「瞳の奥の景色」の編集履歴(バックアップ)一覧はこちら

瞳の奥の景色」(2006/03/29 (水) 03:48:23) の最新版変更点

追加された行は緑色になります。

削除された行は赤色になります。

*瞳の奥の景色 【投稿日 2006/03/24】 **[[MとSの距離]] MとSの距離  その5 「瞳の奥の景色」    「想いが通じた日」から、1週間以上が経過していた。 斑目は、夜の霧雨の中を早足で歩いていた。 今日は土曜で、いつもなら半ドンだったはずなのだが、昼に「残業してくれ」と言われて帰れなかったのだ。 …というか、今日は特に忙しかった。結局、5時までの予定が8時過ぎまでかかってしまった。 昼休みに春日部さんに電話した。 『昼から行けるはずだったんだけど、残業しないといけなくなった。5時までかかると思う…スマン』 春日部さんは言った。 『いいよ。仕事なんでしょ?じゃあ夜、会社終わったら家のほう来てくれる?』 『わかった、できるだけ早く行くから!』 『気にすんなって。仕事に集中しな』 さっきも会社から出るときにメールを打った。こんなに遅くなってごめん、と。 春日部さんからは、いいよ、でも早く家に来てね、と短い返信がきた。 早く会いたい。気持ちばかりが焦る。 春日部さんが好きで、でもだからこそ不安になる。 高坂が急に現れて、春日部さんとよりをもどしてしまうんじゃないか。 春日部さんに、「一時の気の迷いだった、ごめん」と、あっさり振られてしまうんじゃないか。 なにしろ、あまりに突然のことだったのだ。今でも信じられない、という気分になる。 どの辺りから、自分のことを思ってくれるようになったのか。何で自分のほうを選んでくれたのか。 聞きたくてたまらなかった。でも、まだ聞けていない。 もう少し、もう少し時間を置いてから。なんでもいい、春日部さんから何か、「確信」できるようなことを言われてから。 高坂との「4年間」に、対抗できるような何かを。 斑目はひたすら足を動かした。 春日部さんの家の前まで来る。4階建ての、わりと新しい建物だ。 白い壁はレンガ状の模様になっていて、いかにも女性が好きそうな小奇麗な雰囲気だった。 もうすでに一度ここへ来たことがあるのだが、今日見ても、なんだか入るのに気がひける。 最初ここへ来たときは、「オタクが入っちゃいけない気がする」発言で春日部さんを爆笑させた。 玄関のチャイムを押す。 奥から「はい」という声が聞こえ、チェーンを外す音。 ドアが開き、春日部さんの顔が覗いた。 咲「いらっしゃい」 斑「遅くなって悪かった」 咲「いいって。仕事だったんだから」 春日部さんは明るく笑う。 そう言ってくれると、ホッとする。でも、もっと寂しがって欲しい、などとも思ってしまう。 …欲張りすぎだとは分かっているが。 咲「今お湯沸いたから。コーヒーでいい?」 斑「うん、それで」 しばらくして、いい匂いとともにコーヒーが運ばれてくる。 薄い草色のカップに入っている。 改めて部屋の中を見渡す。綺麗に片付いてて、家具や敷物も白系の色に統一されていてとてもセンスがいい。 居間と台所、寝室、そして「服専用の部屋」。 春日部さんは確か、「ワードローブ部屋」と言っていた。 洋室6畳の部屋に整理されて並んだ服、鞄、帽子、靴がズラリ。店でも開けそうな勢いだった。 前回に家に来たとき、この部屋を見て正直圧倒された。 斑「スゲー…何でこんなに服があんの?」 咲「え?でも買ってたら増えるじゃん。私は服好きだから」 斑「…ああ、同人誌買ってたらどこまでも増えるのと一緒なんだな」 咲「………何でそこで同人誌が出てくるよ」 斑「わかった!春日部さんは『服オタク』なんだな!」 咲「オタクっていうな!!一緒にするな!!」 斑「好きなものに金と時間をつぎ込んで、どこまでも集めたり調べたり、極めようとするのがオタクなのだ!!」 咲「うん、それ以上言うとツッコむぞ」 斑「スミマセン。この至近距離でやられたらシャレにならん………」 …と、いう会話があった。 ふと春日部さんを見ると、春日部さんは少し考えこむようにしてコーヒーを飲んでいる。 …少し、憂いを含んだ表情で。 斑「…どうした?」 斑目がそう聞くと、春日部さんははっとこっちの方を向く。 咲「え、ううん何でもない」 そう言って、いつもの顔に戻る。 斑「………なんか心配事?」 咲「そんなんじゃないよ、心配しないで」 斑「………………。」 それでも、何かひっかかる。 春日部さんは目をそらしてコーヒーを飲んでいたが、カップを置くと急にがっくりと肩を落とした。 咲「………はーーー。何で気づくかなあ………」 斑「え?は?」 何か、聞いちゃいけないこと聞いたんだろうか。 咲「何で心配事してるって思った?」 斑「え、いや、何となく。」 (だって春日部さん、自分のことはすぐ誤魔化そうとするし………溜め込んだりするし………) 咲「全くあんたはさー………」 斑「あ、スマン、言いたくなかったら………」 最近、心配するあまり、すぐ聞いてしまう癖がついてしまっている。悪い癖だ。 咲「…ううん、違うの。…えーとだね」 春日部さんは言葉を捜して言いよどんでいる。 咲「えーと、その………まあ、寂しかった、のかな」 斑「え?」 咲「あんたがなかなか来なかったから」 斑「………………」 咲「仕事だから、ってわかってるし、そっちを優先して欲しいって思ってるけど…。 そういう理屈とは別に、ね………」 斑「…そっか」 咲「まあ、仕方ないって分かってるよ。今こうして会えてるんだし。」 斑「…はは。いや、寂しいって言われたほうが嬉しいけどね」 咲「そーなの?」 斑「そりゃもう。そっか。いやー、そうかーーー…あはは……」 顔がにやけてくるのが抑えられない。 咲「コーヒーのおかわりいる?」 斑「あ、オネガイシマス」 春日部さんは台所へ言った。 嬉しく思いながらも、まだ少し違和感がある。 (春日部さん、まだ他に言いたいことあるんじゃないかな?) そうは思ったが、これ以上はしつこいので止めた。 それから数日後。 斑目は、最近部室に全く行かなくなっていた。 昼休みには近くの公園のベンチで適当にすませたり、たまに現場の人が休み時間に会社にいると、一緒に食べに出て、最近忙しすぎることに対して愚痴を言い合ったりしていた。 そんなとき、春日部さんが言っていた『人とのつながり』の話を思い出していた。 その日は公園で食べていた。秋も深まり、桜の落ち葉が地面を覆っている。 会社のロゴの入ったブルゾンを着ていても少し肌寒い。 ブルゾンの中で携帯が振動する。春日部さんかな?と思って待受け画面を見る。 笹原からのメールだった。 『お久しぶりです。元気ですか?最近部室に来ない、と荻上さんが心配してましたよ。 今日、斑目さんが会社終わったら会えませんか?』 斑「………………………」 (荻上さんが心配…、あ、そうか。「振られた」ことになってたんだっけ…。 ん?もしかして笹原、荻上さんから「振られた」ところまで聞いたのかな? 『今日会いたい』って………。笹原になぐさめられたりして(汗)) 食べかけのパンを口に放り込むと、斑目は笹原に、 『じゃ、7時に○×駅のデ○ーズで』と返信のメールを打った。 斑「よう」 笹「あ、斑目さん」 入り口から笹原が座っているテーブルを見つけ、手を挙げる。 斑「遅れて悪い。ちょっと抜けらんなかったからさ」 笹「仕事、忙しいんですか?」 斑「ああ、先月から急に忙しくなってな」 笹「そうなんですか…、あ、だから最近部室に来ないんですね」 笹原は少しほっとした、という風な顔をする。 笹「いや、荻上さんが心配そうにするんで…」 斑「あ~、そうか(汗)」 笹「………………………。えーとですね。あの、荻上さんから聞いたんですけど…。」 斑「やっぱりそうか。いや、それなんだけど……」 笹「あの、だから部室に来なかったりとか、します?やっぱ、気まずいとか…」 斑「いや笹原、あのな?そうじゃなくてだな。」 笹「はい?」 斑「いいか、良く聞けよ。 俺、今春日部さんと付き合ってるんだけど。」 笹「………………………」 笹原の人懐っこそうな笑みが固まる。だんだん、眉間にしわが寄ってくる。 笹「はい?…それ何の冗談ですか?」 斑「いや、冗談にしか聞こえんだろうけど、冗談みたいなホントというのがあってだな………」 笹「いやいや、笑えませんよ」 斑「だから冗談じゃねえっての!とりあえず信じろよ!」 笹「どうやって信じろっていうんですか。天地がひっくり返ったってありえないでしょ!」 斑「お前、それは俺に失礼だぞ(汗)」 笹「だいたい春日部さんが高坂君と別れるわけないでしょうが!」 斑「そこまで言うなら高坂に聞いてみろよ!」 笹「そうします」 そう言ったが早いか、笹原は携帯を操作し、高坂にかけた。 斑「あっ、おい…」 笹「あ、高坂君?久しぶり。うん…今ね、斑目さんに聞いたんだけど、春日部さんと別れたってホントなの?」 絶対ありえないという自信からか、単刀直入に聞く笹原。 冷や汗ダラダラで見守る斑目。 笹「えっ?え?…あ、そうなんだ………。え?うん、そう。ここにいるけど………。 場所?○×駅の近くのデ○ーズ。え?うん。わかった。」 笹原は顔から携帯を離し、斑目に向かって言う。 笹「高坂君、10分後にここに来るそうです」 斑「ちょ、待てお前、電話代われ!」 慌てて笹原の携帯を耳に当てるが、ツーーーーという単調なコール音ばかり聞こえる。 もう切れてしまっている。 「………………………………………」 二人は冷や汗を流して固まっていた。 斑「………………」 笹「…えーと、すいません、疑ったりして………」 斑「…俺、どうなんのかな………」 笹「え?」 斑「超必の『ピストンブロックアッパー』かけられたりして。いやいや、高坂のことだから、『完全にお前をナメきったこの私のチョップ→レバー入れAキャンセルトゥギャザー』で無条件即死だな。短い人生だった………」 笹「ま、斑目さん?」 斑「フフフ、でもやすやすとやられるわけにはいかんよ…。こっちはノーガード戦法で、最終的にはクロスカウンターで相打ちに持ち込む!!」 笹「『トゥギャザー(投げ)』相手にクロスカウンターって、何ですか………」 笹原が冷静なツッコミを入れる。 ほどなくして、高坂が店に入ってきた。 笹・斑(キターーーーーーーーー!!(汗)) 高「こんばんは」 高坂は、特にいつもと変わらない様子でテーブルまで来る。 笹「ひ、久しぶり。」 高「久しぶり。斑目さんも、お久しぶりです」 斑「お!?おお…久しぶり………」 いつもと変わらなすぎて、かえって不気味だ。 笹「……あ!じゃあ僕はもう帰るね」 斑「ええ!?おい…」 高「ごめんね、そうしてくれる?」 笹「じゃ、すいません。ゆっくり話し合って下さい…」 気をきかせたつもりか、逃げたのか。笹原は代金だけ置いてさっさと帰ってしまった。 斑「………………………(汗)」 高「咲ちゃん、元気ですか?」 斑「へっ!?あ、ああ、まあな。元気だけど」 高「そうですか…」 高坂はそれだけ言うと、黙り込んだ。 斑「………………」 いつもと変わらない、と思ったが、それは間違いだと気づいた。 高坂は明らかに元気がなかった。顔が少し青い。 斑目は、一番聞きたかったことを聞いた。 斑「あ、あのさ。俺が聞くのも、変なんだけど。………何で、春日部さんと別れたんだ?」 高「咲ちゃんが、斑目さんのことを好きになったからです」 斑「………じゃあ、春日部さんから………?」 高「僕から別れようって言いました」 (…何でだ?そんな簡単に割り切れる程度だったのか、高坂の気持ちは? 4年も付き合っといて………) 斑「何で………?」 高「4年かかっても、分かり合えない部分がありました」 斑「でも春日部さんはあんなに………!」 高「そうです。咲ちゃんはいつも『無理』してました」 高坂は、こっちを見た。 その瞳は今まで見たことのないほど、深い悲しみの色をしていた。 高「僕は、ゲームや漫画や、アニメがないと生きられない人間なんです」 高坂は語りだした。 高「僕は自分らしくいるために、ゲームやアニメの世界でストレスを発散しているんです。 そうやって我を忘れて没頭していると、ようやく現実と向き合えるようになります。 現実で、人にあまり迷惑をかけないでいられるんです。 そうしてようやく、人にたいして親切にできます。イライラしないでいられます。 …だから、僕は『こちら側』にしかいられない。就職先をエロゲー会社にしたのもそのためです。」 斑「………………………………」 初めて聞くことだった。 高「咲ちゃんが苦しむのがわかってて、エロゲー会社にしたんです。今、自分の一番やりたいことだったから。 咲ちゃんは、私とエロゲー、どっちが好きなの?と、遠まわしに聞きます。 咲ちゃんはいつも、何かと張り合いたくなる性格だから。 付き合って初めのころは『オタク』と張り合い、恵子ちゃんと会ってからは『恋敵』と張り合い、エロゲーや同人誌を『ライバル』として張り合う。 …でも、僕自身と張り合ったことはありません。僕はいつもはぐらかすから。 咲ちゃんとエロゲー、どっちが好きかなんて選べないんです。エロゲーをやめたら、僕は僕らしくいられなくなってしまう。 でも、僕は咲ちゃんに、そうはっきり言わなきゃいけなかった。咲ちゃんともっと喧嘩しないといけなかった。」 高「僕はわりと、人同士の関係とか、人の考えてることが敏感にわかってしまうタイプみたいです。 直感で、なんとなくですが、わかってしまうようなんです。 それをストレートに言ったら、みんな引きます。その人たちより先に、その人たちがこれから起こそうとしている行動を言ってはいけないのだと、物心ついたときに気づいたんです。 …だから、あまり言わないようにしてきました。…斑目さんの気持ちも。」 斑「!!」 (高坂は気づいてたのか………!) 高「…でも、すごくストレスなんです。正直、どうでもいいような人のことまでどんどんわかってくるのは辛いんです。 ずっと現実と向き合ってたら息がつまります。だから、現実逃避しないといけない。完全に現実をシャットダウンする時間を作らないと、僕はおかしくなります。」 斑「…それ、春日部さんに言ったのか………?」 高坂の話に混乱しながらも、斑目は聞いた。 高「別れるときに言いました。」 斑「………春日部さんは、何て…?」 高「分かろうと努力してくれました。…でも、理屈ではわかっていても、本当に分かってくれたわけではないと思います。 僕は今まで、何人かの女の人と付き合ったことがあります。 他の人たちは、その話をする前に、僕がゲームに夢中になりすぎることに腹をたてて別れようと言いました。 でも、咲ちゃんは分かろうとしてくれた。 …でも、咲ちゃんが斑目さんを好きになる前に言わなければいけなかったんです。 僕が、いつか分かってくれるだろうって、安易に考えていたのが悪いんです。」 高「僕は僕なりに、咲ちゃんを守ろうとしたんですけど………。 大学のボヤ騒ぎのあと、咲ちゃんが苦しみを溜め込んでいたのを気づいてあげられませんでした。」 斑「でもあれは、みんなが気づかなくて………」 (泣かしたの俺だし………) 高「いえ、いつも一緒だった僕が、気づかないといけなかったんです。いつもなら気づけたはずなのに。 あのとき僕は、自分のことで精一杯でした。…僕も、部室が使えなくなったことがショックでしたから。 ショックで、ぼうっと違うことばかり考えてたんです。…だから咲ちゃんは、あの時まで僕に相談できなかった。」 高「僕は、それからできるだけ咲ちゃんを見るようにしていたつもりなんですけど…。 咲ちゃんも、それは気づいてくれていたようなんですけど。でも、限界があって………。 その限界が、咲ちゃんを悩ませていたんだと思います。 でもそれ以上に………。咲ちゃんが斑目さんを好きになったのは、相性だと思います。」 斑「あ、相性…?」 高「僕の今までの直感から言って、恋人としての関係が維持できるのは、極論すると相性しかないんです。 相性が悪かったら、どんなに頑張っても、限界があります。 …咲ちゃんは斑目さんのほうが相性がいいんです。」 (………………………………………) 斑「…なんか、まだ頭の中がごちゃごちゃしてるんだけど…春日部さんのためを思って、別れたって言いたいのか?」 高「そうです」 斑「………あえて聞くぞ。春日部さんのこと、好きだったのか?」 高「好きですよ。」 高坂は現在形で言った。 高「だから、先週の土曜日、咲ちゃんに電話したんです。もう一度話がしたい、って」 斑「!!」 (先週の土曜って…俺が春日部さんちに行くのが遅くなったときか!) 高「でも、咲ちゃんに断られました。」 斑「…え、そうなのか?」 高「”今の彼氏”が好きだから、その人に悪いから会えない、って………。」 斑目は驚きのあまり、言葉が出なかった。 ………………………  咲は、家で斑目を待っていた。 昼にメールがあって、笹原と会うから今日は遅くなる、とあったので、余った時間でのんびり買い物してから帰ってきた。 家についた後、もう一度メールがきた。 さっき高坂と会った。もう話が済んだのでもうすぐそっちに行く、という内容だった。 (………高坂と何話したんだろ) 何だか怖かった。 あの霧雨の降る土曜日、昼に高坂から電話があった。 もう一度会って話せないかな、といわれた。 でも、断った。 ………あのとき、斑目にはまだそのことを話せなかった。 断ったとき、迷わなかったわけじゃない。 高坂のことをわかってあげられないまま別れたのは、心残りではあった。 4年も一緒にいて、気づいてあげられなかったことに、高坂に「別れよう」と言わせてしまったことに、罪悪感があった。 高坂に謝りたかった。 でも、それは自分が楽になりたいだけだ。謝って、自分を納得させたいだけだ。 それに、下手に優しく接することが高坂にとっていいこととは思えなかった。 今までの経験上、別れた男に気をつかって、良い結果になったためしがない。 電話で、高坂に言った。 咲『………ごめん。”今の彼氏”が、マジ好きだからさ。不安にさせたくないし。』 高『………………そっか。』 咲『だからもう、会えない。ごめん。』 高『わかった。………咲ちゃん』 咲『何?』 高『元気でね。………さよなら』 咲『うん………………………………』 電話がきれてから、しばらくぼうっとしていた。 ”今の彼氏”のことを思った. 私はいつのまに、こんなに好きになってたんだろう。 ………告白されたときに、「高坂が好きな私が…」と言われたときに、すでにぐらっときていたのかも知れない。 私には他に好きな人がいるのに、それでも好きでいてくれるなんて。 ただ、好きでいてくれるなんて。 そして、「強がらなくてもいい」と言われたことだった。 そう言われたとき、何だか急に、息苦しさがとれたような、久しぶりに水面から出て空気を吸い込めたような気分になったのだ。 「無理に笑わなくても…、平気そうに見えるから…」 「気づいて」くれたことが嬉しかった。 それを、問いかけてくれたことが。 高坂もカンが鋭いほうだったが、そこまで踏み込んできてくれなかった。だから嬉しかった。 自分も、何かしてあげたいという気持ちでいっぱいになったのだ。 …傍にいたいと、思うようになっていたのだ。 もう、はっきりとケリをつけた。自分の気持ちに。 玄関のチャイムが鳴った。 咲「はい」 玄関を開ける。 斑「…遅くなってごめん」 咲「ううん………」 斑目はなんだか元気がなかった。 咲はそれを見て、不安になった。 (…高坂と何の話したの?) 聞きたいけど聞けない。 不安に思いながら、ファッション雑誌をぱらぱらとめくる。 斑「………さっき、高坂と話したよ」 斑目が咲の後ろから声をかける。 咲「うん………」 咲は、後ろが振り向けなかった。 斑「………春日部さん」 咲「ん…………?」 何を言われるのだろう。内心、怖くてたまらなかった。 そのとき、後ろから抱きしめられた。  斑目は、春日部さんを後ろから抱きしめた。 春日部さんの肩が小さく震える。 今日まで不安だった、心のどこかで。 春日部さんが本当に自分のことが好きか、確信がもてなかったのだ。 (俺はバカだ………) 斑「春日部さん」 もう一度呼びかける。 咲「………」 春日部さんは次に続く言葉を待っている。 斑「………スゲー好き」 咲「うん……。」 春日部さんは、斑目の腕を両手で包み込んだ。 それ以上の言葉は要らなかった。                                 「瞳の奥の景色」    END
*瞳の奥の景色 【投稿日 2006/03/24】 **[[MとSの距離]] MとSの距離  その6 「瞳の奥の景色」    「想いが通じた日」から、1週間以上が経過していた。 斑目は、夜の霧雨の中を早足で歩いていた。 今日は土曜で、いつもなら半ドンだったはずなのだが、昼に「残業してくれ」と言われて帰れなかったのだ。 …というか、今日は特に忙しかった。結局、5時までの予定が8時過ぎまでかかってしまった。 昼休みに春日部さんに電話した。 『昼から行けるはずだったんだけど、残業しないといけなくなった。5時までかかると思う…スマン』 春日部さんは言った。 『いいよ。仕事なんでしょ?じゃあ夜、会社終わったら家のほう来てくれる?』 『わかった、できるだけ早く行くから!』 『気にすんなって。仕事に集中しな』 さっきも会社から出るときにメールを打った。こんなに遅くなってごめん、と。 春日部さんからは、いいよ、でも早く家に来てね、と短い返信がきた。 早く会いたい。気持ちばかりが焦る。 春日部さんが好きで、でもだからこそ不安になる。 高坂が急に現れて、春日部さんとよりをもどしてしまうんじゃないか。 春日部さんに、「一時の気の迷いだった、ごめん」と、あっさり振られてしまうんじゃないか。 なにしろ、あまりに突然のことだったのだ。今でも信じられない、という気分になる。 どの辺りから、自分のことを思ってくれるようになったのか。何で自分のほうを選んでくれたのか。 聞きたくてたまらなかった。でも、まだ聞けていない。 もう少し、もう少し時間を置いてから。なんでもいい、春日部さんから何か、「確信」できるようなことを言われてから。 高坂との「4年間」に、対抗できるような何かを。 斑目はひたすら足を動かした。 春日部さんの家の前まで来る。4階建ての、わりと新しい建物だ。 白い壁はレンガ状の模様になっていて、いかにも女性が好きそうな小奇麗な雰囲気だった。 もうすでに一度ここへ来たことがあるのだが、今日見ても、なんだか入るのに気がひける。 最初ここへ来たときは、「オタクが入っちゃいけない気がする」発言で春日部さんを爆笑させた。 玄関のチャイムを押す。 奥から「はい」という声が聞こえ、チェーンを外す音。 ドアが開き、春日部さんの顔が覗いた。 咲「いらっしゃい」 斑「遅くなって悪かった」 咲「いいって。仕事だったんだから」 春日部さんは明るく笑う。 そう言ってくれると、ホッとする。でも、もっと寂しがって欲しい、などとも思ってしまう。 …欲張りすぎだとは分かっているが。 咲「今お湯沸いたから。コーヒーでいい?」 斑「うん、それで」 しばらくして、いい匂いとともにコーヒーが運ばれてくる。 薄い草色のカップに入っている。 改めて部屋の中を見渡す。綺麗に片付いてて、家具や敷物も白系の色に統一されていてとてもセンスがいい。 居間と台所、寝室、そして「服専用の部屋」。 春日部さんは確か、「ワードローブ部屋」と言っていた。 洋室6畳の部屋に整理されて並んだ服、鞄、帽子、靴がズラリ。店でも開けそうな勢いだった。 前回に家に来たとき、この部屋を見て正直圧倒された。 斑「スゲー…何でこんなに服があんの?」 咲「え?でも買ってたら増えるじゃん。私は服好きだから」 斑「…ああ、同人誌買ってたらどこまでも増えるのと一緒なんだな」 咲「………何でそこで同人誌が出てくるよ」 斑「わかった!春日部さんは『服オタク』なんだな!」 咲「オタクっていうな!!一緒にするな!!」 斑「好きなものに金と時間をつぎ込んで、どこまでも集めたり調べたり、極めようとするのがオタクなのだ!!」 咲「うん、それ以上言うとツッコむぞ」 斑「スミマセン。この至近距離でやられたらシャレにならん………」 …と、いう会話があった。 ふと春日部さんを見ると、春日部さんは少し考えこむようにしてコーヒーを飲んでいる。 …少し、憂いを含んだ表情で。 斑「…どうした?」 斑目がそう聞くと、春日部さんははっとこっちの方を向く。 咲「え、ううん何でもない」 そう言って、いつもの顔に戻る。 斑「………なんか心配事?」 咲「そんなんじゃないよ、心配しないで」 斑「………………。」 それでも、何かひっかかる。 春日部さんは目をそらしてコーヒーを飲んでいたが、カップを置くと急にがっくりと肩を落とした。 咲「………はーーー。何で気づくかなあ………」 斑「え?は?」 何か、聞いちゃいけないこと聞いたんだろうか。 咲「何で心配事してるって思った?」 斑「え、いや、何となく。」 (だって春日部さん、自分のことはすぐ誤魔化そうとするし………溜め込んだりするし………) 咲「全くあんたはさー………」 斑「あ、スマン、言いたくなかったら………」 最近、心配するあまり、すぐ聞いてしまう癖がついてしまっている。悪い癖だ。 咲「…ううん、違うの。…えーとだね」 春日部さんは言葉を捜して言いよどんでいる。 咲「えーと、その………まあ、寂しかった、のかな」 斑「え?」 咲「あんたがなかなか来なかったから」 斑「………………」 咲「仕事だから、ってわかってるし、そっちを優先して欲しいって思ってるけど…。 そういう理屈とは別に、ね………」 斑「…そっか」 咲「まあ、仕方ないって分かってるよ。今こうして会えてるんだし。」 斑「…はは。いや、寂しいって言われたほうが嬉しいけどね」 咲「そーなの?」 斑「そりゃもう。そっか。いやー、そうかーーー…あはは……」 顔がにやけてくるのが抑えられない。 咲「コーヒーのおかわりいる?」 斑「あ、オネガイシマス」 春日部さんは台所へ言った。 嬉しく思いながらも、まだ少し違和感がある。 (春日部さん、まだ他に言いたいことあるんじゃないかな?) そうは思ったが、これ以上はしつこいので止めた。 それから数日後。 斑目は、最近部室に全く行かなくなっていた。 昼休みには近くの公園のベンチで適当にすませたり、たまに現場の人が休み時間に会社にいると、一緒に食べに出て、最近忙しすぎることに対して愚痴を言い合ったりしていた。 そんなとき、春日部さんが言っていた『人とのつながり』の話を思い出していた。 その日は公園で食べていた。秋も深まり、桜の落ち葉が地面を覆っている。 会社のロゴの入ったブルゾンを着ていても少し肌寒い。 ブルゾンの中で携帯が振動する。春日部さんかな?と思って待受け画面を見る。 笹原からのメールだった。 『お久しぶりです。元気ですか?最近部室に来ない、と荻上さんが心配してましたよ。 今日、斑目さんが会社終わったら会えませんか?』 斑「………………………」 (荻上さんが心配…、あ、そうか。「振られた」ことになってたんだっけ…。 ん?もしかして笹原、荻上さんから「振られた」ところまで聞いたのかな? 『今日会いたい』って………。笹原になぐさめられたりして(汗)) 食べかけのパンを口に放り込むと、斑目は笹原に、 『じゃ、7時に○×駅のデ○ーズで』と返信のメールを打った。 斑「よう」 笹「あ、斑目さん」 入り口から笹原が座っているテーブルを見つけ、手を挙げる。 斑「遅れて悪い。ちょっと抜けらんなかったからさ」 笹「仕事、忙しいんですか?」 斑「ああ、先月から急に忙しくなってな」 笹「そうなんですか…、あ、だから最近部室に来ないんですね」 笹原は少しほっとした、という風な顔をする。 笹「いや、荻上さんが心配そうにするんで…」 斑「あ~、そうか(汗)」 笹「………………………。えーとですね。あの、荻上さんから聞いたんですけど…。」 斑「やっぱりそうか。いや、それなんだけど……」 笹「あの、だから部室に来なかったりとか、します?やっぱ、気まずいとか…」 斑「いや笹原、あのな?そうじゃなくてだな。」 笹「はい?」 斑「いいか、良く聞けよ。 俺、今春日部さんと付き合ってるんだけど。」 笹「………………………」 笹原の人懐っこそうな笑みが固まる。だんだん、眉間にしわが寄ってくる。 笹「はい?…それ何の冗談ですか?」 斑「いや、冗談にしか聞こえんだろうけど、冗談みたいなホントというのがあってだな………」 笹「いやいや、笑えませんよ」 斑「だから冗談じゃねえっての!とりあえず信じろよ!」 笹「どうやって信じろっていうんですか。天地がひっくり返ったってありえないでしょ!」 斑「お前、それは俺に失礼だぞ(汗)」 笹「だいたい春日部さんが高坂君と別れるわけないでしょうが!」 斑「そこまで言うなら高坂に聞いてみろよ!」 笹「そうします」 そう言ったが早いか、笹原は携帯を操作し、高坂にかけた。 斑「あっ、おい…」 笹「あ、高坂君?久しぶり。うん…今ね、斑目さんに聞いたんだけど、春日部さんと別れたってホントなの?」 絶対ありえないという自信からか、単刀直入に聞く笹原。 冷や汗ダラダラで見守る斑目。 笹「えっ?え?…あ、そうなんだ………。え?うん、そう。ここにいるけど………。 場所?○×駅の近くのデ○ーズ。え?うん。わかった。」 笹原は顔から携帯を離し、斑目に向かって言う。 笹「高坂君、10分後にここに来るそうです」 斑「ちょ、待てお前、電話代われ!」 慌てて笹原の携帯を耳に当てるが、ツーーーーという単調なコール音ばかり聞こえる。 もう切れてしまっている。 「………………………………………」 二人は冷や汗を流して固まっていた。 斑「………………」 笹「…えーと、すいません、疑ったりして………」 斑「…俺、どうなんのかな………」 笹「え?」 斑「超必の『ピストンブロックアッパー』かけられたりして。いやいや、高坂のことだから、『完全にお前をナメきったこの私のチョップ→レバー入れAキャンセルトゥギャザー』で無条件即死だな。短い人生だった………」 笹「ま、斑目さん?」 斑「フフフ、でもやすやすとやられるわけにはいかんよ…。こっちはノーガード戦法で、最終的にはクロスカウンターで相打ちに持ち込む!!」 笹「『トゥギャザー(投げ)』相手にクロスカウンターって、何ですか………」 笹原が冷静なツッコミを入れる。 ほどなくして、高坂が店に入ってきた。 笹・斑(キターーーーーーーーー!!(汗)) 高「こんばんは」 高坂は、特にいつもと変わらない様子でテーブルまで来る。 笹「ひ、久しぶり。」 高「久しぶり。斑目さんも、お久しぶりです」 斑「お!?おお…久しぶり………」 いつもと変わらなすぎて、かえって不気味だ。 笹「……あ!じゃあ僕はもう帰るね」 斑「ええ!?おい…」 高「ごめんね、そうしてくれる?」 笹「じゃ、すいません。ゆっくり話し合って下さい…」 気をきかせたつもりか、逃げたのか。笹原は代金だけ置いてさっさと帰ってしまった。 斑「………………………(汗)」 高「咲ちゃん、元気ですか?」 斑「へっ!?あ、ああ、まあな。元気だけど」 高「そうですか…」 高坂はそれだけ言うと、黙り込んだ。 斑「………………」 いつもと変わらない、と思ったが、それは間違いだと気づいた。 高坂は明らかに元気がなかった。顔が少し青い。 斑目は、一番聞きたかったことを聞いた。 斑「あ、あのさ。俺が聞くのも、変なんだけど。………何で、春日部さんと別れたんだ?」 高「咲ちゃんが、斑目さんのことを好きになったからです」 斑「………じゃあ、春日部さんから………?」 高「僕から別れようって言いました」 (…何でだ?そんな簡単に割り切れる程度だったのか、高坂の気持ちは? 4年も付き合っといて………) 斑「何で………?」 高「4年かかっても、分かり合えない部分がありました」 斑「でも春日部さんはあんなに………!」 高「そうです。咲ちゃんはいつも『無理』してました」 高坂は、こっちを見た。 その瞳は今まで見たことのないほど、深い悲しみの色をしていた。 高「僕は、ゲームや漫画や、アニメがないと生きられない人間なんです」 高坂は語りだした。 高「僕は自分らしくいるために、ゲームやアニメの世界でストレスを発散しているんです。 そうやって我を忘れて没頭していると、ようやく現実と向き合えるようになります。 現実で、人にあまり迷惑をかけないでいられるんです。 そうしてようやく、人にたいして親切にできます。イライラしないでいられます。 …だから、僕は『こちら側』にしかいられない。就職先をエロゲー会社にしたのもそのためです。」 斑「………………………………」 初めて聞くことだった。 高「咲ちゃんが苦しむのがわかってて、エロゲー会社にしたんです。今、自分の一番やりたいことだったから。 咲ちゃんは、私とエロゲー、どっちが好きなの?と、遠まわしに聞きます。 咲ちゃんはいつも、何かと張り合いたくなる性格だから。 付き合って初めのころは『オタク』と張り合い、恵子ちゃんと会ってからは『恋敵』と張り合い、エロゲーや同人誌を『ライバル』として張り合う。 …でも、僕自身と張り合ったことはありません。僕はいつもはぐらかすから。 咲ちゃんとエロゲー、どっちが好きかなんて選べないんです。エロゲーをやめたら、僕は僕らしくいられなくなってしまう。 でも、僕は咲ちゃんに、そうはっきり言わなきゃいけなかった。咲ちゃんともっと喧嘩しないといけなかった。」 高「僕はわりと、人同士の関係とか、人の考えてることが敏感にわかってしまうタイプみたいです。 直感で、なんとなくですが、わかってしまうようなんです。 それをストレートに言ったら、みんな引きます。その人たちより先に、その人たちがこれから起こそうとしている行動を言ってはいけないのだと、物心ついたときに気づいたんです。 …だから、あまり言わないようにしてきました。…斑目さんの気持ちも。」 斑「!!」 (高坂は気づいてたのか………!) 高「…でも、すごくストレスなんです。正直、どうでもいいような人のことまでどんどんわかってくるのは辛いんです。 ずっと現実と向き合ってたら息がつまります。だから、現実逃避しないといけない。完全に現実をシャットダウンする時間を作らないと、僕はおかしくなります。」 斑「…それ、春日部さんに言ったのか………?」 高坂の話に混乱しながらも、斑目は聞いた。 高「別れるときに言いました。」 斑「………春日部さんは、何て…?」 高「分かろうと努力してくれました。…でも、理屈ではわかっていても、本当に分かってくれたわけではないと思います。 僕は今まで、何人かの女の人と付き合ったことがあります。 他の人たちは、その話をする前に、僕がゲームに夢中になりすぎることに腹をたてて別れようと言いました。 でも、咲ちゃんは分かろうとしてくれた。 …でも、咲ちゃんが斑目さんを好きになる前に言わなければいけなかったんです。 僕が、いつか分かってくれるだろうって、安易に考えていたのが悪いんです。」 高「僕は僕なりに、咲ちゃんを守ろうとしたんですけど………。 大学のボヤ騒ぎのあと、咲ちゃんが苦しみを溜め込んでいたのを気づいてあげられませんでした。」 斑「でもあれは、みんなが気づかなくて………」 (泣かしたの俺だし………) 高「いえ、いつも一緒だった僕が、気づかないといけなかったんです。いつもなら気づけたはずなのに。 あのとき僕は、自分のことで精一杯でした。…僕も、部室が使えなくなったことがショックでしたから。 ショックで、ぼうっと違うことばかり考えてたんです。…だから咲ちゃんは、あの時まで僕に相談できなかった。」 高「僕は、それからできるだけ咲ちゃんを見るようにしていたつもりなんですけど…。 咲ちゃんも、それは気づいてくれていたようなんですけど。でも、限界があって………。 その限界が、咲ちゃんを悩ませていたんだと思います。 でもそれ以上に………。咲ちゃんが斑目さんを好きになったのは、相性だと思います。」 斑「あ、相性…?」 高「僕の今までの直感から言って、恋人としての関係が維持できるのは、極論すると相性しかないんです。 相性が悪かったら、どんなに頑張っても、限界があります。 …咲ちゃんは斑目さんのほうが相性がいいんです。」 (………………………………………) 斑「…なんか、まだ頭の中がごちゃごちゃしてるんだけど…春日部さんのためを思って、別れたって言いたいのか?」 高「そうです」 斑「………あえて聞くぞ。春日部さんのこと、好きだったのか?」 高「好きですよ。」 高坂は現在形で言った。 高「だから、先週の土曜日、咲ちゃんに電話したんです。もう一度話がしたい、って」 斑「!!」 (先週の土曜って…俺が春日部さんちに行くのが遅くなったときか!) 高「でも、咲ちゃんに断られました。」 斑「…え、そうなのか?」 高「”今の彼氏”が好きだから、その人に悪いから会えない、って………。」 斑目は驚きのあまり、言葉が出なかった。 ………………………  咲は、家で斑目を待っていた。 昼にメールがあって、笹原と会うから今日は遅くなる、とあったので、余った時間でのんびり買い物してから帰ってきた。 家についた後、もう一度メールがきた。 さっき高坂と会った。もう話が済んだのでもうすぐそっちに行く、という内容だった。 (………高坂と何話したんだろ) 何だか怖かった。 あの霧雨の降る土曜日、昼に高坂から電話があった。 もう一度会って話せないかな、といわれた。 でも、断った。 ………あのとき、斑目にはまだそのことを話せなかった。 断ったとき、迷わなかったわけじゃない。 高坂のことをわかってあげられないまま別れたのは、心残りではあった。 4年も一緒にいて、気づいてあげられなかったことに、高坂に「別れよう」と言わせてしまったことに、罪悪感があった。 高坂に謝りたかった。 でも、それは自分が楽になりたいだけだ。謝って、自分を納得させたいだけだ。 それに、下手に優しく接することが高坂にとっていいこととは思えなかった。 今までの経験上、別れた男に気をつかって、良い結果になったためしがない。 電話で、高坂に言った。 咲『………ごめん。”今の彼氏”が、マジ好きだからさ。不安にさせたくないし。』 高『………………そっか。』 咲『だからもう、会えない。ごめん。』 高『わかった。………咲ちゃん』 咲『何?』 高『元気でね。………さよなら』 咲『うん………………………………』 電話がきれてから、しばらくぼうっとしていた。 ”今の彼氏”のことを思った. 私はいつのまに、こんなに好きになってたんだろう。 ………告白されたときに、「高坂が好きな私が…」と言われたときに、すでにぐらっときていたのかも知れない。 私には他に好きな人がいるのに、それでも好きでいてくれるなんて。 ただ、好きでいてくれるなんて。 そして、「強がらなくてもいい」と言われたことだった。 そう言われたとき、何だか急に、息苦しさがとれたような、久しぶりに水面から出て空気を吸い込めたような気分になったのだ。 「無理に笑わなくても…、平気そうに見えるから…」 「気づいて」くれたことが嬉しかった。 それを、問いかけてくれたことが。 高坂もカンが鋭いほうだったが、そこまで踏み込んできてくれなかった。だから嬉しかった。 自分も、何かしてあげたいという気持ちでいっぱいになったのだ。 …傍にいたいと、思うようになっていたのだ。 もう、はっきりとケリをつけた。自分の気持ちに。 玄関のチャイムが鳴った。 咲「はい」 玄関を開ける。 斑「…遅くなってごめん」 咲「ううん………」 斑目はなんだか元気がなかった。 咲はそれを見て、不安になった。 (…高坂と何の話したの?) 聞きたいけど聞けない。 不安に思いながら、ファッション雑誌をぱらぱらとめくる。 斑「………さっき、高坂と話したよ」 斑目が咲の後ろから声をかける。 咲「うん………」 咲は、後ろが振り向けなかった。 斑「………春日部さん」 咲「ん…………?」 何を言われるのだろう。内心、怖くてたまらなかった。 そのとき、後ろから抱きしめられた。  斑目は、春日部さんを後ろから抱きしめた。 春日部さんの肩が小さく震える。 今日まで不安だった、心のどこかで。 春日部さんが本当に自分のことが好きか、確信がもてなかったのだ。 (俺はバカだ………) 斑「春日部さん」 もう一度呼びかける。 咲「………」 春日部さんは次に続く言葉を待っている。 斑「………スゲー好き」 咲「うん……。」 春日部さんは、斑目の腕を両手で包み込んだ。 それ以上の言葉は要らなかった。                                 「瞳の奥の景色」    END

表示オプション

横に並べて表示:
変化行の前後のみ表示: