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*ぬぬ子の秘密 【投稿日 2006/07/03】
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管理人注:これは『荻ラヴ』発祥のげんしけんセカンドジェネレーション
『双子症候群』の設定を基にしたSSです。
「えええええええ」
千里と万理は二人同時に感嘆の声をあげた。きっかけはたわいも無い会話からだった。
「ねえねえ、ぬぬ子ちゃん!! そのメガネ外してみせてよ!」
千里ははしゃぎながら言った。
「ええ?でもー」
ぬぬ子はモジモジしながら、顔を赤らめてうつむきながら恥ずかしそうに答えた。
「別にいいじゃない!! 転校してきた時もちらっと素顔見えたけど、よく見る機会無かったんだしさー。可愛かったよね、万理!」
「ええ、そうよね・・・。でもぬぬ子ちゃん嫌がってるんじゃない?」
と、思慮深い万理はぬぬ子の顔を覗きながら心配そうに答えた。
(ちさの無遠慮ぶりはいつものことだけどね・・・)
万理はそう内心で思ったが、口には出さなかった。千里は無遠慮だが人の嫌がる事をする子でないことは万理が一番よく知っていたからだ。
「えーー! ぬぬ子ちゃん、嫌なの・・・?」
千里は少しがっくりした表情を浮かべて、心配そうにぬぬ子の顔を見た。
「嫌じゃないけど・・・お母さんからもメガネを人前であんまり外しちゃ駄目って・・・」
「それはおかしいわね。母親がそんなことに口出しするなんて変だわ!」
今度は万理の方が憤慨して答えた。
(あちゃー、まりの変な癖が出たか?)
好奇心旺盛な千里だが物事にはこだわらず、すべてを軽く考えていた。
逆に万理は物事に無関心なくせに、変なところで理不尽な事や納得行かない事に出くわすとむきになる。
ぬぬ子はあわてて答えた。
「ううん!違うの!なるべく外すなって言うのはわたしがドジでよく、メガネを壊すからなの。じゃあ外すね・・・。」
ぬぬ子はそう言ってメガネに手をかけて、ゆっくりとメガネを外した・・・
はあーーという深いため息が千里と万理から思わずもれた。ぬぬ子は慌ててメガネをかけ直した。それでも二人は恍惚の余韻にひたった表情を浮かべたまま、うっとりとしてその場に立ちすくんでいた。
「???」
ぬぬ子は二人の様子を不思議そうに見た。
「・・・どうしたの?大丈夫」
ぬぬ子は心配そうに尋ねた。
「だっ大丈夫!!」
二人ははっと我に帰り、慌ててぬぬ子に返答した。
「ぬっぬぬ子ちゃん!! 絶対メガネやめて、コンタクトにした方がイイヨー。コンタクトはイイヨー!動きやすいし、視界は不便じゃないし!」
千里は大はしゃぎでぬぬ子に言った。
「ちさー!それは人の自由でしょ!自分がコンタクトが良いからって!メガネでもいいじゃない!でもそんな度の強い厚いレンズじゃなくても、今なら薄いお洒落なメガネもいっぱいあるわよ。」
「わたし・・・コンタクトは体質に合わないから、したことないの。レンズも無くしたり壊すことが多いから、安い厚いレンズで十分・・・。」
とぬぬ子は照れくさげに言った。
「ええー!! こんなに可愛いのに隠すなんて罪だよ!! オヂサンはね、オヂサンはね、ハアハア・・・」と千里はヨダレをジュルとぬぐいながら言った。
バシ!!
万理は千里の頭を思いっきり引っぱたいた。
「下品な事しないの!! 変態なんだから!!」
「ひっひでー、まりに言われたく無いね!あたしのどこが!!」
ギャアギャアと口喧嘩を始める二人に、ぬぬ子は遠慮深げに言った。
「あのー、喧嘩しないで・・・わたしのために・・・」
「ごっごめんなさい!」
先に冷静に我に返ったのは万理だった。
「それにわたし・・・自分の顔、はっきり見たことないの。幼い時から重度の近視で、外すとさっぱり見えなくて、五センチくらいでやっと見えるから、自分の顔がどんなだか、分からないし・・・。」
「ふーん」と二人は同時に声をあげた。
用務室で斑目は千里と万理と春奈とスーにコーヒーを入れてやりながら答えた。
「ふーん、そんなに美少女なんだ。一度見てみたいね。」
そう言いながら斑目は三人にコーヒーを手渡し、自分専用のくじあんキャラクターのマグカップでコーヒーをすすった。今日は千佳子は学級当番でいないが、放課後よくこのメンバーは用務員室に集まる。
もちろん、エコヒイキは好ましい事ではないし、色々問題ではあるから、スーが適当な名目をつけて部活活動と称している。
「美少女なんてもんじゃないのよ!!そりゃもちろん、学校にも美少女はたくさんいるわよ!芸能人にだっていっぱいいるし。でもそういうのとは全然違うの!」
こういう時、一番興奮して喋るのは千里だ。そういう趣味は無いのだが、妙に美少女にこだわる。誰に似たのかとクスクス笑いを堪えながら、斑目は千里の話を聞いた。
「・・・私も驚いた・・・。綺麗だからって別に興味無いんだけど、それでも私しばらく心ここにあらずになって、ほわーっとしちゃったの。」
万理もその時の印象を思い出して、ハーっとため息をついてぼんやりした。
「ははっ、まりちゃんにしては珍しく、抽象的な表現だね。」
斑目は笑いながら答えた。
「だって!!そういう表現しかできないんだもん!!」
むきになって万理は答えた。
斑目は優しい表情でうなずきながら、そばの本棚に手を伸ばした。
「最近、興味深い本を読んだよ。」
「へえ、どんな?斑目おじさん無駄な知識は多いって母さんも言ってたね。」
春奈は興味津々に体を乗り出して言った。
斑目はその表情にどきりとした。最近ますますお母さんに似てきたな・・・と目を細めて、昔を懐かしむ穏やかな表情で笑った。
「まあ、待ちなさい。ええと、この本によるとね、かいつまんで説明すると、昔から美人の基準というのは時代によって変化してきた。ほら、中世だとぽっちゃり瓜顔が美人だったりね。」
「それはよく聞くよね。」
春奈は答えた。
「でもそれは『平均化』の結果なんだそうな。つまり周りがそういう顔ばかりだったら、その平均値が美人の基準となる。」
「ふむふむ。」と千里、万理、春奈の三人は頷きながら聞いた。スーはコーヒーをすすりなから、あいかわらず無表情で話を聞いている。
「でもこの本の著者はそれだけじゃないと主張しているんだ。よく二次元のキャラは誇張されて描かれるよね。そしてそれが可愛いと感じる記号として表現される・・・。」
「うんうん。」
「つまり人間には原始的に、本能的に、顔に魔よけの刺青をしたみたいに、抽象的に記号化したものが深層心理に働きかけられているというんだ。」
「それがぬぬ子ちゃんとどう関係あんの?」
と千里は聞いた。
「それは特に眼力、目の力になって現れる。カリスマの持ち主はそれを本能的に使っているというんだ。ぬぬ子ちゃんにもひょっとしたら・・・」
「まさかあー。」
三人は笑い出した。
「そっそんなことないぞ。この著者の解説によるとしっかりした学者さんの学説を紹介しているということで、名前をええと、アッ、アンジェラ・バートン???」
本のタイトルと著者で選んだので、斑目は初めてその紹介された学者の名前に気付いて、スーの方を向いた。
スーはやはり無言でコクコクうなづくだけだった。
斑目の慌てふためいた様子と、その聞いた事の無い名前に不思議そうな顔を浮かべながら春奈は言った。
「じゃあ、斑目おじさんにも眼力があったりして。はずして見せてよ!」
「よっよーし、見てろ!」
斑目はメガネを外して、きりっとした表情で春奈の方を向いた。
「ぷぷぷぷぷぷ」春奈はツボに入ったらしく、笑いを必死に堪えているようだった。
(親娘二代にわたって、バカ受けされてしまった・・・)とシクシク涙を浮かべて斑目は顔をそらした。
そこへ千佳子が当番を終えて、ぬぬ子と一緒に用務員室に入ってきた。
「おや?二人一緒だったの?」と春奈は答えた。
「ええ・・・」と何か言いにくげな様子で千佳子が答えた。そばではぬぬ子がうなだれている。
「何かあったの?」と千里が尋ねた。
「実は・・・ぬぬ子ちゃんが例のたちの悪いグループにからかわれていて。」
「何―。あいつらまた何か!!」千里はいきりたった。
「あいつだろー、リーダー格のあの女。昔はそんなじゃなかったのに・・・。」
春奈は答えた。
「たしか親が離婚調停で別居してから、急に荒み始めて、周りを扇動しはじてめるとか・・・。」と万理は心配そうに尋ねた。
「そうなのよ。だからしばらくぬぬ子ちゃんもわたしたちと一緒にいましょう。転校生だからよけい目をつけられてるし。」
「だな。」と春奈は答えた。
斑目はその様子を頼もしそうに、その様子を見ながらウンウンと頷いていた。
(皆の子は立派に成長してるな・・・)
そしてスーの方を見た。スーは無関心に用務員室のテレビのアニメに夢中になっている。
「スー先生!学級の問題に何も口を出さないんですか?」
「マダラメ!大丈夫!生徒たちの自主性に任せる!」
(らしいといえば、らしい・・・)がくっと斑目はうなだれた。
子供たちが帰ってからスーと少し斑目は話をした。
「それにしてもぬぬ子ちゃんの転校の時期って変ですよね。前の学校で何かあったのかな?」
「さあ?でも前の学校の先生は問題は無いと言ってました。ただ・・・」
「ただ?」
「メガネは外させるなと・・・」
「は?」
「彼女に交友関係、成績、素行、性格、何も問題無いが、心に問題のある子が近くにいたら、恐ろしい事が起きると・・・。」
「そっそういうことは、早く言わなきゃ!!」
「大丈夫!大丈夫!」
『彼女』は今日も誰もいない自分のマンションに帰った。鍵をあけて誰もいない部屋にどさっと学校の鞄を投げ捨て、ソファーにごろりと制服を着替えもせずに横になった。
しばらくぼんやりとしていると、メールが入った。携帯をひらいて、メールチェックすると母親からだった。内容は分かりきっていたが、『彼女』はメールメッセージを開いてそれを見た。
「ごめんなさい。今日も仕事で遅くなります。食事はいつものように」
少女は唇をきゅっと噛み、黙って携帯を閉じてごろりと横になった。なにもかも憎らしい。いらいらする。本を読んでも映画を見てもつまらない。どんなものも『彼女』は心を動かすことは無かった。
『彼女』は家にじっとしている事に耐えられず、着替えて外に飛びだした。
少女は目的も無く町をふらふら徘徊した。そしてトコトコとのんきに歩いているぬぬ子の姿を見つけた。
(のんびりぼやぼや歩きやがって。あいつを見るといらいらする。あんな幸せそうにしてぼんやり生きてていいはずがない。世の中というのはそんなもんじゃない。あたしがそうだったように・・・。世の中というものはもっと汚いものなんだ。それを教えてあげよう・・・。)
少女はぬぬ子に駈け寄り、乱暴に肩をつかんで叫んだ。
「おい!」
ぬぬ子は驚いて、『彼女』の方を振り向いた。その拍子に彼女の厚底メガネが地面に落ちた。
そして『彼女』は見た。ぬぬ子の驚いたその表情を。『彼女』とぬぬ子は見つめ合った。そして見た。そのくもりの無い無垢の瞳を。
「あああああああ」
少女はその場にへなへなとへたり込み、はらはらと涙を流して崩れ落ちた。
次の日、ホームルーム前
「ぬぬ子ちゃんが少し心配よね。」と千佳子は言った。
「あたしたちが、目光らせときゃ大丈夫だろ?双子たちはまだ?」春奈は聞いた。
「あの子達はいつもぎりぎりよ。」
そこへぬぬ子が教室に入ってきた。そばには例の『彼女』がニコニコした表情でそばにつきそっていた。ぬぬ子は少し戸惑った表情をしている。
「てめえ!ぬぬ子にちょっかいだしてきたのか?」
ガタッと椅子を後ろに倒して、春奈は立ち上がった。
「いやねえ、そんなことあるわけないじゃない!ねえ、ぬぬ子ちゃん!」
優しい穏やかな表情でその少女は答えた。
「こんなに世界が美しいなんて知らなかったわ・・・。ほら今日もこんなに天気がいい・・・。青い空のなんて清らかなのかしら・・・」
うっとりした表情で少女は喋りつづけている。
二人はすっかり、顔を青ざめてドン引きしてその様子を見ていた。
「だっ大丈夫か?こいつ?何か変な宗教にはまった表情してるぞ?」
そこへぼんやりしてそばに立っているぬぬ子の髪を男子が引っ張っていたずらし始めた。
「あううう」ぬぬ子は困った顔をして顔を赤らめた。
「あはは、やっぱこいつ面白れえ!アニメのキャラみたいな声だすんだもの!」
その瞬間、少女は鬼のような表情に変貌した。
ドコッ!!!
その男子は少女に突き飛ばされて吹っ飛んだ。そして男の子はべそをかきながら逃げ出した。
「てめえ!あたしのぬぬ子ちゃんに何しやがる!!」
「あうううう。あたしのために乱暴なことしないでえーー」
ぬぬ子は困った表情でオロオロしている。
「何があった?一体何をした?」春奈は訳がわからず立ちすくむだけであった。
「なにがなんだか・・・」
春奈と千佳子はその場から逃げ出したい衝動にかられていた。
「やった!!ぎりぎりセーフ!!」
「毎朝、毎朝!ちさのせいでこんな思いするんですからね!」
とギャアギャア騒ぎながら、千里と万理はゼイゼイ息を切らせて駆け込んだ。
「ん?どしたの?なんかあったの?」
のんきそうに千里が聞く。
「頭痛え・・・・」
双子の他にも頭痛の種が増えた事を春奈はその朝確信したのでした。
*斑目晴信の憂鬱 【投稿日 2006/07/08】
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管理人注:これは『荻ラヴ』発祥のげんしけんセカンドジェネレーション
『双子症候群』の設定を基にしたSSです。
○前兆
用務員室は平穏そのものであった。この空間だけは世界紛争とも世間の喧騒とも無縁である。彼は、この部屋の主の斑目は、かつて学生時代に友と共有した時間と空間を思い出した。
そしてその時代に似たこの時間と空間を彼は愛した。
この平穏がいつまでも続きますようにと天に祈った。といって彼は孤独では無かった。時折訪れる来訪者が彼を和ませてくれる。今日もいつもの客がここに来ていた。
「それは大変だったね、春奈ちゃん。」と斑目はいつものようにコーヒーを客人に差し出しながら言った。
「あ、ありがとう。ホント何が何だかさっぱり分かんない。斑目おじさんが言ってた事が本当みたいに思えてきちゃうよ。」と春奈はコーヒーのマグカップを受け取りながらぼやいた。
「でもその子はもう危険じゃないんでしょ?」
「まあねー。すっかり気性も穏やかになって、ぬぬ子に危害が及ばない限りは無害そのもの!つうかもう信者だよね。ぬぬ子に言われたら素直に大人しく離れて見守っているし。」
「斑目おじさん!このお菓子もらい!」と千里がお菓子に飛びついた。
「今日は珍しく、まりちゃんと一緒じゃないんだね。」
「うん。まりと千佳子とぬぬ子ちゃんはヤオイ系の同人誌の新発売だとか言って、いそいそと先に帰っていったよ。何が良いんだか、さっぱり。」と千里が言うと
「ホント、それは同意。よく分からん。」と春奈は頷いた。
「何、発売日?それは本当?しまった!」とスーが叫んだ。
「スー先生はまだ勤務中でしょう。それにここで油売っていていいんですか?本当だったら学習計画とか仕事がいっぱいあるんじゃないんですか?」
普通の中学の教師が多忙なのは他の先生の様子を見れば分かった。
だがスーはケロッとして言った。
「もう終わった。完璧。」
「え?まさかそんな!」斑目は信じがたい表情を浮かべたが、スーならありうると思った。スーだけは未だに底がしれない。
「じゃあたしたちそろそろ帰るね!」そう言って二人はたったか駆け足で用務員室を出てった。
その背中に斑目は声をかけて言った。
「おう、気をつけてな。」
子供たちが帰ってから斑目はスーに向かって、咳払いしながら聞いた。
「ゴッゴホゴホ、とっところで・・・アンは・・・いやアンジェラ・バートンさんはお元気ですか?」
「アン?もちろん元気だよ。子供と一緒に暮らしてるよ。」
「そっそう、結婚してたんだね。幸せそうで良かった。」
「結婚してないよ。」
「へ?」
「シングル・マザーだよ。双子たちより一つ上くらいの男の子と暮らしてる。」
「え?その頃って確か・・・。」
斑目は指を折って数え始めた。
(そんなはずはない。あの頃は・・・。)
「来日してるよ。」
「なっなんだって!」
斑目は『過去』が追いかけて、自分を捕まえる、そんな気がして目の前が暗くなる気がした。
○事件
次の日、いつものように自分の仕事を終わらしてから、放課後いつもの面々が来るのを斑目は待った。
ところがその日に限って誰も来なかった。まあ、こんな日もあるさと、斑目は勤務時間が終わったのを見計らって帰宅の準備に入った。その時、携帯の着信が入った。
誰だろう、『あいつら』からの飲みの誘いかなと、ディスプレイを見ると、万理からだった。
珍しいこともあるもんだと電話に出た。
「やあ、まりちゃん、今日はどうしたの?」
「・・・・・おじさん・・・。」
打ち沈んだ声の様子に、尋常じゃない何かが起きていると斑目はすぐに察した。
「どっどうした?」
「大変な事が起きたの!!スー先生の家に・・・詳しくは電話じゃ・・・。」
「わっ分かった!」
斑目は通勤用の自家用車で大急ぎでスーの家に向かった。スーの家は学校から提供された賃貸契約マンションで、学校のすぐ近くにあった。
斑目はマンションのエレベーターから急いで降りて、スーの部屋の扉を開けた。
そこには、十数年ぶりで見る女性の姿が見えた。アンジェラだった。
○発端
「・・・ア・・・ン・・・。」斑目はかすれた声を絞り出してやっとの事でそれだけ言えた。
「お久しぶり。」クスクスと笑いながらそう言った。
「何故君がここに・・・。」
「本当は大野の所に世話になってたんだけど、今回の件があったから。詳しくはこの人たちから聞いて。」
アンジェラの背後には、スーと万理、千佳子、そしてぬぬ子がいた。そしてそのわきには見知らぬ少年が立っていた。
碧眼金髪でスポーツマンタイプの、短く髪を刈り込んだ精悍な少年だった。
そして彼は斑目をキッと憎しみのこもった目で見ていた。
(まさか・・・)
だが、今は事情を聞く方が先だと思い、スーの方を向いた。
「いったい・・・。」
だがスーよりも万理の方が先に口を開いた。
「ちさと春奈が誘拐されちゃったの!!」
「ええ!!」
「そう・・・それでここに来てもらったの・・・。」とスーは言った。
「どういう・・・」
「昨日の夕方、二人は下校途中に営利誘拐されたの。正確には春奈が標的で、ちさは巻き込まれたんだけど。」
斑目は呆然としながら聞いた。
「最近、彼女のお母さんの事業、有名になってきたからね・・・。それで警察がすでに介入して報道規制体制に入ってるの。」
「俺も何とかしたいが、だが警察が動いている状況で俺たちに出来ることがあるのか?」
「もっともな意見です。まりちゃんがその答えを持ってます。」
とスーは万理の方を向いた。
「あたし微かだけど、ちさの声が聞こえるの!急に聞こえるようになったの! 誰も信じてくれないんだけど!」
万理は叫んだ。
「そっそんなことが・・・、いや双子の不思議な話はよく聞くし、信じるよ!」
「それがあなたを呼んだ理由です。この子のいう事を無条件で信じられる人。そして自由に行動できる人。警察に言っても捜査の混乱になるだけです。」
「俺に何が・・・。」斑目は困惑の表情で尋ねた。
「万理は被害者の身内で警察の保護下にあり、自由に動けません。学校を長期で休むための相談という方便で今日は来てもらったに過ぎません。」
とスーは普段の様子とは一変した口調で話しつづけた。
「そして犯人も関係者の身辺を監視している可能性もあります。すでに複数犯ということは判明してます。」
スーは大きく一息ついてから言った。
「あなたに二人を救ってもらいます。」
○再会
呆然としている斑目をそっちのけにスーは段取りをキビキビと進めた。
「ではまりちゃんは今日は帰ってもらいます。連絡はこの盗聴防止の特殊な携帯を渡して、ちさちゃんの状況を私たちに連絡します。その情報を元に私たちが監禁先を分析します。」
ここでスーに代わってアンジェラが口を開いた。
「つまりここが二人の救出本部となるわけね。そしてその分析を元に活動してもらうのがあなた。関係者に無関係で怪しまれず自由に行動できますから。」
ぬぬ子が叫んだ。
「わたしも手伝います!!」
「それは助かります。」アンジェラは微笑みながら言った。
「わっわたしも!!」と千佳子も叫んだがスーが制した。
「駄目です。あなたは関係者に近すぎる。監視されている危険があります。」
「どっどっちも駄目だよ!!中学生に危険な真似は!!」と斑目は叫んだ。
「あら?ヌヌコは戦力じゃなくて?そしてもう一人助っ人をあなたに付けます。」
アンジェラはそう言って少年の方を向いた。
「彼の名はアレクサンダー。アレックと呼んで下さい。彼は役に立ちます。」
斑目が少年の方を向くと、少年はプイッと顔を背けた。
万理は体を震わせて、大きな目に涙をいっぱいためて言った。
「ちさが・・・ちさがいなくなったら・・・わたし・・・わたし・・・」
斑目はかける言葉も見つからなかった。産まれた時からずっと一緒だったのだ。二人の絆は計り知れない。
「解散します。万理と千佳子、そしてぬぬ子ちゃんを送ります。アレックも付いて来て。」
スーと皆は部屋からぞろぞろ出て行った。そしてアレックは退出際に斑目に言った。
「認めない。」
部屋には斑目とアンジェラだけが取り残された。気まずい沈黙の後、斑目は重い口を開いた。
「久しぶり・・・。元気そうで・・・。」
「ええ、あなたも。」とアンジェラはにっこりと笑って答えた。
「君は変わらない。綺麗なままだね。」
「あら?お世辞が言えるようになったのね?でもスーとは違うわ。それ相応に年を取ったわ。」
「そんなことは無い。」
斑目は目の前のアンジェラを見てそう答えた。実際、それなりに年月を感じさせてはいたが、むしろ年相応の艶やかさを身につけていた。
「ありがとう。でも、やっぱりスーとは違うわ。彼女は『特別』だから。『メトセラ』ですから。」
「えっ?」
「あなたは知らなくて良いの。」
「・・・すまなかった。あの子はまさか・・・。」斑目は恐る恐る尋ねた。
「そうよ、あなたの息子よ。気にしなくていいの。あなたが逃げたのは仕様が無い事。わたしが自分の意志で決めた事。」
「・・・やっぱり彼をなおさら危険な事に巻き込んでは・・・」
「彼は大丈夫。ヌヌコの事は聞いてる。彼女は必要だわ。そして彼女を守るには正直あなたは頼りないし。」クスクスと笑いながら言った。
「そっそうだよな。」斑目は顔を赤らめて答えた。
「そうじゃないのよ。あなたは自分が考えている以上に人に必要にされているのよ。あなたはあなたにしかない力がある。」
「おっ俺にも特殊な力が?」
アンジェラは首を振って答えた。
「いいえ、あなたはいたって普通。凡庸。いずれその意味がわかります。そして、ヌヌコ・・・。彼女こそわたしの研究の結晶みたいなものだわ!!」
「一体、彼女の力って・・・?」
○秘密
アンジェラは碧の目でジッと斑目を見つめながら、顔を斑目に近づけながら喋り続けた。
「美に基準は無いわ。主観の中にこそ美が隠されていて、それに気付いた時に美が現れるのを一番知っているのは日本人よ。」
アンジェラは斑目の首筋に顔を近づけ、吐息をフーとふきかけながら、斑目の耳たぶを軽く噛んだ。
「綺麗な首筋・・・。あなたはわたしが会った男の中で一番セクシーだわ・・・。」
斑目は体を強張らせながらも、抗う事ができなかった。かつてもこのように自分の意志の弱さに屈したのだった・・・。
「それを知っているのはわたしだけ・・・。わたしのものだわ・・・。でも客観的な美もまた存在するわ。でもそれは統一された文化や共有された価値観の下でしか存在しない。」
アンジェラは、流し目で斑目の横顔を見つめながら、斑目の耳元でささやき続ける。
「でもわたしたちは共にアダムとイブの裔なのよ。これは喩えだけどね。人種や文化が異なっても人間であることは一緒なの。」
「そっそれが・・・どういう・・・」
アンジェラの柔らかい白い手は斑目のシャツの隙間に入り込んでいる。
「ヌヌコの表情の中には人間のゲシュタルト知覚に調和を与える抽象化された記号が隠されているのよ。」
「わっわからない」
「つまり、人間は長い歴史の中で絵や人形に見えるような、抽象化の作業を繰り返してきた。この抽象化の能力がゲシュタルト知覚。ヒナの刷り込みの研究で有名なローレンツ博士はこれが直感、霊感、神の啓示に関係すると言ってる。」
すでにアンジェラは斑目を押し倒して、上にまたがっている。そして斑目のシャツのボタンを一つ一つゆっくりと外しながら、微笑んで斑目を見下ろした。
「ヌヌコはそれに調和を与えるの。そして心の不調和な人ほど強制的に心の働きを修正するの。『わたしたち』はそれを日本のサークルで実験してきた。」
「え?」
「なんでもないわ。要はヌヌコは危険な人間を無力化するの。それを抗える者はいない。そしてわたしは肉食動物であなたは草食動物。あなたは抗えないのよ。」
斑目は近づくアンジェラの碧眼に釘付けになった。かつてもそうだったように・・・。
その時、マンションの玄関の方から声がした。
「アン、今帰ったわよ。作戦は明日からね。」
部屋に入ってきたスーはアンジェラが額に血管を浮き上がらせて怒って、逆に斑目がほっとした表情でいるのを不思議そうな目で見た。
「スー、あなたやっぱり気がきかないわ。」
○作戦
翌朝、日が昇らない時間から斑目はスーのマンションに車を回した。卒業してからしばらく車は必要としなかった。だが、新興住宅地の郊外に位置する今の仕事場になって不便を感じるようになり、中古の安い車だが購入したのだった。
こんな形で活躍することになるとは思ってもいなかったが・・・。
「・・・それで、どうするんだ?」斑目はスーに尋ねた。
「すでに前の晩に万理が千里から監禁先の情報は聞いています。幸い監視役の一人が女性で彼女たちに同情的で当面危険は無いようです。」
「そっそれは良かった。」斑目はほっとした。
「でも急がなければなりません。相手はプロ集団ではなく素人の可能性も大きいです。凶悪さで同じでも予測不能の危険が高まります。長引けば長引くほど危険です。」
スーは淡々と、だが無駄の無い段取りで事を進めた。斑目の車にノートパソコンを積み、万理と同じ携帯を斑目たちに持たせた。
「これで連絡を取り合います。ちさが伝えた情報によると、郊外のプレハブらしい建物に監禁されているらしいのです。トイレの小窓から見た景色と時間帯、太陽の方向から場所を測定します。」
「うん」
「衛星からの映像や分析では不十分です。あなたたちが現場でこちらに細かい情報を伝えてください。警察の情報もハッキングしてます。」
「そっそんなこともできるのかよ!」
斑目は今更ながらスーの底のしれなさを恐ろしく感じた。
「ただし深入りはしてはいけません。日本の警察は優秀ですから、人海戦術で捜査を進めているはずですから、逐一こちらの情報も提供して動いてもらいます。」
「分かった・・・。」
斑目は自分の無力さに脱力感を少し感じた。だが、そんな感情はすぐに打ち消した。大事なのは二人の安全と生命ではないか。自尊心や自負などつまらないものだ。
斑目とアレックとぬぬ子は斑目の車で指示された候補地を廻った。後部座席でアレックはノートパソコンから送られてくる画像や情報をチェックしている。
ぬぬ子もその傍にちょこんと座って、コンパスを片手に一生懸命周囲の景色をアレックに説明している。そして時折画像をパソコンに取り込んで、『本部』に送信していた。
斑目はバックミラーから後部座席の様子をうかがっていた。アレックは一度も斑目の顔を見ず、話しかけもしない。
「なっなあ、ア、アレック・・・君・・・。」
「・・・・・」アレックは黙りこくっている。
「『メトセラ』って何かな?」
「・・・都市伝説ですよ。」重い口を開いてアレックは呟いた。
「『ガースは都市伝説』?」
「何ですか?それ。」
「・・・あ、すみません。」(外した・・・)と斑目は冷や汗を流しながら答えた。
(俺、何を卑屈になってんだ・・・)気まずい空気から無理に話題を作ろうとして、逆に失敗してしまった事を後悔した。
「・・・昔の有名なSF小説家が書いた『長命族』の呼称ですよ。元々は旧約聖書で人類で一番長生きした人の名前らしいんですけど。」
アレックは無表情に話しつづける。
「それがいつしか本当に実在するってアメリカで少しの期間だけ流行したんです。」
「へえ、そうなんだ。」
「一般人に紛れて生活していて、各界の有力者になってるという噂ですけど・・・。もっともスーおば・・・いけねえ、スー姉さん見てると実在を信じちゃいますけどね。」
「ははっ、まったくだ・・・。」
少し馴染んでくれたのかと斑目は思ったが、アレックは気安く会話し過ぎたと思ったらしく、またむっつりと必要な事以外は黙りこくってしまった。傍ではぬぬ子が心配そうにその様子を見ている。
「ここが、推定地域の一つ。車から降りて周囲の景色の情報を送ろう。」
斑目はそう言い、車を有料駐車場に駐車させた。三人の団体行動に不審な様子は無かった。むしろこういう組み合わせに斑目は少し納得した。
斑目一人だけでは出来る事では無い。ぬぬ子と二人だけでも親子に見られるだろうが、撮影機材や携帯を使ってる様子は奇異に映る。アレックは外国人でしかも少年だから、余計一人では不審で目立つ。
三人でいれば、傍目には留学生の少年を連れて、課外学習活動しているようにも見える。
「喉が渇いたろう。飲み物を買ってこよう。」と斑目は自動販売機に向かった。
二人きりになった時、ぬぬ子はアレックに話し掛けた。
「・・・お父さんが嫌いなんですか?」
「・・・父などでは無い。」アレックはにべも無く答えた。
「うわ、すげえ!今時あんな牛乳ビンの底みたいなメガネしてる奴いねえぞ!」
突然、ぬぬ子の方に指を指して嘲笑する少年たちがそばに近寄ってきた。
アレックは声の方向に目を向け、その声の主たちを睨んだ。大柄な外国人の少年に睨みつけられ、その少年たちはひるんで立ち去った。
ぬぬ子はばつ悪そうに下をうつむいてその嘲笑に耐えていた。
「すみません・・・。」
「何故謝る?悪いのはあいつらではないか?何故怒らない?憎まない?」
「・・・・」
ぬぬ子はそれには答えず、下を向いて手を組んでいた。
「?何をしている?」
「・・・お祈りしてます。二人が無事でありますようにと・・・。」
「お祈り?愚かな行為だ。祈って世界が変わるとでも?悪が無くなるとでも?」
ぬぬ子は首を激しく振って答えた。
「ううん、世界が善意ばかりでないことは分かってます。でも・・・うまく言えないけど・・・馬鹿だから・・・わたし・・・こういう事しか出来なくて・・・。」
そう言うぬぬ子の牛乳ビンの底のようなメガネの下から涙がこぼれるのを見て、アレックは激しく動揺した。
「すみません。」そい言ってぬぬ子は駆け去った。
「お?おお?ぬぬ子ちゃん泣いてなかった?アレック・・・君、何かあったのかい?」
そこへ斑目がドリンクを持って帰ってきた。
「・・・何でもありません。あの・・・ヌヌコの本名は・・・。」
「え?服部双子と言うんだよ。」
「ハットリソウコ・・・。」
「・・・ぬぬ子ちゃんの素顔見た?」
「なっ何を言ってるんです!見てません。素顔が何だというんです?ほっ他の人がなんと言おうが、自分が認めたものは自分自身!そうじゃありませんか!」
しどろもどろ顔を真っ赤にしながら、アレックは訳の分からない事を喋っていた。
「・・・・・・・」
(やっぱり、俺の息子だ・・・。)
○発見
しばらくすると、ぬぬ子がばつの悪い顔をしながら、落ち着きを取り戻して戻ってきた。
アレックも何事も無かったように振舞う。三人は早速、探索を再開した。
「たぶんここだ・・・。」
斑目は郊外の廃屋となったプレハブを指差して答えた。
「ちさちゃんがまりちゃんに伝えた情報と一致する。確定するのは早いが。放置されているが、居住可能な状態になってるようだ。」
そう言って、斑目はデーターを『本部』に送信して、携帯で指示を仰いだ。
「おそらくそうでしょう。犯人は警察を撹乱するために、複数で警察をあっちこっち引っぱりまわしてます。ちさちゃんからまりちゃんの情報によると今、プレハブには世話役の女性と監視役の男が一人らしいですね。」
スーは冷静に状況を把握していた。
「二人は?無事なのか?」
「ええ、大丈夫です。ただ二人は疲労が著しいです。犯人の二人もストレスが溜まってるようです。警察に情報をリークして救出してもらいましょう。」
「わっ分かった。二人が無事で良かった!!」斑目とぬぬ子は安堵の表情を浮かべた。
「何を馬鹿な事を!救出されるまで無事とは言い切れない!犯人が二人しかいない今がチャンスだ!しかも危険なのは男一人で女には戦意が無い!」
アレックの言葉に斑目とぬぬ子は驚いた。それ以上に平静を失ったのはその言葉を携帯で聞いたアンジェラだった。
「アレック!馬鹿な事を言ってはいけません!不測の事態に備えて、安全策をとるのです!」
「違う!警察が包囲するのを待つ方が危険なんだ!ここは周囲の見晴らしがいい。大動員してきたら、犯人が気付く。強行突入は不可能になる。時間がかかれば人質に危険が増す!」
「マダラメ!!アレックを止めてください!」アンジェラは半狂乱になって叫んだ。
「アレック君!俺たちだけでは無理だ!」斑目はアレックを諌めた。
「そんな事は無い!俺はあなたとは違う!逃げ出したあなたとは・・・。その為に格闘技だって覚えた・・・。強くなるために・・・。」
アレックは飛び出した。
「アレック!アレック!」
叫びながら斑目とぬぬ子は追いかけた。
○救出
プレハブの二階へ上がる階段を駆け上がると、アレックはプレハブのドアを蹴破った。簡易プレハブの扉なので容易に破壊できた。犯人の位置や部屋の作りは『本部』からの情報とプレハブの構造から瞬時に推測した。
部屋に突入すると居間に男と女がテーブルに座っていた。激しい音に動揺して、音の方向を二人は見ていた。女は悲鳴を上げ、男は慌てて拳銃を手にした。だが構える暇も与えず、アレックは拳銃を叩き落した。
叩き落すと同じ動作で、瞬時に手刀を男の首に叩きつけた。腕をねじりあげ、足払いをして男を制圧した。地面に叩きつけた時に男は頭を打って気絶した。
体の小さいアレックが大人を倒すのに手加減している余裕は無かった。これで終わったとアレックが思った瞬間、後頭部に鈍痛が走った。アレックの目の前が暗くなった。
遅れて斑目とぬぬ子がプレハブの二階に上がる階段から、ぶち破られた部屋に入ると、最悪の状況がすぐに理解できた。
男が一人倒れている。その傍で後頭部から鈍器で殴られたアレックが血を流して倒れている。
その傍で、動転した女が銃を手にしている。
「もう・・・終わりだわ・・・あの子たちにお金を送れない・・・。」
女は泣きながらヒステリックにわめき散らしている。
「まっまあまあ、落ち着いて!ここは日本人的馴れ合いで!」
「おじちゃん!その人外国人だよ!」
隣の部屋に軟禁されていた千里が部屋から出てきて叫んだ。
「あっ危ないから部屋に隠れていなさい!」と斑目は叫んだ。
「千里ちゃん・・・春奈ちゃん・・・ごめんなさいね・・・わたしは捕まるわけにはいかないの・・・あの子たちのために・・・。」
泣き喚いてすっかり錯乱した女の手にする銃はしっかり斑目の方向を向いていた。
アレックは状況の判断を誤った。危険なのは男の方では無く、女の方だった。斑目の傍でぬぬ子が震えながら斑目にしがみついている。
(そういう事か・・・)
斑目は運命のピースがしっかりはまってパズルが完成するのが見えた。
「ぬぬ子ちゃん、ちょっとごめんね。」
斑目はぬぬ子のメガネをひょいっと外した。
○解決
「そんじゃ、失礼します!」
そう言って斑目は千里、春奈、アレック、ぬぬ子を連れて部屋を出た。アレックを三人の女の子たちが支えながら歩いている。
「ぬぬ子ちゃん、よくやった!」
そう言って斑目はポンとぬぬ子の頭をヨシヨシとなでた。ぬぬ子は牛乳ビンメガネごしに斑目の顔を見上げて、顔を真っ赤にした。
「ん?」斑目はにっこりしながらぬぬ子を見た。
「いっいえ、何でも!」
アレックはボロボロと涙をこぼしながら言った。
「俺は負けた・・・俺はあいつに負けたんだ・・・。」
ぬぬ子はアレックの手を取って言った。
「いいえ、誰も負けてはいません。全てが善くなったんです。」とにっこり笑った。
ハッとした表情でアレックはぬぬ子の顔を黙って見つめた。
そこへ警官隊が盾を持ちながらドヤドヤとプレハブの階段を駆け上がってきた。
「いやー、皆さんご苦労さまです!!」斑目は手を振った。
警官隊は一斉に斑目に襲い掛かって、斑目を取り押さえた。
無線機で警官が叫ぶ。
「子供たちは無事に保護しました!!犯人の拘束に成功!!繰り返します!子供たちは無事保護!」
「何!違う!俺は違うんだあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
(以下略)
○斑目晴信の憂鬱
「大変だったね。」とスーはいつも通り無表情で、用務員室備え付けのコーヒーを飲みながら言った。
「それで終わりか!あれから、子供たちの証言で解放されてからも、警察の事情聴取受けるわ、春奈ちゃんの親たちには子供を危険な目にあわせてと泣かれるし・・・。」
「まあまあ、こっちも手を回しておいたけど、詳しい事は言わなかったんでしょ?」
「まあね。警官たち不思議がってたな。一人は気絶して倒れてて、もう一人は泣き崩れて無抵抗なんだから。もっとも少年が大の大人を倒し、少女が精神攻撃で無力化しましたって言っても信じないだろうから。」
「それでいいんです。」
(それに最後に春奈ちゃんの母親の『あの人』は「でもありがとう・・・」って言ってくれたしな・・・)
斑目は一人満足げにニヤニヤした。
「双子たちは?」斑目が聞くと、スーは用務員室のテーブルを指差した。
「ねー、これは何?」
「うーん三角!」
「馬鹿違うでしょ!四角じゃない!」
「馬鹿とは何よ!馬鹿とは!」
「あーやっぱり〈ちさ〉〈まり〉とは趣味あわね!!」
「すっかり能力は消えちゃったわけね・・・。」
苦笑しながら斑目は呟いた。
その様子を遠くでぬぬ子と春奈が見ている。
「斑目さん・・・かっこいいですよね・・・。」
「はあ?あのくたびれたおっさんが?ぬぬ子ちゃんまた視力落ちた?」
「ひどいですね!」
「それよりアレック!彼かっこいいよね!」
(斑目さんとの関係は秘密なのよね・・・)とぬぬ子は思いながら
「そうですか?あんまりわたしは・・・。」と言った。
「そう?じゃあ、わたしが狙ってみるかな!」
斑目は遠くでその会話を聞こえないふりをしながら、うっすらと冷や汗を流した。そして窓に目を移した。
窓からはうららかな陽だまりが差し込んでいる。遠くでは小鳥がさえずっている。子供たちの笑い声も聞こえてくる。そよ風も吹いている。彼は、斑目晴信はこの時間と空間を愛した。
大変な事件が起きたが、そんな事は人生にそう何度も起きるもんじゃない。欲張らなければ人生は満ち足りて楽しい。俺はそれでいい・・・と斑目は思った。
斑目は離日前のアンジェラとの会話を思い出した。
「ありがとう。」
「いや、俺は何も・・・。」
「いいえ、アレックは過信して判断を誤りました。前に言いましたね。あなたにしか無い力があると。」
「うん・・・。」
「それがあなたの力です。あなたは臆病です。平凡極まりなく、だからこそ常に正しい選択を選ぼうとします。あなたがアレックを救いました。」
そう言ってアンジェラは斑目を抱しめた。
「また会いましょう。アレックも変わりました。あなたとの事の他にも何かあったのでしょうか?熱心に日本の事を勉強してます。」
回想から再びこの穏やかな時間と空間に戻った。この平穏がいつまでも続きますようにと天に祈った。世界は美しく平和そのものだ。もうこの平穏がやぶられることは無い・・・
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その時、千佳子が困った表情で用務員室に入ってきた。
「やあ、千佳子ちゃんどうしたの?」
「それが・・・最近わたしに不思議な事が・・・こんな事誰にも信じてもらえなくて・・・斑目おじさんなら相談にのってくれるかなと思って・・・。」
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・・はずだ・・・。