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笹原兄妹 【投稿日 2005/10/13】

カテゴリー-現視研の日常


「また落ちた…」
不採用の通知を見ながら、笹原は溜息を吐いた。
今月になって何回目の溜息になるだろうか。
どっと脱力感が押し寄せ、そのまま惰性でベッドに倒れこんだ。

就職活動の過酷さは一つ上の先輩達を見て知っているつもりだったが、
ここまで決まらないとなると、自分があまりにちっぽけな存在に思えてくる。
大学で4年間学んできたとはいえ、実社会においてはたいして役に立たないことばかりだ。
かといえ、目に見える形で何かしらアピール出来る能力など、自分は全く持ち合わせてはいない。
こんな自分を採用してくれる企業がどこにあるのか…考えれば考えるほど泥沼に嵌ってしまう。
こうなっては何も考えられない。いやむしろ考えないにつきる。
こんな時は誰にも会いたくないものだ。
笹原はベッドへ沈み込むように身を任せ、そのまま眠りにつこうとしていた。

 "ピンポーン"
そしてそんな時に限って招かれざる客は訪れる。
寸での所で眠りから覚まされた笹原はベッドから重い腰を持ち上げ、
半分も開かない目で玄関へ向かった。

 "ピンポンピンポン"
その間にも呼び鈴は容赦なく鳴り続ける。
就活から出た苛立ちがふつふつと大きくなってくるのが自分でも解った。
今ならどんな押し売りでもNHKの集金でも追い返せる気がする。
ドアの向こう側を睨み付けながら、笹原はゆっくりとドアを開けた。

 「どなたです、か…」
徐々に鮮明になっていく視界に映ったのは、見覚えのあるヤマンバの姿だった。
 「うぃーす」
笹原はすかさずドアを閉めた。
 "ドンドンドンドンドンドン"
間もなくドアを連打する音が鳴り始めた。
 「ムカツク~ 開けろサル~」
今が夜であることなどお構いなしにけたたましい声で、相手は叫び続けている。
ドアの音は一向に鳴り止む様子もなく、こうなったらもう中に入れるしかない。
 「うるせぇ!!」
 「あ、開いた」
恵子は何の悪びれもない様子で言いながら、部屋に入り込んできた。

 「声でけーんだよ!近所迷惑考えろ、ったく」
 「何それ、ちょ~感じわる~い」
明らかな悪態をつく兄に文句を言いつつ、恵子は早くも部屋でくつろぎ始めていた。

恵子が椎応大近くの専門学校に入学してからというもの、
さも当然のように妹が部屋に入り込んでくることが多くなった。
別に寝床を貸す位なら大した問題では無いのだが
何の断りもなく抜き打ちでやってくるのだけは勘弁してもらいたい、と
笹原は頭を悩ませていた。
特に今日のような誰とも会いたく無い日はなおさらだ。
洗面所で化粧を落とす恵子に対し、当たるように話しかけた。

 「大体来るなら連絡しとけって何度も言ってんだろ」
 「え?今日はアニキんちに泊まるってちゃんと連絡したよ」
 「え、マジで」
 「実家に」
 「俺に連絡来るのが先だろバカ!!」
 「何そんなピリピリしてんのさっきから~」
服を脱ぎ寝巻きに着替えながら恵子が言う。兄妹の前では下着姿になろうがお構いなし。
気にする様子も無く睨み付けながら、笹原は吐き捨てるように返した。
 「うっせーよ」
 「ほらまた『ウッセーヨ』」
 「…早よ寝ろ」
 「『ハヨネロ』」
 「……ッ!!」

いつもなら軽く流せる子供じみたリアクションにすら、本気で腹が立ってしまう。
苛立ちが頂点に達した笹原は、その場にあった台拭きを思い切り相手の顔に向かって投げつけた。
もっとも、ヒョイっと難なく恵子にかわされるだけだったが。
ヒッヒッヒ、と、自分と似ている顔が薄ら笑うのを見て、余計苛立ちが募る。
~~~~

一方、恵子は兄に気を遣う様子など微塵もなく、そのまま思っていることを口にした。
 「あ…もしかして就活まだ決まってないの?」
ピクッと笹原の動きが止まる。
 「大変だね~…っふぁ…」
恵子は大きな欠伸をしながら、態度と裏腹なセリフを口にした。
兄は次の瞬間、空の1000ml紙パックで思いきり恵子の頭を引っぱたいた。

 「イタッ…大変だねっていってんじゃん!!バカザル…」
 (うっ)
無言で自分を睨み付ける兄をみて、恵子は言葉を止めた。
こういう場合は黙って引き下がった方がいいと長年の勘が告げる。

数秒の沈黙の後、笹原はベッドに戻った。
 「ったく八つ当たりやめてよね…サイアク~」
ベッドに横たわる兄の背中に向かい、恵子は小声で呟いた。

 「恵子」
ギク。もしや今の一言が聞こえたか、と思いながら振り返ると
何時にない真顔でこっちを見る兄の姿があった。
 「…お前ちゃんと学校行ってんのか?」
 「だいたい小学校の時、夏休みの宿題全部兄貴に手伝ってもらう程
  勉強嫌いだったお前が続くはずねーだろ」
 「…何時の話してんの?行くときは行ってるよちゃんと」
 「…その言い方だと行かねー時は行ってねえんじゃねえか」
 「……だってぇ どっちいしぃ」
 「…………」

 「それにお前やりたいこととかちゃんと考えてんのか?」
 「あるに決まってんじゃん、遊び行ったりー買い物行ったりー」
 「仕事の話だボケ」

 「んなこと言ったらアニキだって大学行くとき考えてたのかよ」
 「考えてなかったから言ってんだろがよ」
 「自分のこと棚にあげといてさ~?」
 「それに大学と専門学校じゃまた違うぞ? …会計なんかこれっぽっちもヤル気ねえだろ」
 「だって大学入れなかったんだもんしょーが無いじゃん」
 「…お前大変だなって人事のように言ってるけどな、明日は我が身だぞ?」
 「…………」
 「このままじゃ何処も雇ってくれんぞお前」
 「大丈夫だって、その前にいい相手見つけるし~」
 「男しか頭にねーのかよ、お前は」
 「童貞のアニキよかマシでしょ」

 「…………ちっとは真剣に考えろよ …俺だって今頃になって出版社希望いったって、
  何のとりえもないし、…正直こんなに苦労するとは思ってなかったよ」
 「…………」
 「内定の有る無しで自分が全否定されるんだぞ?解るか?」
 「んー…解らん」
 「…人のことバカザル言ってるけど、お前俺より頭悪いのにどうやって」
 「バカにバカって言われたくないよねー」
 「事実しゃーねーだろ、お前の場合専門だから本来そろそろ就活…」
 「何だかアニキ、ますます偉そーになってきたんじゃない?ってゆーかー」
 「おい、真面目な話…」
 「あーあー、めんどい、もう寝るよ、オヤスミ」
 「…………ったく」

翌朝。
もぞもぞと布団から出る。
何回も二度寝を繰り返したせいか、時計はもう十時の針を回っていた。
いつもなら無理矢理兄に起こされる筈だ。どうやら部屋には自分一人だけの様だ。
辺りを見回すと、机の上に書置きが残されていた。

『愚妹へ

 就活あるんで先に出る 出る時鍵はいつもの場所へ 布団はきちんと片付けること

 昨日寝る前に言ってたこと もう少し真剣に考えてみろ でないと俺みたいになるぞ

 どうせ暇で出かけんだったら 資格の参考書でも買って来い 絶対遊びに使うなよ』

 「うげ…、アニキしつけ~な…」
そう呟いたと同時に、昨晩の出来事――寝る前、自分をじっと見つめてきた兄の表情が脳裏に蘇った。
昨日は適当にあしらってしまったが、いつになく真面目な顔に戸惑いすら覚えた。
いままで兄のあんな表情は見たことがなかった。

 「…そんなに就活って大変なのかねぇ…。……ん?」
兄のありがたいお言葉に目を通しながら、恵子はあるものに気が付く。
書置きと共に、重しの漫画に挟んであったのはヨレヨレの千円札3枚。
 「…マジ?」
時刻は正午を過ぎたころだ。恵子は大型書店に足を運んでいた。
手持ちは兄から貰った三千円のみ。携帯も家に置いて来た。
余計な浪費や気を紛らわせないよう最小限の物を持っていこう、と
恵子なりに決意を新たにした結果らしい。

 「ま、どーせやる事もないしぃ…」

 『……ちっとは真剣に考えろよ 俺だって… 
  …正直こんなに苦労するとは思ってなかったよ……』
笹原のいつになく真面目な言動に、何かしら感じるものがあったのだろう。

一歩足を踏み入れると、書店特有の乾いたにおいがする。
参考書など買いに来たのは去年の椎応大受験以来だ。尤も受験は失敗したが。
最後に書店に来たのはあの日だったかも知れない。脳が蘇る感覚。

 (もしかして私真面目にやってる?けっこー頑張ってない?)
それが、普段慣れない事をする人特有の勘違いということにも気付かず、
恵子は意気揚々と、参考書を求めエスカレータを上っていった。
参考書のコーナーに辿りついてから数十分程。
専門書から入門書まで幅広く取り揃えてある。
あまりの種類の多さに面食らいながら、軽く中身に目を通す。
 「…何これ…サッパリわかんないし…」

早々と次に目を通すのは【三時間でわかる会計】という本。
 「書いてるのは解りやすい気がするけど…」

 「ぶっちゃけ面白くなさそ~…」
そもそも会計専門学校へ入ったのだって、勉強するために入ったつもりは毛頭なかった。
試験が簡単な学校だったのもあり、椎応大受験が失敗して
とりあえず時間稼ぎ、のつもりで椎応大に近い学校を選んだのだった。
進学する、と両親に言った際、とうとうヤル気になったのか、と親が喜ぶ手前、
引き下がれないというのもあった。

恵子はこれまでのことを思い出しながら、参考書の字面をぼーっと見つめていた。
 「どーせ続きっこないし…」
先ほどの高揚感はどこへやら消え失せてしまっていた。
力なく参考書をその場に置き、エスカレーターを降りていく。

 (無理無理…どーせ無理!)
そう思い書店から出ようとして、扉の手すりに手を触れた途端。
誰かと手が重なった。慌てて手を引っ込める。

 「あ、すみませ、……ん?」
 「…あれ?ねーさん?」
偶然書店で会った恵子と咲は、書店近くの喫茶店で一服することにした。

 「…ところでねーさん何買ってんの?」
 「ん、ファッション雑誌の発売日だし…てかアンタ何買ってたの?」
 「参考書買いに来た」

数秒間の沈黙。

 「…何その目は!」
 「いや、雪でも降るんじゃないかしら、と思って
  …でもその割には何も持ってないよーデスガ?」
 「…いやでもちゃんと参考書の前まで行ったよ?」
 「でも?」
 「…無理、ぶっちゃけ退屈」
 「ははっ、そんなコトだろーと思った」
 「大体本なんか普段読まねーっての…」
 「何だか昨日アニキに言われて来てみたんだけどさ~…」
コーヒーをすすりながら恵子が言う。
 「…あんたら仲良いのね」
 「そんなんじゃねーって、けどさ」

 「結局専門だって勉強したくて入ったわけじゃないし」
 「…あちゃ~ ま、そうだと思ってたけど」
咲は苦笑いしながら続ける。
 「…ま、笹原の言う通りだねー」

 「ちゃんとやりたいコトやってないと続かないよ? お金も無駄になっちゃうし」
咲の言い回しから先輩風を吹かされた様な気がして、恵子は少し癪に障った。
 「そう言うねーさんはどーなん?」

そう咲に問い返した。
 「私?ちゃんとあるよ 大学卒業したら服のお店出す」
てっきり言葉に詰まるものだと思っていた恵子は面食らった。
 「もう今あちこち奔走して大変だっつーの …知らなかった?」
 「…初めて聞いた」
 「英語だって必死に勉強してるし」
 「…マジで?」

聞けば聞くほど知らない事実が返ってくる。
今まで咲に同じニオイを感じていた恵子にとって、
それは少なからずショックのある答えだった。

 「…何時からやってたの?」
 「ん~大学入る前かな?
  ついてけなくて大学入ってからやり直したけどね」
咲は笑いながら話す。一方の恵子は引きつった笑いだ。

 「高校出る辺りからもう服のお店出すってのは決めてたから」
 「…………ふ~ん……」

自分と同じ位の時期にこの人はもう将来設計が出来ている。
急に自分が小さくみえる。何やってるんだと思った。軽い危機感を覚えた。

 「笹原だって今頑張ってるんじゃないの?出版社」
 「ん…でも落ちてるみたい」
 「やっぱり厳しいかね~」

 「一般の就職活動だって大変らしいよ? 高坂はもう決まったけど…」
 「ああ、エロゲーメーカーだっけ?」
 「…それをゆーな」

 「まー本人がやりたい仕事ならいーんだけどね…」
 (……あ、何かヤな空気)

 「で、アンタはどうなの?」
 「…え?」
 「早いうち専門やめて自分のやりたいことでもやったら?」
 「…何も無い」

 「無いって、何か特別好きなもんとかあるでしょ、なんでも」
恵子だって服を買ったりもするが、咲のように店を開きたい、
と思えるほど思い入れがあるわけでもない。
 「…マジそんなもん無い…」

 「…ほんと何もねーなお前…」
 「…マジ無い…」

 『内定の有る無しで自分が全否定されるんだぞ?解るか?』
昨晩の兄の言葉が思い出される。
これまでの自分が全て否定される気がした。
今までこんな感情など思いもしなかった。

今まで未だ高坂さんとの間に入る余地はある、と思っていた。
顔だけで男に食いつくような自分とは違う。
咲や高坂と、自分との決定的な違い。この人達は自分よりオトナなのだ、と。

兄のことを童貞などと罵っていたものの、
己と闘いもがいている兄に対し、自分が偉そうと言える事などあっただろうか。

 「…ずっと何も考えてなかったし…」
声が上ずり始めたのに気付き、咲はカップを置いて恵子の顔を見上げる。

 「ヤバ、…アタシなんか泣きそ」
恵子の頬に一筋伝うものがあった。
 「お、おい…」
慌てながらハンカチを差し出す咲。
受け取った途端涙が堰を切って流れ出る。

 「……ッ…、グスッ……、ヒッ、…スンッ…」
 (あちゃ…… 言い過ぎたか…?)

そのまま暫く二人とも無言のままだった。
喫茶店の雑音が耳に入ってくる。

ようやく恵子が落ち着いてきたのを見て、咲が沈黙を破った。

 「まーなんだ、まだ20前なんだし…
  今からやりたいこと探すのも遅くねーんじゃない?」
 「…ねーさん、それ、オバサン臭い…」
 (このガキャ…)

 「ん…そうね…まだ若いし…私…」
俯いたまま笑いながら、恵子は言った。

 「ねーさん、ハンカチありがと…」
 「ん?ああ、別に良いよ」
 「今度まで洗って返すから」

そういって恵子は席を立った。
 「どっか行くの?」
 「もう一回本でも探してくる。なんか面白そうな分野の本」
 「あ、そ…。ま、頑張って行ってきな」
 「…うん。ありがと」

後ろを向き手を振りながら、恵子は喫茶店を後にした。
咲は頬杖を突き微笑みを浮かべて、片手を上げた。
恵子が視界から消えるまで見送った後、
カップに残ったコーヒーに口をつけ、
咲はあることに気付いた。


 「………
  ……しまった会計ツケられた!」

笹原の部屋に戻ると既に兄が帰宅していた。
 「ただいま~」
 「ん」
返事に気力が無い。まるで屍のようだ。
やはり大変なのか…と思いながら、恵子は何も言わず腰掛けた。

笹原はふと、恵子が片手に持っている紙包みに目をやった。
 「何だその本」
 「試験の本。あと他に面白そーな本」

 「…熱でもあんのか?」
 「アニキが買ってこいって言ったんだろ!?
  なにそのジト目すんげームカつくんだけど!!」
 「…まあそうだけど」

いつものノリならそのまま遊んで帰ってきてもおかしくない。
正直な話朝に家を出てから、金を置いていくべきではなかったと
後悔した位だ。

 「何かあったか?本屋行っただけにしては遅かったけど」
 「春日部ねーさんと話してきた」
 「…何を?」
 「人生について色々」
 「…?…ふーん…そっか」

笹原は先ほど咲から来たメールに目をやった。
 【To:笹原
  今日書店で妹と会ったんでお茶飲んだよ
  その時妹にちょっと言い過ぎてしまったみたいでゴメン
  あとアイツのツケ1250円溜まってるんで今度ヨロシク 咲】

 「そういうことか…」

 【To:春日部さん
  何だか良く解らないけど愚妹がお世話になったみたいで…
  どうもありがとう ツケは……ごめん今度オゴります
  …つうか高… 笹原】

 【To:笹原
  おにーちゃんも大変だあ~ 咲】

送ってすぐ返ってきた咲からの返事に苦笑いしながら、
笹原は携帯を畳んで今日発売のマガヅンに手を伸ばした。

 「そういやお前携帯忘れてったぞ、恵子」
 「ん」
携帯を見ると咲から怒涛の着信履歴が残っていた。

 【To:笹原妹
  今日食い逃げしただろお前!
  笹ヤンが払ってくれるみたいだから良いけど
  まあ頑張んな! 咲】

 「あ、忘れてた…」
 「お前さぁ、只でさえ今月金欠なんだからよ…」
 「ゴメンゴメン」

 (金が無いならお前が払えとか言えばイイのに…)
と思いながら、そうしない兄の性格を思って
恵子は何も言わなかった。

 「ま、…頑張れ」
 「うん」

お互い目も向けないままそっけない言葉を交わして、
兄妹はそれぞれ今日買って来た本を読み始めた。

 「アニキー、この問題教えて欲しいんだけど」
 「おい、俺が解る訳…ってなんだこの問題?」

  【第一回オタク検定試験】

 「何か面白そうだったから受験しようかなって」
 「ちょっと待て!! お前これ資格でもなんでもねーぞ!?」
 「え、そうなん?」
 「ちゃんと肝心な所読んで買えよバカ!金返せ!」