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*Zせんこくげんしけん3 【投稿日 2006/03/16】 **[[せんこくげんしけん]] 斑目とスージーが囮になっている間に、笹原は荻上を連れて廊下をひた走り、息を切らせて漫研部室前にたどり着いていた。 荻上は、スーが着ていたひざ丈の短いワンピースを身にまとっている。(恥ずかしい…)スーと服を取り替えてトイレから出て来た時も、笹原の視線を受けるのがつらくて仕方がなかった。 一方の笹原も、普段は見ることのないその姿に思わず見とれてしまう。淡い青のワンピース。スカートから伸びた足は、夏の陽差しをほとんど受けることなく過ごしてきただけに、白く透き通って見えた。 ドアを叩きつつ、「結構似合うんじゃないかな……それ」と思わず口にする笹原に、荻上は「そんな事絶対ありません!」と、裾を両手で抑えながら真っ赤になって否定した。 漫研には既に、咲と恵子が逃げ込んできていた。笑顔で迎えられた荻上はホッとしたものの、「ご迷惑かけまシタ……」と小さく呟き、なかなか顔を上げることができなかった。 【8月9日/15:50】 荻上は、高柳に礼を述べている笹原の姿を目で追いつつ、部屋の隅、つまり窓際で両膝を抱えてうずくまっていた。1年生の春、口論の末に自分が飛び下りた場所だ。記憶がよみがえり、震えた。 (結局、自分のせいで皆に迷惑がかかったんじゃないのか? この漫研から出て行って、現視研もなくなって、皆に迷惑かけて…)自分を責める言葉が心の中で反芻された。 その時、「荻上…」と聞き覚えのある声に呼ばれて、体がビクッと反応する。漫研の女子2人が目の前に立っていた。 (結局逃げたところで、ここも私にとっては敵地じゃないか…)緊張する荻上に掛けられた言葉は意外なものだった。 「ハラグーロに負けちゃだめよ。現視研はあんたに合った場所なんだろうからさ」「せっかく納得して描きたいと思ったんなら、頑張んなさいよ」 共通の“敵”がいることもあって、言葉には優しさも感じられた。荻上は目を合わせられないものの、うつむいて、「ハイ…」とだけ答えた。 漫研女子らが「偵察」のために出て行った後、大野が荻上の傍らに腰掛け、「良かったですね」と声を掛けた。 「私いつか、言いましたよね。“全員が仲良くできるわけじゃない”でも“全員をひとくくりにして嫌うことはできない”って」 「……」 「こうして、対立してた人だって心を開いてくれることもあるんですから……。かたくなにならずに、私たちにもっと甘えたっていいんですよ」 わだかまりがほんの少し解けた荻上は、涙ぐんで小さく震える。大野は笑顔で荻上の肩を抱きしめた。 その様子を遠目に眺めていた高柳は、笹原に向き直り、「大野さんは優しいねぇ…。いや~最初は押し付けるようにしてお願いしちゃったけど、荻上さんを現視研に入れてもらって良かったよ~」と笑った。 【8月9日/16:00】 児文研部室で監視体制に入っている朽木から、笹原の携帯にメールで入電があった。 “所属不明の乗用車西門から接近デアリマス” 西側を守る新現視研派の無線が、パニック状態を伝えているという。西門に立っていたマスク男達の静止を振り切り、軽乗用車が大学内に侵入。サークル棟に向かって暴走しているというのだ。 笹原は、周囲の皆に、「何かがこっちに向かってきてるみたい」と伝えた。「来た!」と大野が叫び、隣の荻上が転がらんばかりの勢いで立ち上がる。 反撃が始まろうとしていた。 軽乗用車は久我山の会社の営業車だった。 久我山の隣には、コスプレ衣装を持参した田中が乗っている。斑目の求めに応じて、OBが立ち上がったのだ。 「むむ 無茶だよこんなの~」ハンドルを握りながらも泣き言が出る久我山。車内のカーステレオからは、「サンバ・テンペラード」(by大野雄二.カリ城)がけたたましく鳴り響いている。 車はあり得ない動きで大学内の階段を上り、マスクの男達の静止を振り切って、サークル棟入り口まで突入した。 ほとんど激突しそうな勢いで、入り口の階段前に急停車したクガピーカー。これ以上は車では進めない。周りからはどんどん緑マスクの男達が駆け寄ってきた。 携帯で「すす スミマセン納品は ああ、ら 来週に~」と泣きを入れる久我山。田中は車を降り、目前の階段に飛び移るように駆け出した。 小さな車に男達が飛びかかり、久我山は早速取り押さえられた。 「久我山ッ!」田中は一目だけ振り向くと、後は必死で2階まで駆け上がり、漫研の部室にたどり着いた。 田中を受け入れ、ドアが閉められた直後、部室の前には追っ手が迫っていた。 「開けなさい!」「開けろ!」「自治会からキー借りてこい!」 怒号が飛び交う漫研部室前。騒然とする中、コスプレカップルが向き合った。 息を切らしながら田中が、「おれたちも何かやらないとな……、大野さん達だけに無理はさせられないよ……な、会長」と声を掛ける。 「ありがとうございます!」 大野は感極まって田中に抱きついた。 2人の抱擁を目の当たりにして、赤面する笹原と高柳。 高柳「あぁ~、短い夢だったなァ…」 笹原「高柳さん?」 大野「あの~、窓のカーテンで仕切りを作ってくれませんか」 高柳&笹原「仕切り?」 【8月9日/16:05】 漫研部室のカーテンが取り外され、両端を咲と恵子が持って間仕切りをした。大野はその奥で、田中が持って来たコスチュームに着替えはじめた。 荻上はさすがに立ち上がって、「こんな時にもコスプレですか!」と声をあげたが、カーテンの向こうからは、「こんな時だからです!」と強い語気が返ってきた。 「こんなことくらいしか出来ないけれど、私なりに囮にでも何でもなるつもりです。私、会長ですもの!」 ほどなく、裾や袖を短かく切り詰め、肩も露わな和装の大野、いや、くじアンの如月副会長の決戦仕様が姿を現した。 大野は、「おお~っ」とどよめく周囲には目もくれずに、いつもの黒大野マスクを口元に着用する。まるで“ギンッ!”という効果音が入ったかのように劇的に目が据わってきた。 高柳「大野さんのコスプレ見られたのはいいんだけど、あのマスク何なの?」 笹「ははは…(汗) 「咲さんにも会長用を持って来てますよ!さあ!さあ!さあ!」 大野の圧力に青ざめる咲。「イヤ私ガ着ル必然性ナイシ…」 「そんなこと言わずに。気持ちが乗ってくるって!」と語る田中も、すでに「英国与太郎哀歌」なるホラー漫画の主人公のコスチュームに着替えていた。 真夏だというのに血のように真っ赤なロングコートを羽織り、丸ブチのメガネをかけ、意味不明の紋章が入った白手袋をして、馬鹿でかいモデルガンを手にしている。 田中はニコニコとしながら、大野の対となる「会長コスチューム」を広げてみせた。 「田中テメエ…!」 しかし咲は、田中の足もとに置いてあった会長コスの“一部”に目をとめた。 (これ、前にも付けたやつだ…)アニ研主催のコンテストで着用したことのあるヘルメットと手甲だ。(これなら…!) 咲は周りに、「これだけだよ!“実用的”だから!」としつこいほど伝えた後、(実用、実用…)と自分に言い聞かせて手甲を装着。さらにヘルメットを深々とかぶった。 「せっ…先輩っ」と驚く荻上に、咲は「あー見るな見るな!」と叫んだ。 「Is there my costume?」 「アタシもなんか着たい~」 さしもの田中も、アンジェラと恵子のコスまでは想定していなかった。 「何だよツマンネ~ッ!」 この恵子の言葉と同時に、「ドドンッ!」と漫研部室のドアが破られた。 【8月9日/16:30】 漫研部室にマスク男が侵入した。廊下に2人控えている。黒のマスクに黒のアマレス姿。最初に現視研部室に乱入した「黒い三年生」だ。 入り口に一番近い位置にいるのは大野だった。「?」対峙しているのがコスプレ女とあって、侵入者の動きが止まる。 「田中さんッ、残雪ッ!」 阿吽の呼吸で田中が投げ入れた日本刀「残雪(模造)」を手にした大野。黒マスクは思わず後ずさりする。 大野は普段から心掛けている“キャラの内面を再現する”意識を極限まで高めていく。荻上も思わず立ち上がり、笹原の後ろへ身を隠すほど、周囲の空気が変わってきた。 鞘に納めたままの残雪を腰に据え、膝にタメをつくり、姿勢を低くして、いつでも抜刀できる姿勢になる。長髪と風邪マスクの間からわずかにのぞく瞳は、いつ人を斬り殺してもおかしくない殺気をみなぎらせている。 もちろん実際の殺傷力は皆無に等しい。目的は威嚇だ。 緊張感が張りつめたところに、大野の後方から田中のハンドガンが火を噴く。「バッ!」と白い粉が舞い、黒マスクがうずくまった。目つぶしだ。 「腹くくるかッ!」 咲がうずくまる男の背中を蹴り越え、廊下に飛び出した。黒マスクがお約束を叫ぶ。 「俺を踏み台にし……」次の瞬間、恵子、笹原、高柳が黒マスクを取り押さえた。 咲はタイトなスカートもあらわに跳躍して廊下の黒マスクの目前に着地した。 ビビって先手を仕損じた相手の目前で舞うように身体を反転させ、体重を乗せた裏拳で殴りつける。手甲がヒットして2、3歩引き下がったところに、「腕が伸びて見える」「斑目を幸せな気分にさせた」グーパンチを叩き込んだ。 慌てるもう1人に、田中が再び「目つぶし」を当てて動きを封じた。「ぅわはははははははッ!」攻撃を加えながら、爽快感に思わず笑いが出てしまう咲。大野&田中はドン引きだ。アンジェラは観戦に徹して呑気にはしゃいでいる。 荻上「何かヤなことでもあったんでしょうか?」 笹原「あー…。最近忙しそうだからね、ストレスが……」 「これはたまらん!」黒い三年生が思わず引き下がる、笹原らに捕らえられた一人も後ろ手に縛られたまま放り出された。 しかし、廊下の向こうのからは新手のマスク男が集まりつつあった。 新手のマスク男たちは、「あ゛~~~~」「う゛~~~~」と低いうなり声を上げながら、ゆっくりと、不規則な足取りで歩いてくる。 腕は力がなく垂れ下がり、マスクの下は普段着だが、みな浮浪者のように薄汚い。 彼等は「ジョージ・A・ロメロ版リビングデッド研究会」、通称「ゾンビ研」だ。力は無いが数は多い。このままでは数に飲み込まれてしまう。 大野「こんなサークルあるの?(汗」 咲「今度のはキモイな……表出るよ!」 咲の号令で、田中がゾンビ研の群れに向かって目つぶしを乱射。続いて恵子が廊下の消化器を発射し煙幕を作った。 【8月9日/16:40】 大野を旗頭に反撃が開始されたことは、現視研部室のトランシーバーから伝えられ、原口と沢崎はかじりつくように聞いていた。 荻上の原稿自体は、ミナミ印刷からキャンセルとして騙し取ってある。すぐにでも印刷にまわせばいい。 「しかし、今後必要なのは“作家”荻上千佳を確保することなんだよ」と、珍しく原口が焦りを見せた。 その時ガチャリと、部室のドアが開き、ゆら~りと朽木が姿を現した。 「!!」驚く原口「どうやってここに!?」 朽木「ふふふ、我輩は実体を見せずに忍び寄る白い影」 沢崎「いや見せてるし」 漫研前の戦線が中庭へと移っていく中で、見張りも参戦&野次馬で居なくなっていた。朽木は軽々と児文研部室から現視研部室までやってきたのだ。 朽木は異様に鼻息が荒い。乱闘という「お祭り」が眼下で始まったというのに、自分だけ盗聴や後方撹乱ばかりやっているのが耐えられなかったのだ。 「ワタクシのテンションは今ッ! アニ研を抜けて現視研に入部した時代に戻っているッ!女に手を挙げ、盗撮もやってのけたあの当時にだッ! 無遠慮!不道徳!そのワタクシが貴様を倒すニョーッ!」 と威嚇する。 呆れる原口は、「沢崎くんたのむよ」と後ずさりする。 ゆらりと立ち上がり、朽木の前に立つ沢崎、背後の原口に視線を向けて、「……彼はココの入会テストのゲームでも、俺に頼りっぱなしでしたからね。負けはしません」と余裕を見せた。 にらみ合う“同期”の2人。朽木は部室のゲーム機を目で差した。 2人の思い出のゲーム、現視研初入部時にプレイした「ドラキュリーナハンター」での勝負が始まった。 【8月9日/16:42】 斑目は、顔を赤らめながらサークル棟へと走ってきた。囮となって走り、『もう歩けない』などとゴネるスージーをお姫様ダッコで連れて来たのだ。 サークル棟に近づいた時、中庭の乱闘に出くわした。「うわ、凄いことになってるな」と呆気にとられた。 ゾンビ研を相手に、咲を中心にして田中や大野が暴れている。恵子まで角材を持って立ち回っているではないか。 (笹原の妹だけはシャレにならん気がする) スーが斑目のもとから飛び降りると、サークル棟に向けて手を振っていた。 斑目が視線を移すと、アンジェラが陽気に手を振りかえしてる。高見の見物を決め込んでいるようだ。 「なんなんだこの外人は?」 しかし斑目を最も驚かせたのは咲の格好だ。咲は“律子・キューベル・ケッテンクラート”会長のヘルメットをかぶって乱闘しているのだ。 斑目が憧れ、大事にしている「最後の砦」が、今、目の前で躍動していた。 「かっ…かっ、春日部さんっ!?」思わず声が出る。 呼びかけに気付いて振り返った咲は、「あ、斑目、ちょっ!見るな!」と動揺する。 次の瞬間、咲は死角から竹刀による“突き”をヘルメットに受けた。同調サークルの剣道マスク男が増援に駆けつけたのだ。ヘルメットが飛んだ。 それでも咲は続くゾンビ研を2、3人殴り倒すが、剣道マスク男と対峙しつば迫り合いの要領で突き倒された。 「げっ!何しやがる!」 斑目は思わずゾンビ研の群れや竹刀をくぐり抜け、咲の所へと向かう。咲の手を取って引き起こそうとする時、「邪魔だ」とばかりに背中に竹刀の一閃を受けた。 「!」驚く咲。 「アンタ喧嘩できないんだから、見てればいいのに!」 「イテテ、女を前線に出して見てるわけにゃいかんでしょ」 「また、オタクくさいことを」 咲が気が付くと、田中、大野、恵子も包囲されている。 斑目は何とか咲の縦になろうと前に立つが、何とも頼りない。 「もういい加減にしろよ現視研ッ!」苛立ちのこもった竹刀が咲と斑目めがけて振り上げられる。思わず目をつぶる咲。 バシィッ!と激しい打撃音が響いたが、痛みは無い。目を開けると、剣道マスク男と自分達の間には、ポスターケースで竹刀を受け止めている高坂が立っていた。 瞬間「1stガンガルの予告編BGM」が高らかに流れはじめる斑目の脳内。オタクらしい連想は悲しい性だ。 「遅くなったね、咲ちゃん」 コスプレカップルを追撃していた剣道マスクも加わり3対1となるが、高坂はバッグをシールド代わりに巧みに竹刀を受け、かわす。 決して攻撃は加えないが、動き回って軽くいなすうちにマスク男の息が上がって来た。 そのうち、「げ、現視研の新手は化け物か!」と肩で息をし、その場にひざまづいた。 田中は、「相手は慣れないマスクを防具の下に着用している。呼吸が苦しく、しかもこの猛暑だからスタミナの消耗は激しい。しかし徹夜作業を経てこの運動量とは……」と、この手の展開にありがちな解説役になっている。 その隣で恵子はウットリと高坂を見つめていた。 【8月9日/16:47】 乱闘騒ぎのざわめきが外から聞こえてくる中、屋内はカチャカチャカチャカチャという操作音が支配している。 男2人が黙々と画面に見入っている。余裕があったはずの沢崎だが、次第に表情が曇りはじめた。 「ば、ばかな……」沢崎はついに3連敗で朽木に惨敗した。 現視研で時折、高坂らに揉まれてきた朽木の経験値が、ただ破れ去っただけの沢崎との差になって現れたのだ。 無言でがっくりとうなだれ、ふらふらと部室から出て行く沢崎。 原口「あ、沢崎くん? おーい…」 よほどショックだったのか、原口の呼びかけにも反応せず、沢崎の姿はドアの向こうに消えた。 朽木「沢チン、僕と一緒に現視研に戻っていれば、こんな事にはならなかったのに……」 【8月9日/16:50】 沢崎は、朽木に破れ、フラフラと階段前のテラスまで来ていた。まだ中庭の乱闘は終わりそうにない。しかし、沢崎の戦いは一足先に終わった。 (負けた。またも部室を追われてしまった) 敗北感に打ちのめされ、テラスのイスに腰掛けてうなだれていた。 「沢崎君……」 目の前に誰かが立っている。沢崎は、蚊の鳴くような声で、「ほっといて下さい……」と呟く。 「アニ研に帰らないのかい?」 沢崎が見上げると、赤いマスクをかぶった「メキシコ文化研究会」の男が立っていた。 「アニ研も裏切って原口さんについた僕に、居場所はないんです……ん?」沢崎は途中で何かに気付いた。赤い男はしゃがれた声色をやめていた。 赤い男は、不自然に身ぶり手ぶりを加えて、上手く伝えられない自分の気持ちを語りはじめた。 「えーと、“あの時”は、俺に力がなかったんだ……。こんなことを人と話すなんてあまり無いから、何と言ったらいいのか分かんないけど。ともかく……君を守って引き止められなくて、ゴメン」 「ああ……、やっぱり“会長”でしたか……」 「もう、二代も前の“元会長”だけどね」 赤い男は話を続ける。 「でも、どうか春日部さんを恨むのはやめてくれ。彼女は昔とは違うんだ。俺らのことをある程度は理解して、朽木君みたいなキャラでも受け入れる心の広さがあるんだ……優しい人なんだよ……」 沢崎は、「好きなんですね」とポツリ呟いた。赤いマスクがさらに赤く染まったように見えた。 「俺なんかに言えることじゃないけど……。居場所ができなかったことをいつまでも悔やむより、新しい居場所を切り開いていってくれ……」 赤い男に、沢崎は、「あなたは……どうなんですか?」と尋ねた。“彼”だって前向きとは思えないのだ。会社からいつも部室に来ては入り浸っているではないか。 赤い男は、「あ、俺?……そうねえ。いつもと変わらないけど、“自分で切り開く”ってことは、ほんの少し分かってきた気がする」と答えた。 「そうすか……。あ、近藤さんはアニ研の部室に閉じ込められています。助けてやってください」と語り、沢崎はゆっくり立ち上がった。 そして赤い男に頭を下げて、再び顔を上げたとき、「あなたがそうなら、俺も、ちょっと頑張ってみます」と微かに笑った。
*Zせんこくげんしけん3 【投稿日 2006/03/18】 **[[せんこくげんしけん]] 【8月9日/16:55】 中庭の戦場に、木村自治委員長が駆け付けた。 「旧現視研はすぐに抵抗をやめろ! サークル活動全体に迷惑をかけてはいけない!」 だが、抵抗をやめなくとも多勢に無勢。咲たちは放っておいても数に負けてしまうのが目に見えていた。木村は騒ぎが大きくなりすぎて、大学側から目をつけられたことに焦りを感じていたのだ。 現視研メンバーは、すでに大勢の緑マスクに囲まれていた。バットを持つ者、ドラムスティックを振りかざす者、カメラを構えている者……。 (カメラ?) 「テメー撮るんじゃねェ!」咲が思わずカメコマスクに向けて拳を握りしめる。その隣で斑目は(あー、この乱れた姿もイイかも。写真売ってくれんかなぁ)と妄想した。 田中は大野をかばいつつ弾倉を確認。弾はほとんど残っていない。高坂に、「高坂なら12機くらい3分足らずで倒せるんじゃないか?」と軽口を叩く。 高坂はニコニコしながらも、「ガンガル1機じゃあ戦局は変えられませんよ」と、厳しい見方を伝えた。 恵子が、「やーん、コワーイ高坂さん」と寄って来たが、手にはしっかり角材が握られている。 投降するように呼び掛けようとした木村だったが……その瞬間、「あんたたち、いい加減にしなさい!!」との怒声が聞こえ、彼は固まった。 木村の怯えた視線の先、マスク男達も思わず左右に散ったその先に、北川元副委員長がいた。ひよこのエプロンをして、包丁を握ったまま仁王立ちしている。 「北川さん!」大野が思わず叫ぶ。北川と呼ばれた彼女は、「もう名字違うけどね」と苦笑した。 一方、木村はヘビに睨まれたカエルそのものだ。何も言えない、動けない。 「木村くん……サークルの整理は慎重にやるべきね。利益を得るために1つのサークルを犠牲にするなんて言語道断よ!」北川の喝が飛ぶ。 咲が、「コイツ慎重だったか? うちを狙い撃ちしてなかった?」と、指差しながら大野に同意を求める。大野は焦って否定し、「ダメですよ咲さん。今アノ人こっちの味方なんだから静かに!」と説き伏せた。 北川の「聞こえてるわよソコ」に、大野と咲は固まった。 【8月9日/16:57】 沢崎を下した朽木は、テレビ前のイスから立ち上がり、ギラリと原口をにらむ。 「大将首取ればボクチン大手柄だにょー」 「何なんだ? 何で現視研にはこんな変なのばかりが集まるんだ?」 原口は撤退しようとしたが、廊下には、笹原と荻上が立っていた。咲たちが漫研から追っ手をおびき寄せている間に、彼等はあえて部室へと戻って来たのだ。荻上をかばうように笹原が前に出ている。 荻上の姿を見て、「戻って来てくれた……わけじゃないよねぇ」と笑う原口、「僕はプロとのつながりがあるし、801でブームを演出してきた。ツテを使えば君もプロにだってなれるんだよ。僕のもとで描かないかねぇ?」と食い下がる。 「君の同人誌のようなクオリティで、こんな生産性のないサークルにいたって、何の特にもならないよ」 荻上は、今度は動揺することもなく、「お断りです。このサークルだから描けるんです」と、原口への視線を外さずにキッパリ答える。 「どんなに大物作家を使ってブームを演出しても、たくさんの可愛そうな同調サークルの人たちを操って脅しても、キャラへの愛情がなければ萌えられないし描けないもの……」 原口のニヤ付いた目は変わらない。が、目は笑っていない。 笹原が口を開いた。 「作家のやる気をなくさせるのは編集者として最悪だと、久我山さんに言われたことがありました。今日のあなたは、荻上さんの気持ちを理解せず踏みにじった。……最悪です」 ちょうど、笹原や荻上と反対側の廊下から、赤いマスクをかぶった男が歩いて来た。赤マスクが原口に対峙する。 「そういうことッス。現視研はヌルいかもしれませんが、ヌルいなりに頑張ってるんですよ」 笹原と荻上が目を丸くして赤マスクを凝視する。思わず自らの口を塞ぐ赤マスク。 気を取り直して笹原は、「原口さん、あなたはオタクを消費者としか見れなくなっていたんだ。ここは、生産性とか関係なく、ヌルい仲間が集まる居場所じゃあダメなんですかね……」と呟いた。 「はぁ~」原口は深くため息をつき、「やはりどうにも理解し合えないねぇ。ヤメヤメ。この先も皆が上手くいくと思って提案したんだけどね~」と、お手上げのポーズをとっていた。 「負けた」と言わないのが彼らしいと、笹原は思った。 【8月9日/17:10】 こうして、サークル棟の乱は幕を閉じた。 木村と同調サークルの代表者、そして原口と沢崎も、大学事務への陳謝と事情説明のために連れられて行った。彼等を連れて行くのは、証言者として名乗り出た高柳と、無事解放されたアニ研OBの近藤だ。 その様子を見届けた旧姓北川だったが、彼女に事態を知らせてくれたのは、現視研の初代会長だった。 「あの人、何でうちの住所知っていたのかしら……」と、背筋の寒くなる思いがした。 久我山が汗だくになりながら走って来た。田中のもとに駆け寄る。 「久我山、無事だったか!」 「あ、うん。北川さんが来てくれたおかげでね。あ あの人、この近くに住んでるのかな?」 斑目が、「ホラホラ、卒業しても近くに住んでいる人はいっぱいいるじゃねーの……」と北川(旧姓)を指差すが、田中からは、「お前は別格だ。悪い意味で」と即否定された。 同調サークル側の量産型、いや、緑マスクの男達は、それぞれ大野の所まできて謝罪し、パラパラと解散していく。 「何で大野さんのところに?」といぶかしむ笹原に、「会長だからでしょう」と荻上。咲は「スケベども」と吐き捨てる。 高坂が歩み寄ってきた。 「咲ちゃん大丈夫?」 「あ~ん、コーサカ遅い~っ!」と甘えた声を返す咲。横でジト目の斑目が、「さっきと全然キャラ違うぞ」と突っ込んだ。 瞬間、「ッッッ!」足の甲に激痛が。咲が斑目の足を思いっきり踏み捻りながら、高坂の元へと駆け寄ったのだ。 カッコ良いところを見せること無く、高坂と咲の抱擁を見せつけられた。しかし、トコトコと寄ってきたスーが、斑目の手をしっかと握った。 慌てる斑目にスーは無表情のまま、「HETARE also often held out today. (ヘタレも今日はよく頑張った)」とねぎらう。しかし斑目に意味が分かる訳がなく、むしろ「ヘタレ」だけが分かってヘコんだ。 「おぉ、斑目それ……」と、咲にスーと握り合った手を指摘された斑目は、「いや、これは違っ…!」と、嬉しさ半分、恥ずかしさ半分で否定する。 「うふふふ、スーになつかれるなんて、なかなかありませんよ斑目さん」と笑う大野も、田中としっかりと寄り添っている。 この様子を見て面白くなさそうなのは恵子だ。 「斑目まで……みんなベタベタしやがって。あのデヴをシメそこなうし、気が収まらん!」 【8月9日/17:30】 無事に取り戻した部室に、部員とOB3人、アメリカ人2人が揃う。「今回は助けてくれたOBを立てて……」と笹原提案で斑目中央の上座、左右に田中、久我山が控える。「よっ、主賓何か挨拶しなよ」と咲が茶々を入れる。 朽「挨拶よりですね、先輩アレを!」 斑「え? あー…じゃあ、第39回荻上さんと部室奪還できてよかったね会議~!」 荻「なんかソレ、私が39回捕まったように聞こえるんスけど……」 田「そこは流せ」 大「そうですよ。せっかく無事に助け出してもらったんですから何度だっていいじゃないですか」 荻「いや、1回で十分です」 咲「まあ、荻上は感謝こそすれ、突っ込む立場じゃないよな(ニヤ」 大「そうですよ。だからお礼を兼ねて皆さんの前でコスプレを!」 荻「アナタハソレシカナイノカ(汗」 大「冗談ですよ冗談」 外人&大野を除く一同(ぜってー本気だった) 大「でも、助けてくれた本人にはお礼を言うべきですよ。ねっ!笹原さん!」 荻「………」 笹「え? あー、いや俺は別に……」大野が(このオトコは~!)と憤る。 恵「お礼代わりにさ、一発ヤラせてあげたらいいんじゃねーのォ?(超けだるげ」 一同ドッ引き……。恵子は相当フラストレーションが溜まっている。 久「い 妹キャラって本当に幻想なのかな……。白衣の天使も、幻想だったし」 斑「まーまーまー、ヤルとかそういう話はこっちに置いといてね」 田「そうそう。外人さんも大変な時に来たね、ねえ大野さん(棒読み」 アン「I will come to see the next chance. 」 大「何か次回も見に来たいって言ってます(汗」 朽「まあ今日は、ワタクシのアシストがビシビシと決まったことが勝因じゃあないでしょうか、ね!」 笹「そうだね。朽木君の通信傍受や撹乱は役立ったよ」 咲「クッチー、その“盗聴”の件で少し聞きたいことがある。後で顔貸せ」 朽「……ハイ……」 田「良くやったと言えば斑目だろ。俺達にいち早く知らせてくれたし」 笹「俺、生意気なことを言ってしまって、スミマセンでした」 久「あ 赤い○星気取りなんだな」 咲「やっぱりそうか、あの赤。私もお陰で助かったよ」 斑「???」斑目には全く心当たりがない。だが、その場の流れに身を任せて力なく笑った。 恵「でもさぁ~話戻すけど、1回くらい交際してあげるとかさぁ。援助だと思ってやってみたら?」 笹(蒸し返すなこのバカ) 咲「交際を援助って、待てケーコ誤解を招く」 荻「何度も言わせないでください! 私がオタっ………」 漫研での大野の言葉を思い出し、少しは素直にならなきゃいけないと思う荻上は、言葉を押しとどめた。 笹&外人除く一同「ん?」 荻「……」 笹&外人除く一同「んん?」 荻「……あ……いや」 笹&外人除く一同「んんん?」 荻「……いえその……今日は、ありがとうございました」頬を染めて礼をいう。 大「やればできるじゃないですか~!」 荻上の様子を見た咲は、この子のために何とかしてあげたいと思った。隣の恵子にヒソヒソと耳打ちする。 咲『ケーコ、アンタの言ってた合宿、行こうか。私もスケジュール空けてあげるからさ』 恵「マジで!」 咲『静かに。アンタの隣(笹原)に聞こえちまう……。ササヤンの就活もあるからちょっと待ってなよ』 恵子は機嫌が良くなり、バンバンと兄の背中を叩く。 「頑張れよアニキ、いろいろとな!」と、気味の悪い笑顔を振りまいた。 荻「なっ……私そんな意味で言ったわけじゃないです!」 恵「何誤解してんの? 就職だよ」 真っ赤になって立ち上がる荻上。「誤解なんかしてません! 印刷所に行きますから失礼します!」 荻上は怒って部室を出ようとしたが、スーが服を引っ張って引き止めた。 荻「?」 大野が通訳しようとするが、頬を赤くして上手く言えない。 「あの…荻上さん? 服を交換した時…勢いに任せて脱がせたから…その…“下”を戻すの忘re○□ッ※ッ…!」 一同赤面(コイツら“全部”取り替えたのか!) 人気マンガの赤ダルマ並に真っ赤な荻上。もうすぐ自然発火しそうな勢いだ。 アン「Oh, It`s Gyororo!」 咲(だれかぁ……誰かこの流れ変えて~) その時、頼れる男が立ち上がった。 高「あ、忘れてた。笹原くん、これお土産」 高坂は持参していたポスターケースをスポッと空けて、中から大判のポスターを取り出した。 高「プシュケの新作ゲームの宣伝用だよ。早刷もらってきたからあげるよ!」 対面の笹原と、並んで座っていた恵子と咲の目の前に、「メガネ」「巨乳」「縞パン」など……あらゆる「記号」が散りばめられた極彩色のポスターが大股開きで展開された。大人数の都合とはいえ、咲は高坂の隣に座らなかったことを後悔した。 固まる一同。ただ荻上だけは、(あの2人、やっぱ仲良くね?)と無限のワープへと旅立とうとしていた。 咲(この流れも嫌ぁ……誰か助けて) 笹「あー、ああ、そうそう。大変でしたよね、僕たちいろんなサークルに追われて(凄く取り繕うように棒読み」 田「なんか部室のマスターキーが欲しくて網張ってたらしいな。大野さんが捕まらなくてよかったよ」 大「え? 私ですか?」 朽「会長でござんしょ、キー持ってるの」 大「いいえ」 久「そ そういえばココ、ちゃんと戸締まりしてないよね?」 笹「じゃあ誰が持ってるんだろ」 斑「あ……」 にこやかな高坂、外国人、ワープ中の荻上を除く一同(あんたかよ!)。 【8月9日/18:20】 皆が解散した後、斑目は屋上に来ていた。もうすぐ沈もうとしている夕陽と、赤く染まる雲を見ていた。 騒動が終息して大学は人の気配がなくなり、足下に広がる林の奥からはカナカナカナ……と、ヒグラシの寂しい鳴き声が聞こえてくる。 誰かが屋上にやって来た。 振り向きはしないが、気配……いや、時折感じていた違和感、既視感で誰かは分かっていた。 斑目は振り向きざまに、「よくココが分かったな」と言った。 そこに立っていた赤いマスクの男は、「そりゃあ分かるさ。“この日、俺もここに立ってたし”」と語り、マスクを脱ぐ。「イテテ、コンタクトなんて面倒で嫌だな」などと、ブツクサ言いながら、メガネを取り出してかけた。 顔を上げるとそれは、斑目晴信その人だった。 “赤い方”の斑目が、「やあ、“3年ぶり”。そっちはだいぶマシになったな。“あの時”は妖怪みたいだったしな」と愛想良く笑う。 “この時代”の斑目は、「うるせー。お前のせいで大変なことになったんだぞ」と反論したが、結局、自分のせいでもあることに苦笑した。 赤い斑目の手には、原口の持っていた荻上のノートと「あなたのとなりに」があった。ボヤ騒ぎの隙に盗み出したものだ。荻上には赤マスク男の姿のまま、原口が目を盗んで巧妙に複写したものだなどとテキトーに説明しておいた。納得してもらえるかどうかは分からないが。 この時代の斑目は、「初代が言ってた“時間の歪みを修正する働き”って、俺自身のことだったんだな」と納得した。 赤い斑目は、「初代が言うには、今日が大きな分岐点だったそうだ。だから俺は、2002年からすぐに自分の時間に戻れずに、1か月前へと“経由”してきたらしい」と語る。 今日の昼、稲荷のほこらへと続く林の小道にタイムスリップした。初代会長に出会って状況を飲み込み、物陰に隠れた13時15分、この時代の斑目が恵子と一緒に小道を訪れたのだ。 斑目は、事のややこしさと、初代会長の不可解さに首をかしげるばかりだ。そこに赤い斑目が、「1か月後には、お前が俺の役目をやるんだぜ」と語り、もう1人の肩を叩いた。 そのための「宿題」は、たくさんあった。 まず、スージーと最低限の会話ができるようカンニングペーパーを用意。マスク着用の際に使うコンタクトも買って持っておくこと。今回の騒動に関してみんなの動きも確認しておくこと……。 「約1か月後、軽井沢合宿が終わったころに、お前は2002年に飛ばされる。そして次に2005年8月、つまり“現在”に飛ばされる。その時のための事前準備だよ」 ちなみにマスクと衣装だが、原口派を名乗ってプロレス同好会に行けば喜んで貸してくれるという。 斑「赤の専用マスクを選ぶというところが俺らしい」 赤「な! そうだろ!」 しかし、この時代の斑目には納得いかない事があった。 斑「“軽井沢合宿が終わったころ”って、何で現視研が合宿せにゃいかんのだ! そんな暇があったら……」 赤「コミフェス行って同人誌買い込んで○×△□三昧か? まあ待て、決して悪い話じゃないんだからさー」 斑「何でお前は俺のくせにそんなに寛容なんだ? 1か月の間に何が変わった? 笹原の妹になんか弱みでも握られたのか俺?」 頭を抱え、「やっぱりこれは悪い夢なんじゃないか~」と嘆く斑目。 赤い斑目はその肩をポンと叩きながら、「まあ、俺だって、今も夢を見てるんじゃないかと思うよ……。でも軽井沢は事実だ。現実だ。お前もいずれ、自分の気持ちが理解できる」と伝えた。 【8月9日/18:40】 「さてと……」説明を終えた赤い斑目は大きくため息をついた。 「じゃ、ノートと同人誌を焼き捨てよう。そうすれば修正は完了して俺も1か月後に帰れるらしい。そうだ、この時のためにライター持っておけよ」 2人の斑目は、陽が沈み、暗がりが空を包みはじめた屋上でノートと同人誌に火をつけた。 「と~おき~ や~まに~ 日は落ちて~…か」 細い煙が夕闇に吸い込まれて行く。 この時代の斑目は、上っていく煙を目で追って、その先に今日最初の星のまたたきを見つけた。 「あ、星かぁ……おい見ろよ」と視線を落とした時、もう、赤い斑目の姿はなかった。 足下のノートと同人誌は灰になり、涼しい夜風に吹き流されていく。ヒグラシの声も聞こえなくなった。 斑目はもう一度星空を見上げ、ふと何かに気付いてポツリと呟いた。 「あ、明日の俺は会社で怒られるかどうか、聞くの忘れてた……」 【8月9日/19:00】 屋上から降りてきて部室に戻って来た斑目。そこにはまだ咲の姿があった。 斑「何でまだ居るの?」 咲「大学事務局の先生から騒動の事情聴取受けた。北川が私を指名しやがって居残りさ。笹原も一緒だったけど帰ったよ」 斑「荻上さんはどうなった?」 咲「ミナミ印刷所に頭下げにいったけど、予定通りに間に合うって……」 しゃべりながら、バッグの中身を整理する咲。帰り支度のようだ。斑目がその手を見ると、腕のところどころにバンソウコウをはっている。 (凄かったもんなぁ、あの立ち回り……) 彼女は確かに強い。普段の姿からは信じられないが、パンチで2度ばかり流血した覚えのある斑目は実感している。 (それでも、自分の手を傷つけてしまうほどの大暴れとは……きっと脳内でアドレナリン出まくりだったんだろうなぁ) 咲が斑目の視線に気付き、自分の手を眺め、そして斑目の方を見た。 「あのさ斑目」 「ん?」 「1階のボヤの時と、中庭と……、助けてくれて、ありがと」 この斑目にとっては、1階で火が出た時に彼女を助けるのは「1か月後」のことなのだが、「ああ、あのくらいはね……結局カッコ悪かったけどね」と返した。 咲は、「ははは……。まあまあカッコ良かったよ」とニコリと笑う。 その笑顔に魅入られて、「あ…、あっそう?」と、照れた笑いを浮かべる斑目。咲は再びバッグに目を向けて、いそいそと帰り支度を済ませた。 「じゃ、帰るわ」 「あ、1人?」と尋ねる斑目に、「ううん、コーサカが下で待ってるから」と咲は答える。高坂はまた仕事場に戻るのだという。だからせめて、帰り道だけでも一緒に居たいのだろう。 斑目は、「ん。じゃ、本当におつかれ」と素っ気なく、去って行く咲を見送った。 【8月9日/19:45】 斑目は力なくアパートのドアを開けた。今日一日を終え、外で適当に夕食を済ませて帰ってきた。上着をベッドに脱ぎ捨てて、イスにどっかりと腰を下ろし、フゥとため息をついた。 疲れる一日だった。仕事で、ではない。 「ええい、今日一日の異常事態など忘れて、立てよ俺!」 そう、12日からコミフェスが始まるのだ。しかも社会人になった今年は、額こそ少ないがボーナスも入った。これを同人誌につぎ込まないで何に……。 『助けてくれてありがと』『まあまあカッコ良かったよ』 咲との言葉が頭から離れない。斑目は手にしたコミフェスのパンフをデスクに置いた。 【8月11日/12:20】 斑目は今日も部室に弁当を持ち込んで食べている。 校内で大立ち回りが繰り広げられたばかりだが、事後処理は大学とサークル自治会が担い、変わりのない日常が戻ってきた。 もともと夏期休講中なので、外から聞こえてくる蝉の声以外は、人の声もまばらで、サークル棟はひっそりとしている。 斑目は部室に来る途中で沢崎に会った。 ニコリと笑って、「ありがとうございました」と礼を言われたが、心当たりがなくて釈然としなかった。 (俺、何かしたっけか?) カレンダーは木曜日。明日からコミフェスだ。斑目が会場のビックサイトへ行けるのは14日。勤め人がこれほどまでに辛いものだとは思わなかった。 9日の屋上で、焼き捨てる前の荻上さんの本をパラパラと眺めた斑目。今もその内容を思い出すと汗が出てくる。強烈に印象に残るのだ。 「割とハードだったよな……、荻上さん恐るべしってか。確かにひょっとすればプロになれるかも」 801は専門外だが、同人誌を見続けて来た男の直感がそう言っている。ハラグーロはいけ好かない奴だが、その眼力には感心した。 「ん?……ちょっと待てよ」 (もし俺が1か月後、本当に2002年に飛ばされたとして、その時に、荻上さんのバッグからこぼれたノートや同人誌を忘れずに回収すれば、万事オッケーなんじゃネーカ?) 顔中に汗が……「昨日、英語のカンペ作ったり、仕事帰りにコンタクト買ったりライター買ったり、さんざん準備しちまったよ……」 「まあ、本当にそうなるかは、これからの君たちの選択次第なんだから、気軽にね」 不意に声が聞こえてきてビクつく斑目。初代会長が入り口近くに立っていた。 「またこれも僕の仮説だけどね……」 初代が言うには、様々な分岐点で、選んだ選択の数だけ未来は存在するというのだ。 「例えば、荻上さんが次の会長になったり、大勢の新会員が入ってきたり、君が行商人になって全国を旅したり、ひょっとすると君らが戦場で戦っている未来があるかもしれない。もはや、分岐は無限に近いんだ」 さらに初代会長は、「これは時間軸の話というよりも、僕のデータ収集や人間行動学の分析に近いものだけど……」と前置きして笑い、斑目個人の行動選択次第では、意外な人物と親しくなっている未来だってあり得ると語った。 そこに恵子の名前が上がった時は耳を疑った。「それともう一人、かす……」と言いかけた初代に、斑目は思わずその発言を制した。 「イヤー、もういいっスよ。頭がパンクしそうだし。それに“さきのこと”は自分なりに選択して、切り開いてみようとは思ってはいますから……」 初代は微笑み、「フム、前向きだね……。ボクはね。君を2代目の会長に据えた選択を誇りに思うよ」と優しく語り掛けた。 斑目は腕を組み、「そうっスか? それが俺自身にとって災いしてませんかね」と苦笑い。 「幸せになれるよ、少なくとも今の君はね」 「でも初代……あれ?」 もうすでに初代の姿はなかった。 「いないし…」 ガチャ、と部室のドアが開き、咲が顔をのぞかせた。 「……ひょっとして独り言? キモ!」 【8月11日/12:35】 咲は店の準備が一段落した帰りだという。今日は表情が明るい。2人だけの部室。ちょうど斑目は、あることを話したかった。 何気ない会話のはずなのだが、それでも切り出し方を悩む。脳内のモニターでは、またしてもゲーム画面に変換された咲を前にして、選択肢を慎重に選んだ。 「あー……、春日部さん、今日もあついねー」 この一言だけでもなかなかの時間を要した。 「……何?」と咲。 「避暑地へは……いつ行くのかなぁ?」 「へ?」と間の抜けた表情を見せた咲は、「斑目も行けるの? つうか行く気あんの?」と尋ねた。あれほどコミフェスにこだわり、合宿や旅行を否定した男が、前向きな姿勢を見せているのだ。 「ま、まあね。たまには俺もね、気分転換を……」 初のボーナスを大量にコミフェスに投入しようと思っていただけに、それを旅行の費用にまわすというのは、斑目にとっては大きな決断であった。 「あーそう」と咲はにやりと笑い、「じゃあ…もし決まったら、相談しておきたいこともあるから、よろしくねー」と語る。咲の言う相談事とは、笹原と荻上についてではあるが、斑目には何のことだか分からなかった。 しかし、頼られる気分は悪くない。 もちろん、咲と一緒に旅行を楽しんだところで、高坂にはかなわない。おそらく今後も咲の気持ちは変わらないだろうとは思っている。すぐに落ち込んで元に戻るだろうが、自分なりのアプローチはしてみようと思った。たとえ、それに気付いてもらえないとしても。 (幸せになれるよ、少なくとも今の君はね) 初代の言葉を噛み締める。もうすでに、新しい時間の分岐は始まっているのかもしれないと斑目は思った。 咲と斑目が部室を出た。 先日までの喧噪が嘘のように、部室はひっそりと静まり返っている。 また誰かが部室のドアを開く時、また新しい現視研の歴史が積み重ねられていくことだろう。 <完>

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