「11人いる!」の編集履歴(バックアップ)一覧はこちら

11人いる!」(2006/11/30 (木) 02:34:16) の最新版変更点

追加された行は緑色になります。

削除された行は赤色になります。

*11人いる! 【投稿日 2006/02/19】 **[[カテゴリー-現視研の日常>http://www7.atwiki.jp/genshikenss/pages/49.html]] 西暦2006年4月。 結論から先に言うと、荻上新会長率いる現視研新体制下の新人勧誘は、男子5人女子6人の計11人という例年にない大漁で終わった。 後でサークル自治会の役員の人に聞いた話によれば、これは現視研創立以来最高記録であり、今年の新人勧誘では体育会系も含めて全サークル中トップだそうだ。 今年の新人勧誘が大成功した理由は、大きく分けて三つあった。 一つ目は、例のアキバ系小説原作のドラマと映画の大ヒットでオタクがちょっとしたブームになり、全国レベルでニワカオタや新人オタが増えたことだ。 椎応大学にもそんな新米オタが何人か入学していた。 普通こういった人が目指すのは、漫研かアニ研だ。 だがこの両会は、初心者オタには敷居が高過ぎた。 高校ならともかく、大学にもなって絵心のない人には漫研は入りづらい。 椎応に限って言えば、アニ研も事情は似ていた。 筋金入りの創作系オタにとっては魅力的な、年に何回か短編アニメを作っているという実績は、初心者にとっては逆に引いてしまうマイナス材料になった。 こうして消去法による消極的な選択ながら、ぬるい初心者オタたちが現視研に集った。 二つ目は、切迫感あふれる積極的な勧誘活動だ。 何しろ今年新入生がいなければ、冗談抜きに会の存続は厳しい。 今回の勧誘ばかりは、OBまでも巻き込んでの総力戦となった。 荻上新会長は、前回の失敗に懲りて今回はみんなの助言を聞きながら慎重にことを進めた。 前回クッチーをハブにして失敗したことへの反省から、今回はクッチーに裏方仕事や力仕事の大半を担当してもらった。 「あいつには仕事をたくさん与えてガンガンこき使ってやれば、喜んで真面目に働くよ」という咲ちゃんの忠告もあっての措置だった。 さらに新入生歓迎祭にて、大野さん発案で大野&クッチーのコスプレどつき漫才(もちろんクッチーがどつかれ役)を敢行、これがウケた。 荻上さんも露出少な目な代わりにロリロリなコスで、自ら勧誘のビラを配った。 しかもそのビラとは荻上さん作のミニ四コマ集で、最近の漫画やアニメをネタにしたパロディ四コマと、四コマ形式の現視研の案内が収録されていた。 OBたちも時間を作って顔を出してくれた。 斑目などは本業をサボってビラ配りをやってくれた。 「ここ潰れたらメシ食う場所なくなるからなあ」 …まあ理由はともかく、斑目もがんばった。 さらに笹原のアドバイスにより、ずっとコス一色で押さずに途中で着替えて、私服でも勧誘するようにした。 あまりにもコスを前面に出し過ぎると、内気な初心者オタが引いてしまうからだ。 コスはこんなのもありますよ的な扱いに留め、今回は広く浅く人を集めることに専念した。 その結果、初心者オタ5人(男子4人女子1人)と創作系オタ2人(男子1人女子1人)が入会した。 (残り4人については、三つ目の理由で触れる) 三つ目の理由は、荻上さんの漫画家デビューだった。 合宿の後、荻上さんは笹原と付き合い始めた。 笹原は彼女のトラウマを知って、当初は2人で巻田君の所へ謝りに行こうと主張した。 だが転校後引っ越したので巻田君の居所が分からないと聞いて、このトラウマになった出 来事を漫画にしてみてはどうかと提案した。 それを彼がどこかで見てくれたら、許す許さないは別にして、荻上さんに悪意が無かったという事情が分かって少しは救われるかもしれない。 そして作品として昇華することで荻上さん自身も救われるかもしれない。 そう考えた上での提案だった。 荻上さんは自身初の長編であるその作品に、夭逝した某ロック歌手の歌のタイトルから取って「傷つけた人々へ」と題した。 ちなみにペンネームは、同人ネームより本名に近付けて「荻野小雪」とした。 笹原の薦めで巷談社の主催する春夏秋冬賞に出したところ、その作品は審査員特別賞を受賞し、月刊デイアフターに掲載された。 そしてこれがきっかけになって、デイアフター編集部から新連載の執筆依頼が来た。 当初真面目な荻上さんは、学業と会長業の2足のわらじ状態では連載は難しいと断った。 だが編集の人は熱心で「うちは作品の完成度優先主義で、1回や2回休載するのは珍しいことじゃない。2~3ヶ月で1本なら学業と両立出来るよ」と粘った。 結局秋頃から新連載開始することになり、今はその構想を練っている状態だ。 「傷つけた人々へ」に対する評価は、読む人によって好き嫌いが両極端に分かれた。 春夏秋冬賞の審査員は15人いたが、支持したのは3人だけだった。 だがその3人の支持ぶりは熱烈で、「この作品に何の賞もやらないのなら、今年で審査員を降りる」とまで言うほどだった。 以下はその3人のコメントである。 1人目 多少ヤオイがかった作風の少女漫画家 「古傷をえぐられるような痛さだが、目をそらすことが出来なかった。腐女子ならこの痛み分かるはず」 2人目 戦前生まれのベテラン漫画家 「田舎に疎開してた少年時代を思い出した。田舎の中学校の閉塞感がよく描けている。自 分も疎開先でいじめられてた漫画少年だったから、他人事とは思えない」 3人目 特撮が専門だが、アニメや漫画にも詳しいオタクライター 「この話は21世紀の『怪獣使いと少年』だ!中学高校の先生は生徒に読ませるべき!」 (注釈)「怪獣使いと少年」は「帰ってきたウルトラマン」のエピソードで、民族差別問題を宇宙人に置き換えて正面から描いた問題作。(脚本を書いた上原正三先生は沖縄出身) 特撮オタなら誰もが名作と認める一方で、好き嫌いとなると真っ二つに評価が分かれる。十年ほど前に聞いた話なので今でもやってるかは分からんが、ある中学の先生は社会科の教材として生徒にこの話を見せていたという 読者アンケートでは、ベストでもワーストでも上位にランキングされた。 荻上さんの中学時代のトラウマを基にしたこの作品には、ヤオイ系のイタい過去のある腐女子の読者の琴線に触れるものがあったようだ。 その一方でアンチ腐女子の読者は、露骨な拒否反応を示した。 2ちゃんねるにも崇拝スレとアンチスレが早くも立った。 そして残りの新会員の女子4人とは、崇拝スレ住人でもあるガチガチの腐女子だった。 彼女たちは受験前にも関わらず、たびたびオフ会を開いて情報の収集と交換を続けた。 そして志望校決定直前、遂に作者の荻上さんが椎応の学生であることを突き止め、椎応を受験したのだ。 ついでに言うと、彼女たちは調査の過程で荻同人誌をゲット、全員よりリアルなヤオイ描写を目指す写実派ヤオイなので、よけいに荻崇拝熱が高まった。 そんな4月のある日のこと。 荻上さんは部室を出てトイレに行った後、サークル棟の屋上に向かっていた。 ちょっと独りになっていろいろ考えたかったからだ。 今の部室は、それをやるには賑やか過ぎる。 階段から屋上が見えてくると、荻上さんは最後まで登り切らずに立ち止まり、屋上を見渡した。 サークル棟の屋上は誰でも自由に出入り出来るが、柵や金網等は無い。 幅はあるけど高さは膝ぐらいまでしかない、コンクリートの淵があるだけだ。 ちょっとした事故で、簡単に転落しかねない。 4階建てだから、下手すれば命に関わる大事故になる。 同じぐらいの高さの校舎の屋上から一度飛び降りた身の荻上さんにとっては、他人事ではない。 トラウマを克服したからこそ、逆に恐怖感と警戒心が強かった。 『いつも思うことだけど、ここの屋上危ねえな。笹原さんたち、よくこんな危ないとこでガンプラ作ってたなあ』 さらに荻上さんの思索は続いた。 『だけどもし「あの計画」を実行するなら、スペース的にはここが最適だな。でもやっぱ危ねえな。先に鉄柵か何か作んねえとな』 不意に背後に人の気配を感じ、荻上さんは残りの階段を登り切って振り返る。 階段の後ろのスペースに先客が居たのだ。 サイドに黒のラインの入った黄色いジャージの上下を身に着けた長身痩躯のその先客は、こちらに背を向けて不思議な動きを繰り返していた。 空間に向かってパンチやキックを放ち、その合間に手をあらぬ方向に振ったり押したり、ガードするかのように腕や膝を持ち上げたり、上体を左右に振ったりする。 どうやら具体的に仮想敵の動きを想定したイメージトレーニング、ボクシングでいうシャドー・ボクシングらしい。 しばしそれを不思議そうに見つめる荻上さん。 やがて一段落したのか、その先客は動きを止めて空手式の息吹きで呼吸を整えた。 そして背後の人の気配に反応して振り返った。 先客はクッチーだった。 朽木「おう荻チンじゃないの、こんなとこで何してんの?」 荻上「朽木先輩こそ何やってんですか?」 朽木「ちと空手の稽古をね」 荻上「そんなことは見れば分かります」 売り言葉に買い言葉でそう言ったものの、格闘技に詳しくない荻上さんには、クッチーの動きが典型的な空手の動きなのかどうかは判断が付きかねた。 昨今の空手は、素人目にはキックとあまり区別が付かない。 ましてやクッチーのそれは、新興の流派にありがちな様々な流派や他の格闘技の技をミックスした動きなので、玄人でもひと目では分かりにくい。 荻上「私が聞きたいのはそういうことじゃなくて、何で屋上でわざわざやってるのかってことですよ」 朽木「いやー最近の部室、賑やかで本読んでられないから、ついつい僕チンも参加して目いっぱい騒ぎたくなるんだけど、そしたらお師匠様の教えに背くことになるからね」 クッチーの言うお師匠様とは、彼が掛け持ちで所属している児童文学研究会(以下児文研) の会長(以下児会長)のことだ。 児会長は彼に2つのことを命じ、彼もまた日々その言いつけを守っていた。 (児会長はあくまでもアドバイスの積もりなのだが、クッチーはそう受け取った) 1つ目は非日常的なイベント以外では静かにしてること、2つ目は児会長の薦める本を読むことだ。 (この辺の経緯は「あやしい2人」とリレーSS参照) クッチーはストレッチをしつつ、以下のような事情を説明し始めた。 日々児会長の言いつけを守り、普段は大人しくしているクッチーだったが、彼のウザオタエナジーは年に何回かのイベントぐらいでは消費し切れないぐらい膨大だった。 まずは体を動かして発散しようと考え、家で体力トレーニングを始めた。 だが彼の肉体の適応力は、本人の想像を超えていた。 明日に多少疲れが残る程度の練習量を目安にトレーニングしてきたが、すぐに慣れてしまうのでドンドン回数を増やしていき、その結果夏頃には以下のメニューが日課になった。 (ちなみに夏合宿で妙に大人しく疲れ気味なのは、合宿中はトレーニングできないと思って前日に多目にやっておいた為だ) 腕立て伏せ200回 腹筋100回 背筋100回 ヒンズースクワット500回 これだけのメニューをこなすには、ストレッチも含めてかなりの時間を要する。 時間が何時間あっても足りないオタクにとっては、時間の無駄だ。 ウェイトトレーニングなら少ない回数と時間で同じ効果が得られるかもしれない。 そう考えたクッチーはフィットネスジムに通うことにした。 ちょうど学校の近くのビルの1階に、窓からたくさんのマシンが見える施設があった。 さっそく見学に行くクッチー。 だがそこは実は空手道場で、窓から見えない角度にサンドバッグや巻き藁があった。 (まだ道場が出来たばかりなので、看板や表示は無かった。) 安直な男クッチーは「これも何かの縁にょー」と入門することにした。 基礎体力が出来ていたせいと、新興の流派で昇段試験の審査がイージーなせいもあって、クッチーは半年も経たずに黒帯を習得した。 だがそれは言い方を変えれば、クッチーの体力即ちウザオタエナジーがパワーアップしたことを意味した。 彼にとっては本末転倒の想定外の事態だ。 結局彼は自らのウザオタエナジーを時折発散する為に、何時でも何処でも時間があれば稽古することにした。 まるでピーター・パーカーがスパイダーマンのスーツを日々着込んでいるように、いつもジャージを持ち歩いて。 (道着は一人で稽古するには仰々し過ぎるし、いつも持ち歩くにはかさばるのだ) 朽木「(軽くパンチを打ちながら)そんな訳で、余ったウザオタエナジーを発散してたわけだにょー」 荻上「まるで原発ですね」 (注釈)原子力発電所の原子炉は熱エネルギーが膨大過ぎる為に、その内のかなりの分は冷却水(海水)を湯に変えて海に捨てるという形で、電力に変換されること無く捨てられている。 朽木「ところで荻チンはどうしたの?」 荻上「いえ…別に何も無いです…」 朽木「ん?何か元気無いんじゃない?」 荻上「…別にそんなこと無いです」 だが確かに荻上さんは心もち元気が無い。 クッチーは荻上さんに近付くと、キリンが餌を食べるみたいにぬっと顔を荻上さんの顔の高さまで降ろした。 そしてたじろぐ彼女に対し、ニッコリ微笑んでこう言った。 朽木「学食でお茶しない?」 所変って、ここは学生食堂。 朽木「いやー不思議な光景ですなあ」 荻上「?」 朽木「こうして荻チンと差し向かいでお茶を飲むなんて光景、ちょっと前までは考えられなかったにょー」 荻上「それはお互い様です」 少し前まで部室で2人きりになることさえ嫌っていた相手と、ごく普通に向かい合って座ってお茶してる。 まあ確かにクッチーに言われるまでも無く不思議な光景だ。 それをさほど嫌とも思わない自分も不思議なら、そんな自分をごく自然にお茶に誘うクッチーも不思議だ。 まあ慣れたということもあるだろうが、やはり笹原と付き合い始めて気持ちにゆとりが出来て、些細なことではイラつかなくなった為かもしれない。 荻上「最近の部室、何だか落ち着かないんです」 朽木「1年生の子たちと上手くいってないの?」 荻上「(軽く首を横に振り)あの子たちはみんないい子です。礼儀正しくて、私みたいな自分より年下に見える会長相手に、あの子たちなりに敬意は示してくれてます」 朽木「まあ確かに良くなついてるよね。特にあの四天王の子たちは」 四天王とは、新入生の腐女子4人組のことである。 荻上「(苦笑)まあ、なつき過ぎですけどね」 朽木「確かにね。特にあの巨乳の子とゴッグみたいな子、何かと荻チンハグするもんな。大野さんでもあそこまでやらなんだもんな」 ふと沈黙する2人。 朽木「それなら問題ないのでは…」 荻上「ええ、問題はあの子たちじゃなく、私にあるんです」 朽木「荻チンに?」 荻上「感覚がまだ付いて来れないんです、あまりにも何もかも一気に変り過ぎて…」 荻上さんはクッチーに、今自分が捕らわれている違和感について語り始めた。 1年前、斑目たちの代が卒業して笹原たちの代が就職活動を始めると、現役の会員は恵子を含めても4人となった。 その4人にしても以前に比べて出席状況は悪かった。 大野さんは以前以上にやたらといろんなコスプレ関連のイベントに顔を出すようになり、その準備で出歩く頻度が増えた。 クッチーは児文研に掛け持ちで入会した。 恵子は何時来るか分からない。 結局現役会員では荻上さんが一番出席率がよかった。 (ついでに言うと、昼休み限定とは言え、それに次ぐ出席率を誇るのは斑目だ) 独りきりで1日中絵を描いていたことも、1度や2度ではなかった。 この1年間で部室に5人以上集まった日は、数えるほどしかなかった。 ところが今では、部室には最低でも6人は居る。 新1年生の大挙入会に加えて、従来のメンバーの出入りの頻度が今年になってもあまり減らなかった為だ。 いや、人によっては却って来る頻度が増えた。 斑目は新年明けた頃から社長に「早目に帰らしてやるから車校通え!」と命令されて早退することが多くなったので、自動車学校の前後の時間にも寄るようになった。 さらに免許を取った新学期頃からは、人手不足で外回りの仕事も手伝うようになり、勤務中に外を出歩きやすくなったせいか昼休み以外の時間にも時々来るようになった。 大野さんは卒業が半年遅れということもあってか、就職活動はのんびりしていた。 彼女の就職に対する考え方はアメリカ的で、納得出来る仕事に就けないのなら契約社員で何年か潰しても構わないと考えていた。 その一方で、父親の仕事関係のコネ入社の当てという、切り札の保険も確保していた。 そうなると卒業まで安心してめいっぱいコスプレを楽しめるので、連日部室にやって来て1年生たちをコスプレの道に勧誘し、その結果何人かは執拗な説得に折れた。 そうなると田中もコスする1年生本人に会う為に部室に来るようになった。 さらにこの1年ご無沙汰だった久我山までもが、仕事に慣れてきた上に大学の近所の病院が彼の顧客になったので、仕事の帰りに部室に来るようになった。 クッチーは真面目に就職活動してるのか傍目には分からない。 4年生の時の斑目と同じぐらい、頻繁に部室に出入りしている。 恵子は高坂卒業と共に疎遠になると思われていたが、先輩風吹かして威張れる相手が出来たせいか以前より頻繁に来るようになった。 そして意外にも、社会人1年生として一番忙しいはずの卒業生3人も頻繁に顔を出した。 笹原が初めての担当になった漫画家は、何と漫研の会員の3年生だった。 彼は大学の近所に下宿してる上に部室で執筆することも多い為、必然的に笹原も大学かその近所まで仕事で来ることになり、その前後に部室に顔を出すことになった。 ついでに言うと、かねてより懸念されていた荻上さんと漫研女子との関係は改善され、今では高柳がいた頃のような友好関係を築いていた。 笹原と漫研会員の漫画家との縁、人格者の笹原が間に入ってくれたこと、「傷つけた人々へ」が荻上さんの自伝と漫研女子が知ったことなどが全て上手くプラス方向に作用した為だ。 咲ちゃんは店の出資者の1人が椎応の学生(株で1発当てたが、それに熱中し過ぎて留年した)だった為にしばしば大学を訪れ、そのついでに部室にも寄った。 どうやら1年生たちの中で、バイトに雇えそうな者を物色中らしい。 ちなみに店の開店そのものは4月開店の予定より遅れていて、夏頃開店の予定だ。 高坂は後輩たちをゲームのモニター代わりにする為に、むしろ4年生の時より来るようになった。 何でも最近は男性向けだけでなく女性向けのゲームも作り始めたので、現役の腐女子の意見を聞きたいらしいのだ。 いつの間にか現視研は、某高校の変わった名前の写真部みたいに、異様にOB出席率の高いサークルになりつつあった。 朽木「まあ確かに、今の部室っていつも賑やかで、前みたいに黙々と絵を描いたり本読んだり出来る雰囲気じゃないにょー」 荻上「人間の感覚って、勝手なもんですよね」 コーヒーをひと口飲んで荻上さんは続けた。 荻上「どんな悪い環境でも、それが長く続くと慣れちゃうんですよね。だから今みたいに急な変化には感覚が付いて来れないんですよ。良い方への変化なのに…」 朽木「寂しい部室に慣れちゃったわけか。寂しさで泣いちゃったこともあったのに…」 荻上「(赤面)なっ、何で知ってるんです?」 朽木「いやーあの日の夕方、部室に入ろうとしたら荻チンの泣く声が聞こえたんでね。あそこで僕チンが入ったら嫌がると思ったから、そのまま帰っちゃったんだ」 荻上「そうだったんですか…」 朽木「まあ気になったけど、ちょうど入れ違いで笹原さん入ってくるの見たから安心して帰っちゃった。今思えばナイス判断だったにょー」 アイスコーヒーを一気に飲み干すクッチー。 (この辺の経緯は「ひとりぼっちの現視研」参照。筆者は違うけど) クッチーの思わぬ気配りに気を許したのか、荻上さんは彼女の抱えるもう1つの不安を打ち明けた。 荻上「私、後輩を持つのが初めてなんです」 中学の文芸部には下級生が居らず(風のうわさによれば荻卒業の年に廃部になったそうだ)高校時代は帰宅部だった。 朽木「恵子ちゃんは?」 荻上「あの人は…身内ではあるけど後輩というのとは微妙に違うような…」 朽木「やっぱり?実は僕チンもそんな感じにょー」 荻上「だから嬉しいことは嬉しいんですけど、後輩に甘えられるってシチュエーションに慣れてないんです」 朽木「まあ確かに、いきなり出来た後輩が女子高生のキャピキャピ感残る腐女子たちで、そんなのに『荻上さまー』ってベタベタ甘えられちゃ、戸惑うのも無理ないか」 荻上「私はお蝶夫人や姫川亜弓じゃないんだから…」 しばし沈黙の後、クッチーが口を開いた。 朽木「荻チンってやっぱり真面目だね」 荻上「えっ?」 朽木「初めてだから慣れてないのは当たり前なんだし、難しく考えずに自然にやってればいいんじゃない?」 荻上「そんな簡単に…」 朽木「大丈夫だって!今の荻チンなら自然にしてれば問題無いって!」 やや声を大きくして強く言うクッチーに驚く荻上さん。 朽木「笹原さんと付合い出してからの荻チンって、自分じゃ気付いてないと思うけど、凄く穏やかで明るい顔してるにょー。前は殆ど見たことなかった笑顔も見せてるし…」 思わぬ褒め言葉にリアクションに困り、コーヒーを飲みかける荻上さん。 そして急に赤くなったクッチー、何気に爆弾発言。 朽木「いやーこんなに可愛く変るんなら、僕チンが先に口説いときゃよかったにょー」 思わずむせる荻上さん。 荻上「なっ、なっ…(言葉が出ない)」 朽木「まあもっとも、僕チンでは荻チンのトラウマを癒すことなんて出来んかっただろうな。やっぱり笹原さんは偉大だにょー」 彼氏を褒められて赤面する荻上さん、照れ臭さから強引に話題を変える。 荻上「そう言えば朽木先輩、就職活動ってやってるんですか?」 朽木「まあそれなりにね」 荻上「どんなとこ狙ってるんですか?」 朽木「どんなとこって言うか…時間の拘束のきつくなさそうなとこ探してるだけだから、職種はこだわってないよ」 荻上「それはまたどうして?」 朽木「いやー卒業までにものに出来るか分からないんでね…実は僕チン、最近小説書き始めたのよ」 コーヒーを飲みかけてた荻上さんは、再びむせた。 朽木「やっぱ変?」 荻上「い、いえ…あまりにも意外だったんで…」 朽木「まあ中学生ぐらいを対象にした、ジュニア小説みたいなやつなんだけど、賞でももらえたらそのまま物書きでやってく積もりだにょー」 荻上「へー」 朽木「でもあと1年足らずじゃ難しそうだから、とりあえず働きながら書こうと思ってるんだ。僕チンはお師匠様みたいに賢くないから院には上がれんし」 荻上さんは改めて目の前のひょろ長い男を見た。 2年前に出会った時は意味不明のウザオタでしかなかった男が、いつの間にか彼なりにいろいろ考えながら自分の人生を歩み始めている。 そんなクッチーを見てて、荻上さんは不意に悟った。 『朽木先輩は、もう1人の私なんだ』 考えてみれば2人は似たもの同士だ。 2人とも他人とのコミュニケーション能力に難があった為に、別のサークルを追われて現視研にやって来た。 たまたまクッチーはでかくてウザい男だった為に厳しく躾けられつつも放置され、自分は見た目も中身も幼かった為に構われ甘やかされただけだ。 対応の違いはあっても、2人とも厄介者だったことには変わりない。 その2人の厄介者が今では、それぞれの人生を模索し始めている。 そんなことを考えている内に結論が出た。 時計の針を巻き戻すことは出来ない。 ならば変化に戸惑っている暇は無い、進むしかないと。 荻上「あの、朽木先輩」 朽木「にょ?」 荻上「ありがとうございました…何か気が楽になりました」 朽木「いやー荻上会長のお役に立てて光栄ですにょー」 「会長、こんなとこにいらしたんですか?」 不意に声がかかる。 声をかけたのは1年生の神田美智子だ。 彼女は高校の時は笹原のような隠れオタだったらしいが、その一方で1人で漫画を描いてコミフェスに出品したりする、荻上さん的な側面も持っていた。 荻上「どうしたの神田さん?」 神田「大野さんがお呼びです。ミーティングやりたいからって」   荻上「何でまた?」 神田「何か重大な発表があるそうです。ちょうど1年生全員居るからって」 荻上「ったくあの人、何時までも仕切りたがるなあ」 朽木「姑付きの現視研ですな」 サークル棟の入り口まで来ると、1年生の浅田と岸野がパイプ椅子を運んでいた。 2人は同じ高校の写真部出身なせいか、一緒に居ることが多い。 浅田「あっ会長」 岸野「ちわっす」 荻上「どしたの?」 浅田「(1度椅子を置いてメガネを直し)いやー今日大入りなんすよ、部室」 岸野「(1度椅子を置いて、少し乱れたリーゼントの髪を手で直し)何かOBの方、今日はあらかたみなさんいらっしゃるんで椅子足んないんです」 部室の備品の椅子は、以前は9脚しかなかった。 だが新入生の大挙入会で当然足りない。 OBの出入りも多いので、それも考慮して自治会に交渉して新たに8脚もらってきた。 それでも足りないのかと、ため息をつく荻上さん。 浅田「あっ朽木先輩もいらっしゃるんですか…1脚足らないな…」 朽木「僕チンのはいいよ、すぐ引き上げるから」 神田「そうは行きませんよ。私が椅子お持ちしますから先に行ってて下さい」 朽木「すまんね、ミッチー」 いつの間にか愛称で呼ぶようになってるクッチー。 部室の前の廊下に来ると、あちこちで1年生たちとOBたちが話し込んでいた。 廊下の一角では、1年生で初心者オタの日垣と国松千里を相手に、斑目がオタ談義に精を出していた。 日垣「いやー勉強になるなあ、斑目先輩物知りだなあ」 国松「凄いシゲさん!なのじゃよ博士みたい!」 斑目「いやいや、こんくらいは普通知ってるって『なのじゃよ博士って何?』」 そう言いながらも、まんざらでもない斑目。 その姿は孫に囲まれた幸せな好々爺といった風情だ。 身長185センチの大柄な日垣と、身長150センチほどの小柄でロリ顔な国松。 まあ確かに、この2人に尊敬の眼差しを向けられれば、悪い気はしないだろう。 メガネでガリガリで作業着姿で、甲高い声でテンションの高い喋り方をするところから、いつしか斑目は1年生たち(特に女子)の間で「シゲさん」という愛称で呼ばれるようになっていた。 ちなみに「なのじゃよ博士」とは、ウルトラシリーズ第1作「ウルトラQ」の登場人物で、専門が何なのかよく分からない謎の科学者、一の谷博士の愛称である。 喋る時、語尾に「~なのじゃよ」と付けるのでこう呼ばれる。 ちなみにこの愛称は、80年代の懐かしテレビ系の某番組内で言われたのが語源で、普通彼女の年齢では筋金入りの特撮オタでない限り使わない。 隅っこにいた咲ちゃんと恵子が声をかけてきた。 咲「(軽く手を上げ)よっ」 恵子「ちゅーす」 荻上「こんちわ」 朽木「こにょにょちわー」 荻上「今日はどうしたんです?」 咲「いやーこいつが何時までもフラフラしてるから、うちの店で働かせようと思ってね…」 恵子「あたしゃ別にフラフラしてねえよ」 咲「最近学校行ってないだろ?毎日ここに来てるそうじゃない」 恵子「いや前だって行ってないし」 咲「(恵子をどつき)自慢になるか!」 朽木「それはそうと、みなさん何故廊下に?」 咲「あれよ」 咲ちゃんが部室のドアの方を親指で示す。 新1年生の有吉と伊藤がテーブルを運び出していた。 最近はミーティングの際には、全員分椅子を並べると狭いので、テーブルを外に出して椅子を並べるようにしているのだ。 有吉「あっ会長、ちゅーす」 伊藤「こんちにゃー」 顔が猫に似ている伊藤は、動作も猫に似ていて、喋る時も語尾に「にゃー」とつける癖があった。 この2人も同じ高校出身なので一緒に居ることが多い。 もっとも伊藤は文芸部、メガネ君の有吉は漫研だったそうだが。 2人はテーブルを外へ出し終わると、空いてる壁に立てかけた。 そこへ浅田と岸野が椅子を抱えて帰ってきた。 国松「おかえんなさい」 日垣「手伝おうか?」 浅田「いいよ。人数居ても却って狭くなって動けないから」 部室に入る2人。 浅田「ダメだな。テーブル出しても狭いな」 岸野「今日は窓際のテーブルとテレビも行くか」 廊下からも叫び返す。 有吉「よし、先にテレビとビデオとゲーム機出すぞ」 伊藤「ほい来たにゃー」 別の一角では、高坂が腐女子四天王の沢田彩と台場晴海の2人と話しながら、何やらノートパソコンに入力していく。 今度自社で出すBL系ゲームの企画について、2人に意見を聞いているのだ。 ショートカットの文芸少女風の沢田と、優等生風メガネっ子の台場は、話をしながら妖しい視線を高坂に向けている。 それを咲ちゃんは見逃さなかった。 咲「こらこらそこの2人、たとえ妄想の中でも高坂に変なことやらせんなよ!」 沢田「いやですよ、春日部先輩。してませんよ、総受けになんて」 咲「してるじゃねえか!」 台場「ちょっと彩!高坂先輩に失礼でしょ!」 咲「そうそう」 台場「高坂先輩は総攻めの魔王に決まってるじゃない!」 咲「そうじゃねえだろ!」 沢田「そうよそうよ、高坂先輩は受けだって!」 咲「お前も違う!」 そんな3人の会話を笑顔で見つめていた高坂、ポツリと言った。 高坂「咲ちゃんも分かってきたね」 咲「えっ?」 高坂「いや、前だったら『高坂に色目使うな!』とか言ってただろうから」 咲「そう言えば…」 ニヤニヤしながら咲ちゃんを見る沢田と台場。 咲「(視線に気付き)ちっ、違うぞ!あたしゃそんな趣味は無いぞ!」 沢田「隠さなくてもいいですよ、先輩」 台場「さあこちら側の世界へ…」 咲「やめんかっ!」 別の一角では、大野さんが腐女子四天王の残りの2人、水中用モビルスーツのような体格の豪田蛇衣子(ごうだじゃいこ)と肩幅が広くて巨乳の巴マリアを相手に議論している。 ヤオイのカップリングについてらしい。 そんな様子をまた別の片隅で見ているのが、田中と久我山の2人。 男オタ2人は隔世の感に呆然としていた。 久我山「しばらく来ない間に…随分変ったね」 田中「ああ…」      そんな様子を見つつ、荻上さんは考え込んでいた。 荻上『あちゃー、全員集まったらやっぱ凄い人数だな…いい機会だから「例の計画」発表してみるかな…あれっ?笹原さんがいないな…まあさすがに全員は集まらんか…』 そんな荻上さんの肩がポンと叩かれる。 振り返ると笹原が立っていた。 笹原「やあ、何か凄い人数だね」 荻上「…こんちは」   2人の後ろから声がかかる。 神田「こんにちは、笹原先輩」 椅子を抱えた神田だ。 笹原「やあ、たいへんだね」 神田「笹原さんも見えたんですか。椅子足りないな」 有吉「俺取って来るわ」 テレビ等窓際のテーブル周辺の機器を運び出し終えた有吉が、自治会室に向かった。 笹荻揃うと笹荻オーラが発生するせいか、それまで話に夢中になっていた面々が一斉に注目する。 「あっこんちわ」「ちゅーす」「ちわーっす」「うっす」「ういーっす」「おはようございます」 様々な挨拶の言葉が飛び交う。 豪田「荻さまー!どこ行ってらしたんですかー!」 言いながら突進し、荻上さんに抱きつく豪田。 ムギュッ! 体重百キロ近い水中用モビルスーツのような体型の腐女子にハグされては、小柄な荻上さんはひとたまりも無く、たちまち目が渦巻きになる。 傍らで笹原は呆然としていた。 話には聞いていたが、荻ハグを目の前で見るのは初めてだったからだ。 巴「ダメよ蛇衣子、独り占めは」 物凄い怪力で豪田の腕を振りほどくと、自分がハグする巴。 豪田ほどの体重は無いが、ソフトボールで鍛えた怪力で大野さん並みの巨乳を顔に押し付けてくるのだから、再び彼岸の彼方寸前まで行く荻上さん。 豪田「ズルいーマリアー。私ももう1回ハグしたいー」 巴「じゃあ2人でサンドイッチでしましょう」 2人の耳に手が伸びてきて引っ張られる。 恵子の手だ。 豪田・巴「痛たたたた…」 恵子「お前らいい加減にしろ!千佳姉さん殺す気か!」 豪田・巴「(平身低頭で)すんません」 恵子「まあ千佳姉さん可愛いからハグしたい気持ちは分かるけど、ほどほどにしろよ。(笹原に)アニキも止めろよ!」 笹原「ごっ、ごめん。荻上さん、大丈夫?」 荻上「(目に渦巻き残しつつ)なっ、何とか…」 窓際のテーブルがどけられた後の床は、跡は残っているものの埃や汚れはなかった。 こんなところにも、1年生たちの掃除が行き届いていることが分かる。 有吉が戻ってきて、ようやく全員分の椅子が揃った。 窓際には椅子が3つ、ドアの方を向いて並べられている。 会長で議長である荻上さんの席と、今回重大発表があるという大野さんの席、そして学生ではないが現役会員という微妙なポジションの恵子の席だ。 あとの椅子は、窓の方を向けて3脚ずつ並べられている。 前半分の列に1年生たちが座り、後半分の列にOBたちが座る。 (クッチーは1年生たちの最後列が1脚余るので、そこに割り込んだ) 窓際の中央の席に、会長の荻上さんが座る。 窓際の左右の席に着いた大野さんと恵子は、椅子をやや横に向けて荻上さんの方を向く。 そして1年生たちとOBたちは、全員荻上さんの方を向いている。 つまり、荻上さんは他全員と向かい合う形になる。 何かのカルチャースクールのような光景だ。 荻上「『まるで授業参観だな』(立ち上がり)それじゃあ、えー第256回、今週の緊急ミーティングを始めます!」 1年生一同「そんなにやってましたっけ?」 OB他一同「そこは流せ!」 まるで何回も練習したみたいに、気味悪いほどピッタリと声が合う。 荻上「ったく、『いいとも』じゃないんだから…えーとそれじゃ先ず、大野さんから何か重大な発表があるとのことなので、お願いします(座る)」 大野「はーい。(立ち上がり、1年生たちに)喜べ、男子!えー実はですね、私がアメリカに居た時の友だちが、9月からこの大学に留学することが決まりました!」 一同「おー!」 浅田「その言い方からすると、女の子ですよね?」 大野「もちろんです!」 斑目「それって、スーとアンジェラなの?」 大野「はいっ!」 1年男子一同「スーとアンジェラ!?」 日垣「(後ろを向き)斑目先輩、知ってるんですか?」 岸野「(後ろを向き)どっ、どんな子なんですか?」 他の1年男子も口々に質問を斑目にぶつける。 斑目「(皆を手で制しながら)ハイハイハイ、静かに!(ニヤリと笑い)聞いて驚け。君たちの大好きなブロンドの巨乳ちゃんと、ロリロリ少女だ!」 1年男子一同「おー!」 その騒ぎの中、荻上さんは軽いショック状態にあった。 決して思ってはならない一言が、一瞬脳裏をかすめた。 『まだ増えるのかよ…』 だが先程クッチーといろいろ話した効果か、立ち直りは早かった。 荻上「(立ち上がって手を叩き)ハイハイハイ、静かに静かに!」 一瞬で静まる一同。 荻上「大野さん、続けて下さい(座る)」 大野「えーとえーと、どこまで言ったっけ?」 荻上「スーとアンジェラが留学してくるってとこまでです」 大野「そうそう。ちょっと待ってね」 自分の鞄の中をゴソゴソする大野さん。 何やらパソコンからプリントアウトしたらしい紙の束を出す。 数枚のプリントをホチキスで束ねたものらしい。 大野「(荻上さんと恵子、それに前列の席の1年生たちに渡しながら)ちょっと全員分は無いかもしれないから、無い人は隣の人のを見て下さい」 笹原「(プリントを見て)これは…?」 プリントの束の1枚目には、アニメ風のイラストに大きな文字で「GENKEN」のロゴが入っていた。 咲「ゲン…ケン?」 各々パラパラとめくってみる。 中は漫画やアニメのイラストと英文が溢れている。 大野「(1年生に)スーとアンジェラは、去年の夏コミに来てたんですけど、その時にうちのサークルのこと気に入って、向こうでも同じようなサークル作ったそうなんです」 神田「じゃあこれは、その会報か何かで?」 大野「そう、ネットで送ってもらった、原稿の一部です」 荻上「じゃあこの『GENKEN』って?」 大野「スーたちのサークルの名前ですけど、会報名も兼ねてるみたい」 荻上「ちゃんと通訳して下さい!SHIが抜けてるじゃねっすか!」 大野「ハハハ…ごめんなさい」 斑目「うちはハルマゲドンはやってないんだけどな…」 大野「とにかく!向こうでうちみたいなサークルやってて、その会員の内の何人かも留学を希望していて、ひょっとしたらあの2人以外にも何人か留学してくる可能性があります」 再び軽いショック状態に陥る荻上さんだったが、一方でこれで「あの計画」を発表するきっかけは出来たと秘かに意気込む。 朽木「ほほー、いよいよ我が現視研も国際化の時代ですかにょー」 高坂「凄いね」 久我山「やはり時代は変ったね」 田中「ああ…」 豪田「と言うことは、男の子も増える可能性ありますよね」 大野「そうですね。まだ未定だから何とも言えないけど」 ワイワイと盛り上がる部室内。 荻上「みんな!ちょっと聞いて!(OBたちに)先輩方も聞いて下さい!」 シンとなる一同。 荻上「この場を借りて、提案したいことがあります」 恵子「何なの、改まって?」 荻上「みなさん見ての通り、今の部室はたいへん手狭です。(一息置いて)そこで、部室を移転しようと思うのです」 一同「えっ?」 再びざわつく部室内。 咲「で、どこに移転する気なの?」 大野「そうですよ。サークル棟は年中満室で、代わりの部室なんて無いですよ」 荻上「屋上に…プレハブを建てようと思うんです」 一同「プレハブ?」 荻上「私が見た限り、サークル棟周辺で空いてるスペースは、そこだけです」 笹原「なるほど、あそこなら邪魔にはならないね」 田中「プラモ作りにもピッタリだな」 台場「でもあそこ、毎日人が出入りするには危なくないですか?柵も無いし」 荻上「周囲は鉄柵か金網を張ろうと思います」 恵子「張ろうと思いますって、予算はどうすんのよ?」 荻上「…春夏秋冬賞の賞金を使います」 一同「おー!」 沢田「百万ならプレハブぐらいは余裕ですね」 巴「でも鉄柵や金網まで入れるとどうかしら?」 荻上「そこでOBの方々には、もし私の分だけで足りない場合の経済的援助をお願いしたいのです」 頭を深々と下げる荻上さん。 咲「荻上、成長したな」 荻上「えっ?」 咲「前のお前だったら、自分の金だけで何とかしようとして煮詰まってたと思う。だけど今のお前は、自分で頑張る分と人にお願いする分とをちゃんとわきまえてる」 大野「ほんと大人になったわね、荻上さん」 荻上「(赤面)よっ、よして下さい」 高坂「よし、そういうことなら僕も少し出すよ」 斑目「俺は金ねえから、代わりに社長に話してみるよ。社長なら土建屋に顔利くだろうから、安いとこ紹介してもらえるかもしれんし」 笹原「『初任給まだもらってないんだよな』おっ、俺も…」 恵子「アニキはいいよ」 笹原「なっ、何で?」 恵子「千佳姉さんが賞獲った漫画って、アニキが描けって勧めたんだろ?だったらアニキとの合作みたいなもんじゃん。アニキは愛情だけでいいってさ。ねー千佳姉さん」 荻上「(赤面)なっ、何を…」 笹原「(赤面)ばっ、馬鹿!」 「そういうことなら、僕も力を貸そう」 OBたちプラス大野さんには聞き覚えがあるけど忘れかけていた、クッチーより下の世代には聞き覚えの無い、間の抜けた声がドアの方から聞こえた。 いつの間にか開いていたドアの前には、小柄で撫で肩で、メガネをかけた犬のような顔の男が立っていた。 OB一同・大野「初代会長!」 初代「や、久しぶり」 呆然とする1年生たち、クッチー、恵子、そして荻上さん。 荻上『この人が噂に聞いていた初代会長か』 有吉「初代ってことは…OBの方?」 伊藤「そうだにゃ」 日垣「でも確か、斑目先輩って2代目の会長だって言ってなかったっけ?」 国松「それにしては、もっと年上のような気が…」 そんな1年生たちを咲が制する。 咲「(冷や汗)その問題に触れるな」 そんな会話の間に、初代会長は何時の間にか荻上さんの前にいた。 初代「今の会長の荻上さんだね?」 荻上「はっはい。はじめまして、荻上です」 初代「はじめまして。さっそくだけどさっきの計画、OB会の方で資金を提供するよ」 ポケットをゴソゴソする初代会長。 やがてポケットから銀行の通帳と実印らしきいかつい印鑑を取り出した。 名義は「現代視覚文化研究会 OB会」となっていた。 斑目「OB会?」 笹原「そんなもん、あったんですか?」 初代「まあ一応ね。こんな時に備えて蓄えておいたんだ。(通帳と印鑑を差し出し)さあ荻上さん、これを使ってくれたまえ」 荻上「(通帳を開き)こっ、こんなに?」 初代「それだけあれば部室と鉄柵作っても余るでしょ?お金の問題をクリアした上で鉄柵なり金網なりまでこちらで作ると言えば、自治会も説得しやすいと思うよ」 荻上「でもほんとうにいいんですか?こんな大金…」 それを手で制する初代会長。 初代「現視研を頼むよ、荻上会長。僕はいつでも君たちを見ているから」 荻上「はいっ!」 純粋に感動する荻上さんや1年生たち。 だがOBたちは、言葉通りの意味に解釈して戦慄する。 特に咲ちゃんは「やはりあるのか?」と監視カメラを探してキョロキョロする。 荻上「みんな!お礼言うよ!(最敬礼で)ありがとうございました!」 一同「(最敬礼で)ありがとうございました!」 そして一同が顔を上げたその時、再び声を合わせて叫んだ。 一同「いないし!」 その後、新しい部室は夏を待たずに完成した。 自治会との交渉の際、荻上さんは屋上に現視研の部室を作る交換条件として、屋上に柵を作ることを提案したのが効いたのだ。 自治会でも前々から屋上に柵が無いことを気にしていたのだが、予算が無い為に放置していたのだ。 その為、まさに渡りに船とばかりに荻上さんの提案はすぐに承認された。 新しい部室は快適だった。 従来の部室の3倍近い面積になり、テーブルを2つ並べても全員が余裕で座れた。 エアコン付きの上、水道まで付いていた。 屋上の周囲は、高い金網で囲まれているので見晴らしは悪くなったが、安全性は高まった。 さらに部室の備品も、OBたちからの寄贈によって充実した。 ビデオ、ゲーム、漫画、同人誌、DVD、プラモデル、フィギュア、ポスター、そしてコスの在庫は、ちょっとしたアキバ系ショップ並みの品揃えとなり、展示スペースも広くなった。 難点と言えば、トイレに行くには下に降りなければならないことと、荷物を運ぶ時がたいへんなこと、それに何よりも部室に来ること自体にけっこう脚力がいることだ。 (サークル棟は4階建てだから、屋上は実質5階。エレベーター無しではチトきつい) それでも部室そのものの快適な条件ゆえに、会員たちには好評だった。 いやサークル自治会内でも好評で、他のサークルからの来客も増えた。 かつての部室は、荷物を運び出された後でドアに板を打ち付けて、完全に封印された。 次の使用サークルが決まるまで、それは解かれることはない。 昔、椎応大学でも学生運動が盛んだった頃、大学側にロックアウトを宣告されたサークルが部室で篭城するという騒ぎがあった。 まあ今ではそんな心配はないだろうが、部室の不正使用を避ける為、この習慣はその頃から今日まで続いていた。 部室の封印が終わった後、荻上さんは旧部室のドアの前に「移転のお知らせ」の張り紙をした。その下には小さくこう書かれていた。 「オタ空間よいとこ1度はおいで」 こうして荻上新会長の初の大仕事は無事に終わった。 だがこの後にも夏コミに学祭、そしてスー&アンジェラ来襲とイベントは尽きない。 がんばれ荻上会長、オタクたちの自由と平和の為に。 
*11人いる! 【投稿日 2006/02/19】 **[[・・・いる!シリーズ]] 西暦2006年4月。 結論から先に言うと、荻上新会長率いる現視研新体制下の新人勧誘は、男子5人女子6人の計11人という例年にない大漁で終わった。 後でサークル自治会の役員の人に聞いた話によれば、これは現視研創立以来最高記録であり、今年の新人勧誘では体育会系も含めて全サークル中トップだそうだ。 今年の新人勧誘が大成功した理由は、大きく分けて三つあった。 一つ目は、例のアキバ系小説原作のドラマと映画の大ヒットでオタクがちょっとしたブームになり、全国レベルでニワカオタや新人オタが増えたことだ。 椎応大学にもそんな新米オタが何人か入学していた。 普通こういった人が目指すのは、漫研かアニ研だ。 だがこの両会は、初心者オタには敷居が高過ぎた。 高校ならともかく、大学にもなって絵心のない人には漫研は入りづらい。 椎応に限って言えば、アニ研も事情は似ていた。 筋金入りの創作系オタにとっては魅力的な、年に何回か短編アニメを作っているという実績は、初心者にとっては逆に引いてしまうマイナス材料になった。 こうして消去法による消極的な選択ながら、ぬるい初心者オタたちが現視研に集った。 二つ目は、切迫感あふれる積極的な勧誘活動だ。 何しろ今年新入生がいなければ、冗談抜きに会の存続は厳しい。 今回の勧誘ばかりは、OBまでも巻き込んでの総力戦となった。 荻上新会長は、前回の失敗に懲りて今回はみんなの助言を聞きながら慎重にことを進めた。 前回クッチーをハブにして失敗したことへの反省から、今回はクッチーに裏方仕事や力仕事の大半を担当してもらった。 「あいつには仕事をたくさん与えてガンガンこき使ってやれば、喜んで真面目に働くよ」という咲ちゃんの忠告もあっての措置だった。 さらに新入生歓迎祭にて、大野さん発案で大野&クッチーのコスプレどつき漫才(もちろんクッチーがどつかれ役)を敢行、これがウケた。 荻上さんも露出少な目な代わりにロリロリなコスで、自ら勧誘のビラを配った。 しかもそのビラとは荻上さん作のミニ四コマ集で、最近の漫画やアニメをネタにしたパロディ四コマと、四コマ形式の現視研の案内が収録されていた。 OBたちも時間を作って顔を出してくれた。 斑目などは本業をサボってビラ配りをやってくれた。 「ここ潰れたらメシ食う場所なくなるからなあ」 …まあ理由はともかく、斑目もがんばった。 さらに笹原のアドバイスにより、ずっとコス一色で押さずに途中で着替えて、私服でも勧誘するようにした。 あまりにもコスを前面に出し過ぎると、内気な初心者オタが引いてしまうからだ。 コスはこんなのもありますよ的な扱いに留め、今回は広く浅く人を集めることに専念した。 その結果、初心者オタ5人(男子4人女子1人)と創作系オタ2人(男子1人女子1人)が入会した。 (残り4人については、三つ目の理由で触れる) 三つ目の理由は、荻上さんの漫画家デビューだった。 合宿の後、荻上さんは笹原と付き合い始めた。 笹原は彼女のトラウマを知って、当初は2人で巻田君の所へ謝りに行こうと主張した。 だが転校後引っ越したので巻田君の居所が分からないと聞いて、このトラウマになった出 来事を漫画にしてみてはどうかと提案した。 それを彼がどこかで見てくれたら、許す許さないは別にして、荻上さんに悪意が無かったという事情が分かって少しは救われるかもしれない。 そして作品として昇華することで荻上さん自身も救われるかもしれない。 そう考えた上での提案だった。 荻上さんは自身初の長編であるその作品に、夭逝した某ロック歌手の歌のタイトルから取って「傷つけた人々へ」と題した。 ちなみにペンネームは、同人ネームより本名に近付けて「荻野小雪」とした。 笹原の薦めで巷談社の主催する春夏秋冬賞に出したところ、その作品は審査員特別賞を受賞し、月刊デイアフターに掲載された。 そしてこれがきっかけになって、デイアフター編集部から新連載の執筆依頼が来た。 当初真面目な荻上さんは、学業と会長業の2足のわらじ状態では連載は難しいと断った。 だが編集の人は熱心で「うちは作品の完成度優先主義で、1回や2回休載するのは珍しいことじゃない。2~3ヶ月で1本なら学業と両立出来るよ」と粘った。 結局秋頃から新連載開始することになり、今はその構想を練っている状態だ。 「傷つけた人々へ」に対する評価は、読む人によって好き嫌いが両極端に分かれた。 春夏秋冬賞の審査員は15人いたが、支持したのは3人だけだった。 だがその3人の支持ぶりは熱烈で、「この作品に何の賞もやらないのなら、今年で審査員を降りる」とまで言うほどだった。 以下はその3人のコメントである。 1人目 多少ヤオイがかった作風の少女漫画家 「古傷をえぐられるような痛さだが、目をそらすことが出来なかった。腐女子ならこの痛み分かるはず」 2人目 戦前生まれのベテラン漫画家 「田舎に疎開してた少年時代を思い出した。田舎の中学校の閉塞感がよく描けている。自 分も疎開先でいじめられてた漫画少年だったから、他人事とは思えない」 3人目 特撮が専門だが、アニメや漫画にも詳しいオタクライター 「この話は21世紀の『怪獣使いと少年』だ!中学高校の先生は生徒に読ませるべき!」 (注釈)「怪獣使いと少年」は「帰ってきたウルトラマン」のエピソードで、民族差別問題を宇宙人に置き換えて正面から描いた問題作。(脚本を書いた上原正三先生は沖縄出身) 特撮オタなら誰もが名作と認める一方で、好き嫌いとなると真っ二つに評価が分かれる。十年ほど前に聞いた話なので今でもやってるかは分からんが、ある中学の先生は社会科の教材として生徒にこの話を見せていたという 読者アンケートでは、ベストでもワーストでも上位にランキングされた。 荻上さんの中学時代のトラウマを基にしたこの作品には、ヤオイ系のイタい過去のある腐女子の読者の琴線に触れるものがあったようだ。 その一方でアンチ腐女子の読者は、露骨な拒否反応を示した。 2ちゃんねるにも崇拝スレとアンチスレが早くも立った。 そして残りの新会員の女子4人とは、崇拝スレ住人でもあるガチガチの腐女子だった。 彼女たちは受験前にも関わらず、たびたびオフ会を開いて情報の収集と交換を続けた。 そして志望校決定直前、遂に作者の荻上さんが椎応の学生であることを突き止め、椎応を受験したのだ。 ついでに言うと、彼女たちは調査の過程で荻同人誌をゲット、全員よりリアルなヤオイ描写を目指す写実派ヤオイなので、よけいに荻崇拝熱が高まった。 そんな4月のある日のこと。 荻上さんは部室を出てトイレに行った後、サークル棟の屋上に向かっていた。 ちょっと独りになっていろいろ考えたかったからだ。 今の部室は、それをやるには賑やか過ぎる。 階段から屋上が見えてくると、荻上さんは最後まで登り切らずに立ち止まり、屋上を見渡した。 サークル棟の屋上は誰でも自由に出入り出来るが、柵や金網等は無い。 幅はあるけど高さは膝ぐらいまでしかない、コンクリートの淵があるだけだ。 ちょっとした事故で、簡単に転落しかねない。 4階建てだから、下手すれば命に関わる大事故になる。 同じぐらいの高さの校舎の屋上から一度飛び降りた身の荻上さんにとっては、他人事ではない。 トラウマを克服したからこそ、逆に恐怖感と警戒心が強かった。 『いつも思うことだけど、ここの屋上危ねえな。笹原さんたち、よくこんな危ないとこでガンプラ作ってたなあ』 さらに荻上さんの思索は続いた。 『だけどもし「あの計画」を実行するなら、スペース的にはここが最適だな。でもやっぱ危ねえな。先に鉄柵か何か作んねえとな』 不意に背後に人の気配を感じ、荻上さんは残りの階段を登り切って振り返る。 階段の後ろのスペースに先客が居たのだ。 サイドに黒のラインの入った黄色いジャージの上下を身に着けた長身痩躯のその先客は、こちらに背を向けて不思議な動きを繰り返していた。 空間に向かってパンチやキックを放ち、その合間に手をあらぬ方向に振ったり押したり、ガードするかのように腕や膝を持ち上げたり、上体を左右に振ったりする。 どうやら具体的に仮想敵の動きを想定したイメージトレーニング、ボクシングでいうシャドー・ボクシングらしい。 しばしそれを不思議そうに見つめる荻上さん。 やがて一段落したのか、その先客は動きを止めて空手式の息吹きで呼吸を整えた。 そして背後の人の気配に反応して振り返った。 先客はクッチーだった。 朽木「おう荻チンじゃないの、こんなとこで何してんの?」 荻上「朽木先輩こそ何やってんですか?」 朽木「ちと空手の稽古をね」 荻上「そんなことは見れば分かります」 売り言葉に買い言葉でそう言ったものの、格闘技に詳しくない荻上さんには、クッチーの動きが典型的な空手の動きなのかどうかは判断が付きかねた。 昨今の空手は、素人目にはキックとあまり区別が付かない。 ましてやクッチーのそれは、新興の流派にありがちな様々な流派や他の格闘技の技をミックスした動きなので、玄人でもひと目では分かりにくい。 荻上「私が聞きたいのはそういうことじゃなくて、何で屋上でわざわざやってるのかってことですよ」 朽木「いやー最近の部室、賑やかで本読んでられないから、ついつい僕チンも参加して目いっぱい騒ぎたくなるんだけど、そしたらお師匠様の教えに背くことになるからね」 クッチーの言うお師匠様とは、彼が掛け持ちで所属している児童文学研究会(以下児文研) の会長(以下児会長)のことだ。 児会長は彼に2つのことを命じ、彼もまた日々その言いつけを守っていた。 (児会長はあくまでもアドバイスの積もりなのだが、クッチーはそう受け取った) 1つ目は非日常的なイベント以外では静かにしてること、2つ目は児会長の薦める本を読むことだ。 (この辺の経緯は「あやしい2人」とリレーSS参照) クッチーはストレッチをしつつ、以下のような事情を説明し始めた。 日々児会長の言いつけを守り、普段は大人しくしているクッチーだったが、彼のウザオタエナジーは年に何回かのイベントぐらいでは消費し切れないぐらい膨大だった。 まずは体を動かして発散しようと考え、家で体力トレーニングを始めた。 だが彼の肉体の適応力は、本人の想像を超えていた。 明日に多少疲れが残る程度の練習量を目安にトレーニングしてきたが、すぐに慣れてしまうのでドンドン回数を増やしていき、その結果夏頃には以下のメニューが日課になった。 (ちなみに夏合宿で妙に大人しく疲れ気味なのは、合宿中はトレーニングできないと思って前日に多目にやっておいた為だ) 腕立て伏せ200回 腹筋100回 背筋100回 ヒンズースクワット500回 これだけのメニューをこなすには、ストレッチも含めてかなりの時間を要する。 時間が何時間あっても足りないオタクにとっては、時間の無駄だ。 ウェイトトレーニングなら少ない回数と時間で同じ効果が得られるかもしれない。 そう考えたクッチーはフィットネスジムに通うことにした。 ちょうど学校の近くのビルの1階に、窓からたくさんのマシンが見える施設があった。 さっそく見学に行くクッチー。 だがそこは実は空手道場で、窓から見えない角度にサンドバッグや巻き藁があった。 (まだ道場が出来たばかりなので、看板や表示は無かった。) 安直な男クッチーは「これも何かの縁にょー」と入門することにした。 基礎体力が出来ていたせいと、新興の流派で昇段試験の審査がイージーなせいもあって、クッチーは半年も経たずに黒帯を習得した。 だがそれは言い方を変えれば、クッチーの体力即ちウザオタエナジーがパワーアップしたことを意味した。 彼にとっては本末転倒の想定外の事態だ。 結局彼は自らのウザオタエナジーを時折発散する為に、何時でも何処でも時間があれば稽古することにした。 まるでピーター・パーカーがスパイダーマンのスーツを日々着込んでいるように、いつもジャージを持ち歩いて。 (道着は一人で稽古するには仰々し過ぎるし、いつも持ち歩くにはかさばるのだ) 朽木「(軽くパンチを打ちながら)そんな訳で、余ったウザオタエナジーを発散してたわけだにょー」 荻上「まるで原発ですね」 (注釈)原子力発電所の原子炉は熱エネルギーが膨大過ぎる為に、その内のかなりの分は冷却水(海水)を湯に変えて海に捨てるという形で、電力に変換されること無く捨てられている。 朽木「ところで荻チンはどうしたの?」 荻上「いえ…別に何も無いです…」 朽木「ん?何か元気無いんじゃない?」 荻上「…別にそんなこと無いです」 だが確かに荻上さんは心もち元気が無い。 クッチーは荻上さんに近付くと、キリンが餌を食べるみたいにぬっと顔を荻上さんの顔の高さまで降ろした。 そしてたじろぐ彼女に対し、ニッコリ微笑んでこう言った。 朽木「学食でお茶しない?」 所変って、ここは学生食堂。 朽木「いやー不思議な光景ですなあ」 荻上「?」 朽木「こうして荻チンと差し向かいでお茶を飲むなんて光景、ちょっと前までは考えられなかったにょー」 荻上「それはお互い様です」 少し前まで部室で2人きりになることさえ嫌っていた相手と、ごく普通に向かい合って座ってお茶してる。 まあ確かにクッチーに言われるまでも無く不思議な光景だ。 それをさほど嫌とも思わない自分も不思議なら、そんな自分をごく自然にお茶に誘うクッチーも不思議だ。 まあ慣れたということもあるだろうが、やはり笹原と付き合い始めて気持ちにゆとりが出来て、些細なことではイラつかなくなった為かもしれない。 荻上「最近の部室、何だか落ち着かないんです」 朽木「1年生の子たちと上手くいってないの?」 荻上「(軽く首を横に振り)あの子たちはみんないい子です。礼儀正しくて、私みたいな自分より年下に見える会長相手に、あの子たちなりに敬意は示してくれてます」 朽木「まあ確かに良くなついてるよね。特にあの四天王の子たちは」 四天王とは、新入生の腐女子4人組のことである。 荻上「(苦笑)まあ、なつき過ぎですけどね」 朽木「確かにね。特にあの巨乳の子とゴッグみたいな子、何かと荻チンハグするもんな。大野さんでもあそこまでやらなんだもんな」 ふと沈黙する2人。 朽木「それなら問題ないのでは…」 荻上「ええ、問題はあの子たちじゃなく、私にあるんです」 朽木「荻チンに?」 荻上「感覚がまだ付いて来れないんです、あまりにも何もかも一気に変り過ぎて…」 荻上さんはクッチーに、今自分が捕らわれている違和感について語り始めた。 1年前、斑目たちの代が卒業して笹原たちの代が就職活動を始めると、現役の会員は恵子を含めても4人となった。 その4人にしても以前に比べて出席状況は悪かった。 大野さんは以前以上にやたらといろんなコスプレ関連のイベントに顔を出すようになり、その準備で出歩く頻度が増えた。 クッチーは児文研に掛け持ちで入会した。 恵子は何時来るか分からない。 結局現役会員では荻上さんが一番出席率がよかった。 (ついでに言うと、昼休み限定とは言え、それに次ぐ出席率を誇るのは斑目だ) 独りきりで1日中絵を描いていたことも、1度や2度ではなかった。 この1年間で部室に5人以上集まった日は、数えるほどしかなかった。 ところが今では、部室には最低でも6人は居る。 新1年生の大挙入会に加えて、従来のメンバーの出入りの頻度が今年になってもあまり減らなかった為だ。 いや、人によっては却って来る頻度が増えた。 斑目は新年明けた頃から社長に「早目に帰らしてやるから車校通え!」と命令されて早退することが多くなったので、自動車学校の前後の時間にも寄るようになった。 さらに免許を取った新学期頃からは、人手不足で外回りの仕事も手伝うようになり、勤務中に外を出歩きやすくなったせいか昼休み以外の時間にも時々来るようになった。 大野さんは卒業が半年遅れということもあってか、就職活動はのんびりしていた。 彼女の就職に対する考え方はアメリカ的で、納得出来る仕事に就けないのなら契約社員で何年か潰しても構わないと考えていた。 その一方で、父親の仕事関係のコネ入社の当てという、切り札の保険も確保していた。 そうなると卒業まで安心してめいっぱいコスプレを楽しめるので、連日部室にやって来て1年生たちをコスプレの道に勧誘し、その結果何人かは執拗な説得に折れた。 そうなると田中もコスする1年生本人に会う為に部室に来るようになった。 さらにこの1年ご無沙汰だった久我山までもが、仕事に慣れてきた上に大学の近所の病院が彼の顧客になったので、仕事の帰りに部室に来るようになった。 クッチーは真面目に就職活動してるのか傍目には分からない。 4年生の時の斑目と同じぐらい、頻繁に部室に出入りしている。 恵子は高坂卒業と共に疎遠になると思われていたが、先輩風吹かして威張れる相手が出来たせいか以前より頻繁に来るようになった。 そして意外にも、社会人1年生として一番忙しいはずの卒業生3人も頻繁に顔を出した。 笹原が初めての担当になった漫画家は、何と漫研の会員の3年生だった。 彼は大学の近所に下宿してる上に部室で執筆することも多い為、必然的に笹原も大学かその近所まで仕事で来ることになり、その前後に部室に顔を出すことになった。 ついでに言うと、かねてより懸念されていた荻上さんと漫研女子との関係は改善され、今では高柳がいた頃のような友好関係を築いていた。 笹原と漫研会員の漫画家との縁、人格者の笹原が間に入ってくれたこと、「傷つけた人々へ」が荻上さんの自伝と漫研女子が知ったことなどが全て上手くプラス方向に作用した為だ。 咲ちゃんは店の出資者の1人が椎応の学生(株で1発当てたが、それに熱中し過ぎて留年した)だった為にしばしば大学を訪れ、そのついでに部室にも寄った。 どうやら1年生たちの中で、バイトに雇えそうな者を物色中らしい。 ちなみに店の開店そのものは4月開店の予定より遅れていて、夏頃開店の予定だ。 高坂は後輩たちをゲームのモニター代わりにする為に、むしろ4年生の時より来るようになった。 何でも最近は男性向けだけでなく女性向けのゲームも作り始めたので、現役の腐女子の意見を聞きたいらしいのだ。 いつの間にか現視研は、某高校の変わった名前の写真部みたいに、異様にOB出席率の高いサークルになりつつあった。 朽木「まあ確かに、今の部室っていつも賑やかで、前みたいに黙々と絵を描いたり本読んだり出来る雰囲気じゃないにょー」 荻上「人間の感覚って、勝手なもんですよね」 コーヒーをひと口飲んで荻上さんは続けた。 荻上「どんな悪い環境でも、それが長く続くと慣れちゃうんですよね。だから今みたいに急な変化には感覚が付いて来れないんですよ。良い方への変化なのに…」 朽木「寂しい部室に慣れちゃったわけか。寂しさで泣いちゃったこともあったのに…」 荻上「(赤面)なっ、何で知ってるんです?」 朽木「いやーあの日の夕方、部室に入ろうとしたら荻チンの泣く声が聞こえたんでね。あそこで僕チンが入ったら嫌がると思ったから、そのまま帰っちゃったんだ」 荻上「そうだったんですか…」 朽木「まあ気になったけど、ちょうど入れ違いで笹原さん入ってくるの見たから安心して帰っちゃった。今思えばナイス判断だったにょー」 アイスコーヒーを一気に飲み干すクッチー。 (この辺の経緯は「ひとりぼっちの現視研」参照。筆者は違うけど) クッチーの思わぬ気配りに気を許したのか、荻上さんは彼女の抱えるもう1つの不安を打ち明けた。 荻上「私、後輩を持つのが初めてなんです」 中学の文芸部には下級生が居らず(風のうわさによれば荻卒業の年に廃部になったそうだ)高校時代は帰宅部だった。 朽木「恵子ちゃんは?」 荻上「あの人は…身内ではあるけど後輩というのとは微妙に違うような…」 朽木「やっぱり?実は僕チンもそんな感じにょー」 荻上「だから嬉しいことは嬉しいんですけど、後輩に甘えられるってシチュエーションに慣れてないんです」 朽木「まあ確かに、いきなり出来た後輩が女子高生のキャピキャピ感残る腐女子たちで、そんなのに『荻上さまー』ってベタベタ甘えられちゃ、戸惑うのも無理ないか」 荻上「私はお蝶夫人や姫川亜弓じゃないんだから…」 しばし沈黙の後、クッチーが口を開いた。 朽木「荻チンってやっぱり真面目だね」 荻上「えっ?」 朽木「初めてだから慣れてないのは当たり前なんだし、難しく考えずに自然にやってればいいんじゃない?」 荻上「そんな簡単に…」 朽木「大丈夫だって!今の荻チンなら自然にしてれば問題無いって!」 やや声を大きくして強く言うクッチーに驚く荻上さん。 朽木「笹原さんと付合い出してからの荻チンって、自分じゃ気付いてないと思うけど、凄く穏やかで明るい顔してるにょー。前は殆ど見たことなかった笑顔も見せてるし…」 思わぬ褒め言葉にリアクションに困り、コーヒーを飲みかける荻上さん。 そして急に赤くなったクッチー、何気に爆弾発言。 朽木「いやーこんなに可愛く変るんなら、僕チンが先に口説いときゃよかったにょー」 思わずむせる荻上さん。 荻上「なっ、なっ…(言葉が出ない)」 朽木「まあもっとも、僕チンでは荻チンのトラウマを癒すことなんて出来んかっただろうな。やっぱり笹原さんは偉大だにょー」 彼氏を褒められて赤面する荻上さん、照れ臭さから強引に話題を変える。 荻上「そう言えば朽木先輩、就職活動ってやってるんですか?」 朽木「まあそれなりにね」 荻上「どんなとこ狙ってるんですか?」 朽木「どんなとこって言うか…時間の拘束のきつくなさそうなとこ探してるだけだから、職種はこだわってないよ」 荻上「それはまたどうして?」 朽木「いやー卒業までにものに出来るか分からないんでね…実は僕チン、最近小説書き始めたのよ」 コーヒーを飲みかけてた荻上さんは、再びむせた。 朽木「やっぱ変?」 荻上「い、いえ…あまりにも意外だったんで…」 朽木「まあ中学生ぐらいを対象にした、ジュニア小説みたいなやつなんだけど、賞でももらえたらそのまま物書きでやってく積もりだにょー」 荻上「へー」 朽木「でもあと1年足らずじゃ難しそうだから、とりあえず働きながら書こうと思ってるんだ。僕チンはお師匠様みたいに賢くないから院には上がれんし」 [[11人いる!後編]]

表示オプション

横に並べて表示:
変化行の前後のみ表示: