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*Zせんこくげんしけん1 【投稿日 2006/03/12】 **[[せんこくげんしけん]] 【2005年8月8日/19:45】 斑目は力なくアパートのドア開けた。一日の仕事を終え、外で適当に夕食を済ませて帰ってきた。上着をベッドに脱ぎ捨てて、イスにどっかりと腰を下ろし、フゥとため息をついた。 疲れる一日だった。仕事で、ではない。 いつも通りに現視研部室で昼食を取っていた時、大野がアメリカ人を連れてきたのだ。しかも2人も。しばらく自分一人での対応(というか流されるまま)だったので、午後のスタミナも奪われるような脱力感があった。 後でやってきた咲は、自分とは対照的に流暢な英会話で会話をしていたというのに。 斑目は虚空をうつろに見つめながら、「ケョロロ将軍ねえ……」とまた独り言。話題のアニメが気になるわけではない。彼女と自分との能力格差が、今頃になって心に小さな穴をつくっているのだ。 「あ~あ、かなわねーなァ!」イスの上で背伸びをした斑目は、1枚の封筒を手にしたが、中の「あの写真」を取り出すことはなかった。「眺めたところで、何が変わる……」 斑目は自分の気持ちを高ぶらせ、憂鬱な気分を珍しく速攻で振り払った。 「ええい、気を確かに持て。そんなことはどうでもよいではないか! 立てよ俺!」 12日からコミフェスが始まるのだ。しかも社会人になった今年は、額こそ少ないがボーナスも入った。これを同人誌につぎ込まないで何になる。斑目はギラギラした目つきでコミフェスのパンフレットに目を通しはじめた。 その中でひときわ目立つ告知は、同人誌の“業界”を席巻する大物「Hi」のもの。ここ2年ほど、801をメインに、大物作家を使って次々に流行を生み出すプロデューサー的な人物だ。「Hiは、今年は801だけか…」 その時、急にデスク上の携帯電話が小刻みに震えだす。ディスプレイを見て小首をかしげた。 「公衆電話…?」 電話に出ると、『斑目、斑目か?近藤だけど!』と、うろたえた様子の声が聞こえてきた。アニ研OBだ。 「あー近藤さん、久しぶり。どう?仕事の方は慣れた?」 『それどころじゃないんだ。サークルが変だ。OBの手には負えん……アニ研も“すでに押さえられた”。俺は明日大学事務に相談する』 「何の話?」 『気をつけろ……狙いは現視研の……』 (ガガッ!……ガチャ!!)「近藤さん?」 (ツー…、ツー…)その夜、再び電話がかかってくることはなかった。 【8月9日/11:30】 夏期休講中。直上からの日差しがコンクリートを焼き、日陰のコントラストをハッキリとさせている。ジワジワ、ジージーとセミの鳴き声は止むことがない。 人気の少ないサークル棟3階の現視研部室では、団扇を片手に語りあう笹原と荻上の姿があった。夏のコミフェスで大野が売り場に立てなくなったので、急きょ2人で会合を持つことにしたのだ。 笹原は、「今回の主役だから」とテーブルの一番奥に荻上を座らせ、自分はその右手に座った。 笹「まあ、ちょっとした動きの確認だけだからね」 荻「はあ」 笹「それにしても今年は猛暑だね。地球温暖化だね…ははは」 荻「そうでしょうね」 座る位置からちょっとした話まで、気を使っている笹原と、愛想の無い荻上の、たわいもない会話が続く。 そこに、「ここで良いから寝かせてくれぇ」とうめきながら、咲がやってきた。まだまだ自分の店の開店準備で忙しいらしく、目にクマを作って疲労困憊の様子。 が、笹原と荻上しかいないことに気付き、「あらあらー、2人で何やってんの?」と、笹原の向かい側に座ってさっそく茶々を入れる。 「打ち合わせです」と味も素っ気も無い荻上。咲はニヤニヤしっぱなしだ。 何かを期待している。荻上にはそれが嫌なほど感じられる。(先輩誤解してる)とは思う。しかし、(自分自身はどうなの?)(嬉しくはないの?)と自問するが、怖くて自分の心に素直になれなかった。 ガチャ、部室のドアが開いた。 「や~久しぶりだね」と、顔をのぞかせたのは、なんと“あの”原口だった。 「!?」あまりに意外な人物の登場に3人は言葉も無い。むしろ(コイツいまだに学内ウロウロしてるのか)とあきれて言葉も出ない。 笹原は先日、荻上の部屋での打ち合わせで、「結局あの人どこで何してっかわかんないし」と原口を評したばかりだった。 全ての人には見えない線が繋がっていて、想ったり噂したり、何かが起きた時に、その線を通じて相手に通じるという話を聞いたことがある。「虫の知らせ」なんかもその類いだという。笹原は、その話を思い起こして自分の発言を後悔した。 「……何か、用ですか?」と訪ねる笹原は無視して、原口はドア直近のイスにどっかり腰を下ろし、荻上に向けて言葉を発した。 「荻上さんだっけ? “あなたのとなりに”はもうミナミ印刷に入稿したんだっけ?」 荻上の表情が青ざめる。まだ笹原にも大野にも伝えていない自分の同人誌のタイトルではないか。「!?……なんでソレを知ってるんですかッ!?」と声を荒げる。 原口は、気にも留めず、「麦男×千尋というのは使い古されたパターンで新しさはないけれど、キミの画力で見せてるよねぇ。あれはね、しっかり宣伝すれば売れるよ」と続けた。 もう荻上は言葉が出ない、両肩はワナワナと震え、原口をにらみ据える瞳には涙がにじんできた。 (……誰にも見せてないのに……あの人にも決して見せないと……) (汚された!) ガタンッ!とイスを弾き飛ばすように立ち上げる荻上を、咲が支えるように押しとどめ、「アンタ、ちょっと無神経じゃねーの!」と原口に向けて口を尖らせた。 「ああ、ごめんごめん、あんまりいい出来だったんでね。もったいないよね。小さな印刷所で50程度の発行部数なんて、儲からないよ~」 傷つけられた人間への配慮はまったく感じられない。 原口は本題に入った。 「そこでね、僕のツテで、トッパンで1万5千部印刷させてあげるよ、ミナミ印刷発注分は僕が買い取るから心配いらないよ。それでもまだ利益を得られるんだからね」 笹原は驚いた。編集者を目指す上で印刷業界のことも少しは勉強している。トッパンといえば日写と並ぶ印刷業界最大手ではないか。しかも1万5千なんてベラボーな数字だ。大手で個人誌を大量印刷なんて前代未聞、いや不可能だ。 思わず、「……そんなこと、できるわけないじゃないスか。第一、荻上さん個人の趣味の本ですよ。売るために作るわけじゃない……」と、腹の底から絞り出すような低い声が漏れた。 「それは売り方を知らないからだよ。君はいつまでもオナニーだな」原口は切り捨てるように返し、「聞いたことないかなあ。2年前から同人業界で新しいムーブメントを作ってる“Hi”って。あれ、僕なんだよね」とサラリと言った。 「大物作家に2、3原稿上げてもらってるから、そこのメインに荻上さんのマンガを入れる。さっそく刷って、製本を行ってギリギリで出す。僕がプロモーションをかけるから売れるよ~」 荻上を売り出す気らしい。 笹原はいい加減腹が立ってきた「荻上さんのことを何も知らない癖に、何を言ってるんだ!」強い語気で迫った。 「知ってるよ。少なくとも3年前からね……荻上さんが何を書きたいか、キミより理解しているつもりなんだけどね」 原口は、自分のカバンから、古ぼけた一冊のノートと同人誌を取り出した。 「!!!」荻上は驚愕する。原口が持っているノートは、今、自分の手元にあるノートと全く同じ物……。 いや、ノート自体は市販品だから「同じ商品」かもしれないが、それと一緒に掲げられたのは、まだ印刷もされていないはずの、同人誌「あなたのとなりに」製本版ではないか。 荻上は、ふらふらと後ずさりし、気を失いそうになった。咲も立ち上がって背中を支える。笹原も無意識に立ち上がっていた。 原口は続ける、「ボクならキミをメジャーにしてあげられるんだよね荻上さん。プロになれる。儲かるよボクと組むと」 荻上は気力を振り絞り、「誰があなたみたいなオタクと!」と叫ぶ。 「出版社にもアタリは付けてるんだ。友達にキミの腕前なら買ってもいいっていう編集者も居てねぇ。現役大学生作家として大いに売り出そうよ」 「嫌!」荻上は涙をポロポロと流しながら叫ぶ、もう立っているのもやっとだ。 笹原は、普段の彼からは想像もできない刺すような視線を向けて、「原口さん……帰ってください」とだけ呟いた。咲も怒り心頭の表情を向ける。 席を立つ原口、「仕方が無いなあ。もちろん学生の間は、現視研の活動扱いにして利益を還元してくれれば、学内サークルも大いに助かるんだよ?」 「だからッ……」原口は叫びそうになる笹原の発言を押しとどめ、フゥとため息を付いて目を細める。 「残念だけど、ゴネるようなら君たちは“解散”…だ」 ドンッ!とドアが乱暴に開き、見知らぬ男達が部室に入ってきた。3人、黒塗りのマスクをかぶっている。 咲「はい? マスク? 何コレ?」 原口は部室占拠の暴挙に出た。「サークル自治会といくつかのサークルは、ボクの提案に賛成してくれてね」と語る。 マスクマンは助っ人だ。「あんまりゴネるとこちらのプロレス同好会の皆さんが黙っちゃいないけど?」と強気に出た。 異様な緊迫感が部屋を包むなか、ガチャ! とドアが開いた。 「イルチェーンコ!シェフチェーンコォォォォォオ!ヘローヘロォ!」と体いっぱいに己の精神性を表現しながら朽木が現れた。 部屋中の誰もが、マスクマンの皆様も、朽木の狂態に顔中に汗をしたたらせて耐えた。 「アレ……ドシタの皆さん? おおっ、スーパーストロングマシン(マスクの人)が3人も!」朽木は状況が飲み込めないまま一人で盛り上がり始めた。 この隙をついて、咲は荻上の手を取り、腰を低くして男達の前をすり抜けた。「ササヤン!」と叫ぶ咲の声に反応して、笹原も駆け出す。しかし咲に連れられた荻上は足がもつれ、原口に肩を掴まれた。 「!」咲は荻上の手を離してしまう。 ドアから出かかった笹原が手を伸ばす。荻上も思わず手を伸ばす。 「荻上さん!」「ささは……ッ!」 しかし、視界にガタイの大きなストロングマシンが横切り、二人の手は振払われた。 笹原の片手は咲に引かれて部室の外に、訳も分からずその場の勢いで走る朽木を先頭に、咲、笹原は部室を飛び出した。 騒ぎが収まった部室を、サークル自治会長の木村が訪れた。左手が不安げにTシャツの端をいじっている。 「こ、これで良かったんですかね」という木村に、原口は、「みんなの利益のためだからね~、一部の人には我慢してもらわなくちゃね」とにこやかに笑った。 「じゃあ、今日からここは、“新現視研”ということで。あ、木村君、アニ研から沢崎君呼んできてよ。彼にここを任せるから」 どんどん話を進める原口の傍らで、荻上は抜け殻のように放心状態で座っていた。男達が騒がしく右往左往する中で、彼女だけ時間が止まったように動かない。ただ涙だけがスルスルとその頬を伝って落ちた。 視線の先には、まだ製本されているはずのない「あなたのとなりに」が1冊、無造作に置かれていた。 【8月9日/12:05】 昼休み。斑目はいつものように部室に向かう。しかし今日は、前夜の電話が気掛かりで、誰かが部室に出てくるのを期待していた。 サークル棟に向かう道すがら、別の門から学内に入ってきた恵子とバッタリ出くわした。 「あ、君もこれから部室デスカ」 「悪い?」 斑目は、(コイツじゃ事情は分かんないよなあ)とうなだれながら再び歩き始める。恵子は斑目の少し後ろを歩き、携帯をいじったり、無意識に斑目の手に揺られているコンビニ袋に視線を落としている。 別に語ることもなく、2人がサークル棟の階段を上り始めた時、恵子が沈黙を破った。 「あのさー」 「はい?」 「本っ当にこのサークルって合宿する気ないの?」 斑目は、階段を登る歩みを休めることなく、「この前も言った通り、我々にとって夏といえばコミフェスですよ。合宿にまわす金などない。あと……俺OBだよ。決定権ないし」と、素っ気なく答えた。 「第一、キミは他にも夏にアチラコチラへ連れてってくれるイカツイお友達くらい沢山いるでしょうに!」 ちょうど踊り場にさしかかった時に、寂しげな口調で答えが返って来た。 「ココの面子だから、いいんじゃん……」 斑目は立ち止まり、ハタと恵子を見て(あ、俺また無神経なこと言っちまったよ……)と自分の舌禍を後悔した。 恵子は慌てて、「あー、ホラッ、何はなくともコーサカさんいるし……」と取り繕ったが、すぐに、「……まあ、最近は何つうか居心地がいいんだよね。みんないい奴ばっかりだし。キモイのもいるけどね……」と本音が出た。 (素直なんだな)斑目は少しばかり恵子を見直し、「ああ、俺もだな。居心地いいのは同感だ」と、自分の気持ちを吐露した。 「だから就職しても寄生してるんだ」 「キミウルサイ」 階段を上り切って3階の廊下に出た時、斑目の背後でヴヴヴッという振動音が聞こえ、恵子が携帯を取り出した。 「あ、ねーさんだ」との言葉にピクッと反応する斑目だが、部室の近くで3、4人の男がざわついているの見て立ち止まった。 直後、恵子が斑目の半袖ワイシャツの端をクイッと引っ張った。 「何か、ヤバいみたいよ……ねーさんが部室に近寄るなって」 「もう、遅いんじゃないかなァ?」 すでに斑目の前には、久しぶりに目にする“嫌な男”が歩み寄っていた。 【8月9日/12:20】 「新現視研!?」部室前の廊下で原口の話を聞いた斑目は、耳を疑った。 「同人誌の件、荻上さん自身は納得してるんですか?」「ほかの現視研メンバーの同意は?」との質問にも原口は、のらりくらりと答えるばかり。鈍い斑目でも、昨晩の近藤の電話はこの件だったのかと推測した。 原口からは、「まあ斑目も、いつまでもこんな所をウロウロしていないで、仕事に戻ったらどうだ」と、痛いところを突かれた。(あんたも社会人じゃねーのか?)と心の中で突っ込みつつ、斑目はいつも通りの低姿勢で穏便にやり過ごそうと話をしていた。 納得いかないのは恵子だ。 「斑目サン、誰よこのデヴ!」 原口は細い目をさらに細めて恵子にらみ付けてから、斑目に向き直り、「何だ、この躾のなってないコギャルは?」と問いただす。 「笹原の妹デスよ……」 恵子は収まらない。「斑目もこんなのに敬語使う必要ないんだよ。ふざけんな“せっかくの居場所”をかき回すんじゃねーよ!」と噛みつく。 「居場所?」原口が反論する「この現視研は君らがタムロするための場所じゃないんだ。もっと有効に“活用”するために整理させてもらったんだよ」 部室のドアが開き、斑目にとって見覚えのある顔が出てきた。沢崎“新会長”だ。 驚く斑目に沢崎は、「今日のところはお引き取りください。あなた達学外の人間にとやかく言われる筋合いはないんです」と話に割って入り、「原口さん、ちょっと……」と呼んだ。 斑目は、原口の「さ、帰ってくれ」の言葉に黙ってうなずき、「ハイハイ、分かりましたよ……」と言いかけて、沢崎が空けたドアの向こう、部室のテーブルの一角に、無表情で座っている荻上の姿を見た。 荻上も、ハッと隙間から覗く斑目に気付き、2人の視線が交錯した瞬間、ドアは堅く閉ざされた。 斑目は険しい顔つきで、ドアの向こうをにらむ恵子の腕を取り、来た道を引き返しはじめた。 (今日の午後は代休になっちまうな)と斑目は思った。恵子の携帯に入ったメールには『学内にいる現視研は稲荷前に集合セヨ』とあったのだ。 部室内で沢崎は、部室の鍵を取り返す必要があるのではないかと原口に尋ねた。 「今日来ていた誰かが持っているかも知れないな。捜させよう」こうして原口の息のかかったサークルが、大学内で現視研を追いつめるべく動き出した。 【8月9日/13:00】 椎応大学の主な出入り口は、サークル棟に一番近い東端のテラス門、近所の動物公園につながる北門、そして南側の正門、西門の4カ所がある。 原口・沢崎による新現視研と一部サークルは、現視研メンバーの脱出を許さない構えだ。同調するサークルの人間が、普通の素振りをしながら見張りに立っていた。 しかし、その「見張り」が問題だった。 みんなプロレス同好会謹製の「スーパーストロングマシン」マスクを着用しているのだ。しかも緑色、量産型だ。実に分かりやすい。 椎応大学内には、緑豊かな茂みの中に、稲荷の小さなほこらが建てられている。咲、笹原、朽木はそこへと逃れていたが、話題は“追っ手”の容姿に及んでいた。 咲「あいつら、本当に馬鹿なんじゃないの?」 朽木「いやいや、悪の組織に量産型戦闘員は不可欠でありマス!」と朽木が目を輝かせる。 咲「悪ってオイ……」 朽木は、「あの人もなんだかんだ言ってオタクですなぁ……」と、原口を評した。 「ではさっき部室にいた黒いマスクは“三連星”ってことデスカ!ウヒョー!誰が踏み台になるんですかねぇ!」 話がドンドン暴走していく朽木は無視して、笹原は、「荻上さんを助けないと」と歯ぎしりした。 その後ろで朽木は、ガサガサとカバンから何かを取り出しはじめた。 咲「アンタこんな非常時に何遊んでんのよ」 朽「イヤイヤ誤解はナッスィングですよー」 朽木が持っていたのはトランシーバーだ。運動関係サークルが常用する無線の周波数はすでに知っているというのだ。 「うちの大学はよく駅伝出てるデショ。この回線を知ってると、連絡内容が聞こえたりして面白いんですヨ」 驚かされる咲、というかあきれていた。(コイツ盗聴まで……) 笹原「なるほど、相手も大人数だから携帯じゃ連携とりずらいし。無線を使いそうだよね」 咲「でもクッチー。あんたいつもそれ持ち歩いてんの?」 朽木は都合の悪そうな質問はスルーしつつ、鼻歌を歌いながら通信を傍受した。 「それほど人数はないみたいですな。サークル棟自体は見張りが少ないですニョ」 「そう…」咲はフーとため息をつくと、「あいつら何とかギャフンと言わせて、荻上取り戻さなきゃね」と呟き、笹原は無言でうなづいた。朽木はまた鼻歌を歌っていた。 予告編 ※BGM:ガクト(嘘) (カミーユ調で)「ハラグーロ!! 貴様はオタクの浪費の源を生むだけだ!!」 邪道SSの正統なる続編、望まれもしないのに登場!! “新現視研”に囚われた荻上奪還作戦が始まる!! 「Zせんこくげんしけん/オタの鼓動は萌」
*Zせんこくげんしけん2 【投稿日 2006/03/13】 **[[せんこくげんしけん]] 【2005年8月9日/12:50】 話は遡るが……。 大野はこの日、スージーとアンジェラを再び大学内に連れてきていた。 咲から、「キケン、大学にクルナ」と短いメールが入り、続いて簡潔に状況が知らされた時、すでに大野達は大学に来ていた。 「もう遅いんですけど……」 引き帰そうにも、正門には、野球のユニフォームを着て緑色のマスクをかぶった怪しい人物がこちらを見ている。 マスク男が近付いて来た。 旧現視研メンバーと思われる不審者を捕まえようというのだが、マスク男自身が不審者そのものである。 逃げることもできず、「あうあうあ……」と、うろたえるばかりの大野。 アンジェラは隣で、「What is it festival today? I want also to wear that Mask.」と誤解して笑っている。 マスク男が声を掛けようとしたとき、その後方から、「あー、いたいた! 何をしてたんですか“ヨーコ”さん!」と声がした。 スーツを着込んだ元漫研のOB、高柳が息を切らして駆け込み、大野達とマスク男の間に割って入った。 高柳は強い口調で、「彼女達は文学科のブラッシー教授のお客さまと、その通訳のカンナヅキさんだけど、何か用かね?」と切り出し、さっさと大野、アンジェラ、スーを連れて行った。 ある程度歩いて立ち止まった一行。高柳は、斑目同様に近藤の電話を受けて異変を知り、大学に様子を見に来ていたのだ。 大野は両手で高柳の手を取り大げさすぎるくらいに礼を述べた。 思わず赤くなる高柳は、「大野さんのためだからねー。ひとまず漫研へ行こう。あそこはまだ中立だから」と案内をかって出た。 ホッと胸を撫で下ろす大野だったが、直後に恐ろしいことに気が付いた。スーの姿が見当たらないのだ。 傍らのアンジェラは、「It is safe. She comes back sooner or later. 」と大して気にしていない。 「そのうち帰ってくるって言ったって……ノンキ過ぎよ」と嘆く大野であった。 【8月9日/13:15】 斑目は午後の急用をでっち上げて電話先の上司に必死に頭を下げ、恵子とともに行動を開始。咲や笹原と合流するために大学内の稲荷のほこらに向かう。 林の長い小道を歩く途中、ふと斑目が足を止める。ザワザワとした妙な違和感を感じるのだ。 一緒に立ち止まり、「どした?」と尋ねる恵子に、「悪ぃ、先に行っててよ。そのまま行けば春日部さん達がいるはずだから……」と応える。 キョトンとした恵子は、あー…と納得した素振りを見せ、「立っション?」とデリカシーのない一言をぶつけた。 斑目は、(これだから現実の女は……)と呆れ、追い払う手ぶりをしながら、「そういうコトにしといてよ」とだけ答えた。 恵子が道の向こうへと消え、斑目が周りを見回した直後、不意に、「どうしたの?」と声がした。 「うおっ!」驚く斑目の背後には、いつの間にか初代会長が立っている。 (この人は何者なんだ?)と思いつつ斑目が、「初代、いま大変なことに……」と切り出そうとすると、初代会長は、「うん知ってるよ。“だから僕も来たんだ”。で、どうしたの急に立ち止まって」と最初の質問を投げかけた。 「いやちょっと……変な感覚がしたものですから……」と斑目が答えると、初代は意外な言葉を返した。 「“もう一人の自分”に出会った時のような感覚かい?」 斑目の表情は一気に強張り、「なんで初代が“それ”を知っているんですか」と低い声で尋ねた。 (解説せねばなるまい。斑目の言う“それ”とは、「3年前にもう一人の自分と出会った」ことであり、この斑目は、前作での「斑目2002Ver」のその後の姿なのだ) あの日以来、(あれは悪い夢、幻だったんだ)と思っていた。否、思うよう心掛けていた斑目だったが、「あのとき、見ちゃってねぇ」とアッサリ答える初代会長の言葉にがく然とした。 さらに初代は、「何故かは知らないけど、あの場に荻上さんがいたでしょ」と語る。 斑目は、3年前の自分が「斑目05」を問い詰めていたとき、近くで失神した女の子がいたことを思い出した。 「あれが荻上さん?」 初代会長は、混乱する斑目に、「僕の“仮説”だけどね…」と語り始めた。 初代が言うには、原口が持っていた荻上のノートと同人誌は、2005年から2002年に迷いこんだ荻上の物だという。 斑目2人が口論し、荻上が失神したときに、雑誌などと共にバッグから落ちたものであり、当時の斑目05が荻上を介抱する際に、拾い忘れていたもの。 3年分の情報や801に関する着想が記されたノートや雑誌、同人誌を拾った原口は、情報を精査してその後の801の流行を先取りした……。 「最初の1年は様子を見て、資料と現実の流行の相違を確かめた。後年は自分の知り合いの作家を動かして実際の流行を一歩先んじればいい。HiってHaraguchiの頭と末尾だね。ヒネリがないね、ふふ」 (この人、ハラグーロが現視研を訪れた時にその場にいなかったはずだよな?)と、思いつつも耳を傾ける斑目。仮説とはいえ、コトの発端が自分にあることに呆れた。 初代は、「しかしノートに書かれた3年分の蓄積が無くなろうとしている今、次の手を打ってきた。それが荻上さんの同人誌だよ。タイムスリップした荻上さんは、たぶん1、2か月先の人なんだろうね。だから完成された本がある」と続けた。 斑目「ハラグーロは、荻上さんが今年の夏に同人誌を仕上げるのを待っていたというんですか?」 初代「カネとヒトを動かし、待つ時は待つ。彼はそうした才能に長けているね。彼の居場所はオタクという消費者側ではなく、消費のシステムを作る側だよ」 初代は、「ここでボクから忠告」と人さし指を立てた。 「現視研は新体制で存続するらしいし、これも歴史の一つとして認めるか、抵抗するかは君らに任せるよ。ただし……」 斑目「ただし、何ですか?」 初代「時間は自然と同じで、厳然とした仕組みがあるとは思わないかい?」 斑目「はあ?」 初代「未来の情報が過去に流れてしまい、時間のパラドックスを大きく揺さぶった。ありえない事が起きれば、それを修正する働きも出てくると……」 斑目は、「ははは…“ネコドラくん”のタイムパトロールみたいなもんスか」と愛想笑いをした。 初代「そんな組織的ものじゃなく、ね」 斑目が質問しようとした時には、もう初代の姿は消えていた。 初代の言う、時間の“修正する働き”が何かは分からなかった。だが、(コレが本当なら、自分にはどうしようもない)という諦めの気持ちが心を支配しはじめていた。 【8月9日/13:30】 「悪い、遅くなった」 斑目が稲荷のほこらの前に到着した。恵子が、「ひょっとして“大きい方”?」とまたもヒドイ一言。 咲の携帯に大野から、漫研に退避していることが伝えられ、集まれるだけの人数で対策を協議することになった。 「じゃあ先輩、アレお願いしますヨ」と朽木に促された斑目は、「え? あーアレね。では、第1回部室と荻上さんを取り戻すにはどうすればいいのか会議~」と、張りの無い声で号令を掛けた。 咲「この問題はうちらには大きすぎだよ。大学事務に訴え出ようか?」 笹「簡単に話が進むとも思えないよ。不利な情報を流されていたら…」 朽「いっそ真正面から玉砕を図るでアリマス!」 咲「1人で玉砕してろ。それにアタシらで喧嘩して勝てるわけないじゃん」 恵「でもあのデヴは一度シメないと気が済まないよ」 斑目は議論に加わろうとしない。それどころか、「……このままでも、いいんじゃないかなぁ」とポツリと本音が出た。 「嘘ーーーっ!?」周りが驚きの声をハモらせる。 斑目は(時の趨勢には逆らえない)と、及び腰になっているのだ。 「“決まったこと”には逆らえないんじゃないかな……荻上さんにとっても後々はメジャーになれて……」 「フザケないで下さいよ!」声を荒げる笹原。彼は荻上の涙を見ている。咲も同調し、「アンタそこまでヘタレとは思わなかったよ……」と嘆く。 斑目はチラリと咲を見た。 3年前に出会った「未来の自分」は咲に惚れていた。自分はそれに反発していたハズなのに、今、まんまと同じ轍を踏んでいる……。だからこそ「逆らえない」と感じてしまうのだ。 笹原は、苛立ちを隠せない。 「斑目さんはOBだから、直接は関係ないでしょう。でも僕らは現役ですし、荻上さんは大切な……仲間です。斑目さんの力は借りません。もう行きます」 朽木と咲も笹原に続いた。去り際、咲は寂しげな目を斑目に向けた。 去っていく後輩達、「春日部さん、高坂君と連絡取れる?」「どうかなぁ……」との声が次第に遠くなる。 斑目はしばらくうつむいていたが、ふと顔を上げると、恵子が残っていた。 「部室は居心地がいいって言ってたじゃん。取り返そうと思わないのかよ」 斑目は答えない。 「根性なし……」それだけ言うと、恵子は3人の方へと駆け出していった。 【8月9日/14:10】 現視研部室で、沢崎と荻上が向かい合って座っている。 沢崎「ところで荻上さん。“彼女”は知り合い?」 荻上「いいえ。知りません…」 2人の視線の先、入り口に近いロッカーの前に、スージーが座っていた。いきなり部室にやってきた彼女は、荻上たちを一瞥しただけで、後は一時間近く黙々と同人誌を読みふけっている。 荻上は、スージーとは前日に出会ったばかりだが、知らぬフリを決め込むことにしていた。 一方の沢崎は焦っていた。見張りの網をスルスルとくぐり抜けて、言葉の通じない外国人が部室に入り浸っているのだ。 ちょうど原口が留守にしていたので良かったが、彼が印刷関係の打ち合わせから帰ってきたら、自分が責任を取らされるのではないかと思っている。 「誰かいないですか?」沢崎は、廊下にいるはずのマスクマンを呼んだ。赤いマスクをかぶり、赤いポンチョを身にまとった背の高い男がやってきた。 沢崎「……何のサークルの方?(汗」 男「メキシコ文化研究会です」しゃがれた声が返ってくる。 沢崎「すまないけれど、この女の子を連れて行ってください」 スージーは、赤マスクの男を見上げて、「?」と首をかしげた。男はカタコトの英語で語り掛ける。 「さすがメキシコ文化研究会だ」と感心する沢崎に、荻上は(公用語違うだろ)と心中で突っ込んだ。 スージーと男の姿を眺める沢崎の横顔には、原口のような意地の悪さがないと感じた荻上は、「あなたは、何でこういう事をするんですか?」と尋ねた。 沢崎はためらいの表情を見せたが、「僕は現視研に入ったことがあるんだ。でも、春日部咲にひどい仕打ちを受けて、すぐにやめちまった」と答えた。 「春日部先輩、そんなことする人じゃないし……」との荻上の反論に、沢崎は、「事実追い出されたんだよ僕は」と、垂れた目をつり上げて反論した。 「さっきのコギャルが、ここが居場所だとか言ってたけど、僕はその居場所を追われた。こうして新しい会長になって、それを取り戻せたんだよ」 赤マスクの男は2人の会話に耳を傾けていたが、「英文科の学生のところに連行してきます」と、スージーの手を引いて部室から出て行った。 荻上と沢崎、そしてスージーの姿を、外から監視する視線があった。向い側の窓。サークル棟4階の児童文化研究会の部室からである。 【8月9日/14:30】 笹原、咲、朽木、恵子は、無事にサークル棟に侵入。児文研部室に匿ってもらっていた。2階の漫研よりも現視研の様子が掌握できるだけでなく、児文研自体が目立たないサークルだからだ。 「お茶入りましたよ」「あ、どうもすみません」「いいええ」 マターリとした室内で、朽木が絵本や児童文学の山に隠れるようにかがみ、双眼鏡を構えている。 その後ろでお茶をすすりながら、咲が笹原に問いかけた。「何かおかしくなかった? 私たち、あまりにも楽勝でこの部屋に来られたけど」 笹原も腕組みをしながら、「盗聴のおかげもあるけど、まるでルートを開けてもらったような……」と考え込むが、「罠だとしても、荻上さんは絶対に助けなきゃ」と、自分に言い聞かせるように力強く語った。 その姿を見て咲も表情を引き締める。 「じゃ、打ち合わせ通りに。手荒くて古典的だけど、やるっきゃないね」と言い、絵本に手を伸ばしている恵子に、「アンタも頼むよ」と声を掛けた。 恵子が緩い返事をかえす。朽木は双眼鏡を覗きながらブツブツと、「状況開始ヒトゴウサンマル時、ヒトゴウサンマル時……」と復唱した。 笹原はちょっと気掛かりな様子で、「春日部さんは、いいの?」と尋ねた。作戦内容に、ある不安がよぎっているのだ。 「大丈夫、私も腹くくったから!」 咲は心配そうな視線を振り払うように笑顔を見せた。 【8月9日/14:35】 漫研。高柳と部員らが外の様子を見に行き、大野とアンジェラが残された。スーが捕われたことは、児文研から連絡を受けている。 アンジェラは、『ホラネ、彼女の居場所はすぐに分かるでしょ』と笑う。「敵の手中にあるんですが……」との大野の呟きは気にも留めない。 高柳の前では、笑顔と感謝を忘れない大野だが、内心は、(会長である私を差し置いて新現視研だなんて。原口許さん!)と憎悪がトグロを巻いていた。 「私も何か役に立ちたいけど……」 ふと、アイデアが浮かび、田中の携帯に電話を入れた。すると慌ただしい声で彼が電話に出た。 「斑目から電話があって状況は聞いてるよ。今からそっちに向かうところ!」 大野は(斑目さんも動いてくれたんだ)と心強い思いがした。そして、携帯を握る手にグッと力を入れた。 「田中さん、お願いがあります!」 【8月9日/14:50】 斑目は、1時間以上、稲荷のほこらの側に座り込んでいた。(仕方ないだろ、こちとらただのオタクだ。何ができるっていうんだ……) しかし、胸の中は後悔でいっぱいになっていた。咲の寂しげな視線が辛かった。恵子は最後に、涙ぐんでいたようにも見えた。 そうこう考えているうち、何やらまた妙な違和感を感じはじめた。 その時、「斑目晴信ッ!」との叫び声が林の木々を振るわせるように響き、斑目はビビって立ち上った。周囲を見回すと、50mほど先、小道の向こうに声の主と思われる人影が見えた。 身体全体が赤い、赤のマスクに赤いフード、いやポンチョを着込んだ男が拡声器を持って立っていた。メキシコ文化研究会の男だ。変な生き物を見るように男を凝視する斑目。 「俺を捕まえにきたのか!?」との問い掛けを無視した赤い男は、「この女、預けるぞ」と、後ろに隠れるように立っていたスージーを斑目の方へと歩かせた。 男は、「拡声器を使ったから、他の追っ手が来る前に動かないと、今度は本当に捕まるぞ」と言い残して姿を消した。 スージーが斑目の前にトボトボと歩み寄って来た。デフォルトで突き刺すような視線を向けてくる。「預けるったって、言葉わかんねーよ」と頭が真っ白になるヘタレ。 スージーは無表情のまま、「Circumstances are heard from him. (彼から事情は聞いた)」と声を掛け、手書きのメモを手渡した。 メモの先頭には、「8月9日行動レジュメ」と書かれていた。 【8月9日/15:10】 現視研部室では、原口が荻上をねちっこく説得していた。 「このままミナミ印刷から原稿をいただいてもいいんだよ。最悪、同意がなくてもね」 押し黙っている荻上。原口は言葉を続けた。 「ほら、笹原君だっけ? ボクが友達の編集者に掛け合って就職を便宜してやってもいいんだよ」 「!」荻上がハッとした表情で原口を見たが、すぐに、「そんなことをして喜ぶ人じゃありません!」と目をそらした。 見守る沢崎のトランシーバーから、ノイズまじりの音声が流れてきた。 『現視研らしき人物を講堂前で発見の情報あり、柔術サークル、野鳥観察同好会は現場確認に急行せニョ!』 「二ョ!?」原口、沢崎、荻上の3人は思わずハモった。 【8月9日/15:25】 咲は、サークル棟内でも人の気配が無い、1階角の空き部屋の前に来ていた。 屋内を見回っていた柔術サークル、野鳥観察同好会は、朽木の虚偽情報でおびき出してあり、この場所までくるのは容易だった。 カチンッ、カチンッ、カチンッ……。咲は物憂げな顔で、久々に手にしたジッポーのフタを開け閉めしている。 「あの日」以来、ジッポーは自分を戒めるためにカバンの中に入れてあった。それを、こんな形で使うとは……。 カチンッ、カチンッ、カチンッ……。無意識の動作は続く。携帯が鳴った。電話の向こうから「ねーさん、準備できたよ」と、恵子の声。彼女は咲とは別の場所で、同じ行動を取っていた。 サークル棟内で小規模のボヤ騒ぎを起こそうというのだ。周りに延焼するものがないことを確かめ、壁にはバケツで水を掛け、児文研からいただいた古い雑誌や、廊下に放置されているゴミをかき集めて置いた。 カチンッ、カチンッ、カチンッ……。電話をしながら、視線は燃やす対象物をうつろに見据えている。 咲は、「お前、本当に建物を燃やすなよ。煙が出て報知器が作動すればオッケーなんだからな」と軽口を叩いた。 「ダイジョーブよ!」と返事する恵子に、携帯を持つ咲の手の震えは見えるはずもない。 15:30。時間だ。 咲は意を決してジッポーに火をつけた。種火になる新聞紙に火を移し、雑誌の山の横へと投げた。徐々に火が燃え移る。 (あの時と同じだ)ゴミ置き場を燃やした時と同じように火は古い雑誌を瞬く間に焼きはじめた。自分は近場の漫研へ逃げなければならない。 しかし、足が固まったように動かない。咲の瞳に火の赤が映え、そこから目をそらすことができない。ガクガクと足が震えはじめた。 火が炎に代わっていき、熱が足下や頬に伝わってくる。十分に周囲との間隔を空けているから延焼こそ起こさないが、煙が廊下を満たしはじめた。 ジリリリリリリリリリリリリリリリリリッ! 火災報知器のベルと同時に咲は、恐怖にかられて「コーサカッ!」と叫んだ。その瞬間、後ろから腕を取られ、引っ張られた。 「こーさか?……」 振り向くと、そこには真っ赤なマスクの男が。あっけに取られる咲。 「質問無用。早く漫研へ行って!」男は咲の手を引いて階段まで連れて行き、また煙の中へと姿を消した。 【8月9日/15:30】 火事の記憶が恐ろしいのは、咲だけではなかった。 「ひっ!」火災報知器のベルが鳴り出した瞬間、サークル自治会室では木村が極端に反応してうろたえだした。 前回のボヤ騒ぎの時に迅速的確な指示をくれた北川百合枝は、すでに卒業している。自分の任期にあのような事件がないように祈っていた木村の願いは破れた。 タイミングの悪いことに、夏期休講中で、ちょうど自治会室には自分しかいない。 手もとの無線からは、事実確認を求める連絡が相次いでいる。1階に煙が充満しているとか。火元は1階だとか、3階だとか。炎が強くて初期消火ができないとか。デマを含むパニクッた怒声が次々に流れてきた。 木村は震える手で放送を流しはじめた。 『か、か 火災が発生! か 館内の人は迅速に建物の外へ避難するように! これは訓練じゃない!』 「木村ではボヤ騒ぎに対処できない」という、咲や笹原の読みは当たった。おまけに朽木が無線にデマ情報を流して煽っていたのだ。 けたたましく鳴り続けるベルと、うっすらと流れてくる煙の中、笹原は4階から3階に降りてきた。 「煙が……火が強くないか」と心配しながら、廊下の向こうの現視研部室に目を凝らした。ちょうど、赤いマスクの男が部室のドアが開けて中に入ったのを見た。笹原は物陰に身を隠す。 ボヤ騒ぎに乗じて見張りを遠ざけ、荻上を奪還するという予定だったが、マスク男が一人同行していることに笹原は戸惑った。 赤い男の指示に従って原口が廊下の向こうへと走って避難していった。間を置いて、赤い男と沢崎が、荻上を連れ出して廊下に出てきた。 廊下の向こうを見守る笹原だが、ふと人の気配を感じて後ろを振り向くと、一緒にスージーが隠れているではないか。 「うわ! いつの間に?」と慌てる笹原にスージーは、廊下の方を指差した。笹原がその指の先に視線を戻すと、赤いマスク男がこちらを向いて、手招きをしている。 「味方?」 その時スージーが笹原の背中を押して、「スリヌケザマニカッサラエ!」と声を掛けた。 「あ、っは、ハイ!」笹原は弾かれるように、廊下の向こうの荻上に向かって走り出した。 赤い男は、後ろから走り寄って来た笹原に荻上を受け渡すように道をあけ、荻上の背中を押して「走れ!」と叫んだ。 瞬間、後ろから笹原の手が、荻上の手を取った。荻上は一瞬戸惑ったが、握った手が笹原のものだと気付くと、一緒に、懸命に走り出した。 廊下には、呆気にとられた沢崎だけが残された。気が付くと赤い男もいない。 「あ……え? えーーーーっ!?」 笹原と荻上は息を切らしながら走る。3階から2階へと駆け降りた時、2階トイレ前に斑目が立って、大きく手招きをした。 笹「斑目さん!何でここに!」 斑「説明は後! このまま普通に漫研へ逃げ込んでも、すぐに見つかるぞ。俺が時間を稼ぐから!」 その横で荻上は、スージーに女子トイレの中へと引っ張りこまれていた。直後に中から、「何するの!」「きゃあっ」「嫌ぁんっ」「あぁんっ!」と、荻上の悲鳴が聞こえてくる。 笹原と斑目は、顔を見合わせて頬を赤くした。 火の付いた雑誌類が見つかって消火された後、緑色のマスクをかぶった男達がサークル棟内に次々と入り、逃げた荻上を探しはじめた。 一方、サークル自治会室では、木村が電話で大学事務局に報告を行い、報知器の誤作動とデマによる混乱だと必死で弁明をしていた。 まだ煙が立ち込めている1階の非常口から、スモークを振払うように男女が飛び出して来た。一人は斑目だ。 4階児文研で待機する朽木のトランシーバーにも、“荻上千佳発見!現視研の男性と思われる人物と正門へと逃走…”と通信が入ってきた。 【8月9日/15:45】 斑目は追っ手から逃れて、学内の林の道へ逃げ込んだ。その先は昼に訪れた稲荷がある。 2人は、ほこらの前に座り込む。斑目は、「上手いことまいたかな」と声をかけたが、荻上は笹原の持っていた帽子を目深にかぶり、息を切らして言葉が出ない。 直後、ザワザワザワ……ッと、木の葉の舞う音がしたかと思うと、2人を囲む四方から、黒尽くめの衣装に緑のマスクをかぶった男達が駆け寄ってきた。 「椎応甲賀流忍術同好会推参!」「何でそんなもんまであるんだよ!」思わず速攻で突っ込む斑目。 「これも活動費用助成の為、許せ」と同行を促された“荻上”がスッと立ち上がり帽子を脱ぐと、ブワッと金髪が風にたなびき、その奥から目つきの悪い碧眼が現れた。スーだ。 背格好が荻上に似ていることから衣類を交換。斑目と一緒に囮になったのだ。 「うわっ騙された!」がく然とする忍に、スージーはカタコトの日本語を発した。 「キミノオトウサマガイケナイノダヨ!」 「図ったな現視研ーッ!」 ネタは理解できるがついていけない斑目は、「肌の色で気付けよ」と、脱力するばかりであった。

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