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家出少女・荻上 【投稿日 2005/10/14】

カテゴリー-笹荻


舞台は05年夏コミ三日目の前夜、新宿ってことで。


「キミキミィ、中学生でしょ?家出だね?」
<補導員>の腕章を巻いた初老の男が、いきなり荻上千佳の細い腕をつかんだ。
「は?!えええ!!ち、ちが……」
深夜1時の新宿駅東口。コミフェス最終日の待ち合わせ場所の漫画喫茶に向かう途中だった。
もう二〇歳近い女子大生なのに中学生に間違えられた屈辱感と、いきなり子供のように腕をつかまれたショックでまともな口が利けない荻上に、説教するかのように補導員が畳みかける。
「いくら夏休みだからって子供がこんな時間に盛り場をうろついちゃいけないよ。あのね、東京はとてもこわいところなんだよ。
薬とか売春とか、取り返しのつかないことになる子がたくさんいるんだ。キミくらいの歳の女の子を欲望の餌食にするようなクズ男がいっぱいいるところなんだ」
「わ、わたす、こう見えても大学二年です!椎応大学さ行ってます!(やば!訛りさ出ちまった)」
妙に慌てて、東北弁丸出しで主張する荻上を補導員は露骨な疑いの目で見た。
「大人をバカにしちゃいけないよ。東京にはそんなお国訛りの喋り方や垢抜けない服装の女子大生はいない。キミ、国は東北だろ?この季節の新宿や池袋や上野は、地方から家出してきた子がほんとうに多いんだ。
悪いことは言わない。今朝の始発でお父さんお母さんのところに帰りなさい。東京都には青少年健全育成条例というものがあってだね……」
「いい加減にして下さい!わたしは本当に椎応大の学生なんですっ!」
「じゃあ学生証は?連絡先は?」
「い、今は持ってねっす」
学生証は部屋に置いた通学鞄の中だ。普段持ち歩いている携帯も中学時代の同級生から連絡が入ることが怖くて、電源を切って部屋に置いてきていた。笹原たちにも連絡できない状態だった。
「だいたいこんな時間にどこに行こうっての?」
「……サークル活動の一環として……出かけるところがあって……」
「嘘言っちゃいけないよ。こんな時間にサークル活動って、いったいどんなクラブなんだね?」
(コミフェス三日目に早朝から行列するだなんて、絶対言えないべさ……)
赤面して黙り込んだ荻上を見下ろした補導員は、勝ち誇ったように笑みを浮かべた。
(そんなに子供っぽく見えるんだべか。どうしよう。全然信じてくれないし。携帯置いてきたから笹原さんにも連絡できねえし)
「じゃあ行こうか。警察署の方でゆっくり考えて、お父さんお母さんに電話しよう。そうしたら今朝の始発で国に帰るんだよ」
補導員は荻上の腕をつかんで、力づくで連行しようとした。
慌てた荻上はアスファルトに両足を突っ張って、渾身の力で踏みとどまろうとした。しかし成人男子の腕力に較べて、彼女はあまりにも非力だった。体重も軽かった。
荻上は補導員にあっけなく引っ張られて、警察署に向かって歩き始めた。
引きずられながら、荻上は視線を落として呟いた。
「……帰りたくねっす……」
「え?なんだね?」
「……帰りたくねっす!東京から、現視研から離れたくねっす!国には帰りたくねっす!」
荻上は半ばパニックに陥っていた。前日会った中学時代の同級生にからんだ忘れたい記憶や、つらい思い出ばかりの故郷の風景が脳内でフラッシュバックしていた。
咲や大野や笹原のいる暖かく優しい空間から無理矢理引き離されて、あの暗く冷たい過去に引き戻されると思うと、荻上は自分でも驚くほどうろたえた。子供のようにポロポロ涙が出て、鼻まで詰まった。
外見からして幼い自分。無力な自分。いい歳してまともに身元の説明もできない自分。外側も中身も未熟な自分。そんな自分が情けなくて、さらに涙が出た。このままあの暗く冷たい中学時代に連れ戻されるのだと思った。
「荻上さん……どうしたの?」
涙でにじんだ視界の向こうに、心配げな笹原が見えた。走ってきたらしく息をあらげていた。
「笹原さあん……」
泣き顔を見られるのが恥ずかしくて、顔をそむけた。
「補導!?ええ!?荻上さんが???ええとすいません。この子はうちの後輩なんですが……」
「後輩?この子中学生でしょ?キミは大学生?まさか出会い系とかじゃ無いだろうね?ロリコンは犯罪だよ」
初老の補導員と笹原の間で全然噛みあわない会話がはじまった。
そしてヘラヘラ笑いながらペコペコ頭を下げ、学生証を見せて一生懸命荻上の身元を保証する笹原の説明に納得したのか、補導員は笑顔で荻上に謝罪した。
「まさかほんとうに大学二年だとは思わなかったよ。失礼したね。でも堅気の女の子がこんな時間に出歩くなんて、どっちにしても感心しないことだな」
自分の失敗を棚に上げて偉そうに説教する初老の補導員。荻上は不機嫌な一礼だけでこたえた。
「あ、迎えに来てくれたみたいですね。じゃあ、この後輩の荻上はうちのサークルの方で責任をもって預かりますんで」
笹原は相変わらずヘラヘラペコペコと補導員に頭を下げた。
「ああ、あれがキミの言ってた大学サークルの……現代視聴覚文化研究会……?」
繁華街の向こうからやってくる白人女性が二人。黒髪ロングの女性が一人。どこか挙動不審な長身の男が二人。謎の大荷物を持ち、髪を束ねた男が一人。
深夜に集団徘徊しているそんな異常に怪しい集団に絶句し、白人女性の片割れの年齢にも疑問を感じながら、笹原の説明自体にはおかしなところはひとつもないため補導員は引くことにした。
「じゃあその子は責任をもってキミが預かるんだね」
「はい。責任をもって預かります」
夜の街に消える補導員。自分が涙を拭いている間にあっけなくトラブルを解決してしまった笹原。そんな笹原に完全におんぶに抱っこ状態で、子供のように扱われている自分が恥ずかしくて、荻上は怒ったように言った。
「あの……中学生と間違えられて補導されかけたことは大野先輩に……」
「あ、それは言ってないよ。安心して荻上さん」
「はい……また大野先輩や咲さんや恵子さんにしつこくからかわれるのはいやですから……」
自嘲のように笑う荻上に、笹原は優しい微笑みを返した。荻上はなぜかドキリとした。
「おーい。笹原ぁ、何だよ急に呼び出して?始発まで漫喫で時間潰す予定じゃ無かったの?」
「すいません斑目さん」
補導員から荻上を取り戻すため、漫画喫茶にいた現視研メンバーを携帯で呼び出したのだ。
みんなに迷惑をかけてしまったことで小さくなる荻上だが、大野のセクハラ発言が元のペースに戻した。
「あら?わたしはてっきり笹原さんと荻上さんは、このまま新宿でご・宿・泊!するものとばかり思ってましたけど?をほほほほ」
「やめてくださいよ大野先輩!」
「ポン(笹原の肩を叩く田中)」
「ええと、実は始発までカラオケ大会でもどうでしょ?ってことで、みなさんを呼び出したんですけど」
汗をかきかき、笹原は提案した。
「お、カラオケ、いいねー」
「小生は無駄なエネルギーは使いたくないのでアリマス!」
「悪くないと思うけど、女性陣のご意見はどう?曜湖さん?」
「わたしは賛成ですけど、アンジェラとスーにも聞いてみますね。Angela, Sue, Wanna try Karaoke 'till mornin? How about that?」
「Karaoke! Hell Yeah!」
「Great idea! Way to go!」
「二人とも大賛成だそうです」
「じゃあ行きましょうか」
「笹原なに歌うの?」
「えーと、何にしましょうね」
連れ立ってゾロゾロ歩く現視研一行。その一番後ろにくっつきながら、荻上の大きな瞳は笹原の後ろ姿を追いかけていた。
(この人はどうして、わたしが困っている時や苦しんでいる時に、いつも助けに来てくれるんだろう?)
コミフェス会場では中学時代のトラウマに苦しめられている自分を支え、言葉の通じないスージー相手にパニックになっていた自分に助け舟を出し、今もこうして助けに来てくれる笹原。
そんな笹原の笑顔を思い出すとキラキラ輝いて見えて(そ、そんなわけ無いべさ!)と荻上は真っ赤になった顔を振るのだった。
笹原が、大野が、現視研のみんながいる優しく暖かい空間。その中にいる自分を、荻上は感じた。
コミフェス最後の夜が更けていった。