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その三 扉【投稿日 2006/01/29】

カテゴリー-4月号予想


まだ夜明けといった早朝、外ではスズメだろうか、鳥の声が聞こえる。
笹原は目を覚まして起き上がっていたが、泣いていた。
笹原『……もう駄目だ、もう――――………あれ??』
涙を拭うと、大きく一つ息を吐いた。
笹原「はぁ~~~、夢、か………よかった~~~」
笹原はさっきまで見ていた夢を思い出していた。
荻上が現視研から去った砂を噛むような日々、そして――――
病院の霊安室で触った、冷たい荻上の遺体。
その冷たくなった荻上に触れた指に残るひやりとした感触。
自分を囲む世界が全て歪んで、肌の内と外が入れ替わるような感触。
それがいまだに笹原の感触としてリアルに残っている。
笹原『よりによって今日、なんでこんな夢をみちゃったんだ………』
    『昨夜は予習の為に女性向け同人サイト巡りをしたのに、どうせ見るなら男同士の絡みじゃないの?』
一昨日の夕方、橋のところで荻上から「現視研やめます」と言われた時に感じた喪失感の強さか
荻上が内心思っていた死ぬこと、それが伝わったのだろうか。
笹原「荻上さんが居なくなるのが、ほんとに怖いんだな。俺……」
喪失への不安感に焦りを感じる笹原だった。
荻上にメールを送りたいが、早朝過ぎたので9時まで待つのが長く感じすぎて胃が痛くなった。
「おはよう。今日はお昼過ぎ、13時ごろには行くつもりです。よろしく」
そんなメールを送ると、笹原はさっきの夢のこともあり、荻上から返信が来るのか心配になってしまう。
しかし1分ぐらいでメールが返ってきた。
「おはようございます。わかりました、お待ちしております」
と、返ってきた。荻上はもう起きているようで、笹原は安堵の溜息を小さく漏らした。
笹原『でもほんと、今日は何が有っても……どんな絵でも、俺がいいリアクション出来なくても(汗)』
    『荻上さんを受け入れてあげたいんだ。……うん、今日からじゃなくて、これからずっと』

トーストを食べていた荻上は、笹原からのメールを返信して朝食も終えると、
とりあえず部屋を片付け始めた。
といっても、夏コミ前に大野と笹原が来たときにざっと片してあったので、
それ以降そんなに散らかっていない。
荻上は机に座ると、その横には今日渡して見せる予定のイラストが積んである。
「荻上さんとつき合いたければ そうゆうのも全部―――」
一昨日の笹原の一言が頭の中で繰り返される。
荻上『笹原さんと、つきあうかも…今日、夕方からか、明日からか………』
荻上の頭の中には、頼り甲斐のある格好良い笹原の姿が思い浮かぶ。
そして、告白の台詞も、俯いていて姿は見ていないが耳に張り付いている。
「好きっ……だから…… ここに居るし 守りたいと 思うし……」

夕日の差し込む放課後の教室に、人影がふたつ。
学生服を着た笹原が汗をかきながら必死に告げている。
笹原「好きっ……だから…… ここに居るし 守りたいと 思うし……」
セーラー服姿で二つ結びに眼鏡、中学生の荻上が顔を真っ赤にして告白し返している。
荻上「私も、笹原さんの事が大好きで、大好きで―――ー」
台詞を遮って、笹原の抱擁。夕日に映るシルエット。
そしてキス―――。
荻上『はっ!こんな時間に!?』
いつの間にか、らくがき帳に漫画を描いてしまっていた荻上は、振り返って時計を見ると
もうお昼前になっている事に気づいた。
鉛筆を置いて台所に向かい、急いでご飯を軽く掻き込むと、着替え始めるのだった。

着替えて鏡台に向かうと、軽く化粧水を付け、薄い口紅だけを載せ始める。
鏡に映る自分を見ながら、笑顔や真面目な顔を作ってみる。
荻上『表情を出すのって、苦手なんだなぁ』


荻上『でも、これから見せるんだ……アレを』
洗面台から部屋に戻って床に座ると、これから起こることに考えを巡らせ始めた。

「うわーーすごい、俺×斑って萌えるね!最高だよ荻上さん!」すごい嬉しそうな笹原。
荻上『なにこの展開!?有り得ないにもほどがある(汗)』

「はは…うーーん、まぁ、こういうのもいいんじゃない(苦笑)」困ったような笑顔の笹原。
荻上『これが妥当な感じかな…でも、これってホントは嫌なのに、無理してるよね、笹原さん……優しいから』
    『また今度は、笹原さんを傷つけながら、つきあっていける……??』

「うっ………これ………は………」青ざめて冷や汗をかき、無言になってしまう笹原。
荻上『やっぱり、アレを見たらいくらなんでも、これかな……』
さっきまでは期待感にそわそわしていた荻上だが、背を丸め、うつむき始める。
荻上『……笹原さんが見て、大丈夫じゃなかったらもう現視研やめるんだった。辞めないと――』
    『もう笹原さんに自分の趣味を隠すことから逃げない、昔の傷つけたことから逃げないって思っても』
    『それで結局、笹原さんに無理をさせるような事は駄目だ。笹原さん、無理しそうだし』
脳裏に浮かぶ笹原の笑顔。そして暗くなり遠ざかる――――。
荻上『嫌!笹原さんともう会えないなんて……でも……そうなったらもう、ここに居場所なんて』
    『実家に帰ってヒキコモルか………』
笹原から、現視研から離れ、部屋に閉じこもる日々を想像する。
荻上『胸が……痛い……。生きてても、仕方ないのかな』


時計を見ると、もうすぐ笹原が来る時間になっている。
荻上『今から見せないといけないなんて……絶対、駄目』
顔色が悪く、青ざめてきた荻上は、その細い肩も少し震えてきている。
荻上『恐い…………』
    「………っ!!」
そしてはっと気付くと、さっきまで描いていた告白シーンの漫画をラクガキ帳から破ると、
ぎゅっとひねってゴミ箱へ押し込んだ。


キンコーーーン。呼び鈴が鳴る。
玄関に向かわないといけないが、荻上は足がすくみ、ちょっと時間が掛かってしまう。
覗き窓から見ると、笹原が扉の向こうに立っている。
荻上「お待たせしました」
笹原「やあ」
荻上の顔色は非常に悪い。そして、扉を開けたまま、立ち尽くしてしまっている。
部屋に笹原を招き入れるでもなく、数秒の沈黙。
笹原「………!? 荻上さん、大丈夫??」
荻上「―――はい」
目を伏せながらそう答えると、全然大丈夫そうじゃないが、笹原が入れるように部屋に入ってく荻上だった。
それについていく笹原。後ろ手に鍵を閉めると、靴を脱いで奥の部屋へ向かいかけるが、少し足を止める。
笹原『全然大丈夫じゃないじゃん、荻上さん。やっぱり見せるのって恐いんだよね』
    『男の子の友達を一人転校に追い込んだってのが、やっぱりあるんだな………男の子の、友達、ね………』
    『俺って、荻上さんに好きになって貰えるんだろうかな……昔の思い出より、大きく』


ここに来て、妙な考えが頭を巡る。しかし荻上を待たせるわけにもいかない。
笹原『自分の心配してる場合じゃないな、今は。そうだ、荻上さんが居なくなったら―――』
夢で感じた喪失感を思い出すと、背中がゾクリとする。
目の光に陰りが差した笹原だが、ふたたび決意を固めると荻上の待つ奥の部屋に入った。


そこには、紙の束を両手に持って部屋の真ん中に佇む荻上の姿があった。
荻上「その………これが………………」
荻上の声が震えている。うつむいて居るので表情は見えない。
今日は髪を下ろしているので、前髪も邪魔になっている。
笹原のほうにイラストの束を差し出してくるが、その手もよく見ると震えているのがわかる。
いや、その白い肩も、震えている。クーラーが効いているといってもまだ暑い9月のこと。
尋常な様子ではない。
しかし、今日はこれを見るために笹原は来ているし、荻上も招いている。
笹原『荻上さん……!! ソレを読んで大丈夫だと安心させてあげないと……』
イラストの束に手を掛けて受け取ろうとする笹原。
笹原「荻上さん、見るね? 俺なら大丈夫だから……心配しないで」
しかし荻上の手は固く束を掴んだまま離れようとしない。
荻上「や、やっぱり……やっぱり無理です―――」
顔を伏せた荻上の前髪の下から、床にぽたぽたと雫が落ち始める。
笹原「大丈夫、大丈夫だから―――」
イラストの束ではなく、固く握られている荻上の手の上に掌を添える笹原だったが、その冷たさにはっとする。
脳裏には、夢で見た荻上の遺体の冷たさ、その触れた時の冷たさが掌に蘇る。
笹原『荻上さんが、消えてしまいそうだ………!』
思わず、荻上の肩を抱く笹原だったが、荻上の小ささ、脆さ、そして冷たさが、腕に、胸に伝わってくる。


その腕の中でイラストの束を抱え、荻上は無言で泣きながら震えている。
笹原「俺は今日、荻上さんの全部を受け入れるために来てるんだよ」
荻上「見せちゃったら、今日でお別れです……私……わたし………」
笹原「今日駄目でも、明日大丈夫かも知れないじゃない?人は変わるものだよ」
荻上「ごめんなさい、ごめんなさい………私は、ヤオイ辞められなくて、変われなくて」
笹原「………! 違うって!」
荻上「笹原さん、絶対に無理しそうですよ……私なんかの為に」
笹原「いや無理って……、趣味は広がりこそすれ、狭くなる方にはあんま変わらないでしょ?」
荻上「趣味が広がるって、笹原さんが腐男子になるってことですか?」
笹原「そこまで言っていいのかな…でも、昨夜サイト巡りしてみたんだけど」
    「荻上さんが絶対ヤバイとか言うから、過激なの探したけど、なかなか見つからないんだよね(苦笑)」
会話をするうちに、冷たかった荻上の体に温かさが戻ってきたのが笹原の腕に伝わる。
笹原「しかもだんだん、絵が上手くて、過激だったり萌えるシチュエーションに凝ってるのじゃないと納得しなくなるし」
荻上「な、何を言ってるんですか??」
笹原の胸に伝わってきていた荻上の震えも止まっている。
笹原「恐がらないで、荻上さん。俺も恐いんだ」
荻上「……私の絵を見るのが、ですか」
笹原「今朝、荻上さんが居なくなって、死んじゃう夢を見たんだ」
荻上「………!?」
笹原「夢でもあんなに辛いなんて………お願いだよ、荻上さん。居なくならないで………」
笹原『荻上さんは、ここに居るんだ。ここに、腕の中に………』
5分ぐらいだろうか、ひょっとしたら30秒ぐらいかも知れない。
部屋の中には二人の吐息と、外から聞こえるアブラゼミのジワジワジワ……という声だけが響いている。


笹原の腕の中に包まれた中で、今までにない初めての感覚に包まれている荻上。
荻上『これは、安心感?…頼っていいの?笹原さんに……頼るのはいいんだか?これって一体………』
しかし、自分ひとりでは落ち込みの悪循環だった荻上にも上昇する力が生まれてきたのも事実だ。
荻上『笹原さんも、私のアレから逃げないで居てくれる……私も逃げない……!!』
    『アレからも、笹原さんからも、私の笹原さんへの気持ちからも、逃げないんだ!』
決意を固めると、荻上はようやく口を開いた。
荻上「笹原さん、ありがとうございます。もう大丈夫ですから」
笹原「え?そう?………あっ!ごめん」
慌てて腕を解いて荻上から離れる笹原だった。
赤くなっている笹原を見て、荻上は逆に落ち着いてきた。
荻上「改めまして、どうぞ見て下さい」
笹原「うん、じゃあ……」
テーブル横のクッションに座ると笹斑のイラストを見始める笹原。
荻上『うわ……見てる、見てる(汗)!』
机の椅子に座って、笹原を斜め後ろから見る格好の荻上。
同じテーブルに座るのは真正面過ぎて無理なようだ。
いくら覚悟を決めたところで、自分の妄想そのもの、荻上の一部といっても良いものを見られるのだ。
しかも描かれているのは当の本人。
笹原「うわ、俺、カッコイイな(笑)」
荻上「………(汗)」
笹原「うん…… うん……… なるほど」
荻上『な、何がなるほどなんデスカ?(大汗)』
数十枚に及ぶイラストをパラパラと飛ばすことなく、じっくりと見ていく笹原。
荻上『きっ、緊張する……ああっ!その絵は納得してないし!………それは、不自然に暴走しちゃって!(汗)』
笹原「うん、今まで見た女性向けの中で、一番良いよ」

荻上『評価キターーーー!(汗)』
荻上「え、いや、そんな」
笹原「出来たら、漫画も見せてもらえるかな?荻上さんの事、もっと知りたいし、漫画そのものにも興味有るし」
荻上「漫画って言われても―――」
笹原「夏コミ前に来たときに、オリジナルの見せて貰い損なったしね」
荻上「あ―――」

笹原はさっきまでの恋愛的な荻上を愛しむ表情から、やや仕事的な熱心さの表情が出始めている。
その雰囲気に流されて漫画の原稿を探し始めた荻上だったが、
荻上『ん―――? 見せるのはいいんだけんども、なんか私の想いはどうしたもんだか』
振り返ると、けっこう集中して荻上のイラストを見ている笹原の姿がある。
部室で一人、熱心に漫画を読んでいる時の笹原の表情だ。少し目が細く伏せられている。
荻上『あんなに無抵抗に熱心に見られるとはナァ……それはそれで嬉しいけど、今日は違うんじゃ?』

ふっと思いつくとゴミ箱から捻ってある紙を1本取り出した。
そう、午前中に描いていた「笹荻告白編」だ。
その紙をガサガサと机の上で出来るだけ平に伸ばすと、荻上はテーブルの笹原の横に座った。
荻上「どうぞ、これ読んでください」
笹原「え?1枚?なんかシワが………」
言いながらそのラフ画の漫画に目を通すと、笹原の顔に赤みが差し、ゴクリと生唾を飲み込むのがわかる。
その様子を微笑みながら見ている荻上は、本当に嬉しそうだった。
笹原「あ、あの―――」
何か喋ろうとするが、軽くパニックになっているのか台詞がまとまらない。


しかし、再び荻上から渡された漫画に目を落とすと、言うべき台詞が分かった。
笹原「好きだから、ここに居るし、守りたいと思うし」
横に座る荻上に真っ直ぐな眼差しを向けながら、一昨日の台詞を繰り返す。
荻上「私も、笹原さんのことが大好きで―――」
そこまで言ったところで笹原がガバッと荻上を抱き締めた。
荻上『ちょ、私の漫画より早いって――(苦笑)』
笹原「ずっとずっと、居なくならないで欲しい。一生―――」
荻上『まるで結婚のプロポーズみたい………』
そんな感想を抱きながら、同時に荻上の口からは返事の言葉が出ていた。
荻上「ありがとうございます………ずっと居ます。居させて下さい」
そして近づいてくる笹原の顔。緊張で真剣すぎて、ちょっと恐い。
荻上『えーーっと、目、目を閉じないと……?』
重なる二人の陰。
部屋の中は夕日には包まれていないが日は傾き、いつの間にか
ヒグラシのシシシシシ……というか細い声が遠く響いていた。