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*うわっ面の思い 【投稿日 2006/02/20】 **[[カテゴリー-その他>http://www7.atwiki.jp/genshikenss/pages/52.html]] 階下から母の呼ぶ声がする。 「恵子ー、完士ー、晩御飯にするからー、降りといでー。」 彼女は、透き通った声で応える。 「はーい、今いくー。」 彼女はベッドの横に腰かけて、下着をつけていた。 「…………なあ……。」 彼は体をベッドに横たえたまま、上気する呼吸の合間に声を発した。 「なんで…、こんなことしたんだよ……。」 乱れた制服。赤く火照った頬。 彼は顔を隠すように、目を手のひらで覆っていた。 「…決まってるじゃん……、アタシ…、アニキのこと…、好きだから……。」 それは、とてもとても薄暗い部屋での出来事だった。 「じゃあ、俺、行くから。出かけるときは電気消して、エアコン止めてけよ。」 彼は玄関口でスニーカーを履いている。 横顔に緊張と不安とをのぞかせながら。 彼女はゲームの画面を凝視していた。 アニキはこれからあの女(ひと)のところに行く。 合宿で気持ちを告げた、あの女のところへ。 まだ誰のものでもないアニキが、あの女のものになりに行く。 「わかってるよ。」 アニキはあの日から、アタシの目を見ない。 あの日の前は、いつも真っ直ぐにアタシの目を見ていたのに。 アタシの視線から、アニキは逃げていく。 いつの間にか、アタシもアニキの目を見なくなった。 だって、いつでも、アニキはアタシの目を見てはくれないから。 「アタシだってもう、子供じゃないんだからさ。」 アタシは家に居るより、友達と街にいることが多くなった。 アニキの居る家には、居たくない。 アタシはいろいろな男と付き合って、いろいろな男と、寝た。 どれも、うわっ面のいい男ばかりと。 アタシは男のうわっ面しか見ない。 男の、性格も、考え方も、趣味も、好みも、アタシは見ない。 アタシはうわっ面しか見ない女だから。 アタシはアニキのうわっ面を見て、好きになったんだから。 小学生が担任の教師に憧れるような、世間知らずな恋。 アニキの優しさも、頼もしさも、頼りなさも、かわいさも、アタシは見ない。 アタシはうわっ面しか見ない女だから。 うらっ面の恋をしていたんだから。 「よかったよね。大学行って。」 そのうち、アニキが家から居なくなった。 アニキはどこかへ、行ってしまった。 「……友達もできたしさ。」 アタシは、今までで一番うわっ面のいい人に会った。 アタシはその人を好きになった。 アタシはうわっ面しか見ない女だから。 その人の性格も、考え方も、趣味も、好みも、アタシは見ない。 うわっ面がいいから、その人を好きになった。 「そうだな~。今回のことは、ほんと、みんなに感謝してんだよ。」 「そう…。」 「…お前にもさ。」 「ウソだね。」 アタシは嘘つきだ。 アタシはその人の、性格も、考え方も、趣味も、好みも、見ていない。 その人のうわっ面も、見ていない。 その人が、アニキの友達だから。 その人を好きと言えば、アニキの側に居てもいいから。 その人を好きと言えば、アニキが話しかけてくれるから。 その人を好きと言えば、ただの兄妹に戻れるから。 「じゃあ、行って来るわ…。」 アニキが出て行く。 まだ誰のものでもないアニキが、あの女のものになりに行く。 アタシのものにならなかったアニキが、あの女のものになりに行ってしまう。 「あ、ゲームし終わったたら、ちゃんとソフトをケースにしまっとけよ。」 「…………。」 「おい、聞いてんのか?」 「………いかないでよ。」 アニキにあの女のところに行かないでほしい。 また、アタシの目を、真っ直ぐに見つめてほしい。 「アタシ…、今でも…、ずっと…、アニキのこと……。」 涙を流したくなかった。 でも、それでアニキが、アタシの目を見つめてくれるなら。 「アニキ…、……お願い………。」 「……ゲーム…、終わったらコンセント抜いとけよ………。」 アニキは、ドアの向こうに消えていった。 またどこかへ行ってしまった。 アタシをここに残して。 あの女のものになるために。 でも仕方ない。 アタシはアニキの、うわっ面しか見ていなかったんだから。 彼女は、彼の布団に顔をうずめる。 尖ったナイフを握ったままで。 アニキの匂いがする…。 彼女の涙が布団に染み込んだ。 布団を濡らしたら、アニキ怒るかな…。 でもそのときは、アタシのこと、ちゃんと見てくれるよね。 終り
*となりのクガピ 【投稿日 2006/02/24】 **[[カテゴリー-その他>http://www7.atwiki.jp/genshikenss/pages/52.html]] 【少女の独白】 ワタシが病気で小学校を休み、病院に入院して1ヶ月になる。 8月。11歳の誕生日も病院で迎えた。 本来の治療薬が体に合わず、入院期間は延びている。 友達が見舞いに来てくれることも少なくなってきた。 だって夏休みに入院したもんね。みんなもお見舞いに行くより、プールに行ったり、一日中ゲームして遊ぶ方がそりゃ楽しいよ。 もうすぐ誰も来なくなる。 毎日、入院病棟をとぼとぼと歩いて、ナースステーションの向かいにあるソファーに座ってマンガを読む。 3人がけのソファーはお気に入りの場所だ。 マンガはお母さんに頼んで家から持って来てもらった。 「面白いの、コレ?」と、お母さんは変な顔をするし、友達は「男向けの漫画だから」って敬遠する。 けど、ワタシは黒木優は大好き。 「くじびきアンバランス」はマガヅンで一番面白いと思うんだ。 くじアン全巻は病室に置いちゃダメだとお母さんが言うので、ワタシは大好きなキャラが活躍する巻を選んだ。 もう、同じところを何回読んだだろう。 ソファーに座っていつものマンガを読んでたら、突然、ドスンッと、大きな揺れを感じた。 「キャッ!」 体が浮き上がるような揺れにびっくりして周りを見渡した。 病室からは誰も出てこない。正面のナースステーションも静かだ。 地震じゃないみたい。 病棟の入口は、と目を移すと……大きな物体に視界をさえぎられた。 「あれ?」ワタシが物体を見上げると、それは大きな男の人だった。 ソファーはワタシとその人で満席。 三角おむすびをおっきくしたような体つきで、白いワイシャツやネクタイにまで汗が滲んでいる。 カバンを小わきに抱え、「フヒー」と小さな悲鳴をあげながらタオルで汗を拭いている。 見ているこっちが暑苦しくなってきちゃった。 私はちょっとむさ苦しい思いをしながらも、気にしないそぶりでマンガを読みはじめた。 すると、なんだか妙な視線を感じる。 ワタシが再び物体、いや、男の人を見上げると、男の人はプイッと視線をそらした。 またマンガを読みはじめると、また視線を感じる。 またワタシが見上げると、またプイッと視線をそらした。 同じことを3回繰り返して、ワタシは何だか気味が悪くなってきた。 だけど、ひょっとしたらと思って聞いてみた。 「……おじさん、“くじアン”好きなの?」 そしらぬ顔でナースステーションを見てた男の人は、“ビクッ”と反応してこっちを向いた。 「あ…、お、俺?」 「そうだよ、おじさん。“くじアン”好きなのって聞いてるの。ワタシがマンガ読んでるの見てたでしょ」 大きな顔を見上げてると首が痛くなる。デカイなあこの人。 やがて、「……お おじさん……」とだけ口にして、その人は黙りこくってしまった。 ワタシが「スミマセン」と呟いて再びマンガに目を向けると、質問の返事がやっと帰ってきた。 「そ それ第一部だよね。お 俺も好きなんだけどね……」 どうも口数の少ない人らしい。 だけどワタシはうれしかった。 お母さんも看護婦さんも優しいけど、話が合う人がいなかったから。 ワタシは息継ぎも忘れて話しかけた。 「第一部って面白いよねワタシねー副会長とアレックスが大好きなんだよ強いしさーカッコイイしさー結婚したのにはビックリしたけどお似合いだよね、会長の祝福に泣いちゃうシーン、ワタシももらい泣きしちゃってぇ……あ、えーと、そうだおじさんは誰が好き?」 驚きの表情でワタシを見ていたおじさんは、ちょっと間を置いて答えた。 「お 俺は……えーと……山田かな……」 「え、山田…」 山田って蓮子の子分の……ワタシはおじさんの予想外のチョイスに戸惑った。 その時、ナースステーションから婦長さんの太くて大きな声が聞こえてきた。 「久我山さんでしたっけ。お待たせしましたね。どうぞー!」 「あ はい。……じゃあ」 クガヤマと呼ばれたおじさんが立ち上がると、ワタシの座っている場所もグワッと持ち上がった。 ナースステーションからは、婦長さんとおじさんの会話が聞こえてきた。 「き きょうは新型の で 電子体温計の、試供品を…」 「もっとシャキシャキしゃべんなさいな。それじゃあ売れる商品も売れないよ!」 「は はい」 この人セールスマンだったのかー。 いかにも「図太いオバン」の婦長さんが相手だから、最初から圧倒されている。 この人、こういう仕事に向いていないんじゃないかしら。 その日から、おじさんはちょくちょく営業で病棟に来た。 ワタシはよくソファーに座っているので、時間があったら話をするようになっていた。 交わす言葉はとても少ないけど、おじさんはくじアンにとても詳しい。大人なのに。 一人で延々と話していることもある。こういう人をオタクというのかなと、まじまじと見つめることもあった。 そんな日々を過ごすうち、ワタシの夏休みは病院の中で終わってしまった。 9月に入り、いつものようにソファーに座っていると、たどたどしく医療器具の売り込みをしているおじさんの声がナースステーションから聞こえた。 仕事を終えてドスン!とソファーに座ったおじさん。ワタシの体も一緒に沈みこむ。 いつものようにタオルで汗を拭きながら「フー」と一息ついている。 ナースステーションの中は冷房効いていたはずだけどなぁ。 「ねぇおじさん」 「い いつも思うけど、おじさんはやめてよね。こ これでも春に椎応卒業したばかりなんだから」 椎応は知ってる。この人が最近まで大学生だったことには驚いた。 「ねえねえ、久我山さんは何でセールスマンになったの?」 「か 会社が飯田橋にあってね。ち 中央線で秋葉原が近いから決めたんだけどね。営業まわりは予想外だったんだ」 ワタシは、そんな理由で仕事を選ぶ人もいることに、さらに驚いた。 秋葉原がオタクの街だってことはワタシも知っている。ちょうど今、オタクのドラマが人気なのだ。夜10時からの放送なので見れないけれど。 やっぱりこの人、オタクだったんだ。詳しいはずだわ。 私はますますオタクに興味がわいてきた。 「久我山さんホントのオタクなんだね。絵も描ける?」 「マ マンガは一応描けるんだな。現視研っていうサークルで……」 「でんし…けん? 変な名前」 久我山さんは「げんしけん。略称だよ」とジト目でワタシを睨んで話を続けた。 そんな怒ることないのに。いや、怒っているのか無表情なのか分からない人なんだろう。 「そこの仲間と、くじアンの、ほ 本を出した時に……」 「え! どんな本を描いたの? 教えて、今度持ってきてよ!」 質問した途端、久我山さんは急に顔中に汗をかいてうろたえだした。 「あれ? 嘘なの?」 「い いや、うう 嘘じゃないよ。今は、て て 手元に無いからなぁ」 たわいもない会話は、入院生活が長くなった私の退屈や不安をやわらげてくれた。 ある日のこと。ワタシは、「久我山さん、マンガ家になれば良かったのに」と聞いてみた。 「き きびしいこと言うなぁ。なれればいいけど、な なれないから就職したんだろ」 もったいない。と、ワタシは思った。絵の描ける人がうらやましかったんだ。 「ワタシはマンガの編集者になりたいよ。絵は上手くないけどマンガは大好きだもん」 久我山さんは、軽くため息をついた。 「田中が…、な 仲間が言ってたけど、後輩に編集者をやりたい奴がいて、全然就職先が決まらないって。こういう業界は難しいからさ、は 早く元気になって、ふ 普通に勉強して普通の仕事をした方が吉」 「…そんなの、分かってるよ…」 ワタシはちょっと不機嫌になって足下の床に視線を落とした。 「?」久我山さんはワタシの様子に気付いて向き直し、ソファーが大きくきしんだ。 「お母さん達は心配ないって言うけど、同じ病棟に2年も3年も入院している人もいる。ワタシもこのままずっと病院暮らしなんじゃないかって恐くなる。早く元気になれと言われたって……」 ワタシは、溜め込んでいた不安を久我山さんにぶちまけてしまった。 「それに毎日、注射を打たれるんだよ。注射の針は嫌いだ。痛くって、刺してる時間も長くて、つらくて……」 「あ、ご ごめん」 久我山さんが悪いわけじゃないのは分かっている。でも、言葉はとまらなかった。 「……久我山さんだって普通の仕事より、マンガ家の方が良かったんでしょ。難しいからあきらめたの? やる気はなかったの? ワタシにだって夢ぐらい、見させてよ……」 ナースステーションから久我山さんを呼ぶ婦長さんの声がした。 久我山さんは無言で立ち上がり、ソファーが浮き上がった。 それから、ワタシは久我山さんには会わなかった。 自己嫌悪もあって、あのソファーに座ることがなかったから、会うこともなかった。 何日か経ったある日のこと。 「注射を打つから処置室に来てね」 看護婦さんがワタシを呼んだ。ワタシはいつものように、パジャマの袖をまくり、顔をそむけて目をつぶる。 だけど今日は、痛みがいつもより軽いと感じた。おそるおそる、刺されている腕に目をやった。 「あ、この針」 いつもの注射針じゃない。チューブ状で、蝶の羽根のような取っ手がついてる。看護婦さんがワタシの視線に気付いた。 「これね、翼状針って言うのよ。チョウチョ針とも呼んでるの。結構高いのよ。予定よりも多く仕入れたから、投薬治療が終わるまでこれでしてあげるからね」 看護婦さんは続けて、「注射が痛くて嫌だったのなら、我慢せずに言えば良かったのに……友達に感謝するのね」と言った。 「友達?」 ワタシは何のことだか分からず聞き返した。 「久我山さん。おっきいおじさんよ」 看護婦さんの話では、いつもはセールストークが下手な久我山さんが、前回の営業では婦長さんや担当医の先生に一生懸命に頭下げ、熱心に翼状針を売り込んだそうだ。 そのとき、ワタシが注射を痛がっていた話をしてくれて、婦長さんも先生に追加購入を勧めてくれたという。 そして、久我山さんは翼状針の納品を最後に、別の病院への営業に回ったので、もう来ないと言うのだ。 「最後の日も、婦長が“病室まで行ってあげて”って勧めたし、あなたをナースステーションまで呼ぼうとしたんだけど……」 話は途中から聞こえなくなっていた。 あの日以来、ソファーに座らなかったことを後悔した。 床に視線を落として黙り込むワタシの目の前に、看護婦さんが小さな紙袋を差し出した。 「これ、久我山さんからのプレゼント。翼状針使った日に渡すよう頼まれたわ。お上手ねぇあの人」 「お上手?」 紙袋の中には、色紙が入っていた。ワタシの大好きなアレックスと副会長の結婚式のイラスト。綺麗なウェディングドレス……それとなぜか山田が描かれていた。 山田だけが妙に手が込んでいた。 「本当に絵が上手いんだな。久我山さん」 色紙の端には、文字が描かれていた。 『後輩は、編集者になれました。俺もがんばるから、君もがんばれ』 あ、と思った時には、ぽろぽろと涙がこぼれてきた。 ごめんなさい。あんなことを言って、ごめんなさい。 処置室を出てソファーに座った。 色紙を濡らさないように、久我山さんが座ってた場所に色紙を置いた。 軽い。ソファーはきしみもしなかった。 ワタシは両手で顔を覆って泣いた。 それからしばらくして、ワタシは退院できた。 入院していた時の不安なんて嘘のように、気分は晴れ晴れとしている。 だってワタシには目標があるから。 一生懸命勉強して、大学に行く。 椎応大学に入って、「げんしけん」と言うサークルを探して入会するんだ。 久我山さんのいた「げんしけん」の雰囲気は、話の中から伝わっていた。 頼りない元会長、 衣装やプラモ作りの名人、 コスプレ狂の現会長、 オタクじゃないのに入会した人、 完全無欠のイケメン、 時には意見をぶつけ合った後輩、 絵のうまい女の子(←結局この人が夏に描いたという、くじアンのマンガも見せてもらえなかった)、 神出鬼没のOB、 ギャル、 変人……。 楽しい話を聞くうちに、自然と“そっち系”への興味もわいてきた。 立派なオタク(?)になっちゃうかも知れないな……。 そう思いながら、ワタシは、まだ暑い院外へと飛び出した。 【エピローグ/1】 久我山光紀は、このところとても気分が良い。 医療機器メーカーの合同展示会で、以前の営業先の婦長と再会し、少女が元気に退院したと聞かされたからだ。 彼女は久我山が贈った色紙を枕元に置き、「マンガの編集者になる」と目を輝かせていたという。 仕事に愛着はないが、今回だけは一生懸命に翼状針を売り込んだ。 針を通した時の痛みの違いなど、気休め程度の差でしかないが、それでも何とかしてあげたかった。その努力は報われたと思った。 また、笹原から連絡があったことも久我山の気持ちを動かした。 編集プロダクションへの就職内定。彼の成功を少女に伝え、励ましたいとの思いで、遅筆の彼が懸命に色紙を描き上げたのだ。 【エピローグ/2】 「毎日、え 営業まわりでさ、し 死んでるよほんと」 彼は自嘲して笑う。自分がオタクであることに変わりはない。 だけどほんの少しだけ、仕事にもやりがいを感じた。 「ごめん田中、こ 今度の合宿、行けそうにないよ」 仲間と軽井沢に行くことはできなかった。 休みを取ろうと思えば取れたかもしれないが、残暑の中、営業まわりで歩くのも悪くはないと、この時の彼は思っていたのだ。 ひと仕事終えた後のアキバ散策が、また一段と楽しくなるから……。 久我山と少女。7、8年後、現代視覚文化研究会の古参OBと新会員として再会を…………するかどうかは、まだ分からない。

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