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*帰ってきた斑目 【投稿日 2007/05/04】 **[[カテゴリー-斑目せつねえ>http://www7.atwiki.jp/genshikenss/pages/48.html]] 笹原たちの代の会員たちの卒業式の数日後、斑目は会社を辞めた。 理由は言うまでも無い、春日部さんの卒業だった。 とは言っても、春日部さんの来ない部室に用は無いといったニュアンスではない。 どっちかと言えば、部室に行けば嫌でも春日部さんとの4年間を思い出してしまいそれが辛い、そういう理由だった。 理性の上では吹っ切ったつもりでも、感情の方は今でも未練タラタラなのだ。 そこで物理的に部室に行く生活習慣を絶つべく、先ずは会社を辞めることにしたのだ。 今住んでるアパートも、近い内に引き払うつもりだ。 会社を辞めてから3日目の昼、斑目は久しぶりに外へ出た。 この2日間、彼は自分の部屋から1歩も出なかった。 会社の人に会うのが怖かったからだ。 3日前、最後の仕事を終えた後、社長の机の上にそっと辞表を置いて帰った。 一応社長や事務のおばちゃんでも使えるように、パソコンのフォーマットを整理し、彼らに分かるように手書きの説明書を作って置いてきた。 彼らはブラインドタッチは出来ないが、1本指で入力は出来るので何とかなるだろう。 そうは言っても、この2日間は落ち着かなかった。 何時会社から電話があるか分からない。 携帯の電源を切り、息を潜めるように過ごした。 3日目に出てきたのは、部屋の食料の買い置きが尽きたという、極めて単純で現実的な理由からであった。 とりあえず近所のコンビニに行き、弁当を買った。 『今までだったら、このまま部室に向かうんだよな』 などとふと考えたのがきっかけとなり、斑目の頭の中で猛烈な勢いで思索が始まった。 2日間家に引きこもっていた反動で、外を歩いたことで一気に脳が活性化したのだ。 そして思索が途切れて我に返った時、斑目は部室の前に立っていた。 習慣とは恐ろしいものである。 『何で俺はここに居る?』 そう思いつつも、斑目は観念して部室に寄ることにした。 『ひょっとしたら、これが最後になるかも知れんしな』 「うぃーっす!」 部室には笹原が居た。 「やあ斑目さん、こんちわ」 「あれっ、お前もう仕事始まってるんじゃなかったっけ?」 3月に入って卒業が決まると、笹原は早くも研修を始めていた。 「派遣は正社員よりハンディ背負って社会に出るんだ、始めるのが早いに越したことはないさ」 笹原の上司、小野寺のそういう信念からの措置だった。 「実は今から出勤なんすよ」 その後斑目は、「くじアン」の新刊をネタに、笹原と他愛の無いオタ話に興じた。 そこへ会長に就任した荻上さんと、入学はまだなのだが某イベントに参加すべく来日していたスーがやって来た。 荻上「何で卒業したはずの人間が2人もいるんですか?」 笹原「いやはは…俺は今から出社でね」 斑目「あー俺は会社辞めたから」 話の流れのせいでサラリと告白してしまう斑目。 だがそのひと言は、ディオのスタンドのように部室の時間を数秒間凍結させた。 やがて凍結解除され、笹荻揃って声を上げた。 「えっ!?」 「ジョブチェンジ?」 スーがナチュラルな英語でつぶやいた。 斑目「だってホラ私服でしょ?」 そういう問題ではない! 荻上「やっぱり春日部さんが…あっ!」 思わず自分の口をふさぐ荻上さん。 斑目の爆弾発言のあまりの衝撃に、春日部さん以外の女子の間で緘口令の敷かれていたトップシークレットが、つい口をついて出てしまったのだ。 笹原「春日部さん?…あっ!」 相変わらずリアル恋愛には朴念仁な笹原も、さすがに荻上さんのひと言の意味に気付いた。 明らかに今のひと言に、斑目が赤面滝汗で過剰に反応しているからだ。 斑目「なっ、なっ…」 次の言葉が出て来ない。 笹原「斑目さん?…まさか、これってもしや?」 スーの次のひと言が斑目に止めを刺した。 「好キッテコトダヨ」 斑目は暴発した。 「知ったな!うわああああああああああああ!!!!!!!」 絶望先生風の絶叫と共に泣きながら部室から逃走することが、この時の斑目に出来る最善の措置であった。 その後斑目は、どこをどう歩いたか覚えていない。 日が暮れるまで町を彷徨い続けた。 気が付くと、夕暮れの町を自分のアパートに向けて歩いていた。 『やってしまったな、ついに。これでもう2度と、部室に顔は出せんな』 途方に暮れながら帰ってくると、自室の前に人影が見えた。 背は低いががっちりした体格の、頭の禿げ上がった初老の男だ。 傍らには彼の物らしい鞄が置かれていた。 その人影に斑目は見覚えがあった。 「社長!?」 思わず声を上げてしまう。 人影の正体は、斑目の元の職場「桜管工事工業」の社長だった。 「よう遅かったじゃねえか」 何が何やら分からぬまま、斑目は社長を自室に招き入れた。 とりあえず社長に座ってもらい、お茶を用意する。 お茶の用意をしつつも斑目は落ち着かなかった。 怒られるか殴られるか、はたまた人情絡みの説得をされるのか、そういう不安が大半であったが、別な不安もあった。 オタルームに一般人のお客を招き入れたことに対する、本能的な不安だった。 部屋の中は、以前会員たちが来た頃に比べれば、かなり片付いていた。 その代わりに段ボール箱が積み上げられている。 いずれここを引っ越すつもりだったから、この2日間部屋にこもっている間、ひたすら部屋を片付け荷造りをしていたのだ。 とは言ってもそこは斑目ルーム、一般人の目には怪しげに見えるグッズはまだまだあった。 だが社長はそれらには目もくれずに、黙って座り込んでいた。 斑目がお茶を出すと同時に、社長は開口一番こう言った。 「お前さあ、仮にも大卒の学士様で事務職なんだから、就業規則ぐらい読んどけや」 「しゅうぎょうきそく?」 予想外の単語に、思わずオウム返しに言ってしまう斑目。 「そんなもんあったんすか?」 「失礼だなあ、そりゃうちは従業員ウン十人の零細企業だから、法律的には作らなくてもいいよ。でもな、作っちゃいけないとは言ってないんだから、そりゃ作るさ」 「で、その就業規則が何か?」 「いいか、うちの会社はな、特別な理由が無いなら、辞める1ヶ月以上前に俺に言わなきゃいけないんだよ」 「そうだったんすか?」 「そりゃそうだろ?お前さん、いくらオタクだからってマンガの見過ぎだよ。今時辞表だしてハイさよならっつー訳には行かないの!」 この場合のマンガとは、コミックとアニメの両方の意味があることは言うまでも無い。 (この年代の人は、アニメのことをマンガと言う人が大半だ) 「いいか、辞めるとなったらお前さんの後釜探さにゃならんし、その後釜に引継ぎもせにゃならん」 「はあ…」 昔気質の職人のような社長のことだから、頭ごなしに怒鳴られるかもと覚悟していた斑目、意外に理詰めで攻めてくる社長に面食らい、大人しく拝聴し続ける。 「それにだ、労基法じゃこっちがクビにしようと思ったら、1ヶ月以上前に言って退職金用意せにゃならん。だったらそっちにもこれぐらい求めても、バチは当たらんだろう?」 「そうですね…」 「それとも何か?惚れた女が卒業するってのが、特別な理由だとでも言いたいのか?」 再び赤面滝汗の斑目。 「なっ、何でそれを?…」 「そりゃ分かるさ。毎日のように大学の部室に飯食いに行き、嬉しそうだったりガッカリしたりしながら帰ってくるんだよ。普通女絡み以外あり得んだろ、そんなの」 「ははは…」 「知ったな!」と叫んで逃げ出したい衝動をかろうじて耐える斑目。 「まあ真面目な話、お前さん辞めてどうするんだ?次の仕事はもう決まってるのか?」 「いえ…」 「無茶な奴だなあ。そんじゃあさあ、お前何かやりたいことはあるのか?」 「いえ、特には…」 社長は斑目の両肩をガッチリと掴んだ。 「えっ?」 緊張で体を硬直させる斑目。 「だったらうちに戻って来い!」 「えっ?」 「お前が何かうちの仕事以外にやりたいことがあって辞めるんなら、俺も止めんよ。でも、とりあえずそんなもんは無いんだろ?」 「はあ…」 「それにだ、お前失恋のショックで自殺とかする気があるのか?」 「いっ、いえそんなこと…」 必死で首を横に振る斑目。 「だったらうちに戻って働け!いいか、どんな悲しいこと辛いことがあっても、人間は死なない限り生きていかなきゃならないんだ!」 「まあ、そりゃそうですね…」 「そして生きるってのは金を使うってことだ!金を使いたきゃ金を稼がにゃならん、金を稼ぎたきゃ働かにゃならん。つまり生きていくってことは働くっことだ!」 「はあ…」 「分かったら明日から出て来い!この3日間は有給にしといてやるから!」 社長は自分の鞄から作業着を取り出して斑目に渡した。 「社長、これ上下ですね?」 「そうだ、明日はこれ着て来い。スーツは畳んで持って来とけばいいから」 「と言いますと?」 「明日からお前さんに、外の仕事の基礎を教えてやる」 「おっ、俺配管工もやるんすか?」 何時の間にか斑目、戻るとも戻らないとも言わないまま、明日出勤するのが前提のように話を進め始めていた。 「まあ助手程度で本格的なやつじゃないけど、何せ人手不足だから今後は外の仕事もちょくちょく手伝えや。その代わり帰りにゃ部室にも寄って来ていいぞ、いや寄って来い!」 「えっ?」 「実はうちのカミさんから言われてるんだよ。お前さん真面目に働いてる割にモテなさそうだから、誰か女紹介してやれって」 「奥さんがですか?」 社長の奥さんは重役兼経理担当で、斑目とは職場で毎日顔を合わせていた。 「でもさあ、俺のその手の人脈って、水商売系しか居ねえんだよな。どうもお前さんみたいなタイプには、やっぱり女のオタクの方が似合いそうだしな」 「それはそうですね…」 「だからさあ、この先お前さんに新しい出会いがあるとしたら、やっぱ大学の方じゃねえかな?」 「新しい出会いっすか?」 「まあまだ今は、そういうこと考えられねえだろうけどな。でもまあそう言わず、また明日から行ってこいや。後輩たちだって寂しがってるんじゃねえか?」 「いや、それはどうだか…」 昼のことを思い出す斑目。 『向こうだって気まずいだろう…』 「ああもう、まだるっこしいな!いいから明日から会社来い!そんでまた昼飯ん時に部室行って来い!ちょっとぐらい遅れて帰ってきてもいいからさあ!(大声で)返事は!」 「はいっ!」 社長の気合いと迫力に思わず返事してしまう、受け体質の斑目だった。 斑目の部屋を出た社長、夜道を数歩歩いてピタリと立ち止まる。 そして振り返ると、角の方に向かって話しかけた。 「あんなもんで良かったかい?」 角の向こうで、数人の人間がうろたえるような気配がした。 「出て来いよ。居るのは分かってんだから」 ばつの悪そうな顔で、角の向こうからぞろぞろと出てきたのは、現視研の面々だ。 昼間部室に居た荻上さん、スーに加え、大野さん、クッチー、恵子の5人だ。 荻上「こんばんわ…」 朽木「いやあ社長さん、よく分かりましたなあ」 社長「そりゃ分かるよ、人の部屋の前であんだけガチャガチャ騒いでたら」 荻上「ははは、すいません…」 恵子「ったく、大野さんが騒ぐから」 大野「私ですか?どっちかと言えば朽木君が…」 朽木「わたくしでありますか?」 社長「ああもう、それぐらいにしろ。まったくお前らなあ、盗み聞きするならもう少し静かにやれよ。まあ斑目はいっぱいいっぱいだったから、多分気付いてないと思うけどな」 一同「すいません…」 「それにしてもよう、昼間お前らが来た時にゃ何事かと思ったぜ」 斑目が逃げ去った直後、部室では「第1回 斑目さんをどうしよう会議」が開かれた。 就職活動の帰りのクッチーや大野さん、それに遊びに来た恵子も会議に加わり、先ずはとりあえず斑目の退職を何とかしようということになった。 (この後笹原は出勤した) そして一同は桜管工事工業に出向き、全員で社長に理由を話して頭を下げて、斑目の退職撤回をお願いしたのだ。 実は社長、これによって春日部さんのことを知った。 まさか大学卒業した斑目が、春日部さんに会えればそれでいいという中学生並みの恋愛をしているとは、さすがに想像出来なかったのだ。 社長「だってそうだろ?得体の知れない若いの5人にいきなりそんなことされちゃ、普通ビビるだろ?ましてやそん中にゃ、こんな外人のおチビちゃんまで居るし」 チビという言葉にスーが反応した。 スー「誰ガ顕微鏡デナイト見エナイみじんこどちびカ~!」 大野「Sue~~~~!!!」 社長「(驚き)そこまで言ってないって…何だ日本語分かってるじゃねえか、このおチ…いや外人のお嬢ちゃん」 大野「まあ分かっていると言うか何と言いますか…ハハハ…」 スーの言葉がアニメの台詞であると説明するのは手間と考えたか、現視研一行は笑って誤魔化した。 荻上「今日はいろいろとご迷惑をお掛けしました」 社長「まあいいさ。おかげで斑目を引き戻す口実が出来たんだからな」 実は社長、現視研の面々が訪問するまで、斑目を辞めさせる気満々だった。 昔気質の彼は、今まで目をかけてやった斑目が黙って辞めたことを心底怒っていたのだ。 その一方で、彼は斑目が辞めるのを惜しいとも思っていた。 中卒のコンプレックスのせいか、社長は大卒という肩書きを世間以上に重く見ていた。 実際話してみると、自分や他の社員たちに比べ、いろいろものを知ってるし考えている。 大卒が1人居るといろいろ重宝する、本気でそう思った。 だが自分の会社のような零細企業に大卒の社員が来ることは、斑目が最初で最後かも知れない。 だが勝手にフラリと辞めた奴を簡単に戻すのも、気持ち的に落ち着かない。 そんな「さあどうしたものか」な状態の時に、現視研の面々がやって来たのだ。 それは彼にとって渡りに船であった。 社長「それにしてもダメな先輩だよなあ、斑目って。こんなに後輩たちに心配かけやがってよう」 荻上「まあ、それがあの人の味ですから…」 本音を言えば『斑目さんは、笹原さんと付き合うきっかけを作ってくれた恩人だから』というのもあったが、さすがにそれは言えなかった。 荻上「それに今、現役の正規の会員って私だけなんで、たとえOBの人と言えども1人でも多い方が心強いんです」 恵子「あっ、ひでえお姉ちゃん」 大野「まあまあ、椎応の学生じゃないって意味ですから。ちゃんと荻上さん、あなたも会員だと思ってますよ」 朽木「それに斑目さん来てくれないと、男子はわたくし1人になってしまうであります」 スー「置物モ、ドカシテミルト景色ガ落チ着カナイワネ」 社長「何でえ、やっぱその嬢ちゃん、日本語喋れるじゃねえか」 荻上「まあ、喋れると言うか何と言うか、ハハハ…」 やがて社長は斑目の部屋の方を向き、こう言って立ち去った。 「いい後輩持ったなあ、斑目よう」 翌日、斑目は再び桜管工事工業に出勤した。 朝の内は社長と共に外の仕事をし、昼前に大学の近くまで戻って来た。 そして車から降ろされた。 「ゆっくりして来いや。後の事務仕事は、今日中にやってくれりゃ何時からやっても構わねえからよう。ただし、残業代は付けねえけどな」 社長はこう言うと、斑目を置き去りにして会社に戻った。 「うぃーっす」 斑目が部室に入ると、荻上さん、スー、クッチー、大野さん、恵子の5人が出迎えた。 恵子「あっ、斑目さんが帰ってきた!」 荻上「(笑顔で)お帰りなさい、斑目さん!」 一同「お帰りなさい!」 斑目「ははは…メイド喫茶じゃないんだから…」 恵子「いやこの場合はやっぱ『お帰りなさい』でしょ、斑目さん。何せあんた、ここの主なんだから」 斑目「俺は初代会長ですか…(突如敬礼し)恥ずかしながら帰ってまいりました…なんちて(苦笑)」 朽木「(立ち上がって敬礼し)おつとめご苦労様でした!」 斑目「あの、朽木君、ムショ帰りじゃないんだから…」 スー「あむろトハ、イツデモ遊ベルカラ」 斑目「えっ?…もしかして、あれをやれと?」 大野「まあ、お約束ですから」 一瞬間を置いて呼吸を整えると、斑目はスーのネタ振りに応えた。 「僕にはまだ、帰れるところがあるんだ…こんな嬉しいことはない」 そう言って斑目はニカッと笑い、会員たちも笑い、現視研の部室にはいつも通りのゆるりとした空気が戻った。 ゆるりとした空気漂う部室の中で、斑目は思った。 もしかしたら初代会長が俺に引き継ぎたかったのは、会長職というよりも現視研を見守り続けることだったのかも知れない。 あの人が何年ここに居たのかは今となっては分からないし、俺もこの先何年ここに通い続けられるかは分からない。 まあいいか、そんな先のことを考えてもしょうがない。 運命か宿命かは知らんが、行けるとこまで行ってみるさ。 そして可能な限り、ここに来る若いオタクたちの行く末を見守り続けて行こう。 まあ見守るだけで精一杯だがな。

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