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*キモハラグロの城・1 【投稿日 2006/04/22】 **[[マダラメ三世]] ▼ 深夜の東京。有明のビッグサイト…。屋根からロープを吊るし、フロシキを背に抱えた男2人がスルスルと降りてくる…。 一人はやせていて、覇気のなさそうな顔に丸メガネが光っている。もう一人は後ろ髪を束ねていて、必死にロープにしがみついている。 けたたましいサイレンが鳴り響き、2人はピッタリの呼吸で足並みを揃えて全力疾走。瞬く間に逃走していった。 早朝の東京。レインボーブリッジ。東京湾港の方から昇る朝日がまぶしい。 骨董品と言っていいスバル360に2人の男が乗り、レインボーブリッジを渡っていた。助手席に座っている髪を束ねた男は、“戦利品”が詰まった風呂敷を広げた。 「……どれも発行部数の少ないレア品だぜ。作者にゃ悪いが大漁だ。そらマダラメ、同人誌のシャワーだ、ほれ!」 「ウワー、熱い熱い!」 ハンドルを握りながら笑う彼は、「お宝」と化している年代物やレア物の同人誌やイラスト原稿を狙う自称義賊・マダラメ三世である。今回は相棒のタナカとともに、ビッグサイトで行われていた展示会から、貴重な同人誌を多数拝借したばかりであった。 「熱い熱い!、ある意味イタイイタイ!」とはしゃいでいたマダラメだったが、目の前にこぼれた同人誌の1ページに目を留めて顔色を変え、車速を落としはじめた。 タ「どうしたマダラメ」 マ「棄てっちまおう…」 驚くタナカに、視線を前に向けたまま答えるマダラメ。 マ「ニセモノだよ。人気同人作家やプロの作風そっくりの本を出して売る。これはおそらく……ゴート本だよ」 タ「幻のニセ同人というアレか」 マ「年代物にまで出回って来たとはな。タナカ~、次の仕事は決まったぜ。前祝いに、いっちょパアっとやっか!」 スバル360のドアやサンルーフから、大量の同人誌や萌え絵の原稿がばらまかれ、レインボーブリッジから風に乗って空へ、そして海へと舞い上がって行く……。 【マダラメ三世 キモハラグロの城】 ♪…幸せを尋ねて 私は行きたい   「イバラの道」も「最後の砦」も1人で抱えて生きたい   キモオタのイタい心を 誰が抱いてあげるの   誰が妄想を叶えてくれる   悶々と萌え盛る 私のロリ愛   春日部さんには 知られたくない   部室で私を包んで…♪ ▼ はるばるヨーロッパまでやってきたマダラメとタナカ。スバル360は国境の検問を易々と抜け、中世の城郭都市の面影を残す門をくぐった。 マダラメがハンドルを握り、隣でタナカが縫い物をしている。彼にとってのパートナーであるオオノの変装やコスプレに使う衣装だ。 揺れる車内だが、タナカは器用に針に糸を通しながら、マダラメに問いかけた。 タ「キモハラグロ公国とは聞かない名だな」 マ「人口801万人の国連加盟国だ。だが、実はゴート本の根拠地と噂されているんだ……」 オタクの裏事情を話し始めると長いマダラメだが、今日は口数が少ない。 「ふー…」とため息をつくと、車窓から過ぎて行く風景に目を移す。 どこまでも広がる高原と明るい陽射し、雲の影がゆっくりと移動している景観美に気持ちが自然と和んでくる。 マ「平和だねぇ…」 マダラメが呟いた矢先、後方からけたたましい爆音を響かせて、2台の車が追い抜いて行った。 前を行く車には、白いドレスを着て、筆のような髪型をした少女が、追いかける後ろのトラックにはサングラスとコートの男達が乗り込んでいた。 タ「どっちに付く?」 マ「女ぁ!」 マダラメがハンドル下のレバーを引くと、スバルのバックハッチが跳ね上がり、露出した特製エンジンのファンが急回転する。 マダラメのスバルは、「掲載誌のよしみで」という訳の分からない理由で、日本の猫実工業大学自動車部に依頼した改造車である。 彼らの車は、猛スピードで前の2台を追った。 ▼ 3台の車は峠道を爆走する。 既に少女の車は崖の壁にぶつけられて半壊したまま走っていた。 スバル360が“追っ手”のトラックの後方に追い付いた時、タナカが愛銃44マグナムを手にして、ルーフから身を乗り出した。 タイヤを狙い撃ちする……しかし、タイヤにはダメージが与えられなかった。 タ「ただの車じゃねーぞ」 マ「ヤロー、まくるぞ!」 マダラメのスバルは、先にヘアピンカーブがあるにも関わらずスピードを落とさない。 減速したトラックをインから瞬時に抜くと、ガコッ!という音をたてて、カーブ内側の溝にタイヤを滑り込ませ、減速しないままヘアピンを曲がり切った。 ゴワァァッン! マ「見たか“溝落とし”! 伊達にイニD読んでるわけじゃねーぞ!」 助手席で揺られながら、タナカがマグナムの弾倉を装填し直す。 タ「今度のはひと味違うからな!」 スバル360がサングラス男の車の前に飛び出ると、タナカが正面から銃撃。鉄甲弾がフェンダーごとタイヤを破壊し、男達の車はクラッシュした。 タ「ヤッターッ!」 ▼ 少女が乗った車は崖の路側帯に止まった。 マダラメは近くに車を停めて、車を降り、「おーい、大丈夫か?」と声を掛けた。 しかし、マダラメはすぐに青ざめた。車を降りていた少女が、ガードレールをまたいで崖の淵に立っていたのだ。 「これ以上近付いたら…死にます!」 純白のウェディングドレスを身にまとった少女は、筆を思わせるような妙な髪形をしていたが、強い意志を感じさせる瞳でマダラメをキッと睨みすえている。 大汗をかきながら押しとどめようとするマダラメ。 「痛いだけだよ~。なんでそんなことするかな~」と尋ねると、少女は一言、「あてつけ」と答える。 「いやいやいや。おじさんたちは敵じゃないからさ~」と下手に出るマダラメ。 「敵じゃ…ない?」少女が少し警戒心を緩め、マダラメは彼女に触れることのできる場所まで近付くことができた。 マダラメの後ろに立っていたタナカが、半壊した少女の車の座席に目を移した。 「あ、同人誌が落ちてる。しかも801だぞマダラメ!」 自分の所持品を見られた少女は顔面を蒼白にし、目は大きく見開かれプルプル震え出した。 マダラメが「やべえタナカ黙れ!」と、相棒に叫んだとき、少女は崖っぷちからダイブした。 「!!!!ッ」 思わず少女に抱きつく様に飛び込んで一緒に落ちて行くマダラメ。 腰のベルトに隠しているワイヤーを投げ……た瞬間、マダラメは後頭部を岩場にクリティカルヒットした。 崖はそれほど高くはなかったようだ……。 ▼ 「……う、うん……」 少女は、マダラメがクッションになり、「暗黒流れ星」の要領で落ちたために無傷だった。 「……もし……」 頭から血をドクドク流して気絶しているマダラメを見て、(やべエ)と思った少女だったが、川の向こうから汽船に乗って新たな追っ手が近付いてくるのに気付き、その場から駆け出して行った。 立ち去る際、彼女はドレスの懐に隠していたメガネを、マダラメの足下に落としてしまった……。 「大丈夫かマダラメ~」と、タナカが半ば呆れながら崖の上から降りてきた。 マ「う~ん、俺のロリキャラは?」 タ「何言ってんだ……」 マダラメとタナカは、汽船に乗った男達が少女を連れ去って行くのをただ見守るしかなかった。 マ「ちくしょ~……ん?」 マダラメの足下には、度の強そうなレンズの分厚いメガネが落ちていた。銀ブチの高価そうなメガネだ。 タ「あの娘のメガネか?」 メガネを拾い上げたマダラメは、「……まてよどっかで……」と、ふと何かに気付いて真顔になった。 ▼ マダラメ達は、城下町から離れた廃墟にやってきた。 豪奢であったであろう屋敷が、石畳や壁を残して崩れ、朽ちている。タナカをそっちのけで、何かを確認するかのように廃墟を歩きまわるマダラメ。 屋敷跡の裏手は、庭があり、その先へ歩くと大きな湖に出る。 湖の中ほどに、巨大な城郭が見えた。 マダラメはそれを睨みながら、「あれがキモハラグロ伯爵の城だよ」とタナカに告げて、また屋敷跡の方へと歩き出した。 「おいマダラメ、こんな所になにがあるってんだよ」と問い掛けたタナカは、朽ちた屋敷のそばで、足下の石炭を踏んだ。 「火事か…」 「あんたたちはここで何をしてるんだ!?」 掃除用具を抱えた青年が、2人を呼び止めた。いかにも素朴な、取り柄のなさそうな顔をしている。 マ「いやあ、ここって大公殿下の屋敷じゃなかったっけか?」 青年「今でもそうだよ……火事で大公夫妻はお亡くなりになった。だけど、伯爵がいるから困らないそうだ……」 その青年は、悲しい表情を見せた後、「見たら早く帰ってくださいよ……」と言い放って去って行った。 ▼ キモハラグロ公国の城下町。 通りは観光客でごった返している。街の一角の宿屋兼パブで食事をするマダラメとタナカ。店内もお祭り騒ぎのように多くの客で賑わいを見せていた。 マダラメは川岸で拾った銀のメガネを飽かず眺めている。 「お客さん熱心ね~何を見てるの?」 マダラメが顔を上げると、髪を赤く染め、ちょっと化粧の濃いウェイトレスの女の子が立っていた。 彼らのテーブルにスパゲティをドンと置くと、マダラメの手元に顔を近付ける。マダラメは思わず赤くなる。 カウンターの方から、「ケーコちゃんこっちも頼むよ」と声が掛かるが、女の子は振り向きもせず、「ちょっと待ってよ!」と返事をした。 ケーコ「……これ、オギウエ様のメガネと同じよ」 マ「オギウ…エ?」 「そうよ、あの写真の方」と、ケーコが指した壁には、セピア色の肖像写真が掛けられていた。マダラメが手にしているのと同じメガネをかけている少女の姿。 ケ「大公様のお嬢様よ。火事の後、最近まで“衆道”院に入っていらしたの。きっと奇麗におなりよね~。お客さんたちも伯爵様とオギウエ様の結婚式を見にきたんじゃないの?」 マ「結婚式。そーかあ…それで客がいっぱいいると思った~」 マダラメが自分の後方に目を向ける。こちらをチラチラ覗いていた男が目をそらした。 ケ「でもオギウエ様かわいそう。伯爵って有名なキモオタなのよ!」 マダラメはおどけて、「あらそう、俺みたい~!」とまでは言うが、(今晩どお?)とは聞かないし聞けない。基本的にはヘタレである。 ケーコは、もう一度マダラメとメガネを見つめた後、踵を返してカウンターの方へと帰って行った。その顔色が険しいものになっていたことに、マダラメは気付かなかった。 タナカがスパゲティを平らげながら問いただす。 「お前、廃墟のことと言い……あの筆頭の娘のこと、知ってたな?」 「あれ~、言わなかったっけか?」 ▼ パブの上階の部屋に泊まったマダラメとタナカ。マダラメは手製のバーナーを使って何かを鋳造していた。部屋のベッドにはタナカが寝転がっている。 マ「パブのあの客、伯爵のスパイだな」 タ「メガネをねらってくるか……な?」 マダラメが手早く工作機器を片付ける。部屋の周囲に何者かの気配がするのだ。 部屋に飾ってあった戦斧を構え、ドアが開くのをまちかまえる2人。しかし来客はいきなり天窓を破って天井から落ちてきた。侵入者は黒尽くめで、鉄製の鋭い爪を備えている。 反射的に銃を発射するタナカ。しかし相手は生きていた。 弾丸は頭に命中したが、顔を覆うマスクの下に、鋼鉄製の兜が覗き、致命傷を与えていないことが分かった。 「こいつらマグナムが効かねえぞ!」 呆気にとられるうちに、ドアから大勢の黒尽くめの男達が入ってきた。 「うわあ~、コスプレさんのおなりだあ。…タナカ!」 マダラメは一声叫んで閃光弾を投げた。黒尽くめが怯んだ隙に、2人は窓から隣家の屋根に飛び移り、さらに駐車場に停めてあるスバル360へと飛び下りる。 しかし、すでにスバル360はエンジン部分が破壊されていた。 タ「やばいぞマダラメ。ここまで手を回してやがったとは…」 マ「普通ここで車に乗り込んでテーマ曲が流れる中、脱出じゃなかったか?あわわわ!」 もうすぐ追っ手が飛び込んでくることだろう。逆境に弱いマダラメは、想定外の出来事に動揺した。 その時、2人の姿をヘッドライトの光が照らし出した。 若い女の声で、「あんたたち、早く乗ってッ!」と指図され、マダラメとタナカは光の方へと駆け出した。 ▼ 飛び込むように乗り込んだワゴン車の後部座席で、ようやく一息ついたマダラメは、声の主がパブのウェイトレス(ケーコ)であることに気が付いた。 ケーコはマダラメに、「あんたの持ってたメガネ、アイツ本人がかけてたところを見た事あるんだ」と語りかけた。 マ「あ、あいつ?」 ケ「オギウエ様とか呼んでるけど、あれは一応大公のムスメだから。みんなオカシイよね~、あの髪型変だって言ってやればいいのに…」 一人でしゃべり出したケーコに、運転席の男が、「ケーコ!うるせー」と叱る。 ケーコはハッとして、「あ、そうそう、メガネのことをアニキに話したんだよ」と言う。 後部座席から前へと身を乗り出したマダラメは、運転席の男を見て、「あんたは確か…」と呟いた。そこにいたのは、大公の居城跡を守っていた使用人の青年だった。 ケーコは、「うちのアニキのササハラ・カンジだよ。ほらサル、何か言いなよ」と乱暴に紹介する。 ササハラは、「うるせー!こんな面倒なことは嫌なんだ。……だけど、オギウエさんを助けられるかもって言うから来たんだぞ」と怒る。 ササハラ青年は、運転席でまっすぐ前を向いたまま語りはじめた。 彼は、大公家の使用人として働きながら、オギウエの成長を見守ってきた。 マダラメが感じたという、強い意志を感じさせる瞳も、彼女の内面を隠すベールでしかないという。かたくなな言動の奥に、少し触れただけでも崩れそうな脆い心が包まれているのだと、ササハラは語る。 人の機微には鈍感なマダラメだが、ササハラの言葉に、(ただの使用人として、主筋の心配をしているわけじゃあなさそうだ…)と気付いた。 ケーコも無関心そうに窓の外を眺めているが、ドアガラスに映し出された瞳は、兄の心を案じるように不安げに虚空をさまよっていた。 マ「分かったよ、ササハラ…だっけ。オギウエさんを取り戻そう。俺もそうしようと思ってたんだ」 サ「でも…どうやって?」 マ「もう布石は打ってあるさ。ササハラ、大公さんの屋敷跡へ走ってくれ!」 ▼ 城下町を見下ろす様に、キモハラグロ伯爵の治める城がそびえ立っている。 城は天然の堀ともいうべき湖に四方を囲まれている。城と陸地を結ぶのは、城下町に連なる城門橋と、遠く湖の向こう、大公邸跡地まで連なるローマ時代の遺構の水道橋しかない。 天守にあたる塔とは別に、独立してそびえている北の塔。そこにオギウエは監禁されていた。いまオギウエは、薬を嗅がされて眠っている。 彼女の牢ともいうべき部屋から、ずっしりとした恰幅のいい男性が出てきた。 金ブチの丸メガネをかけ、その奥に細く光る目。彼こそ大公家亡き後、公国の実権を握っているキモハラグロ伯爵である。 伯爵が北の塔のロビーから、エレベータに乗る間、その入口で召し使いの女性が頭を下げて見送っていた。伯爵が去ると、召し使いは顔をあげる。 彼女は周囲の気配を気にしながら、ロビーを出た。カーテン裏から秘密の通路をくぐって移動する。 この城に召し使いとして採用されて数か月のうちに、彼女は中世以来のこの城の仕掛けや秘密路を暴いて、自分の移動に用いていた。 彼女の名はサキ。キモハラグロ伯爵を探りにきた女スパイである。 やがてサキは、伯爵のオフィスを覗くことのできる小部屋までやってきた。伯爵自身がこの部屋の存在を知っているのか、サキには分からない。 ▼ キモハラグロは、オフィスのデスクで熱心にマンガ原稿らしきものに見入っていたが、フンと鼻息を荒くして、その原稿を放り投げた。 伯爵「だめだめ~こんなの。吉○観音のキャラの柔らかい線が再現されていないぞ!」 執事が青ざめ、「しかし、工期が短い中ではこれが限界です」と答える。 伯爵「オギウエが描くようになれば、もっと楽になる。それまでは工期も遅らせてはならん!」 そこに、マダラメ達を襲った黒尽くめの暗殺者の一人が、音もなく現れた。 伯爵「ナカジーか……、失態だったようだね」 暗殺者がマスクを脱ぐと、それは美しくも冷たい表情の女性だった。 彼女は納得のいかない様子だったが、「申し訳ありません」と頭を下げた。 キモハラグロは、ナカジーの背中に張り付いた紙切れに気付いた。 紙を手にしたナカジーに、伯爵は、「読んでみろ」と促す。 「え~、キモイオタの伯爵殿、花嫁はいただきます。近日参上、マダラメ三世……」 覗き穴から部屋の様子を伺っていたサキは眉をひそめた。 (マダラメが……?) 伯爵は、動揺することなく細い目をさらに細めて笑った。 「良かったなナカジー、獲物が向こうからやってくるぞ」 ナカジーは険しい顔で、「伯爵様、婚礼が終わったら……」と意見する。 伯爵は(またその話か…)と呆れた表情で、「分かっている。私はオギウエが管理下にあって絵を描いてくれればそれでいいんだから。あとはお前の自由にすればいい」と答えた。 (何だか事情は複雑そうね…)サキは、自分の持ち場へと帰るべく、静かに小部屋から出て行った。 ▼ 翌朝、霧のけぶる農道を、ワラを積んだ馬車がゆっくりと移動している。荷台には、ワラの上に座った日本人の女性の姿があった。 馬車は、大公邸の跡地に止まる。 邸宅跡地の裏庭、伯爵の城に連なる古代ローマから遺された水道橋の入口がある。 タナカは、ここにキャンプを張っていた。そこに、馬車で移動してきた和服の女性が現れた。日本刀を手にしたオオノだ。 タナカの表情がパッと明るくなる。 「オオノさん早かったね」 「ええ、仕事ですか?」 タナカは足取りも軽やかに、キモハラグロの城を見渡すことのできる高台へと向かった。 水道橋の大公邸側の岸には、巨大な時計台がそびえている。時計は今は動いていないようだ。 時計塔のそばで城を監視していたササハラが「あ、タナカさんですよ」と、双眼鏡を覗き込んでいるマダラメに話しかけた。 タナカが、「オオノさんが着いたぞ」と伝えると、マダラメも「こっちもお着きだぞ」と、双眼鏡をタナカに渡す。 双眼鏡で城の橋を見たタナカは驚愕した。母国で見慣れたモノが城内に向かって走っていた。 タ「ありゃ日本のパトカーだ!」 マ「キタガワだよ」 城内に停車したパトカーと機動隊トラック。 中からぞろぞろと日本に警官たちが降りてきた。屈強な男達がブーツでドカドカと駆ける中、一人だけヒールで脚線の美しい足首が混ざっている。 タイトスカートにトレンチコート。インターポールのマダラメ専任捜査官、北川警部がメガネを光らせた。 マダラメは、北川警部らの車が城門をくぐった際、「さてと、役者が揃ったな」と呟いた。 ▼ 「インターポールはこんなことで人の朝食を騒がすのかね…」 キモハラグロ伯爵はスクランブルエッグを食べながらため息をつく。 ピク、と口元をひくつかせた北川警部は、「伯爵、マダラメをあなどってはいけません!」と反論する。 北「ところで伯爵。マダラメはなぜ花嫁をねらっているのでしょう?奴は二次元が専門のはずですが…」 伯爵「それを調べるのも君たちの仕事じゃないのかね?」 のらりくらりとしたキモハラグロに、北川は少々腹立たしくなり、「いやぶっちゃけ私はあのロリコン捕まえることができれば理由はどうでもいいんですがね!」といきり立った。 「それは オ ナ ニ ー だよ。捜査の裏付けによる立件の否定かい?」 伯爵の一言に思わず周囲が凍り付く。北川は真っ赤だ。 「あ……女性でしたね、失礼」と語る伯爵は、続けて、「しかし、こんな大勢で押し掛けておいて、マダラメが捕まらなかったら悲しいよぉ~。日本に帰るとき空港で荷物を出すのに行列するんだ、アレは悲しい!これがまた進まねえんだアハハ」と笑った。 伯爵は食事を終えると、チリチリンと呼び鈴を鳴らした。 「この国にも警察はあってね。もっとも優雅に衛士と呼んでいるがね…」 伯爵の部屋を後にした北川警部は、城の庭園へと足を運んだ。 背中に無線機を背負った機動隊員の一人、朽木巡査長が駆け寄る。 「警部、この庭、対人レーダーの反応がありますニョ。素人にしては警備が厳重すぎますヨ」 北川は、「…いけすかん城だな…」と呟いた。 長時間の乗車で足もムレている。痛みと痒さにいら立ちを感じ始めていた。 ▼ その夜、ローマ水道橋の入口前で、マダラメが黒いウェットスーツを身にまとい、小型酸素ボンベをチェックしていた。 水道橋の水路を潜って城に潜入しようというのだ。 そこにササハラとタナカが歩み寄ってきた。 「ササハラお前、その格好…」マダラメはササハラがウェットスーツを着ているのを見て驚いた。 タナカが、「実はオオノさんに事情を話したら、彼女が盛り上がっちゃって…。“ササハラさんにはオギウエさんを絶対幸せにしてもらいます!ササハラさんも城へ行きなさい!”とか言い出して…」と説明した。 ササハラにとっては、オオノに勧められなくても城へ行く覚悟はしていた。 大公家の使用人として、昔からそば近くでオギウエを見てきたのだ。今回の結婚が彼女にとって幸せなはずがないとは思っていた。 ササハラは、(俺に足りないのは覚悟だ)と、何度も心の中で繰り返し、「俺も連れて行ってください」とマダラメに直訴した。 マダラメは、「わかったよ」と苦笑いした。 やがて2人は水に腰まで浸かり、ローマ水道の入口へと歩み始めた。 (つづく)
*キモハラグロの城・2 【投稿日 2006/04/28】 **[[マダラメ三世]] ▼ 「何で帰還しなけりゃいけないんですか!」 キモハラグロ城内の質素な控室で、北川警部の怒号が響き渡る。 彼女はインターポール本部に電話を掛けて怒り狂っていた。本部通達の帰還命令が腑に落ちないのだ。 「ナニ?……伯爵が気に入らないから“チェンジ”だぁ?……私はホステスじゃないんですよ!」 後ろで機動隊員の朽木と木村が顔を見合わせる。 (こんなホステス、俺らもチェンジしたいよな……) ガッ!と、電話を叩き付けるように切った北川に、思わず直立状態になる朽木と木村。北川は、「伯爵に話をつけてやる!」と、一人で駆け出して行った。 ……だがその後、北川警部は行方が分からなくなり、機動隊員は城を出て撤退することとなる……。 ▼ オギウエの召使いとして潜入しているサキは、城内でスパイ活動を続けていた。 伯爵のオフィスへの抜け道を歩き、資料庫らしき場所で書類を物色していたが、彼女の背後に人影が忍び寄る……。 「動くな!」と、人影の手がサキの肩を掴もうとした。 ガスッ! 振り向きざまのサキのグーパンチは、見事に背後の男を捉えた。 そこには、吹き出る鼻血を抑え、メガネをかけ直しながら、「ごふっ…こ、こ~んばんは春日部さん」とあいさつするマダラメがいた。 よほど効いたのか、ヨロケそうな体はササハラに支えられていた。 「あっマダラメ? うわゴメン……って、もうこんな所まで来ちゃったの?」 手を合わせるサキに、マダラメは愛想笑いで返し、「春日部さんこそ、こんな所にいるなんてね。……こ、コーサカは元気?」とたずねる。 「私らの事よりも、花嫁の居所が知りたいんでしょ?」 マダラメは、(そんなことはないんだけどな…)と思いつつ、「あらら、知ってたの?」とおどけて見せた。 マダラメとササハラは、サキから北の塔への侵入路や、「オギウエルーム」からの脱出路を教えてもらい、塔へと向かった。 ササハラ「なんか、“原典”と話が違いませんか?」 マダラメ「そこは流せ。俺に城壁と屋根を登らせたいのか?」 ▼ 北の塔の部屋の中で、オギウエは明かりもつけずにうなだれていた。ただ一人で、(私にはこんな暗がりがお似合いなんだ)と思いを巡らせていた。 何度か抵抗し逃げようともしたが、それもかなわなかった。今の境遇は“好きになった人”を傷付けたことへの報いなのだと、自分を責め続けていた。 ふと、緩やかな風が頬に当たっている事に気付いた。誰かが部屋に入ってきている……? 「誰?」 「オタクです。こんばんは、花嫁さん」 暗がりの中からマダラメが現れ、「忘れ物ですよ」とオギウエに銀ブチのメガネを手渡した。驚くオギウエ。 「あ、ところで…さっきからちょいと気になってるんだけど」 マダラメは部屋の隅にある小さな机を指差す。トレス台に描きかけの漫画原稿が置いてあり、机の下の段ボールには製本された同人誌が……。 「今描いてるの、それ801っすか?」 「あ(やべ、見られた)」 製本された同人誌は、どうやらオギウエの作品らしい。 「あの、見ても……」 「ダメです!」と即座に拒否するオギウエは、「こッ、こんな所にまでわざわざメガネを返しに来たんですかッ!?」と話題を強引に切り変えた。 「あーあー、そうそう!……どうかこのオタクに盗まれてやってはくれませんか?」と、マダラメは本来の目的を伝える。 しかし、「はぁ…?」と生返事で無表情のオギウエ。 マダラメは、汗をしたたらせ、(あれ、あれれ? 俺なんか段取り間違えたか~?)と動揺した。 「あ~~~何ということだろう!」 焦ったマダラメは両手を大きく広げ、小芝居を打ちはじめた。 「その女の子は、悪いキモオタの力は信じるのに、いいオタクの力を信じようとはしなかった。その子が信じてくれたなら、オタクはサーバーを飛ばすことだって、ジョッキの青汁を飲み干すことだってできるのにぃ……」 「信じなくてもデキマス」 ピシャリと言われて立つ瀬がないマダラメだったが、おもむろに、「…う、うううう…!」と苦しみ出した。 最後の手段だ。 意味不明のオタクを冷徹につっぱねていたオギウエも、思わず心配そうに見守る。 マダラメはゆっくりと、オギウエの目の前に拳を突き出し、ポンッ と小さなピンクのバラを出してみせた。 彼女に手渡すと、そこからパラパラパラと赤い糸につながる万国旗を取り出して行く。だが、糸がやけに長い。マダラメはいつまでも糸と旗をくり出してオギウエから離れて行く。 「あ、あの…どこまで?」 オギウエが尋ねた時、マダラメは部屋の柱の一つまで後ずさっていた。柱の向こうから誰かの手が伸びて、マダラメはその手に糸を渡した。 月が再び雲間から現れ、月明かりが部屋の中を照らす。柱の陰に隠れていた男が照らし出される。 オギウエの瞳は大きく見開かれ、驚きの声をあげようとした口を両手で覆った。 そこには、苦笑するササハラの姿があった。 「…今はこれが精いっぱい…」と、マダラメ。 オギウエが立ち上がり、ササハラの元へ駆け出そうとした瞬間。部屋の明かりが灯され、窓にシャッターがおろされた。 ▼ 城下町でマダラメを襲った「影」の群れが現れ、オギウエを引き離し、ササハラとマダラメを取り囲んだ。部屋の中央で背中合わせに影に対峙する2人。 「ど、どうしますマダラメさん……」 「………」 「いや~、わざわざメガネを届けてくれて悪いねマダラメ~」と、笑みを浮かべて、影の間からキモハラグロが現れる。 「早速だが君には消えてもらおう」 「やめて!、その人を傷つけてはいけません!」オギウエが叫ぶ。 「大丈夫だよお嬢さん、オタクの力を信じなきゃ」とマダラメ。 「ササハラさんっ!」 (あ、そっちね……)と赤面するマダラメ。瞬間、足下の床が開き、マダラメとササハラは深い穴の中に落ちてしまった。 両手で顔を覆うオギウエ。影どもが退き、キモハラグロが近付いてくる。 「ツンのフリをして、もう男を引き込んだか。わが妻にふさわしい」 「ひとでなし! あなたは人間じゃないわ」 「そうとも。ま、僕は自分では手はくださないけどね。でも君もそうさ。自分の描いた801絵で許嫁を傷つけてしまったじゃないか。 それを知らんとは言わさんぞ。お前は重度の腐女子だ。その体には俺と同じキモいオタクの血が流れている。結婚したら好きなだけ同人誌を描かせてやるからな…」 耳を塞ぐオギウエ。伯爵がオギウエの手首を掴み、その手に握られたメガネを手元に引き寄せる。 「ごらん、我が家に伝わる金ブチのメガネと、この君の銀ブチのメガネが1つに重なるときこそ、秘められた財宝が蘇るのだ」 その時、銀のメガネから、落とし穴に落ちたはずのマダラメの声が聞こえてきた。 『あ、聞いちゃった聞いちゃった~お宝目当ての結婚式。ニセ同人作りの伯爵の、言うことやること全てウソ!』 直後、『僕にも言わせてくださいよ!』と、ササハラの声が割って入った。 『ゴホンッ……お、女の子はとっても優しい素敵な子……』ササハラの声だ。オギウエがメガネに、「ササハラさん! オタクさん!」と話しかける。 『はーい元気ですよー。女の子が信じてくれたからねー、空だって飛べるさぁ』 「くそっ…そのメガネか。よこせ!」 オギウエからメガネを奪い取ったキモハラグロ。メガネからは続けてマダラメの声が聞こえてくる。 『やい伯爵よく聞け。本物のメガネは俺が預かってる。その子に指1本触れてみろ、大事なメガネはぁこうだ!』 ポンッと、ニセのメガネが景気よくはじけた。 ▼ 頭上には吊るされた死体が、足下に骸骨が散乱している地下。その一角で、マダラメとササハラが座り込んでいた。 本物の銀ブチメガネをもっているからには、追っ手がくるだろう。マダラメは、その時が脱出のチャンスだと考えていた。 誰も居ないはずの空洞の向こうから誰かが近付いてくる。 警戒したマダラメだったが、それは伯爵に抗議しに行って、まんまと落とされていた北川警部だった。 彼女は視界にマダラメが映ると、ササハラには目もくれずに駆け寄ってきた。 「マダラメ~! 出口はどこ? 何処から入ってきたのアンタ!?」 「ごめん北川さん、俺らもさ、落っことされてきたんだ」 がっくりとうなだれ、その場に座り込む北川。 「その様子じゃだいぶ歩き回ったんだな。足の方は大丈……」 「うるさい!」と、マダラメの言葉をかき消した北川は、足を悩ますアレの話題をごまかすように話を切り出した。 「…そ、それにしてもどうなってるのここ?」 「北川さん、そこの壁、ちょっくら見てみな…」 北川は骸骨をおそるおそる足でどけてから、壁に掘られた文字を凝視した。 『帝國陸軍漫画研究調査部 高柳少佐ここに眠る』 「うわ~、ナンマンダブナンマンダブ~」 思わず手を合わせる北川。 「ただの城じゃぁないと思っていたけど、これほどまでにして守る秘密とは…。あなたの狙いもそれなの?」 「それをやってんのは春日部さん。ホトケさんになんなきゃいいけどね……。まあ、ジタバタしても始まらないさ。ひと休みひと休み…」 ▼ しばらくして、地下室の水路を、メガネを取り戻しに「影」が泳いできた。 影が地下室の一角で眠っているマダラメとササハラを見つけて近づいてきた時、物陰から北川警部が飛び出してきた。 「ゴラァ!このキモオタの手下がァ!」 ビビる影を3人がかりで叩きのめし、逃げる相手を追ったマダラメが、水路の出口を見つけた。 マダラメと北川、ササハラは地下室を脱出し、棺桶が並ぶ部屋の隠し扉から出てきた。 そこで彼らは、まるで印刷所のような部屋を見つけた。 人の気配がないことを確認して、3人は部屋を探索する。そこには大量の同人誌が製本され、梱包されていた。驚く北川警部とササハラ。 マダラメは梱包を破って、各年代の同人誌を見つけては2人に向かって投げ入れた。 「CCさくら…、キャポ翼…、ラム…、うおー、メルモちゃんまであるぜ!」 同人誌を山のように抱え、わなわな震える北川は、「…これがこの城の秘密なの?」と叫ぶ。 マダラメが答えた。 「そうさ。かつて本物以上と称えられたゴート本の心臓部がここだ。動乱の影に必ずうごめいていた謎の萌え絵。 ヨーロッパに日本の春画のニセモノを広め、某凶悪犯がオタクであるとの過熱報道の誤解を生み、“キャポテン翼”の画風をコピーして801同人ブームの引き金にもなった。 オタ史の裏舞台、同人界のブラックホール……ゴート本。その震源地を探ろうとしたものは、一人として帰ってはこなかった」 「うーむ…、噂には聞いていたが、まさか独立国家が営んでいたとは…」 「北川さんどうする? 見ちまった以上後戻りはできねえぜ」 「わかってるわ。こういうクズのために貴重な紙資源が浪費されるのか、私には許せない!」 目を血走らせる北川警部。 マダラメがニヤリと笑い、「じゃあ、ここから逃げ出すまで、一時休戦にすっか?」と提案した。 「いいでしょう。でも脱出した後には必ずアンタを逮捕するからな!」 「上等だ。ほんじゃまぁー、握手と」 北川警部は思わず握手をしてしまう。 ハッとして思わず手を引っ込め、「フ、フンだ! 馴れ合いはしないんだからね!」とソッポを向いた。 その姿を見たササハラが苦笑いする。 「……北川警部、ツンデレの要素アリじゃないスか?」 北川「!!」 ▼ 北の塔の部屋。トレス台にひじをかけ、窓の外をボンヤリと見て佇むオギウエがいた。 (地下室があるって聞いたけど、ササハラさん、あのオタクさんと2人っきりで地下にいるのね……寂しさを紛らわすためにお互いの……キヤーーーッ!) 思わず「笹×斑」でワープをして、ハッと我に帰る。 (いかんいかん! ほだなこったから……でも……) おもむろに鉛筆を握り、シャッシャとノートにササハラの顔を描き始める。 ササハラは、彼女が大公家に居た時から、とても優しく、フランクに接してくれる使用人だった。そう…許嫁だった他国の貴族の息子マキタが、彼女の「絵」のせいで行方をくらませて以来、ササハラはオギウエの心の傷をやわらげてくれる存在だった。 ま、それでも妄想のネタであることに変わりはないが。 強気攻めのササハラの似顔絵を描き終わった。 「うっわー、無理あるー……じゃ次は流され受けの……」 そこでふと、人の気配を感じたオギウエ。 すぐ隣に、ニヤついた表情で見下ろすサキが居たのに気付き、顔面が蒼白になった。 「なーんにも見てないよ、私」ニヤニヤしたまま、聞かれてもないことを否定するサキ。しかし、コホンと咳をしてから、「ごめんねオギウエさん。潮時が来たんでお別れを言いにきたの」と告げた。 「は?」 「本当はワタシ、この城の秘密を探りにきた女スパイなの。もうチョットいるつもりだったけど、マダラメが来たでしょ。メチャクチャになっちゃうからもう帰るの」 「あのオタクの人を知ってるの?」 「うんざりするほどね。時には味方、時には敵……。コスプレを見られた時もあったかな……」 サキのような綺麗な女性の口から「コスプレ」という単語を聞き、驚くオギウエ。 「コスプレしたの?」 「まさか。させられたの!」 サキは超不機嫌そうに答えた。どうやら彼女にとってコスプレはトラウマらしい。 「マダラメ一味は根っからのオタクよ。まあアンタも中身は変わらないかもしれないけど、気をつけてね」 「わっ、私はそんな…」 オギウエが反論しようとした時、場内にサイレンが鳴り響き、オギウエの部屋の落とし穴の隙間から煙が漏れはじめた。 「マダラメね、始まったわ!」 ▼ ニセ同人誌の山に火を放ったマダラメたちは、消火に来た衛士たちを押しのける様にして逃走した。抜け道を駆け上がると、なんと大仏像の裏に出てきた。 「仏堂だ。どういう趣味してんだあのハラグロ?」 3人はさらに、庭へと出て階段を駆け上がり、城のヘリポートに止まっているオートジャイロを奪取。マダラメ、ササハラ、北川の3人が無理矢理乗り込んで飛び立った。 オギウエが囚われている北の塔にたどり着くと、マダラメは操縦をササハラに任せてオートジャイロから飛び下りた。 塔の屋根に降り立ったマダラメは、天井の扉を明けて、サキとオギウエに声を掛けた。2人をロープで引き上げると、ササハラの慣れない操縦で右往左往するオートジャイロを誘導する……。 瞬間、マダラメは背後から銃撃を受けた。弾が背中から胸へと貫通する。同時に狙撃を受けて爆煙をあげるオートジャイロ。 前のめりに倒れ、屋根の上を滑り落ちるマダラメを、サキが体を投げ出して止めた。 「!」 血が屋根をつたって流れ落ちてくる。サキは、(やだ、冗談やめてよマダラメ!)と、思わず顔をしかめる。 ▼ ライフルを構えたナカジーとキモハラグロ伯爵が塔の物見に立っていた。 「サキ、お前には後でたっぷり聞くことがある。ナカジー、マダラメにトドメを刺せ」 オギウエが2人の前に立ちふさがる。 「“ナカジマ”やめて、撃ってはダメ!」 躊躇するナカジー。伯爵が鼻で笑い、目を細める。 「見上げた心掛けだオギウエ。メガネを取り戻してここへ来い。大人しく僕の妻になればマダラメの命は助けよう」 オギウエは、マダラメの懐から銀ブチのメガネを取り出し、キモハラグロの方へと歩き出した。 「撃ちます?」ナカジーがささやく。 「メガネが来るまで待て」 そこへササハラの操縦するオートジャイロが煙をあげながら現れ、ガラガラと屋根を破壊しながら降りてきた。慌てるナカジーの銃撃を避け、サキが倒れたマダラメを抱きかかえてオートジャイロに飛び乗る。 4人も人を乗せたオートジャイロは大きく揺らぐが、炎と煙を煙幕にして飛び去って行った。 捕らえられたオギウエは、涙を浮かべながらそれを見送るしかなかった。 ▼ 城の動きを監視していたタナカとオオノが不時着したオートジャイロからマダラメとササハラを救出した。 サキはその場からすぐに去り、北川警部もまた、状況を説明すべくインターポールのパリ本部へと向かった。 そしてマダラメは、ササハラ兄妹と“ある少女”が暮らす家で手当てを受けて眠っていた。 マダラメが眠る部屋のドアが開き、食物を持ってササハラがやってきた。 「どうですか、具合は?」 「熱は下がったみたいだ…ササハラのお陰だよ」と、タナカが頭を下げた。 「礼ならあの少女に言ってください。誰にも懐かぬ堅物が、マダラメさんから離れようとしない。そうでなければ皆さんをここまで匿ったりはしなかったですよ…」 ベッドで死んだ様に寝るマダラメのそばに、目つきの悪い金髪の少女が片時も離れずに座っていた。マダラメはやがて、少女の刺すような視線に気づいて目を覚ました。 「よう…、スージー」 「気がつきやがった!」「マダラメさん、傷はどう?」 タナカとオオノが声をかける。 マダラメは、2人に目を向け、「タナカ、オオノさん、卒業式以来だなぁ」と呟く。 「何言ってるんだよ」「傷による一時的な記憶の混乱ね」 再びマダラメは少女に目を向け、「スー、今日はあの筆頭の子と一緒じゃないのかい?」と語りかけた。 ササハラが、「どうしてその女の子を知ってるんです? スーというあだ名は、僕とケーコのほかはもう、オギウエさんしか知らないはずだ」と問い掛けた。 「オギウエ? そうかぁ…お前の友達はオギウエっていうのか…オギ…」 記憶が蘇ってきたマダラメは、目を大きく見開いてベッドから飛び起きた。 「タナカァ! 今日は何日だ、あれから何日経った!?」 「み、み、3日だよ」 「じゃあ結婚式は明日じゃねーか。こうしちゃあ……イデエ!」 うずくまって傷の痛みに耐えるマダラメは、絞り出すような声で呻いた。 「同人だ~、同人誌もってこい!」 一同「はぁ?」  「“成分”が足りねえ~。ツルぺタでもメガネでも何でもいい、ジャンッジャン持って来い!」 呆れるタナカとオオノだが、ササハラは意を決して立ち上がった。 「俺が何とかしましょう。……俺のは、ツルペタは少ないですが…」 タナカは思わず、「持ってんのかい!」と突っ込んだ。 ▼ マダラメは、ササハラが用意した同人誌の山をガツガツとむさぼるように読みふけっていたが、急に動きが止まった。 タナカ「どうした。ティッシュか?」 オオノ(……あ、何か嫌な空気……) マダラメは倒れる様にベッドに潜り込み、鼻息が荒いまま眠りについた。 タナカ「…読んだから寝るって…」 タナカとオオノは、ササハラからオギウエの話を聞いていた。 「オギウエさんはもともと絵の好きな子だったのですが、当時の許嫁が行方不明になったときから、頑なに自分の本心を隠すようになったと聞いています……」 「許嫁の行方不明ですか。その後大公夫妻も死んでるし、解せないですね」とオオノ。 「キモハラグロが関わっているのかもしれません。それでオギウエさんはスーを危険な目に遭わせないように僕にあずけて…」 ササハラが視線をスージーに移す。彼女はずっとマダラメのベッドのそばを離れない。 タナカが、「そうか…この子は、マダラメの体にオギウエさんの匂いを嗅ぎつけたってわけか…」と呟いた。 ササハラ「なんでマダラメさんはスーのことを知っていたんだろう…」 タナカ「さあな…何しろロリコンだからな」 「そんなんじゃねえよ」と、眠っていたはずのマダラメが、ポツリと口を開いた。 「もう何年も昔だ。俺は1人で売り出そうと躍起になっているA-Boyだった。バカやってイキがった挙句の果てに、俺はゴート本に手を出した。“ジリオス”のアップルちゃん本でイイのがあったからな……」 ……キモハラグロ城に侵入したマダラメはすぐに見つかり、逃亡途中に背中に矢を受け、湖へと転落した。何とか泳ぎ切り、大公邸の庭へと逃げ込んだが、庭木の陰で力なく横たわった。 気が付くと、スーが倒れたマダラメを見つめていた。そこに、メガネをかけた幼いオギウエがやってきた。 オギウエはマダラメを見つけ、驚いて逃げて行く。 「どうやら年貢の納め時がきやがった…」 しかし、マダラメの目の前に、水の入ったコップが差し出された。オギウエだ。 「震える手で水を飲ませてくれたその子の顔に、あのメガネの銀ブチが光っていた…。恥ずかしい話さ。メガネ見るまで、すっかり忘れちまってた…」 ▼ 回想していたマダラメの横で、スーが立ち上がった。 屋根に近い小窓を睨む。そこから、口紅のキスマークがついた新聞の切抜きがヒラヒラと舞い落ちてきた。 タナカが手にして、「春日部さんだ……。なになに…“明朝結婚式のため、高野山から久我山大僧正が来る”ってさ」と、切り抜きを読み上げた。 「あ…、た、タナカ…俺にも読ませて…」マダラメが必死に手を伸ばす。 「お前は安静にしてろよ」と、タナカは切り抜きを丸め、暖炉に投げ入れた。 (あーーーーーーーっ! そりゃないぜタナカ!) 心の中で悲鳴をあげたマダラメ。「サキのキスマーク入り」の切り抜きをゲットし損なったのであった。 ▼ パリのインターポール本部でキモハラグロの悪行を訴えた北川警部だったが、各国代表の反応は鈍かった。 「これは高度に政治的な問題なんだよ」と言われたものの、北川は納得いかない。思わず(エロ絵の本を掴まされてんじゃねーのか?)と疑った。 出動はなくなり、マダラメ担当の任務も解かれることになった北川警部は、オフィスで飲んだくれて、眠りこけていた。 ジリリリリリリリリリリ……! 古びたダイヤル電話が鳴り響く。北川は目を閉じたまま受話器を取る「私もう降りるわよ……、サキ!?」 思わず目を覚ます北川。 「え? マダラメが結婚式を襲うの?」 「そうよ警部。マダラメが相手なら、天下御免で出撃できるでしょ」 電話を掛けたのはサキだった。彼女は、北川にある提案をして同意を得ると、携帯電話を切った。 「準備OKね、コーサカ」と、隣でハンドルを握る優男に笑顔を見せた。 オギウエの望まれぬ結婚式に向けて、マダラメ一味が、サキが、北川警部と機動隊が、行動を開始しようとしていた。 <つづく>

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