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その四 花言葉【投稿日 2006/01/30】

カテゴリー-4月号予想


1.《えにしだ》(金雀枝、金雀児、Broom) 虚、卑下、清楚、博愛

合宿が終わり、大学に近い最寄の駅で解散してから笹原は直接どこにも寄らずに、
自分のアパートに戻った。惠子も直接実家に帰った。部屋に入るや、荷物をどさ
っと降ろして、着替えも片付けもせずに、ごろりと寝っころがった。
(くたびれた・・・。たった三日なのに、なんか色んな事があった気がする)
笹原は携帯を取り出し、受信メールのメッセージをぼんやりと眺めた。
『明日私の部屋に来て下さいませんか?』
『例のものをお見せしようかと思うのですが。』
「明日か・・・」
笹原はつぶやいた。そして思った。
メールが来たときにはドギマギした。しかし今は少し不安と焦燥を感じる。荻上
さん、少し急いていないだろうか?
(俺にしてはよくやった方だよなあ・・・)

成り行きとはいえ、告白までもっていったのだ。自分の気持ちは伝えたし、そ
の答えも明日わかる。荻上さんの抱えている問題も彼女の口から聞いた。その
すべてを理解しているわけでは無いが、彼女の心に少しだけ近づけたとも思う。
なのに何故か胸につかえるものがある。進展の早さに戸惑っているのか?いや
むしろ遅かったくらいだ。彼女から見せてくれるというのだ。何の問題がある
のか。別に自分をネタにしたやおい本見せられても大丈夫だ。そう思う。しか
し・・・笹原は惠子の携帯に電話を入れた。

荻上もまた、笹原が自宅に着いたのとほぼ同時刻にアパートにたどり着いた。荷
物を降ろして、へたり込んで、ふーと一息つく。
(疲れた・・・。休みてえ・・・。ああ、でも部屋片付けなくてなんねなあ・・・)
よろよろと疲れた体を奮い立たせて、旅行の荷物を片付け、部屋の掃除を始めた。
本だらけにしているので、少し掃除をさぼると埃だらけになる。
「明日だもんなあ・・・」
掃除しながら荻上はつぶやいた。そして思った。
急ぎすぎただろうか?そんな事は無い。意を決してメールを送った時、これ以
上先延ばしする事は自分の為にも笹原さんの為にもならないと覚悟を決めたで
はないか。その決意に変わりは無い。でも・・・。

(どうなるんだろう・・・)
不安がよぎる。怖い。笹原さんがどんな反応をするか・・・。でも彼の気持ちに
応えて勇気を奮わなければならないと荻上は思った。そして携帯を開いて、返信
メールのメッセージを見つめた。
『明日ですね。わかりました。大丈夫です。』
『みんなには言わない方がいいですね?』
『時間は後でメールください』
荻上は明日午後一時にしたいと返信を送った。すべては明日・・・。

2.《わすれなぐさ》(勿忘草、忘れな草、Forget-Me-Not) 実の愛、記憶、私を
忘れないで

笹原は電車を乗り継ぎ、荻上のアパートに向かっていた。駅に降り立ち、以前訪
問した荻上のアパートまで歩いていった。歩きながら、昨日惠子との携帯での会
話を思い出していた。
恵『そうだよ・・・大体それが飲み会で聞いた話の大筋!兄貴、難しいよ、あの
女!あたしにゃ関係無いけど・・・』
笹『うるさいな!余計なお世話だ!』
と言って携帯を切った。
もちろん今日の事は惠子にも言っていない。ずるいとは思ったが、心の準備とい
うか、不安を打ち消す為に惠子に詳細を聞かずにはいられなかったのだ。
(聞いて正解だったのか・・・聞かない方が良かったのか・・・)

だが自分の胸中にわだかまっていた不安と焦燥の正体が分かりかけてはいた。
こんな事に意味があるんだろうか・・・。自分から言い出した事とはいえ、こ
の不可思議な、そして異様な事態に戸惑いを感じていた。彼女の事は好きだっ
たはずである。でも結局分かったのは自分が何も彼女の事を理解していなかっ
たという事だった。
自分の心と言葉がうそ臭く感じられてきた。就職活動に行き詰まってた時に感
じた気持ちに似ていた。俺、何で彼女の事が好きだったんだっけ?コスプレの
衣装見て、可愛いって意識したから?愛してると言うにはあまりにも成り行き
に流されて現実感が乏しかった。
そうこう考えているうちに、とうとう荻上のアパートの前に来た。笹原は心臓
の鼓動が高ぶるのを感じながら、チャイムを押した。

荻上はもうすぐ約束の時間が迫ってくるのにそわそわし始めた。まわりを見渡
し、散らかっているように見えないか気になった。衣装も気になる。おかしく
ないか。以前と違って今日は大野先輩はいない。笹原と二人きり・・・。特別
派手で露出の多い服はさけた。でもパーカーとかの普段着では・・・。結局、
藍系のブラウスにいつも通りのジーンズを選んだ。
他人を拒絶し、女性らしさを否定していながら、こんな時に服装を気にする女
心を隠せない自分が嫌だった。でありながら煽情的な服装を避ける自意識過剰
ぶりもたまらなく嫌だった。鑑を見ながら、心がはずむ気持ちを認めるのが嫌
だった。
(これでいいのかな・・・本当に・・・・)

あの時・・・笹原さんの事をずるいと言った。でも本当にずるいのは自分では無
いのか・・・。彼は自分の事を好きだと率直に言ってくれた。それなのにわたし
は笹原さんが「それ」を見たら・・・と・・・試すようなまねを・・・。そして
わたしは一言も・・・この期に及んで自分の気持ちを口にしていない!なんてい
やらしい人間だろう。わたしはわたしの心が分からなくなった・・・。わたしは
本当に笹原さんの事が好きなんだろうか?夏コミでわたしに見せてくれたわたし
を見守るあの笑顔が素敵だったから?
チャイムが鳴る。
(とうとう来た・・・)
はっとして荻上は玄関に向かった。


3. 《くちなし》(山梔子、梔子、Cape Jasmine) 洗練、清潔、沈黙、とてもうれ
しい

笹「やっやあ・・・」
荻「どっどうぞ・・・」
笹「うっうん・・・お邪魔します・・・」

部屋に通された笹原は緊張した面持ちでそわそわとテーブルに座った。

笹「いつ来ても片付いてるよね・・・俺の部屋とは大違い!」
静寂の間を持たせようと、笹原はうわずった声でしゃべった。
荻「いえ・・・来客があるときだけですよ・・・普段は散らかしてて・・・」
笹「そっそう?」
荻「あっあの・・・今日はわざわざすみません・・・どうぞ、ジュースでいいで
すか?何も無くてすみません・・・」
笹「いや!お構いなく!」
二人だけの気まずさをお互い意識しながら、沈黙の途切れが来るのを恐れて二人
は何げ無い会話を続けた。

荻「あっあの・・・それで・・・例の・・・」
荻上は顔を赤らめ、うつむきながら、スケッチブックを差し出した。
笹「あっ、それが例の・・・じゃあ・・・でもちょっと緊張するなー、はは」

笹原は荻上から『例の』スケッチを受け取り、めくり始めた。
しばらく二人に沈黙が続いた。
荻上はテーブルの隣で正座して、うつむきながら、ちらちらと笹原の表情を見て
いる。
笹原は荻上のそうした視線を傍から感じながらも、表情を変えないでスケッチを
見ていた。ただ時々感嘆の声をあげた。
笹「へえー、俺の特徴とらえてるね。あっ斑目さんそっくり!」
笹「ほほー、なるほどねー」
気まずい間を紛らわすために、独り言のように言葉を発しながら、笹原はスケッ
チを眺め続けた。
そして描写が過激な部分に差し掛かると、荻上は耐え切れず目をつぶってうつむ
き、震えていた。
笹原はその震える表情を見て思った。
(本当に恥ずかしくてつらいんだろうな。自分の裸をさらけ出しているようなも
んだもんな・・・)
笹「うん、見終わったよ」
と言い、笹原はスケッチブックを荻上に返した。
心の準備はしていたので、思ったほどショックや動揺は無かった。しかし緊張か
らか、ひたいに汗がにじんでいた。
(気付かれたか?)


4. 《とけいそう》(時計草、Passion Flower) 聖なる愛、キリストの受難

荻「どうでしたか?無理しないでいいです。ウソは嫌です」
笹「・・・まあ・・・予想していた通りの感想かな・・・」
荻「というと・・・」
笹「まあ・・・似てるけど漫画にディフォルメされてるし・・・気持悪いという
ほどでは無いね。俺ってこんなに凛々しく見えるんだ!はは!まあ、過激な描写
は巷に溢れているし、抵抗力や免疫もあるしね。ただ・・・面白いとか、興奮す
るとかはしないし、よく分からないというのが正直な感想。でも事情を知らない
人が見れば確かに嫌かもね。」

荻「・・・でしょうね・・・。正直な感想、ありがとうございました。」
笹「・・・ねえ、こういう反応は分かりきってる事じゃないの?」
荻「え?」
笹「ずっとわだかまっていた事なんだけど・・・、あの・・・こういう知識の無
い中学の友達に見せた時の状況が、予備知識のある俺に見せて同じ反応になるな
んて・・・ありえないよね。もちろん、中学以来、そういうのを俺以外に人に見
せた事無いと思うし・・・」
荻「そんな事はありません!もちろんアレ以来男の人はおろか、大学に入るまで
他人に見せた事はありませんよ!でも現に笹原さんだって、不快に感じたはずで
す!表情見れば分かります!男の人には無理なんです!ましてや本人が描かれて
いるなんて・・・。だから・・・彼は・・・」

荻上の表情が苦悩にゆがみ、自嘲する表情を見せた。
その表情に笹原は少しひるんだ。だがここで逃げてはいけない。そんな気がした。

笹「その過去はもう変えようが無いじゃない!そうやって過去を気にして生き続
けてもしょうがないよ!そんなに昔した事が悔やまれるんだったら、俺が一緒に
当事者に謝りに行ってもいいよ!荻上さんがそれで気がすむなら・・・。」
荻「・・・会ってくれるわけありませんし、会わせる顔もありません・・・いま
だに懲りずに続けてるんですよ・・・やめられないんですよ・・・」
笹「だったらなおさら今が大事じゅない!俺は別に見ても平気だし・・・。そり
ゃあ理解はできないけど・・・それを言ったら俺ら男の二次元萌えだって興味無
い人には理解できないものだと思うし・・・だから・・・」
荻上は泣いてかぶりを振って答えた。
荻「ちがうんです!そんなことじゃないんです!」
笹「違うって・・・?」
荻「わたしが本当に恐れているのは・・・わたしの妄想が・・・わたしの醜い妄
想を見て・・・わたしの心をおぞましいと思われる事が怖いんです!」
笹「そんな事・・・思ってなんか・・・」
荻「・・・そして・・・そして・・・何よりも!自分が悪いのに!本当は巻田君
を憎んでました!わたしを許さず消えた彼を!そしてわたしを裏切った友人も!
そしてそれを許せない浅ましい身勝手な自分を誰よりも蔑み、憎んでました!わ
たしはこういう人間なんです!」


5.《のいばら》(野茨 Rosa multiflora ) 花- 素朴なかわいらしさ 実-
無意識の美

荻上は顔を手で覆って、泣き崩れた。とてもでは無いが、笹原の顔を見ることはできなかった。
そして思った。自分自身認めようとしなかった心の真実に自分はたどり着いた。
こんな自分に愛される資格があるだろうか・・・。
荻「・・・だからこんな自分を消してしまおうと・・・飛び降りて・・・」
(言った・・・。もうだめだ。自分でまた台無しにした・・・。終わらせてしまった・・・。)

そう思ったから、荻上は笹原の次の行動にとても驚いた。笹原は黙って荻上に静
かに寄り添い、荻上をそっと優しく抱しめ、離さなかった。
荻「えっ!?」
笹「もういいよ・・・何も言わなくていいから・・・一人でそんなに苦しまなく
ていいから・・・だから・・・しばらくこうしていたい・・・」

荻上は笹原の腕のすきまから、笹原の顔を覗きこむと、泣いているのに気付いて、
驚いた。そしてうつむき、静かにそのままでいた・・・。
時間の感覚は無かった。まるでこの部屋の空間だけ別世界のような感覚だ。
静かな静寂が二人を包む。

(本当に小さいんだな・・・)
笹原は荻上を抱きすくめ、そのぬくもりを感じながら、そう思った。結局のところ、笹原自身にとって荻上がどんな存在であるか、笹原は理解した。
触れれば刺々(とげとげ)しく、こっちが傷つきかねない。でもその茨の奥に咲く花と実に大分以前から気付いていたのだ。今それを知った。
その花と実こそ自分がずっと求めていたものだった。自分も柔和な笑顔と愛想
の表情の奥に、心の澱(おり)をずっと溜めていた。時として自分を偽る事へ
の後ろめたさ。この真っ直ぐで素朴な心情がどれほど自分の心を動かすか・・・。
ずっと前から気付いていたのだ・・・。
(彼女は俺の表であり裏だ。そして俺も彼女の裏であり表なんだ・・・)

(大きくて、温かい・・・)
落ち着きを取り戻し、安堵の表情で静かに笹原にもたれかかりながら、荻上は
思った。後悔、怒り、憎しみ、恐怖、これらから解放されたわけではない。自
分の醜い心の面と向き合う事はこれからもあるだろう。
でもそれは誰でもあることで、少なくとも自分は一人でそれに向き合う事は無
い事を知った。そして笹原が自分にとってどういう存在であるかが重要であっ
て、自分の妄想が笹原にとってどのようなものであるかが、重要な事ではない
事を知った。


6.《れんげそう》(蓮華草、Astragalu) あなたは幸福です、私の幸福、緩和す
る、あなたが来てくださると私の苦しみがやわらぐ、感化

時は動き出した。
二人は急に「その」状況に気付いた。

笹「ごっごめん!なっなんか妄想はとめられないみたいで・・・」
荻「あっいえ・・・こちらこそ・・・何言ってんだろ・・・」
荻上は真っ赤になってあたふたと笹原から離れた。

笹「あっそうだ!お腹すいたね!外で散歩がてらに何か食べに行こうか!」
荻「そっそうですね!」

二人は外出した。そしてゆっくりと並んで歩いた・・・・。
荻「笹原さん・・・」
笹「ん?」
荻「故郷に蓮華草がきれいな草原があるんです。花盛りにいくとまるで薄青い雲
の上を歩くみたいなんです。いつか・・・一緒に見に行きませんか?」
笹「そうだね・・・。見てみたいね」

9月中旬の気候はまるで小春日和を思わせるような暖かさで、清々しい晴天はその
蒼さを深めていた。二人は穏やかな表情をしながら、黙って歩きつづけた。