「ヤブーの話」の編集履歴(バックアップ)一覧はこちら

ヤブーの話」(2006/10/06 (金) 05:23:59) の最新版変更点

追加された行は緑色になります。

削除された行は赤色になります。

*ヤブーの話 【投稿日 2006/09/26】 **[[カテゴリー-その他>http://www7.atwiki.jp/genshikenss/pages/52.html]] 現視研の部室の扉の前で、藪崎は悩んでいた。 本気で悩んでいた。 真剣に悩んでいた。 「開けるべきか開けないべきか、それが問題だ」などと呟きたくなるほどに悩んでいた。 そして決断した。 「それもこれも全部荻上がわるいんや!!」 …なんでさ。 時間は少し遡る。 漫研では、いつも通りの当り障りの無い会話と、穏やかな笑い声が響いていた。 そんな中藪崎は、会話にも加わらず、一人ノートに向かって絵を描く。 (…けったくそわるい) 藪崎は心の中で毒づく。 (好きを好きと言わんで、嫌いを嫌いと言わんで、気に入らんもんは『無かったことにする』っつー訳や。結構なこっちゃ) (いつまでもそーやって慣れ合っとれ!) 次第に筆圧が高くなってくる。線が荒れだす。絵が崩れる。 そんな藪崎の様子を前髪を透かして見ていた加藤が、不意に立ち上がると声を掛けた。 「藪崎さん、ちょっと」 二人は揃って漫研を出る。その後を追ってニャー子が駈けて行く。 3人が去った漫研は、明らかにほっとした空気が漂った後、再び穏やかな時間が流れ出した。 その影にどれだけの悪意が隠れていたとしても。 「何ですかぁ、加藤さん?」 「薮崎さん。例の合作の話はどうなったのかしら?」 「うっ…」 藪崎は言葉に詰まる。そして何か言おうとして言葉が見つからず、言い訳もできず、右を見て左を見て俯いて天を仰ぎ、良い事を思いついたように手を打つと、言った。 「あの話は無かった事に…」 スパーン!! 小気味いい音と供に、加藤がどこからとも無く取り出したハリセンが、藪崎の脳天を直撃する。 「ベタベタだニャー」 「うっさい黙れボケ」 藪崎は頭を抱えながらニャー子に返す。 そんな二人を眺めながら、加藤は軽くため息をつくと、口を開く。 「その様子じゃ、『全然・全く・一つも』進んでいないのね?…まさかあれ以来口も利いていないなんて言・わ・な・い・わ・よ・ね?」 ギクという音が聞こえそうな様子で薮崎が固まる。 「しょうがないわね。それじゃあとりあえず、今から現視研へ行って、荻上さんに謝って来なさい」 加藤はあきれた様子で薮崎に命じる。 「ちょ、ちょっと待ってェ!なんで私が…!」 「先に無礼を働いたのはあなただから」 「そんなもん、あっちだってやったんやから、あいこでしょうが!」 「それに頼みごとをする立場なのもあなた」 「いや、それは、だったらええな、って話をしただけで、別に決めたわけじゃ…!」 「じゃあやめる?」 「……ヤメタクナイデス」 「素直でよろしい。さあ、お行きなさい」 例の決めポーズをつけた加藤に見送られて、藪崎は肩を落として現視研へ向かう。 「…ニャー子、あなたも一緒に行ってやって」 「なんでですかぁ?」 「逃げないように」 「…信用ないんですねぇ」 「理解してる、と言って頂戴」 ニャー子は加藤の表情を読もうとしたが、前髪が邪魔で出来なかった。 逆に自分が読まれそうな気がして、急いで藪崎の後を追うことにした。 そして時間は冒頭に戻る。 ちなみに現在藪崎一人なのは、あまりの優柔不断さに、ニャー子があきれて飲み物を買いにいってしまったせいだった。 藪崎は覚悟を決めると、ノブを掴み、一気に扉を開けた。 …なぜか壁に隠れながら。 (何で私が隠れなあかんね!まるで悪い事してるみたいやないか!) 怒りながらもいきなり飛び出す気にはなれず、陰から覗き込むことにする。 中には目を丸くした細面の男が一人。 (む、おらんのか荻上) (…) (…) (…) (…出直すか?) そう思い始めた頃、男が口を開いた。 ところでその男、朽木は驚いていた。 いや、漫画を読んでいたらいきなり部屋の扉が開き、なのに人の姿は無く、さらにその後人影が部屋の中をうかがっていれば、誰だって驚くだろう。 (ヤブー【朽木による藪崎の脳内呼称】?何してるんだ?ああ、オギチンに用かな?) (居ないっておしえてあげ…) 朽木の思考はそこでいったん途切れた。 なぜなら藪崎の背後に、見覚えのあるアンテナが見えたからだった。 朽木は改めて思考をめぐらせる。 (この状況での最良解は何だ?落ち着いて、冷静に考えるのだ) (三択だな) (①ヤブーに声を掛ける) (②オギチンに声を掛ける) (③ボケる) 朽木は悩まずに選択した。③を。 「志村うしろうしろ~」 「「(なんや・なんですか)それ」」 ボケ失敗。 「ぎゃ…」 「「ぎゃ?」」 「ぎゃふん」 「「???」」 再び失敗。 その後。 (まあ、あの時は二人の気を削ぐことには成功したのだから、あながち間違いではなかったのかも…) 朽木がそんな事を思うくらい、現視研の部室には重苦しい空気が漂っていた。 荻上は原稿用紙に向かっている。 藪崎は窓の外を睨んでいる。 二人は互いを無視し続ける。 言葉も、視線すら交わさない。 そのくせ朽木が動こうとすると、示し合わせたかのように殺意のこもった視線で睨みつけるのだ。 (誰か…助けて…) 朽木は祈る。それしか許されない。そしてどこかの気まぐれな神様がそれに応えたのか、扉が開き、一人の女性が現れる。 ニャー子だった。 「失礼しますぅ。はい、先パイ。ご注文のお茶ですよぅ…あ、荻上さんも飲みますかぁ?」 「いりません」 「そんなら私もいらん」 ニャー子の登場でわずかに緩んだ部屋の空気が、このやり取りでまた一気に重くなる。 「えー、そんなぁ……せっかくだから、飲みますぅ?」 ニャー子の差し出すお茶を、家族以外の女性から物をもらった事が無い朽木は、大喜びで受け取ろうとして、 二人の視線に殺された。朽木は本気でそう感じた。 「ケッコウデス。エンリョシマス…」 名残惜しそうに断る。 「あ、そう?」 ニャー子は何の感情も示すことなく、お茶をひっこめた。 「ところで先パイ。ちゃんと謝りましたぁ?」 重苦しい空気を物ともせず、ニャー子が切り出す。 「このアホ!!一体何言い出すんね!!」 「いいかげんさっさと謝っちゃいましょうよぅ。私買い物とかしたいんですけどぉ」 怒り狂う藪崎も物ともしない。 「だったら先に帰り!」 「駄目ですよぉ。加藤先パイに言われてるんですからぁ」 「うちと加藤とどっちが大事ね!」 「加藤先パイには逆らえません」 「う」 ここまでのやり取りで、荻上にも大概の事情は知れた。もったいぶって語りかける。 「で、藪崎さん。ご用件はなんですか?」 藪崎は荻上を睨み、目を逸らし、口を開いては閉ざし、ようやく何かを言おうとした時、荻上の携帯が鳴った。 荻上は携帯を取り出し、通話ボタンを押す。 そして携帯から聞こえた声に答えた。 「笹原さん?」 荻上は瞬時に失敗を悟った。 声を出してしまった。いつも通りの声。ただし二人きりの時の。 すぐさま通話を切る。 横目で薮崎を窺う。 藪崎はニヤニヤ笑っていた。 「いやあ、ええもん聞かせてもらったでぇ?『ささはらさぁん』ってなぁ」 その瞬間、荻上の中で何かが切れた。 「好きな人の名前を呼ぶことがそんなにおかしいか!?」 「な…何や!男が出来たくらいで勝ったと思うな!」 「だったらさっさと作ってみたらええべ!!」 「なんやて!!!」 「何が!!!」 息を切らして睨みあう。 ニャー子はその様を(表面上は)無感情に眺めている。 朽木は胃のあたりを押さえながら突っ伏している。 再び荻上の携帯が鳴る。 二人は視線を外す。 荻上が携帯に出る。 「…いえ、別に何でもありません。ちょっと忙しかったので。…はい。…はい。…その事は後でこちらから連絡します。…何でもないですから。じゃあ失礼します」 通話を切ると同時に、藪崎が口を開いた。 「…もうええわ」 そう言い捨てて部屋を出て行く。 「あ、待ってくださいよぉ」 ニャー子が後を追う。 「体の具合が優れないので、今日は早退しますね」 胃のあたりを手で押さえながら、背中を丸めて朽木が出て行く。 そして部室には荻上が一人残された。 「はぁ…」 荻上はため息をついた。 実は荻上も、藪崎との合作には興味があった。 加藤→大野と経由してきた彼女の同人誌は、納得できない部分もあったが、それ以上に良い意味で刺激的だったのだ。 「はぁぁ…」 荻上はもう一つため息をつくと、原稿用紙に向かった。 一方藪崎は漫研の前で頭を抱えていた。 (どうしよう。謝るどころか余計こじれてしもた。なんて言い訳しよ…) 実は加藤はとっくに帰宅してしまっているのだが。 二人が合同サークルを作るのは、まだまだ当分先のことになりそうだ。 おまけ 「やっぱりうまくいかなかったのね」 「やっぱりって…失敗がわかっていてやらせたんですか?」 「『獅子は我が子を千尋の谷に落とす』というものよ」 「スパルタですね…」 「あの子は私が見込んだ子だから。あの子は伸びるわよ。自分の気持ちに素直になれば、ね」 「できますか?」 「できるわよ。実際あなたの所の彼女は変わったでしょう?」 「彼氏ができたせいじゃなくて?」 「それはただのきっかけに過ぎないわ。自分を見つめて、受け入れ、乗り越える。これが全て」 「はあ…」 「それがあって初めて人は成長するの」 「…あなたの趣味ってよくわからないんですけど」 「自分ではわかりやすいと思うけどね。『人の成長していく様、そしてその頂点』というだけだから」 「いい趣味してる、って言っておきます」 「ありがとう」

表示オプション

横に並べて表示:
変化行の前後のみ表示: