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パンを焼く 【投稿日 2006/01/18】

カテゴリー-笹荻


合宿も終わってしばらく―――。
夕暮れは早くなってきたが山の木々は蒼い、とある初秋のこと。
笹原のアパートの台所に立つ荻上の姿があった。
その背中ごしの動きはギクシャクしていて心なしか、緊張している………
どころではない。横顔は焦っていて、軽くパニック気味のようなのだ。
全ては笹原の「……手料理食べてみたいな」の一言から始まった。
彼はウッカリと本音をダイレクトに言ってしまうところが有る。
それがゆえに、荻上も「じゃあやってみマス」と二人でスーパーに行ったのだ。
二人でスーパーで買い物してる所までは熱々カップル気分でよかったのだが
荻上自身、節約のために自炊はしているものの
荻上『自分の創った料理って食べ終わる頃には飽きているんだけど……』
といった状況だった。つまりは消極的に不味いという事。
それでも惣菜は売っているし、材料を加熱してこの袋を混ぜるだけ、みたいな
ちょっと手を加えるだけで良い物も色々と売っている。
本格的な「一から作る料理」なんて必要性が無かったのだ。

話は戻って。
料理を作る荻上の背中を見ながら、テーブルに座ってデレデレと待つ笹原には
その焦りは幸いにも(?)伝わっていなかった。
荻上『ハンバーグってタマネギ以外に何か野菜入れるべか?』
    『混ぜるものってパン粉だったのか小麦粉だったのか……』
    『ああっ!表面は焦げが激しいのに、いつまで経っても中が生っぽい!』
この脳内の経路を辿ってみれば、どんな料理が出来たかわかるだろう。
やがて、
テーブルの上に並んだ黒い塊を挟んで沈黙する笹荻ふたり。
笹原『ある意味、これはドジッ子の料理失敗萌えというベタなシチュエーションで美味しい状況?』
笹原「……作ってくれてありがとう。じゃあ、いただきます」
もう笹原の方を見ちゃ居られない荻上。自分でもどう見ても失敗なのは分かりすぎている。
カリッ。ハンバーグらしからぬ音を立てて食べられている。
笹原『お約束どおり、中身は生なんだな……』ごくり
笹原「うん、これは…その………」
荻上「無理しなくていいです!もう食べなくて良いですから!」
笹原「いや、全部食べるよ!」
二人にとって最初の喧嘩がこれだった。

それからしばらく。秋雨がしとしと降る日曜日、荻上の部屋でくつろぐ笹原が言った。
笹原「そろそろ晩御飯だね。雨だけどどこか出ようか?」
荻上「いえ、今日は私が作ります」
笹原「え………」
その気配に少しムッとする荻上。
荻上「こんなこともあろうかと―――ネットでレシピをチェックしてますので!」
笹原「それは楽しみだなぁ」
自分を追い込んでしまう荻上。
荻上『よし、ジャガイモは美味しそうに茹であがったべ』
    『キュウリの厚さが色々だけど…不味くはならないはず?』
    『マヨネーズ使いすぎはよく無さそうだけど薄味だと不味くなりそう。塩を多めに入れて…』
    『ゆで卵を切ったりするのもなんだし、炒り卵でも…ああっフライパンにこびりつく!』
    『何か一工夫して…この搾った木綿豆腐を!ヘルシーに!』
そうこうして美味しそうなポテトサラダが、鍋一杯に出来上がった。
今回は成功っぽい。笑顔で丼に山盛りのサラダを受け取る笹原。
ぱくり×2。
笹原「うんおいしいよ」
荻上「ちょっと柔らかいですけどね…豆腐で」
しかし、食べ進むうちに無言になる二人。
笹原『うーん……だんだん食べるのが辛くなってきた(汗)』
荻上『ああ、やっぱり私の料理って食べてる最中に飽きるというか…不味いというか』
添えられたインスタントのコーンスープが救済措置となった。
しかし盛り下がって、その夜は別れた―――。



荻上は本来、長く描いている漫画でもテクニック本をよく読む方だ。
となると料理でも、レシピ本しか有るまい。
翌日のこと。
荻上『笹原さんが優しいといっても、このままじゃ自分に負けてるし』
    『だいたい自分で食べる分にも飽きるのって駄目だぁ』
自己弁護してみたりしつつ、簡単とか初心者とかいうキーワードを元に本屋で
1時間近く粘ってしまった荻上だった。


山の緑がところどころ黄色くなってきたのが見える。夕風が冷たい中秋の頃。
そんな夕方、荻上に呼ばれて部屋を訪ねた笹原は、部屋に入る前から美味しい匂いが
外に漂っているのに気付いた。
笹原『なんの料理の匂いだろう?和食じゃないけど』
夕暮れと対照的に輝かんばかりの笑顔で玄関の扉を開けた荻上は
後ろを歩いてついてくる笹原に知られずニヤリとした笑みに変わった。
荻上「ちょっと待ってくださいね、今仕上げますから」
フライパンからはニンニクの匂いが漂ってくるが、まだ空のようだ。
そこへガラッと固い音。次に何か激しくジューっという音が上がる。
しばらくして出てきたものは、何かの貝料理のようだが
荻上「アサリのワイン蒸しです。使った以外の白ワインも飲んでくださいね」
荻上の酌で、普通のグラスに注がれる白ワイン。
そして台所に行った荻上が炊飯器を開ける音。
荻上「秋ナスと鶏肉のトマトピラフです。炊飯器で作ってみました」
笹原「うわ―――。」

今までの失敗料理とうって変わっての本格料理に台詞が出てこない笹原。
笹原「お店で食べるような本格料理じゃない?ほんと凄いよ!」
荻上「まずは食べてください」
笹原「うんうん!ほんと美味しいよ!」
荻上「たくさんありますから、どんどん食べてくださいね」
その日は二人とも、食べ過ぎて苦しくなるまで食べても美味しかった。
荻上が使ったレシピの4人前の分量を守ったので、全ては食べ切れなかった。
荻上『レシピどおりに作っただけで吃驚するぐらい美味しいんだなァ』
イメージを再現する能力が優れているのと、舌が良いのかも知れない。

それからというもの、
荻上「実家から新米が送られてきましたので」
笹原「うわ。このお米、今まで食べたのとか良いお店のより絶対美味しいよ!」
荻上「今日は肉じゃがを作りました。定番ですので」
笹原「良いお嫁さんになれるよっていうのが定番の反応?でもほんと美味しいよ」
荻上「今日はパスタです。カルボナーラに挑戦してみました」
    「トンカツってなかなか難しいですね、衣が厚すぎてもいけませんし」
    「ゴーヤチャンプルーで沖縄気分ですよ」
    「餃子の皮を一緒に作りましょう。具は特製ですのでお楽しみに」
    「オーブンレンジ買いました。パンを焼いて見ましたので」
そんな感じで、笹原はいつのまにかほぼ毎日、荻上宅で満腹まで食べるようになっていた。
材料費はけっこう笹原持ちだが、お米は荻上持ちだし、ほくほくの日々だった。


そして数ヶ月。ゼミ発表のために久しぶりにスーツを着た笹原は
…いや、正確には「着ようとした」笹原は、愕然とした。
笹原『ズボンのフックが止まらねぇじゃん―――!』
それはベルトで乗り切ったが、穴は2つも大きくなっている。
上着もどうみてもパッツンパッツンだ。
大学の正門前で春日部さんに会った笹原は、いきなり爆笑された。
咲 「笹やん、ちょっと!!(爆笑)」
    「ぶっちゃけ忘年会の時に荻上共々丸くなったと思ったけどさ。久しぶりに見たら、何それ―――!」
笹原「ひでーな春日部さん……」
咲 「あんた、スーツ買いなおすかダイエットするかしなよ」
笹原「この時期に出費は痛いけど、まあねぇ」
咲 「どうしちゃったのさ?運動不足とか今更関係無いでしょ」
笹原「いや、たぶん……荻上さんの料理が美味しくって」
咲 「うわーーベタなノロケ!!」