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*26人いる!その9 【投稿日 2007/01/14】 **[[・・・いる!シリーズ]] 2006年夏コミ3日目、最終日。 今日も現視研の面々は、椎応大学の最寄の駅から始発に乗った。 ちなみに「やぶへび」の面々は、今日は漫研男子の出品があるので、そちらの方に行っている。 あと恵子は昨日友人の家に泊まって寝過ごしたので、後で顔を出すとのことだった。 今日は男性向け中心の出品だ。 だから1年男子は、かなり意気込んでいる。 一方1年女子は、午前中は男子たちの分担購入を手伝い、午後からは全員コスプレに参加する。 分担購入の手伝いは、1日目に売り子で頑張ってもらったお礼の意味もあってのことだ。 もっとも元来現視研の女子会員には、最終日に男子の分担購入を手伝う習わしがあった。 (まあ習わしと言っても、ここ4年ほどの話ではあるが) それを上の誰かが言うまでも無く、1年女子の方から言い出した。 だから荻上会長は、彼女たちの自主性を尊重して、敢えて改めて指示しなかった。 OBたちも、そんな意気込む1年生たちにかつての自分を見る思いで、静かに見守っていた。 いやただ1人、1年生以上に意気込んでいる男が居た。 言うまでも無く、ループの帝王ことクッチーであった。 朽木「よっしゃみんな、いよいよ最終決戦だにょー!今日は倒れるまで並ぶにょー!」 1年男子一同「おう!」 みんなで一斉に拳を突き上げる。 朽木・日垣「あ痛っ!」 浅田「やっぱ2人とも背高いね。俺じゃあ無理だな」 先程痛がった2人は、天井に拳をぶつけたのだ。 荻上会長の雷が落ちる。 荻上「いい加減にしなさい!電車の中で何やってるんですか!」 1年男子一同・朽木「すいません」 そう、彼らはまだビッグサイトに着いていなかったのだ。 ビッグサイトに着いた現視研一行、並んでいる間に割り当てをもう一度確認する。。 男子は基本的に単独でお気に入りの作品を扱うエリアを中心に回り、女子はその隙間を埋める形でフォローするという陣形だ。 今日も前日までと同様、午前中は買い物で午後からはコスプレという流れだから、昼までは女子も目いっぱい並べる。 いよいよ会場に入り並ぶ直前、しばし1年女子たちは雑談にふける。 台場「それにしてもうちの男ども、属性訊いてみたら見事なまでに巨乳好きだらけね」 沢田「ほんと、違うのはツルペタ属性の斑目先輩と、猫耳好きの伊藤君ぐらいね」 巴「あとは朽木先輩の、老若男女不問ぐらいかしら」 一同「朽木先輩、漢だ…」 国松「まあ何にせよ、みんな巨乳好きね。全くもう…」 どちらかと言えば貧乳の国松、やや不機嫌だ。 神田「不機嫌ねえ千里。まあ無理ないか、日垣君まで巨乳属性じゃ」 国松「(赤面し)そっ、それは関係ないわよ」 神田「(悪戯っぽく笑い)まあ、そういうことにしときましょうか」 国松と対照的に、豪田は上機嫌だ。 豪田「て言うことは、私ってもしかしてモテモテ?」 台場「いやあんたの場合は、でかいの胸だけじゃないし。むしろマリアでしょ」 巴「そう?入学してから4ヶ月以上経ったけど、誰もその手のお誘いしないけど」 沢田「みんな奥手だからね、うちの男子」 神田「単にみんな怖がってるだけじゃない?」 巴「(苦笑し)かもね」 神田「それに二次元の属性と現実の属性って、必ずしも一致しないしね」 一同「そうなの?」 神田「だって例えば笹原先輩って、元来巨乳のお色気お姉様系属性だったらしいし今でもそうらしいけど、実際に付き合ってるのは会長よ」 一同「…確かに!」 神田「あの、あまり力強く納得しちゃ会長お気の毒よ」 沢田「そう言えばこれは噂なんだけど…うーん、言っちゃっていいかなあ?」 豪田「何々?そこまで言ってもったいぶるのは無しよ」 沢田「あくまでも未確認情報なんだけど…斑目先輩、春日部先輩のこと好きらしいのよ」 一同「なっ、何だって~~~~!!!!!!!!!!!」 沢田「だからMMR式で驚かないの!」 豪田「いや、いくら何でもそれは驚くわよ」 巴「私も今回ばかりは驚いた」 台場・国松「私も」 ただ1人驚かなかった神田が呟く。 神田「やっぱりそうだったのね」 豪田「ミッチー気付いてたの?」 神田「何回か春日部先輩が部室に来た時の、シゲさんの態度で何となくね」 沢田「さすがミッチー、男女のことには目ざといわね」 豪田「で、斑目先輩、今でも春日部さんのこと好きなのかな?」 神田「そこまでは分かんないけど、吹っ切れてない感じはするわね」 巴「でもそれじゃあ、何時まで経っても斑目先輩、春日部先輩の呪縛から抜け出せないじゃない」 豪田「私たちで何か出来ないかな?」 スー「ココハヒトツ、ワシラデ『斑目晴信君ヲ男ニスル会』チュウノヲ作ッタラドウジャロ?」 何時の間にか現れたスーが提案した。 一同『何で広島弁?』 豪田「何で広島弁なのかは置いといて、スーちゃんの提案自体はアリじゃない?」 巴「(ニヤリと笑い)アリでしょ」 国松「でも斑目先輩を男にするったって、それって…(赤面)」 台場「こらこら、ストレートにそっち方面に考えないの」 沢田「そうそう、別に私たちが必ずしも斑目先輩と付き合おうって訳じゃないわよ。ただみんなで応援しようってだけだから」 神田「ま、私なら付き合ってもいいけどね、シゲさんと」 豪田「まあ大胆発言(赤面)」 アンジェラ「そういうことなら私もひと肌脱ぐあるよ」 何時の間にか加わってるアンジェラに驚く一同。 アンジェラ「要は私がミスターシゲのチェリーを頂けば万事解決あるね」 沈黙&赤面&滝汗の一同。 神田「あのねアンジェラ、問題はそんな単純じゃないのよ」 台場「そうよ。そんなこといきなりやろうとしたら、シゲさん心停止しちゃうわよ」 国松「それにミスターシゲじゃ、何か長島さんみたいよ」 豪田「千里ナイスツッコミ!」 巴「それはともかくアンジェラ、これは私の主観なんだけど、斑目先輩って内気とか奥手とか通り越して、生身の女性については女性恐怖症に近いとこまで行ってると思うのよ」 豪田「そうそう。確かにシゲさんって、ガラス細工みたいに脆くてデリケートよね」 スー「(胸の前で両腕をクロスさせ)ワイノ心ハばりけーど!」 豪田「あのスーちゃん、話がややこしくなるから、その手のボケは無しね」 スー「押忍!」 神田「だから私たち後輩で少しずつ時間をかけて心を解きほぐして行くのがベストだと思うのよ。だからアンジェラ、性急なことしちゃダメよ」 アンジェラ「難しいものあるね」 藪崎「そういう話やったら、私も一口乗るで」 何時の間にか藪崎さんも話の輪に加わる。 豪田「まあそれはいいですけど、くれぐれも性急なことしちゃダメですよ」 藪崎「まかしとき。要は私の女の操を斑目さんに捧げたらええねんやろ?」 沈黙&赤面&滝汗の一同。 豪田「いやだから、そうじゃなくて…」 豪田は藪崎さんに、ここまでの話について改めて説明する。 藪崎「なるほどそういう訳か、むつかしいもんやな」 豪田「難しいですよ。だってシゲさん、ガラス細工みたいに脆くてデリケートですから」 藪崎「(胸の前で両腕をクロスさせ)わいの心はバリケード!」 こける一同。 台場「ヤブさん!スーちゃんと一緒のボケしないで下さい!」 藪崎「何やスーに先越されたか」 沢田「おまけに斑目さんとやっちゃえば万事解決って発想は、アンジェラと一緒だし」 藪崎「何やと!こんな変態外人と一緒にすな!ええか、私の場合は根本的なとこが違うんや!アンジェラはもう何人もとやりまくってるけどな…」 国松「(赤面して)あの、憶測でそういう不穏当な発言は…」 アンジェラ「(笑顔で頭かいて)いやーそれほどでも」 藪崎「褒めてへんわい!お前はクレしんか!」 巴「て言うかアンジェラ、それってヤブさんの決め付け認めてない?」 神田「アンジェラ今まで何人としたの?」 豪田「あんたも真顔で訊かないの!」 アンジェラ「ミッチー、それは男と女とどっちの話あるか?」 神田「女の子ともしたことあるの?今回はとりあえず男の子だけでいいわよ」 豪田「この間迫ってきたのはマジだったのか…(冷や汗)」 指を折って数えるアンジェラ。 アンジェラ「えーと…千里ちょっと指貸してある」 国松「それって両手の指では数え切れないってこと?(赤面)」 藪崎「つーか数えんでええ!私が言いたいのは、私はアンジェラと違って処女やってことや!穢れ無き乙女の処女以上の貢ぎもんがあるか!」 豪田「あのヤブさん、うちのシゲさん山神様か何かじゃないんですから」 国松「(赤面)それに大きな声で処女処女言わないで下さい」 台場「それに我々腐女子は、処女非処女に関係無く、心は穢れていると思いますよ」 藪崎「うっ、それを言われると…」 アンジェラ「ならばヤブさんも仲間あるね」 藪崎「お前だけはちゃう!くそー指折って男の経験自慢しおって、勝ったと思うな!」 神田「はいはいはい、もめるのはそれぐらいにして下さい。とにかくじっくり時間かけて、じわじわと行くのだけは忘れないで下さいね」 こうしてこの日、「斑目先輩を男にする会」が結成された。 斑目は会場内を見下ろして、1人佇んでいた。 その視界の中では、1年男子たちとクッチーが忙しく動いていた。 有吉が日垣、浅田、岸野に並ぶ心構えを教えている。 (伊藤はニャー子と別行動のようだ) 有吉「いいかい、君たちの任務は同人誌を買うことじゃない、並ぶことだ。完売なら即時撤退、ただし並ぶ時は潰れても並ぶんだ」 ここまで声は聞こえないが、口の動きから大体こういうことを言ってると推測出来た。 かつて笹原に同じようなことを教えたのを思い出し、斑目は1人苦笑する。 一方ループの帝王クッチーは、1人マイペースでズンズン買い進めていた。 もはや斑目の動体視力では捕捉出来ない、まるで数メートルごとにテレポートしてるような動きだ。 「朽木君も成長したなあ…」 日垣、浅田、岸野、伊藤、そして国松、この5人はアニメや漫画のオタとしては初心者レベルで、会話してみると呆れるほど知らないことが多かった。 彼らが入会してからの3ヶ月ほどの間、斑目は非常勤の初級オタク講座の講師のような役割を担っていた。 荻上会長は絵描きとして特化したオタなので、案外オタの一般常識の抜けが多い。 コスプレに特化した大野さんも同様だ。 クッチーは就職活動中(それでもしょっちゅう部室に来るが)の上に、作品の好き嫌いが激しくオタ知識が偏っているので、初心者向けではない。 恵子は同人誌やエロゲーなどには興味を示しているが、オタ知識の基本は出来ていない。 今のところ現役会員で、初心者5人に1番バランスの取れたオタ一般常識を教えられるのは、1年の有吉と神田だけだった。 (腐女子四天王が初心者向けでないことは言うまでもない) その2人にしても、ここ10数年ほどの作品についての知識は斑目に匹敵するが、それ以前の作品についての知識には不安が残る。 (ヤマトやガンダムなどの超メジャーな作品は押さえているが) アニメや漫画について語る上で、70~80年代は避けて通れないという信念を持つ斑目は、必然的に有吉と神田の穴を埋めるような形でフォローするようになった。 だが彼らは元々は田中に近いタイプの、1人1芸のマイペース型のオタだったので、日垣と国松に田中がコス制作技術を伝承し始めた頃ぐらいから、各々個性を発揮し始めた。 浅田と岸野は元写真部で、写真のスキルはもちろん、アウトドアライフやサバイバルの知識やスキルは半端では無い。 伊藤は脚本やラノベやSSを書く為の修業の一環として、ドラマや映画を数多く見ていたし、小説も数多く読んでいた。 日垣と国松は田中に師事してコス作りを習得しつつある。 そして国松は、元々は筋金入りの特撮オタだ。 こうして彼らは早くも独自のオタク道を進み始めていた。 もはや斑目が彼らにしてやれることは、オタク一般教養面での細かい補完と、オタモラルを説くぐらいであった。 とは言え、斑目にとって今の現視研はそれなりに居心地は良かった。 礼儀正しい1年生たちは、本心でどう思ってるかはともかく、彼にそれなりの敬意を表し、それなりに会話もある。 まあもっとも、1年女子たちにとっては何時の間にか総受けキャラと認定され、いじられキャラと化していた。 だがそれとて今まで「可愛い女子の後輩に構われる」というシチュエーションに恵まれていなかっただけに、それはそれで悪くなかった。 なのに斑目の心の中には、何か満たされない隙間のようなものが常にあった。 それが何かは彼自身にも分かっていた。 「結局のとこ、俺はまだ春日部さんへの気持ちを吹っ切れてないんだ…」 かと言って斑目に、今さら春日部さんをどうこうしようという積もりは無かった。 それは単に振られることが怖いせいだけではない。 今の春日部さんとの関係を壊したくないし、春日部さんの幸せを壊したくないし、仮に自分が対抗できるスペックがあるとしても、高坂の幸せも壊したくなかった。 彼は高坂に含むものは無かった。 よく分からないところも多いけど、いい奴だし人としてもオタクとしても優秀だし、後輩であるにも関わらず尊敬し一目置いていた。 斑目は臆病で気弱だが、裏を返せば心優しい気配りの人でもあるのだ。 就職してから何ヶ月か経ったある日、斑目は会社の人たちと一緒に飲みに行った。 後半はカラオケ大会となり、ある先輩が「恋するカレン」を歌った。 斑目の横でそれを聞いていた、別の先輩がポツリと言った。 「俺嫌いなんだよこの歌、特に今のフレーズがさ」 彼の嫌いなフレーズとは、次の部分だった。 「かた~ちの~無い優~しさ~、そ~れよ~り~も~見~せ~か~けの~、魅力を選~ん~だ~♪」 「そう言うけどさ、そんなの分かんないじゃねえか。もしかしたら2人の間には、傍目には分からない心の絆があるのかも知れないじゃねえか」 先輩はさらに続けた。 「そりゃ振られた方の気持ちとしてさ、自分の恋愛感情だけが純真無垢で、他人の恋愛感情はただやりたいだけだと思いたい、それは分かるよ」 「まあ確かにそう思っちゃいますよね」と合いの手を入れる斑目。 「でも斑目よう、くっついちまった男女の仲なんざ、所詮傍から何言っても野次馬のゴシップでしかねえんだよ。ほんとのとこどうなのかは、本人たちにしか分かんねえんだよ」 実は斑目、2人は所詮ハイスペックの美形同士がくっついただけで、ひょっとしたら卒業後も恋焦がれ続けている自分こそがふさわしい相手では、と秘かに考えたことがあった。 だが前述の先輩の話を聞いてから、2人には2人にしか分からない絆があり、それに自分が介入する資格も権利も無いと考えるようになった。 そして春日部さんへの気持ちを吹っ切ることを決意した。 だからあの2人の幸せを願う気持ちに偽りは無い積もりだ。 だがそれでも、彼は胸中に自分でも上手く説明の出来ない「何か」がしこりのように残り続けていることを自覚していた。 「ほんと未練がましい、みっともない男だよな、俺って…」 斑目は自嘲的な笑いを浮かべると、売り場に向かって歩き始めた。 その背中には、自身のみっともなさと格好悪さを受け入れた男の哀愁が滲んでいた。 この時、彼はまだ知らなかった。 その哀愁を放って置けない乙女たちが動き始めたことを。 1年女子たちは散開し、それぞれの担当エリアに並んだ。 担当エリアが近い台場と沢田が、列が進むのを待つ間、先ほどの話の続きに興じる。 台場「ねえさっきのスーちゃんの提案だけど、あれも何かの台詞っぽかったけど、元ネタ分かる?」 沢田「あの『男にする会っちゅうのを作ったらどうじゃろ』ってやつ?漫画やアニメの知識は、晴海の方が私より上なんだから、晴海が分かんないんなら私に分かる訳無いわよ」 台場「うーん、広島弁使うアニメや漫画なんて、『カバチタレ』か『はだしのゲン』ぐらいしか知らないわね。何だろう?」 伊藤「その台詞の元ネタは多分、『県警対組織暴力』だと思うニャー」 背後から突如かかった声に驚いて振り返る2人。 何時の間にか2人の後ろに、伊藤とニャー子が立っていた。 沢田「伊藤君、聞いてたの?」 台場「それよりその県警対何とかって?」 伊藤「『県警対組織暴力』、70年代の東映の実録やくざ映画のひとつだニャー」 沢田「まさか、いくら何でもスーちゃん、そこまで知識無いでしょ?」 そこへちょうどスーが歩いてきた。 伊藤「ちょうどいいから試してみるニャー。ねえねえスーちゃん、優柔不断なやくざの親分に子分がひと言」 沢田・台場「?」 スー「(松方弘樹似のドスの効いた声で)神輿ガヒトリデ歩ケルチュウンヤッタラ歩イテミイヤ!」 沢田・台場「!」 伊藤「やくざが敵の縄張りで暴れる前にひと言」 沢田・台場「?」 スー「(松方弘樹似のドスの効いた声で)ココイラノ店、ササラモサラニシチャレイ!」 沢田・台場「!」 伊藤「うーん、これはちょっとまずいかニャー?対立してる組が売春をシノギにしてることに対し、やくざがそれを非難するひと言」 沢田・台場「?」 スー「(千葉真一似の声で)言ウテミタラアレラハ、○○○ノ汁デ飯食ウトルンド!」 沢田と台場はもちろん、周辺の客たちまでもが思わず「ブッ!」となる。 ○○○とは、関西での女性器の俗称だったからだ。 伊藤「うーんそこまで言えるとは、スーちゃんかなり東映やくざ映画も見てるニャー」 沢田「(赤面し)ちょっ、ちょっと伊藤君、女の子に何てこと言わせるのよ!」 台場「(赤面し)そっ、そうよ、ニャー子さんも呆れてるじゃない!」 確かに傍らで、ニャー子はボーっとしていた。 だがやがてポツリと言った。 ニャー子「伊藤君って、物知りだニャー」 伊藤「(照れて)いやあ、それほどでも」 こける沢田と台場。 沢田「それで済ますのか、ニャー子さん?」 台場「愛の力って偉大ね…」 呆然とする腐女子2人だったが、「斑目先輩を男にする会」について猫カップルに口止めすることは忘れなかった。 荻上会長は笹原の買い物に付き合っていた。 とは言っても、笹原は昔ほどがっついて買い漁っていない。 1度作る側に入るとどうしても作品を冷静に客観視してしまい、衝動的な買い方はしなくなるものらしい。 それに今回は合間に取材をしなければならないというのもある。 そんな訳で、1時間と回らぬ内に主だった買い物は終わった。 あとはA先生への資料用を買うだけだが、それも1年生たちの分担購入の範囲内でほぼ賄えそうだ。 今日は2人ともコスプレの予定も無いから、ようやく笹荻は3日目にしてノビノビと2人きりの時を楽しめた。 笹原と荻上会長の前方の人混みが左右に分かれた。 その間を十数人の男女が、こちらに向かって歩いて来る。 全員白衣だ。 みんな白衣姿が妙にさまになっている。 男たちの何人かは、首から聴診器をぶら下げている。 さらに男女ともIDカードらしきものを胸に付け、胸ポケットにはボールペンが数本刺さっている。 女性は化粧気がスッピンに近い最小限で、マニキュアやネイルアートをしてる者は居ない。 コスプレにしては、やけに細かくリアル過ぎる。 お客さんたちが退いて道を開けたのも、本物の医者や看護師に見えるせいかも知れない。 その一団の最後尾に、他の者たちに比べて縦にも横にも大きい人影が見えた。 その白衣の巨体に、笹荻は見覚えがあった。 いや正確には、見覚えのある男の面影があった。 白衣の巨漢は、卒業前に比べて激痩せした久我山だった。 久我山が何やら声をかけ、白衣の一団は停止した。 久我山「さっ笹原、それに荻上さん、ひっ久しぶり」 笹原「やっぱり久我山さん…ですよね?お久しぶりです」 荻上「こんちわ」 笹原が自信なさそうな発言をしたのも無理は無かった。 新会員たちが入った頃はたびたび部室に顔を出していた久我山だったが、その後また忙しくなってここ3ヶ月ばかりは姿を見せてなかった。 春に会った時、既に久我山は少し痩せていた。 とは言っても世間一般的には十分にデブであった。 だが今日会った久我山は、デブには違いないが病的な太り方はしていなかった。 適度に筋肉と混ざり合ったようなズングリとした太り方、例えるならラグビーの選手が引退して太った、そんな感じの太り方だ。 笹原「痩せましたね、久我山さん」 久我山「まっ、まあね。今では百キロ無いよ。90ちょいぐらいかな」 白衣の1人が話に割り込んでくる。 医師A「久我山君、この2人は?」 久我山「あっせっ先生、この2人、私の大学のこっ後輩の笹原と荻上さんです」 笹原「先生?」 久我山「この方は、おっ俺の取引先の病院の外科の先生」 荻上「じゃあ他の方々もひょっとして…」 久我山「みっみんな取引先のお医者さんや看護師さんや薬剤師さんだよ」 荻上「なるほど、道理で白衣がさまになり過ぎてる訳ですね」 笹原「ひょっとして久我山さん、これって接待ですか?」 久我山「そっそうだよ。みなさん俺の話聞いて、1度コミフェスに来てみたいとおっしゃったので、おっお連れしたのさ」 医師A「君が笹原君か。久我山君から聞いたことはあったけど、思ったより小柄だね」 笹原「はあ…(意図がよく分からない)」 医師A「いやあ君有名なんだよ、うちの病院で。久我山君と喧嘩した男として」 笹原「えっ?」 久我山の方をチラリと見る笹原。 久我山「(医師Aに)けっ喧嘩だなんて。彼とは単に口論になっただけです!」 医師A「そうなの?」 若い看護師が話に割り込む。 「何だそうだったの?うちの医局じゃ笹原さん、久我山さんをボコボコにしたって有名よ」 笹原「ボコボコって…久我山さーん(汗)」 久我山「すっすまん。雑談中にちょろっと口論した話をしたら、変な尾びれが付いて噂広がっちゃったみたい」 笹原「いくら何でも…付き過ぎでしょ尾びれ」 別の医師が声をかけてきた。 「まあ気にするなよ笹原君。うちの病院なんて君の事、『久我山殺し』って呼んでるみたいだけど大丈夫大丈夫、みんな洒落で言ってるだけだから」 笹原「洒落になってませんって…」 その後笹原は、その場に居た医師や看護師や薬剤師全員に対し、自分についてどんな噂が飛び交っているか聞き取り調査した。 噂は予想以上に膨らんでいた。 曰く、笹原が元暴走族のヘッドで百人相手のタイマンに完勝した。 曰く、笹原が久我山を3階の部室の窓から投げ捨てた。 曰く、喧嘩の原因は絵描きの女の子(荻上会長のことらしい)の取り合い等々… 笹原はそれらの噂を全て訂正するように、その場に居た白衣全員に約束させた。 医師たちは素直に応じた。 「分かった。うちの医局内については、ちゃんと訂正しておく」 「分かりました。私も患者さんたちに話したこと訂正しておきます」 「僕も今日帰ったら、自分のブログ訂正しとくよ」 「僕も2ちゃんねるに書いたネタ、訂正しとくよ」 医師たちの真摯な対応に、いったいどこまで噂が広がっているのかと却って不安になる笹原だったが、気になっていたことの質問も兼ねて話題を変えることにした。 笹原「ところで先生方、今日は何で白衣なんですか?」 医師A「これでも一応コスプレの積もりなんだけどね」 荻上「何のコスプレなんですか?」 医師A「(後ろの方に居る若い医師に)君、音楽スタート!」 若い医師は、片手にぶら下げていたラジカセのスイッチを入れた。 すると音楽が流れ始めた。 その音楽には聞き覚えがある感じがした。 ファーストガンダムで、本編の終了間際にホワイトベースが飛んで行く時に流れる音楽に似ていた。 だが医師Aは若い医師を叱り付けた。 医師A「こっ、こら君、これは田宮二郎の方じゃないか!私は唐沢寿明の方にしろと言ったじゃないか!」 その言葉で笹荻は悟った。 「『白い巨塔』か…」 だが医師たちの方は大変なことになっていた。 若い医師「もっ、申し訳ありません!」 医師A「もういい、君は減給だ!」 若い医師「ええ、そんなあ…(半泣き)」 そこへ久我山が割り込んだ。 久我山「あっあの先生、お言葉ですが、こっこの場合は田宮二郎バージョンの方が場の空気には合ってると思います」 医師A「それはどういうことかね?」 久我山「たっ田宮二郎バージョンの『白い巨塔』のテーマ曲を作曲したのが、わっ渡辺岳夫だからです」 合点の行く笹荻。 「どおりで聞き覚えがある感じがする訳だ」 久我山「見て下さい、まっ周りのお客さんの反応を」 周囲を見渡す医師A。 見ると30代以上と思われる、比較的年配のオタたちが足を止め、感心したような顔で医師たちを見ていた。 彼らの声が聞こえてきた。 「見ろよ『白い巨塔』のコスだぜ。しかも田宮二郎バージョンのとは、渋い選曲だな」 「普通なら唐沢にするとこだけど、あの先生たち分かってるじゃん」 久我山「わっ渡辺岳夫は、主に70年代のテレビアニメやドラマの主題歌をたくさん作曲した、にっ日本のアニメ史を振り返る上で避けて通れないキーパーソンなんです」 医師Aは若い医師に近付き、軽く肩を叩いてこう言った。 「怪我の功名だったな。来月から昇給だ」 どうやら久我山の言ったことを分かってくれたようだ。 若い医師「あっ、ありがとうございます!」 医師A「(笹荻に)それじゃあ私たちはこれで。そうそう忘れてた。(看護師の1人に)君、例の台詞を。(若い医師に)じゃあそれに合わせて、もう1回ミュージックスタートだ」 看護師「財前教授の、総回診です!」 再びテーマ曲を流す若い医師。 それに合わせて歩き出す医師たち。 2人にそっと囁く久我山。 久我山「あっあの若い先生、あの病院の契約取る時、いっいろいろ世話になったからね」 笹原「よかったですね、久我山さん」 久我山「そっそんじゃまた」 久我山は医師たちを追って小走りで走り去った。 昼食直前、笹原と荻上会長は漫研の売り場に立ち寄った。 今日は男性向けの出品だ。 売り子を務めていたのは、加藤さんと藪崎さんだった。 そして客としてスーが来ていた。 例によってスーがピョンピョン跳ねている。 藪崎「ほれほれ、本やったらやるから、そないピョンピョンせえへんの」 スー「オオキニー!」 藪崎「ほう、なかなか大阪弁も分かってきたなあ」 加藤「今のは種ガンダム版のハロの物真似じゃない?」 藪崎「そうでんな。やるなあスー」 荻上「すっかり仲良くなったね、スーちゃんとヤブ」 藪崎「まあな」 荻上「そう言えばヤブ、前スーちゃんに会った時は逃げてたわね」 藪崎「アホ、あれはネタや。『あずまんが大王』の真似や」 そうは言ったものの、実は藪崎さんは元来外人が苦手だった。 藪崎さんは中学高校と英語の成績が悪かった。 おまけに同級生にハーフで美人でモテモテで英語ペラペラの帰国子女が居て、彼女と比べられて辛い思いをしたことがトラウマになっていた。 その為英語だけでなく外人に対しても、何時の間にか苦手意識が染み付いていたのだ。 だが去年の冬コミで荻上会長がスーと一緒に居たことで、彼女の負けん気魂に火が点いた。 荻上会長が大野さん並みに英会話が出来ると勘違いしたのだ。 年が明けてから外人が講師を務める英会話学校に通い始め、何とか話せるレベルまで上達した。 かなりブロークンで「ちょっとジャストモーメントプリーズや」といった具合に関西弁混じりの独特の話し方ではあったが、発音は悪くないらしく不思議と意味は通じた。 そして同時に外人コンプレックスも克服出来た。 もっともそのことは、荻上会長にも内緒にしていたが。 ひと通り買い物の終わった1年男子たち(ここから伊藤も合流した)とクッチーと斑目は、1度集まって戦利品を見せ合う。 ちなみにニャー子は、伊藤に気を使ってここから別行動を取った。 さすがに女子たちの前で男性向け同人誌を広げる度胸は、1年男子たちと斑目には無かった。 (クッチーは男の中の男だから、女子の前でも平気で広げられるが) 1年女子たちが買ってくれた分は、後で部室で分配する予定だ。 OBの貫禄を見せて、ごく普通に同人誌を開く斑目。 堂々と同人誌を開き、完全にハアハア顔のクッチー。 そんな2人と対照的に、まるでふた昔ぐらい前の中学生が路地裏で秘かにエロ本を見せ合うかのように、周囲を気にしつつコソコソと遠慮がちに同人誌を開く1年男子たち。 朽木「何々みんな、そんなコソコソ見ることないにょー。ここは天下の夏コミ会場ですぞ」 斑目「まあ朽木君のレベルはいきなりは無理だろうけど、そんなに恥ずかしがるこた無いよ。どうせ周りはみんなオタだ。みんなもやってることは一緒さ」 確かに周囲のお客たちも、堂々と同人誌を読んでいる。 朽木「そうそう、みんな少しは有吉君を見習うにょー」 赤面でコソコソ読んでる1年男子たちの中でただ1人、有吉だけは平然と真顔で同人誌を読んでいた。 伊藤「(赤面)有吉君、何でそんなに平然と読めるニャー?」 有吉「慣れだよ。高校の時から夏コミ来てたら、人前で同人誌読むぐらいどうってこと無いよ。まあさすがに女子の前では無理だけどね」 日垣「有吉君凄い…」 浅田「有吉君かっこいい…」 岸野「有吉君、漢だ…」 有吉「(照れて)よしてよ」 昼食を終えて、1年女子たちと大野・アンジェラコンビ、それに斑目はコスに着替える。 大野さんとアンジェラのコスは、アンジェラの希望により「ふたりはプリキュア」だ。 ちなみに「ふたりはプリキュア」は世界各地で放送されているが、この時期アメリカではまだ放送されていなかった。 だがこの手の情報収集を怠らないアンジェラの希望により、大野さんが送っていたのだ。 (まあ厳密には法的にまずいけど) それをアンジェラが気に入ったのだ。 一方1年女子たちと斑目のコスは「さよなら絶望先生」だ。 斑目なら絶望先生が似合うと睨んだ神田のプロデュースだ。 斑目のコスは、神田の祖父の着物だった。 そして1年女子たちのセーラー服は、豪田の高校の制服を友人や後輩から借りた物だ。 本来男子更衣室に用があるのは斑目だけだが、何故か1年男子たちも一緒だった。 いや正確には、更衣室に行く直前から付いて来ていた。 斑目「あの、君たち何で俺に張り付いてるの?」 浅田「神田さんに頼まれたんです。斑目先輩が土壇場で逃げないように見張ってろって」 斑目『読まれている…』 広場は既に着替え終わった1年女子たちと大野・アンジェラコンビ、それに大野さんの学生としては最後のコスプレの晴れ姿を撮るべくカメラを構えた田中で賑わっていた。 プリキュアコスの大アンコンビを見て呆然とする1年女子一同。 1年女子一同「このプリキュア、胸デカ過ぎ…」 つい思った通りを口にしてしまう。 確かにオリジナル版プリキュアがスレンダーな女子中学生なだけに、大きな胸以外にも全体的に肉付きの良過ぎる大アン版プリキュアは違和感があった。 大野「(汗)ハハハ、まあアンジェラのリクエストですから…」 アンジェラ「要はなり切れればノープロブレムあるね。HEY、カナコ!」 アンジェラの呼びかけを合図に、2人はいろいろとポーズを決めて見せる。 1年女子一同「おー!」 どうやらアンジェラの言葉を納得したようだ。 一方1年女子たちもキャラを作り込んでいた。 あびる役の沢田は、包帯と絆創膏とお下げ髪ズラで殆ど原形を留めていない。 マリア役の国松は、顔や四肢に黒人メイク用のドーランを塗りたくっている。 カエレ役の巴は、金髪のヅラを被り、ただ1人だけカッターシャツにチェックのミニスカートの制服だ。 ちなみにこの制服、夏コミ直前に気付いた田中が、予算自腹でひと晩で作った逸品だ。 可符香役の神田は、髪を×状のヘアピンで止めて、鉄腕アトムのように少し髪を立てて後ろに流している。 それらに比べ、藤吉役の台場は殆どセーラー服を着ただけに等しかった。 台場「何で私だけ、殆どキャラ作らなくてOKなの?」 (作者の独り言)モデルになったキャラだからです。 そこへ遅れて、ことのん役の豪田がやって来た。 豪田「ごめん、メイクに手間取っちゃって…」 巴「メイク?(豪田を見て)わっ!?」 巴の悲鳴に振り向く一同。 一同「わっ?!」  **続く**
*26人いる!その9 【投稿日 2007/01/14】 **[[・・・いる!シリーズ]] 2006年夏コミ3日目、最終日。 今日も現視研の面々は、椎応大学の最寄の駅から始発に乗った。 ちなみに「やぶへび」の面々は、今日は漫研男子の出品があるので、そちらの方に行っている。 あと恵子は昨日友人の家に泊まって寝過ごしたので、後で顔を出すとのことだった。 今日は男性向け中心の出品だ。 だから1年男子は、かなり意気込んでいる。 一方1年女子は、午前中は男子たちの分担購入を手伝い、午後からは全員コスプレに参加する。 分担購入の手伝いは、1日目に売り子で頑張ってもらったお礼の意味もあってのことだ。 もっとも元来現視研の女子会員には、最終日に男子の分担購入を手伝う習わしがあった。 (まあ習わしと言っても、ここ4年ほどの話ではあるが) それを上の誰かが言うまでも無く、1年女子の方から言い出した。 だから荻上会長は、彼女たちの自主性を尊重して、敢えて改めて指示しなかった。 OBたちも、そんな意気込む1年生たちにかつての自分を見る思いで、静かに見守っていた。 いやただ1人、1年生以上に意気込んでいる男が居た。 言うまでも無く、ループの帝王ことクッチーであった。 朽木「よっしゃみんな、いよいよ最終決戦だにょー!今日は倒れるまで並ぶにょー!」 1年男子一同「おう!」 みんなで一斉に拳を突き上げる。 朽木・日垣「あ痛っ!」 浅田「やっぱ2人とも背高いね。俺じゃあ無理だな」 先程痛がった2人は、天井に拳をぶつけたのだ。 荻上会長の雷が落ちる。 荻上「いい加減にしなさい!電車の中で何やってるんですか!」 1年男子一同・朽木「すいません」 そう、彼らはまだビッグサイトに着いていなかったのだ。 ビッグサイトに着いた現視研一行、並んでいる間に割り当てをもう一度確認する。。 男子は基本的に単独でお気に入りの作品を扱うエリアを中心に回り、女子はその隙間を埋める形でフォローするという陣形だ。 今日も前日までと同様、午前中は買い物で午後からはコスプレという流れだから、昼までは女子も目いっぱい並べる。 いよいよ会場に入り並ぶ直前、しばし1年女子たちは雑談にふける。 台場「それにしてもうちの男ども、属性訊いてみたら見事なまでに巨乳好きだらけね」 沢田「ほんと、違うのはツルペタ属性の斑目先輩と、猫耳好きの伊藤君ぐらいね」 巴「あとは朽木先輩の、老若男女不問ぐらいかしら」 一同「朽木先輩、漢だ…」 国松「まあ何にせよ、みんな巨乳好きね。全くもう…」 どちらかと言えば貧乳の国松、やや不機嫌だ。 神田「不機嫌ねえ千里。まあ無理ないか、日垣君まで巨乳属性じゃ」 国松「(赤面し)そっ、それは関係ないわよ」 神田「(悪戯っぽく笑い)まあ、そういうことにしときましょうか」 国松と対照的に、豪田は上機嫌だ。 豪田「て言うことは、私ってもしかしてモテモテ?」 台場「いやあんたの場合は、でかいの胸だけじゃないし。むしろマリアでしょ」 巴「そう?入学してから4ヶ月以上経ったけど、誰もその手のお誘いしないけど」 沢田「みんな奥手だからね、うちの男子」 神田「単にみんな怖がってるだけじゃない?」 巴「(苦笑し)かもね」 神田「それに二次元の属性と現実の属性って、必ずしも一致しないしね」 一同「そうなの?」 神田「だって例えば笹原先輩って、元来巨乳のお色気お姉様系属性だったらしいし今でもそうらしいけど、実際に付き合ってるのは会長よ」 一同「…確かに!」 神田「あの、あまり力強く納得しちゃ会長お気の毒よ」 沢田「そう言えばこれは噂なんだけど…うーん、言っちゃっていいかなあ?」 豪田「何々?そこまで言ってもったいぶるのは無しよ」 沢田「あくまでも未確認情報なんだけど…斑目先輩、春日部先輩のこと好きらしいのよ」 一同「なっ、何だって~~~~!!!!!!!!!!!」 沢田「だからMMR式で驚かないの!」 豪田「いや、いくら何でもそれは驚くわよ」 巴「私も今回ばかりは驚いた」 台場・国松「私も」 ただ1人驚かなかった神田が呟く。 神田「やっぱりそうだったのね」 豪田「ミッチー気付いてたの?」 神田「何回か春日部先輩が部室に来た時の、シゲさんの態度で何となくね」 沢田「さすがミッチー、男女のことには目ざといわね」 豪田「で、斑目先輩、今でも春日部さんのこと好きなのかな?」 神田「そこまでは分かんないけど、吹っ切れてない感じはするわね」 巴「でもそれじゃあ、何時まで経っても斑目先輩、春日部先輩の呪縛から抜け出せないじゃない」 豪田「私たちで何か出来ないかな?」 スー「ココハヒトツ、ワシラデ『斑目晴信君ヲ男ニスル会』チュウノヲ作ッタラドウジャロ?」 何時の間にか現れたスーが提案した。 一同『何で広島弁?』 豪田「何で広島弁なのかは置いといて、スーちゃんの提案自体はアリじゃない?」 巴「(ニヤリと笑い)アリでしょ」 国松「でも斑目先輩を男にするったって、それって…(赤面)」 台場「こらこら、ストレートにそっち方面に考えないの」 沢田「そうそう、別に私たちが必ずしも斑目先輩と付き合おうって訳じゃないわよ。ただみんなで応援しようってだけだから」 神田「ま、私なら付き合ってもいいけどね、シゲさんと」 豪田「まあ大胆発言(赤面)」 アンジェラ「そういうことなら私もひと肌脱ぐあるよ」 何時の間にか加わってるアンジェラに驚く一同。 アンジェラ「要は私がミスターシゲのチェリーを頂けば万事解決あるね」 沈黙&赤面&滝汗の一同。 神田「あのねアンジェラ、問題はそんな単純じゃないのよ」 台場「そうよ。そんなこといきなりやろうとしたら、シゲさん心停止しちゃうわよ」 国松「それにミスターシゲじゃ、何か長島さんみたいよ」 豪田「千里ナイスツッコミ!」 巴「それはともかくアンジェラ、これは私の主観なんだけど、斑目先輩って内気とか奥手とか通り越して、生身の女性については女性恐怖症に近いとこまで行ってると思うのよ」 豪田「そうそう。確かにシゲさんって、ガラス細工みたいに脆くてデリケートよね」 スー「(胸の前で両腕をクロスさせ)ワイノ心ハばりけーど!」 豪田「あのスーちゃん、話がややこしくなるから、その手のボケは無しね」 スー「押忍!」 神田「だから私たち後輩で少しずつ時間をかけて心を解きほぐして行くのがベストだと思うのよ。だからアンジェラ、性急なことしちゃダメよ」 アンジェラ「難しいものあるね」 藪崎「そういう話やったら、私も一口乗るで」 何時の間にか藪崎さんも話の輪に加わる。 豪田「まあそれはいいですけど、くれぐれも性急なことしちゃダメですよ」 藪崎「まかしとき。要は私の女の操を斑目さんに捧げたらええねんやろ?」 沈黙&赤面&滝汗の一同。 豪田「いやだから、そうじゃなくて…」 豪田は藪崎さんに、ここまでの話について改めて説明する。 藪崎「なるほどそういう訳か、むつかしいもんやな」 豪田「難しいですよ。だってシゲさん、ガラス細工みたいに脆くてデリケートですから」 藪崎「(胸の前で両腕をクロスさせ)わいの心はバリケード!」 こける一同。 台場「ヤブさん!スーちゃんと一緒のボケしないで下さい!」 藪崎「何やスーに先越されたか」 沢田「おまけに斑目さんとやっちゃえば万事解決って発想は、アンジェラと一緒だし」 藪崎「何やと!こんな変態外人と一緒にすな!ええか、私の場合は根本的なとこが違うんや!アンジェラはもう何人もとやりまくってるけどな…」 国松「(赤面して)あの、憶測でそういう不穏当な発言は…」 アンジェラ「(笑顔で頭かいて)いやーそれほどでも」 藪崎「褒めてへんわい!お前はクレしんか!」 巴「て言うかアンジェラ、それってヤブさんの決め付け認めてない?」 神田「アンジェラ今まで何人としたの?」 豪田「あんたも真顔で訊かないの!」 アンジェラ「ミッチー、それは男と女とどっちの話あるか?」 神田「女の子ともしたことあるの?今回はとりあえず男の子だけでいいわよ」 豪田「この間迫ってきたのはマジだったのか…(冷や汗)」 指を折って数えるアンジェラ。 アンジェラ「えーと…千里ちょっと指貸してある」 国松「それって両手の指では数え切れないってこと?(赤面)」 藪崎「つーか数えんでええ!私が言いたいのは、私はアンジェラと違って処女やってことや!穢れ無き乙女の処女以上の貢ぎもんがあるか!」 豪田「あのヤブさん、うちのシゲさん山神様か何かじゃないんですから」 国松「(赤面)それに大きな声で処女処女言わないで下さい」 台場「それに我々腐女子は、処女非処女に関係無く、心は穢れていると思いますよ」 藪崎「うっ、それを言われると…」 アンジェラ「ならばヤブさんも仲間あるね」 藪崎「お前だけはちゃう!くそー指折って男の経験自慢しおって、勝ったと思うな!」 神田「はいはいはい、もめるのはそれぐらいにして下さい。とにかくじっくり時間かけて、じわじわと行くのだけは忘れないで下さいね」 こうしてこの日、「斑目先輩を男にする会」が結成された。 斑目は会場内を見下ろして、1人佇んでいた。 その視界の中では、1年男子たちとクッチーが忙しく動いていた。 有吉が日垣、浅田、岸野に並ぶ心構えを教えている。 (伊藤はニャー子と別行動のようだ) 有吉「いいかい、君たちの任務は同人誌を買うことじゃない、並ぶことだ。完売なら即時撤退、ただし並ぶ時は潰れても並ぶんだ」 ここまで声は聞こえないが、口の動きから大体こういうことを言ってると推測出来た。 かつて笹原に同じようなことを教えたのを思い出し、斑目は1人苦笑する。 一方ループの帝王クッチーは、1人マイペースでズンズン買い進めていた。 もはや斑目の動体視力では捕捉出来ない、まるで数メートルごとにテレポートしてるような動きだ。 「朽木君も成長したなあ…」 日垣、浅田、岸野、伊藤、そして国松、この5人はアニメや漫画のオタとしては初心者レベルで、会話してみると呆れるほど知らないことが多かった。 彼らが入会してからの3ヶ月ほどの間、斑目は非常勤の初級オタク講座の講師のような役割を担っていた。 荻上会長は絵描きとして特化したオタなので、案外オタの一般常識の抜けが多い。 コスプレに特化した大野さんも同様だ。 クッチーは就職活動中(それでもしょっちゅう部室に来るが)の上に、作品の好き嫌いが激しくオタ知識が偏っているので、初心者向けではない。 恵子は同人誌やエロゲーなどには興味を示しているが、オタ知識の基本は出来ていない。 今のところ現役会員で、初心者5人に1番バランスの取れたオタ一般常識を教えられるのは、1年の有吉と神田だけだった。 (腐女子四天王が初心者向けでないことは言うまでもない) その2人にしても、ここ10数年ほどの作品についての知識は斑目に匹敵するが、それ以前の作品についての知識には不安が残る。 (ヤマトやガンダムなどの超メジャーな作品は押さえているが) アニメや漫画について語る上で、70~80年代は避けて通れないという信念を持つ斑目は、必然的に有吉と神田の穴を埋めるような形でフォローするようになった。 だが彼らは元々は田中に近いタイプの、1人1芸のマイペース型のオタだったので、日垣と国松に田中がコス制作技術を伝承し始めた頃ぐらいから、各々個性を発揮し始めた。 浅田と岸野は元写真部で、写真のスキルはもちろん、アウトドアライフやサバイバルの知識やスキルは半端では無い。 伊藤は脚本やラノベやSSを書く為の修業の一環として、ドラマや映画を数多く見ていたし、小説も数多く読んでいた。 日垣と国松は田中に師事してコス作りを習得しつつある。 そして国松は、元々は筋金入りの特撮オタだ。 こうして彼らは早くも独自のオタク道を進み始めていた。 もはや斑目が彼らにしてやれることは、オタク一般教養面での細かい補完と、オタモラルを説くぐらいであった。 とは言え、斑目にとって今の現視研はそれなりに居心地は良かった。 礼儀正しい1年生たちは、本心でどう思ってるかはともかく、彼にそれなりの敬意を表し、それなりに会話もある。 まあもっとも、1年女子たちにとっては何時の間にか総受けキャラと認定され、いじられキャラと化していた。 だがそれとて今まで「可愛い女子の後輩に構われる」というシチュエーションに恵まれていなかっただけに、それはそれで悪くなかった。 なのに斑目の心の中には、何か満たされない隙間のようなものが常にあった。 それが何かは彼自身にも分かっていた。 「結局のとこ、俺はまだ春日部さんへの気持ちを吹っ切れてないんだ…」 かと言って斑目に、今さら春日部さんをどうこうしようという積もりは無かった。 それは単に振られることが怖いせいだけではない。 今の春日部さんとの関係を壊したくないし、春日部さんの幸せを壊したくないし、仮に自分が対抗できるスペックがあるとしても、高坂の幸せも壊したくなかった。 彼は高坂に含むものは無かった。 よく分からないところも多いけど、いい奴だし人としてもオタクとしても優秀だし、後輩であるにも関わらず尊敬し一目置いていた。 斑目は臆病で気弱だが、裏を返せば心優しい気配りの人でもあるのだ。 就職してから何ヶ月か経ったある日、斑目は会社の人たちと一緒に飲みに行った。 後半はカラオケ大会となり、ある先輩が「恋するカレン」を歌った。 斑目の横でそれを聞いていた、別の先輩がポツリと言った。 「俺嫌いなんだよこの歌、特に今のフレーズがさ」 彼の嫌いなフレーズとは、次の部分だった。 「かた~ちの~無い優~しさ~、そ~れよ~り~も~見~せ~か~けの~、魅力を選~ん~だ~♪」 「そう言うけどさ、そんなの分かんないじゃねえか。もしかしたら2人の間には、傍目には分からない心の絆があるのかも知れないじゃねえか」 先輩はさらに続けた。 「そりゃ振られた方の気持ちとしてさ、自分の恋愛感情だけが純真無垢で、他人の恋愛感情はただやりたいだけだと思いたい、それは分かるよ」 「まあ確かにそう思っちゃいますよね」と合いの手を入れる斑目。 「でも斑目よう、くっついちまった男女の仲なんざ、所詮傍から何言っても野次馬のゴシップでしかねえんだよ。ほんとのとこどうなのかは、本人たちにしか分かんねえんだよ」 実は斑目、2人は所詮ハイスペックの美形同士がくっついただけで、ひょっとしたら卒業後も恋焦がれ続けている自分こそがふさわしい相手では、と秘かに考えたことがあった。 だが前述の先輩の話を聞いてから、2人には2人にしか分からない絆があり、それに自分が介入する資格も権利も無いと考えるようになった。 そして春日部さんへの気持ちを吹っ切ることを決意した。 だからあの2人の幸せを願う気持ちに偽りは無い積もりだ。 だがそれでも、彼は胸中に自分でも上手く説明の出来ない「何か」がしこりのように残り続けていることを自覚していた。 「ほんと未練がましい、みっともない男だよな、俺って…」 斑目は自嘲的な笑いを浮かべると、売り場に向かって歩き始めた。 その背中には、自身のみっともなさと格好悪さを受け入れた男の哀愁が滲んでいた。 この時、彼はまだ知らなかった。 その哀愁を放って置けない乙女たちが動き始めたことを。 1年女子たちは散開し、それぞれの担当エリアに並んだ。 担当エリアが近い台場と沢田が、列が進むのを待つ間、先ほどの話の続きに興じる。 台場「ねえさっきのスーちゃんの提案だけど、あれも何かの台詞っぽかったけど、元ネタ分かる?」 沢田「あの『男にする会っちゅうのを作ったらどうじゃろ』ってやつ?漫画やアニメの知識は、晴海の方が私より上なんだから、晴海が分かんないんなら私に分かる訳無いわよ」 台場「うーん、広島弁使うアニメや漫画なんて、『カバチタレ』か『はだしのゲン』ぐらいしか知らないわね。何だろう?」 伊藤「その台詞の元ネタは多分、『県警対組織暴力』だと思うニャー」 背後から突如かかった声に驚いて振り返る2人。 何時の間にか2人の後ろに、伊藤とニャー子が立っていた。 沢田「伊藤君、聞いてたの?」 台場「それよりその県警対何とかって?」 伊藤「『県警対組織暴力』、70年代の東映の実録やくざ映画のひとつだニャー」 沢田「まさか、いくら何でもスーちゃん、そこまで知識無いでしょ?」 そこへちょうどスーが歩いてきた。 伊藤「ちょうどいいから試してみるニャー。ねえねえスーちゃん、優柔不断なやくざの親分に子分がひと言」 沢田・台場「?」 スー「(松方弘樹似のドスの効いた声で)神輿ガヒトリデ歩ケルチュウンヤッタラ歩イテミイヤ!」 沢田・台場「!」 伊藤「やくざが敵の縄張りで暴れる前にひと言」 沢田・台場「?」 スー「(松方弘樹似のドスの効いた声で)ココイラノ店、ササラモサラニシチャレイ!」 沢田・台場「!」 伊藤「うーん、これはちょっとまずいかニャー?対立してる組が売春をシノギにしてることに対し、やくざがそれを非難するひと言」 沢田・台場「?」 スー「(千葉真一似の声で)言ウテミタラアレラハ、○○○ノ汁デ飯食ウトルンド!」 沢田と台場はもちろん、周辺の客たちまでもが思わず「ブッ!」となる。 ○○○とは、関西での女性器の俗称だったからだ。 伊藤「うーんそこまで言えるとは、スーちゃんかなり東映やくざ映画も見てるニャー」 沢田「(赤面し)ちょっ、ちょっと伊藤君、女の子に何てこと言わせるのよ!」 台場「(赤面し)そっ、そうよ、ニャー子さんも呆れてるじゃない!」 確かに傍らで、ニャー子はボーっとしていた。 だがやがてポツリと言った。 ニャー子「伊藤君って、物知りだニャー」 伊藤「(照れて)いやあ、それほどでも」 こける沢田と台場。 沢田「それで済ますのか、ニャー子さん?」 台場「愛の力って偉大ね…」 呆然とする腐女子2人だったが、「斑目先輩を男にする会」について猫カップルに口止めすることは忘れなかった。 荻上会長は笹原の買い物に付き合っていた。 とは言っても、笹原は昔ほどがっついて買い漁っていない。 1度作る側に入るとどうしても作品を冷静に客観視してしまい、衝動的な買い方はしなくなるものらしい。 それに今回は合間に取材をしなければならないというのもある。 そんな訳で、1時間と回らぬ内に主だった買い物は終わった。 あとはA先生への資料用を買うだけだが、それも1年生たちの分担購入の範囲内でほぼ賄えそうだ。 今日は2人ともコスプレの予定も無いから、ようやく笹荻は3日目にしてノビノビと2人きりの時を楽しめた。 笹原と荻上会長の前方の人混みが左右に分かれた。 その間を十数人の男女が、こちらに向かって歩いて来る。 全員白衣だ。 みんな白衣姿が妙にさまになっている。 男たちの何人かは、首から聴診器をぶら下げている。 さらに男女ともIDカードらしきものを胸に付け、胸ポケットにはボールペンが数本刺さっている。 女性は化粧気がスッピンに近い最小限で、マニキュアやネイルアートをしてる者は居ない。 コスプレにしては、やけに細かくリアル過ぎる。 お客さんたちが退いて道を開けたのも、本物の医者や看護師に見えるせいかも知れない。 その一団の最後尾に、他の者たちに比べて縦にも横にも大きい人影が見えた。 その白衣の巨体に、笹荻は見覚えがあった。 いや正確には、見覚えのある男の面影があった。 白衣の巨漢は、卒業前に比べて激痩せした久我山だった。 久我山が何やら声をかけ、白衣の一団は停止した。 久我山「さっ笹原、それに荻上さん、ひっ久しぶり」 笹原「やっぱり久我山さん…ですよね?お久しぶりです」 荻上「こんちわ」 笹原が自信なさそうな発言をしたのも無理は無かった。 新会員たちが入った頃はたびたび部室に顔を出していた久我山だったが、その後また忙しくなってここ3ヶ月ばかりは姿を見せてなかった。 春に会った時、既に久我山は少し痩せていた。 とは言っても世間一般的には十分にデブであった。 だが今日会った久我山は、デブには違いないが病的な太り方はしていなかった。 適度に筋肉と混ざり合ったようなズングリとした太り方、例えるならラグビーの選手が引退して太った、そんな感じの太り方だ。 笹原「痩せましたね、久我山さん」 久我山「まっ、まあね。今では百キロ無いよ。90ちょいぐらいかな」 白衣の1人が話に割り込んでくる。 医師A「久我山君、この2人は?」 久我山「あっせっ先生、この2人、私の大学のこっ後輩の笹原と荻上さんです」 笹原「先生?」 久我山「この方は、おっ俺の取引先の病院の外科の先生」 荻上「じゃあ他の方々もひょっとして…」 久我山「みっみんな取引先のお医者さんや看護師さんや薬剤師さんだよ」 荻上「なるほど、道理で白衣がさまになり過ぎてる訳ですね」 笹原「ひょっとして久我山さん、これって接待ですか?」 久我山「そっそうだよ。みなさん俺の話聞いて、1度コミフェスに来てみたいとおっしゃったので、おっお連れしたのさ」 医師A「君が笹原君か。久我山君から聞いたことはあったけど、思ったより小柄だね」 笹原「はあ…(意図がよく分からない)」 医師A「いやあ君有名なんだよ、うちの病院で。久我山君と喧嘩した男として」 笹原「えっ?」 久我山の方をチラリと見る笹原。 久我山「(医師Aに)けっ喧嘩だなんて。彼とは単に口論になっただけです!」 医師A「そうなの?」 若い看護師が話に割り込む。 「何だそうだったの?うちの医局じゃ笹原さん、久我山さんをボコボコにしたって有名よ」 笹原「ボコボコって…久我山さーん(汗)」 久我山「すっすまん。雑談中にちょろっと口論した話をしたら、変な尾びれが付いて噂広がっちゃったみたい」 笹原「いくら何でも…付き過ぎでしょ尾びれ」 別の医師が声をかけてきた。 「まあ気にするなよ笹原君。うちの病院なんて君の事、『久我山殺し』って呼んでるみたいだけど大丈夫大丈夫、みんな洒落で言ってるだけだから」 笹原「洒落になってませんって…」 その後笹原は、その場に居た医師や看護師や薬剤師全員に対し、自分についてどんな噂が飛び交っているか聞き取り調査した。 噂は予想以上に膨らんでいた。 曰く、笹原が元暴走族のヘッドで百人相手のタイマンに完勝した。 曰く、笹原が久我山を3階の部室の窓から投げ捨てた。 曰く、喧嘩の原因は絵描きの女の子(荻上会長のことらしい)の取り合い等々… 笹原はそれらの噂を全て訂正するように、その場に居た白衣全員に約束させた。 医師たちは素直に応じた。 「分かった。うちの医局内については、ちゃんと訂正しておく」 「分かりました。私も患者さんたちに話したこと訂正しておきます」 「僕も今日帰ったら、自分のブログ訂正しとくよ」 「僕も2ちゃんねるに書いたネタ、訂正しとくよ」 医師たちの真摯な対応に、いったいどこまで噂が広がっているのかと却って不安になる笹原だったが、気になっていたことの質問も兼ねて話題を変えることにした。 笹原「ところで先生方、今日は何で白衣なんですか?」 医師A「これでも一応コスプレの積もりなんだけどね」 荻上「何のコスプレなんですか?」 医師A「(後ろの方に居る若い医師に)君、音楽スタート!」 若い医師は、片手にぶら下げていたラジカセのスイッチを入れた。 すると音楽が流れ始めた。 その音楽には聞き覚えがある感じがした。 ファーストガンダムで、本編の終了間際にホワイトベースが飛んで行く時に流れる音楽に似ていた。 だが医師Aは若い医師を叱り付けた。 医師A「こっ、こら君、これは田宮二郎の方じゃないか!私は唐沢寿明の方にしろと言ったじゃないか!」 その言葉で笹荻は悟った。 「『白い巨塔』か…」 だが医師たちの方は大変なことになっていた。 若い医師「もっ、申し訳ありません!」 医師A「もういい、君は減給だ!」 若い医師「ええ、そんなあ…(半泣き)」 そこへ久我山が割り込んだ。 久我山「あっあの先生、お言葉ですが、こっこの場合は田宮二郎バージョンの方が場の空気には合ってると思います」 医師A「それはどういうことかね?」 久我山「たっ田宮二郎バージョンの『白い巨塔』のテーマ曲を作曲したのが、わっ渡辺岳夫だからです」 合点の行く笹荻。 「どおりで聞き覚えがある感じがする訳だ」 久我山「見て下さい、まっ周りのお客さんの反応を」 周囲を見渡す医師A。 見ると30代以上と思われる、比較的年配のオタたちが足を止め、感心したような顔で医師たちを見ていた。 彼らの声が聞こえてきた。 「見ろよ『白い巨塔』のコスだぜ。しかも田宮二郎バージョンのとは、渋い選曲だな」 「普通なら唐沢にするとこだけど、あの先生たち分かってるじゃん」 久我山「わっ渡辺岳夫は、主に70年代のテレビアニメやドラマの主題歌をたくさん作曲した、にっ日本のアニメ史を振り返る上で避けて通れないキーパーソンなんです」 医師Aは若い医師に近付き、軽く肩を叩いてこう言った。 「怪我の功名だったな。来月から昇給だ」 どうやら久我山の言ったことを分かってくれたようだ。 若い医師「あっ、ありがとうございます!」 医師A「(笹荻に)それじゃあ私たちはこれで。そうそう忘れてた。(看護師の1人に)君、例の台詞を。(若い医師に)じゃあそれに合わせて、もう1回ミュージックスタートだ」 看護師「財前教授の、総回診です!」 再びテーマ曲を流す若い医師。 それに合わせて歩き出す医師たち。 2人にそっと囁く久我山。 久我山「あっあの若い先生、あの病院の契約取る時、いっいろいろ世話になったからね」 笹原「よかったですね、久我山さん」 久我山「そっそんじゃまた」 久我山は医師たちを追って小走りで走り去った。 昼食直前、笹原と荻上会長は漫研の売り場に立ち寄った。 今日は男性向けの出品だ。 売り子を務めていたのは、加藤さんと藪崎さんだった。 そして客としてスーが来ていた。 例によってスーがピョンピョン跳ねている。 藪崎「ほれほれ、本やったらやるから、そないピョンピョンせえへんの」 スー「オオキニー!」 藪崎「ほう、なかなか大阪弁も分かってきたなあ」 加藤「今のは種ガンダム版のハロの物真似じゃない?」 藪崎「そうでんな。やるなあスー」 荻上「すっかり仲良くなったね、スーちゃんとヤブ」 藪崎「まあな」 荻上「そう言えばヤブ、前スーちゃんに会った時は逃げてたわね」 藪崎「アホ、あれはネタや。『あずまんが大王』の真似や」 そうは言ったものの、実は藪崎さんは元来外人が苦手だった。 藪崎さんは中学高校と英語の成績が悪かった。 おまけに同級生にハーフで美人でモテモテで英語ペラペラの帰国子女が居て、彼女と比べられて辛い思いをしたことがトラウマになっていた。 その為英語だけでなく外人に対しても、何時の間にか苦手意識が染み付いていたのだ。 だが去年の冬コミで荻上会長がスーと一緒に居たことで、彼女の負けん気魂に火が点いた。 荻上会長が大野さん並みに英会話が出来ると勘違いしたのだ。 年が明けてから外人が講師を務める英会話学校に通い始め、何とか話せるレベルまで上達した。 かなりブロークンで「ちょっとジャストモーメントプリーズや」といった具合に関西弁混じりの独特の話し方ではあったが、発音は悪くないらしく不思議と意味は通じた。 そして同時に外人コンプレックスも克服出来た。 もっともそのことは、荻上会長にも内緒にしていたが。 ひと通り買い物の終わった1年男子たち(ここから伊藤も合流した)とクッチーと斑目は、1度集まって戦利品を見せ合う。 ちなみにニャー子は、伊藤に気を使ってここから別行動を取った。 さすがに女子たちの前で男性向け同人誌を広げる度胸は、1年男子たちと斑目には無かった。 (クッチーは男の中の男だから、女子の前でも平気で広げられるが) 1年女子たちが買ってくれた分は、後で部室で分配する予定だ。 OBの貫禄を見せて、ごく普通に同人誌を開く斑目。 堂々と同人誌を開き、完全にハアハア顔のクッチー。 そんな2人と対照的に、まるでふた昔ぐらい前の中学生が路地裏で秘かにエロ本を見せ合うかのように、周囲を気にしつつコソコソと遠慮がちに同人誌を開く1年男子たち。 朽木「何々みんな、そんなコソコソ見ることないにょー。ここは天下の夏コミ会場ですぞ」 斑目「まあ朽木君のレベルはいきなりは無理だろうけど、そんなに恥ずかしがるこた無いよ。どうせ周りはみんなオタだ。みんなもやってることは一緒さ」 確かに周囲のお客たちも、堂々と同人誌を読んでいる。 朽木「そうそう、みんな少しは有吉君を見習うにょー」 赤面でコソコソ読んでる1年男子たちの中でただ1人、有吉だけは平然と真顔で同人誌を読んでいた。 伊藤「(赤面)有吉君、何でそんなに平然と読めるニャー?」 有吉「慣れだよ。高校の時から夏コミ来てたら、人前で同人誌読むぐらいどうってこと無いよ。まあさすがに女子の前では無理だけどね」 日垣「有吉君凄い…」 浅田「有吉君かっこいい…」 岸野「有吉君、漢だ…」 有吉「(照れて)よしてよ」 昼食を終えて、1年女子たちと大野・アンジェラコンビ、それに斑目はコスに着替える。 大野さんとアンジェラのコスは、アンジェラの希望により「ふたりはプリキュア」だ。 ちなみに「ふたりはプリキュア」は世界各地で放送されているが、この時期アメリカではまだ放送されていなかった。 だがこの手の情報収集を怠らないアンジェラの希望により、大野さんが送っていたのだ。 (まあ厳密には法的にまずいけど) それをアンジェラが気に入ったのだ。 一方1年女子たちと斑目のコスは「さよなら絶望先生」だ。 斑目なら絶望先生が似合うと睨んだ神田のプロデュースだ。 斑目のコスは、神田の祖父の着物だった。 そして1年女子たちのセーラー服は、豪田の高校の制服を友人や後輩から借りた物だ。 本来男子更衣室に用があるのは斑目だけだが、何故か1年男子たちも一緒だった。 いや正確には、更衣室に行く直前から付いて来ていた。 斑目「あの、君たち何で俺に張り付いてるの?」 浅田「神田さんに頼まれたんです。斑目先輩が土壇場で逃げないように見張ってろって」 斑目『読まれている…』 広場は既に着替え終わった1年女子たちと大野・アンジェラコンビ、それに大野さんの学生としては最後のコスプレの晴れ姿を撮るべくカメラを構えた田中で賑わっていた。 プリキュアコスの大アンコンビを見て呆然とする1年女子一同。 1年女子一同「このプリキュア、胸デカ過ぎ…」 つい思った通りを口にしてしまう。 確かにオリジナル版プリキュアがスレンダーな女子中学生なだけに、大きな胸以外にも全体的に肉付きの良過ぎる大アン版プリキュアは違和感があった。 大野「(汗)ハハハ、まあアンジェラのリクエストですから…」 アンジェラ「要はなり切れればノープロブレムあるね。HEY、カナコ!」 アンジェラの呼びかけを合図に、2人はいろいろとポーズを決めて見せる。 1年女子一同「おー!」 どうやらアンジェラの言葉を納得したようだ。 一方1年女子たちもキャラを作り込んでいた。 あびる役の沢田は、包帯と絆創膏とお下げ髪ズラで殆ど原形を留めていない。 マリア役の国松は、顔や四肢に黒人メイク用のドーランを塗りたくっている。 カエレ役の巴は、金髪のヅラを被り、ただ1人だけカッターシャツにチェックのミニスカートの制服だ。 ちなみにこの制服、夏コミ直前に気付いた田中が、予算自腹でひと晩で作った逸品だ。 可符香役の神田は、髪を×状のヘアピンで止めて、鉄腕アトムのように少し髪を立てて後ろに流している。 それらに比べ、藤吉役の台場は殆どセーラー服を着ただけに等しかった。 台場「何で私だけ、殆どキャラ作らなくてOKなの?」 (作者の独り言)モデルになったキャラだからです。 そこへ遅れて、ことのん役の豪田がやって来た。 豪田「ごめん、メイクに手間取っちゃって…」 巴「メイク?(豪田を見て)わっ!?」 巴の悲鳴に振り向く一同。 一同「わっ?!」 [[26人いる! その10]]

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