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その七 地雷を踏んだらコニョニョチワー【投稿日 2006/01/05】

カテゴリー-3月号予想


クッチーは別荘周辺の森の中を彷徨っていた。
と言っても道に迷った訳ではない。
ヒップバッグの中には、周辺の地図とコンパスが入っている。
それも軍用のレンザティックコンパスだ。
彼は合宿直前、ランドナビゲーション(地図とコンパスで、現在地点や目標地点への方角や距離を正確に調べること)のやり方を一夜漬けながら一通りマスターしていた。
だから出鱈目に彷徨っていても、帰って来れる自信はあった。

彼の手には、相変わらずデジカメが握られていた。
念の為にヒップバッグには、予備のバッテリーやSDカードやカメラを入れていた。
さらに腰にはホルスター状の革ケースに入った、米軍払い下げの暗視スコープがあった。
すでに日は落ちたが、これがあれば夕暮れ程度の明るさで撮影できる。
(クッチーは夜目が利くので、暗視スコープも念の為に用意したマグライトも、歩く分には必要無かった)
それにフラッシュ使わないで済むので、隠し撮りにも最適だ。
とは言っても、彼は別にいかがわしい写真を撮る気は無かった。
いや正確には、チャンスがあれば撮るかもしれないが、それのみを求める積りは無かった。


今回クッチーは写真係を務めるに当たり、新たにデジカメを購入した。
彼とてオタクの端くれだ。
何か新しい道具を仕入れるとついいろいろやりたくなり、可能な限り付属の道具を揃えようとする。
その結果が今回の重装備だった。
もっとも今回に限っては、それは正解だった。
日がな一日写真を撮り続けている内に、彼の中の眠れる光画魂が覚醒したのだ。
(注、光画=写真 またあーるネタでスマン)
写真の初心者であるクッチーに、どういう写真が撮りたいというビジョンは無い。
どういう写真がいいのかという判断基準も無い。
だが撮りたいという欲求だけは無限大に膨らんでいる。
ならば先ずは撮りたいだけ撮るだけだ。
従来のカメラと違って、デジカメならフィルム残数は殆ど考えなくていい。
撮りたいという気持ちに忠実に撮り続ける、彼の光画道はそんなスタイルで始まった。

実はクッチーがこうして彷徨っているのは、建前上は写真を撮る為では無かった。
笹原が荻上さんを追って出た後、他のメンバーたちはとりあえず別荘で待っていたが、日が落ちても帰って来ないので全員で捜しに行くことになった。
そして手分けして捜すことになったのだが、彼にはその気は全く無かった。
彼は多少過大評価気味なほど、笹原のことを信頼していた。
だから「荻チンのことは笹原先輩にまかせておけば大丈夫にょー」と安心し切っていた。

世間一般には空気の読めない奴と認識されがちだが、実はクッチーは空気に敏感だった。
現視研で最も野生に近い感覚を持ったクッチーは、相手の表情や喋り方やしぐさから、大ざっぱにだが考えていることや思っていることを嗅ぎ取ることが出来た。
(新人勧誘の時にコス泥棒にいち早く気付いたのもその為だった)
ただそれに対するリアクションが末期的に不適切な為に、結果的に空気の読めない奴になってしまうだけなのだ。
だから彼は笹荻が相思相愛であることにも気付いていた。
それと同時に、荻上さんに何か重いトラウマがあるらしいことにも感付いていた。
だがその詳しい内容を知らないせいもあって、彼はそれでも笹原を信頼し、事態を楽観視していた。


「さてと、戻るかにょー」
クッチーは別荘に向かった。
「笹原さんと荻チンは帰って来たかにょー?」
見つかり次第、見つけた者が他全員に連絡することになっていたが、まだ連絡は無い。
渓谷の向こう側に人影が見えた。
星明かりの下では2人ということぐらいは分かるが、顔や体型などの細かい所まで見るには暗く、距離も離れていた。
1人がもう1人から逃げるように走り、柵を乗り越えて川に飛び込んだ。
「何ですと?」
あとの1人も飛び込み、先に飛び込んだもう1人を助けて河原に上がった。
「何があったにょー?しまった!シャッターチャンスを逃したにょー!」
クッチーはデジカメを最大望遠にし、暗視スコープを出してデジカメのレンズに宛がう。
(接続できるアタッチメントは無い)
そして2人を見て驚愕する。
「笹原先輩と荻チン?」
レンズの向こうで、笹原は携帯を出して何やら操作していた。
だがやがてそれを放り出し、荻上さんの様子を見ている。
「そうか、救急車呼びたいのに携帯が濡れちゃって使えないんだな。よっしゃ、僕チンが呼ぶにょー」

慌てて携帯を取り出したクッチー、119番に電話する。
だが場所を訊かれて答えに窮する。
山の中なので目標になるような建物も無く説明しにくい上に、そもそも今自分がどの辺に居るかが分からない。
追い詰められたクッチーの頭の中で、ザクロに似た物体が弾けた。
彼の潜在能力が目覚めたのだ。
常人では考えられないスピードで地図を広げてコンパスを操作し、自分の位置と笹荻の位置を割り出し、地図上の座標を用いて細かく具体的に彼らの位置を119番のオペレーターに伝える。
電話が終わるとクッチーは再び2人を見た。
思わず固まってしまった。
レンズの向こうでは、笹原が荻上さんに対してマウストゥーマウス(口移し)法で人工呼吸を行なっていたのだ。
だがクッチーの立ち直りは早かった。
すかさずシャッターを押した。
念の為に何枚も撮った。
確認してみると、ちゃんと撮れており、しかも上手く2人の顔が写る角度だった。
「ハラショー!」
今日最高のベストショットに、勝利の雄叫びを上げるクッチーだった。


笹原は思ったよりも早く荻上さんを捕捉した。
拒絶して逃げたにも関わらず、荻上さんは追って来た笹原を見て喜びがこみ上げた。
だが次の瞬間、彼女の脳裏に浮かんだのは笹原が落ちていくビジョンだった。
いけない、今度は笹原さんを傷付けてしまう!
荻上さんは逃げ出した。
笹原も追跡する。
小柄軽量な為に本来敏捷なのだが、二日酔いで飲まず食わずで寝てたので、荻上さんの足はいつもより遅い。
一方笹原は体力はあったが、彼女ほど足は速くない。
そんな2人の追っかけっこは、付かず離れずで山奥まで続いた。
そしてクッチーが彼らを発見した渓谷まで来て、荻上さんはとっさに川に飛び込んだのだ。

荻上さんの飛び込んだ川は浅かったが、彼女の背丈では水面は口元にまで達した。
さほど流れは速くなかったが、疲れ切った彼女にとっては大きな負荷となった。
だから彼女はすぐに溺れて失神した。
一方笹原は首から上が何とか水面より上に出て、流れの速さにも体力的に対応出来た。
だからさほど泳ぎが上手くない笹原でも、荻上さんを抱き抱えて「歩いて」救助することが出来た。

河原に荻上さんを横たえた笹原は、携帯で119番に連絡しようとした。
だが水に浸かった為に携帯は使えなかった。
どうするか一瞬迷ったが、やがてある決断をした。

話はおよそ1週刊前、笹原内定の直後に遡る。
「編集者ってのは、漫画家の為にいろいろ雑用をこなさなきゃならん何でも屋だ。やれることは1つでも多いに越したことは無い」
そういう信念から、小野寺は笹原にいろんな課題を与えた。
「普通免許ぐらいは持っとけ」と自動車学校に通わせたり、「絵描きの友だち居るんなら線の引き方と色の塗り方ぐらいは習っとけ。最悪の場合、君が原稿仕上げにゃならんことだって有り得るからな」といった具合だ。
そんなある日のこと。
笹原「応急手当講座?どうしてまた?」
小野寺「いいか、漫画家ってやつは精神病の一歩手前のデリケートな生物だ。締め切りに追い詰められてテンバったら、いつ自殺してもおかしくない」
笹原「なるほど、だから第1発見者になる可能性の高い編集者が対応しなきゃいけないと・・・」
小野寺「そうだ、何としても蘇生して原稿だけは上げてもらわないと」
笹原「そっちの心配ですか、ハハッ『この人鬼だ』」


その応急手当講座は意外と本格的で、人工呼吸の方法まで教わった。
だから救急車が呼べないとなった時、真っ先に頭にそれが浮かんだ。
一瞬笹原はためらった。
『荻上さんの唇に俺の唇を・・・馬鹿っ、こんな時に何考えてんだ、俺!荻上さんの命が危ないってのに!』
だが次の瞬間には自分自身を叱り、荻上さんの唇に自分の唇を重ね、人工呼吸を施した。

意識の戻った荻上さんがまず見たのは、大粒の涙を流している笹原だった。
そして笹原はいきなり荻上さんを抱きしめた。
笹原「(泣きながら)良かった・・・もし荻上さんが死んじゃったら、俺、俺・・・」
多少びっくりしながら、荻上さんは自分に何があったかをようやく思い出した。
荻上『そっか。私また飛んじゃったんだ。笹原さんが巻田君みたいに傷付くのが怖くて逃げようとして・・・』
ここで荻上さんは、自身の思考の矛盾に気付き、混乱した。
荻上『笹原さん傷付けたくないから逃げたのに、それが笹原さん傷付けてしまった・・・』
混乱した荻上さんは、本能で答えを出した。
笹原の背に腕を回し、自分が抱かれているのに負けないぐらい強く抱きしめた。
笹原「荻・・・上さん?」
荻上「(泣きながら)ごめんなさい・・・」
そこでクッチーの呼んだ救急車がやって来た。


救急車の中で、笹原は救急隊員から状況についてあれこれ訊かれた。
一通り問診が終わると、今度は荻上さんに声をかける。
救急「君ね、彼の処置が適切だったから助かったけど、下手したら危なかったよ」
荻上「すいません・・・」
救急「ほんと彼には感謝しなさいよ。愛のキスのおかげで助かったんだから・・・」
荻上「えっ?」
笹原「(赤面して)ちょっ、ちょっと、そっ、それは・・・」
救急「つまりマウストゥーマウス、即ち口移し式の人工呼吸を彼がやってくれたんだよ」
一気に赤面して失神する荻上さん。
笹原「荻上さん!しっかりして!」
救急「(荻上さんを見て)大丈夫、気絶しただけだから。(怪訝な顔で)キス、まだだったの?」
笹原「(最大級に赤面)・・・はい『それ以前に付き合ってないし・・・』」
救急「もしや・・・彼女とどうかというのも置いといて・・・初めて?」
笹原「・・・はい」
タイミングを合わせたように、荻上さんがうわ言を言う。
荻上「人工呼吸・・・初めてのキスなのに・・・」
救急「どうやら彼女も始めてみたいだね」
赤面したまま固まる笹原。
救急「(ニンマリ笑い)いやー青春してるねえ」


やがて荻上さんを乗せた救急車は病院に着いた。
いろいろ検査を受け、とりあえず数日入院することになった。
救急隊員たちが帰る際に、笹原は素朴な疑問を口にした。
笹原「そう言えば救急車、どなたが呼んで下さったんですか?」
救急「やっぱり君じゃなかったのか」
笹原「俺の携帯、水に浸かって使えなかったんです。それよりやっぱりって?」
救急「名前訊く前に切っちゃったらしいんだよ、119番してくれた人。まあ物凄く正確に地図上の座標で現場教えてくれて、こっちも助かったから表彰したいんだけどね。何でも、語尾に『にょー』って付ける変な喋り方してたらしいんだけど・・・」
笹原「にょー?」

荻上さんの入院手続きを終えると、笹原は1度別荘に戻った。
みんなへの連絡と、荻上さんの荷物を運ぶ為だ。
たまたま戻っていた斑目の携帯で他全員に連絡し(クッチーだけつながらなかった)、斑目と一緒に再び病院に向かった。
(心配かけない為に、みんなには荻上さんが誤って川に落ちたということにした)
1時間後、クッチーを除く全員が病院に集結した。
泣きながら抱きしめる大野さんや、泣きながら怒鳴りつける咲ちゃんに、改めて大変なことをしたと後悔し、同時にげんしけんがいかに自分にとって大事な場所かを悟る荻上さん。
荻上『わたすには帰るところがあったんだ。こんな嬉しいことはねっす。って、こんな時にガンダム台詞パロやってる場合ですか?これだからオタクってやつは・・・』


みんなが揃ってから数十分後にクッチーも病院に着いた。
咲「どこまで行ってたんだよ?連絡もしねえで」
朽木「いやー申し訳無い、携帯の電池切れちゃって・・・」
それは本当だった。
ここ数日充電するのを忘れてた上に、119番した時に細かく具体的に場所を説明してたら予想以上に長電話になってしまい、名前を問われて答えようとした途端に電池が切れたのだ。
そんなクッチーに物凄い勢いで駆け寄り、彼の右手を両手で力強く握る笹原。
朽木「にょ?」
笹原「ありがとう(涙を流し)本当にありがとう朽木君!」
咲「何かあったの?」
笹原「朽木君が救急車呼んでくれたんだよ」
咲「ほんとかクッチー?(強く肩を叩き)でかした!」
荻上「あの朽木先輩・・・ありがとうございました」
他のみんなも口々にクッチーを褒め称える。
実はクッチー、病室に入るまでは人工呼吸の写真を見せる気満々だった。
だがさすがに空気への対応力の無いクッチーと言えども、このいい場面であの写真を見せる度胸は無かった。
それに彼の中には、みんなに見せたい反面、自分だけの秘密にしておきたい矛盾した欲求もあったので、今回は後者の欲求に従うことにした。


それから数年後。
今日は笹原と荻上さんの結婚式。
咲「みんな揃ったか?」
斑目「大野さんと田中がいないみたいだけど」
咲「あの2人は新郎新婦の着付け手伝ってるよ」
斑目「今日の衣装って何かのコスなの?」
咲「よく分かんないけど、田中が作ったらしいから」
斑目「高坂は?」
咲「仕事で遅れるけど、式には間に合うと思うよ。久我山は受付だっけ?」
斑目「ああ。朽木君がまだみたいだな」
咲「またあいつか。あたしん時もすっぽかしやがったからなあ。(恵子に)何か聞いてないの?」
恵子「知んねえよ。2ヶ月前に南米の○○共和国でクーデターがあるから参加するってメールあって、それっきり音信不通、携帯も通じないんだ」
斑目「参加って・・・オリンピックじゃないんだから」
咲「またかよ。お前もえらいのと付き合っちまったな」
恵子「(少し赤くなり)しゃーねえだろ。戦場で写真撮ってるあいつ、けっこうかっこよかったんだから・・・」
斑目「ああ、去年NHKでドキュメンタリーでやってた、えーと『戦場の真ん中でイエーと叫ぶカメラマン』だっけ?」
恵子「そうそれ!あん時のあいつ、チョーかっこよかったんだよねー」

クッチーは合宿後、本格的に写真を始めた。
田中から基礎的なことを学び、あとは写真の専門学校に入り、大学と並行して通った。
卒業後しばらくは某有名カメラマンの助手になり、独立後は「戦場なら腕やキャリアよりも、戦場に行く度胸だ」と某新聞社の記者にそそのかされて戦場を仕事場にするようになり、気が付けば戦場カメラマンとして有名になっていた。

斑目「でも大丈夫かな?確か3年ぐらい前に戦場で写真の仕事があるって聞いて行ってみたら記録写真担当の軍人で、戦場にいる期間より新兵の訓練期間の方が長かったってぼやいてたなあ・・・」
咲「あいつ語学力中途半端なくせに自分で仕事の交渉するからなあ」
恵子「そうなのよ。この間だってアフリカで傭兵の取材で行ってみたら、仕事の内容が傭兵そのもので、給料よかったけど写真はあんまし撮れなかったって言ってた」
咲「何やってんだか・・・」
斑目の携帯が鳴る。
斑目「(画面見て)久我山か(電話に出て)どした?・・・わーった、すぐ行く」
咲「どしたの?」
斑目「受付に何か荷物が届いたらしいんだ。ちょっと見て来る」

受付に届いていた荷物とは、畳ぐらいの大きさの板状の包みだった。
久我山「斑目、これ、それに付いてた手紙。朽木君からみたい」
斑目「(封筒を受け取って中身を出し)何々、ご結婚おめでとうございます。お祝いの品を送ります。わたくしの生涯最高傑作をパネルにしました・・・どれどれ」
包みを開けてみて、仰天しつつ赤面する2人。
久我山「こっ、これは・・・?」
斑目「そうか・・・あの時のあれかあ。(ニヤリと笑い)久我山、これさあ、式の途中でお披露目するぞ」
久我山「そっ、それはちょっと過激では・・・」
斑目「(手紙を差し出し)まあ続きを読めよ」
久我山「えーと・・・本当は一生お蔵入りにする積りだったのですが、何しろ何時死ぬか分からん仕事だし、いい機会なので生きてる内にお渡しすることにしました」
斑目「命がけの男の大ボケ、男なら応えてやるべきだぜ」
久我山「そういう問題なのかなあ・・・」

そして結婚式のキャンドルサービスの直後。
斑目「それではここで、新郎の後輩で新婦の先輩、そして世界的戦場カメラマンである朽木学先生からのプレゼントが届きましたので、ご紹介します!」
司会の斑目の宣言と共に、前に運ばれてきたバネルのカバーが外される。
それを見て最大級に赤面する笹荻。
固まる新郎新婦の親族や仕事関係の出席者と対照的に、拍手喝采のげんしけん一同。
そのパネルの写真は、笹原が荻上さんに人工呼吸してる瞬間を撮ったものだった。
タイトルは「ファースト・キス」となっていた。