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荻上さん、入院する 【投稿日 2005/10/14】

カテゴリー-笹荻


笹原「ちわーす。あれ、誰もいないの?不用心だなー」
部室の中は、一見誰もいないように見えた。
だが次の瞬間、彼は小さな呻き声に気付いた。
声のする方を見ると、床に倒れている人影。
しかもその頭には見慣れた筆毛が・・・
慌てて駆け寄る笹原。
笹原「荻上さん?どうしたの?」
荻上さんは返事することすら出来ず、脂汗を流しつつ腹を押さえて苦悶していた。
笹原「大変だ、救急車呼ばなきゃ!」

荻上「ここ、どこ?わたす、何してるの?」
荻上さんは目覚めると、ベッドの中に居た。
その枕元には、笹原が座ってた。
荻上「笹原先輩?」
笹原「気が付いたようだね。安心して、ここ病院だから」
荻上「病院?」
笹原「荻上さん、部室で倒れてたんだよ。それでこの病院に運んだら盲腸だって言うんで手術してもらって・・・」
荻上「盲腸・・・そっか、あれ盲腸だったんだ」
笹原「あれ?」
荻上「何か数日前からお腹痛かったんです。生理のせいかと思って鎮痛剤飲んでたんですけど・・・」
何気にとんでもないことを口走り、赤面する荻上さん。笹原も赤面してる。
荻上「そっ、そうだ。私部室で倒れてたんですよね。笹原先輩が救急車呼んでくれたんですか?」
何故か少しうろたえる笹原。
笹原「呼んだって言うか・・・」
笹原は荻上さんに、入院までの顛末を語り始めた。
時は救急車を呼ぼうとしたところまで遡る。
携帯を取り出した笹原、しばし携帯を見つめて考える。
笹原「(確か大学から徒歩で5分も無いとこに病院があったな。もし救急車呼んだら、呼んで来るのを待ってるだけでかなりの時間がかかる。その上、そこより遠い病院に運ばれるかもしれない)」
次に荻上さんを見る。体を丸めて腹を押さえて苦悶している。
笹原「(これじゃおんぶは無理だな。この体勢のまま運ぶしかないな)」
意を決して、いわゆるお姫様抱っこの体勢で荻上さんを抱え上げる笹原。
笹原「荻上さん、すぐ病院に連れてくから、も少しだけ我慢してね」

荻上「さっ、笹原先輩が運んで下さったんですか?」
笹原「まっ、まあね」
しばし沈黙する2人。         
笹原「(そう言えば運ぶ時は夢中だったけど、俺荻上さんの背中とお尻触ってたんだよな)」
荻上「(笹原先輩にお姫様抱っこで抱かれてたの、わたす?)」
再び赤面する2人。
荻上「あっ、ありがとうございました笹原先輩。私、重かったでしょう?」
笹原「ううん、全然大丈夫」
そう言いながらも、腕を組みつつ腕の筋肉をもむ笹原だった。

そこへ医師が入ってくる。
医師「やあ気が付いたようだね。よかったよかった」
笹原「(立ち上がり)あっ先生。今日はほんとにありがとうございました」
頭を下げる笹原。
笹原「荻上さん、こちらが執刀医の先生」
荻上「あっ、ありがとうございました」
寝たままちょこんと会釈する荻上さん。
医師「いや荻上さん、君ホントついてるよ。虫垂炎になりかけてたからね、あともう少し遅かったらホントヤバかったよ」
荻上「そうなんですか?」
医師「君、盲腸を舐めちゃいかんよ。大分長いこと放って置いたでしょ?もし笹原君が発見しなかっら、えらいことになってたよ」
その後医師は、笹原が先程話したことと重複する内容に加えて、患者に聞かせていいのかなと思えるヤバいネタを交えて喋り続けた。
(笹原があと数分遅れて到着したら自分が帰っていて、当直の研修医では手術など出来ないことや、近頃の救急隊員は融通が利かないから、この病院を素通りして遠くの病院に運ばれた可能性が高かったことなど)
そのクッチーを連想させる口の軽さと空気の読めなさに、かすかに嫌な予感を覚えつつも命の恩人にすげなくすることも出来ず、適当に頷きつつ拝聴する2人。
医師「だけど1番のラッキーはあれだな。手術前の面倒なあれを省けたことだな」
笹荻「あれ?」
医師「うちの看護婦不器用なのばっかりだからな。時間かかるのよ、剃毛。その点荻上さんはツルツルだったから・・・」
医師の言葉はまだ続いていたが、通常の3倍の赤さで赤面してる2人の耳にはもはや届いていなかった。
その代わりに2人は、荻上さんの頭の中で何かがマグマのようにグラグラと煮立っている音を聞いた気がした。
そして煮立っていたそれは膨張し、ついに爆発した。

ベッドから起きて窓際に向かう荻上さん。
その体にしがみ付いて必死に止める笹原。
医師「ダメだよ荻上さん、まだ動いちゃ。傷開いちゃうよ」
笹原「んなこと言ってる場合ですか!いいから彼女止めて下さい!荻上さん!落ち着いて!ここ7階だから!」

入院生活は、荻上さんにとって思いのほか快適なものであった。
同室の患者たちはおばちゃんやお婆ちゃんばかりで、常連の見舞い客たちも年配の者が多かった。
(以下便宜上、彼女たちを「おばちゃんたち」と呼称する)
おばちゃんたちは荻上さんを本当の孫のように可愛がった。
子供の時はお婆ちゃん子だった荻上さんも、その雰囲気を懐かしく思った。
執刀した医師も、口が軽くて空気が読めないのが難点だが、仕事そのものは真面目で腕は確かなようだった。
(以下、単に医師と称してる場合はこの人のこと)
他の医師や看護婦も親切だった。
どうも荻上さんには、年上の者の庇護欲をかき立てる何かがあるようだ。

見舞い客も頻繁に訪れた。
手術の翌日には郷里の両親と弟が来た。
父と弟はその日の内に帰ったが、母は2日間こちらに滞在し、いろいろ入院の手続きや諸々の準備を整えてから帰郷した。
そして大学から徒歩5分という近さのせいもあって、げんしけんのみんなも毎日のようにやって来た。
と言うか、昼間の荻上さんの病室は殆ど第2の部室と化していた。
斑目などは、最近では昼食の頃になると、弁当を持って直でやって来るぐらいだ。
しばらくご無沙汰だった久我山までもが、この病院が彼の顧客の1つだったので、仕事で立ち寄った後に病室にも顔を出すようになった。
そして荻上さんにとって何よりも楽しみだったのは、何と言っても笹原の見舞いだった。
みんなと一緒に1回来るのとまた別に、時間をずらしてもう1回来る。
そしていろんなことを話して帰る。
それが2人の日課になっていた。
1度おばちゃんたちに「げんしけんって何の集まりなの?」と訊かれたことがあった。
答えに窮していると、クッチーが「漫画やアニメやゲームを研究するオタクのサークルですにょー」と答えてしまった。
一瞬焦ったが、おばちゃんたちの反応はと言えば・・・
「あー、電車男のことね」
「あーあれ、萌えーとかキターとか叫んでる人のことでしょ?」
「違うわよ。女の子の場合は不思議ちゃんって言うのよ」
・・・まあ多少誤解や曲解はあるようだが、オタクに対する印象は概ね悪くなかった。
どうもおばちゃんたちの年代の人々にとって、オタクとは単に子供っぽい若者っていう程度の認識らしい。

荻上さんは順調に回復していった。
だが退院の前に、避けて通れない大きな試練が彼女を待っていた。

今日も今日とて見舞いに来た笹原。
病室の入り口から中を見ると、荻上さんのベッドの周りを医師や看護婦が取り囲んでいる。
回診の時間らしい。
少し待とうかと考えたその時、病室の中から小さな放屁の音が聞こえた。
医師「やったー!荻上さんがおならをしたぞー!」
看護婦「おめでとう荻上さん」
周囲に居たおばちゃんたちが、どやどやと集まってきた。
「千佳ちゃん、おなら出たの?」
「よかったわね、おならが出て」
「おならが出たんなら、もうじき退院よね?おめでとう千佳ちゃん」
「よーしみんな、万歳三唱やるぞ!千佳ちゃんのおなら、ばんざーい!」
完全に祭状態の病室内。
人垣の隙間から荻上さんが見えた。
みんな善意と好意でやってることなので怒るわけにも行かず、例によって真っ赤っかで俯きつつ、か細い声で「あっ、ありがとうございます」と応えていた。
これは出直してきた方がいいなと、引き返そうとする笹原。
だが空気の読めない医師は、彼を見逃さなかった。
医師「おーい笹原くーん!いいとこに来た!今ね、荻上さんかおならをしたんだよ!」
笹原の方を見た荻上さんの赤面が、通常の3倍の赤さになった。
ヤバい!とっさに駆け寄って荻上さんを抱きしめる笹原。
笹原「(小声で)落ち着いて、荻上さん。ここ7階だから」
だが荻上さんは、まだ沸点には達していなかった。
その寸前に抱きしめられて我に返ったのだ。
顔の赤みも通常に戻っていた。
笹原の言葉で彼の意図に気付いた荻上さんは囁き返す。
荻上「あの、笹原先輩。私、大丈夫ですから」
笹原「ほんとに?」
荻上「大丈夫ですから、あの、その・・・」
再び赤面する荻上さん。
笹原も、自分が荻上さんをしっかり抱きしめた体勢であることを思い出し、赤面しつつさっと離れる。
笹原「ごっ、ごめん。つい夢中で・・・」
荻上「いっ、いえ。だっ、大丈夫ですから・・・」
その時2人は、ようやく自分たちに向けられた視線に気が付いた。
おばちゃんたちや看護婦たちが、満面の笑みを浮かべて2人を見ていたのだ。
(問題の医師だけは何故か真顔)
「もうこれだから若い子は・・・」
「笹やんって、意外に情熱的なのね」
「婿殿、朝から元気ねー」
完全に喜びの表現で抱きしめたと思われてしまった。
笹荻「あの、これは、違・・・」
何とか弁解しようとするが、まさか荻上さんがダイバー・シンドロームだと言うわけにも行かず、しどろもどろになる赤面笹荻。
もちろんおばちゃんたちは聞いちゃいない。
「さあみんな、野暮は無しよ」
「そうそう、あとは若い方同士で・・・」
見合いの席の仲人さんみたいなことを言って、おばちゃんたちは解散してそれぞれのベッドに戻って行った。
最後の1人は、ご丁寧に荻ベッドの周囲をカーテンで覆ってしまう。
看護婦たちもニヤニヤしながら「お大事に」と声をかけて立ち去る。
最後まで居残っていた問題の医師が真顔で言う。
医師「チューぐらいはいいけど、それより先は退院まで我慢してね。(カルテを見て)まあ体温で見る限りでは多分今日は安全日だから、ちともったいないけどね」
医師が立ち去り、あとには真っ赤っかな笹荻がカーテンの中に残された。

おしまい。