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*となりのクガピ 【投稿日 2006/02/24】 **[[カテゴリー-その他>http://www7.atwiki.jp/genshikenss/pages/52.html]] 【少女の独白】 ワタシが病気で小学校を休み、病院に入院して1ヶ月になる。 8月。11歳の誕生日も病院で迎えた。 本来の治療薬が体に合わず、入院期間は延びている。 友達が見舞いに来てくれることも少なくなってきた。 だって夏休みに入院したもんね。みんなもお見舞いに行くより、プールに行ったり、一日中ゲームして遊ぶ方がそりゃ楽しいよ。 もうすぐ誰も来なくなる。 毎日、入院病棟をとぼとぼと歩いて、ナースステーションの向かいにあるソファーに座ってマンガを読む。 3人がけのソファーはお気に入りの場所だ。 マンガはお母さんに頼んで家から持って来てもらった。 「面白いの、コレ?」と、お母さんは変な顔をするし、友達は「男向けの漫画だから」って敬遠する。 けど、ワタシは黒木優は大好き。 「くじびきアンバランス」はマガヅンで一番面白いと思うんだ。 くじアン全巻は病室に置いちゃダメだとお母さんが言うので、ワタシは大好きなキャラが活躍する巻を選んだ。 もう、同じところを何回読んだだろう。 ソファーに座っていつものマンガを読んでたら、突然、ドスンッと、大きな揺れを感じた。 「キャッ!」 体が浮き上がるような揺れにびっくりして周りを見渡した。 病室からは誰も出てこない。正面のナースステーションも静かだ。 地震じゃないみたい。 病棟の入口は、と目を移すと……大きな物体に視界をさえぎられた。 「あれ?」ワタシが物体を見上げると、それは大きな男の人だった。 ソファーはワタシとその人で満席。 三角おむすびをおっきくしたような体つきで、白いワイシャツやネクタイにまで汗が滲んでいる。 カバンを小わきに抱え、「フヒー」と小さな悲鳴をあげながらタオルで汗を拭いている。 見ているこっちが暑苦しくなってきちゃった。 私はちょっとむさ苦しい思いをしながらも、気にしないそぶりでマンガを読みはじめた。 すると、なんだか妙な視線を感じる。 ワタシが再び物体、いや、男の人を見上げると、男の人はプイッと視線をそらした。 またマンガを読みはじめると、また視線を感じる。 またワタシが見上げると、またプイッと視線をそらした。 同じことを3回繰り返して、ワタシは何だか気味が悪くなってきた。 だけど、ひょっとしたらと思って聞いてみた。 「……おじさん、“くじアン”好きなの?」 そしらぬ顔でナースステーションを見てた男の人は、“ビクッ”と反応してこっちを向いた。 「あ…、お、俺?」 「そうだよ、おじさん。“くじアン”好きなのって聞いてるの。ワタシがマンガ読んでるの見てたでしょ」 大きな顔を見上げてると首が痛くなる。デカイなあこの人。 やがて、「……お おじさん……」とだけ口にして、その人は黙りこくってしまった。 ワタシが「スミマセン」と呟いて再びマンガに目を向けると、質問の返事がやっと帰ってきた。 「そ それ第一部だよね。お 俺も好きなんだけどね……」 どうも口数の少ない人らしい。 だけどワタシはうれしかった。 お母さんも看護婦さんも優しいけど、話が合う人がいなかったから。 ワタシは息継ぎも忘れて話しかけた。 「第一部って面白いよねワタシねー副会長とアレックスが大好きなんだよ強いしさーカッコイイしさー結婚したのにはビックリしたけどお似合いだよね、会長の祝福に泣いちゃうシーン、ワタシももらい泣きしちゃってぇ……あ、えーと、そうだおじさんは誰が好き?」 驚きの表情でワタシを見ていたおじさんは、ちょっと間を置いて答えた。 「お 俺は……えーと……山田かな……」 「え、山田…」 山田って蓮子の子分の……ワタシはおじさんの予想外のチョイスに戸惑った。 その時、ナースステーションから婦長さんの太くて大きな声が聞こえてきた。 「久我山さんでしたっけ。お待たせしましたね。どうぞー!」 「あ はい。……じゃあ」 クガヤマと呼ばれたおじさんが立ち上がると、ワタシの座っている場所もグワッと持ち上がった。 ナースステーションからは、婦長さんとおじさんの会話が聞こえてきた。 「き きょうは新型の で 電子体温計の、試供品を…」 「もっとシャキシャキしゃべんなさいな。それじゃあ売れる商品も売れないよ!」 「は はい」 この人セールスマンだったのかー。 いかにも「図太いオバン」の婦長さんが相手だから、最初から圧倒されている。 この人、こういう仕事に向いていないんじゃないかしら。 その日から、おじさんはちょくちょく営業で病棟に来た。 ワタシはよくソファーに座っているので、時間があったら話をするようになっていた。 交わす言葉はとても少ないけど、おじさんはくじアンにとても詳しい。大人なのに。 一人で延々と話していることもある。こういう人をオタクというのかなと、まじまじと見つめることもあった。 そんな日々を過ごすうち、ワタシの夏休みは病院の中で終わってしまった。 9月に入り、いつものようにソファーに座っていると、たどたどしく医療器具の売り込みをしているおじさんの声がナースステーションから聞こえた。 仕事を終えてドスン!とソファーに座ったおじさん。ワタシの体も一緒に沈みこむ。 いつものようにタオルで汗を拭きながら「フー」と一息ついている。 ナースステーションの中は冷房効いていたはずだけどなぁ。 「ねぇおじさん」 「い いつも思うけど、おじさんはやめてよね。こ これでも春に椎応卒業したばかりなんだから」 椎応は知ってる。この人が最近まで大学生だったことには驚いた。 「ねえねえ、久我山さんは何でセールスマンになったの?」 「か 会社が飯田橋にあってね。ち 中央線で秋葉原が近いから決めたんだけどね。営業まわりは予想外だったんだ」 ワタシは、そんな理由で仕事を選ぶ人もいることに、さらに驚いた。 秋葉原がオタクの街だってことはワタシも知っている。ちょうど今、オタクのドラマが人気なのだ。夜10時からの放送なので見れないけれど。 やっぱりこの人、オタクだったんだ。詳しいはずだわ。 私はますますオタクに興味がわいてきた。 「久我山さんホントのオタクなんだね。絵も描ける?」 「マ マンガは一応描けるんだな。現視研っていうサークルで……」 「でんし…けん? 変な名前」 久我山さんは「げんしけん。略称だよ」とジト目でワタシを睨んで話を続けた。 そんな怒ることないのに。いや、怒っているのか無表情なのか分からない人なんだろう。 「そこの仲間と、くじアンの、ほ 本を出した時に……」 「え! どんな本を描いたの? 教えて、今度持ってきてよ!」 質問した途端、久我山さんは急に顔中に汗をかいてうろたえだした。 「あれ? 嘘なの?」 「い いや、うう 嘘じゃないよ。今は、て て 手元に無いからなぁ」 たわいもない会話は、入院生活が長くなった私の退屈や不安をやわらげてくれた。 ある日のこと。ワタシは、「久我山さん、マンガ家になれば良かったのに」と聞いてみた。 「き きびしいこと言うなぁ。なれればいいけど、な なれないから就職したんだろ」 もったいない。と、ワタシは思った。絵の描ける人がうらやましかったんだ。 「ワタシはマンガの編集者になりたいよ。絵は上手くないけどマンガは大好きだもん」 久我山さんは、軽くため息をついた。 「田中が…、な 仲間が言ってたけど、後輩に編集者をやりたい奴がいて、全然就職先が決まらないって。こういう業界は難しいからさ、は 早く元気になって、ふ 普通に勉強して普通の仕事をした方が吉」 「…そんなの、分かってるよ…」 ワタシはちょっと不機嫌になって足下の床に視線を落とした。 「?」久我山さんはワタシの様子に気付いて向き直し、ソファーが大きくきしんだ。 「お母さん達は心配ないって言うけど、同じ病棟に2年も3年も入院している人もいる。ワタシもこのままずっと病院暮らしなんじゃないかって恐くなる。早く元気になれと言われたって……」 ワタシは、溜め込んでいた不安を久我山さんにぶちまけてしまった。 「それに毎日、注射を打たれるんだよ。注射の針は嫌いだ。痛くって、刺してる時間も長くて、つらくて……」 「あ、ご ごめん」 久我山さんが悪いわけじゃないのは分かっている。でも、言葉はとまらなかった。 「……久我山さんだって普通の仕事より、マンガ家の方が良かったんでしょ。難しいからあきらめたの? やる気はなかったの? ワタシにだって夢ぐらい、見させてよ……」 ナースステーションから久我山さんを呼ぶ婦長さんの声がした。 久我山さんは無言で立ち上がり、ソファーが浮き上がった。 それから、ワタシは久我山さんには会わなかった。 自己嫌悪もあって、あのソファーに座ることがなかったから、会うこともなかった。 何日か経ったある日のこと。 「注射を打つから処置室に来てね」 看護婦さんがワタシを呼んだ。ワタシはいつものように、パジャマの袖をまくり、顔をそむけて目をつぶる。 だけど今日は、痛みがいつもより軽いと感じた。おそるおそる、刺されている腕に目をやった。 「あ、この針」 いつもの注射針じゃない。チューブ状で、蝶の羽根のような取っ手がついてる。看護婦さんがワタシの視線に気付いた。 「これね、翼状針って言うのよ。チョウチョ針とも呼んでるの。結構高いのよ。予定よりも多く仕入れたから、投薬治療が終わるまでこれでしてあげるからね」 看護婦さんは続けて、「注射が痛くて嫌だったのなら、我慢せずに言えば良かったのに……友達に感謝するのね」と言った。 「友達?」 ワタシは何のことだか分からず聞き返した。 「久我山さん。おっきいおじさんよ」 看護婦さんの話では、いつもはセールストークが下手な久我山さんが、前回の営業では婦長さんや担当医の先生に一生懸命に頭下げ、熱心に翼状針を売り込んだそうだ。 そのとき、ワタシが注射を痛がっていた話をしてくれて、婦長さんも先生に追加購入を勧めてくれたという。 そして、久我山さんは翼状針の納品を最後に、別の病院への営業に回ったので、もう来ないと言うのだ。 「最後の日も、婦長が“病室まで行ってあげて”って勧めたし、あなたをナースステーションまで呼ぼうとしたんだけど……」 話は途中から聞こえなくなっていた。 あの日以来、ソファーに座らなかったことを後悔した。 床に視線を落として黙り込むワタシの目の前に、看護婦さんが小さな紙袋を差し出した。 「これ、久我山さんからのプレゼント。翼状針使った日に渡すよう頼まれたわ。お上手ねぇあの人」 「お上手?」 紙袋の中には、色紙が入っていた。ワタシの大好きなアレックスと副会長の結婚式のイラスト。綺麗なウェディングドレス……それとなぜか山田が描かれていた。 山田だけが妙に手が込んでいた。 「本当に絵が上手いんだな。久我山さん」 色紙の端には、文字が描かれていた。 『後輩は、編集者になれました。俺もがんばるから、君もがんばれ』 あ、と思った時には、ぽろぽろと涙がこぼれてきた。 ごめんなさい。あんなことを言って、ごめんなさい。 処置室を出てソファーに座った。 色紙を濡らさないように、久我山さんが座ってた場所に色紙を置いた。 軽い。ソファーはきしみもしなかった。 ワタシは両手で顔を覆って泣いた。 それからしばらくして、ワタシは退院できた。 入院していた時の不安なんて嘘のように、気分は晴れ晴れとしている。 だってワタシには目標があるから。 一生懸命勉強して、大学に行く。 椎応大学に入って、「げんしけん」と言うサークルを探して入会するんだ。 久我山さんのいた「げんしけん」の雰囲気は、話の中から伝わっていた。 頼りない元会長、 衣装やプラモ作りの名人、 コスプレ狂の現会長、 オタクじゃないのに入会した人、 完全無欠のイケメン、 時には意見をぶつけ合った後輩、 絵のうまい女の子(←結局この人が夏に描いたという、くじアンのマンガも見せてもらえなかった)、 神出鬼没のOB、 ギャル、 変人……。 楽しい話を聞くうちに、自然と“そっち系”への興味もわいてきた。 立派なオタク(?)になっちゃうかも知れないな……。 そう思いながら、ワタシは、まだ暑い院外へと飛び出した。 【エピローグ/1】 久我山光紀は、このところとても気分が良い。 医療機器メーカーの合同展示会で、以前の営業先の婦長と再会し、少女が元気に退院したと聞かされたからだ。 彼女は久我山が贈った色紙を枕元に置き、「マンガの編集者になる」と目を輝かせていたという。 仕事に愛着はないが、今回だけは一生懸命に翼状針を売り込んだ。 針を通した時の痛みの違いなど、気休め程度の差でしかないが、それでも何とかしてあげたかった。その努力は報われたと思った。 また、笹原から連絡があったことも久我山の気持ちを動かした。 編集プロダクションへの就職内定。彼の成功を少女に伝え、励ましたいとの思いで、遅筆の彼が懸命に色紙を描き上げたのだ。 【エピローグ/2】 「毎日、え 営業まわりでさ、し 死んでるよほんと」 彼は自嘲して笑う。自分がオタクであることに変わりはない。 だけどほんの少しだけ、仕事にもやりがいを感じた。 「ごめん田中、こ 今度の合宿、行けそうにないよ」 仲間と軽井沢に行くことはできなかった。 休みを取ろうと思えば取れたかもしれないが、残暑の中、営業まわりで歩くのも悪くはないと、この時の彼は思っていたのだ。 ひと仕事終えた後のアキバ散策が、また一段と楽しくなるから……。 久我山と少女。7、8年後、現代視覚文化研究会の古参OBと新会員として再会を…………するかどうかは、まだ分からない。
*奏(かなで) 【投稿日 2006/03/04】 **[[カテゴリー-その他>http://www7.atwiki.jp/genshikenss/pages/52.html]] 笹「じゃあ・・・家に着いたら、また電話するよ・・・」 荻「・・・はい・・・待ってます・・・」 荻上の家の玄関前で、笹原と荻上の二人は言葉少なに、うつむいて照れくさ げに会話した。 笹「それじゃあ・・・」と笹原が言うと 荻「あ・・・」と荻上は名残惜しげに言葉を発した。 笹「ん?」 荻「いえ・・・何も。気をつけて・・・」と顔を赤らめて、改めて笹原を送 り出した。 笹原を送り出した後、荻上は部屋に戻り、先ほどまでいた笹原との時間の余 韻にひたっていた。まだ、そのぬくもりと、においを覚えていた。部屋にも さっきまでいた笹原の気配がなんとなく感じられる。さっきまで笹原が座っ ていたソファーに目をやる。 (ついさっきまで・・・) 荻上は先ほどまでの、自分と笹原の行為を思い出し、顔を赤らめた。とて も・・・とても・・・優しかった・・・。こうなった事に後悔は無かった。 むしろ、自分が受けた喜びに応えられた事が嬉しかった。 (本当に嬉しかった・・・) 笹原が自分のイラストを見た時、笹原が言ってくれた言葉が何よりも嬉しか った。今まで自分を縛り付けていた呪縛から解放してくれた、そんな感じが した。今まで、自分の身勝手で呪わしい妄想が憎かった。それをやめる事も できない自分が嫌いだった。 『自分がモデルとはいえ』 『ひとつの完成されたキャラクターのように思える』 『キャラクターへの愛に溢れている』 笹原のこの時の言葉は何度でも反芻して思い出せる。その時の表情、声、何 度繰り返し繰り返し、思い返したことだろう。 けっして・・・けっして・・・弄んだわけではなかった・・・わたしの中の 『別の』それはわたしの中で、わたしの愛によって、生まれたものだった・・・。 そう言ってくれた・・・。 荻上は涙を薄っすらと浮かべて、イラストの原稿を手にとった。 (痺れるような開放感と、許された事への歓びをけっしてわたしは忘れない。 次に彼に会った時、何を話そう・・・) 笹原もまた、帰路の途中、先ほどまでの余韻にひたりながら、歩いていた。 二人ともたどたどしく、ぎこちなかったが、気持を分かち合った実感があっ た。お互い、あまり不慣れな事を気にかけたりはしなかった。むしろ抱き合 ってる時間の方が長いくらいだった。自分の手の中で、安堵の表情を浮かべ る荻上が可愛らしく愛しかった。 荻上の喜ぶ顔を見るのが好きだった。また、喜んでもらえる事が自分の幸せ でもあった。でも荻上に対して言った言葉はけっして上面で言ったものでは 無かった。あのイラストは真剣に鑑賞して、真剣に感じた事を伝えたのだっ た。その方がいいと自分で判断したから。その結果がどうなるかに不安はあ ったが・・・。 (結局のところ・・・あれでよかったんだよなあ・・・) (なんにしても・・・みんなには世話になったな・・・とりわけ一番世話に なったのは斑目さん・・・)(汗) でも何て言おう。詳しく説明するとどうしても、あのイラストの話にぶつか るし・・・。 (言えない・・・見せられない・・・)(汗) 笹原は斑目には機会があった時に、伝えようと思った。これから色々忙しく なるし、荻上さんから他のメンバーには伝えるということだから、そのうち 斑目さんの耳にも入るだろう!と一人で納得した。 (とりあえず・・・次にあった時には彼女と何を話そう・・・) 笹原の関心は次の荻上との出会いに移っていた。 一人一人、ちょくちょく顔を出す事はあっても、合宿に参加した主だったメ ンバーが部室に一同に集まるのに二週間がかかった。といっても、卒業を控 えた男性陣は忙しく、なかなか顔を出せない。笹原も研修が本格化して不在 だ。いるのは現役の荻上、大野、朽木、めずらしく咲、そして昼休みにほぼ いる男、斑目であった。 荻「大野先輩!いくらなんでも職務怠慢ですよ!やっと顔出して・・・。会 長なんですよ!大野先輩は!」 大「まあまあ(汗)そんなに怒らないで・・・。けっこうコスプレのイベン ト続きで・・・。まあ、荻上さんがいれば安心ですしー」 と、大野は怒りをあらわにする荻上の顔を恐る恐る覗き込んで、えへへと愛 想笑いを浮かべた。 咲「あたしも久しぶりだねー。最近、忙しくて・・・くたびれたよ。ここ落 ち着くんだよね。」 咲は疲れた顔をして言った。 荻「でも、今日春日部先輩に会えて、ちょうど良かったです。田舎から友人 が遊びにくるんですけど、東京のスポット不案内なんで、教えてもらえたら と思いまして・・・」 咲「あーそーなんだー。でも何で?あたしに聞くより、よっぽど大野とかの 方が詳しいんじゃないの?」 荻「いえ・・・あの、腐女子じゃないんです。オタク趣味もありません。」 咲「へえ・・・でもどちらかといえば、詳しいのはファッションとか飲食関 係かな、女だけで遊ぶレジャースポットねえ・・・。参考になるんなら、少 しくらいは・・・」 と、咲は意外そうな顔をしながらも、親切に荻上に教えてあげた。 荻「ありがとうございます」 咲「お役に立つかどうかは分からないけどね。でも、偏見は無いけどちょっ と意外だね、荻上に『一般』の友人がいたなんて」 荻「いえ・・・高校時代にちょっとこの手の趣味から遠ざかっていた時期が ありましたから・・・その頃に親しくしていた友人で・・・少ないんですけ どね・・・」 と声が小さくなる。 咲「ああ、なるほどね」 と咲は昔の事情を察してそれ以上深くは聞かなかった。 斑「それにしても急だね、そのお友達も。夏休みでも無いのに。学生さん? なら割と自由だけど。よく遊びにきてたんだ?」 荻「そうです、大学生です。でも初めてですね、わたしが東京にきてから、 遊びに来たのは。都会が嫌いなんです、その子」 (そういえば・・・そうだ。急に一体どうしたのだろう・・・) 斑目に言われて、初めて荻上は不思議に思った。とにかく近々彼女は来る。 その時には笹原も一緒に来てくれるという。二人を無性に会わせたいと思う。 その日の夕刻、『彼女』が上野駅の改札口に姿を見せ、荻上に向かって手を 振った時、荻上のそばには笹原が緊張の趣きで立ち尽くしていた。『彼女』 が着く前に、二人はこんな会話を交わしていた。 荻「こんどこそ、笹原さんの事を『彼氏』って紹介します。もちろん本当の 『友達』にです。」 笹「夏コミの時には本当に付き合っていたわけでも無いし・・・。そんな気 を使うこともないよ」 (『本当の』友達か・・・) 夏コミで出会った中学の友人が荻上とどういう関わりを持っているかは、そ れとなく聞いてはいた。荻上にとっては重要なことなのだろうと、笹原は思 った。 友人の『律子』って言います」 律「初めまして。律子と申します」 笹「えっ!律子さん!くじあんの『会長』と同じ名前ですね!」 律「はっ?何ですか、それ?」 笹「えっ・・・いや、その・・・アニメの登場人物の名前と一緒だなと・・・」 (しまった・・・『一般人』って言ってたっけ・・・うっかりした) 律「・・・そうですか・・・。」 律子はジロジロと観察するような目で笹原を眺めた。 荻「んで・・・紹介すんね。電話でも話した通り、『彼氏』の笹原さん。最 近、付き合い始めたんだけどね。」 笹「よっよろしく、笹原です。先ほどは失礼しました」 律「・・・いえ、気にしてませんから。んでさ、オギ!今日はおめんちさ泊 めてくれんだべ?美味しい店に連れてってくれんだべ?」 荻「急に押しかけてきて、ずうずうしい!」 二人はお国言葉で楽しそうに話始めた。律子は笹原に見せた素っ気無い態度 とは違って、荻上に対しては笑顔で話し掛けている。律子の顔立ちは端正で、 体の小さい荻上と対照的に女性にしては背も高い。理知的な面立ちで、意志 が強く、インテリそうな雰囲気を持つが、北川のようなキャリア志向という 風情は無く、物腰は柔らかい。あっけらかんとした東北弁が一層親しみを増 す。それなのに笹原に対しては、敵意があるのではと思わせるくらい素っ気 無い。 (俺・・・なんかしたかな・・・。第一印象が悪かったかな・・・くじあん の『会長』はまずかったか・・・) と笹原は落ち込みながら、二人の後に付いていった。 咲に教えてもらった、飲食店に三人は夕食を食べに行った。 律「やっぱ、東京は人多いね。ゴミゴミして殺伐として、長く住むところじ ゃないね。卒業したら、こっちさ戻ってくんでしょ?」 荻「そんな事、分がんねって!」 そう言いながら、荻上は笹原の顔をチラチラと覗き込んだ。笹原はそれに気 付いて、顔を赤らめた。律子もそれに気付いて不機嫌な顔になった。 律「そうだね!そしたら、明日の話すっぺ!どこさ行ぐ?」 荻「んー、どこがいい?」 律「どこでもいいよ。笹原さんはどこが楽しいか知ってますか?」 笹「んー、秋葉原ぐらいしか詳しくなくて・・・」 律「ああ・・・、わたしダメなんですよね。アニメもジブリぐらいしか見ま せんし、漫画もあんまり読まないんですよね。同人誌ってのも見たこと無い ですね」 笹「だっだろうね・・・。興味なければ、つまらないだろうね」 荻「じゃあ!遊園地にしましょう」 二人の気まずい様子に気付いて、助け舟を出した。 笹原も話題を切り替えた。 笹「荻上さんとは高校で一緒だったんですか?」 律「・・・ええ。公立の女子高で・・・。必ずどこかの部に所属する校則が あったので、美術部で一緒になりました。もっとも、中学も一緒でしたけど、 親しくなったのは高校からですね」 笹「へえ、荻上さん、美術部だったんだ。絵巧いものね」 律「そう、漫画になんか才能費やすのもったいないくらい、素質ありますよ。 まあ、漫画も悪くは無いでけど、所詮(しょせん)サブカルチャーですから ね。ああ、ごめんなさい、笹原さん漫画の編集者になられるんでしたね」 笹「はっはあ・・・」 (うわー、かつての春日部さんより取りつく島も無い・・・。表面の態度が 丁重な分、春日部さんより怖い・・・) 荻「・・・・・(汗)」 和やか?な食事が終わり、二人は笹原と別れて、荻上の家に向かった。荻上 の部屋で、二人は思い出話や最近の出来事について、夜遅くまで語り合った。 律「こうして、泊り込んで話したの、高校の修学旅行以来だよねー」 荻「んだね」 荻上は律子と知り合った頃の事を思い出していた。中学でも一緒だったが、 親しくは無かった。結局、アレ以来中島たちは荻上に対して、後ろめたさも 手伝って荻上に親切にしたが、以前の気さくな関係には戻れなかった。 高校に進んで、中島たちグループとは別々の高校になった。一部は一緒の高 校に進んだが、自然と疎遠になった。そこで律子と親しくなった。律子も何 故か努めて友人を多く作ろうとしなかった。 地元の老舗の酒造メーカーの娘で、県議も出す家に生まれていながら、どこ か冷めていた。ただ、威厳を感じさせる物腰に、周囲に一目置かれていた。 そんな彼女が何かと荻上にかまうのは、荻上自身には不思議であった。 一度だけ、修学旅行で旅館に泊まった時、誰かが自分の頬をさするのに気付 いて、夜中に目を覚ました荻上が薄目をあけると、自分の顔を寂しそうな表 情で見つめる律子に驚いたことがあった。体をこわばらせて、寝たふりをし て、律子に気付かれないようにした。その事を尋ねた事は無い・・・。 律「あんたの『彼氏』ちょっと頼りないねー」 二人はパジャマ姿で同じベットでゴロコロ横になりながらおしゃべりして いた。 荻「んなことねよ、けっこう頼りになるんだから」 律「んだかー?彼氏だからって採点甘いんでねの?」 荻「・・・音がした・・・」 律「えっ?」 荻「あの時、ずっと、ずっと心の中に重くのしかかっていたものが、ゴロリ と転がった音が聞こえた・・・。それがわたしの中で音楽のように鳴り響い て、奏でられたんだ・・・そしてわたしの中ですべてが意味を持つようにな ったんだ・・・」 律「・・・んだか・・・。わたしでは出来なかった事だな・・・」 荻「えっ?」 律「さあ、寝るべ!明日は遊園地だしな!ガキくせな、オギは相変わらず!」 荻「なしてよ!」 翌日、都内の有名な遊園地に三人は来ていた。 荻「もう一回、あの乗り物乗っていいですか?」 律「あんた、客差し置いて、自分が夢中になってどうすんの?一人で行って こい!」 笹「俺も酔っちゃった。ここで見てるからいいよ」 荻「すみません・・・じゃあ」 荻上は一人で乗り物に向かった。まるで子供のように目を輝かせている。 律「あんな明るい目をしたオギ見たことなかったな・・・」 律子はつぶやいた。 律「笹原さん・・・中学の件、聞いてます?」 笹「まあ、細かくは知りませんけど・・・」 律「実はわたし、その中学の事件の男子に再会したんです」 笹「えっ?」 律「わたしの通う地元の大学にいました。隣県の叔母の家にやっかいになっ てるとか。ばつ悪くて地元の友達にも知らせてなかったらしいし。もう荻上 には会うなって言ってやりました。オギはずっと地元で陰口にがまんして通 ったのに・・・」 笹「そうですか・・・」 律「もちろん、オギには言わないで!傷つけたくないんで・・・。」 笹「はい」 律「趣味の問題も・・・わたしは否定的で・・・オギの人格まで否定してた ようです・・・」 笹「まあ・・・知り合いに趣味の違うカップルがいるんですけどね・・・好 きになったら関係無いみたいで・・・ははっ」 律「ずっと守ってあげられると思っていました。知り合いのいない東京に一 人で行ったって幸せになどなれるはずが無いと思っていました。だから一 緒に地元の大学に行こうって言いました。でもそれは間違いでした」 笹「?・・・・・」 律「そしてわたしが一番オギを理解していると思っていた事も・・・。もう 戻ってくる事は無いんですね」 律子はハラハラと涙を流して、慌ててハンカチで目頭を押さえた。 笹原は驚いたが、気付かないふりをした。もちろん、その事を荻上に言う気 も無かった。 上野駅の改札口に三人はいた。帰り際に律子は笹原に笑顔で話し掛けた。 律「本当にありがとうございました。ぜひ地元に荻上と遊びに来るときには、 声をかけてくださいね。お返しにいろいろ案内しますから」 笹「ええ、ぜひ。ありがとうございます」 荻「近々、必ず行くから・・・」 律子は改札口をくぐって、笑顔で手を振って、そうして振り向きもせずに歩 き出し、駅の構内に消えていった。そして笹原と荻上もまた、その姿を最後 まで見届けてから、寄り添って、帰るべき所に向かって歩き始めた

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