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*千佳子の覚醒 【投稿日 2007/02/02】 **[[カテゴリー-その他>http://www7.atwiki.jp/genshikenss/pages/52.html]] これは絵板起源の「セカンドジェネレーション」-双子症候群-の独自設定 です。一応、「初期設定」とされるキャラクターの設定を拝借していますが、 独自に改編した部分もあります。 ここだけで完結されたバラレル設定ですので他のSS師さんたちや絵師さんた ちの設定との差異はご了承ください。 □舞台設定  げんしけん最終回から二十年後の世界の東京郊外の新興都市 □登場人物設定  旧世代の登場人物は斑目晴信、アンジェラ・バートン、スザンナ・ホプキンス のみの登場。その他メンバーは名指しも登場もしない方針。 □物語設定 物語はオムニバス形式で独立しており各自主人公が異なりますが、 前作の設定を一部引き継ぐ場合があります。一応、時間系列順に列挙して おきます。 :げんしけんSSスレまとめサイト 「その他」カテゴリー収録 ①「ぬぬ子の秘密」 主人公 服部双子(ぬぬ子) A.C.2026年 ②「斑目晴信の憂鬱」 主人公 斑目晴信 A.C 2026年 ③「アンの青春」 主人公 アンジェラ・バートン A.C 2010年 ④「千佳子の覚醒」主人公 田中千佳子 A.C.2026年 続編予定 ⑤春奈の憤慨 ⑥最終話 タイトル未定 □登場人物 (○旧世代 ◎新世代 ☆オリジナル) ○斑目晴信  新世代たちの中学校に用務員として赴任。過去にアンジェラと短期間交際し ており、認知していない息子が一人いる。最近、その存在を知った。 ○アンジェラ・バートン (アン、アンジェラ) 米国にて社会心理学研究をしている。斑目との間に一子あり。 ○スザンナ・ホプキンス (スージー、スー) 新世代の中学校に英語教師として赴任。容姿は昔と変わらない。 ◎千里(ちさ) 十四歳以下同 笹荻の娘。妹の万理と二卵性双生児。性格は積極的で物事に頓着しない。 漫画、アニメ好き。 美少女愛好趣味もある。どちらかというと消費系オタ。叔母や親友の春奈と ファッションやゲームの話題で気が合う。 ◎万理(まり) 前作でうっかり万里の変換せずにいましたので他の方々の 設定との区別の為に万理で通します。 同じく笹荻の娘。性格は消極的で思慮深い。納得のいかない細事に拘る面も ある。腐女子趣味で創作もする。漫画、アニメ好き。創作系オタ。親友の 千佳子と気が合う。 ◎千佳子  田大の娘。温厚で大人しい性格。父親に似て凝り性で几帳面な面も。漫画、 アニメ好き。消費系オタ。腐女子趣味。コスプレは嫌い。 思春期の難しい年頃で母親のコスプレ趣味には嫌悪感。その後何かの きっかけで目覚める可能性あり。 ◎春奈 高咲の娘。ボクササイズをしている。オタク趣味は無いが、父親の影響で オンラインゲームの格闘ゲームが好き。 ファッションにも興味があり、アバターの服などのデザインを趣味にして いる。 父親の天才性?は引き継いでいないが、母親のリーダーシップの素質の萌芽 がありそう。 ◎服部双子(ぬぬ子) 突然、転校してきた厚底メガネのおさげの少女。メガネを取ると絶世の 美少女という古典的設定。その他にも秘密が多そう。 ☆アレクサンダー・バートン(アレック) 十五歳 このパラレル設定での完全なオリキャラ。斑目とアンジェラの息子。 無責任な父親を拒否。 その反動でオタク趣味も寄せ付けない。しかし思いっきり素養がある。 母親似のスポーツマンで格闘技を習得。 オンライン格闘ゲームには興味がある。 ○序幕 千佳子の願い  2026年 x月二十一日 午前7時37分 毎日来るはずの朝が何時も通りの朝である事に、千佳子は何の疑問も抱いてはいなかった。 そう、今までは・・・。 だから両親が頻繁にそろって旅行に出かける事が多く、そうした日が決まって少し寝坊気味で あったとしてもやはり「いつも通り」の朝に変わりは無かった。 いつも通りである事に不満を感じるようになったのは何時からだろう? 何時からかは分かっている。「あの時」からだ。 結局、千佳子にとって不満自体よりもその理由の不可解な事の方が腹立たしいと気付くのだった。 そして今日もいつもと変わらない朝が始まる。 一人で朝食を食べ、パンをかじりながらテレビの今日の運勢を眺める。 「今日の牡牛座のラッキーカラーは白・・・、ラッキーナンバーは3ですね・・・。」 (馬鹿馬鹿しい・・・。) こんなものにキャアキャア騒ぐ人たちの気がしれないと千佳子は最近思うようになっていた。 ふと家がぐらつくのに気付く。やがてテレビのテロップに地震速報が流れるのをぼんやりと見る。 たいした地震では無い・・・。最近の自分はどうかしているのかしら? 大きな地震がおきて、何か 世界が一変する事を秘かに期待しているみたいだ・・・。 こうした気分は決まって両親のいない日に感じる・・・。千佳子はそうした気持ちが思春期特有のものだと 「知識」として理解していたし、そうした感情も自分で自律できる「大人」であるとも思っていた。 一人でいるから余計悪いのだ。さっさと朝食を食べて友人たちといよう。千佳子はそうした感情を 振り払うように、テキパキと後片付けをして家の戸締りをして学校に向かった。 2026年 x月二十一日 午後3時48分 いつもと変わらぬ退屈な授業だ・・・。千佳子は退屈な授業が終わるのを待った。 最近、時間の立つのが遅くて苛立たしく感じる。だからといって授業を疎かにするようないい加減さは 千佳子は嫌いだった。ノートはしっかりと几帳面に整理して、鉛筆を休ませる事は無い。 隣の席では千里が眠たそうにあくびをしている。横目でそれを見て、くすりと千佳子は笑った。 きっと後でノートを見せてとせがんでくるに違いない。 万理は? 一心不乱にノートに何か書いている。黒板も見ずに!! 何に夢中になっているかは容易に 予想がついた。そしてやはり万理も後で私に泣きついてくる。 二人に頼られるのは悪くない。むしろ嬉しい。なによりも二人は幼馴染であり、親友なのだ。 だが時として、彼女たちの無垢な無邪気さが自分を苛んでいる事も自覚していた。 丁寧に一字一句正確に書かれた文字。見やすいように整理され、定規で正確に測ったように 均等な図の絵が描かれたノート。几帳面で潔癖な自分の反映でもあるかのようなノートを見ていると 苛立ちを抑える事ができない。早く・・・早く授業が終わってほしい・・・。そして何かすごい事が起こって この退屈な世界がどうにかなって欲しい!! その時、教室のドアが開く音がした。教頭先生だった。その顔は青ざめていた。 「皆さんにお伝えしなければならない事があります。今から警察の方が来て、簡単な質問を 皆さんにするかもしれません。」 教頭は続けて言った。 「悲しいお知らせです。皆さんの為に働いてこられた用務員の斑目さんが亡くなりました。」 教室がどよめく。 私の願いは叶えられた。こんな形で・・・。望みどおり私の世界は破壊された。 ○エピローグ 千佳子の相談 「そっ相談ってどんな事? 千佳子ちゃん?」 斑目は恐る恐る聞いてみた。しかし困惑気味な表情を隠す事ができなかった。 千佳子は少しためらった表情を見せた。 「ううん、やっぱりいいの。無事解決した事だし、たいした事じゃ無いから。心配してもらってありがとう。」 そう言って千佳子は笑顔を見せて、用務員室から出て行った。 (あのしっかり者の千佳子ちゃんが俺に相談だなんて・・・。なんだったんだろう?) 斑目は千佳子の相談事の内容が気になった。だが誘拐事件の後という事もあり、しばらく平穏な生活が 続いてほしいと望んでいた事も正直な気持ちだった。 だからきっと千佳子の言う通り大した事じゃ無かったのだと自分で自分に言い聞かせた。 そして斑目の希望通り平穏な日々が続き、再び平和でヘタレな日常が戻った。 ○第二幕 斑目晴信の不運 2026年 x月二十一日 午後8時06分 千佳子は通夜に参列した。普段見られない顔もあったが、急場に駆けつけられた人々の多くは 千佳子の良く知る人たちであった。千佳子の両親も旅行の予定を切り上げて戻ってきた。 制服姿の千佳子の隣では双子たちがワアワア泣いている。春奈もだ。 それなのにどうして私は泣く事ができないのだろう?みんなのように悲しいのに、泣きたいのに。 本当の事を言えば私が一番斑目小父さんと知り合うのが早かった。双子たちよりも!! 事情があるのか、母は斑目小父さんの事を毛嫌いしていた。会おうともしなかった。 だがそんな母さえも通夜では涙にくれている。 何が起きたのか次第に周囲の話で明らかになってきた。斑目小父さんは学校に発注される 教材が業者の手違いで届かなかったのを取りに外出していて、見知らぬ強盗か何かに 殺されたという。手には何かレア物のエロゲーを握りしめていたという・・・。 「ばっかだよねー、あいつ」 と春奈の母親は笑い泣きしながら言った。 「あっあいつらしいよな・・・・」 とどもりがちな旧友も泣きながら言う。 私は黙ったままうつむいている。何故私は泣けないのか? 通夜に参列している大人たちは「千佳子ちゃんは気丈に気をしっかり保って偉いねえ」と口々に言う。 偉い? 私はここにいるどの子よりも良い子などでは決してない!! 通夜が終わり子供たちは帰された。千佳子も両親とマンションに帰った。 帰宅するとテレビでは身元不明の殺人死体が発見されたと報道されていたが、今はそんな 事件さえも自分の身に起こった出来事に比べたら無意味に感じられた。 そしてベットにもぐりこんで目をつむると真っ先に斑目小父さんの姿が思い浮かんだ。 複雑な事情から斑目小父さんは母とは顔をあわせられずにいたらしい。両親は隠していたが、 そういう「大人の事情」も最近では薄々分かりかけてはいた。 だから父は外で私と斑目小父さんを引き合わせてくれた。ちょうど3~4歳くらい? 私は見知らぬ背の高い男の人に怯えて父の足の後ろに隠れた。 その男の人は腰をかがめて、細く長い指をした手を差し出した。私は恐る恐るその指を握った。 そうだ。私は誰よりも早く斑目小父さんと知り合った。誰よりも早く。他の誰よりも!! 私は身を縮まらせて、むせび泣いた。そう・・・やっと泣く事ができた。 神様・・・私は変わった事なんか望んではいけなかった・・・。  ************************************* 朝、目が覚めた。私は私の望みどおりの「何時も通り」じゃない朝を手に入れた。 斑目小父さんのいない世界。でも様子が少しおかしい?今朝は両親が家にいるはずなのに とても静かだ。この時間だったら起きていないとおかしい。今何時? 携帯の時刻は6時13分を表示している。しかしおかしい。日付が二十一日を表示している。 「あの時」と同じだ。世界は再び「何時も通り」の時を刻んでいる。 ○第一幕その2 斑目晴信の優雅な朝 2026年 x月二十一日 午前7時17分 「事件」から一月ほどたち、斑目の脳裏からこの時の記憶が薄れかけていた頃、斑目はいつもの早朝の 業務を片付け一段落してから、コーヒーをマグカップに注いで用務室で一人くつろいでいた。 出勤時間の定時よりも早いが、早朝のこの時間の為に早く来る事は苦では無かった。 用務員室の窓から差し込む夏の強い日差しは少しずつ和らぎ秋の訪れの気配を感じさせた。 入れるコーヒーもアイスからホットに変わった。ほのかにたちこめるコーヒーの香しさに気持ちが休まる。 少し肌寒い朝に冷え切った体を温めてくれるコーヒーは何よりの贅沢だ。 (これだよ・・・これこそ俺の時間の流れ方だよ・・・。) 斑目はそう思いながら、椅子をキコキコ音を立てて揺らして遊びながら、コーヒーをすすった。 そこへ千佳子が早朝から珍しく一人で顔を出した。 「おや、千佳子ちゃん、おはよう。早いね。今朝は一人?」 千佳子は走ってきたらしく、吐く息を白くさせながら斑目の顔を見るなり目を潤ませながら叫んだ。 「ああ、良かった!! 良かった!! 生きてる、生きてる。」  「へ?」 「やっやだな、千佳子ちゃん・・・生きてるに決まってるじゃない・・・」 顔を引き攣らせながら弱々しく斑目はそう答えた。しかし「何か」が再び始まろうとしている事は本能的な 直感で察せられた。最早疑う余地は無かった。だが心はささやかな希望にすがる思いでいた。 (土壇場まで俺は逃げているよな・・・、本当に俺は・・・) 斑目の戸惑ったそして困った表情に千佳子は躊躇いの表情を浮かべた。 相談して斑目を困らせる事を躊躇ったのだ。 (いかん!! せっかく俺を案じてくれてるのに!!) 「千佳子ちゃん!! 何でも相談しなさい!! 小父さんに任せなさい!!」 千佳子を元気付ける為に空元気を出してそう答えた。千佳子は斑目のそうした姿勢が空元気で相当無理を している事に気付いた。 そして無理しながらも自分を案じてがんばってくれている事を嬉しく思い、ようやく安堵の表情を浮かべた。 「あのね・・・、斑目小父さん・・・死んじゃうの・・・」 千佳子はモジモジしながら言った。 「え? 生きてる、生きてる!!」 「ううん、ごめんなさい。言葉が足りなかったわ。これから死んじゃうの!!」 斑目は呆然としながら千佳子の顔を覗いた。真面目な子だ。冗談や嘘を言う子じゃない。 でもあまりにも言う事が突拍子も無い。 「・・・ごめんなさい。うまく言えなくて・・・。信じてもらえなくて当然だわ。」 千佳子はがっかりしたような表情を浮かべた。 「いやいや、まっまずコーヒーでも入れようか。」と斑目は言った。 「ううん、それよりテレビつけてくれる?」 「? いいよ」 斑目はそう言ってテレビのリモコンに手を伸ばし、テレビをつけた。この時間帯は朝のニュース番組が やっている。ちょうど今日の運勢をやっていた。 『・・・獅子座のラッキーナンバーは7・・・ラッキーカラーは黄色・・・』 テレビのアナウンサーは今日の運勢を読み上げている・・・。 「・・・そして山羊座のラッキーナンバーは5、ラッキーカラーは青よ」と千佳子は言う。 『山羊座のラッキーナンバーは5、ラッキーカラーは青です・・・』 と千佳子に続けてアナウンサーは言う。 斑目はギョッとしながら千佳子の顔を覗いた。 千佳子は表情を変えずにテレビの時計のデジタル表示を見ながら、すくっと椅子から立ち上がり空の マグカップを持ち上げた。 「小父さん、小さい地震がくるから気をつけて。」 「へっ? はっはい!!」 その途端、グラグラっと建物が小さく揺れた。 唖然としていると生放送の朝のテレビでは地震の震源地を告げるテロップが流れてきた。 「・・・トッ、トキガケですか!!」 ○第一幕その3 ラベンダーの香り? 「? トキガケって? 」 千佳子は不思議そうに聞いた。 「いっいや、昔、リメイクしたアニメというか・・・タイムリープというか、過去に戻ったというか・・・」 しどろもどろ斑目は答える。 「過去に? ううん、分からないの!! 昨日・・・いえ今日、いつも通りの一日だったの。 朝もゆっくり家で過ごして・・・。そして・・・小父さんが亡くなったって知らせが学校に届いて・・・」 ここで千佳子は悲しい思い出を思い出したように顔を歪めて泣きそうな表情をした。 「俺は生きてるから!! ねっ! そっそれで?」 「うん・・・。そして・・・小父さんのお通夜に出て・・・悲しくて・・・泣きながら寝たら今日になってたの!!」 「それって過去に逆戻りしたって事?」 「良く分からないの・・・夢の出来事みたいで、予知夢に近いような。実は前にも同じことが一度あったの」 「えっ?」 「実は・・・あの『事件』の時にも・・・その時には自分でも信じられなくて・・・学校休んでずっと家に 閉じこもってたんだけど・・・」 「じゃっじゃあ、事件の結果も知ってたの?」 斑目は驚いて尋ねた。 「うん・・・」 「じゃあ、あの時相談したかった事って。」 「そう・・・」 「はー」と斑目は思わず声をあげた。 「・・・お母さんには相談したの?」と斑目は聞いた。 「ママになんか相談できないわ! あんな人に!!」 大人しい千佳子が急に語気を荒げたので斑目はギョッとした。 「年甲斐もなくパパとベタベタして! いつもパパと一緒に出かけてるし! 」 (ふうん、思春期だねえ・・・。そういうの分からんが、あいつも大変だな) と斑目は内心で苦笑した。 「それにまだあの人時々コスプレ隠れてしてるんですよ!!パパと一緒に撮影会して!!」 「え!! まだ!! あ、いや、その・・・お母さん若いし・・・」 「いやらしいですよ! 全然コスプレの意味分かりません。」 「そう、千佳子ちゃんはコスプレ興味無い・・・ははっ。」 「それはそうと俺はどうやって死んじゃうのかな?」 実に奇妙な質問で話題を変えたものだと思ったが信じないわけにはいかなかったし、 この運命を変えられるものなら勿論変えたかった。それは千佳子も同様で、斑目の質問に頷いて答えた。 「小父さん、今日予約していたレアものの・・・その・・・エロゲー、コンビニに受け取りに行く予定でしょ」 千佳子は顔を真っ赤にして言った。 「なっ何でそれを!!」 斑目はネットオークションで入札したそれを確かにコンビニ受け取りで配送するように頼んでいた。 「そこで誰か分からない人に拳銃で撃たれて・・・。手には・・・小父さんらしいって通夜で皆・・・」 (おっ俺って、俺って奴はぁぁぁぁぁ)(涙) 「じゃっじゃあさ、コンビニに行かなきゃ言い訳だ。俺が殺される理由が無いし。きっと強盗だよ。」 「だといいんだけど・・・。業者さんの教材の発注ミスで外出する事になるみたい・・・。」 千佳子は不安そうな表情を浮かべた。 「大丈夫、大丈夫、普段通り授業を受けておいで。」 そう言って斑目は千佳子を授業に送り出した。 斑目は千佳子が用務員室を出た事を確認してから深くため息をついた。 そして机の下からノートパソコンを取り出して開いた。このノートパソコンはテレビ電話の機能も付いていた。 「アン、すまん。相談したい事があって。」 ○第一幕その4 アンジェラ・バートン再び 2026年 x月二十一日 午前8時14分 このノートパソコンは例の『事件』以後、アンジェラから息子のアレックを『助けた』礼という名目で アンジェラから無理やり送ってきたものだった。最新の情報処理機能も備えているので、 ほぼリアルタイムでの会話が可能な上、携帯カメラ搭載でインターネット経由で海外とも動画と 音声通話可能な最新機種で高価でとても斑目の手には出ないものだった。 しかも、維持経費もプロバイダー契約もすべてアンジェラ持ちというものだった。 正直、斑目はアンジェラのそうした深情けが重荷だった。自分が情けないものに思える。 そして昔を思い出す。悔恨と同時に・・・。パソコンの事を思い出したのもこれが初めてであった。 斑目は躊躇いがちに指で机をトントンと叩いてから、意を決してパソコンに手を伸ばした。 お礼と一緒に自分の本当の気持ちを言おう。 だがノートパソコンの画面に映るアンジェラの笑顔を見るとそんな事は言えなくなってしまう。 『今、大丈夫?』斑目は時計を見た。 (今は朝の八時だから・・・時差は大体十時間ぐらいか?) 『大丈夫よ。嬉しいわ、早速そのパソコン使ってくれて。』とアンジェラはにっこりした。 『うっうん・・・。それでさ、俺の手に余る事態が起きてさ・・・』 斑目はこれまでの経緯をアンジェラに説明した。 アンジェラ『ふうん・・・。面白いわね。興味深い事例だわ。』 斑目『興味深いって!! 俺が死んじゃうんだよ!! しかもあんなかっこ悪い・・・』 アンジェラ『あはは、ごめんなさい。』 斑目『まあいいけど。あれって、やっぱり過去に戻ったのかな。それとも予知夢? 』 アンジェラ『どちらでも同じ事だわ。懐かしいわね。私たち一緒に観たの、覚えてる? トキガケ?』 斑目『あっ、ああ、だったかな。』 斑目はカーと赤くなった。 (覚えてないわけが無い、覚えてないわけが) アンジェラ『あの時私が不思議に思ったのって主人公が過去にタイムリープした時、服や食べ物を食べたと いう現象は過去に戻っているのに記憶だけは繰り返し覚えている事だったのよね。』 斑目『当たり前だろう。覚えてなきゃ過去に戻ったって分からないんだから。』 アンジェラ『そこなのよ。記憶するというのも脳内のシナプスの伝達記録の現象で物理的現象だわ。 何故、記憶だけが元に戻らないのかしら。』 斑目『そりゃあ・・・あれ? 何でだろう。』 アンジェラ『しかも私たちは《忘れる》という行為によって絶えず記録を整理している。 全ての情報は脳内で保管されるけど、特別な事以外は覚えていないものよ。 それとも記憶だけは別の法則でもあるのかしらね。』 斑目『忘れてしまったら過去に戻ったっていう事実も存在しないって事か。まあアニメの話だからね。』 アンジェラ『そうね。深く突っ込んだら霊魂とかオカルトじみた議論になっちゃうだけで アニメがつまらなくなっちゃうだけですものね。』 斑目『でも現実と夢との区別がつかなきゃ何を信じたらいいか分からないよ。』 アンジェラ『いよいよ哲学的になってきちゃうわね。重要なのはチカコちゃんが違う世界を《認識》したって 事よね。それは過去かもしれないし、パラレル・ワールドかもしれないし、予知か、それともただの夢 なのかもしれない。』 斑目『少なくとも夢では無いよ。未来に起こることを言い当てた。』 アンジェラ『そして貴方はチカコちゃんを信じている。でも今のところ適切な判断するには情報が 少なすぎるわ。貴方恨まれるような事したの?』 斑目『まさか!! こちとら全うなオタク道を邁進してますからね。』 アンジェラ『スーは?』 斑目『残念ながらいないよ。県の教育研修者に選ばれて嫌々出張してる。携帯もつながらない。』 アンジェラ『そう・・・。当面、出歩かずに、その現場にも近づかずに大人しくしてるしかないわね。 もちろんヌヌコちゃんたちを巻き込んじゃ駄目よ。聞いた話だと職業的犯罪者のようだし。 彼女の力はそういう人たちには無力だから。』 斑目『言うまでも無いよ。自力で何とか乗り越えるよ。たぶんコンビニ強盗か何かだろうから。』 アンジェラ『そうね。経緯は豆に報告してね。』 斑目『ああ、助かるよ。話だと三時ごろの事らしい。今、九時だから六時間後の事か・・・。』 斑目はそこでノートパソコンのディスプレイにアンジェラが心配そうに口をキュッと結んで斑目を 見つめている事に気付いた。 斑目『大丈夫!! 思うほど頼りなく無いよ!! それじゃまた!!』 アンジェラ『そうね・・・。じゃあまた・・・。』 斑目は慌てて画面を消した。 (そんな表情するなよ、そんな・・・) アンジェラはしばし表示画面が消えたディスプレイを黙って見つめ続けていた。 その背後でアレックが声をかけられずにいる事に気付かずに・・・。 ○第一幕その5 懐かしき思い出~そしてココニイル パタンとノートパソコンを閉じ、斑目はフーと大きく息を吐いた。 (大丈夫さ。そう、大丈夫。) アンジェラとの会話に時間を食ってしまった。本来の業務に戻らなければならない。 用務員といっても事務局や用度係、総務に近いような業務まで最近は増えてきている。 まあ要は雑用なのだがこれでもけっこう忙しい。学習教材の手配や校内行事の準備、 先生たちの学習計画のサポートや資材の受注まで最近はしている。 そうこうしている内に午後になってしまった。 2026年 x月二十一日 午後12時09分 業務報告書を作成していると何やら表が騒がしい。廊下に出てみると人だかりと行列が出来ていて、 先頭に双子たちがいる。 「どうした?」 驚いて双子たちに尋ねてみる。 「千佳子ちゃんが授業中に動かなくなっちゃったの!!」と千里が叫んだ。 「目が・・・目だけが小刻みに動くんだけど、声をかけても動こうとしなくて!!」続けて万里が叫ぶ。 「どいて!! どいて!!」 そう言いながら千佳子を抱えて運んでいるのは春奈だった。 「あっああ、すまん。」 斑目は通路をふさいでいる自分に気付いてどけた。そして千佳子を保健室まで運ぶ 行列の後ろについていった。保健室の保健医が千佳子をベットに寝かせたところで、千佳子は声を出した。 「みんな、心配かけてごめんなさい。私は大丈夫だから。ちょっと気分が悪かっただけ。先生、 大丈夫ですから心配しないでください。」  弱々しくも元気な様子にその場に居合わせた全員が安堵の表情を浮かべた。 「よかったー。心配したんだから。」と春奈は声をかけた。 「ごめんなさい、本当にもう大丈夫だから。」と千佳子は笑って答えた。 「でもしばらく安静にしてないといけませんね。授業は休んでここで寝てなさい。貧血かしら。 血圧や熱を測ってみますね。」と保険医が言った。 担任の先生はみなに向かって言った。 「さあ、ここは保健の先生に任せて授業に戻った、戻った!!」 クラスのみんながぞろぞろと教室に戻っていってから、斑目は保健室に入っていった。 「先生、もう大丈夫ですか? 声をかけてやってもいいですか?」 「ええ、変ねえ。血圧も正常だし、脈も普通ね。熱も無いみたいだし。大事を取ってしばらく休んでから 早退して病院に行ってみなさい。」 「はい・・・。お騒がせしました。」 「担任の先生には連絡しておきます。お家の方には・・・。」 「あ・・・私から連絡します。今日は留守なんです。」 「そうなの・・・。斑目さん、確か親御さんとも古くからの知り合いなんですってね。 後で送っていってあげてもらえます?」 「ええ、お安い御用です。」と傍でそのやり取りを聞いていた斑目はそう答えた。 保健医がその場から離れると斑目は声をかけた。 「大丈夫かい? びっくりしたよ。」 「ごめんなさい。言ってなかった事があるの・・・。」すまなそうに千佳子がつぶやく。 「なんだい?」 「前の時にも同じことが起きて・・・。その時には学校休んで部屋に閉じこもってたから、 誰にも気付かれなかったんだけど、一日に何回か全てがゆっくりとした動きになるの。 もちろん私の動きも。」 「そんな事が?」 「それ以外は普通だから心配しないで。」 「うーん、分かった。それと今日はお互い大人しくしていよう。コンビニにも行かないよ。少し休みなさい。」 「うん・・・。」と力なく千佳子は笑った。 保健室を後にして廊下を歩きながら斑目は思った。 (やっぱり、俺の理解を超えているな。アンはまだ起きているかな。時差もあるし・・・。) 時計を見ると午後12時32分を表示していた。 (俺が亡くなるまで後二、三時間程度ってとこか・・・) 実に奇妙な言い回しだと斑目自身思った。千佳子の安堵した寝顔を見て、ふと千佳子と 初めて会った日の事を思い出した。 結局、『失踪生活』は数年で行き詰った。日本各地をウロウロ彷徨った。それはそれで色々あった のだが、それはまあ別の話・・・・。 失踪中、会社を無断欠勤して懲戒解雇とされる所を色々気を回して、任意退職の手続きをしていて くれていたのは、千佳子の父であった。またアパートの解約や荷物を実家に移動するなどの手配も 彼がしてくれていた。 その事を知ったのはずっと後の事だった。もちろん彼の連れ合いには黙っての事だ。彼と再会した日、 俺は照れくさそうにしていた。彼の足元の後ろに小さい女の子がいるのにすぐ気付いた。その子は 人見知りするように俺の顔を恐る恐る見ていた。俺は微笑んで手を差し出した。 その子も小さい手を差し出し、俺の指を握った・・・。 それが千佳子との初めての出会いだった。俺はたまたま運よく(今となっては本当に『運』だったのかと思う) 地元で某学校法人の事務の仕事にありついた。そこで息を潜めるように淡々とした生活を送った。 それが最近になって少子化の影響で、地元の学校が統廃合されて、首都圏の学校法人への転勤を 打診された。 独り者でもあったし、用務員として赴任するがゆくゆくはそちらの学校事務も経験を生かして統括して ほしいと当てにされた事もあった。それに何よりも昔の事が、東京での生活が懐かしく思われたという のも事実だった。 そして俺は今、「ココニイル」。そして子供たちとも出会った。何という偶然。いや、気付くべきだった のかもしれない。この世に偶然などありはしないと言う事を。 しかし『巨大な意思』が導こうが何だろうが、俺が「ココニイル」のは俺自身の意思なのだ。 [[千佳子の覚醒(後編)]]へ続く

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