有るの?読むだけでも良いんだけど」
「いえ、一応描けます」
「それはすごい、有望な新人だねぇ。じゃココに名前書いてね」
そう言ってさっきまでイラストを描いていたノートを差し出す。
どうやら新入会員募集用のノートだったようだ。
絵の隅に書いてあるサインは「ヤナ」とある。
「サークル室の場所と活動時間はこのチラシを見てね」
と、コピー用紙を1枚渡された。それに目を落とす荻上。
「あ、僕は会長の高柳って言うんだ。よろしく」
「……なんかこの絵、オタくさいだけじゃなくてホモくさいんですけど」
「え?いやウチの女子会員さんたちの合作でね、女性向けというか」
見ると、新勧用のチラシは男女用2種類作られている。
「ホモ好きに見えましたか?オタクっぽかったですか!?」
言葉こそ初対面で丁寧だが、急に不愉快そうになった荻上に
高柳は少し焦る。
が、有る意味で女性慣れしているのですぐにフォローする。
「いやそんな、全然そんな風に見えないよ?
  この絵もそういう意味じゃないから…ね?
  うちでは普通の範囲内だし……」
「……そーですか」
「ま、まあ漫研でも、いかにもオタクっぽい奴も、一般人っぽいのも居るし
  ともかく、また是非サークル棟に来てみてよ」
会釈をしてその場を去る荻上を見送った高柳は、冷や汗をぬぐう仕草をした。


「荻上千佳と言います。漫研は初めてですが、絵を描くのは好きでした」
新会員が数名揃ったところで、部室での自己紹介となった。
今日のところは、男子3名に女子2名といったところだ。
さっそく先輩会員たちの雑談に加わるほかの新入会員たち。
「最近読んでる雑誌ってなんなの?」
「いや、こないだまで受験であんまり読めなかったんで」
「ジャプンとマガヅンどっち派?」
「私はジャプンよ、愚問ね」
「拙者はチャンピョンが今一番アツイと思うんだが」
「なんか絵が重いのよね」
「しかもREDが最高!!」
「すんません読んでません」
「むしろビームズとかガソガソじゃないのか」
荻上は、その様子を眺めている。
『げっ…オタくさい会話……でも漫研だし漫画の話で当然だし』
隣の高柳は少し心配そうにチラッと見たが、緊張こそしているものの
今日は少し楽しそうで安心した。
『でも、大勢で……なんかこの感じ、良いナァ…』
中学の文芸部時代を思い出すのだろうか。
しかし荻上の思考はそこまで具体的には思い出さない。
いや、思い出せないとも言える。
しかし楽しい雰囲気に加わる感覚は懐かしいものだった。
机の上の共用ラクガキ帳に手を伸ばすとパラパラと見てみる。
『上手い人も何人か居るみたい…流石……しっかし、オリジナルなんだか、
  元ネタ知らないだけか分からないのも多いなぁ』

「…あ、机の上の鉛筆立て使って良いよ」
高柳に促されて鉛筆を1本抜き取る。
「…ん、んん」
軽く咳払いをして、適当にオリジナルで女の子の胸像画を描いてみる。
「ん?描くの早いね」
「へーーー上手わね」
「どれどれ……へーーー」
「即戦力!即戦力!」
ノートに人が集まってくる。
荻上は照れくさくも嬉しいようで、笑顔の上に無表情を重ねている。
『絵を描いて、やっていける場所なんだな………嬉しい』
高柳も荻上に話しかけてくる。
「えーと、はぎ…いや、荻上…さん。夏コミの原稿もたぶん有るから宜しくね」
「がんばります」
『よし、実家じゃおおっぴらに買えなかったけど、画材や道具を揃えよう!』
「あの、画材ってどこで買ってるんですか?」
「あー、それはね―――」
これからの学生生活に、東京生活に。いや、荻上自身の日常に光が差した。

かに見えたが………。



翌日、部室に行って見るとまだそんなに人は来ていなかった。
高柳と、先輩の女子会員が3人。
「ども………」
「ちわ~~~」
「いらっしゃい」
高柳は一人で今日発売のウェンズデーを読んでいる。
女子会員はどうやらジャプンで連載だった「ヒカリの棋」について論争中だ。
幽霊の指導の下、ヒカリ少年がライバル達と競いながら将棋に励み成長していく。
「ヒカリってザイに対しては強気で受ける感じに――」
「それよりも攻めが少ないわね、あの漫画―――」
『うっわー堂々とヤオイ話……恥ずかしくないべっか』
話には加わらずに、何の気なしにヒカリの棋のイラストを描き始める。
ヒカリが駒を盤面に置くカットだ。
「ねえ、荻上さんはヒカリの棋ではどのカップリング?」
「………いえ、そういう話は、あんまり」
「ふ―――ん」
高柳がウェンズデーを読み終わったので、女性陣に手渡す。
そして荻上の描いたイラストを見て話しかけてくる。
「ふーん、線の感じが女の子っぽいけど、けっこう少年誌読んでる?」
「ええ、まぁ弟も居ますし」
「ちょっと俺も描いてみるかな」
荻上の描いた横に、高柳も描き始める。
線の太い絵柄で、昔から描いてたらしくちょっと古い感じもする。
「炎燃って知ってる?」
「ええ、燃えペンは面白いですね」
同じ構図だが、指にパースがかかっているし背中に炎を背負っている。
その差した駒が焦げて煙が上がっている。
高柳の絵を見てクスリと笑う荻上。


その頃、女子会員達はウェンズデー連載の「いせじゅう」について会話している。
柔道部を基本設定としたギャグ漫画なのだが。。。
「亀次郎って毎回さー、菊千世にヤられちゃって記憶飛ぶの笑えるよね」
「堂々とホモネタ描いちゃっても良いのかな、少年誌で」
「むしろウェルカムじゃん、あたしら」
「会長もそうでしょー。どう?」
「ん、まあね…認知されてる……のかな(汗)?」
『あっけらかんとホモ話なんかしやがって、許せないわ』
内心ご立腹の荻上だが、容赦なく話かけられる。
「荻上さんもこっちに来て話しようよ」
「どーしてそんなにホモが好きなんですか!?」
「え……?何言ってるの?自分も読むんでしょ」
「まーまー、荻上さん抑えて抑えて、ね?」
高柳の額から嫌な汗が吹き出る。
「私は読んでません!オタク扱いしないで下さい!」
中3から高校3年間にかけての条件反射か、反発してしまう荻上。
『なんでそんなに堂々として居られるのよ!しかも人に押し付けて!』
まだ押し付けるという程では無かったのだが……。
荻上の脳裏に中学時代の記憶が具体的に戻りはしなかったが
不快感が胸の奥に込み上げる。
『……苦しい……苦しい……憎い…………何が?自分が?ホモ趣味が?』
胃が痛い気がするし、呼吸が苦しくなってきた。
見た目、青ざめて具合が悪そうな顔色になってきた。
「は?漫研に入っておきながらオタクじゃない?」
「漫画は読むし描きますけど、ホモは嫌いです!」


「えー、怪しいなぁ………」
「そうね、怪しいわね」
そのうちの一人がロッカーからヤオイ同人誌を取り出した。
「ほらほら、それなら試しに1冊読んでごらん、楽しいよ」
「けっこうです!恥ずかしくないんですか!?そんなの鞄から取り出して」
「何言ってるの、漫研女子としては必須科目よ(笑)」
「だからっ、だからオタクは嫌いなんですよ!迷惑なんですよ!」
女子会員達も笑っては居られなくなってきた。
「ちょっとー、さっきから自分の事を棚に上げすぎなんじゃないの」
「まっまあそれは、〈心に棚を作れッ〉っていう名言が有ってね――」
「会長は黙ってて下さい!!」
「読みなさいよ!早くそれを」
テーブルに置いたヤオイ同人誌、ヒカリの棋アンソロものを指差す先輩女子会員。
かなりの厚みのあるものだ。
「読みませんったら!」
ガシャーーーーーン
テーブルごと付き返す荻上。椅子がなぎ倒され、ロッカーなどにも色々と当たる。
その表情は具合の悪そうな様子を覆い潰して、手負いの獣といった雰囲気だ。
「何するのよ!」
がしゃーーー
押されたテーブルは押し返される。
「ホモ趣味なんて、オタクなんて、女オタクなんて―――死ねば良いんですよ!!」
荻上の小さな体の、どこからこんな大きな声が出るのだろう。
そしてその台詞が責めているのは、相手なのか自分自身なのか。
「あなたが死ねば良いのよ!カッコつけちゃって、自分がそうなんでしょ!?」
すると荻上は冷淡な笑みを浮かべて、左手の窓辺に手を掛けた。


簡単に死ねばって言っちゃって…確かにこんな高さじゃ全然死なないですけどね」
「何言ってるの?馬鹿じゃないのアンタ!」
窓枠に後ろ向きに上る荻上。
「こういう事を言ってるんですよ!あと馬鹿はそっちでしょ!」
言うなり、そのまま落ちていく荻上。
高柳は部室内をテーブルで遮られ、近寄るのが一歩遅れた。
窓から下を見て落ちた荻上を見る女子会員達。
「な、何なの、あの子って一体―――」
高柳は部室を飛び出すと急いで荻上の所へと下りていった。


『2階なんて低いもんだな……足とか大丈夫っぽいけど、左手が駄目かも』
飛び降りてそのまま、荻上は痛いとも言わずに黙って座り込んでいた。
『せっかく、楽しく絵を描いていける居場所が見つかったはずだったのに―――
  何やってるんだろ、あたし。何がしたいんだ………自分でもわかんね』
周りでは少し遠巻きに人が集まり始めている。
そこへ高柳が駆けつける。
『ああ、会長、すみません、私もう―――』
「大丈夫?荻上さん?」
急いでやってきた自治会への説明をしたりしてから、荻上を
すぐ近くの総合病院の救急窓口まで付き添ってくれた。


「こんな時間まで、長い時間お待たせしましてすみません」
「や~、頭打ってないと思っても、一応CTとか脳血管撮っといた方が良いからね」
病院のロビーから見える外の景色はもう暗くなっている。
付き添いは高柳一人だけだ。
「でもまさか、飛び降りちゃうとはねぇ」
「ご迷惑、お掛けしました」
「入院はしなくても良いの?ご両親に連絡は?」
「あ、いえ入院もしませんし、家にも連絡しません」
「まあ足より手で助かったのかな。左手だし」
苦笑しながら高柳は荻上のギプスに目をやる。
「そうですね、大丈夫です」
荻上は申し訳なくて、高柳の方を見ることが出来ない。
「誰か道連れにして落ちてたら〈暗黒流れ星〉だったんだけどね~」
「?? 何ですかソレ」
「あ、いや冗談。古い漫画の話でね………」
「そーですか」
そして、しばらくの、沈黙。
高柳から話を切り出す。
「待ってる間に他の会員とも話したんだけど………」
「―――はい」
「やっぱりね、3年生や4年生も、お互い気まずいというか」
「ええ、もう辞めます………」
「………すまないねぇ」
「いえ、こちらこそスミマセンでした」
そうは言ったものの、明らかにさっきより落ち込んでいる荻上。
重い空気が辺りにのしかかる。


「他にも、この手のサークル有るけど、紹介しようか?」
「え?」
「いくつか懇意にしてるサークルがあってね。どう?」
「でも、私……」
「あんなに絵を描くのが好きそうだったじゃないの」
「…………はい」
「じゃ、さっそく明日行ってみようか」
「お願いしマス」


そうして翌日、現視研のドアの外に立つ荻上の姿があった。
『なんか漠然とし過ぎてない?このサークル』
高柳は今、部室に入って説明というか交渉をしている。
『でも、もう同じ失敗はしない。最初から言ってやるんだ、オタクが嫌いって!』
このドアが開く時、荻上の本当の学生生活が始まる。