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リライト 【投稿日 2006/01/08】

カテゴリー-笹荻


ある秋の午後、荻上はいつものように無表情な佇まいで駅前に立っている。
しかし今日は眼鏡だし筆頭ではない。上はTシャツの上にキャミソールで
下は今日は膝までのタイトなスカートだ。なにかよそ行きなのか?

通りの向こうに視線を遣ると、固かった表情がぱっとほころぶ。
この微笑を受ける人物は、そう、笹原だ。
ヘッドフォンを外しながらとててっと数歩前進する荻上に笹原も小走りで駆け寄る。
笹原「あ、お待たせ。いつから待ってたの?」
荻上「いえ、待ってませんから」
笹原「じゃあ切符買おうか」
荻上「はいっ」

そして車内で並んで座る二人。
笹原『うわ…ちょっと触れてる。なんか照れるな… 今更だけど』
笹原「それにしても、今日は髪も下ろしてるし、眼鏡なんだね」
荻上「ええ、後ろの席の人に髪が邪魔になったらいけないので」
  「それに今日はむしろ眼鏡でしょう!アジケンは眼鏡がトレードマークですし!(笑)」
笹原「ははは、そうだね(笑)」
そう、今日は二人でASIAN KENG-PO GENERATION(通称アジケン)のライブに向かっている。
荻上「でも、ライブって実は初めてなんですよね」
笹原「いや、俺も実は初めてで…… でも良い席なんて幸運だったよ」
笹原は、財布からチケットを2枚取り出す。その番号は[C列19番][C列20番]だった。
荻上「そうですよ!すごいですね!C列って前から3列目ですよね」
今日はかなり荻上のテンションは高い。まあ笹原と付き合いだしてから
前よりはテンションが高くなっている。二人とも悪く言えば「うかれバカ」だ。

笹原「いやー、俺もまさかここまでハマるとは思ってなかったけど…CD貸してくれてありがとうね」
荻上「いえ、とんでもないです。あっ!ライブDVD返してなくてスミマセンっ」
笹原「はは…また今度でいいって。予習はばっちりだね」
荻上「ええ、もう他のお客さんと一緒に飛んだり跳ねたり、拳を突き上げたりしますよ!」もうジャンプで!
そんな荻上の横顔を嬉しそうに眺める笹原だった。
笹原『就職活動中にチケット取った甲斐があったよ…』

そして電車を乗り継いで渋谷へ。
街に出るとちょっと居心地が悪い二人だが、出来立てカップルの二人に恐いものは無い。
荻上「ちょっと開場まで時間ありますね。席も指定ですし…」
と、笹原を眼鏡越しに見上げる。良い上目遣いだ。
笹原「うん、そうだね…あ、タワーレコードに寄ってみようか」
笹原『うーん可愛い……』
二人とも浮かれているのに奥手なので手を繋いだりはしていない。
荻上「ここは初めてですけど、ビルまるごとなんてでっかいですね」
邦楽をちらっと見た後は、アニメ関連コーナーを物色する二人。
しばし別行動だが同じ階だし、笹原は荻上を見失わないようにしている。
荻上は掘り出し物を発見したようで、いそいそとレジに並ぶ。
笹原「あ、これ使ってよ」
ポイントカードを差し出すが
荻上「ありがとうございます……ってこれいっぱいじゃないですか」
笹原「うん、3千円分だからね」
荻上「ええーっ そんな悪いですよ ……ありがとうございます。このお返しは必ず」
遠慮しようと思ったが、笹原の笑顔押しに負ける荻上だった。

しばしスタバで休憩する二人。
後輩だからとお盆を運ぼうとする荻上と、レディーファースト的に荻上を
エスコートしようとするので笹原もお盆を運ぼうとする。まだぎこちない。
笹原は緊張のせいか熱く感じてアイスソイラテのラージを飲んでいる。
そろそろホールに向かう時間が迫っている。
荻上「トイレ行って来まス」
笹原「うん、待ってるよ」
笹原『そうだね、会場じゃすごい混んでるかも知れないしね』

そして渋谷の街を歩く二人だが…
荻上「会場ってどこなんでしょうね……」
笹原「あ、なんかそれっぽい人たちが歩いていくよ。たぶんあっちが会場じゃない?」
こういうイベントの際は、それっぽい人についていくのが定石だ。
時間が迫っている時にしか使えない技ではあるし、間違った集会に向かうこともあるが。

荻上「なんか普通の人がいっぱいですね」
笹原「いや、あの辺は深いファンの一群っぽいよ」
そんな会話をしつつ、黒服のイベントスタッフに促されて並び始める。
荻上「整理番号あるのに並ばされるのって、どうなんですかね」
笹原「ん、まーねぇ。でも早めに入るなら仕方ないんじゃない」
とかいう会話をしているうちに、開場した。

スタッフ「カメラや録音機器は預からせていただきまーす。鞄を開けておいてくださーい」
会場に入ると、映画館のような扉を開けてホール内へ。
椅子に書いてある番号を探し始めると、ほとんど最前列で真ん中の方だ。通路脇の席だった。
笹原「うわっ近いな!」
荻上「すご……」わくわく
しかし席を確認すると、荻上は笹原のシャツの裾を引っ張ってきた。
荻上「笹原さんっ、グッズ売ってましたよ!早く並ばないと!」
笹原「ああ、そうね。行こうか」
今日の荻上の脳内テンションレベルは、コミフェスでの買い物時に近いのかも知れない…。

長い行列の後に、ツアーグッズを物色する荻上。
荻上「ツアーパンフに、缶バッジに、リストバンドに…Tシャツは…うーん」
笹原「ツアーのよりアジケンのTシャツが良さそうね」
荻上「そうですね!でも…財布が(汗)」
笹原「アジケンTシャツのホワイトLとブラックS1枚ずつ下さい」
いきなり二人分買う笹原。今日はちょっと強気なのか?
荻上「…っ!ありがとうございマス」
笹原「なにげにペアルックになるね(笑)」
白い肌が綺麗な荻上の顔に、首筋に、さっと桜色が差す。

席に戻ると意外と空席が目立ったが、開演時間が迫るといっぱいに詰まり始める。
荻上「うわーーすごいお客さんの数……」
振り返ると確かに壮観な長めだ。2階席、3階席まで人がいる。
掛かっていた謎の音楽が止まり、いよいよ開演だ。

暗い舞台にアジケンのメンバーが立ち、楽器を構えているのがわかる。
ドラムのスティックを打ち鳴らす合図からギターが響き始める。
1stフルアルバムの1曲目だからいかにもOP曲という感じで
周りの観客もイントロから総立ち。そして縦ノリに揺れ始めて右手を突き上げる。
笹原『うわっこれは想像以上だ…!』
荻上の方を見ると、荻上もちょっと呆気に撮られ気味のようで笹原と視線が合う。
もう周りは音の渦に包まれている。笹原はそんな荻上の耳元に口を寄せると
笹原「せっかくだし乗っていかないとね!」
そして笑顔で荻上を見たまま、周りの観客と同じく右手を突き上げて縦に跳ね始める。
はっきりいってそんなにリズム感はよく無さそうだ…。
荻上「ふふっ」
そんな笹原を見て荻上もふっきれたようだ。小さな体のぶん大きく跳ねている。
これで2時間持つのだろうか?
しかし「閃光バック」「Re;Fw;」「未来の欠片」とノリの良い曲で次々と進む。
もちろん笹原も好きな曲なのでだんだんと恍惚としてくる。
これはこれでコミフェスとは違う方法で、頭のてっぺんから何か開き始める。
荻上も楽しんでいるのかと思ったら…何か様子がおかしい。
笹原『なんだ…?荻上さんの向こうの男の動きが…変だ!』
なにやらオーバーアクションで席のエリアからはみ出して踊っている。
そしてリズムは全く合ってないし、ロボットか幽霊かというような様子だ。
それが気になるようで、荻上は集中しきれないようである。
なにより荻上は背が低いので、前の男性の背が高くてあまり前が見えない。
笹原「荻上さん、変わろう」
またしても荻上に耳打ちすると、席を入れ替わった。
少し通路にはみ出ると、荻上にも真っ直ぐ部隊がよく見える。
なんといっても前から3列目だし。

「∞ハングライダー」「君という華」と、荻上の好きな曲が続く。
時々笹原も荻上の方を見るが、だんだん集中してきたようだ。
次の曲は「君の町迄」で、笹原のお気に入りの一曲なのだが…。
ふっと視界の端の荻上にまたしても異変が。
荻上「ぐすっ……」
笹原『えっ…荻上さん……』
歌が響いてくる。
♪切なさだけ… 悲しみだけで 君の町迄 跳べりゃいい…
何故か荻上が涙ぐんでいる。やがて涙もこぼれ始めた。
笹原『この曲を聴くと俺は……春から先の、離ればなれ生活の事を考えちゃうんだけど…』
それは荻上も一緒なのではないだろうか。
荻上は舞台の上をじっと見たまま、涙をこぼしている。
その様子を見つつ一瞬考え込んでしまった笹原だが、荻上に寄り添って
笹原「これ、使ってよ」
と、おずおずとハンカチを渡す。この辺がまだまだ不慣れな感じだ。
ハンカチに気付くと、荻上は笹原の方に向いて会釈して受け取った。
そして眼鏡をちょっと持ち上げると涙を拭う。
ものすごく間近で荻上の顔を見る。ステージからのライトで照らされている。
ちょっと口紅はしているが他は化粧もしていなから、化粧崩れなんかは無い。
睫毛の先に涙の雫が光っている。
そして前を向いたまま右手でハンカチを構えると、左手は寄り添う笹原の手をとる。
曲はサビにかかって周りも盛り上がってきている。
♪隣に居る 冴えない君もいつか 僕らを救う未来の翅になる…
笹原『俺はこの先、どれだけ荻上さんを支えられるんだろうか』
笹原も前を向いてステージ上を見遣る。

しかし右手には荻上の汗ばんで冷たい手の感触。
なんて小さくて儚くて、大切な――――。
やがて曲が終わり、次は「振動角」で二人とも大好きだし、観客も
イントロから爆発したような盛り上がりだ。
荻上も手を離して跳ね始める。
笹原『うーん、少し勿体無いけど(苦笑)』
安心して笹原もまた集中……出来ない!
笹原『ええっ、こんな時に……腹痛が!?』
直前にスタバで飲んだ大量のアイスドリンクが悪かったのだろうか?
軽い波だったのが、曲が終わる頃には大波になってきた。
アルバムの流れのままに曲は「再書き込み」でライブはさらに盛り上がっていく。
荻上も、ハレガンのOP曲として、アジケンを聴き始めたきっかけだし
もう夢中な様子だ。
笹原『うわー、今、どいてもらってトイレには行けない……!!』
この曲が終わるまで笹原の腸は持っていてくれるだろうか。
嫌な冷や汗が笹原の額から、手のひらから、猛烈に流れ始める。
本当だったら笹原も今頃は恍惚とした幸福な時間を過ごしているはずだが
今やまさに生き地獄。こんなに4分ぐらいの曲が長く感じたことは無かった。
笹原『不用意に動いたら、何もかもが終わる……!!』
頭の中で最短距離を計画しながら、さりげなく、ぎこちなく、次の曲が始まるやいなや、
通路を後ろへ…横へ、全力小走りする笹原の姿があった。
笹原『南無さん!!』

ギリギリセーフだった。まさかこのあとノーパンや濡れズボンで過ごすわけにいかない。
やがて不気味にいい笑顔の成年が、客席へと帰還していった。
笹原『ああ、やっぱり荻上さんは可愛いなぁ。周りの女の子と比べ物にならないよ』
危機を乗り切って変な思考回路が働いている。
まあ、そんなこんなでMCに笑ったりしつつ、ライブは終演した。
「みんな、ありがとう!」
アジケンのメンバーが去っていく。
荻上「終わったみたいですね…凄い良かったです」
とか言っていると周りがリズムよく手拍子をしている。アンコールだ。
笹原「なんか、まだ終わらないみたいだね?」
荻上「アンコールってこういう風にやるんですか…!」
そんな会話をしつつも、笹原は後ろの席の男性客が自分達のカップルっぷりに
ムカついているのに気付いていた。が、仕方ないといえば仕方ない…。
笹原『俺も、ほんとだったらあっち側だったんだよなぁ(苦笑)』

アンコール3曲も終わり、客席に明かりがつく。今度こそ本当に終わった。
荻上「もう、へとへとですよ…でもすごい良かったです!ありがとうございました」
と言いながら笹原のハンカチで額の汗をぬぐう。
笹原「またそれ、そのまま返してね」
荻上「あっ、スミマセン。けど、洗って返しますから!」
笹原「いや遠慮しなくていいから」
荻上「……それは恥ずかしいですから」
と、荻上のポーチにハンカチは仕舞われていった。
笹原『あーあ勿体無い』
さすがにそれは下心が、というか変態っぽいので笹原も自重すべきだろう。

荻上「それにしても、着替え持ってくれば良かったですね」
笹原「うん、そうだね。こんなに汗かくなんて」
二人とも、汗でTシャツはべったり張り付いている。これは風邪を引きそうだ。
笹原「今日買ったアジケンTシャツ着ようか?上にもシャツ羽織るし」
荻上「そうですね」
期せずしてウレシ恥ずかし、ペアルックになる二人だった。
ホールのトイレから出たところで長らく待っていると、着替えた荻上が出てきた。
少しはにかんでいる。笹原はニヤケが止められない。
笹原「待っているあいだにアンケート書いちゃったけど、荻上さんも今から書く?」
荻上「私は絵も添えたいですし、あとから郵送します」
笹原「ん、じゃあ出よっか」
笹原『うーん、たぶん荻上さん、アジケンで同人誌作りそうな気がするなぁ(笑)』
もう夜の9時を回っている。
笹原『このあと食事とかだよな。一応奮発して1万円ぐらい資金分配してるけど』
笹原「お腹すかない?食事して帰ろうか?」
荻上「はい」
ライブも終わり落ち着いたのか返事は素っ気無くなった荻上だが、
一瞬口元がニマっと弛んだのが笹原にも分かった。
しかし金曜の夜である。カップルで入るような、今まで無縁と思っていた系統の料理店も
色気の無い居酒屋でも、どこも満席だ。
笹原『時間ばかりが過ぎていく……ごめん荻上さん』
焦ってきた笹原に、荻上が声を掛ける。
荻上「……もう帰りませんか?」
笹原『えーーーっ…せっかくのデートが……』
ものすごい勢いでガッカリ沈んでいく笹原。

荻上「あっ、いえあの。そこのお店で珍しいものでも買って帰って部屋で食べませんか?」
顔を上げた笹原が、荻上の指差す方を見ると輸入食材のショップが有った。
荻上「今日は料理は出来ませんけど、うちに来て貰って食べましょう。…ライブDVDも返しますし」
みるみるうちに笹原の顔が明るくなった。
あまりに嬉しそうなので荻上は何故か恥ずかしそうだ。
いや、たぶん嬉しそうな笹原を見て照れているんだろう。
店舗に入ると生パスタセットなんかを見ていた二人だが、やがて
インド・タイあたりのカレーのレトルトを物色し始めた。
荻上「トースターで焼くだけのナンも有りましたよ」
笹原「辛いのは大丈夫?」
荻上「激辛のじゃなければ。でもダルカリーとか豆のが柔らかい味で好きですね」
笹原「タンドリーチキンとかシシカバブーとかのレトルトも買おうか」
この二人の幸せな時間はあと半年までなんだろうか。
しかし二人の不器用さがかえって心配無用な気にさせてくれる。
初秋の夜風は冷たくなってくるが、笹原と荻上の春は続いていく。