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*せんこくげんしけん2 【投稿日 2006/02/27】 **[[せんこくげんしけん]] 現視研部室のテーブルを挟んで向き合った2人の班目。2人は確かに同一人物でありながら、雰囲気は全く違っていた。 “部屋にいた班目”は、目は細くやや目尻が下がって優しい印象を与え、口はだらしく緩んでいる。白のワイシャツの襟裳とネクタイも緩ませていて、全体的に温和な感じがある。 しかし、“後から入ってきた班目”の髪型はおかっぱで、顔の輪郭はやせ細って頬がこけ、メガネの奥から無愛想なまなざしが鋭く相手を凝視している。 さらに四肢はクモの足のように細い。一方の班目も体の線は細いが、それとは違った印象だ。例えるなら「妖怪」といった風体なのだ。 「妖怪」は、しばらくの沈黙の後で、「だ、誰?」とだけ呟いたが、2人の班目は向き合った瞬間すでに、「俺の前に居るのは俺」だと直感していた。 それは本能というべきか、魂の共鳴というべきか、それとも、説明描写を避けたがっているというべきか……。 温和な顔立ちの班目は内心、「俺ってこんな顔だったっけ」と思いつつ、愛想良く作り笑いをしながら語った。 「み、見ての通り、俺はお前なんだよね。ななっ…何ていうかなぁ、3年後のお前なんだよ、たぶん。言わば、“班目2005年バージョン”ってこと?」 腰が低い。そして、事の経緯を自分の理解できる範囲で説明してみた。 「妖怪」班目は耳を傾けている間、動揺した表情を見せていたが、「未来から来たってか? フン、“ネコドラくん”じゃあるまいし。それなら俺はさしづめ、“班目2002”だな」と言い放った。 班目02(2002Ver)は、低姿勢の班目05(2005Ver)を睨み、一拍置いて話掛けた。 02「俺の誕生日は?」 05「10月25日、O型だ」 02「誕生日をガン●ム占いで占ったら?」 05「ジオ●グ」 02「好きなアニメは」 05「万に一つの神隠しとか嫌ダモンとか、それとハレガンかな」 02「ハレガン?」 05「あ、すまん、それは未来での話だ」 02「同人誌購入のポリシーは?」 05「値段を見ない」 今度は班目05の方から語り掛ける。 05「お前らは今、アニ研と“交戦中”だろ。味方は漫研のヤナぐらいだ。アニ研の近藤に何言われたかは知ってるぞ。でも、将来アニ研にもお世話になることがあるんだからさ、ほどほどにしとけよ」 班目02は、「ほお、さすが未来人。新入りが増えたことは知ってるだろ。高坂はアニ研に引き抜かれてないだろうな? あいつはルックスもいいし戦力になる。この戦い、まだだ、まだ終わらんよ!」と胸を張る。 「何だこの根拠のない自信は……」班目05は、さすがに自分の「イタさ」がいたたまれなくなってきた。 顔中に汗をしたたらせ、「戦力って何の……、敵ばっかり作ってさー」と吐き捨てた。 班目02が窓の方を向いた。キャラを作っている素振りだ。 「まあ、それはしょうがない。何せ……」と語りはじめた瞬間、班目05が間髪入れずに指摘した。 05「次にお前は“俺の前世はヘビだ”と言う」 02「俺の前世はヘビだからな……ってオイ!」 イタイのはお互い様だったようだ。 部室内では、班目同士の奇妙な会話が続いていた。 05「何て付き合いにくいんだ、俺ってイタすぎる……」 02「お前自分に向かってイタイはないだろうに」 05「お前とは何だよ、一応俺は年上で社会人だぞ」 02「同じ自分のくせに……って、仕事してるのか? 情けない。時間がもったいない!」 この“もったいない”とは、オタクライフが仕事で割かれることを指すらしい。 05「……確かに、バイトしてでも生きていけると思った時が、僕にもありました(汗」 のんきに自分同士で語らっていたものの、事態は尋常ではない。もうすぐ田中や久我山たちが部室に来るだろう。2人は話題を切り替えた。 02「それで、未来から何のためにやってきたんだ? もうすぐ人が来るんなら、用件は早く済ませた方がいいぞ」 班目05は、別に用があって来たわけではないが、ある思いが浮かんでいた。 この日は、咲が部室に高坂の事で相談をしにきた日。班目の「チューしたれ」発言で、カップルが成立した日だ。 班目05「まあ、大きな声でもなんだ。こっちに来てくれ」 班目02は呼ばれるままに、すぐ側まで寄ってきた。 「あのさあ、春日部さんのことなんだけど……」と、ヒソヒソと小声で語りかける。班目02は一瞬、「春日部さん」というフレーズにムッと嫌な顔をした。 その瞬間、またしても部室のドアが開いた。 (…しまった!)班目05は忘れていたのだ。 この日、咲が部室を訪れるのは「2度」。最初はコーサカを探しにきていたことを……。 「コーサカいないかー……あれ、なんだ班目だけかぁ」 咲だ。咲が来た! 咲が、「あれ……?」と班目を凝視する。 「どどっ、どーしたの?」 「さっき、班目が二重に見えた」 「……疲れてるんじゃねーの、ハハハ」 顔中汗をかいて愛想笑いしているのは、班目05の方だ。 班目02は咲が入って来た瞬間、長い手足を窮屈に折り畳んでテーブルの下へ潜り込んでいた。後の海水浴の時にも立証されているが、班目の危険回避能力は高い。 02(なんで俺が隠れなきゃいかんのだ) 05(なんで俺が出てなきゃいかんのだ) だが、要領は悪かった。 咲はまだ班目との付き合いも短く、風体の違和感を感じつつも詮索まではしない。むしろ無関心というべきか。 「まあ、あんたがこの狭い部屋に2人もいたら、さすがにオタ菌が空気感染するわ。ハハハ!」 (何だよオタ菌って)心の中でツッコミを入れた。あくまでも心の中で。この時期の咲に普通にツッコミを入れたら、どんな仕打ちを受けるかわからないからだ。 実際、部屋に入って来てすぐに班目を見た咲の一瞥に、(目ぇキッツイなあ)とも思ったが、これも心中の声だ。 「で、何でネクタイしてんだ? まあいいや。コーサカはいねーのか……」 挨拶もなく黙って行こうとする咲。班目05は思わず、「あ、ちょっと……」と呼び止めてしまった。 班目05「……」 咲02「なに? 用があるなら早く言ってよ」 班目02(……何やってんだこのバカ!) 班目05は、自分の行き当たりばったりな言動を後悔した。しかし何か言葉を掛けたい。ひょっとすると未来を変えられるかもしれない。と、思ったのだ。 今、班目05の脳内のモニターでは、ゲーム画面に変換された咲と背景が映し出された。 (高坂のこと忘れて俺……)……そんなこと絶対に言えない。 心臓のバクバクという鼓動が外にも漏れそうだ。伝える言葉のハードルを低く設定してみた。カーソルが選択肢を選んで右往左往している。 (今後は班目に優しくしてね)……いや、それは逆効果だろう。 (鼻毛はちゃんと処理してね)……コロサレル、しかも秒殺で。 (タバコは控えた方がいいよ)……コレダ!火事を未然に防げる。 「あのさ、タバ……」 しかし、班目はその言葉ですら途中で飲み込んだ。タバコについては触れない方がいいと直感したのだ。 (……ボヤ騒ぎがなくなれば、学園祭での「会長コスプレ」が見られなくなるんじゃないか? 映画みたいに、「最後の砦」の写真から咲のコス姿が消えてしまうかも!) (……俺はどうしたいんだ?) (どうしたい……) 班目05「……こ……」 咲「あ?」 班目05「……高坂、今日は一緒じゃないのか? しっかりキープしとかんとイカンだろ……イケメンなんだからさー……」 咲は意外な言葉にキョトンとした。 「何だソレ? 気持ち悪いな……そりゃあ分かってるけどさぁ……」 咲の表情は陰うつだ。 勝負を賭けたせっかくのデートが、「秋葉原の0時売り」の前に砕け散ったばかり。しかも高坂の部屋には無造作にエロゲーやその筋の雑誌が散らかっているのにようやく気付いて鬱になっていたのだ。 そのことを、「3年後の班目」は知っている。 班目05「そ、相談事が……あったら、また後で部室に来たらいいよ? みんな居るから」 咲「何だよホントに気持ち悪いなあ。確かにコーサカは分かんないこと多いからなぁ。でもお前らじゃあ……」 班目05「さっ、笹原が後で来るから。俺らの中じゃマトモな方だろ」 咲「ああ、まあね。後で居たら相談してみるか。じゃ、いくわ」 班目05「あいよ」 部屋を出かかった咲が、ドアから半身を出して振り返る。 「……あ、とりあえずさ ありがとう」 班目05は、少し照れた笑いを浮かべながら、「あ、ああ。じゃ、また……」とだけ答えた。 咲が部室を去った直後、ドカッと勢いよく班目02がテーブルの下から現れた。 班目02「あぶねえ、あぶねえ。おい、用件は何だ?」 班目05は呆けた表情で、「ああ……それね、もう終わったよ」とだけつぶやいた。 さっきまで咲がいた場所を見つめている。顔が紅潮していた。 班目02「……ん? オイまさかお前、あの女に!」 さすがの02も、察しがついたらしい。 班目02「勘弁してくれよ! 誰があんな暴力女に! 俺は二次元しか愛さないって誓ったんじゃなかったのか! 俺のくせに軟弱者!」 この言葉には、班目05もカチンときたらしい。キッと昔の自分を睨み、反撃した。 班目05「ウルセー! 今のうちに教えてやるがな、数年後のお前の部屋にはな、AVが10本近くあるんだぞ。しかもSMだ! このマゾラメが!」 自分で自分を罵倒する行為こそ、究極のマゾかもしれない。 班目02は蒼白になり、ワナワナと震え出した。 「う…う、嘘だあぁぁぁーーーーーーーーッ!」 静かだったサークル棟の一角に、班目(02)の絶叫がこだました。 自分同士の罵り合いの後、班目05は部屋を出ることにした。このままだと他のメンバーが来て、面倒なことになる。 班目05は昔の自分に、「春日部さんが来た時の会話レジュメ」を大筋でメモ書きして渡した。「二次元の素晴らしさ」について熱弁を振るい、対立する内容だ。 そして、「俺のことは気にするな、むしろ忘れろ。未来はお前が作るんだ。将来、春日部さんと親しくなるという、恐ろしい目に遭いたくなければ、今の自分を思いっきり出せよ」と、班目02に言い含めた。 (これで、春日部さんが笹原に相談を持ちかければ、こいつがかき回して、高坂が登場して……) 「いいのか?」と尋ねる班目02に、班目05は、「そうだな……これでいいんだ」と自分に言い聞かせるように呟いた。 (高坂と春日部さんがくっついてくれたら、これからも現視研に居てくれる。コスプレもしてくれる。皆で一緒に海に行ける……) 脳裏に、みんなが部室で談笑している風景が浮かんだ。 その中に咲がいた。 涙が出そうになった。 心中は複雑だが、未来の風景を守ったのだ。 部室を出る時、05は、「もし元の時間に帰れなかったら、アパートに泊めてくれ。金ないからメシおごってくれよな」と伝えた。 おごってもらっても、結局自分の金だが。 サークル棟を出た班目05は、「さて……これからどうしたものかな」と呟きながらトボトボと歩く。 「あ……あいつに先のことをチョット教えてやればよかったかな」と思った。班目02は、この年の冬コミで大ケガを負うのだ。 「ま、いいか……少し痛い目に遭った方がいい。無傷だったら、サンタバージョンのプレミアムカードをゲットするタイミングがズレるかもしれんしな」 自分に対してヒドイ言い様である。 気付くと、ゴミ捨て場の前に来ていた。約1年後、ここでボヤ騒ぎが起きる。 ゴミ捨て場のわきに、アルミの空バケツが転がっていた。もともと消火用水だったのかもしれない。 班目はバケツに水を注いで水道のそばに置いた。 「ここに水があれば、ボヤ騒ぎの時にちょっとは役に立つかもしれん」 あの時の火の勢いは凄かった。このくらいの水は気休め程度だろう。 (でも、ウチの誰かが水をかける姿を、北川さんが目にしてくれたら、年末ペナルティのボランティアが軽減されて、冬コミぐらいは行けるんじゃないかなあ) 密かな期待を抱きつつ、班目は歩き去った。しかし…… 我々は、このバケツを知っているッ! いや、バケツの中の水を知っているッ! 咲が大野にブッカケたこの水をッ! まさにこの水が、大野の風邪(その後のマスク愛用)のきっかけになってしまう……。なにしろバケツの水は1年間放置され、水は腐っ(以下略 そんなことは、燃え盛るゴミ捨て場の方だけを向いていた班目は知る由もなかったのだ。 ある意味、咲コスプレ実現の決定打でもあった。 班目グッジョブ。 話は遡るが……。班目(2005)が2002年にやってくる少し前に、もう1人、この時代に迷い込んだ人物がいた。 「これって、一体どうなってるんだべか?」筆頭を下ろし、度の厚いメガネを装着して「変装」した荻上だ。 荻上は班目と違って、部室内でパニックになることはなかった。もともと彼女は3年前の部室を知らない。 廊下で感じた強烈な違和感。そして部室内で目にする情報が全て「古い」ことから、状況を確認するために周囲を見て歩き、図書館の閲覧新聞で、今いる時代が、「2002年」であることを確信した。 ショックは大きい。だが、荻上の人並みはずれた妄想力は、自分の置かれた状況を、あたかも物語の設定を組み立てるかのように整理して対処をはじめた。 「あの猫背の男をもう一度みつけたら何か分かるかも?」 しかし、学内を歩いて顔を知られるのは後々マズイと感じた。すでに在籍ている現視研メンバーや、学部の講師に会うかもしれない。 荻上は化粧室に駆け込むと、髪を下ろしてコンタクトを外す。とっても都合よく持っていたメガネをかけた。 そして今、彼女は校内をさまよい歩いている。 歩きながら、(今ごろ、“自分”は何をやってたっけ……)と思い起こすが、ぶるるっと頭を振って忘れるよう努めた。彼女にとってある意味、過去は、地獄だ。 笹原と出会ったことで救われている自分であることを、心の中で反芻し、「帰らなきゃ!」とつぶやいた。 「そういや、平成14年っていったら、先輩方も在学中で、笹原さんや春日部先輩も1年生か……」 ちょっと見てみたいなと思い、口元がニヒヒ、とにやける。やがて、学内の長い廊下にさしかかった。 その向こうから、まさに1年生の笹原が歩いてきていることなど、ド近眼は気付く訳がなかった。 <つづく> せんこくげんしけん予告 愛と単位と笑いが渦巻く キャンパスライフ 非情の消費社会に挑む 心優しきオタクたち 彼ら 現代視覚文化研究会 最終回「私だけの十字架」にご期待ください!
*せんこくげんしけん3 【投稿日 2006/03/02】 **[[せんこくげんしけん]] 長い廊下を歩く荻上。 戻れるのかどうか分からない不安感や、この時代に生きていた当時の自分のことを思い出さないように、笹原のことだけを想った。 (今、笹原さんは私より年下でねが……キャー!)視線を明後日の方向に泳がせて、思わず想い人の名前が口にでそうになる。(まあいいよね。ここは2002年だし)と自分を納得させた上で、甘えた声を出してみた。 「笹原サン(はあと)」 「はい?」 「!!」 ありえない返事に我に帰る荻上。気が付いた時には、正面に見なれた顔があった。2002年当時の笹原は、ちょうど通り過ぎざまに、見ず知らずの女子に呼び止められた格好になった。 斑目05は、ぶらぶらと廊下の手前まで来ていたが、前方を歩いている後ろ姿を見て、笹原であると気付いた。廊下の角に隠れ、行ってしまうのを待つことにしたが、思わぬ事態が起きた。 「笹原サン」「はい?」 笹原が誰かに呼び止められた。しかもその声は斑目にも聞き覚えのあるものだった。(荻上……さん?)目を凝らして笹原の前に立つ女子の姿を見ると、メガネをかけて髪を下ろしているものの、どうも荻上さんっぽい。 斑目は物陰に隠れたまま様子を伺うことにした。 笹原02を前にして、荻上は口をパクパクさせるばかり。脳内では、さながらマシン語のように高速で思考が展開していた。 (ササササササササササハラサン!?ウワー!偶然?運命?コレって再会け?それとも初めての出会い?あーよく見ると線が細くて頼りねー感じがするー…って吟味してる場合じゃねー!そんなコト考えてる場合じゃねぇってば!あーもーどうすりゃいいかヴァカンネー!) 頭の中がグルグルしてくる。脈打つ心臓の鼓動は、緊張とはまた違った感情によって動かされ、顔が上気してきた。 (頼りなさそうだども……かっ……カワイイかも……) 胸の内が苦しくなってきた。 「?」いぶかしげに自分を見つめる笹原の視線を、荻上は直視できない。不安と寂しさに苛まれていただけに、次第に我慢ができなくなってきた。 (ああ、だめだ、とまんね……) 荻上は両手を伸ばし、笹原の頬に手を当てた。それでも、自分の顔とその表情だけは悟られまいと、グッとうつむく。一方の笹原02は状況が飲み込めないまま、目が泳いでいる。 荻上はうつむいたまま、手に伝わる感触に意識を集中した。 (出会うずっと前の、笹原さんに触れた……) 愛おしい想いがわき上がってきた。このまま首に両腕をきつく巻き付けて、その場で崩れ落ちたい。しかし、彼女は、耐えた。 「え……あの、これ、あれ?」笹原02のうろたえた声に、我に返った荻上は意を決してスゥと軽く息を吸い、強く言い放った。 「もっとしっかりしてください!」 「あ、っは……ハイ!」 意味も分からず返事する笹原、オタとしては(覚悟が必要だ)と思っている彼だが、男としての覚悟はわきまえてはいない。謎の少女に気圧されている。 これには廊下の角で様子をうがかう斑目も「?」と首を傾げた。彼はまだ笹原と荻上のカップル成立を知らない。 「あなたはもっとどっしり構えてていいんデス!」 この時期の笹原にそれを要求するのは酷だろう。 「今は無理でも、がんばってください……。そしてどうか……」 (……どうか、私を、救い上げてください) 最後の言葉は自分の心の中にだけ響かせた。 笹原02の頬に触れた手が離れる。離れぎわに荻上は、(いつかまた、会えますように)と、願った。 荻上は三歩、四歩と離れた。何が起こっているのか、まったく分からない笹原02。 「あ、あの……いつか、部室に包帯をした娘が現れたら……」 思わず口にした再会(?)予告。笹原02がようやく、「部室って? え? 包帯? あ、あの、君は……」と問いかけた時、荻上の後方から、田中の呼ぶ声が聞こえた。 「おーい、笹原いいところにいたな。部室来ないか。“あおい”のガレキ買ったんだ見せてやるぞー」 田中の言葉を合図に、荻上は弾かれたように廊下の向こうへと走り去った。 田中が笹原に歩み寄りながら尋ねる。 「誰? 知り合い?」 「いえ……なんだか分からないッス……包帯をした娘って何だ……」 「ホータイムスメ? エヴァか筋少の話か?」 「さぁ……。……包帯娘……」 荻上が走り去った廊下をいぶかしげに見つめた後、二人は部室へと向かった。 この出来事は笹原の中で、「変な人に会った」程度に思われ、記憶の中から次第に消し去られていった。しかし笹原は、2004年の冬コミ会場で、よく似た女性を見かけることになる。 「ん?」「んん?」 無意識に、変装した荻上に妙なひっかかりを感じたが、結局彼の中で、1年生のころの記憶と結びつくことはなかった。 2人の様子を廊下の角に身を潜めながら伺っていた斑目05は、あの女の子が自分の知る荻上千佳であることを確信した。 田中の登場とともに、荻上が駆け出した。 猛ダッシュで迫る荻上に気付いた斑目05は、「壁の掲示を見る学生」の振りをして、通り過ぎるのを見送った。2人を覗き見していた負い目がヘタレな行動に現れてしまったのだ。 (何やってんだ俺)あわてて荻上の後を追うが、もう立ち止まっていい距離なのに一向に止まる気配がない。斑目の方が先に息が上がってきた。 「お、荻上さんッ! ハァ ちょ と まった! ヒィ」 聞き覚えのある声に背後から呼び掛けられて、荻上は前につんのめりそうになりながら立ち止まった。 「斑目、さん?」一瞬体が硬直した。指先で眼鏡の奥をこすり、軽く鼻をすすり、アゴを引いて気丈に振り向く。 そこには、ヒイハアと息を切らせてガックリ肩を落とし、力なく手を振る斑目05の姿があった。 「なんで、“私のことを知ってる”んスか?」 荻上は、目の前にいるのは、この時代の斑目だと思っていた。 「やっぱりそうか……、僕の方も、入学もしていない荻上さんがなぜここにいるのかと思ったんだけど……」 荻上は安堵の表情を浮かべつつ、呼吸を整えた。 部室に到着した田中、笹原は、後に斑目02や久我山とともに、「第256回 今週のくじアン面白かった会議」で談笑。そこに咲が現れた。 咲は、コーサカの件を相談する前にメンバーの顔を見渡したが、斑目02と、少しばかりの間、視線を合わせた。斑目02は、2005年から来た自分の言動を思い起こして赤面した。 (確かによく見ればカワイイかも知れねー。でもこんな野蛮な女に俺の人生のエナジーを注ぎ込む訳にはいかんのだぁぁぁ! レジュメ通り、徹底して論破してやるっ!) しかし斑目02は、咲相手に高らかに持論をぶちながらも、咲と高坂が「幼なじみ」であることに萌えた。そして、「チュー」に動揺した。05作のレジュメでは、その展開を明らかにしていなかったのだ。 斑目02は、斑目05の出現によって、否定しつつもすでに咲を意識しはじめていたのかも知れない。それは彼の、「(彼女が)ほしくなくはない」という言葉に表れていた。 斑目05と荻上は、サークル棟近くのベンチに並んで座り、これまで何が起きたのかを語り合った。 斑目05は、(荻上さんの言う怪しい男って、初代のことか?)と思う。自分が2002年に迷い込んだのも、初代に会ってからのことだ。 また2人は会話を通じて、(そういえば、この人と、今までこんなにしゃべったことないな……)と互いに感じていた。 荻上の場合は、笹原と結ばれたことで精神的な落ち着き、ゆとりが生まれたことに起因するかもしれない。 それでも、いつもの自分であろうと思い、冷静さを崩さない荻上の様子に、斑目05は、「強いなあ、荻上さんは」と感心する。 「そんなこと ないデス」 孤立無援の中で仲間に会えたのだ。抱え込んでいた不安感、緊張感がほぐされてきて、ほんの少し、声が震えた。 「ホントに……会えてよかったですよ」 その瞳が泣いているのか、分厚い眼鏡に隠れて見ることはできないが、肩が小刻みに震える荻上の様子に、斑目05は動揺した。 沈黙が続いた。 (な、なんとかこの場を切り抜けないと士気に関わる)と思う斑目05。何の士気か自分でもよく分かっていないが、場を和ませるつもりで話を切り替えた。 「あー、このまま帰れなかったら、実家に帰って“生き別れの双子”ですって自己紹介して家に入れてもらうかなぁ~」 いきあたりばったりに語りながら(ヤベー、全然フォローになってネエよ。逆効果じゃねーのか)と後悔する。 荻上の動きが一瞬止まる。 ボソッと、「もともと親が生んでるンだから、説明不可能スよ」と突っ込まれた。馬鹿な発言に呆れて軽くため息をつき、落ち着いてきたようだ。 「あれっ、そーだねー、そーそーアハハ……」斑目05は、荻上のフォローに成功したような、失敗したような、微妙な気持ちで愛想よく笑った。 「おっ、いた! おい2005!」 斑目05と荻上のもとに、何と、「第4回コーサカはオタクじゃねーんじゃねーか会議」を早々に切り上げた斑目02が駆け寄ってきた。02は、驚きの表情を見せる荻上には目もくれない。 02「あんなことになるなんて一言も書いてなかったじゃないか!」 05「成功したんじゃないのか?」 02「成功したさ、お前の予定通りにな。でも何だこの妙な敗北感はー!お前のせいなんダヨォーコノヤロー!」 どうも、結局自分が2人を結びつけるピエロに成り下がっていたことが気に入らず腹が立ってきたらしい。「自分が腹立たしくなった」02は、手っ取り早く「近くにいる自分」に怒りをぶつけにきたのだ。 02「(あいつらは)チューでカップル成立だ! コノヤロー」 思わず斑目05のネクタイを掴んで引っ張る斑目02。 「ネクタイ」「チュー!」「カップリング」 3つの力が1つになって、傍観していた荻上の妄想に変なスイッチを入れた! 今が非常時だというのに、もつれ合う2人の斑目05を見つめながらワープが始まった。 (夢のカップリング「斑×斑」!) (しかも斑目さん、過去の自分に対しても受けなんですね……) (ああ、ここで強気に目覚めた若き笹原さんが現れて2人を○※△$~!!!!) 斑目02は、「キサマー、屋上まで来い! 暗黒流れ星で道連れだ!」と勢い良くタンカを切った直後、「あれ?……あの娘……」と荻上に気付いた。 すでに荻上は、過度の疲労と緊張感にさらされただけでなく、異常なカップリングを目の当たりにし、さらに妄想を果てしなく展開させて心がオーバーヒート。すでに目を回して倒れていた。 事情を飲み込めない斑目2人は、口論そっちのけで慌てる。 「おい、2002年バージョン、人呼んで来い!」 「誰を!? 現視研の奴ぁ呼べないぞ、説明ができん!」 「えー、あー、うー! サークル自治室にだれか居るだろ! 校外の人間が倒れてるって言えよ!」 「わ、分かった。そこに居ろよ!」 ホッとする斑目05。しかし、いざ自治会の人間が来た時に、どう説明するのかは全く頭になかった。 庭の長椅子に座り、荻上の頭を自分のひざに乗せて見守る斑目05。顔中汗をかき、うろたえていた。 「おいおい、どうしちゃったんだよ荻上さん」……よもや自分×2でホモ妄想されていたとは夢にも思わない。 それどころか介抱するためとはいえ、女性を自分のひざに乗せていることに緊張してきた。 (笹原ぁ、スマン……) その時、斑目05の背中に聞き覚えのある声が投げかけられた。 「大丈夫かい、斑目君」 初代会長だ。振り返って驚く斑目をしり目に、彼の隣に座って言葉を続けた。 「今日はいろいろと大変だったね」 「!?」 「時には辛かったり、耐えなきゃいけない事もあると思うけど、その経験があるからこそ、後々素晴らしい出会いや、幸せな未来につながることもある……」 初代は、気を失っている荻上に視線を向けた。 「……彼女が、そうであるようにね」 「初代……?」 「こういう経験の積み重ねで、より良い未来は創られると思うよ?」 斑目は考える。2002年に飛ばされた事態が全て、より良い未来とやらにするために仕組まれたことだとしたら……。 「もうじき自治会の委員長もくるだろう。じゃあ」 斑目は手を伸ばした。「待って下さい初代! 話はまだ半分……!」その瞬間、視界は再びブラックアウトした……。 約10分後のサークル自治会室。 委員長が浮かない表情で戻ってきた。書類をまとめていた北川副委員長が迎える。 「どうしました? 急病人が出たとか聞きましたけど……」 「いや、それが、いなくなっちゃったんだ」 「はぁ……。でも誰か付いてあげてたんでしょう?」 「うん、呼びに来た現視研の斑目君は、“あれ、俺がいない”とか、“帰っちゃったのか?”とか訳の分からんことをブツブツ言っててね……」委員長は状況を理解できぬまま、斑目02と分かれて帰ってきたというのだ。 北川は、ちょうど水虫がムズムズして苛立っており、攻撃的になっていた。 「委員長、この際、泡沫サークルは一斉に整理しましょう! 委員長に……いや、自治会に虚偽でメーワクかけるようなサークルなんて処分するべきです」 「いや、そんな急に……」 「やりましょうっ! 早速、各サークルを内定調査させます!」 「あ……うん」 北川さん主導によるサークルの取り潰し騒動が起きたのは、この後のことだった。 サークル棟の外で初代を呼び止めたはずの斑目05は、気が付くと現視研部室のドア前に立っていた。 ハッとして周りを見回す。 サークル棟の廊下は見なれた風景に戻っていた。ドア前の「ナ○ルル」のピンナップもない。腕時計に目を落とすと、部室で弁当を食べていた時間だった。 「夢か、夢だったのか……ハハハッ! 長ぇー夢だったなぁ。しかも立ったまま!」自分に言い聞かせるように笑い、ふと真顔になって「帰ろ」と、部室のドアを開いた。 「……夢、じゃなかったのか?」 部室のテーブル上には、ノートや雑誌を払いのけるように荻上の体が横たわっていた。気を失ったままの荻上は、メガネが外れ、髪が乱れて頬にかかるなど、何だか艶かしい。 斑目は動揺した。「今、部室のお昼の顔と言えば俺だよなぁ。このまま帰っちゃったら、俺すげー多方面から疑われそう……」もはや彼にとって、謎の真相よりも自己の保全が大きな問題になっていた。 (何とか、フツーに近付けよう) 斑目は、荻上の横顔に手を合わせて詫びた上で、バッグの中からメガネケースを取り出し、ド近眼メガネをしまう。続けてヘアゴムを探したが見つからないので、自分のコンビニ袋から輪ゴムを取り出して筆頭の復元に取り組んだ。 何度か目を覚まそうとする荻上にビビリつつ、作業を終えた斑目。 (荻上さんには合宿以来会わなかった事にしておこう)と思いつつ、いそいそと部室を出て行った。 しばらく後、テーブル上の荻上は、ボンヤリとした視界の中で目を覚ました。 ボーッと「あれ? 夢だったのか……コンタクトは……?」と呟く。気を失う前の記憶をまさぐろうとしていた時、部室のドアがガチャリと開いた。 誰が来たのかも分からなかったが、「荻上! 何してんのお前?」との一言で、咲であることが分かった。 「え、いや……寝てたみたいで……」 「大胆になってきたねぇアンタも」と呆れた口調だった咲は、ふと荻上を凝視し、次の瞬間「ぶひゃひゃはひゃやぁぁあ!」と爆笑した。 「なっ、何ですか?」 「だってお前、その頭……」 荻上の「筆」は、頭の右側に偏ってまとめられ、先っぽが花のように開いていた。しかも左右の耳にかかる「ブレードアンテナ」の髪は、両方とも2本に増えていたのだ。女の髪にまともに触ったことのない斑目では、完璧な荻上ヘアの再現など出来るわけがなかったのだ。 咲はもう一度じっくり荻上の頭を鑑賞する。 「パチモンみてー! 腹イテェー! タスケテェー!」 腹を抱えて笑う。ボー然とする荻上。 しかし、しばらく笑った咲は、ちょっと考え込んだ後、真顔で荻上に訪ねた。 「アンタのその乱れ方、ササヤンと……まさかココで!?」 「な、んな訳ないデスヨ! サササハラさんは研修です」 「サが一つ多いって。でも、まあ気をつけなよ……」 咲は近眼の荻上にも表情がハッキリ分かるほど顔を近付けた。荻上は思わず頬を赤くする。 「ひょっとすると、まだ“見ている”かもしれないからね……」 「???」 荻上には、何が何だか分からなかったが、悪い夢から現実に戻って来ていることが、ただただ嬉しかった。 しばらくして咲が、荻上が、部室を出た。 先刻(せんこく)までの喧噪が嘘のように、部室はひっそりと静まり返っている。 明日、また誰かが部室のドアを開く時、また新しい現視研の歴史が積み重ねられていくことだろう。 【エピローグ】 何日かが過ぎた休日。 荻上のアパートに、研修を終えた笹原が遊びにやってきた。 荻上は玄関のドアを開いて笹原を迎え入れた。 ドアが閉められる。荻上は玄関に立ったまま、2002年にくらべて少し背が高くなっていた恋人の頬に、両手を伸ばした。 「何? どうしたの?」 「何でもないデス。じっとしていてください」 目を閉じて、しばらく「3年越し」の感触を、かみしめた。 「“やっと会えた”」 「そんな大げさな……」 ゆっくりと目を開けて、そこに確かに立っている「今の笹原」を見つめて微笑む。笹原は意味が分からないなりに、いつもの優しい笑顔を返した。 やはり、愛おしくてたまらない。 今度こそ荻上は、笹原の頬に当てていた手を、その首に巻き付けた。 「お、荻上さんッ?」 「ここで……いいですから、一緒に居てください」 2人は玄関のフローリングの上にゆっくり崩れ落ちた。 <完> 【もう一つのエピローグ】 いつの時代かは分からない。 そこが今もサークル棟として役割を果たしているのかも、分からない。 ただ、その中は昼なお暗く、物音一つしない。 304号室、「現代視覚文化研究会」とプレートが貼られたドアの前に立つ人物がいた。猫背でなで肩、メガネの奥の瞳が黒く輝く。 「新しい未来がより良いものになるのなら、僕は協力を惜しまないつもりだよ……」 男はドアに向かって語り掛ける。手を伸ばすが、彼とドアとの間には、大きな板材が十字に打ちつけられ、封印されていた。 「……その未来が来れば、このドアも開かれると思うから」 ザアァァァァァァァーッ!……外の木立が風に吹かれて葉を揺らす。 「また、風が吹くな……」 ドアの前に立っていたはずの初代会長の姿は、すでになかった。 <完>

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