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ヨモギ」(2006/05/05 (金) 02:53:27) の最新版変更点

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*普通の日 【投稿日 2006/04/10】 **[[カテゴリー-笹荻>http://www7.atwiki.jp/genshikenss/pages/47.html]] それは何でもない普通の日。 強いて言えば、とても天気の良かった日のこと。 荻上はいつも真っ直ぐ前を見て歩く。 ちょっとだけ不機嫌そうに。 別に機嫌が悪いわけではない。地顔なのだ。 実は本人も結構気にしていて、いくらかでも変えようと、毎日鏡の前で百面相しているのは秘密だ。 その度にため息をついて、自分が「かわいく」ないことに落ち込んでしまうのも秘密だ。 ついでに鏡に向かっているときに、うっかり「完士さん♪」などと囁いてしまい、照れくささと恥ずかしさで一人で大暴れした事は、荻上にとって最大級の秘密だ。 それらは誰にも知られてはならないのだ。絶対に。 特に笹原に知られたら…間違いなく飛び降りようとするだろう。 閑話休題。 荻上はふと足を止め周りを見渡した。 どこからか漂ってくる、かすかな花の香り。 名前も知らない人の家の、小さな庭の片隅の潅木に咲いた小さな花々。 その花の名前を、荻上は知らない。 でもバラのように派手でもなく、ランのように官能的でなく、桜のように圧倒的でないその花を、荻上は好ましく思った。 少しだけうれしくなる。 再び歩き出す。 その顔はわずかに笑っていた。 それはとてもかわいらしく。 その日笹原は、大野から借りた本を返すため、部室を訪れた。 しかしそこには誰の姿もなく、仕方無しに返すはずの本で復習を始めた。 不意に扉が開いて荻上が入ってきた。 「やあ、荻上さん」 荻上の返事はない。彼女は部室を見渡し、向かいの児文研の部室を覗き、窓に背中を向ける。 それから軽く咳払いすると、満面の笑みを浮かべて言った。 「こんにちは、笹原さん」 この笑顔を見るたびに、笹原は照れてしまう。 「そこまで警戒しなくても…それに、荻上さんはかわいいんだから、もっと自信を持って笑えばいいと思うよ?」 照れ隠しに笑いながら、笹原は提案する。そう言いながら、その笑顔を独占したい自分に気付いて苦笑する。 「どっちもいやです」 荻上は不機嫌な顔で答えると、笹原の隣に座った。 「ところで、何を読んでいる…」 荻上はさっきまで笹原が読んでいた本を手にとって、絶句した。 机の上に置かれた紙袋の中身を確認する。 間違いない。荻上は確信する。なぜなら、その内のいくつかは、彼女も持っているから。 「笹原さん…?」 固く暗い声で荻上は笹原に詰め寄った。 「え~と…」 笹原はあらぬ方向を見ながら頬を掻いている。 「どうして笹原さんが801本を読んでるんですか!?嫌がらせですか!?…まさか、本当に801に目覚めた、なんて言う…んじゃ……目覚めて…」 (『ふふ、どうしたの斑目さん?こんなに体を硬くして…』『だって、荻上が見てる…』『そう?見られて興奮してるんじゃないの?ほら、ここもこんなに硬い』『ち、違う!ああっ!』) (『完士さま、私もどうか…』『だめだ。お前はそこで黙って見ていろ』『ああ、そんな…』) (そして二人は私の見ている前で愛欲の限りをつくし…) 「…えさん!…ぎうえさん!聞こえてる?荻上さーん!!」 「ハヒッ!?」 荻上は我に返る。どうやら軽くワープしていたようだ 「大丈夫?まだ顔が赤いよ?」 「大丈夫です!それより、これはなんなんですか!?」 心配する笹原に、荻上はむきになって食って掛かった。 「笹原さんはこんなもの読まなくていいんです!こんな不潔でいやらしくて、作者の恥ずかしい妄想を固めたようなもの!」 「でも荻上さんも書いてるよね?」 笹原の一言で、今まで沸騰していた荻上がみるみるしぼんでいく。 「ああ、ごめん!それを責めてるわけじゃないんだ。ただ、いままで俺はこういう世界を知らなかったから、少しでも知りたいと思って…」 「何のためですか」 すねたような表情をして、荻上は笹原を見上げた。 そんな荻上を正面から真剣に見つめ、笹原は言った。 「荻上さんの力になりたいから」 荻上はトマトやりんごもかくや、というほどに真っ赤になる。 「俺は男だから、完全に理解できる自信はないけど、それでも何かの役に立てればいいな、と思ったんだ。」 「実際あの時以来、荻上さん、俺にそういう原稿を見せてくれないし…」 「俺はそういう趣味ごと、荻上さんが好きなんだ。だから、協力させてください」 しばしの沈黙の後、荻上はうつむいて、搾り出すように答えた。 「…アリガトウゴザイマス。コチラコソヨロシク…」 その答えに、笹原は満面の笑みを浮かべて荻上を抱きしめる。 荻上は何度か躊躇ったあと、笹原のシャツの背中をしっかりと握り締めた。 二人で荻上の家に向かう。 ふと笹原が足を止める。 「どうしました?」 「いや、なんかいい香りがするな、と思って」 荻上は黙って庭の片隅の潅木を指す。小さな花々が咲いている。 「ああ、それだったんだ。すごいね、荻上さん。すぐにわかるなんて」 「違います」 「何が?」 怪訝そうな顔をする笹原。 「秘密です」 荻上はそう言って笹原に笑いかけた。 そして彼の手を取ると、先になって歩き出した。 それは何でもない普通の日。 強いて言えば、とても天気の良かった日のこと。 そして初めて荻上から手を繋いだ日。
*ヨモギ 【投稿日 2006/05/04】 **[[カテゴリー-笹荻>http://www7.atwiki.jp/genshikenss/pages/47.html]] 仕事を始めてすぐの、春の休日のとこ。 笹原が家で午後になっても昼寝をしていると、呼び鈴が鳴った。 しかし起きない笹原。鍵が開く音がして、荻上が入ってきた。 「笹原さん、お疲れですね………。」 布団の中の笹原をみて呟く。 その時、笹原が薄く目を開けた。 「あ…ごめん、荻上さん。おはよう。」 「―――!すみません、起こしちゃいましたね。」 布団から起き上がって、笹原は伸びをした。 「いや~、寝すぎても疲れるからね。………ありがとう。」 まだ少し寝ぼけ気味の笹原は、はっと思い出した。 「そういえば、おやつ買ってきてあるから一服しよう。」 「じゃあ今、お茶淹れますね。」 台所に荻上が向かうと、草餅の4個入りパックが放置されていた。 勝手知ったる笹原宅。やがて笹原のデスクの隅に、熱い緑茶の 湯呑み2つと、草餅のパックが置かれていた。 「ふぅ…お茶ありがとう。草餅って、春の味だねぇ。」 「そうですね、子供の頃、母が手作りしてくれてましたよ。」 そう言いながら、草餅をぱくぱくと食べる荻上。 「それはもっと、田舎っぽいというか、ヨモギの味が強かったですけどねぇ。」 「やー、これスーパーの特売品だから…。」 お茶をすすりながら、笹原は苦笑いだ。 「そうだ、天気も良いし、ヨモギ取りに行きましょうか。」 「え?今から?…っていうかヨモギって生えてるところ有ったっけ?」 「大丈夫ですよ、雑草が生えてるような所なら。」 大きな河の河川敷にやってきた荻上と笹原。 犬の散歩をしている人や、家族連れでやってきて走り回る子供も居る。 「いい天気だねぇ。」 「黄砂で遠くが霞んでて、なんか幻想的ですね。」 そんな会話をしながら、土手を降りて草地を歩く二人。 「あの辺の、整地されてないあたりが良いですね。」 指差して、綺麗に草が刈られてない辺りへやってきた。 「これ、ヨモギです。裏が白いんですよ。」 「なるほどねぇ。匂いも特徴的だよね。」 「あと、大きいのは固いので、若いのだけ取るんですよ。」 草むらの横の土手の、草丈の低い所のあちこちに、濃い深緑のヨモギが見える。 「ちょっと季節が遅かったですかねぇ。」 「そうなの?まだ春まっさかりだけど。」 そう言う笹原の視線の先には、草丈の高い草むらの中の黄色い小さな花を 転々と巡るモンキチョウが舞っている。 「土筆が終わっちゃってますから、そう思ったんですよ。」 「あー、あれ、大変だけど嵩が減るらしいねぇ。」 「そうなんですけどね(苦笑)。」 二人並んで、コンビニ袋にヨモギを入れる。 「笹原さん、それ大きいですよ。」 「あー、ごめん。」 「でもまぁ、かき揚げにでもしましょうか。」 草むらの向こうの灌木のあたりからは、ウグイスの声が聞える。 「子供の頃に山菜取りしたぐらいで、俺はヨモギを取って食べた事は無いんだよね。」 「私も大きくなってからは全然でしたよ。懐かしい感じでした。」 そんな調子で小一時間、二人はヨモギを摘み終えた。 笹原が荻上の部屋に座っていると、台所の方から電話をする声が 聞えてくる。普段聞くことが無いほどの東北弁だ。 「餡から作るのは、無理だっぺやー。」 「え?や!ちげぇって!そんなんじゃないさァ!」 やがて荻上が部屋に戻ってきた。 「実家に電話するの久しぶりでしたけど、母に作り方聞きましたよ。」 「盛り上がってたね(笑)。」 「いえ、そんなの作るの珍しいって吃驚されて……。」 と、赤面する荻上だった。 その日の夜は、ヨモギ入りのかき揚げと、食後に草の香り高いヨモギ餅。 翌日は春日部さんのお店をデートがてら二人で訪ね、お婆ちゃんっ子だった 春日部さんに、ヨモギ餅の手土産は絶賛されたのだった。 「いい奥さんになれるよ、というよりいいお母さんになれるねっ!」 褒め言葉なのかどうか微妙な台詞を受けて、笑顔も微妙な荻上であった。

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