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会いたくて 【投稿日 2006/01/20】

カテゴリー-現視研の日常


笹荻成立後の話。

「あれ? 笹原じゃん」
大学の敷地内、現視研へ向かう途中で春日部に声を掛けられた。
どうやら帰宅途中らしく、大学を出ようとしたところを笹原と出くわしたらしい。
「何? 今から部室?」
「うん。春日部さんは帰るとこ?」
「そ。忙しいし、コーサカいないなら、顔出す理由もないからね」
そう答える春日部の顔には、何となく翳りのようなものが窺えた。
以前ならば例え気になってもそのまま流して適当な挨拶をし、別れていたであろうが、
何故か笹原は胸に浮かんだ疑問をそのまま口にしていた。
「何か…、春日部さん疲れてる?」
「え? …あー、うーん。そりゃ、何だかんだと最近忙しいし疲れもたまるかな」
「ん、そっか」
改めて春日部を見る。自分の店を出したいという夢を叶えるために、あちこち駆けずり回っているのだろう。
確かに疲れている様子が感じ取れるが、原因はそれだけではなさそうだった。

「…高坂君もやっぱり忙しいのかな」
笹原の言葉に、思わず春日部の体が強張る。
しかし、春日部と高坂の関係を考えれば、春日部に高坂の様子を訊ねることは不自然なことではない。
春日部は何となく空を見上げながら自分に言い聞かせるようにして答えた。
「あー……、コーサカね。うん、かなり忙しいみたい。ほとんど会えないどころか、
 職場に泊まり込んでるみたいで家にはいないし、電話はくれるけどあまり長くは話せないみたいだし、
 メールの返事も遅れてだしね」
そしてふと覗かせる寂しげな表情。最近の春日部が無意識によく浮かべる表情だった。
「ゲーム業界って相当ハードらしいからなぁ。体とか壊してないといいけど」
気遣うように声を掛ける。そんな笹原の言葉に、苦笑しながら春日部は肩をすくめる。
「本当、顔でも見れば安心出来るんだけどねぇ」
「………………」
「…ん?」
不意に黙り込んだ笹原へ、訝しそうに春日部が顔を向ける。
笹原は困ったように笑うと、出来るだけさりげなく言った。
「会いたい、とかメールしてみたら?」
「はぁ?」
突然の笹原の言葉にぽかんと口を開いたかと思うと、やや眉間に皺をよせて、自嘲気味に笑いを浮かべる。

「そんなの何度も送ってるっつーの」
「次いつ会えるかなとか、休みはいつ取れそうとか、時間が取れた時でいいからとかじゃなくて?」
「それは…」
続けざまの笹原の質問に、春日部は思わず黙り込んだ。
よくよく思い返してみると、確かに笹原が言ったような内容のメールしか送っていないような気がする。

「送ってみたら?」
考え込む春日部に笹原は笑顔で促した。
「え?」
「メール。会いたいって」
「…………は?」
先程から次々と出てくる今までの笹原からは考えられない言葉の連続に、春日部はぽかんとしていた。
「いや、そんな意外なことを言ったつもりはないんだけど」
苦笑しながら頬をかく笹原。
「きっと高坂君も喜ぶと思うよ」
「えぇー?」
春日部は思い切り胡散臭そうな顔をして言い返した。
「こんな忙しい時にそんな我が儘言われても迷惑なだけでしょ」
「そうかなぁ」
笹原はついいつもの癖で腕組みをすると、軽く首を傾けた。

「忙しくてしばらく会ってないのは高坂君も同じな訳だから、
 春日部さんの様子を結構気にしてるんじゃないかな」
「んー…」
「仕事に追われて息抜きをするタイミングを見失ってたら、いいきっかけになると思うんだけど」
「息抜きねぇ…」

「ま、気が向いたらだけど、たまにはいいんじゃない?
 我が儘言って困らせてみるのも。ダメならダメって高坂君なら言うでしょ」
あまりしつこくならないよう、笹原は切り上げるように言った。
春日部はしかし、尚も考え込んだ様子でぽつりと呟いた。
「でも、もし大事な時期だったら、それで無理させても悪いし…。いや、来てくれたら嬉しいけど」
「無理してでも来たら、それはそれだけ高坂君も会いたかったってことじゃないかな。
 その時は、せめて栄養のあるものを食べさせてあげたりとか、ゆっくりもてなしてあげるといいと思う。
 職場に泊まり込んでたりしたらろくなもの食べてないだろうし、
 ゆっくり眠ったりもしてないだろうしね。あと、のんびりお風呂とか」
「うーん」
まだ考え込んでいる春日部に、笹原は困った顔をして「あ、やっぱり余計なお世話だったかな。ごめん」と謝った。

そんな笹原に、春日部は慌てて手を振って否定した。
「いやいや、そうじゃなくて」
「うん?」
「あー、いや。…まさか、あのササヤンに恋ばなでアドバイスを受ける日が来るとは、
 と私も驚くやら感慨深いやらでさぁ」
意地悪そうな笑顔を浮かべて腕組みをしつつ、実にわざとらしくしみじみとした様子で頭を振る春日部に、
笹原は思わず苦笑した。
「確かに。自分でもびっくりした」
思わず頭を掻く。本当に以前の自分からはまったく考えられないことだった。
ただ、高坂と会えなくて寂しそうな様子の春日部を見ていると、
これから自分が卒業して大学に一人残ることになる荻上のことが思い出されて、他人事とは思えなかったのだ。

「ま、それだけ変わったってことなんだろうけど。……誰かさんのおかげでね」
さらに笑みを深めながら春日部が言う。その通りであるだけに何も言えず、笹原は笑うしかなかった。
「で、ササヤンこそ、その誰かさんとはその後どうなのよ?」
「え? ああ、今日もこれから部室で待ち合わ…、あ!」
腕時計に目をやって思わず声を上げる。予定の時間からはすでに30分ほど過ぎてしまっていた。
「いけない、俺、もう行かなきゃ」
「あら。悪かったね、時間取らせて」
「いや、俺が勝手に余計なことを言っただけだし」
「おかげで少し気が楽になったよ、ありがと」
そう言うと、春日部は少し笑った。思わず口をぽかんと開ける笹原。
「…………何?」
「あ、いや…。そう言ってもらえると、俺も報われるって言うか」
まさか春日部が礼を言うのが意外だったなどと言えるはずもなく、しどろもどろに答える。
「まぁ、いいわ。それよりほら、早く行かないと。荻上のことだから、また一人で何か色々考えて不安になってるかもよ?」
「うわ、それありそうで怖いな。じゃ、俺は行くけど、春日部さんも頑張って!」
言い終わらないうちに走り出す。頑張ってという言葉に何となく苦笑しながら春日部は背中を向ける。
気が付けば、陽はだいぶん傾いていた。寒さの増すこの時期、日が暮れるのは随分と早くなった。夕焼けが綺麗だと翌日は晴れという、祖母の言葉を思い出す。

――送ってみたら?
――え?
――メール。会いたいって
夕日を見ながら歩いているうち、笹原との会話が頭をよぎった。
(…メール、か)
立ち止まってバッグから何とはなしに携帯を取り出すと、手の平の中で弄ぶ。
開いて見ると、メールが何件か届いていた。
チェックしてみるも、全て仕事の関係や友人からで高坂からのメールは一件もない。
(…やっぱり忙しいんだろうな)
最後に会ったのはいつだっけ、と記憶を呼び起こしてみる。
思い出の中の高坂はいつものように笑顔だけれど、随分と印象が薄れてしまっている気がした。
(会いたいなぁ…)

メールの送信画面を開くと、そのまま液晶のぼんやりと光る画面を見つめることしばし。
やがて意を決したのか何度かボタンを押そうとして、しかし硬直した挙げ句やめることを繰り返す。
(あー、もう! 何を悩んでるんだか!!)
今までのストレスもあってか、突然不機嫌になったかと思うと、春日部は大きく一つ溜め息をついて呟いた。
「……よし!!」
再び携帯の画面にに向き直ると、今度は躊躇うことなくボタンを押した。
最後に送信ボタンを押し、携帯を畳んで閉じると同時に大きく息を吐く。
顔を上げて見ると、太陽はさっきより随分と沈んでいた。足下に落ちた影が長く伸びている。

「さて、と」
気を取り直すように胸を張ると、携帯をバッグへ戻して春日部は再び歩き出した。
先程までとは打って変わった穏やかな表情。夕日に照らされたその横顔は、実に彼女らしい魅力に溢れていた。
(そうだ、コーサカが来た時のために夕食の材料を買って帰らなきゃ。何がいいかな。
 どうせなら豪勢にいきたいけど、疲れて胃腸が弱ってるかもしれないし、
 ササヤンも言ってたけど栄養のあるものの方がいいかな。消化に良くて栄養たっぷりで美味しいとなると、
 この時期やっぱり鍋か。何鍋にしよう…)
などということをぶつぶつと呟きながら、まだ来ると決まった訳でもない高坂の喜ぶ顔を思い描きつつ、
春日部は家路を辿るのだった。

同時刻、部室では予定の時間に遅れたことをひたすら詫びる笹原と、
「いいデス。別に怒ってませんから」とどう見ても不機嫌大爆発な荻上がいた。
ぺこぺこと頭を下げる笹原に対し、ぷいとそっぽを向く荻上。しかし、その空気は険悪なものではない。
これもまた、二人としての有意義な時間の過ごし方なのだろう。
夕日に赤く染め上げられた部室の中で、穏やかに二人の時間が過ぎて行く。
「……にょー」
――――訂正、朽木もいたらしい。