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いくらハンターⅡ 【投稿日 2006/02/07】

カテゴリー-笹荻


大学の帰り道、まだ明るい時間帯のこと。
荻上はコンビニに寄ると、またしても弁当コーナーに
「ミニいくら丼 395円」という新商品を発見した。
狼の目で手にとって真剣に眺める荻上だったが
『でも、まだ夕食時間じゃないし…ミニなら夜食かな?』
ちょっと名残惜しそうに棚に戻す。
なんだか前と同じ失敗をしそうな荻上だが…。

夜も更けて。今夜は、夏コミで本を買ってくれた人からの依頼で
くじあん女性向けアンソロ本に寄稿することになって、
2ページ分の原稿に向かっていた。
冬コミではなく他のイベントでだが、マイナーな
盛り上がりに参加できるのは嬉しくも有った。しかし…。
「降りてこないナァ」
1枚物のイラストなのでアイデア勝負なのだが、今日に限って
なかなかコレ!という萌えシチュエーションが降りてこなかった。
右側に描くものが決まらないので、左に描くピーな物の
シチュエーションも決められない。

その時、携帯の着信メロディーが穏やかに鳴る。
BUMP OF KITCHEN(通称バンキチ)の「超新星」。
しみじみと良い曲で笹原への感謝を忘れないように
という自戒の意味もある。
すぐにぱかっと携帯を開いて笹原のフォルダを開く。
「なんか原稿やるって言ってたよね?差し入れしに寄るよ。
 あ、泊まらないから気を遣わないでね。邪魔しちゃ悪いし。
 今からコンビニだから何か欲しいものあったら言ってね。」
「ありがとうございます。締め切りは遠いので気を遣わないで下さいね。
 でも嬉しいです!それで…ミニいくら丼を買って来て貰えれば……。
 笹原さんの好きなチャイと角砂糖の準備をして待ってますね。
 寒いから気をつけてください。」
返信を送ると、気分転換になると思い、シナモンなど香辛料と茶葉を
ごそごそと取り出しにかかる荻上だった。

しかし、なかなか笹原は来なかった。
30分ぐらいなら気にならないが、40分、50分となると不安が募る。
「夜に来る時は自転車で来る事も多いけんども、今日は歩きなんべか?
 それとも交通事故とか…いやいや、心配性過ぎだナァ……」
などと考えていると呼び鈴の音。
荻上は返事もせず扉に走ると、覗き窓も見ないでそのまま扉を開ける。
「あ、ごめん。遅れちゃって……。
 あと、もひとつゴメン!いくら丼探したけど無かったんだ」
荻上の憮然とした表情に、笹原は焦って言い訳を続ける。

「今日は自転車だったから4軒巡ったけどどこにもなくって―――」
「いいですから!」
笹原の冷えた手を、荻上の小さく温かい掌が包む。
「イクラ丼より笹原さんが来てくれたのが嬉しいんですよ」
「えっ、でも………」
「心配だったんですから。もう……入ってください」

とりあえず買ってきたミートソーススパ1つを机に置き、
まずは二人で熱いチャイを飲む。
「笹原さん、チャイだけは砂糖山盛りなんですよね」
「ん、まあね」
「それ、食べる時はレンジで温めるから言ってね。
 原稿続けてよ。―――調子はどう?」
「やー…その……じょ、女性向け2Pなんですけど、どうも……」
「あ(汗)ひょっとして俺のせい? ほんとゴメン」
「いえ、その前からアイデア出てませんでしたから……」
しばし無言になる二人。
立ち上がると、スパゲティーをレンジに運ぼうとする笹原だったが
「あ―――、ちょっと」
「え?あぁ、ひょっとして…気分じゃない(苦笑)?」
「うぅ……ごめんなさい、せっかく買ってきてもらったのに」
ちょっとへこんで、へにゃっと潰れ気味になる荻上だった。
「いや、前にもいくらモードになると他の食べ物が入らなくなるって事が有ったし
 ひょっとしてって思って、これ1つだけ買ったんだ(苦笑)。俺が食べるよ」

「なにから何までスミマセン…ありがとうございます」
ちょっと涙が滲みそうな雰囲気だが、流石にこんなことで泣けないと
ぐっと表面張力で頑張る荻上だった。
『笹原さん、ありがとう……私って、けっこうワガママなんだな……』
笹原はそんな荻上の潤んだ瞳を見て一瞬顔を曇らせたが、次の瞬間
晴れやかな笑顔でこう告げた。
「じゃあさ、二人で探しに行こうか!」
「―――え?」
「だからさ、深夜のコンビニツアーに、探索の冒険に出立さ(笑)」
ちょっとおどけた笹原の口調。
『深夜…ツアー…探索…冒険』
そのキーワードと、笹原の楽しそうな様子につられて荻上にも笑顔が戻る。
「なんか、わくわくしてきました」
「夜明けを待たないで帆を張るんだよ」
「私達、愚かな夢見人ですね(笑)」
二人にしか通じない、歌詞の引用。バンキチの「船出の日」だ。
笹原はもう立ち上がるとコートを羽織り始めている。
荻上も、慌ててコートと手袋とマフラーを準備した。

外に出ると、真っ暗な闇夜に白く雪がきらめいている。
そして笹原が自転車に跨って振り返っている。
「さあ、乗ってよ」
「っはい!」
荻上の頬が少し赤いのは、寒さのせいではなく興奮しているせいだ。
後輪の軸のステップに足を掛けると、荻上はしっかりと笹原の胸に抱きつく。
前に二人乗りした時は、肩に手を付いて離れて不安定になったり、逆に
首を絞めてしまって大変な事になった経験が生かされている。
まあ、笹原もこれで心身ともに暖かくなるだろう。
二人乗りの自転車は重いダイナモの音を響かせながら
雪の夜道に旅立っていった。
「沿線の違うあっちの町に行ってみようか?」
「私、あっちの道は喫茶霊峰までしか行ったことありません」
二人で雪の深夜に出かける、そして探索の旅。そのことで高揚した二人は
きっとすぐに目的のいくら丼と、楽しい記憶の財宝を手に入れるだろう。

荻上が深夜の自転車二人乗りのシチュエーションで原稿を仕上げたのは
また後の話―――。