「4月号予想・その四」の編集履歴(バックアップ)一覧はこちら

4月号予想・その四」(2006/01/31 (火) 01:32:06) の最新版変更点

追加された行は緑色になります。

削除された行は赤色になります。

*その三 扉【投稿日 2006/01/29】 **[[カテゴリー-4月号予想>http://www7.atwiki.jp/genshikenss/pages/128.html]] まだ夜明けといった早朝、外ではスズメだろうか、鳥の声が聞こえる。 笹原は目を覚まして起き上がっていたが、泣いていた。 笹原『……もう駄目だ、もう――――………あれ??』 涙を拭うと、大きく一つ息を吐いた。 笹原「はぁ~~~、夢、か………よかった~~~」 笹原はさっきまで見ていた夢を思い出していた。 荻上が現視研から去った砂を噛むような日々、そして―――― 病院の霊安室で触った、冷たい荻上の遺体。 その冷たくなった荻上に触れた指に残るひやりとした感触。 自分を囲む世界が全て歪んで、肌の内と外が入れ替わるような感触。 それがいまだに笹原の感触としてリアルに残っている。 笹原『よりによって今日、なんでこんな夢をみちゃったんだ………』     『昨夜は予習の為に女性向け同人サイト巡りをしたのに、どうせ見るなら男同士の絡みじゃないの?』 一昨日の夕方、橋のところで荻上から「現視研やめます」と言われた時に感じた喪失感の強さか 荻上が内心思っていた死ぬこと、それが伝わったのだろうか。 笹原「荻上さんが居なくなるのが、ほんとに怖いんだな。俺……」 喪失への不安感に焦りを感じる笹原だった。 荻上にメールを送りたいが、早朝過ぎたので9時まで待つのが長く感じすぎて胃が痛くなった。 「おはよう。今日はお昼過ぎ、13時ごろには行くつもりです。よろしく」 そんなメールを送ると、笹原はさっきの夢のこともあり、荻上から返信が来るのか心配になってしまう。 しかし1分ぐらいでメールが返ってきた。 「おはようございます。わかりました、お待ちしております」 と、返ってきた。荻上はもう起きているようで、笹原は安堵の溜息を小さく漏らした。 笹原『でもほんと、今日は何が有っても……どんな絵でも、俺がいいリアクション出来なくても(汗)』     『荻上さんを受け入れてあげたいんだ。……うん、今日からじゃなくて、これからずっと』 トーストを食べていた荻上は、笹原からのメールを返信して朝食も終えると、 とりあえず部屋を片付け始めた。 といっても、夏コミ前に大野と笹原が来たときにざっと片してあったので、 それ以降そんなに散らかっていない。 荻上は机に座ると、その横には今日渡して見せる予定のイラストが積んである。 「荻上さんとつき合いたければ そうゆうのも全部―――」 一昨日の笹原の一言が頭の中で繰り返される。 荻上『笹原さんと、つきあうかも…今日、夕方からか、明日からか………』 荻上の頭の中には、頼り甲斐のある格好良い笹原の姿が思い浮かぶ。 そして、告白の台詞も、俯いていて姿は見ていないが耳に張り付いている。 「好きっ……だから…… ここに居るし 守りたいと 思うし……」 夕日の差し込む放課後の教室に、人影がふたつ。 学生服を着た笹原が汗をかきながら必死に告げている。 笹原「好きっ……だから…… ここに居るし 守りたいと 思うし……」 セーラー服姿で二つ結びに眼鏡、中学生の荻上が顔を真っ赤にして告白し返している。 荻上「私も、笹原さんの事が大好きで、大好きで―――ー」 台詞を遮って、笹原の抱擁。夕日に映るシルエット。 そしてキス―――。 荻上『はっ!こんな時間に!?』 いつの間にか、らくがき帳に漫画を描いてしまっていた荻上は、振り返って時計を見ると もうお昼前になっている事に気づいた。 鉛筆を置いて台所に向かい、急いでご飯を軽く掻き込むと、着替え始めるのだった。 着替えて鏡台に向かうと、軽く化粧水を付け、薄い口紅だけを載せ始める。 鏡に映る自分を見ながら、笑顔や真面目な顔を作ってみる。 荻上『表情を出すのって、苦手なんだなぁ』 荻上『でも、これから見せるんだ……アレを』 洗面台から部屋に戻って床に座ると、これから起こることに考えを巡らせ始めた。 「うわーーすごい、俺×斑って萌えるね!最高だよ荻上さん!」すごい嬉しそうな笹原。 荻上『なにこの展開!?有り得ないにもほどがある(汗)』 「はは…うーーん、まぁ、こういうのもいいんじゃない(苦笑)」困ったような笑顔の笹原。 荻上『これが妥当な感じかな…でも、これってホントは嫌なのに、無理してるよね、笹原さん……優しいから』     『また今度は、笹原さんを傷つけながら、つきあっていける……??』 「うっ………これ………は………」青ざめて冷や汗をかき、無言になってしまう笹原。 荻上『やっぱり、アレを見たらいくらなんでも、これかな……』 さっきまでは期待感にそわそわしていた荻上だが、背を丸め、うつむき始める。 荻上『……笹原さんが見て、大丈夫じゃなかったらもう現視研やめるんだった。辞めないと――』     『もう笹原さんに自分の趣味を隠すことから逃げない、昔の傷つけたことから逃げないって思っても』     『それで結局、笹原さんに無理をさせるような事は駄目だ。笹原さん、無理しそうだし』 脳裏に浮かぶ笹原の笑顔。そして暗くなり遠ざかる――――。 荻上『嫌!笹原さんともう会えないなんて……でも……そうなったらもう、ここに居場所なんて』     『実家に帰ってヒキコモルか………』 笹原から、現視研から離れ、部屋に閉じこもる日々を想像する。 荻上『胸が……痛い……。生きてても、仕方ないのかな』 時計を見ると、もうすぐ笹原が来る時間になっている。 荻上『今から見せないといけないなんて……絶対、駄目』 顔色が悪く、青ざめてきた荻上は、その細い肩も少し震えてきている。 荻上『恐い…………』     「………っ!!」 そしてはっと気付くと、さっきまで描いていた告白シーンの漫画をラクガキ帳から破ると、 ぎゅっとひねってゴミ箱へ押し込んだ。 キンコーーーン。呼び鈴が鳴る。 玄関に向かわないといけないが、荻上は足がすくみ、ちょっと時間が掛かってしまう。 覗き窓から見ると、笹原が扉の向こうに立っている。 荻上「お待たせしました」 笹原「やあ」 荻上の顔色は非常に悪い。そして、扉を開けたまま、立ち尽くしてしまっている。 部屋に笹原を招き入れるでもなく、数秒の沈黙。 笹原「………!? 荻上さん、大丈夫??」 荻上「―――はい」 目を伏せながらそう答えると、全然大丈夫そうじゃないが、笹原が入れるように部屋に入ってく荻上だった。 それについていく笹原。後ろ手に鍵を閉めると、靴を脱いで奥の部屋へ向かいかけるが、少し足を止める。 笹原『全然大丈夫じゃないじゃん、荻上さん。やっぱり見せるのって恐いんだよね』     『男の子の友達を一人転校に追い込んだってのが、やっぱりあるんだな………男の子の、友達、ね………』     『俺って、荻上さんに好きになって貰えるんだろうかな……昔の思い出より、大きく』 ここに来て、妙な考えが頭を巡る。しかし荻上を待たせるわけにもいかない。 笹原『自分の心配してる場合じゃないな、今は。そうだ、荻上さんが居なくなったら―――』 夢で感じた喪失感を思い出すと、背中がゾクリとする。 目の光に陰りが差した笹原だが、ふたたび決意を固めると荻上の待つ奥の部屋に入った。 そこには、紙の束を両手に持って部屋の真ん中に佇む荻上の姿があった。 荻上「その………これが………………」 荻上の声が震えている。うつむいて居るので表情は見えない。 今日は髪を下ろしているので、前髪も邪魔になっている。 笹原のほうにイラストの束を差し出してくるが、その手もよく見ると震えているのがわかる。 いや、その白い肩も、震えている。クーラーが効いているといってもまだ暑い9月のこと。 尋常な様子ではない。 しかし、今日はこれを見るために笹原は来ているし、荻上も招いている。 笹原『荻上さん……!! ソレを読んで大丈夫だと安心させてあげないと……』 イラストの束に手を掛けて受け取ろうとする笹原。 笹原「荻上さん、見るね? 俺なら大丈夫だから……心配しないで」 しかし荻上の手は固く束を掴んだまま離れようとしない。 荻上「や、やっぱり……やっぱり無理です―――」 顔を伏せた荻上の前髪の下から、床にぽたぽたと雫が落ち始める。 笹原「大丈夫、大丈夫だから―――」 イラストの束ではなく、固く握られている荻上の手の上に掌を添える笹原だったが、その冷たさにはっとする。 脳裏には、夢で見た荻上の遺体の冷たさ、その触れた時の冷たさが掌に蘇る。 笹原『荻上さんが、消えてしまいそうだ………!』 思わず、荻上の肩を抱く笹原だったが、荻上の小ささ、脆さ、そして冷たさが、腕に、胸に伝わってくる。 その腕の中でイラストの束を抱え、荻上は無言で泣きながら震えている。 笹原「俺は今日、荻上さんの全部を受け入れるために来てるんだよ」 荻上「見せちゃったら、今日でお別れです……私……わたし………」 笹原「今日駄目でも、明日大丈夫かも知れないじゃない?人は変わるものだよ」 荻上「ごめんなさい、ごめんなさい………私は、ヤオイ辞められなくて、変われなくて」 笹原「………! 違うって!」 荻上「笹原さん、絶対に無理しそうですよ……私なんかの為に」 笹原「いや無理って……、趣味は広がりこそすれ、狭くなる方にはあんま変わらないでしょ?」 荻上「趣味が広がるって、笹原さんが腐男子になるってことですか?」 笹原「そこまで言っていいのかな…でも、昨夜サイト巡りしてみたんだけど」     「荻上さんが絶対ヤバイとか言うから、過激なの探したけど、なかなか見つからないんだよね(苦笑)」 会話をするうちに、冷たかった荻上の体に温かさが戻ってきたのが笹原の腕に伝わる。 笹原「しかもだんだん、絵が上手くて、過激だったり萌えるシチュエーションに凝ってるのじゃないと納得しなくなるし」 荻上「な、何を言ってるんですか??」 笹原の胸に伝わってきていた荻上の震えも止まっている。 笹原「恐がらないで、荻上さん。俺も恐いんだ」 荻上「……私の絵を見るのが、ですか」 笹原「今朝、荻上さんが居なくなって、死んじゃう夢を見たんだ」 荻上「………!?」 笹原「夢でもあんなに辛いなんて………お願いだよ、荻上さん。居なくならないで………」 笹原『荻上さんは、ここに居るんだ。ここに、腕の中に………』 5分ぐらいだろうか、ひょっとしたら30秒ぐらいかも知れない。 部屋の中には二人の吐息と、外から聞こえるアブラゼミのジワジワジワ……という声だけが響いている。 笹原の腕の中に包まれた中で、今までにない初めての感覚に包まれている荻上。 荻上『これは、安心感?…頼っていいの?笹原さんに……頼るのはいいんだか?これって一体………』 しかし、自分ひとりでは落ち込みの悪循環だった荻上にも上昇する力が生まれてきたのも事実だ。 荻上『笹原さんも、私のアレから逃げないで居てくれる……私も逃げない……!!』     『アレからも、笹原さんからも、私の笹原さんへの気持ちからも、逃げないんだ!』 決意を固めると、荻上はようやく口を開いた。 荻上「笹原さん、ありがとうございます。もう大丈夫ですから」 笹原「え?そう?………あっ!ごめん」 慌てて腕を解いて荻上から離れる笹原だった。 赤くなっている笹原を見て、荻上は逆に落ち着いてきた。 荻上「改めまして、どうぞ見て下さい」 笹原「うん、じゃあ……」 テーブル横のクッションに座ると笹斑のイラストを見始める笹原。 荻上『うわ……見てる、見てる(汗)!』 机の椅子に座って、笹原を斜め後ろから見る格好の荻上。 同じテーブルに座るのは真正面過ぎて無理なようだ。 いくら覚悟を決めたところで、自分の妄想そのもの、荻上の一部といっても良いものを見られるのだ。 しかも描かれているのは当の本人。 笹原「うわ、俺、カッコイイな(笑)」 荻上「………(汗)」 笹原「うん…… うん……… なるほど」 荻上『な、何がなるほどなんデスカ?(大汗)』 数十枚に及ぶイラストをパラパラと飛ばすことなく、じっくりと見ていく笹原。 荻上『きっ、緊張する……ああっ!その絵は納得してないし!………それは、不自然に暴走しちゃって!(汗)』 笹原「うん、今まで見た女性向けの中で、一番良いよ」 荻上『評価キターーーー!(汗)』 荻上「え、いや、そんな」 笹原「出来たら、漫画も見せてもらえるかな?荻上さんの事、もっと知りたいし、漫画そのものにも興味有るし」 荻上「漫画って言われても―――」 笹原「夏コミ前に来たときに、オリジナルの見せて貰い損なったしね」 荻上「あ―――」 笹原はさっきまでの恋愛的な荻上を愛しむ表情から、やや仕事的な熱心さの表情が出始めている。 その雰囲気に流されて漫画の原稿を探し始めた荻上だったが、 荻上『ん―――? 見せるのはいいんだけんども、なんか私の想いはどうしたもんだか』 振り返ると、けっこう集中して荻上のイラストを見ている笹原の姿がある。 部室で一人、熱心に漫画を読んでいる時の笹原の表情だ。少し目が細く伏せられている。 荻上『あんなに無抵抗に熱心に見られるとはナァ……それはそれで嬉しいけど、今日は違うんじゃ?』 ふっと思いつくとゴミ箱から捻ってある紙を1本取り出した。 そう、午前中に描いていた「笹荻告白編」だ。 その紙をガサガサと机の上で出来るだけ平に伸ばすと、荻上はテーブルの笹原の横に座った。 荻上「どうぞ、これ読んでください」 笹原「え?1枚?なんかシワが………」 言いながらそのラフ画の漫画に目を通すと、笹原の顔に赤みが差し、ゴクリと生唾を飲み込むのがわかる。 その様子を微笑みながら見ている荻上は、本当に嬉しそうだった。 笹原「あ、あの―――」 何か喋ろうとするが、軽くパニックになっているのか台詞がまとまらない。 しかし、再び荻上から渡された漫画に目を落とすと、言うべき台詞が分かった。 笹原「好きだから、ここに居るし、守りたいと思うし」 横に座る荻上に真っ直ぐな眼差しを向けながら、一昨日の台詞を繰り返す。 荻上「私も、笹原さんのことが大好きで―――」 そこまで言ったところで笹原がガバッと荻上を抱き締めた。 荻上『ちょ、私の漫画より早いって――(苦笑)』 笹原「ずっとずっと、居なくならないで欲しい。一生―――」 荻上『まるで結婚のプロポーズみたい………』 そんな感想を抱きながら、同時に荻上の口からは返事の言葉が出ていた。 荻上「ありがとうございます………ずっと居ます。居させて下さい」 そして近づいてくる笹原の顔。緊張で真剣すぎて、ちょっと恐い。 荻上『えーーっと、目、目を閉じないと……?』 重なる二人の陰。 部屋の中は夕日には包まれていないが日は傾き、いつの間にか ヒグラシのシシシシシ……というか細い声が遠く響いていた。
*その四 花言葉【投稿日 2006/01/30】 **[[カテゴリー-4月号予想>http://www7.atwiki.jp/genshikenss/pages/128.html]] 1.《えにしだ》(金雀枝、金雀児、Broom) 虚、卑下、清楚、博愛 合宿が終わり、大学に近い最寄の駅で解散してから笹原は直接どこにも寄らずに、 自分のアパートに戻った。惠子も直接実家に帰った。部屋に入るや、荷物をどさ っと降ろして、着替えも片付けもせずに、ごろりと寝っころがった。 (くたびれた・・・。たった三日なのに、なんか色んな事があった気がする) 笹原は携帯を取り出し、受信メールのメッセージをぼんやりと眺めた。 『明日私の部屋に来て下さいませんか?』 『例のものをお見せしようかと思うのですが。』 「明日か・・・」 笹原はつぶやいた。そして思った。 メールが来たときにはドギマギした。しかし今は少し不安と焦燥を感じる。荻上 さん、少し急いていないだろうか? (俺にしてはよくやった方だよなあ・・・) 成り行きとはいえ、告白までもっていったのだ。自分の気持ちは伝えたし、そ の答えも明日わかる。荻上さんの抱えている問題も彼女の口から聞いた。その すべてを理解しているわけでは無いが、彼女の心に少しだけ近づけたとも思う。 なのに何故か胸につかえるものがある。進展の早さに戸惑っているのか?いや むしろ遅かったくらいだ。彼女から見せてくれるというのだ。何の問題がある のか。別に自分をネタにしたやおい本見せられても大丈夫だ。そう思う。しか し・・・笹原は惠子の携帯に電話を入れた。 荻上もまた、笹原が自宅に着いたのとほぼ同時刻にアパートにたどり着いた。荷 物を降ろして、へたり込んで、ふーと一息つく。 (疲れた・・・。休みてえ・・・。ああ、でも部屋片付けなくてなんねなあ・・・) よろよろと疲れた体を奮い立たせて、旅行の荷物を片付け、部屋の掃除を始めた。 本だらけにしているので、少し掃除をさぼると埃だらけになる。 「明日だもんなあ・・・」 掃除しながら荻上はつぶやいた。そして思った。 急ぎすぎただろうか?そんな事は無い。意を決してメールを送った時、これ以 上先延ばしする事は自分の為にも笹原さんの為にもならないと覚悟を決めたで はないか。その決意に変わりは無い。でも・・・。 (どうなるんだろう・・・) 不安がよぎる。怖い。笹原さんがどんな反応をするか・・・。でも彼の気持ちに 応えて勇気を奮わなければならないと荻上は思った。そして携帯を開いて、返信 メールのメッセージを見つめた。 『明日ですね。わかりました。大丈夫です。』 『みんなには言わない方がいいですね?』 『時間は後でメールください』 荻上は明日午後一時にしたいと返信を送った。すべては明日・・・。 2.《わすれなぐさ》(勿忘草、忘れな草、Forget-Me-Not) 実の愛、記憶、私を 忘れないで 笹原は電車を乗り継ぎ、荻上のアパートに向かっていた。駅に降り立ち、以前訪 問した荻上のアパートまで歩いていった。歩きながら、昨日惠子との携帯での会 話を思い出していた。 恵『そうだよ・・・大体それが飲み会で聞いた話の大筋!兄貴、難しいよ、あの 女!あたしにゃ関係無いけど・・・』 笹『うるさいな!余計なお世話だ!』 と言って携帯を切った。 もちろん今日の事は惠子にも言っていない。ずるいとは思ったが、心の準備とい うか、不安を打ち消す為に惠子に詳細を聞かずにはいられなかったのだ。 (聞いて正解だったのか・・・聞かない方が良かったのか・・・) だが自分の胸中にわだかまっていた不安と焦燥の正体が分かりかけてはいた。 こんな事に意味があるんだろうか・・・。自分から言い出した事とはいえ、こ の不可思議な、そして異様な事態に戸惑いを感じていた。彼女の事は好きだっ たはずである。でも結局分かったのは自分が何も彼女の事を理解していなかっ たという事だった。 自分の心と言葉がうそ臭く感じられてきた。就職活動に行き詰まってた時に感 じた気持ちに似ていた。俺、何で彼女の事が好きだったんだっけ?コスプレの 衣装見て、可愛いって意識したから?愛してると言うにはあまりにも成り行き に流されて現実感が乏しかった。 そうこう考えているうちに、とうとう荻上のアパートの前に来た。笹原は心臓 の鼓動が高ぶるのを感じながら、チャイムを押した。 荻上はもうすぐ約束の時間が迫ってくるのにそわそわし始めた。まわりを見渡 し、散らかっているように見えないか気になった。衣装も気になる。おかしく ないか。以前と違って今日は大野先輩はいない。笹原と二人きり・・・。特別 派手で露出の多い服はさけた。でもパーカーとかの普段着では・・・。結局、 藍系のブラウスにいつも通りのジーンズを選んだ。 他人を拒絶し、女性らしさを否定していながら、こんな時に服装を気にする女 心を隠せない自分が嫌だった。でありながら煽情的な服装を避ける自意識過剰 ぶりもたまらなく嫌だった。鑑を見ながら、心がはずむ気持ちを認めるのが嫌 だった。 (これでいいのかな・・・本当に・・・・) あの時・・・笹原さんの事をずるいと言った。でも本当にずるいのは自分では無 いのか・・・。彼は自分の事を好きだと率直に言ってくれた。それなのにわたし は笹原さんが「それ」を見たら・・・と・・・試すようなまねを・・・。そして わたしは一言も・・・この期に及んで自分の気持ちを口にしていない!なんてい やらしい人間だろう。わたしはわたしの心が分からなくなった・・・。わたしは 本当に笹原さんの事が好きなんだろうか?夏コミでわたしに見せてくれたわたし を見守るあの笑顔が素敵だったから? チャイムが鳴る。 (とうとう来た・・・) はっとして荻上は玄関に向かった。 3. 《くちなし》(山梔子、梔子、Cape Jasmine) 洗練、清潔、沈黙、とてもうれ しい 笹「やっやあ・・・」 荻「どっどうぞ・・・」 笹「うっうん・・・お邪魔します・・・」 部屋に通された笹原は緊張した面持ちでそわそわとテーブルに座った。 笹「いつ来ても片付いてるよね・・・俺の部屋とは大違い!」 静寂の間を持たせようと、笹原はうわずった声でしゃべった。 荻「いえ・・・来客があるときだけですよ・・・普段は散らかしてて・・・」 笹「そっそう?」 荻「あっあの・・・今日はわざわざすみません・・・どうぞ、ジュースでいいで すか?何も無くてすみません・・・」 笹「いや!お構いなく!」 二人だけの気まずさをお互い意識しながら、沈黙の途切れが来るのを恐れて二人 は何げ無い会話を続けた。 荻「あっあの・・・それで・・・例の・・・」 荻上は顔を赤らめ、うつむきながら、スケッチブックを差し出した。 笹「あっ、それが例の・・・じゃあ・・・でもちょっと緊張するなー、はは」 笹原は荻上から『例の』スケッチを受け取り、めくり始めた。 しばらく二人に沈黙が続いた。 荻上はテーブルの隣で正座して、うつむきながら、ちらちらと笹原の表情を見て いる。 笹原は荻上のそうした視線を傍から感じながらも、表情を変えないでスケッチを 見ていた。ただ時々感嘆の声をあげた。 笹「へえー、俺の特徴とらえてるね。あっ斑目さんそっくり!」 笹「ほほー、なるほどねー」 気まずい間を紛らわすために、独り言のように言葉を発しながら、笹原はスケッ チを眺め続けた。 そして描写が過激な部分に差し掛かると、荻上は耐え切れず目をつぶってうつむ き、震えていた。 笹原はその震える表情を見て思った。 (本当に恥ずかしくてつらいんだろうな。自分の裸をさらけ出しているようなも んだもんな・・・) 笹「うん、見終わったよ」 と言い、笹原はスケッチブックを荻上に返した。 心の準備はしていたので、思ったほどショックや動揺は無かった。しかし緊張か らか、ひたいに汗がにじんでいた。 (気付かれたか?) 4. 《とけいそう》(時計草、Passion Flower) 聖なる愛、キリストの受難 荻「どうでしたか?無理しないでいいです。ウソは嫌です」 笹「・・・まあ・・・予想していた通りの感想かな・・・」 荻「というと・・・」 笹「まあ・・・似てるけど漫画にディフォルメされてるし・・・気持悪いという ほどでは無いね。俺ってこんなに凛々しく見えるんだ!はは!まあ、過激な描写 は巷に溢れているし、抵抗力や免疫もあるしね。ただ・・・面白いとか、興奮す るとかはしないし、よく分からないというのが正直な感想。でも事情を知らない 人が見れば確かに嫌かもね。」 荻「・・・でしょうね・・・。正直な感想、ありがとうございました。」 笹「・・・ねえ、こういう反応は分かりきってる事じゃないの?」 荻「え?」 笹「ずっとわだかまっていた事なんだけど・・・、あの・・・こういう知識の無 い中学の友達に見せた時の状況が、予備知識のある俺に見せて同じ反応になるな んて・・・ありえないよね。もちろん、中学以来、そういうのを俺以外に人に見 せた事無いと思うし・・・」 荻「そんな事はありません!もちろんアレ以来男の人はおろか、大学に入るまで 他人に見せた事はありませんよ!でも現に笹原さんだって、不快に感じたはずで す!表情見れば分かります!男の人には無理なんです!ましてや本人が描かれて いるなんて・・・。だから・・・彼は・・・」 荻上の表情が苦悩にゆがみ、自嘲する表情を見せた。 その表情に笹原は少しひるんだ。だがここで逃げてはいけない。そんな気がした。 笹「その過去はもう変えようが無いじゃない!そうやって過去を気にして生き続 けてもしょうがないよ!そんなに昔した事が悔やまれるんだったら、俺が一緒に 当事者に謝りに行ってもいいよ!荻上さんがそれで気がすむなら・・・。」 荻「・・・会ってくれるわけありませんし、会わせる顔もありません・・・いま だに懲りずに続けてるんですよ・・・やめられないんですよ・・・」 笹「だったらなおさら今が大事じゅない!俺は別に見ても平気だし・・・。そり ゃあ理解はできないけど・・・それを言ったら俺ら男の二次元萌えだって興味無 い人には理解できないものだと思うし・・・だから・・・」 荻上は泣いてかぶりを振って答えた。 荻「ちがうんです!そんなことじゃないんです!」 笹「違うって・・・?」 荻「わたしが本当に恐れているのは・・・わたしの妄想が・・・わたしの醜い妄 想を見て・・・わたしの心をおぞましいと思われる事が怖いんです!」 笹「そんな事・・・思ってなんか・・・」 荻「・・・そして・・・そして・・・何よりも!自分が悪いのに!本当は巻田君 を憎んでました!わたしを許さず消えた彼を!そしてわたしを裏切った友人も! そしてそれを許せない浅ましい身勝手な自分を誰よりも蔑み、憎んでました!わ たしはこういう人間なんです!」 5.《のいばら》(野茨 Rosa multiflora ) 花- 素朴なかわいらしさ 実- 無意識の美 荻上は顔を手で覆って、泣き崩れた。とてもでは無いが、笹原の顔を見ることはできなかった。 そして思った。自分自身認めようとしなかった心の真実に自分はたどり着いた。 こんな自分に愛される資格があるだろうか・・・。 荻「・・・だからこんな自分を消してしまおうと・・・飛び降りて・・・」 (言った・・・。もうだめだ。自分でまた台無しにした・・・。終わらせてしまった・・・。) そう思ったから、荻上は笹原の次の行動にとても驚いた。笹原は黙って荻上に静 かに寄り添い、荻上をそっと優しく抱しめ、離さなかった。 荻「えっ!?」 笹「もういいよ・・・何も言わなくていいから・・・一人でそんなに苦しまなく ていいから・・・だから・・・しばらくこうしていたい・・・」 荻上は笹原の腕のすきまから、笹原の顔を覗きこむと、泣いているのに気付いて、 驚いた。そしてうつむき、静かにそのままでいた・・・。 時間の感覚は無かった。まるでこの部屋の空間だけ別世界のような感覚だ。 静かな静寂が二人を包む。 (本当に小さいんだな・・・) 笹原は荻上を抱きすくめ、そのぬくもりを感じながら、そう思った。結局のところ、笹原自身にとって荻上がどんな存在であるか、笹原は理解した。 触れれば刺々(とげとげ)しく、こっちが傷つきかねない。でもその茨の奥に咲く花と実に大分以前から気付いていたのだ。今それを知った。 その花と実こそ自分がずっと求めていたものだった。自分も柔和な笑顔と愛想 の表情の奥に、心の澱(おり)をずっと溜めていた。時として自分を偽る事へ の後ろめたさ。この真っ直ぐで素朴な心情がどれほど自分の心を動かすか・・・。 ずっと前から気付いていたのだ・・・。 (彼女は俺の表であり裏だ。そして俺も彼女の裏であり表なんだ・・・) (大きくて、温かい・・・) 落ち着きを取り戻し、安堵の表情で静かに笹原にもたれかかりながら、荻上は 思った。後悔、怒り、憎しみ、恐怖、これらから解放されたわけではない。自 分の醜い心の面と向き合う事はこれからもあるだろう。 でもそれは誰でもあることで、少なくとも自分は一人でそれに向き合う事は無 い事を知った。そして笹原が自分にとってどういう存在であるかが重要であっ て、自分の妄想が笹原にとってどのようなものであるかが、重要な事ではない 事を知った。 6.《れんげそう》(蓮華草、Astragalu) あなたは幸福です、私の幸福、緩和す る、あなたが来てくださると私の苦しみがやわらぐ、感化 時は動き出した。 二人は急に「その」状況に気付いた。 笹「ごっごめん!なっなんか妄想はとめられないみたいで・・・」 荻「あっいえ・・・こちらこそ・・・何言ってんだろ・・・」 荻上は真っ赤になってあたふたと笹原から離れた。 笹「あっそうだ!お腹すいたね!外で散歩がてらに何か食べに行こうか!」 荻「そっそうですね!」 二人は外出した。そしてゆっくりと並んで歩いた・・・・。 荻「笹原さん・・・」 笹「ん?」 荻「故郷に蓮華草がきれいな草原があるんです。花盛りにいくとまるで薄青い雲 の上を歩くみたいなんです。いつか・・・一緒に見に行きませんか?」 笹「そうだね・・・。見てみたいね」 9月中旬の気候はまるで小春日和を思わせるような暖かさで、清々しい晴天はその 蒼さを深めていた。二人は穏やかな表情をしながら、黙って歩きつづけた。

表示オプション

横に並べて表示:
変化行の前後のみ表示: