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*アンジェラ(前編) 【投稿日 2006/08/06】 **[[カテゴリー-斑目せつねえ>http://www7.atwiki.jp/genshikenss/pages/48.html]] (映画「Angel-a」のパロ) ~山崎まさよし「アンジェラ」より~ いつか流した涙と無くした言葉を探して 鏡の向こうに閉じ込めた心を取り戻して 今は渇いた瞳でやがて来る明日を見ないで 私はあなたのすぐそばでささやきつづけている そして物語は始まった… ぬかるみのような灰色の空。 最近ずっと曇りの日が続いている。 冬。もうすっかり葉の落ちた木が、冷たくなった風を受けて枝を揺らしている。 会社を出てしばらく歩いたところに少し大きな川がある。 ふと足を止め、川を橋の上から眺めてみる。 濁っているので水の中までは見えない。 まるで今の自分の心のようだと思った。 ただ、川の水は止まらずずっと流れていって行き着くところがある。 自分はまだ立ち止まったままだ。 ボーッと川の流れを眺めていた。ふと気配を感じて横を向く。 すると、そこにはアンジェラがいた。 『あ、アンジェラ??…こんなトコで何してんの?』 …よく見ると、アンジェラは手すりの向こう側にいた。 今にもそこから飛び降りそうな顔で。 (………………………………………は?え?) そんなトコにいたら危ない、と言いかけたとき、アンジェラが真剣な顔で言った。 『マダラメ!!早まらないで!!』 『は?って、早まってんのはそっち………』 『もしそこから飛び降りたら、私も飛び込む!!』 『いやいやいや、何かとんでもない勘違いしてない?ていうかそこ危ないって!』 『え?…勘違い??』 『いいから、とにかくこっち戻………』 そこまで言ったとき、アンジェラが足をつるっとすべらせ、下の川にどぼーん!!と落ちた。 『!!!!!!』 あまりのことに頭が真っ白になる。 (え、うわ、え!?落ちた!?う、う、うわーーー!!!!! どどどどーしよ!!!???えーとえーと、とにかく助けないと!!!!!) 慌てて着ていた上着だけ脱ぎ、手すりを乗り越えて自分も橋から飛び込んだ。 ゴボゴボゴボ………。 12月の川の水はどこまでも冷たい。 着ている服が体にまとわりつき、水を吸って重くなる。めちゃくちゃ泳ぎにくい。 無我夢中でアンジェラのところまで泳ぎ着き、腕を取って岸まで必死に体を動かした。 アンジェラもバタ足で必死に泳ぐ。 ようやく岸まで辿り着き、とにかく荒い息をついた。 水の中にいたのはわずかな時間だったはずだが、一気に体力を使った。 『ぜーー、はーーー………だ、だ、大丈夫?』 『ええ、何とか…泳ぐのは得意だから。服のまま泳いだのは初めてだけど~~』 『………………………………あ』 『どうしたの?』 『俺、泳げないんだった………………』 無我夢中で、泳げないことを忘れていたのだった。 『でも泳いでたわ、今』 『人間、その気になりゃ何でも出来るんだな………(汗)』 岸辺を冷たい風が吹き、凍えそうになる。 歯の根が合わない。大きいくしゃみが出た。 『…ぶっくしゅ!!』 『さすがに寒いわね~~』 アンジェラがのんびりと言う。 今日のアンジェラは、いつもと雰囲気の違う格好をしていた。 冬だというのに袖なしの黒いぴったりしたワンピースで、スカートの丈がやたらに短い。そして黒いヒールを履いている。 むき出しの太ももから目をそらすようにして、アンジェラに聞いた。 『て、ていうか、何で俺が飛び込むと思ったの…?』 『だって今にも飛び込みそうな顔していたもの』 『俺そんなひどい顔してたんか………?』 『してたしてた』 『いやいや、そんなつもりで川見てたんじゃねーから! ていうか、だからってアンジェラまで飛び込もうとすんなよ』 『どうしても思いとどまらせなきゃ、って思ったのよ。どんな手を使っても』 『…はあ。心配してくれてどーも………』 『マダラメが死んだら生きていけないわ、って思ったの』 『………………はい?そんな大げさな』 『大げさじゃないわ』 アンジェラは真剣な顔でこっちを見る。その青い瞳に吸い込まれそうに感じ、どぎまぎする。 『え?何で???』 『マダラメが好きだからよ』 『………………………………はい?』 いきなりの告白に、頭が真っ白になる。 アンジェラはニコニコしてこっちを見ている。 『は?え?………何の冗談デスカ?』 『冗談なんかじゃないわ』 『ていうか何で俺??』 『何でって?』 『だって、そのーーー…アンジェラは美人だし、スタイルいーし、俺みたいなショボいのでなくてももっといい相手がいるじゃ…』 『どうしてそんなこと言うの?』 『え?』 アンジェラが悲しそうな顔をする。何故そんなに悲しそうにするのか分からなかった。 『どうして信じてくれないの?』 『いやだって…な、何で俺?』 『何か理由がないと駄目?』 『………だって俺なんか、別にカッコいいわけでも何か特技があるわけでもねーのに………………』 『どうしたら信じてくれる?』 『ど、どーしたらって………………』 『キスしたら信じる?』 『は?』 言うなりアンジェラにキスされた。 頭が再び真っ白になる。 『なん…』 『くしゅっ!!』 アンジェラもくしゃみをした。 『アハハハ、このままじゃ風邪ひいちゃうわ!!』 『………………………………………』 『あらどうしたのマダラメ?顔がトマトみたいに赤いわ。熱があるんじゃない?大変! とにかくこの服を乾かさないと。どうしましょう?大学が近いからとりあえず戻る?』 『………………………………………』 『マダラメ?』 『へっ!?…あ、あー、そ、そーだね………………………』 頭の処理速度が極端に遅くなり、何も思いつけないのであった。 大学に戻っても服を乾かす手段がないので、とにかく自分の家に行くことに。 アンジェラには自分の服を適当に着てもらうことにして、濡れた服を洗濯した。 ドライヤーでアンの服を乾かす。乾燥機がないので、時間がかかるがこれしかない。 『………………………………』 アンの黒い色の下着も一緒に乾かしながら、さっき言われた言葉を思い出していた。 (………………ていうか何で俺??) 未だに半信半疑である。 『マダラメーあがったよー。』 シャワーを浴びていたアンジェラが自分のシャツを着て出てくる。 『アハハハ!下着つけてないからスースーするわ!』 『………とりあえず乾いたからつけてくれば?』 そっちのほうを見ないようにして下着を渡す。 『ありがと!』 そう言ってアンジェラは下着を受け取る。何か後ろのほうでごそごそしている。 (…つーかここでつけんなよ………………) そうツッコみたかったがツッコめない。 『マダラメもシャワーあびてくれば?』 『…いや俺はいい………』 『でもさっきの川、あまり綺麗な水じゃなかったわよー』 『………じゃ、入ってくる………』 アンジェラの行動にいちいち振り回され、疲れて思考停止しそうだった。 『…さて!これからどーする?』 『え?どーするって?』 風呂から上がると、乾いたワンピースに着替えたアンジェラが聞いてきた。 『とりあえずお腹すいたわね!何か食べに行かない?』 『………………』 『あら、どうしたのマダラメ?』 『え?いや。まあいいけど』 …いつ帰るんだろう、と思っていたが聞けないのだった。 とりあえず近くのファミレスに行った。大学時代にもよく行ったところだ。 『オムライス!オムライス!!』 アンジェラは自分が注文したオムライスを前に上機嫌だ。 『はあ。そんな好きなの?それ』 『アメリカでは食べたことなかったから~』 『ふーん』 いつも楽しそうなアンジェラを見て、その性格が少し羨ましくなる。 『そういえばマダラメ』 『ん~~?』 『どうして自分のことをショボいなんて言うの??』 『ええ?』 『あなたってとても魅力的なのに』 『え、えええ??』 アンジェラに本当に不思議そうに聞かれ、ものすごく焦る。 『え?は?………ど、どこが?』 『自分では気づいてないのね』 『え、ていうか今までそんな…言われたことねーし………』 『あなたって自分のことをわかってないんだと思うわ』 『………はあ?』 『あなたって、繊細で優しくて、あんまり誰かと競争したりするのが向いてない人なのよ。 皆が仲良く平穏にしてるほうが好きでしょ?本当は。 そしてとっても臆病。だからいつも、人に本音が言えないで隠しちゃう。 そしていつも自分がどう見られてるか、怖くていつも気にしてる。』 『………………………』 アンジェラに鋭く指摘され、言葉が出てこない。 『あなたはどっちかというと女性的なんだと思うわ、心が』 『………それってむしろ男としてはダメなんじゃ………………』 『そんな風に思うから自分が生かせないのよ』 『………………なんか、スゲー落ち込んできた』 『でもそれがあなたなんだから仕方ないわ。むしろそこが魅力なんだから、もっと生かさなきゃ』 『………はあ…』 『自分を認めてあげるの。そしたらもっと自分が好きになれるわ』 『………………うーん』 『私はあなたと逆なの。内面は男性的。』 『え?』 アンジェラの言葉にいちいちとまどう。 『そう、豪快で大雑把で行動的。あなたとは対照的ね。まるで光と影みたいに』 『………………何かよくわかんねーんだけど………。俺が影?』 『いいえ、私が影、あなたが光。内面的には』 『ええ?逆じゃなくて?』 『あなたが光よ。ま、それはどっちでもいいわ。とにかく』 アンジェラはにっこり笑った。 『あなたは魅力的なの。そこが好きなの。それが答え。わかった?』 『………いや、まだよくわかんねーんだけど』 『もう!頑固ね。その頑固さもまた女性的だわ』 『その女性的、って言われるのスゲー嫌なんですけど』 『あらそう?』 『なんか男として否定されてるよーな………』 『まあ、そんなことないわ。』 『それに、その、す、好きって言ってもらえんのは嬉しいんだけど、俺は………』 『ああ、好きな人がいるんだっけ?確かサキが好きなのよね?』 アンジェラはさらっと言った。 『な、ななな何でそれを!!!!!』 『カナコが言ってたわ』 『…大野さん………………(汗)』 『でもサキにはずっと恋人がいるんでしょ?』 『………うん、まあ………』 『今でも好きなの?』 『………………………………』 考え込んだ。 『いや、もうわかんねー………自分が何でこんなに固執してんのか…。どうしたいのか………。 いや、何かしたい、って思ってるわけじゃなくて、もういい加減忘れなきゃいけないって分かってんだけど、それもできなくて………。 何でだろーなあ………。』 『なあんだ、そんなの簡単よ』 『え?』 アンジェラは立ち上がる。 『一人で考え込んでるから分からなくなるんだわ。直接本人と会って話してみないと、自分がどうしたいかなんてわからないわ!』 『ええ?本人って春日部さんと??い、いや無理!』 『だって今までさんざん自分で考えてて、答えが出た?出てないんでしょ?』 『いやそりゃそーだけどでも』 『じゃ、こうしちゃいられないわ。サキの店って新宿にあるのよね?さっそく行ってみましょう』 言うなりアンジェラは席を立つ。 『へ!?い、今から!?いやそんないきなり!!』 『「コトワザニモイウダロ?オモイタッタガキチジツ!!」って、スーも言ってたわ』 『…スーが?ことわざよく知ってんなあ…………って、そうじゃねー!いやむ、無理だって!』 慌てる自分を置いて、アンジェラはさっさと席を離れ、店を出ようとする。 必死で後を追った。 アンジェラは早いリズムを刻むようにきびきびと歩き続ける。 その後ろ姿を必死で追いかけた。 新宿へ向かう電車に乗っている間、周りの男性が皆アンジェラに釘付けになる。 アンジェラが美人だから、ということももちろんあるが、着ている体のラインぴったりしたワンピースと、ぎりぎりまで短いスカートから伸びる足が原因かと思われる。 『シンジュクって初めて行くわ!楽しみね、マダラメ!』 『…はあ、そうね………。』 アンに相槌を打つたび、周りの男がビックリしたようにこっちを見る。 (睨まれてんよ………。俺はもー勘弁して欲しいんだけど、ホントに) アンは春日部さんの店の名前と住所が書かれたメモ(大野さんに聞いたらしい)を片手に、街行く人を捕まえ片っ端から道を聞いている。その行動力が羨ましいと思った。 (…ていうかどーすんだ俺?春日部さんに会ったところで、何が言えるんだろう?) そうこう考えながらアンの後をついてゆくと、着いてしまった。 『ここだわ!』 『………………………』 店の外から、奥で服をたたんでいる春日部さんを見つけた。 こうして姿を見るのは久しぶりだ。 『…アンジェラ』 『なあに?』 『やっぱ止めない?そのー………仕事中だし、忙しそうだしさー…。』 『なら今度会う約束を取り付ければいいわ』 『…ああいう女の人の服売ってるトコってあんまり入ったことないしさーーー………』 『大丈夫、みんな最初は初めてなんだから』 『…そういう問題か?』 『いいから、つべこべ言ってる間にどーんと行けばいいのよー。ホラ!!!』 『わ………!!』 アンジェラに背中をどーん!と押された。 よろけながら店の中に入ってしまう。 「いらっしゃいませーーー!」 大きな声で挨拶され、ビビる。 「…斑目?」 「あ…(汗)」 春日部さんが目を丸くしてこっちを見ている。 「…や、やあ、久しぶり」 「何やってんの?新宿で。買い物?」 「あーいや、今日は………………」 思わず入り口近くで様子を伺っているアンジェラのほうを見た。春日部さんもアンに気がつく。 「へえ、アンジェラと来てたんだ?」 「え!?あーまあ、そーなんだけど…」 「へえええーーー。ほーほーほー!!」 春日部さんは何を勘違いしたのか、急に悪顔になって笑う。 「いや、ちがうって。そんなんじゃねーって」 「照れることないじゃん。アンジェラ、今日はまたすごいセクシーなカッコしてんのねー。気合い入ってるねー」 「なんの気合いだ。いやだから今日は………」 「何よ?」 「え、えーと………いやその………」 頭が真っ白になる。まさかこんなところで自分の中のトップシークレット(最後の砦)をバラすわけにもいかない。 「…いや、ちょっと様子見に………たまたま新宿に来てたからさ………」 「たまたまって、デートだったんでしょ?」 「いやそーじゃなくて、えーとその、アンジェラに同人ショップの場所とか紹介してただけで…」 「え?ああ、そーなんだ。…そういえばあるって言ってたね、新宿にも同人ショップ」 春日部さんは呆れたような顔をする。 …こういうときにごまかすのが得意だ。そうやっていつも、言いたいことをごまかしてきた。…自分自身にも。 「………じゃ、仕事の邪魔しちゃ悪いから帰るわ」 「あ、そう?」 「うん。…頑張ってな」 「ありがと」 それだけ言うと、店を出た。そのままアンジェラの横を通り過ぎた。 ちょっと後ろめたかった。でも、これでいいと思った。 『マダラメ!』 アンジェラに後ろから声をかけられる。 『どうだった?気持ちをちゃんと伝えられたの?』 『…いや』 『じゃあ、次に会う約束を取り付けた?』 『いや』 歩き続ける。アンジェラがずっと後ろから質問をあびせてくる。 いいのだ。そんなことしなくても、あの人が元気で頑張ってたらそれでいいのだ。 自分に言い聞かせる。だから、自分の想いなど言わなくたっていいのだ。 『…じゃあ何を話してたの?』 『仕事頑張れ、って』 『それだけ?』 『うん』 短く答えると、アンジェラに肩をつかまれた。 『何で言わないのよ!』 『いいんだよ。言わなくても』 『良くない!』 『何でアンジェラにそんなこと決められなくちゃいけないんだよ!』 『だってあなた、ひどい顔してるもの』 アンジェラがまっすぐこっちを見つめてくる。いたたまれなくなって目をそらした。 『………いいんだよ。俺のことは』 『どうして自分をないがしろにしようとするの?どうして自分の本音をごまかそうとするの?』 『………………………』 本当は自分でも分かっている。でも、状況や立場によって、本音を言えない時なんかたくさんあるのだ。別に恋愛に限ったことじゃない。 だから仕方ないのだ。だからいいのだ。 『…ごまかしてなんかない』 ようやくそれだけ言った。 『嘘よ。また自分に嘘ついてる』 『嘘ついてなんかない』 『それがもう嘘じゃない』 『…嘘つかなきゃならんときもあるだろ?』 『そうね。でも自分に嘘をつきつづけるのは良くないわ』 『………………………』 『そうやって自分を傷つけるのはやめて。自分に対してひどいことしてるわ』 『………言ってることが良くわからん』 『わかった。じゃあわからせてあげるわ。この辺りに大きい鏡のある場所はあるかしら?』 アンジェラは急にそんなことを言い始めた。 『…は?大きい鏡?』 『そう、できれば個室で。あ、あそこならあるかしら』 アンジェラは自分の手をつかみ、ぐいぐい引っ張ってゆく。 『え?ちょ、どこ行くの?』 アンジェラに連れられて入った入り口には、こう書かれていた。  ご休憩 ¥7000~  ご宿泊 ¥10000~  HOTEL PINK BOARD 『!!!!!?????』 状況を認識したのは、もう連れ込まれた後だった。
*アンジェラ(後編) 【投稿日 2006/08/06】 **[[カテゴリー-斑目せつねえ>http://www7.atwiki.jp/genshikenss/pages/48.html]] 『……………何で俺はこんな所にいる!!!』 とりあえず叫んだ。個室の中で。 『アハハ、このベッド回るんだって。アハハハハ!!!』 アンジェラは上機嫌でベットをぐるぐる回している。 『アハハ、ちょっと目が回っちゃったわー』 『…そりゃあんだけ回したらな………』 この事態に頭がついていかない。とりあえず備え付けの小さいソファに座り込んだ。 『…で、その…あの…何でこんな所に?』 『そうそう、鏡のある所に来るのが目的だったんだわ』 『…………………鏡?』 アンジェラが壁の取っ手をガラガラと引くと、横長に大きい鏡が出てきた。 ………本来アレなことをする時に使うものらしい。 『ホラ、この鏡のところまで来て』 『………………………』 よく分からないが、とりあえず鏡のところまで行く。 『この鏡の前に立って。そうそう。何が見える?』 『は?』 『鏡には何が映ってる?』 『…俺とアンジェラが映ってるに決まってるだろ』 『そうね。あなた自身が映っているわね。自分をもっとよく見て』 『………………………』 よく分からないままアンジェラの言うとおりに自分の姿を眺める。 朝に顔を洗うときなどに毎日見ている顔だ。アンに振り回されまくって、今日は特に情けない顔をして突っ立っている。 『………で?だから何なんだよ??』 『あなたは自分が好きかしら?』 『ええ?』 『鏡のほうを見ていて!あなた自身に向かって問いかけてみるの』 『………………あの~~?何で…』 『いいから、ホラ言ってみて。自分に”好きだ”って』 鏡の中の自分を見ていると、鏡の中のもう一人の自分がこちらをじっと見ているような錯覚に陥り、なんだか居心地が悪い。 (つーか、何かの変な宗教みたいなんですけど…) 怖くなってきたが、ここを切り抜けるいい言い訳も思いつかない。 『どうしたの?』 『…いや、その。何か変じゃない?こんなの………。』 『言えないの?』 『いや言えないっつーかその、普通わざわざそんなこと言わないって…』 鏡から目をそらし、下を向いた。 『だから自信が持てないのね。自分のことをちゃんと見れてないから』 『………………』 『自分の弱い部分を見るのが嫌?でも、それじゃいい所だって見えやしないわ』 『………………』 『まず自分が自分を認めてあげなきゃ。そうでなきゃ、自信なんて持てないわ。だから自分が好きって言えないのよ』 『………………………言えない』 『…誰かに好きって言われたことない?私以外で』 『………ないよ。モテたことねーし』 『だからかしら?私がどれだけあなたに、あなたの魅力のことを話しても信じてくれなかったのは』 鏡ごしにアンジェラのほうを見た。アンジェラはいたって真剣な顔でこっちを見ている。 『マダラメ』 『はい』 『私はあなたが好きよ』 『………………………………』 『少なくとも私にはモテてるわ。だから少なくとも、あなたは私に好かれるような人間なのよ』 『………………』 『だから自分自身にも言って。好きだ、って』 『………………………………………い、言えない』 『言って。ちゃんと自分の目を見て』 急に肩が震えた。ちゃんと自分の顔が見られない。 何故だろうか。春日部さんや、アンジェラに言うのとは訳が違うのだ。そんなに難しいことではないはずなのに。 ここを切り抜けるためにさっさと言ってしまえばいいのに。そうすればアンは納得するのに。 …そうか。不意に思いが至った。 自分には嘘をつきようがないからだ。というか嘘だとわかってしまう。当然のことだが。 もう一度自分の顔を見る。ひどい顔をしているのが分かった。 何故こんなに悲しそうなんだろう?自分に問いかけてみる。 さっきアンジェラに言われたことを思い出した。 ”そうやって自分を傷つけるのはやめて。自分に対してひどいことしてるわ” あの言葉が、今さらながら胸に来た。 『…どうしたの?何を考え込んでいるの?』 アンジェラがさっきよりも優しい口調で聞いてきた。 『………俺、ひどい顔してるな』 『そうね。すごく悲しそうだわ』 『………自分に対してひどい事してたから?だからこんな顔になっちゃったのか』 『そうね。でも目の奥を見て』 『………?』 『優しそうな目をしてると思わない?』 『………………………うん』 『本当は素直になりたいと思ってるんじゃない?』 『………うん』 『でも今までは素直になれなかった』 『…まずは、自分を認める………………』 『そうよ。あなた自身のことなんだから。まずはあなたが好きになってあげなきゃ』 『………………………』 鏡の中の自分を見つめる。さっきよりましな顔になったと思った。 アンジェラが何度も繰り返し言うくらいだから、少しは魅力とかいうのもあるのだろう。 『”自分が好き”………』 つぶやくと、鏡の中の自分の顔がぼやけて見えなくなった。 頬をつたって熱いものが流れる。体が内側から熱くなるのがわかる。 ……………………… 『………………………………………』 小さいソファーに体を沈めて、目をつぶりじっと考え込んでいた。 さっき鏡の前で”自分を認める”というやつをした後、頭がぼうっとなってしまって、不思議な気持ちでいっぱいになった。 興奮するような、それでいて安心するような………。少なくとも嫌な気分じゃない。 いつから自分に自信をなくしてしまったのだったか。昔はこんなんじゃなかったはずだ。 人を好きになって、その想いが強くなるたびに自分の弱い部分ばかり気づくようになって、自己嫌悪に陥るようになって、一人で落ちていたのだ。 そうやって落ち込むたびに自信をなくしていったような気がする。 アンは一体どんな魔法をかけたのだろうか?癒しの特殊能力でもあるんだろうか? 何故こんなことをしてくれるのだろうか?…そう問いかけると、好きだから、と言われた。 誰かに認めてもらうだけでこんなにも違うものなのだろうか。 ベッドではアンジェラが横になり、枕をかかえてごろごろしていた。 『窮屈だから』と言って、ぴったりしたワンピースを脱いでしまって下着姿になっている。 視界の隅でぼんやり見ながら、さっきから続いている穏やかな気持ちの余韻に浸っていた。 『マダラメー、今フロントに電話したわ、泊まりに変更するって。英語だったけど何とか通じたみたい』 『………………うん』 『ふふ。せっかくホテルに泊まるんだから、セックスでもする?』 『………………………………いや、いい』 『あら、いいの?』 『…今そういう気分じゃなくて………』 いつもの自分ならこの状況に頭が真っ白になって、うろたえるはずだが、何故かひどく落ち着いていた。 素直になって余計なことまで考えていないせいだろうか。 『じゃあ寝る?』 『うん』 『そっちだとゆっくりできないわ、小さいソファーだもの』 『いや、ここでいい………』 『こっちの方が広いわ』 そう言ってアンジェラはソファーまで近づいてきて、自分の手をとった。 そのままベッドへ連れて行かれる。 『ベッドで寝ましょう。元々、二人で寝られるようにしてあるんだし』 『………………………』 『襲いかかったりしないから、心配しないで』 アンジェラはクスクス笑いながらベッドに横になる。 自分も、ベッドサイドに眼鏡を置き、アンジェラに背を向けるようにしてベッドに横になった。 背を向けるのは失礼かと思ったが、さっき春日部さんと会ったばかりでアンジェラとそういうことになる方がアンジェラに失礼かと思ったのだ。意思表示のつもりだった。 目の前の壁をじっと眺める。今日は色々あって疲れた。瞼が重い。 うとうとしていると、後ろから手が伸びてきて自分の胴に回された。 『………………………』 『おやすみ、マダラメ』 すぐに後ろから寝息が聞こえ始めた。 ぴったり抱きしめられていると、何か背中に柔らかいのがあたっているのがわかる。 『………………………………………(汗)』 変に意地張ってもったいなかったかな、とか一瞬考えてしまう。 (いやいや。変な意地じゃなくてだな、ここは男としてだな。って誰に言い訳してんだ俺は。 いやいや。さっき素直なキャラでいくって決めたじゃねーか。言い訳はナシ!もったいなかったよな!! でもカッコつけちゃったので今さら言えません。………変わってねーなー俺…) 思わず笑いそうになる。 変わってない。自分はやっぱりこうなのだ。でも今はそれでいいと思える。無理してないと分かる。 だんだん視界がぼんやりしてくる。そのまま目をつぶった。 ……………………… 目が覚めると、派手な色の壁紙が見えた。 (………………?) 一瞬どこにいるか分からなかった。しかしすぐに思い出した。 自分のお腹に白い手が回されたままだ。 アンジェラを起こさないようにゆっくりと手をどけ、体を起こす。 ずっと下敷きにしていたほうの手が痺れている。眼鏡をかけ、しばらくベッドに座ったまま、頭が目覚めるのを待った。 「………………………」 アンジェラはあどけない寝顔で寝ている。淡い色の金髪の髪が頬にかかって、寝息をたてるたびにわずかに揺れる。 白い肌や、均整のとれた豊かな体つき。長く伸びた足。 綺麗な人だと思った。こんなに綺麗な人が、自分のことを好きと言ったのだ。 ふと、寝ている間じゅうずっと抱きしめられていたことに気づく。 何故か急に、胸が苦しくなった。 「………………………………………」 (………でかい胸だな。これがずっと背中にあたってたのか) (………つーか、下着姿だし。あんまりじろじろ見んのも………(汗)) 今さら妙な気分になってきそうだったので、とりあえずベッドから降りて顔を洗いに行くことにした。 アンジェラとホテルを出て、とりあえず歩く。今日は珍しく天気が良かった。少し暖かい。 『さて、これからどうする?』 アンジェラは相変わらずきびきびと歩きながら、笑顔で聞いてくる。 その笑顔に妙にどぎまぎしながら、答える。 『…とりあえず朝飯?』 『そうね!まずはご飯よね!』 『朝から元気だなぁ』 『だってこんなにいい天気なんだもの!気持ちいいじゃない?』 『…そうだね』 確かに今日は心が軽い。重い気持ちを、昨日の曇り空とともにどこかに置いてきたかのようだ。 目についたファーストフード店に入り、アンジェラと朝のセットを頼んだ。 『どうしたのマダラメ?私の顔に何かついてる?』 『へっ!?』 アンジェラが不思議そうにこっちの顔を覗きこんでくる。ビクッとなり、思わず目線を下にそらしてしまう。 『あ、あーいや………美味しそうに食べるなーって………』 『このハムエッグトーストがとっても美味しいから~~』 アンジェラはニコニコしながら言う。その笑顔を見ていると、何だかこっちも嬉しくなってくる。 『…そりゃ良かった』 店を出て、ぶらぶらと歩いた。日曜なので人が多い。 アンジェラはその中をきびきびと歩く。歩いていく先を人がよけるように道ができる。 (………いつ帰ってしまうんだろう?) ふとそう思ったが、何だか聞けない。昨日とは全く逆のことを考えている。 さっきから変な気分だ。いったいどうしてしまったのか。 アンジェラの半歩後を歩きながら、自問自答する。足元がフワフワする。 『………アンジェラ』 ふと気づくとアンジェラと少し離れてしまっていたので、呼び止める。 アンジェラがこっちを向いた。 『ん?どうしたのマダラメ』 『あ、えーと…。今日はゆっくりできるの?』 『ええ、今日のところはね』 『…そっか』 聞きたかったことを聞けて、ほっとする。…浮き足立つような気分になる。 『さて、時間もあることだし。どうする?』 『うーん………。とりあえず歩くか』 『そうね。歩くのは楽しいものね~』 アンジェラは本当に楽しそうに歩いている。その早足に追いつくように足を動かしながら言った。 『………アンジェラは何をやってるときも楽しそうだな』 『何事も楽しまないとね。人生一度きりだもの!』 『そうねぇ………………』 こんな人とずっと一緒にいられたら、本当に楽しそうだな、と考えた。 そして、そんなことを考える理由にようやく思い至り、妙に納得してしまった。 (…ああ、そうか………。だから………………) 『………アンジェラ』 『ん?』 アンは笑顔のまま振り向いた。まっすぐな視線に、妙に気恥ずかしくなる。 『………………今から行きたいトコがあるんだけど』 『あら、どこかしら?』 アンはニコニコしながら問いかけてくる。その顔から視線を逸らさないようにしながら言った。 『………春日部さんの店に』 昨日も来た場所に、俺は再び立っている。 あと数メートルも歩けば店に着く。 数分前、アンに、再びここに行きたいという話をした。 『あら、ようやく決心が固まったのかしら?』 『ん、まぁ………』 『じゃ、すぐにでも行きましょ。「オモイタッタガ………」えーと?』 『「吉日」』 『そうそう、それ!』 アンジェラは嬉しそうに笑う。 『…じゃ、行ってくる』 昨日のように少し離れた先から、アンと店の中をのぞいてみた。 まだ午前中だからだろうか、開店直後だからか、店内は昨日より空いているように見えた。 『マダラメ』 『ん?』 『今日は、昨日よりずっといい顔してるわ』 『…そっか』 『行ってらっしゃい』 『うん』 小さく深呼吸して、店に向かって歩き始めた。 心の中に、はっきりとした一つの決意があった。そのために今、こうして歩いているのだ。 昨日アンジェラに言われたことを思い出した。 (………”自分を認める”………自分に嘘をつかない………) 今日はごまかしはナシだ。 店に入ると、また「いらっしゃいませー!」と大きな声をかけられる。 昨日もいた店員の人がこっちに気づき、「あれ?」という顔をする。顔を覚えられていたようだ。 「あ、かす…。店長さんいますか?」 その店員の人に声をかける。 「はい、今店の奥に…。呼んできましょうか」 「お願いします」 店員の人は少し小走りで店の奥へと入っていった。 ほどなくして、春日部さんが出てきた。 「や、やあ」 「あれ?あんたどーしたの?また新宿来てたの?」 「いやその、えーと…」 春日部さんは不思議そうな顔でこっちを見る。 どう説明したものか。思わず店の外のアンジェラのほうを見る。昨日と同じことをしている。 「あれ、もしかして昨日は泊まったの?」 春日部さんはこっちの服とアンジェラのほうを交互に見ながら言った。昨日と同じ格好だから気がついたのだろう。 「あー…、まぁ………」 「ふーん、朝帰り?ほーーー…やるじゃん」 「…うん、まあ」 「へーーー!ほーーー!」 相変わらず、こういう話題の時はすごく嬉しそうな顔で食いついてくる。 春日部さんらしいと思った。 「…春日部さん」 「ん?」 春日部さんは嬉しそうな顔の余韻を残したまま、こっちの顔を見てきた。 (…もう覚悟は決めたはずだ。言うぞ!!) 「………………俺」 「うん」 「アンジェラと付き合うことにしたんだ」 「は?」 春日部さんは目を丸くした。 「へえ…あ、そう」 「うん。それだけ!仕事頑張ってくれたまえ!!」 「は?ああ、ありがと…」 「じゃ!!」 そう言ってさっさと店から出た。長居は無用だ。 ………我ながら変な人だと思いながら、アンジェラの元までまっすぐ歩いていった。 『言いたかったこと、言った?』 『言った』 アンは笑顔を作ったが、ふとその笑顔に憂いが混じったように見えた。 『そう…すっきりした?』 『うん』 『よかったわね、マダラメ』 『うん。それで、あの………………』 さっき言ったことをアンにも言おうとすると、アンはさっさと歩いていってしまった。 『アンジェラ?』 『………………………』 アンは返事をしてくれない。急に変化した態度にびっくりしながら、アンジェラの後を急いで追いかけた。 『アンジェラ?ど、どーしたの?』 『良かったわね、マダラメ』 アンはさっきと同じことを繰り返した。歩くスピードが緩まらない。 『本当に良かったわ!すっきりして』 『はあ…おかげ様で』 『じゃ、私の役目は終わったことだし、もう帰ろうかしら』 『ええ?か、帰るの?』 『そうだ、昨日マダラメの部屋にネックレス忘れたから、取りに行くわ。その後に帰る』 『そ、そう…』 アンは早口で一気に言った。聞き取るのに苦労する。 (………つーか、何か怒ってる???何で?) 駅へと向かうアンの早足に必死についていきながら、首をかしげた。 電車に乗り、駅で降りる間、アンはずっと不機嫌だった。 何か話しかけても投げやりな相槌を打つばかりで、会話にならない。 自分の家へと向かう間、急に気持ちが焦り始めた。 (そうだ、忘れ物を取りに行ったら、その後は帰ってしまう気なんだ) 伝えなければならないことがあるのに。 ………歩いているうちに橋に差し掛かった。昨日アンとダイブした橋だ。 川の水は相変わらず濁っている。ただ、今日は天気がいいので、水面は日光を受けて少しキラキラしていた。 『アンジェラ!ちょっと待って』 橋の上で、少し大きい声で呼び止めた。 アンは振り向く。表情が硬い。やはり何か怒っている。 『…何か怒ってる?』 『怒ってなんかないわ』 『怒ってるだろ。さっきから態度が変だし』 『………………………』 『何でそんな嘘つくの?ていうか何をそんなに怒ってんだよ??』 『…嘘なんかついてないわ』 『じゃ、何でそんなに悲しそうなの?』 アンジェラは顔を歪めた。怒っている顔というより、何か悲しんでいるような顔だと思った。 『………自分に嘘つくな、って言ったのはアンジェラじゃねーか』 そうだ。それを教えてくれたのはアンジェラだったのに。 どうしてごまかす必要があるのだろう? 『…だって、私はもう必要ないもの………』 アンジェラは小さい声で言った。 『え?必要ない、って…?』 『マダラメがすっきりして、前に進んでくれたら、私の気は済んだの。それで良かったのよ』 『………………………………』 『明日にはアメリカに帰るし。もう思い残すこともないわ』 『え………』 頭が一瞬真っ白になる。 (………アメリカ帰っちゃうのか) (また失恋??いやちょっと待て…でもアメリカ帰るんじゃ…いやだから! 今言っとかないともう言えなくなるんだぞ。また同じパターンに!そーすっとまた悩むんだぞカンベンしてくれよ俺(汗)) 混乱したまま、とりあえず聞き返す。 『あ、アメリカ帰るの………?』 『ええ。明日の朝には』 『え…今度はいつ………』 『わからないわ』 『………………そうか』 (いや違う。そんなことが言いたいんじゃない。状況がどうとか、タイミングがどうとか、どうでもいい。) …もう、自分をごまかすのはたくさんだと思った。 『………さっき、春日部さんに………』 『え?』 『春日部さんに言ったんだ』 『好きだって?』 『………いや』 『…いえ、やっぱり聞きたくないわ』 『アンジェラと付き合うって言った』 アンジェラは驚いた顔でこっちを見る。その顔が、不意に………。 また悲しそうな顔に戻った。 (あ、アレ?) 『………どうして?』 アンジェラは悲しそうな顔をする。少しは喜んでくれるかと思っていたので、アンジェラの表情に焦る。 『え!?いやその、どうしてっていうかその』 『もう明日にはアメリカ帰らなくちゃいけないのに』 『えーとでも、さっきはそれ知らなかったからつい………じゃなくてだな!』 アンジェラはこっちの顔をじっと見てくる。 『………………自分に素直になったら、思わずそう言っちゃったんだよ………』 (………や、やっぱ見切り発車はマズかったかな………) 沈黙が痛い。さっきからずっと変な汗が出てくる。 『………アンジェラ』 『………………………』 アンジェラは横を向いてしまった。複雑な表情をしている。 『えーっと…急で申し訳ないんだけども、昨日までは春日部さんが好きとか言ってたから信用できないかも知れないけど、でも本当に今は自分に嘘ついてないから…俺と』 『無理よ』 『………ぐ』 アンジェラに瞬殺されて言葉を失う。 『だって…』 『………………アメリカ帰っちゃうから?』 『それだけじゃなくて………』 『…好きだって言ったのは、あれは………嘘なんか?』 『………嘘じゃないわ』 『じゃあ、何で!』 アンは相変わらず悲しそうな顔をしている。悲しそうなのに、何で拒まれるのか分からない。 『…何で無理なの?別にしばらく離れてしまうのはいいけど仕方ねーけど…。 でも断られちゃうんはキツイっつーか、また失恋かよ!っつーか、あーもーーーーー! アンジェラに振られたら俺、また凹むぞ! また悲しい顔するぞ!!何年でも引きずるぞーーー!!』 拳を握って殺し文句を…いや、脅し(?)文句を………力説する。 他の女の人に言ったらどっ引きされそうだが、アンジェラには伝わるんじゃないかと思ったのだ。 『………また凹むの?私に振られたら?』 『そうね………………』 『………ちょっと待ってて』 アンジェラは胸の谷間からすっと携帯を取り出し、操作して電話をかけ始めた。 そんなところに携帯入れてたの?と、心の中でツッコミを入れていると、アンジェラの電話がどこかへ繋がったようで、元気に会話し始めた。 『ハイ、パパ元気?私は絶好調よ! ところでパパ、明日からの予定なんだけど、もうしばらく日本にいることに決めたから! え?そうね、ええ、わかってる。…ごめんねパパ、今回のパパの誕生日には帰れそうにないわ。旅行もキャンセル。 …だってモナリザはルーブルから逃げないもの。生きてるうちに会いに行けばいいわ。 あと、例の社長の息子だけど、私の趣味じゃないのよね。ええ、たくましいしモテるみたいだけど、私は苦手なの、あの男。 たった今ステキな彼ができたところだから!そう、前に言ってた人。早くパパにも見せたいわ! ………ええ?どうしても無理なのか、って?ごめんなさい。マイハニーは寂しがり屋だから、目が離せなくて。 ええ、埋め合わせは必ずするわ。パパの娘なのよ、信じて!じゃ、愛してる。それじゃーね!』 早口で一気に言うと、電話を切った。 『ふう!これで大丈夫』 『………………………………………………………………………………』 (何か今、聞き流せないワードがいくつもあったような) 固まっていると、アンジェラはにっこりと笑いかけてきた。 『これで当分日本にいられるわ!』 『…いいの?その………パパの誕生日がどーとか………』 『今回は仕方ないわね!』 『………………本当にイインデスカ(汗)』 『私が残りたい、って思ったのよ。他に必要な理由があるかしら?』 アンジェラはまたニコニコしている。その顔を見ていると、こっちも思わず笑ってしまう。 『…はは』 『どうしたの?』 アンジェラは不思議そうに聞いてきた。 『いや、アンジェラ見てるとこっちも楽しくなるからね』 『そう?………さて!明日の予定もなくなったことだし、これからどうしましょうか?』 『んーーー…と?…とりあえず家まで歩くか?ネックレス取りにいくんでしょ?』 『そうね!家まで行って…ついでに昨日の続きでもする?』 『え?昨日の…って、何?』 『フフッ』 アンジェラは含み笑いをする。 『?????』 『さあ、行きましょうか!』 『え?ああ、うん』 アンジェラは颯爽と歩き始める。 自分も、追いつこうとして早足になる。 横に並んで二人、歩いてゆく。 今日は珍しくいい天気で、風も少し暖かく感じる。 橋を渡りきる前に、相変わらず濁っている川の方に目をやった。 冬のわりに強い日差しを受けて、川の水が少しだけ透き通って見えた。                     END

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