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*となりのクガピ2 【投稿日 2007/01/19】 **[[カテゴリー-その他>http://www7.atwiki.jp/genshikenss/pages/52.html]] 今は平成26年。西暦にして2015年。 30年近く昔の名作アニメを知る人は、この年の到来を喜んでいる。 「使徒が襲来する年だ」と。 この年の春、ワタシは晴れて椎応大学に入学した。 我ながら、良くやったものだと思う。 初志貫徹。小学生の頃からの夢が叶ったのだから! あぁ、桜の花びらが舞い落ちてワタシを迎えてくれている。 ついにこの日がきた。 椎応一本で今まで生きてきたのだ。 『そう、なぜならば…!』  『 と な り の ク ガ ピ 2 』 「第5回 現視研新人来て良かったね会議~!」 「アハハ、久しぶりに聞いたなソレ」 近日公開  ※  ※  ※ 【1】 時は平成26年。西暦にして2014年。 「ついに来年、使徒襲来!」 30年近く昔の名作アニメを知る人たちが盛り上がっている。 それにつられるように、『あの時代』のアニメの再放送も盛んに行われていて、オジサン世代は、『萌え』だとか叫んでいた古き良き時代を懐かしんでいる。 アニメの技術なんてここ5年ほど停滞しているようにも見える。 私には、昔の作品の方が結構面白く感じてしまうのだ。 そんな今昔が入り乱れているこの年の春、ワタシは晴れて椎応大学に入学した。 我ながら、良くやったものだと思う。 初志貫徹。小学生の頃からの夢が叶ったのだから! 高校三年間は、バイトしたお金をコミフェスやイベントに費やして、中野にも通いながら、それでも勉強はしっかりやった。 高校の担任からは、「椎応よりもいい大学に行けるぞ」と言われたけれど、迷いはなかった。 ……今、ワタシは憧れの学舎の前に立っている。 ちょっと大きめのボーシを目深にかぶり、伸ばし続けた髪とマフラーを風になびかせて、ここぞという時のブーツでカツカツと小気味良い音を響かせる。 そよ風がスカートの裾を軽くたなびかせる。 あぁ、桜の花びらが舞い落ちてきてワタシを迎えてくれている! ついにキタキタこの日がやってきましたよォーッ! もうテンションは上がりっぱなしデス! ワタシは、椎応一本で今まで生きてきたのだ。 『そう、なぜならば…!』  ※      ※      ※   『となりのクガピ 2』  ※      ※      ※ 【2】 「どうーして無いのよ“げんしけん”は!?」 ワタシは人だかりの中で思わず叫んでしまった。 上がりに上がったテンションもいきなりのダウン。 ここは椎応大学の学生生活関連棟。 新入学生がイモの子を洗うようにごったがえし、あちらこちらでサークル活動の諸先輩方からスカウトされている。 ワタシも何度か声を掛けられたけれど、「女子バスケサークル」とか、「ボクササイズ愛好会」とか、「甲賀流忍術同好会」とかスポーツやゴツイのばっかり! 果ては「長刀(ナギナタ)同好会」って、わたしゃゲルググか!? そりゃあ……他人様よりも、ちいとばかりテンションが高いために目立つとは思うけれど、こちとらスポーツ経験のない文系の乙女なのよ。 あ、でもちょっとオタ入ってる……昔でいう「腐女子」ってやつですよ。 「あぁ、こんなことならオープンキャンパスとか、ちゃんと下見しておけばよかった」 グチを言ってはみるけれど、本当は入学するまで『げんしけん』の事は調べないように努めてきたのだ。 だって、もし受験前に『げんしけん』消滅を知ったら、モチベーションっていうか、8年間のすべてが失われてしまいそうで怖かったから……。 「平成26年度サークル入会の手引き」にも載っていないってことは、やっぱりないのかな……。 本当に『げんしけん』が無かったら、私はどうすればいいんだろう。 いろんなサークルの看板を眺めながら、トボトボと歩いていると……、あ、漫画研究会の勧誘ブースを発見! ワタシはブースに駆け寄って、受付に座っているメガネくんたちに声を掛けた。 メガネA「……げんしけん? 聞いた事あるか?」 メガネB「オタク系サークルで……そうねえ……」 トントンと、ペンで落書き帳をノックしながら考える2人。 ワタシは腕を組んで仁王立ち。ブーツはコツコツと床をノックしている。 ペンとブーツのノックの音がシンクロする。 メガネくんの一人が何かを思い出した。 「あ、ひょっとしてあの幽霊サークル……?」 「えっ、ユーレイ?」 【3】 サークル棟の3階、ちょっと暗めな廊下の一角、304号室。 ついにワタシはそのドアを見つけた。 「……げんだい……しかくぶんか……けんきゅうかい……。そっか、『げんしけん』って略称なのね。何で今まで気づかなかったんだろう(汗」 改めて「サークル入会の手引き」を開き、「現代視覚文化研究会」で調べると、しっかりと載っていた。 「え~っ! 分かるわけないよ。だって呼びかけ文が『ココニイル。』しかないし」 あ、でもイラスト入ってるわ……。 小さなスペースにサラリと描かれていたのは、『リニューアル版』の「くじびきアンバランス」に出てた「いづみ」。 もうほとんどの人が忘れているであろうキャラだ。 今どき「くじアン」というのも珍しいけど、ワタシには思い出深い。 どうやらこのカットは、3年以上は使い回されているみたいだ。コピー跡の目の粗さが見て取れるもの。 あぁ……『げんしけん』が略称だってことも知らないまんま、現視研に入ろうと願って生きてきた自分に呆れてしまう。 こういう時はアレよ。恥ずかしさを紛らわす一人突っ込み。 「♪おちゃ~めさんっ、テヘッ♪」 運の悪いことに、ちょうど近くの部屋から人が出てきた。 ウインク&ベロだし&コツンポーズを見られてしまったワタシ……orz とにかく、恥ずかしいのでドアを開けて部室に入ろう。 ちょっとドキドキしながら、ドアノブに手をかけた。 「コンニチワ。見学希望なんですけ……アレ?」 「ん?」 そこには、どう見ても「疲れたサラリーマン」な男性がいた。 部屋の奥、窓際の席に座って、でかいサンドイッチをほおばろうとしていた。 しばらくの間、お互いに動きが止まった。 【4】 「しっ、失礼しましたっ!」 バタンッ、バン! 思わず部屋を飛び出て、ドアを閉めてしまった。 あ~驚いた。何で大学のサークル棟に中年男性がいるんだろう? しかし、ワタシにとってはこの部屋が8年越しの『目的の地』なのだ。 リーマンごときに負けるわけにはいかないのだよ(?)。 そんなわけで、もう一度ドアノブに手をかけた。 「あの……、ここ、現代視覚文化研究会の部室でいらっしゃいますか?」 「あ、どうぞ。俺、場所借りてるだけだから」 男の人は、やせ形で丸メガネ。薄幸とか、はかなげな感じ。 例えるなら『受け』が似合うかなあ、と思わず妄想してしまい、ワタシは首をブンブンと振った。 「……ドシタノ?」 「い、いいえ何も!」 心の中で男性に詫びた後、部室を見まわした。 男性の後ろはテレビ、ビデオ、パソコンが並び、この狭いスペースにもかかわらず脇にはホワイトボードが置かれていた。 中央には長テーブル、その上には文房具やマガヅンなどが散らばっている。 周りの棚には、漫画やパソゲーの雑誌、フィギュアが所狭しと並んでいた。 なるほど……あらゆる視覚文化が揃っているわけだ……。 でも、ちょっと気になったのは、どれも『やや古め』だったこと。 変な例えだけれど、しばらく更新されていないホームページのような寂しさを感じた。 ワタシは、バスケットに山のように詰め込まれたサンドイッチと格闘している男性に、恐る恐る声を掛けた。 「……あ、あの、見学希望なんですけど、見せてもらってもいいですか?」 「あ、はい、いいよ。どーぞどーぞ……」 ワタシは本棚に向き直った。 並べられた漫画の背表紙を眺めると、懐かしいコミックが目に入った。 「幽明の恋文」。 古典と言ってもいいくらい古い作品だ。ワタシは小学生の時に読んでたけど、途中で挫折した。今ならはイケルかもと思いながら、まだ読んでいない9巻を手に取った。 しばらくの間、コミックを読んでいると、リーマンさんが声を掛けてきた。 「あの…、あのさ君、この弁当を一緒に、食べてくんない?」 「はい!?」 「いやッ、おかしな気持ちで言ってるんじゃないんだよ。……1人じゃ食べ切れないんだコレ……」 【5】 リーマンさんの名前は『斑目さん』という。 ワタシは2度ほど、『ワタナベさん』と言い間違えてしまった。 すみません。 大学の近くの会社で働いていらっしゃるそうで、ここ数年、春になると弁当を持って部室にやってきて、お昼を過ごすのだという。 「なんで春に?」「なんで部室に?」と不思議に思ったワタシ。 実は斑目さん、結婚記念日が4月だそうで(ヒューヒュー!)、毎年この時期になると豪勢な弁当を奥さんが作ってくれるのだそうだ。 あぁゴチソウサマ(笑)。 「それでさァ、職場の同僚が冷やかすんだよ。だから毎年この時期は懐かしい部室に逃げ込んで食べるってワケ。あ、もう一つどうぞ」 「アリガトウゴザイマス」 斑目さんから2個目のサンドイッチを受け取る。 レタスとトマトとピクルス、ベーコンとトリ肉がギュッと挟まれたサンドイッチ。パンはこんがり狐色。マスタードの効いた濃い味付けで、こりゃ1個でも満足ッスよ。 これと同じものが、でかいバスケットにまだまだ詰め込まれている。 確かに1人で食べるのは大変だ。こんな愛情と力技の弁当を作る奥さんって、どんな人なんだろう。 それにしてもワタシの心を捉えたのは、『懐かしの部室』の一言。斑目さんは、ここのOBなのであった。 年齢も30歳ちょっとだ……。 ひょっとしたら、もしかしてと思って、ワタシは勇気を出して尋ねてみた。 「く、くがやまさんっていうOBの人、ご存じないですか?」 斑目さんは急に吹き出し、咽せた。 あ~、ピクルスがもったいない。 【6】 ワタシは、8年前に久我山さんと知り合った病院の入院患者であることを告げた。 斑目さんは、「へえ、ふーん、ほぉー、あの久我山がねぇ」と意外そうな表情でワタシの話を聞いてくれた。 そして、「じゃあ、今度あいつに連絡入れてやるよ」と言ってくれたのだ! 「ありがとうございます先輩っ!」 「よせやい照れくさい」 そしてワタシは、もう1つ気になっていることを尋ねてみることにした。 「あの~、ここの現役部員の人はどちらに……?」 斑目さんは、かたわらのお茶を含んで一息ついてから答えてくれた。 「今日は学校に来ていないんじゃないかな……。残念だけど、いま現視研には部長1人しかいないからなぁ……もう風前の灯火って感じかな」 ワタシは、急に寂しい気持ちになった。 小学生の夏、入院中ひとりぼっちで寂しかったワタシを気遣ってくれたのは、「げんしけん」OBの久我山さんだった。 久我山さんから聞いた楽しい日常のエピソード。その舞台だった「げんしけん」に、ワタシも在籍したいと思っていた。 最初は知識程度に覚えておくかと思ったオタク世界にも、いつのまにかドップリとはまり込んでしまうし。こうなったら「げんしけん」に責任取ってもらうくらいの気合いを入れて、ここまでやってきたのに……。 ……かくれんぼの鬼になって、「もういいよ」と言われて喜んで出てきたら、……もうみんな家に帰った後だった……そんな気分。 あぅ、だめ……なんか涙が溢れてきそう……。 斑目さんも、こっち見て動揺しているみたいで、ゴメンナサイ。 気が付くと、斑目さんは食べかけのサンドイッチをバスケットにしまいはじめた。そして、ワタシの方に向き直って尋ねた。 「今夜7時、もう一度ここに来ることはできるかな?」 ワタシは黙って頷いた。 「じゃあ7時に」 斑目さんは、それだけ告げていそいそと部室を出て行った。 【7】 「6時50分。ちょっと早かったかな」 ワタシはアパートの部屋でひと泣きした後、サークル棟へと戻ってきていた。 外はもう暗いが、サークル棟のあちらこちらの窓には明かりが見えて、にぎやかな笑い声や歓声が聞こえてくる。 新入部員を確保して気勢を挙げているのだろうか。 現視研も、こんな風だったらいいのにね……。グス。また悲しくなってきて、袖で頬を拭いた。 3階までトボトボと階段を登った。 意外にも、昼間はあんなに閑散としていて、静かで、寂しかった現視研の部室から、にぎやかな声が聞こえてきた。 恐る恐る、ドアノブに手をかけてみる。 「……すみません……斑目さん……」 ワタシはドアをがちゃりと引いて、そーっと中をのぞき込んだ。 にぎわいが一瞬途絶えて、中にいた人たちが一斉にこっちを凝視した。 「!!」 「あれ、早かったね」 奥の方で斑目さんが声を掛けてくれた。 続けて何か言いかけてたみたいだけれど、周りの人がドッ沸いて、聞こえなかった。 「かわいいッ!」 「この娘が、嘘だろ?」 「やっぱ今の女オタも腐女子なんですかね?」 「ちょっと、こっちおいでよ!」 大学のキャンパスには不似合いな、派手な服に身を固めたお姉さんがワタシの頭を引っこ抜くようにして、強引に部屋の中へと連れ込んだ。 イテテ、うわ化粧くさ!……とは思うが表情には出さないように気を遣う。 みんながワタシに注目し、ワタシは突っ立ったまま、恥ずかしくてうつむいていた。 すると足になんか小さいモノが駆け寄ってきた。3~4歳のかわいらしい女の子じゃないですか! なんかどっかで見た服を……ってか、コスプレをしているッ!? 【8】 「あー、紹介するから席について~!」 斑目さんが小学校の先生のように、パンパンと手を叩きながら皆を制してくれた。 部室に集まっていた4人の男女。この人たちは久我山さんや斑目さんと一緒の時期に、『げんしけん』に居た先輩たちだそうだ。 「こっちの田中夫妻は夫婦でコスプレイヤー。その娘も可哀想にコスプレさせられているんだ」 「可哀想とは失礼ですね」 奥さんの方が反論。それにしても大きい胸だなぁ。 ご主人の方はちょっと生え際が危ない感じだけど、優しそう。 「きみこれね」 「あ、ありがとうございます」 田中さん(夫)から手際よくコップが手渡された。気が付けばテーブルの中央にはミニコンロ。鍋の中ではおでんがグツグツと音を立てて煮えていた。 「まだ寒いからね。今日はこれで」と斑目さん。 斑目さんは紹介を続けた。 「それで、こっちは笹原。こっちも笹原」 「うわ説明それだけかよ!」 茶髪のお姉さんがコケた。 それを尻目に斑目さんは、『男性の方の笹原さん』に話しかけていた。 「お前もよく来てくれたな。助かったよ。今日はマガヅンの編集?」 「いいえ、事務所でデスクワークです。おかげで来ることができたんですけどね」 「え?」 ワタシは「マガヅン」「編集」の一言に反応した。 なんと笹原さんは編集プロダクションの編集者さんだという。 「あっ、あっ、あの、ドゥモコンバンワぅ……」 「そんなに緊張しなくても……」 「いや、マガヅンだとか、いきなりそんなメジャー話になっちゃってビックリしてるんですけども」 久我山さんが教えてくれた編集者の人って、この笹原さんだったんだ! 【9】 「あの……笹原さんに見てもらいたいものが……」 ワタシは、大事に取ってあった「色紙」をカバンから取り出した。 小学生時代、久我山さんが描いてくれたものだ。 あの時、もう会えないのに、絵だけが残されて、悲しくて……。 いつも久我山さんがとなりに座っていたソファの上で、顔を覆って泣いたのを覚えている。 椎応大学に入学した時には、持っていこうと決めていたのだ。 「わ、なつかしいな、くじアン……」 色紙を手にした笹原さんを取り巻くようにして、みんながのぞき込む。 「おー、まごうことなき久我山の絵だな」 「ほんとだ、山田が目立ってるな、あいつ山田好きだったからな」 先輩方に思い出の色紙を見られて、ちょっとくすぐったい気持ち。 その色紙の隅には、久我山さんのメッセージが書かれている。 『後輩は編集者になれました。俺もがんばるから、君もがんばれ』 「久我山さん……」 色紙のメッセージを見る笹原さんの目はとても優しくて、ワタシも嬉しかった。 【10】 「久我山をはじめ、まだ来てない人がいるけど、主賓が居るので先にはじめますか!」 斑目さんが皆を見渡した。斑目さんはこのグループの仕切り屋さんなのだろうか。 「第5回、現視研新人来て良かったね会議~!」 「アハハ、久しぶりに聞いたよソレ」と田中さん。笹原さんも「懐かしいですね」と笑う。 「……第5回って一体……?」 「そこは流せ」 「じゃあ、かんぱーい!」 さっそく、みんなが思い思いに鍋をつつきはじめた。 田中さんの奥さんは、何度もワタシにビールを勧めつつ、コスプレを勧めてきた(汗)。 「ワタシ未経験だから、コスチュームも買ったことないし……」 「大丈夫デス。夫が作りますから!」 「エェ!?」 不意に田中さん夫妻がひそひそ話しを始めた。微妙に不安になるワタシ。 奥さんがこちらを向いて、『耳を貸せ』とゼスチャーしてきた。 (ゴニョゴニョ……ゴニョニョ) 「ひゃああっ!」 驚く笹原さんや斑目さんたちの目線を受けて、ワタシは両手で口をふさいだ。 なんと、バスト、ウェストそして一番気にしている……のサイズまで、わずかな誤差で当てられてしまったのだ(大汗)。 そう言えば、同人仲間から、「冬コミにかなりなレヴェルの親子コスプレイヤーが現れた」「ハマり方がハンパじゃ無い」って話を聞いた覚えがある。 いかん、このままでは引き込まれる……。 ワタシは話をそらそうと、向かいに座っている男女の笹原さんに質問をぶつけた。 「あのう、そちらもご夫婦なんですか」と。 直後、田中さん夫妻と斑目さんは大ウケ。 ダブル笹原さんは真っ赤だ。 「誰がこんなサルと!」 「うるせーな。まぎらわしいから早く結婚して名前変えろよ」 「そっちこそうるせえ、アタシの勝手だろ!」 「そういえば笹原姓だけ告げて兄妹って教えてなかったな」 斑目さんひどい。こっちは大恥ですよ。 両手を合わせて「スミマセーン」と謝罪する。 「しょうがねーな。こいつはアニキなの! あたしは恵子。『姉さん』と呼びな」 「うわ偉そうに!」と、兄の笹原さんが悪態をついた。 「確かに夫婦って、似るって言うよな」と田中さん。 「でも『あそこ』は似てないですよ……。斑目さん、『咲さんたち』今日は来ないんですか?」 田中夫妻の質問に、斑目さんはちょっと慌てた様子だった。 「あ…ああ、今日は連絡付かなかったんだ」 そこに、恵子姉さんがツッコミを入れた。 「まだ……『高坂ねーさん』に会うのが怖いんじゃねーの?」 全力否定する斑目さん。汗、凄いですよ。 いったい『咲さん』って、どんな人なんだろうか。 【11】 いたたまれない斑目さんを、田中夫人がフォローしてくれた。 「斑目さんにはもうステキな奥さんが居るわけですし……。で、今日は会社で評判だという『美人外国人妻』は連れてこなかったんですか?」 またも慌てはじめる斑目さん。どうもフォローではなかったらしい。 つうか、この斑目さんの弱さ……。『総受け』なニオイがプンプンしますよこの人。 それにしても、斑目さんの奥さんが外国人だと聞いてビックリ。 確かにあのサンドイッチの濃い味付け、香り、洋モノっぽい感じはしたけれど……。 「きょ、今日俺は仕事場から直接来たんだよ。お前らに電話入れるので精一杯だったんだってば。ひょ、評判妻って言えば、笹原ぁ、お前の所は来てねーじゃねーか」 苦しい話の切り替え方だ。笹原さんの奥さんも外人さんなのだろうか。 「いやあ。彼女も仕事場から直なんスよ。途中で保育園に預けている子どもを迎えに行ってますし……」 その時、斑目さんの携帯が鳴った。 どことなく命綱に捕まるような必死さで電話に出る斑目さん。おいしい人だ。 「あ、久我山?」 思わず身を起こすワタシ。 「えぇ? 遅れるんじゃねーぞ! 今日のメインはお前なんだから!」 電話を切った斑目さんは、「……今、移動中だって」と状況を教えてくれた。 「俺、久我山さんと会うの3年ぶりくらいですよ」と笹原さん。 「お前も久我山も仕事忙しいからな。でも俺は先週アキバでばったりアイツに会ったぞ」 「斑目サンは仕事がヒマだっちゅーこと?」 「キミウルサイヨ」 「久我山の職場、飯田橋だから近いしな。しかし最近アキバも変わってきたなあ」 「オタクの傾向が変化してきたからですかね」 「でもアキバが本当に変わってしまったら、久我山転職するんじゃねーか?」 「ハハハッ」 【12】 盛り上がる先輩方の脇で、ちびちび缶ビールをのむワタシ。 うらやましい。 ワタシはこの8年、オタクをしていたけれど、これほど打ち解ける『仲間』はいなかった。それに『生息域』が違うこともあるのか、久我山さんと再会する機会もなかった。 そこにガチャっとドアの開く音。 ワタシは期待したが、そこに現れたのは小柄な女の人だった。 メガネを掛けて、耳が隠れるくらいの髪、大きなカバンを手にしている。 そして田中さん夫婦の娘さんと同じくらいの女の子が2人、足元に隠れるようにしてオドオドとこちらを見ていた。 「すみません。打ち合わせがあったので……」と、母親とおぼしき女の人が頭を下げた。どうやら笹原さんの本当の奥さんらしい。 「ん?」 ワタシは、その人の顔に見覚えがある。 思わず立ち上がり、失礼ながら30歳くらいとは思えない童顔を凝視した。 「な……、誰ですか?」 「あー、今度ここに入る人らしいよ。今日はアフタだったんでしょ。エムカミさんお元気だった?」 「はい」 笹原夫妻の話を耳にしてピンと来たワタシは、その女性の前までズイと歩み寄った。 「本当にスミマセン、失礼します!」 頭を下げた後、両手を女性の頭にまわし、髪をまとめて頭頂部で「筆」を作ってみた。 一度それを離す。ハラリと垂れる髪。 そしてもう一度、「筆」を作って凝視した。 筆の人はジト目で無表情のまま固まっている。 ……ワタシは思い出した。雑誌のインタビュー記事で見たその人の顔を! 「あーっ!於木野鳴雪!」 驚くワタシの後ろで「ピンぽーん!」と誰かが叫んだ。 【13】 ワタシは何度も頭を下げた。 苦笑いの於木野先生。 笹原さんの『評判の妻』って於木野先生だったんだ。 確かに評判の人だわ。 驚異の生産ペースで作品を量産するメジャー作家! 臨月、それも陣痛の直前までかけて、センターカラー60ページを仕上げたという『生ける伝説』の持ち主だもの。 田中夫人が、「漫画は多産で子どももいきなり2人……」とおどけると、於木野先生は、「双子なんだから当たり前デス」と突っぱねた。 そっか、この子たち双子かぁ。 お母さんの隣のイス1つに、2人で座って机の上に顔を出している。 うはーカワイイですぅ! 「モスラ対ゴジラ」の生まれたて双子幼虫みたい(失礼)。 「あれ? 斑目さん『奥さん』来てないんですか?」 於木野先生も斑目さんに尋ねる。 「もうその話題、置いておこうよ、ネ、ネ!」 またも困った表情の斑目さんを助けようとしてか、笹原さんがおもむろに立ち上がった。 「ひょっとして……」と、自分の背後のロッカーを開けて、中を物色しはじめた。年代ものの同人誌が出てきて机の上に山積みにされていく。 「うわ、何やってんのアニキ?」 「大して物品を処分していないだろうから……、あった!」 笹原さんは、私に向かって一冊の同人誌を掲げた。 「これ、久我山さんの作品!」 私は思い出した。久我山さんと病院で会っていたころ、学生時代に描いた「くじアン」の漫画があると。その時は結局見せてくれなかったけれど、夢にまで見た久我山さんの漫画が、いま目の前に。 私は思わず立ち上がって、身を乗り出すようにしてその同人誌を受け取った。 「……おい、笹原、いいのかアレ」 「あ……」 周囲の不穏な空気の変化は気にも止めず、私はその同人誌「いろはごっこ」を開いた。 「……………(汗」 めくるめく妄想の世界。私は立ったままで読み続けていた。 周りに座っている御一同の「………(汗」という沈黙が心に刺さるようで痛い。 「おねえちゃん、何見てるの? 見せて見せてー!」 田中さんの子や於木野先生の子どもたちが固まる私にまとわりつくが、「見ちゃいけません!」とそれぞれの母親が引きはがした。 [[リンク名>URL]]
*となりのクガピ2 【投稿日 2007/01/19】 **[[カテゴリー-その他>http://www7.atwiki.jp/genshikenss/pages/52.html]] 今は平成26年。西暦にして2015年。 30年近く昔の名作アニメを知る人は、この年の到来を喜んでいる。 「使徒が襲来する年だ」と。 この年の春、ワタシは晴れて椎応大学に入学した。 我ながら、良くやったものだと思う。 初志貫徹。小学生の頃からの夢が叶ったのだから! あぁ、桜の花びらが舞い落ちてワタシを迎えてくれている。 ついにこの日がきた。 椎応一本で今まで生きてきたのだ。 『そう、なぜならば…!』  『 と な り の ク ガ ピ 2 』 「第5回 現視研新人来て良かったね会議~!」 「アハハ、久しぶりに聞いたなソレ」 近日公開  ※  ※  ※ 【1】 時は平成26年。西暦にして2014年。 「ついに来年、使徒襲来!」 30年近く昔の名作アニメを知る人たちが盛り上がっている。 それにつられるように、『あの時代』のアニメの再放送も盛んに行われていて、オジサン世代は、『萌え』だとか叫んでいた古き良き時代を懐かしんでいる。 アニメの技術なんてここ5年ほど停滞しているようにも見える。 私には、昔の作品の方が結構面白く感じてしまうのだ。 そんな今昔が入り乱れているこの年の春、ワタシは晴れて椎応大学に入学した。 我ながら、良くやったものだと思う。 初志貫徹。小学生の頃からの夢が叶ったのだから! 高校三年間は、バイトしたお金をコミフェスやイベントに費やして、中野にも通いながら、それでも勉強はしっかりやった。 高校の担任からは、「椎応よりもいい大学に行けるぞ」と言われたけれど、迷いはなかった。 ……今、ワタシは憧れの学舎の前に立っている。 ちょっと大きめのボーシを目深にかぶり、伸ばし続けた髪とマフラーを風になびかせて、ここぞという時のブーツでカツカツと小気味良い音を響かせる。 そよ風がスカートの裾を軽くたなびかせる。 あぁ、桜の花びらが舞い落ちてきてワタシを迎えてくれている! ついにキタキタこの日がやってきましたよォーッ! もうテンションは上がりっぱなしデス! ワタシは、椎応一本で今まで生きてきたのだ。 『そう、なぜならば…!』  ※      ※      ※   『となりのクガピ 2』  ※      ※      ※ 【2】 「どうーして無いのよ“げんしけん”は!?」 ワタシは人だかりの中で思わず叫んでしまった。 上がりに上がったテンションもいきなりのダウン。 ここは椎応大学の学生生活関連棟。 新入学生がイモの子を洗うようにごったがえし、あちらこちらでサークル活動の諸先輩方からスカウトされている。 ワタシも何度か声を掛けられたけれど、「女子バスケサークル」とか、「ボクササイズ愛好会」とか、「甲賀流忍術同好会」とかスポーツやゴツイのばっかり! 果ては「長刀(ナギナタ)同好会」って、わたしゃゲルググか!? そりゃあ……他人様よりも、ちいとばかりテンションが高いために目立つとは思うけれど、こちとらスポーツ経験のない文系の乙女なのよ。 あ、でもちょっとオタ入ってる……昔でいう「腐女子」ってやつですよ。 「あぁ、こんなことならオープンキャンパスとか、ちゃんと下見しておけばよかった」 グチを言ってはみるけれど、本当は入学するまで『げんしけん』の事は調べないように努めてきたのだ。 だって、もし受験前に『げんしけん』消滅を知ったら、モチベーションっていうか、8年間のすべてが失われてしまいそうで怖かったから……。 「平成26年度サークル入会の手引き」にも載っていないってことは、やっぱりないのかな……。 本当に『げんしけん』が無かったら、私はどうすればいいんだろう。 いろんなサークルの看板を眺めながら、トボトボと歩いていると……、あ、漫画研究会の勧誘ブースを発見! ワタシはブースに駆け寄って、受付に座っているメガネくんたちに声を掛けた。 メガネA「……げんしけん? 聞いた事あるか?」 メガネB「オタク系サークルで……そうねえ……」 トントンと、ペンで落書き帳をノックしながら考える2人。 ワタシは腕を組んで仁王立ち。ブーツはコツコツと床をノックしている。 ペンとブーツのノックの音がシンクロする。 メガネくんの一人が何かを思い出した。 「あ、ひょっとしてあの幽霊サークル……?」 「えっ、ユーレイ?」 【3】 サークル棟の3階、ちょっと暗めな廊下の一角、304号室。 ついにワタシはそのドアを見つけた。 「……げんだい……しかくぶんか……けんきゅうかい……。そっか、『げんしけん』って略称なのね。何で今まで気づかなかったんだろう(汗」 改めて「サークル入会の手引き」を開き、「現代視覚文化研究会」で調べると、しっかりと載っていた。 「え~っ! 分かるわけないよ。だって呼びかけ文が『ココニイル。』しかないし」 あ、でもイラスト入ってるわ……。 小さなスペースにサラリと描かれていたのは、『リニューアル版』の「くじびきアンバランス」に出てた「いづみ」。 もうほとんどの人が忘れているであろうキャラだ。 今どき「くじアン」というのも珍しいけど、ワタシには思い出深い。 どうやらこのカットは、3年以上は使い回されているみたいだ。コピー跡の目の粗さが見て取れるもの。 あぁ……『げんしけん』が略称だってことも知らないまんま、現視研に入ろうと願って生きてきた自分に呆れてしまう。 こういう時はアレよ。恥ずかしさを紛らわす一人突っ込み。 「♪おちゃ~めさんっ、テヘッ♪」 運の悪いことに、ちょうど近くの部屋から人が出てきた。 ウインク&ベロだし&コツンポーズを見られてしまったワタシ……orz とにかく、恥ずかしいのでドアを開けて部室に入ろう。 ちょっとドキドキしながら、ドアノブに手をかけた。 「コンニチワ。見学希望なんですけ……アレ?」 「ん?」 そこには、どう見ても「疲れたサラリーマン」な男性がいた。 部屋の奥、窓際の席に座って、でかいサンドイッチをほおばろうとしていた。 しばらくの間、お互いに動きが止まった。 【4】 「しっ、失礼しましたっ!」 バタンッ、バン! 思わず部屋を飛び出て、ドアを閉めてしまった。 あ~驚いた。何で大学のサークル棟に中年男性がいるんだろう? しかし、ワタシにとってはこの部屋が8年越しの『目的の地』なのだ。 リーマンごときに負けるわけにはいかないのだよ(?)。 そんなわけで、もう一度ドアノブに手をかけた。 「あの……、ここ、現代視覚文化研究会の部室でいらっしゃいますか?」 「あ、どうぞ。俺、場所借りてるだけだから」 男の人は、やせ形で丸メガネ。薄幸とか、はかなげな感じ。 例えるなら『受け』が似合うかなあ、と思わず妄想してしまい、ワタシは首をブンブンと振った。 「……ドシタノ?」 「い、いいえ何も!」 心の中で男性に詫びた後、部室を見まわした。 男性の後ろはテレビ、ビデオ、パソコンが並び、この狭いスペースにもかかわらず脇にはホワイトボードが置かれていた。 中央には長テーブル、その上には文房具やマガヅンなどが散らばっている。 周りの棚には、漫画やパソゲーの雑誌、フィギュアが所狭しと並んでいた。 なるほど……あらゆる視覚文化が揃っているわけだ……。 でも、ちょっと気になったのは、どれも『やや古め』だったこと。 変な例えだけれど、しばらく更新されていないホームページのような寂しさを感じた。 ワタシは、バスケットに山のように詰め込まれたサンドイッチと格闘している男性に、恐る恐る声を掛けた。 「……あ、あの、見学希望なんですけど、見せてもらってもいいですか?」 「あ、はい、いいよ。どーぞどーぞ……」 ワタシは本棚に向き直った。 並べられた漫画の背表紙を眺めると、懐かしいコミックが目に入った。 「幽明の恋文」。 古典と言ってもいいくらい古い作品だ。ワタシは小学生の時に読んでたけど、途中で挫折した。今ならはイケルかもと思いながら、まだ読んでいない9巻を手に取った。 しばらくの間、コミックを読んでいると、リーマンさんが声を掛けてきた。 「あの…、あのさ君、この弁当を一緒に、食べてくんない?」 「はい!?」 「いやッ、おかしな気持ちで言ってるんじゃないんだよ。……1人じゃ食べ切れないんだコレ……」 【5】 リーマンさんの名前は『斑目さん』という。 ワタシは2度ほど、『ワタナベさん』と言い間違えてしまった。 すみません。 大学の近くの会社で働いていらっしゃるそうで、ここ数年、春になると弁当を持って部室にやってきて、お昼を過ごすのだという。 「なんで春に?」「なんで部室に?」と不思議に思ったワタシ。 実は斑目さん、結婚記念日が4月だそうで(ヒューヒュー!)、毎年この時期になると豪勢な弁当を奥さんが作ってくれるのだそうだ。 あぁゴチソウサマ(笑)。 「それでさァ、職場の同僚が冷やかすんだよ。だから毎年この時期は懐かしい部室に逃げ込んで食べるってワケ。あ、もう一つどうぞ」 「アリガトウゴザイマス」 斑目さんから2個目のサンドイッチを受け取る。 レタスとトマトとピクルス、ベーコンとトリ肉がギュッと挟まれたサンドイッチ。パンはこんがり狐色。マスタードの効いた濃い味付けで、こりゃ1個でも満足ッスよ。 これと同じものが、でかいバスケットにまだまだ詰め込まれている。 確かに1人で食べるのは大変だ。こんな愛情と力技の弁当を作る奥さんって、どんな人なんだろう。 それにしてもワタシの心を捉えたのは、『懐かしの部室』の一言。斑目さんは、ここのOBなのであった。 年齢も30歳ちょっとだ……。 ひょっとしたら、もしかしてと思って、ワタシは勇気を出して尋ねてみた。 「く、くがやまさんっていうOBの人、ご存じないですか?」 斑目さんは急に吹き出し、咽せた。 あ~、ピクルスがもったいない。 【6】 ワタシは、8年前に久我山さんと知り合った病院の入院患者であることを告げた。 斑目さんは、「へえ、ふーん、ほぉー、あの久我山がねぇ」と意外そうな表情でワタシの話を聞いてくれた。 そして、「じゃあ、今度あいつに連絡入れてやるよ」と言ってくれたのだ! 「ありがとうございます先輩っ!」 「よせやい照れくさい」 そしてワタシは、もう1つ気になっていることを尋ねてみることにした。 「あの~、ここの現役部員の人はどちらに……?」 斑目さんは、かたわらのお茶を含んで一息ついてから答えてくれた。 「今日は学校に来ていないんじゃないかな……。残念だけど、いま現視研には部長1人しかいないからなぁ……もう風前の灯火って感じかな」 ワタシは、急に寂しい気持ちになった。 小学生の夏、入院中ひとりぼっちで寂しかったワタシを気遣ってくれたのは、「げんしけん」OBの久我山さんだった。 久我山さんから聞いた楽しい日常のエピソード。その舞台だった「げんしけん」に、ワタシも在籍したいと思っていた。 最初は知識程度に覚えておくかと思ったオタク世界にも、いつのまにかドップリとはまり込んでしまうし。こうなったら「げんしけん」に責任取ってもらうくらいの気合いを入れて、ここまでやってきたのに……。 ……かくれんぼの鬼になって、「もういいよ」と言われて喜んで出てきたら、……もうみんな家に帰った後だった……そんな気分。 あぅ、だめ……なんか涙が溢れてきそう……。 斑目さんも、こっち見て動揺しているみたいで、ゴメンナサイ。 気が付くと、斑目さんは食べかけのサンドイッチをバスケットにしまいはじめた。そして、ワタシの方に向き直って尋ねた。 「今夜7時、もう一度ここに来ることはできるかな?」 ワタシは黙って頷いた。 「じゃあ7時に」 斑目さんは、それだけ告げていそいそと部室を出て行った。 【7】 「6時50分。ちょっと早かったかな」 ワタシはアパートの部屋でひと泣きした後、サークル棟へと戻ってきていた。 外はもう暗いが、サークル棟のあちらこちらの窓には明かりが見えて、にぎやかな笑い声や歓声が聞こえてくる。 新入部員を確保して気勢を挙げているのだろうか。 現視研も、こんな風だったらいいのにね……。グス。また悲しくなってきて、袖で頬を拭いた。 3階までトボトボと階段を登った。 意外にも、昼間はあんなに閑散としていて、静かで、寂しかった現視研の部室から、にぎやかな声が聞こえてきた。 恐る恐る、ドアノブに手をかけてみる。 「……すみません……斑目さん……」 ワタシはドアをがちゃりと引いて、そーっと中をのぞき込んだ。 にぎわいが一瞬途絶えて、中にいた人たちが一斉にこっちを凝視した。 「!!」 「あれ、早かったね」 奥の方で斑目さんが声を掛けてくれた。 続けて何か言いかけてたみたいだけれど、周りの人がドッ沸いて、聞こえなかった。 「かわいいッ!」 「この娘が、嘘だろ?」 「やっぱ今の女オタも腐女子なんですかね?」 「ちょっと、こっちおいでよ!」 大学のキャンパスには不似合いな、派手な服に身を固めたお姉さんがワタシの頭を引っこ抜くようにして、強引に部屋の中へと連れ込んだ。 イテテ、うわ化粧くさ!……とは思うが表情には出さないように気を遣う。 みんながワタシに注目し、ワタシは突っ立ったまま、恥ずかしくてうつむいていた。 すると足になんか小さいモノが駆け寄ってきた。3~4歳のかわいらしい女の子じゃないですか! なんかどっかで見た服を……ってか、コスプレをしているッ!? 【8】 「あー、紹介するから席について~!」 斑目さんが小学校の先生のように、パンパンと手を叩きながら皆を制してくれた。 部室に集まっていた4人の男女。この人たちは久我山さんや斑目さんと一緒の時期に、『げんしけん』に居た先輩たちだそうだ。 「こっちの田中夫妻は夫婦でコスプレイヤー。その娘も可哀想にコスプレさせられているんだ」 「可哀想とは失礼ですね」 奥さんの方が反論。それにしても大きい胸だなぁ。 ご主人の方はちょっと生え際が危ない感じだけど、優しそう。 「きみこれね」 「あ、ありがとうございます」 田中さん(夫)から手際よくコップが手渡された。気が付けばテーブルの中央にはミニコンロ。鍋の中ではおでんがグツグツと音を立てて煮えていた。 「まだ寒いからね。今日はこれで」と斑目さん。 斑目さんは紹介を続けた。 「それで、こっちは笹原。こっちも笹原」 「うわ説明それだけかよ!」 茶髪のお姉さんがコケた。 それを尻目に斑目さんは、『男性の方の笹原さん』に話しかけていた。 「お前もよく来てくれたな。助かったよ。今日はマガヅンの編集?」 「いいえ、事務所でデスクワークです。おかげで来ることができたんですけどね」 「え?」 ワタシは「マガヅン」「編集」の一言に反応した。 なんと笹原さんは編集プロダクションの編集者さんだという。 「あっ、あっ、あの、ドゥモコンバンワぅ……」 「そんなに緊張しなくても……」 「いや、マガヅンだとか、いきなりそんなメジャー話になっちゃってビックリしてるんですけども」 久我山さんが教えてくれた編集者の人って、この笹原さんだったんだ! 【9】 「あの……笹原さんに見てもらいたいものが……」 ワタシは、大事に取ってあった「色紙」をカバンから取り出した。 小学生時代、久我山さんが描いてくれたものだ。 あの時、もう会えないのに、絵だけが残されて、悲しくて……。 いつも久我山さんがとなりに座っていたソファの上で、顔を覆って泣いたのを覚えている。 椎応大学に入学した時には、持っていこうと決めていたのだ。 「わ、なつかしいな、くじアン……」 色紙を手にした笹原さんを取り巻くようにして、みんながのぞき込む。 「おー、まごうことなき久我山の絵だな」 「ほんとだ、山田が目立ってるな、あいつ山田好きだったからな」 先輩方に思い出の色紙を見られて、ちょっとくすぐったい気持ち。 その色紙の隅には、久我山さんのメッセージが書かれている。 『後輩は編集者になれました。俺もがんばるから、君もがんばれ』 「久我山さん……」 色紙のメッセージを見る笹原さんの目はとても優しくて、ワタシも嬉しかった。 【10】 「久我山をはじめ、まだ来てない人がいるけど、主賓が居るので先にはじめますか!」 斑目さんが皆を見渡した。斑目さんはこのグループの仕切り屋さんなのだろうか。 「第5回、現視研新人来て良かったね会議~!」 「アハハ、久しぶりに聞いたよソレ」と田中さん。笹原さんも「懐かしいですね」と笑う。 「……第5回って一体……?」 「そこは流せ」 「じゃあ、かんぱーい!」 さっそく、みんなが思い思いに鍋をつつきはじめた。 田中さんの奥さんは、何度もワタシにビールを勧めつつ、コスプレを勧めてきた(汗)。 「ワタシ未経験だから、コスチュームも買ったことないし……」 「大丈夫デス。夫が作りますから!」 「エェ!?」 不意に田中さん夫妻がひそひそ話しを始めた。微妙に不安になるワタシ。 奥さんがこちらを向いて、『耳を貸せ』とゼスチャーしてきた。 (ゴニョゴニョ……ゴニョニョ) 「ひゃああっ!」 驚く笹原さんや斑目さんたちの目線を受けて、ワタシは両手で口をふさいだ。 なんと、バスト、ウェストそして一番気にしている……のサイズまで、わずかな誤差で当てられてしまったのだ(大汗)。 そう言えば、同人仲間から、「冬コミにかなりなレヴェルの親子コスプレイヤーが現れた」「ハマり方がハンパじゃ無い」って話を聞いた覚えがある。 いかん、このままでは引き込まれる……。 ワタシは話をそらそうと、向かいに座っている男女の笹原さんに質問をぶつけた。 「あのう、そちらもご夫婦なんですか」と。 直後、田中さん夫妻と斑目さんは大ウケ。 ダブル笹原さんは真っ赤だ。 「誰がこんなサルと!」 「うるせーな。まぎらわしいから早く結婚して名前変えろよ」 「そっちこそうるせえ、アタシの勝手だろ!」 「そういえば笹原姓だけ告げて兄妹って教えてなかったな」 斑目さんひどい。こっちは大恥ですよ。 両手を合わせて「スミマセーン」と謝罪する。 「しょうがねーな。こいつはアニキなの! あたしは恵子。『姉さん』と呼びな」 「うわ偉そうに!」と、兄の笹原さんが悪態をついた。 「確かに夫婦って、似るって言うよな」と田中さん。 「でも『あそこ』は似てないですよ……。斑目さん、『咲さんたち』今日は来ないんですか?」 田中夫妻の質問に、斑目さんはちょっと慌てた様子だった。 「あ…ああ、今日は連絡付かなかったんだ」 そこに、恵子姉さんがツッコミを入れた。 「まだ……『高坂ねーさん』に会うのが怖いんじゃねーの?」 全力否定する斑目さん。汗、凄いですよ。 いったい『咲さん』って、どんな人なんだろうか。 【11】 いたたまれない斑目さんを、田中夫人がフォローしてくれた。 「斑目さんにはもうステキな奥さんが居るわけですし……。で、今日は会社で評判だという『美人外国人妻』は連れてこなかったんですか?」 またも慌てはじめる斑目さん。どうもフォローではなかったらしい。 つうか、この斑目さんの弱さ……。『総受け』なニオイがプンプンしますよこの人。 それにしても、斑目さんの奥さんが外国人だと聞いてビックリ。 確かにあのサンドイッチの濃い味付け、香り、洋モノっぽい感じはしたけれど……。 「きょ、今日俺は仕事場から直接来たんだよ。お前らに電話入れるので精一杯だったんだってば。ひょ、評判妻って言えば、笹原ぁ、お前の所は来てねーじゃねーか」 苦しい話の切り替え方だ。笹原さんの奥さんも外人さんなのだろうか。 「いやあ。彼女も仕事場から直なんスよ。途中で保育園に預けている子どもを迎えに行ってますし……」 その時、斑目さんの携帯が鳴った。 どことなく命綱に捕まるような必死さで電話に出る斑目さん。おいしい人だ。 「あ、久我山?」 思わず身を起こすワタシ。 「えぇ? 遅れるんじゃねーぞ! 今日のメインはお前なんだから!」 電話を切った斑目さんは、「……今、移動中だって」と状況を教えてくれた。 「俺、久我山さんと会うの3年ぶりくらいですよ」と笹原さん。 「お前も久我山も仕事忙しいからな。でも俺は先週アキバでばったりアイツに会ったぞ」 「斑目サンは仕事がヒマだっちゅーこと?」 「キミウルサイヨ」 「久我山の職場、飯田橋だから近いしな。しかし最近アキバも変わってきたなあ」 「オタクの傾向が変化してきたからですかね」 「でもアキバが本当に変わってしまったら、久我山転職するんじゃねーか?」 「ハハハッ」 【12】 盛り上がる先輩方の脇で、ちびちび缶ビールをのむワタシ。 うらやましい。 ワタシはこの8年、オタクをしていたけれど、これほど打ち解ける『仲間』はいなかった。それに『生息域』が違うこともあるのか、久我山さんと再会する機会もなかった。 そこにガチャっとドアの開く音。 ワタシは期待したが、そこに現れたのは小柄な女の人だった。 メガネを掛けて、耳が隠れるくらいの髪、大きなカバンを手にしている。 そして田中さん夫婦の娘さんと同じくらいの女の子が2人、足元に隠れるようにしてオドオドとこちらを見ていた。 「すみません。打ち合わせがあったので……」と、母親とおぼしき女の人が頭を下げた。どうやら笹原さんの本当の奥さんらしい。 「ん?」 ワタシは、その人の顔に見覚えがある。 思わず立ち上がり、失礼ながら30歳くらいとは思えない童顔を凝視した。 「な……、誰ですか?」 「あー、今度ここに入る人らしいよ。今日はアフタだったんでしょ。エムカミさんお元気だった?」 「はい」 笹原夫妻の話を耳にしてピンと来たワタシは、その女性の前までズイと歩み寄った。 「本当にスミマセン、失礼します!」 頭を下げた後、両手を女性の頭にまわし、髪をまとめて頭頂部で「筆」を作ってみた。 一度それを離す。ハラリと垂れる髪。 そしてもう一度、「筆」を作って凝視した。 筆の人はジト目で無表情のまま固まっている。 ……ワタシは思い出した。雑誌のインタビュー記事で見たその人の顔を! 「あーっ!於木野鳴雪!」 驚くワタシの後ろで「ピンぽーん!」と誰かが叫んだ。 【13】 ワタシは何度も頭を下げた。 苦笑いの於木野先生。 笹原さんの『評判の妻』って於木野先生だったんだ。 確かに評判の人だわ。 驚異の生産ペースで作品を量産するメジャー作家! 臨月、それも陣痛の直前までかけて、センターカラー60ページを仕上げたという『生ける伝説』の持ち主だもの。 田中夫人が、「漫画は多産で子どももいきなり2人……」とおどけると、於木野先生は、「双子なんだから当たり前デス」と突っぱねた。 そっか、この子たち双子かぁ。 お母さんの隣のイス1つに、2人で座って机の上に顔を出している。 うはーカワイイですぅ! 「モスラ対ゴジラ」の生まれたて双子幼虫みたい(失礼)。 「あれ? 斑目さん『奥さん』来てないんですか?」 於木野先生も斑目さんに尋ねる。 「もうその話題、置いておこうよ、ネ、ネ!」 またも困った表情の斑目さんを助けようとしてか、笹原さんがおもむろに立ち上がった。 「ひょっとして……」と、自分の背後のロッカーを開けて、中を物色しはじめた。年代ものの同人誌が出てきて机の上に山積みにされていく。 「うわ、何やってんのアニキ?」 「大して物品を処分していないだろうから……、あった!」 笹原さんは、私に向かって一冊の同人誌を掲げた。 「これ、久我山さんの作品!」 私は思い出した。久我山さんと病院で会っていたころ、学生時代に描いた「くじアン」の漫画があると。その時は結局見せてくれなかったけれど、夢にまで見た久我山さんの漫画が、いま目の前に。 私は思わず立ち上がって、身を乗り出すようにしてその同人誌を受け取った。 「……おい、笹原、いいのかアレ」 「あ……」 周囲の不穏な空気の変化は気にも止めず、私はその同人誌「いろはごっこ」を開いた。 「……………(汗」 めくるめく妄想の世界。私は立ったままで読み続けていた。 周りに座っている御一同の「………(汗」という沈黙が心に刺さるようで痛い。 「おねえちゃん、何見てるの? 見せて見せてー!」 田中さんの子や於木野先生の子どもたちが固まる私にまとわりつくが、「見ちゃいけません!」とそれぞれの母親が引きはがした。 [[となりのクガピ2 その2]]に続く

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