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*その一 正夢~恋は夕暮れ【投稿日 2005/12/26】 **[[カテゴリー-3月号予想>http://www7.atwiki.jp/genshikenss/pages/84.html]] 「お、荻上さん・・・。」 笹原は息を切らしながら、ひざに手を突き、前かがみになる。 顔を上げると、荻上は沈んだ表情で俯きながらそこにいた。 「・・・・!」 よもや追いかけてくるとは思ってなかったのか。 その顔が驚きに染まる。 「なんで・・・。なんで来るんですか・・・。」 「ん・・・。」 「私は!人を傷つけて!大切だった人を傷つけて!  それでもまだ自分の好きなことをしたくてたまらなくて・・・。  それがその人を傷つけたのに・・・。」 「・・・・。」 笹原は最初何を言い出しているのかがわからなかった。 戸惑いを表情に出そうとしたすぐあとに、夏コミのことを思い出した。 『精神的なものなので・・・。』 「それなのに!私は幸せになりたいと思ってしまって!  私は・・・。そうなっちゃいけないんです・・・。」 そういって、再び涙を流す。 「そっか・・・。」 「だから、笹原さんも私にかまわないで・・・。  笹原さんは私みたいなのに近づいちゃいけないんです・・・。」 (そっか。そういう意味だったのか。) 先ほど振られたときの言葉の本意を聞けた。 大野と咲がなぜ追いかけろといったのか。 全てがつながったような気がした。 そしてその態度で、 自分への感情がどういうものなのかを読み取るには十分だった。 「・・・それはできないよ。」 すこし困った顔で笹原は笑う。 「な・・・。なんで・・・。」 「だって、俺がそうしたいから。これは俺のわがままで。  荻上さんに幸せになって欲しいから・・・。」 「だから私は!」 「いいよ。自分ではそう思ってても。  それでも俺は、荻上さんを守りたいと思うから・・・。」 その台詞にまた心の温かみが戻っていく。 しかし思い浮かべるのはあの『悪夢』。 「だめ!私は・・・!」 「荻上さんは・・・・。俺のこと、どう思ってる?」 口の端は笑みを浮かべてはいるものの、笹原の目は真剣だ。 いつにもない真剣な表情で見つめられて荻上は鼓動が早まる。 「・・・・!私は・・・。」 嘘をつけばいい。 また、「オタクが嫌い」といえばいい。 この人が嫌いだといえば、あの悪夢は起こらないはずだ。 でも・・・!でも・・・! 「荻上さんが、俺のこと嫌いだって言うなら、  もう、何もしないよ。」 「・・・・!」 嫌いといったら、もう笹原は近くに来ない。 言えばいいじゃない。嫌いだって。 それで全てがすむのなら。この人を傷つけずにすむのなら。 その瞬間、今まで見てきた様々な笹原がフラッシュバックする。 頼りない笑顔。 真剣な表情で意志を通した意外な顔。 困った顔で諭す顔。 私のことをまるで自分のことのように喜んでくれた顔。 いつからか、自分のことを気にかけてくれていた。 そんなこの人に。 言えるはずが無い。 「・・・嫌いなわけ、無いじゃないですかあ・・・・。」 本音が漏れた。弱ってる荻上がいつもの外面を保てるわけも無く。 目を腕で覆いながら、涙を流した。 「それなら、俺は荻上さんを助けるよ。  何の役にも立たないかもしれないけど。」 荻上は首を大きく振る。 「笹原さんは・・・。今までたくさん助けてくれました・・・。  だから私はあなたを・・・。傷つけたくないんです・・・。」  近くにいると・・・。傷つけます。きっと。」 「それでも、俺は傍にいたいからさ。」 そういって、笹原は笑う。 「やっぱ、俺はわがままなんだな。オタクだしね、はは。」 「笹原さんは・・・。気持ち悪くないんですか、私のこと。」 荻上にとって聞きたかったことだった。 あの本の中身を見ても、なぜこの人は私を・・・。 「ん?ああ・・・。別に・・・。俺だってエロゲーやるし。  そんなこと、人に言えるわけないじゃん。」 「でも・・・。」 「いやね、理解はできないよ?でもさ。それはそれかなって。  それもひっくるめて・・・。好きなんだ・・・。」 再度の告白。今度はさっきよりも自信を持って。はっきりと言った。 「なんで荻上さんが昔、人を傷つけたのかはわからないけれど・・・。  多分、俺は大丈夫だから・・・。」 笹原は言葉を終える。 「私は・・・。私も・・・。」 荻上は、もう感情が爆発寸前だった。 うれしい思いと反面、やはり思い浮かぶのは・・・。 「でも・・・。それでも・・・。」 「俺のこと、信用できないかな・・・。」 少し沈んだ表情で自嘲の笑みを浮かべる笹原。 「そんなこと・・・!」 自分はきっと人を傷つけるから。どんな相手でもそうだろうと。 でも、今笹原は大丈夫といった。 それを信用するの?できるの? できる。 この人なら・・・。きっと・・・。 「ないです・・・!私は・・・。」 バタン。 「お、荻上さん!!」 葛藤の末、体力もなかったこともあり、荻上は倒れてしまった。 夢を見た。 いつもの悪夢かと最初は思った。 中学の教室。 始まる怒声。 逃げる私。 屋上。 フェンスを乗り越える。 落ちる。 しかし、そこからが違っていた。 手を握る人がいた。 私は助けられた。 気付くと今の自分だった。 そして、その手の先にいたのは。 笹原。 「ん・・・。」 荻上が目を覚ますと、もう外は暗くなっていた。 「どうしてたんだっけ・・・。」 体を起こそうとする。二日酔いはかなり消えていた。 腰の横の辺りになにか、黒い塊が見える。 「笹原さん・・・。」 それは笹原の頭だった。つっぷして、寝てしまっている。 「お、起きたね。」 声の方を振り向くと、惠子が入ってきていた。 「大丈夫そう?」 「ええ、まあ・・・。」 「そりゃよかった。兄貴もおきたら安心するよ。」 惠子はにやりと笑って寝ている兄の方を見やる。 「びっくりしたよ。あんた抱えた兄貴が帰ってきたときは。 汗だくになってさあ、必死な形相でさ。」 「・・・。」 その様が想像できて、心が痛む荻上。 それと同時に、うれしさもこみ上げる。 「で、どうするのさ。」 「どうするって・・・。」 「兄貴の告白、咲さんと大野さんから聞いたけど。  付き合うのかってきいてんの。」 「・・・・付き合います。」 少し笑みを浮かべた表情で惠子の言葉を肯定する荻上。 「へえ。なんだ、私の読み当たってたんじゃん。」 「でも、あの時点では付き合ってませんでしたから!」 「オタクとはなんちゃらって言ってたじゃん?  まー、それはともかく。兄貴はいいやつだから。よろしくね。」 そういって、惠子は外に出て行く。 寝ている笹原の顔を見る。それだけで、今は十分だった。 「・・・あ。荻上さん。起きてたんだ。」 笹原が目を覚ます。大きく伸びをした後、肩をならす。 「体、大丈夫?」 「ええ。もう大丈夫です。迷惑おかけしました。」 「ん?いいよ。気にしないで。」 そうやってやはり笑う。 「・・・・。あの・・・。」 「ん?ああ・・・。」 少しの沈黙。荻上が、声を絞り出す。 「私は・・・。やおいが好きで・・・。  人を傷つけて・・・。わがままですけど・・・。  それでも・・・。好きなんですか?」 「ん。そうだよ。わがままはお互い様だし。  荻上さんはいつも一生懸命だし、現視研で本出したときも、  すごく頑張ってくれたじゃない。とてもうれしかった。  それに、いつも頑ななのに、どこか、脆く見えてさ・・・。  ほっとけない。そう気付いたらそう思ってた。」 微笑みながらの笹原の言葉。 荻上は、その言葉に顔を満面に赤くした。 そして自分のことをここまで見てくれて、 その上で自分のことを好きになったこの人のことを大切にしなければ、と思った。 「私も・・・。笹原さんが好きです。」 面と向かって言われ、顔が赤くなる笹原。 「でも、傷つけたくないから・・・。付き合いたくなかった・・・。  なのに笹原さんは自分を信用しろって言うんですね。」 「うん・・・。ごめんね。」 「謝らないでください!・・・わかりました・・・。」 「え?」 「信用したかったんです。本当は。でも・・・。怖かったから・・・。」 表情を沈ませる荻上。笹原は言葉が出ない。 「・・・。」 だがその後、すぐに顔を上げ、少し微笑んで荻上は言う。 「でも、もう逃げません。」 「それって・・・。」 「笹原さんと・・・、付き合いたいです。」 「ほ、本当?」 「はい・・・。いいですか・・・?こんな私で・・・。」 「いいもなにもないよ。勿論。はあ・・・。」 ため息をついて、安堵の表情を浮かべる笹原。 「こううまくいくとは思わなかったよ。」 「・・・きっと後悔しますよ?」 「ん。大丈夫。色々あるだろうけど・・・。きっと、楽しいよ。全部。」 「だったら・・・。いいですね・・・。うふふ・・・。」 満面の笑顔を浮かべる笹原に対し、荻上も、笑う。 目に光が宿る。 その表情に鼓動が早くなるのは笹原。 (うあ、始めてみたかも。荻上さんが笑うところ。) 「じゃあ・・・。これから・・・。よろしくお願いします・・・。」 「ん?ああ、そうね・・・。こ、こういう時どうするもんなのかな?」 「え、え?わ、私にわかるわけないじゃないですか・・・。」 沈黙が二人を包む。 (え?普通にしてればいいのか?何をするって?え?え?  ゲームじゃここから普通は・・・。) (やべ。わがんね。付き合ってすぐって何するもんなんだ?  別に何もしないものなのか?それとも・・・。) 悩む二人の視線が交わされる。見詰め合う二人。 二人の距離が縮まる。 少し・・・。少しづつ・・・。 唇が触れそうになったその瞬間・・・。 「おー!元気になったって!!・・・・って。」 咲。扉を開けて最高に最悪なタイミングで登場した。 「え・・・?何かあった・・・。おい?」 「どうかしまし・・・。えええ?」 その横から斑目と大野も顔を出す。 二人は視線を三人に向けたまま固まる。 「あー、ごめんね?お楽しみの最中でしたか。すまんすまん。  ・・・続きどうぞ。」 「できるわけないじゃないですか!」 荻上の叫びが軽井沢に轟いた。 次の日。みんなは一緒に観光をしていた。 「よかったじゃない。」 「あはは・・・。本当、感謝してます。」 「たぶん笹原が頑張ったからだよ。私たちだけじゃどうもならなかったって。」 そういって咲は前の方で大野と一緒に会話をしている荻上を見た。 髪は完全に下ろしていた。服はワンピース。咲が荻上のために用意したものだった。 その服には帽子が良く似合う。 「そういってもらえると・・・。」 「どうやって説得したのさ?」 「ん・・・。一緒にいたいって。ただそれだけ。」 そういって笹原も前にいる荻上のほうに、優しい目を送った。 「でも、すぐはなれちゃうことになるね・・・。」 あと六ヶ月。卒業まで。 「うん。だからこの六ヶ月、できる限り一緒にいようと思うんだ。  まだきっと心に残ってるから。消えてないだろうから。  その間に、少しでも心が軽くなれば・・・。」 「聞いたの?」 「んー。具体的には聞いてない。でも、それでいいと思う。」 「そっか・・・。」 いずれ、荻上は自分からそのことを言うだろう。 そのときは、きっと二人の心が本当に通い合ったときだろう。 「なーんか、かっこよくなっちゃって!」 「へ?」 「始め合った時とぜんぜん違うじゃん。」 「あはは・・・。いろいろ、あったからねえ・・・。」 「笹原さん・・・。」 「ん?」 気付くと目の前には荻上がいた。 「あの・・・。そ、その・・・。」 「なに?」 「なにじゃねーよ、笹原!一緒に歩きたいんだろ!  ったく、そういうところがまだまだだねえ・・・。」 咲が苦笑いで笹原をけしかける。 「あ、あー。ごめん。一緒に行こう。」 「は、はい。」 そういって二人は先に進む。 「・・・うまくいったじゃねえか。良かったなあ。」 近くには斑目がいた。 「そうだけど、二人が大変なのはこれから。でも、荻上、表情良くなったよね。」 「ああ、それは俺でもわかる。目が生きてるよな。」 昨日から、荻上の目は少し変わっていた。光が小さくだが、宿った。 「ん。まあ、色々あるだろうけどさ、笹原なら大丈夫じゃない?」 「うん、大丈夫。笹原君ならね。」 高坂も現れて会話に混ざる。 「でも、荻上さんを不幸にしたら許しません!」 「うわ!いつのまに!!」 気付くと後ろに大野と田中がいた。 「まあ、これからこれから。大野さんも長い目で見てあげなよ。」 田中が大野の発言に答えていった。 「兄貴が彼女持ちかー。よく考えてみたらすごいことじゃん。」 惠子も近づいてきた。 「んー。一段落だね。後は笹原にお任せだね。」 咲がそういった後、みんなで二人の方を見る。 そこには、今まで見たこともないような笑顔の荻上がいた。 「あ、笹荻にクッチー接近。」 「写真とってますね。」 「荻上さんが普通に対応してるね。」 「・・・・何枚とるつもり?あの人。」 「やべ、荻上さんが切れそう。」 「撮るたびイエー!イエー!いってればなあ・・・。」 「ああ!ついに怒った!」 「お。でも笹原ナイスフォロー。朽木君しょんぼりして戻ってきます。」 「あはは・・・。  しかし、ああいうちょっとしたことでもうまくいきそうな予感はするね。」
*その二 正夢~恋は夕暮れ【投稿日 2005/12/26】 **[[カテゴリー-3月号予想>http://www7.atwiki.jp/genshikenss/pages/84.html]] 「お、荻上さん・・・。」 笹原は息を切らしながら、ひざに手を突き、前かがみになる。 顔を上げると、荻上は沈んだ表情で俯きながらそこにいた。 「・・・・!」 よもや追いかけてくるとは思ってなかったのか。 その顔が驚きに染まる。 「なんで・・・。なんで来るんですか・・・。」 「ん・・・。」 「私は!人を傷つけて!大切だった人を傷つけて!  それでもまだ自分の好きなことをしたくてたまらなくて・・・。  それがその人を傷つけたのに・・・。」 「・・・・。」 笹原は最初何を言い出しているのかがわからなかった。 戸惑いを表情に出そうとしたすぐあとに、夏コミのことを思い出した。 『精神的なものなので・・・。』 「それなのに!私は幸せになりたいと思ってしまって!  私は・・・。そうなっちゃいけないんです・・・。」 そういって、再び涙を流す。 「そっか・・・。」 「だから、笹原さんも私にかまわないで・・・。  笹原さんは私みたいなのに近づいちゃいけないんです・・・。」 (そっか。そういう意味だったのか。) 先ほど振られたときの言葉の本意を聞けた。 大野と咲がなぜ追いかけろといったのか。 全てがつながったような気がした。 そしてその態度で、 自分への感情がどういうものなのかを読み取るには十分だった。 「・・・それはできないよ。」 すこし困った顔で笹原は笑う。 「な・・・。なんで・・・。」 「だって、俺がそうしたいから。これは俺のわがままで。  荻上さんに幸せになって欲しいから・・・。」 「だから私は!」 「いいよ。自分ではそう思ってても。  それでも俺は、荻上さんを守りたいと思うから・・・。」 その台詞にまた心の温かみが戻っていく。 しかし思い浮かべるのはあの『悪夢』。 「だめ!私は・・・!」 「荻上さんは・・・・。俺のこと、どう思ってる?」 口の端は笑みを浮かべてはいるものの、笹原の目は真剣だ。 いつにもない真剣な表情で見つめられて荻上は鼓動が早まる。 「・・・・!私は・・・。」 嘘をつけばいい。 また、「オタクが嫌い」といえばいい。 この人が嫌いだといえば、あの悪夢は起こらないはずだ。 でも・・・!でも・・・! 「荻上さんが、俺のこと嫌いだって言うなら、  もう、何もしないよ。」 「・・・・!」 嫌いといったら、もう笹原は近くに来ない。 言えばいいじゃない。嫌いだって。 それで全てがすむのなら。この人を傷つけずにすむのなら。 その瞬間、今まで見てきた様々な笹原がフラッシュバックする。 頼りない笑顔。 真剣な表情で意志を通した意外な顔。 困った顔で諭す顔。 私のことをまるで自分のことのように喜んでくれた顔。 いつからか、自分のことを気にかけてくれていた。 そんなこの人に。 言えるはずが無い。 「・・・嫌いなわけ、無いじゃないですかあ・・・・。」 本音が漏れた。弱ってる荻上がいつもの外面を保てるわけも無く。 目を腕で覆いながら、涙を流した。 「それなら、俺は荻上さんを助けるよ。  何の役にも立たないかもしれないけど。」 荻上は首を大きく振る。 「笹原さんは・・・。今までたくさん助けてくれました・・・。  だから私はあなたを・・・。傷つけたくないんです・・・。」  近くにいると・・・。傷つけます。きっと。」 「それでも、俺は傍にいたいからさ。」 そういって、笹原は笑う。 「やっぱ、俺はわがままなんだな。オタクだしね、はは。」 「笹原さんは・・・。気持ち悪くないんですか、私のこと。」 荻上にとって聞きたかったことだった。 あの本の中身を見ても、なぜこの人は私を・・・。 「ん?ああ・・・。別に・・・。俺だってエロゲーやるし。  そんなこと、人に言えるわけないじゃん。」 「でも・・・。」 「いやね、理解はできないよ?でもさ。それはそれかなって。  それもひっくるめて・・・。好きなんだ・・・。」 再度の告白。今度はさっきよりも自信を持って。はっきりと言った。 「なんで荻上さんが昔、人を傷つけたのかはわからないけれど・・・。  多分、俺は大丈夫だから・・・。」 笹原は言葉を終える。 「私は・・・。私も・・・。」 荻上は、もう感情が爆発寸前だった。 うれしい思いと反面、やはり思い浮かぶのは・・・。 「でも・・・。それでも・・・。」 「俺のこと、信用できないかな・・・。」 少し沈んだ表情で自嘲の笑みを浮かべる笹原。 「そんなこと・・・!」 自分はきっと人を傷つけるから。どんな相手でもそうだろうと。 でも、今笹原は大丈夫といった。 それを信用するの?できるの? できる。 この人なら・・・。きっと・・・。 「ないです・・・!私は・・・。」 バタン。 「お、荻上さん!!」 葛藤の末、体力もなかったこともあり、荻上は倒れてしまった。 夢を見た。 いつもの悪夢かと最初は思った。 中学の教室。 始まる怒声。 逃げる私。 屋上。 フェンスを乗り越える。 落ちる。 しかし、そこからが違っていた。 手を握る人がいた。 私は助けられた。 気付くと今の自分だった。 そして、その手の先にいたのは。 笹原。 「ん・・・。」 荻上が目を覚ますと、もう外は暗くなっていた。 「どうしてたんだっけ・・・。」 体を起こそうとする。二日酔いはかなり消えていた。 腰の横の辺りになにか、黒い塊が見える。 「笹原さん・・・。」 それは笹原の頭だった。つっぷして、寝てしまっている。 「お、起きたね。」 声の方を振り向くと、惠子が入ってきていた。 「大丈夫そう?」 「ええ、まあ・・・。」 「そりゃよかった。兄貴もおきたら安心するよ。」 惠子はにやりと笑って寝ている兄の方を見やる。 「びっくりしたよ。あんた抱えた兄貴が帰ってきたときは。 汗だくになってさあ、必死な形相でさ。」 「・・・。」 その様が想像できて、心が痛む荻上。 それと同時に、うれしさもこみ上げる。 「で、どうするのさ。」 「どうするって・・・。」 「兄貴の告白、咲さんと大野さんから聞いたけど。  付き合うのかってきいてんの。」 「・・・・付き合います。」 少し笑みを浮かべた表情で惠子の言葉を肯定する荻上。 「へえ。なんだ、私の読み当たってたんじゃん。」 「でも、あの時点では付き合ってませんでしたから!」 「オタクとはなんちゃらって言ってたじゃん?  まー、それはともかく。兄貴はいいやつだから。よろしくね。」 そういって、惠子は外に出て行く。 寝ている笹原の顔を見る。それだけで、今は十分だった。 「・・・あ。荻上さん。起きてたんだ。」 笹原が目を覚ます。大きく伸びをした後、肩をならす。 「体、大丈夫?」 「ええ。もう大丈夫です。迷惑おかけしました。」 「ん?いいよ。気にしないで。」 そうやってやはり笑う。 「・・・・。あの・・・。」 「ん?ああ・・・。」 少しの沈黙。荻上が、声を絞り出す。 「私は・・・。やおいが好きで・・・。  人を傷つけて・・・。わがままですけど・・・。  それでも・・・。好きなんですか?」 「ん。そうだよ。わがままはお互い様だし。  荻上さんはいつも一生懸命だし、現視研で本出したときも、  すごく頑張ってくれたじゃない。とてもうれしかった。  それに、いつも頑ななのに、どこか、脆く見えてさ・・・。  ほっとけない。そう気付いたらそう思ってた。」 微笑みながらの笹原の言葉。 荻上は、その言葉に顔を満面に赤くした。 そして自分のことをここまで見てくれて、 その上で自分のことを好きになったこの人のことを大切にしなければ、と思った。 「私も・・・。笹原さんが好きです。」 面と向かって言われ、顔が赤くなる笹原。 「でも、傷つけたくないから・・・。付き合いたくなかった・・・。  なのに笹原さんは自分を信用しろって言うんですね。」 「うん・・・。ごめんね。」 「謝らないでください!・・・わかりました・・・。」 「え?」 「信用したかったんです。本当は。でも・・・。怖かったから・・・。」 表情を沈ませる荻上。笹原は言葉が出ない。 「・・・。」 だがその後、すぐに顔を上げ、少し微笑んで荻上は言う。 「でも、もう逃げません。」 「それって・・・。」 「笹原さんと・・・、付き合いたいです。」 「ほ、本当?」 「はい・・・。いいですか・・・?こんな私で・・・。」 「いいもなにもないよ。勿論。はあ・・・。」 ため息をついて、安堵の表情を浮かべる笹原。 「こううまくいくとは思わなかったよ。」 「・・・きっと後悔しますよ?」 「ん。大丈夫。色々あるだろうけど・・・。きっと、楽しいよ。全部。」 「だったら・・・。いいですね・・・。うふふ・・・。」 満面の笑顔を浮かべる笹原に対し、荻上も、笑う。 目に光が宿る。 その表情に鼓動が早くなるのは笹原。 (うあ、始めてみたかも。荻上さんが笑うところ。) 「じゃあ・・・。これから・・・。よろしくお願いします・・・。」 「ん?ああ、そうね・・・。こ、こういう時どうするもんなのかな?」 「え、え?わ、私にわかるわけないじゃないですか・・・。」 沈黙が二人を包む。 (え?普通にしてればいいのか?何をするって?え?え?  ゲームじゃここから普通は・・・。) (やべ。わがんね。付き合ってすぐって何するもんなんだ?  別に何もしないものなのか?それとも・・・。) 悩む二人の視線が交わされる。見詰め合う二人。 二人の距離が縮まる。 少し・・・。少しづつ・・・。 唇が触れそうになったその瞬間・・・。 「おー!元気になったって!!・・・・って。」 咲。扉を開けて最高に最悪なタイミングで登場した。 「え・・・?何かあった・・・。おい?」 「どうかしまし・・・。えええ?」 その横から斑目と大野も顔を出す。 二人は視線を三人に向けたまま固まる。 「あー、ごめんね?お楽しみの最中でしたか。すまんすまん。  ・・・続きどうぞ。」 「できるわけないじゃないですか!」 荻上の叫びが軽井沢に轟いた。 次の日。みんなは一緒に観光をしていた。 「よかったじゃない。」 「あはは・・・。本当、感謝してます。」 「たぶん笹原が頑張ったからだよ。私たちだけじゃどうもならなかったって。」 そういって咲は前の方で大野と一緒に会話をしている荻上を見た。 髪は完全に下ろしていた。服はワンピース。咲が荻上のために用意したものだった。 その服には帽子が良く似合う。 「そういってもらえると・・・。」 「どうやって説得したのさ?」 「ん・・・。一緒にいたいって。ただそれだけ。」 そういって笹原も前にいる荻上のほうに、優しい目を送った。 「でも、すぐはなれちゃうことになるね・・・。」 あと六ヶ月。卒業まで。 「うん。だからこの六ヶ月、できる限り一緒にいようと思うんだ。  まだきっと心に残ってるから。消えてないだろうから。  その間に、少しでも心が軽くなれば・・・。」 「聞いたの?」 「んー。具体的には聞いてない。でも、それでいいと思う。」 「そっか・・・。」 いずれ、荻上は自分からそのことを言うだろう。 そのときは、きっと二人の心が本当に通い合ったときだろう。 「なーんか、かっこよくなっちゃって!」 「へ?」 「始め合った時とぜんぜん違うじゃん。」 「あはは・・・。いろいろ、あったからねえ・・・。」 「笹原さん・・・。」 「ん?」 気付くと目の前には荻上がいた。 「あの・・・。そ、その・・・。」 「なに?」 「なにじゃねーよ、笹原!一緒に歩きたいんだろ!  ったく、そういうところがまだまだだねえ・・・。」 咲が苦笑いで笹原をけしかける。 「あ、あー。ごめん。一緒に行こう。」 「は、はい。」 そういって二人は先に進む。 「・・・うまくいったじゃねえか。良かったなあ。」 近くには斑目がいた。 「そうだけど、二人が大変なのはこれから。でも、荻上、表情良くなったよね。」 「ああ、それは俺でもわかる。目が生きてるよな。」 昨日から、荻上の目は少し変わっていた。光が小さくだが、宿った。 「ん。まあ、色々あるだろうけどさ、笹原なら大丈夫じゃない?」 「うん、大丈夫。笹原君ならね。」 高坂も現れて会話に混ざる。 「でも、荻上さんを不幸にしたら許しません!」 「うわ!いつのまに!!」 気付くと後ろに大野と田中がいた。 「まあ、これからこれから。大野さんも長い目で見てあげなよ。」 田中が大野の発言に答えていった。 「兄貴が彼女持ちかー。よく考えてみたらすごいことじゃん。」 惠子も近づいてきた。 「んー。一段落だね。後は笹原にお任せだね。」 咲がそういった後、みんなで二人の方を見る。 そこには、今まで見たこともないような笑顔の荻上がいた。 「あ、笹荻にクッチー接近。」 「写真とってますね。」 「荻上さんが普通に対応してるね。」 「・・・・何枚とるつもり?あの人。」 「やべ、荻上さんが切れそう。」 「撮るたびイエー!イエー!いってればなあ・・・。」 「ああ!ついに怒った!」 「お。でも笹原ナイスフォロー。朽木君しょんぼりして戻ってきます。」 「あはは・・・。  しかし、ああいうちょっとしたことでもうまくいきそうな予感はするね。」

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