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日本の新聞社の報道


中国残留邦人2世3世の今は 神大教授が調査(神戸新聞)

http://www.kobe-np.co.jp/news/shakai/0002331383.shtml
神戸大大学院の浅野慎一教授(社会学)が聞き取り調査を続けている。兵庫・大阪在住の2、3世らの就職難や子育て、1世の介護など取り巻く環境の厳しさを浮き彫りにするのが狙い。年度内にも報告書をまとめ、対策づくりを行政に働きかける。

調査は8月から始めた。浅野教授のゼミで、中国残留邦人問題を研究している中国人留学生が通訳を務め、県内の夜間中学に通う2、3世に低い生活水準、日本政府への要望など約60項目を尋ねる。
日本語の読み書きが十分できない人が多く、1人につき最低1時間以上は耳を傾ける。

戦後の混乱で中国に取り残された残留邦人の子や孫にあたる2、3世は、1990年の出入国管理法改正で日本への定住が認められた。以降、急増しており、その数は1世と合わせ、全国で約10万人に上るという。
帰国時期によっては、日本の生活に順応できず、「言葉の壁」で就労に困り、非正規従業員として働くケースも多い。ある50代の2世は昨年、来日したが無職のまま。「不況も追い打ちをかけ、ほかの2世も首を切られた」とため息をつく。10代の3世の中には、学校になじめず引きこもったり、非行に走ったりするケースもあった。
調査を手伝う同大大学院生の孔鳳蘭さん(28)は「高齢化は1世だけでなく2世も同じ。老後の生活や子どもの教育に不安を感じている」と話す。
残留邦人1世らによる集団訴訟を経て、国は、月額最大8万円の生活支援給付金の支給などを盛り込んだ支援法を施行したが、2、3世は主な施策の対象外だ。
調査は30人を超えた。浅野教授は「彼らの生活環境は行政も把握できていない。残留邦人をめぐる問題の一つと国は認識すべきだ」と訴える。

元中国残留婦人:血縁のない家族18人、定住認められ来日(毎日新聞/2009/09/10)

 元中国残留婦人の西田栄美子さん(76)=大阪府八尾市=の夫の連れ子だった中国人5人と家族計18人が9日、定住するために来日した。これまで日本人と血縁のない外国人の定住は認められなかったが、法務省が昨年、中国残留孤児・婦人が実子同様に育てた養子や継子に限り認める方針を打ち出し、来日が実現した。78年に帰国した西田さんはひ孫の代まで含め親族が91人おり、うち実子の家族ら73人は既に日本に定住。18人の来日で、28年ぶりに全員がそろった。
 関西国際空港で、親族ら約20人とともに出迎えた西田さんは「戦争と国家によって、家族を分断され続けた人生だった。今やっと、家族を取り戻した」と涙を流した。
 西田さんは終戦間際の45年4月、開拓団の一員として福岡県から旧満州(現中国東北部)に渡り、戦後、生き延びるため現地にとどまった。中国人の夫の連れ子7人を含む計13人の子どもを育て78年、念願の帰国を果たして夫や実子らを呼び寄せた。95年、夫の連れ子だった石長春さん(52)一家を呼び寄せようとしたが、血縁がないとして不許可とされた。入管への再三の事情説明も聞き入れられなかった。
 ところが、97年、長春さんら連れ子3人が家族を連れ、知人の孤児の家族にまぎれて相次いで偽装入国。西田さんは悩んだ末、00年、「血縁はなくても私の子です」と名乗り出て、在留特別許可を嘆願したが、長春さんら2家族7人は強制送還された。
 この日、再来日となる長春さんら7人を含む18人が空港到着口から出てくると、西田さんは泣きながら一人一人と抱き合った。親族らは就労可能な「定住者」の在留資格を得て大阪府内で仕事や通学をしており、18人も同様に生活する予定。
 中国残留孤児・婦人が育てた養子や継子をめぐっては、入国後に国外退去命令を受ける事例が全国で続出し、一部は訴訟に発展した。福岡高裁が05年3月、退去命令取り消しを命じる初判断を示し、法務省が方針を変更した。変更後、多数の中国人に一括して定住許可が出たのは初めて。【村元展也】
毎日新聞 2006年9月10日 1時38分
http://www.mainichi-msn.co.jp/today/news/20060910k0000m040158000c.html


社説:定住外国人 日本語教育の支援も課題だ(読売新聞/2009/03/13)

http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20090312-OYT1T01332.htm
定住外国人 日本語教育の支援も課題だ(3月13日付・読売社説)
 雇用状況が悪化する中で、日系ブラジル人などの外国人労働者の解雇が相次いでいる。授業料が払えないために南米系外国人学校に通えなくなった子供たちも増えている。
 政府は内閣府に定住外国人施策推進室を設置し、当面可能な教育施策や雇用対策をとりまとめ、総合的な支援に着手した。
 与党のプロジェクトチーム(PT)が近くとりまとめる追加の緊急雇用対策にも、外国人支援策が盛り込まれる予定だ。
 関係省庁や自治体が連携して、迅速に対応すべきだ。
 日本で生活するブラジル人は31万人、ペルー人は6万人いる。1990年の入管法改正で日系3世までは就労可能な法的地位が与えられるようになり、急増した。
 最長3年の滞在に限られる外国人研修・技能実習生の中国人などとは異なり、家族と共に来日して永住資格を取得した人も多い。
 静岡県浜松市など日系人の多い全国8地区の公共職業安定所の外国人求職者は昨年10月~12月の3か月間で5530人に上り、前年同期の6倍に増えた。
 派遣社員として工場に勤めていて解雇された事例が多いが、日本語がほとんど話せないためサービス業への転職は難しい。
 政府は外国人失業者を対象とした、日本語教育を含む就労研修事業を予定している。多くの外国人が日本語を体系的に学べる制度を早急に整備する必要がある。
 文部科学省の1年前の調査によると全国91の南米系外国人学校に約7400人が在籍していたが、昨年末以降、多くの学校で生徒が半減している。閉校の危機に追い込まれている学校もある。

 日本の公立校への転校は、言葉の問題が壁となっている。
 政府は通訳の出来る支援員をモデル地域の学校に派遣する事業を昨年から始めた。子供たちが日本の学校になじめるよう、こうした事業の拡充も急ぐべきだ。
 ほとんどの南米系外国人学校は各種学校として認可されていないため、行政による学校への直接助成は行われていない。
 しかし、浜松市では、1人1万円を上限に南米系外国人学校の児童生徒に教科書代を補助することとし、予算案に盛り込んだ。
 日系ブラジル人は過去20年、自動車産業の下請け工場などで勤勉に働き日本経済を支えてきた。
 ブラジル政府などとも連絡を密にしながら、定住外国人に対して長期的視野に立って支援を進めていかなければならない。
(2009年3月13日01時58分 読売新聞)

群馬の私立高、学費延納制度 日系ブラジル人の救済措置(日経新聞/2009/04/04)

http://www.nikkei.co.jp/news/shakai/20090404STXKF084103042009.html
 群馬県高崎市の学芸館高校(通信制、私立)が2009年度から、経済的に苦しい日系ブラジル人生徒の学費延納を認めることが4日、分かった。
 不況で職を失う日系人が急増する中で、生徒が学業を継続できるようにするための措置。在日外国人が奨学金制度を利用するのが難しい現状で、画期的な制度となりそうだ。
 学芸館高校は、ブラジル政府認可のブラジル人学校「日伯学園」(同県大泉町)と提携し、日本の高校卒業資格を取得できるコースを設置しており、延納を認めるのはこのコースに新規に登録する生徒が対象。
 学芸館高校の学費は3年間で計約75万円で、毎月約2万円。1年後に再び経済状況を検討し、支払いが困難な場合は貸与に切り替え卒業後の返還も可能にする。
 日伯学園に対しては生徒は毎月1万5000円の学費を支払う。〔共同〕(15:02)

若者は「脱・デカセギ」(朝日新聞/2009/06/22)

http://mytown.asahi.com/shizuoka/news.php?k_id=23000000906220010
 約2万人と日本一多くのブラジル人が住む浜松市。不況による帰国者増で外国人登録者数が減少する一方、「永住者」の在留資格者数は今春、3年ごとの更新義務がある「定住者」数を初めて上回った。永住志向が強まる中、高等教育を受けて単純労働者層から抜け出そうと勉学に励む若い世代が育ってきている。(馬場由美子)
 県中部の県立高校に通う西ラファエル君(16)の夢は、日本で教職に就くことだ。「子供が好きなんで」。笑顔で弟のマルセロ君(9)を見やった。「小学校で出会った女の先生がすごくいい人だった。やさしくてきびしくて」
 しかし昨秋の不況で状況は一変した。車の部品工場で働いていた父のマサオさん(36)は今年4月に失業。日本語ができないため再就職がかなわなかった。「親類がいるブラジルなら家賃もいらないし、生活費も割安だ」。1人当たり30万円(扶養家族は20万円)の帰国旅費を支給する国の支援事業を利用し、サンパウロ市で暮らすことにした。
 「僕は帰らない。1人でも日本で頑張る」。ラファエル君の決意を聞いた両親は仰天した。4歳で来日したラファエル君は、簡単なポルトガル語しかできない。「自分にとってブラジルは知らない国。向こうでなりたいものもない」と言い切った。
 説得を繰り返した母のエライネさん(35)は、最後には折れた。「息子と別れるのはつらい。でも彼にとって一番いい道を歩ませたい」。一家は19日、帰国した。
 ラファエル君は今、御前崎市池新田にある外国人労働者用の寮から高校に通学している。生活費を稼ぐため、放課後はファストフード店で働く。バスケットボール部で仲間と過ごす時間が一番の楽しみだ。「自分の国はここ。夢、絶対かなえる」
 日本人のブラジル移民百周年に沸いた昨年7月。浜松市内の静岡文化芸術大学で、同大のブラジル人学生3人と日本の公立高校に通う同胞の高校生8人が座談会を開いた。母国への思いや差別された体験などを本音で語り合い、将来の夢を披露しあった。
 薬剤師、通訳、工業デザイナーなど様々な職業が挙がる中、林ケンジ・クラウジオさん(22)は「ブラジル人に日本でいい生活を送ってもらえるように、家を売る仕事に就きたい」と話した。そして今春、日本の住宅販売会社から就職の内定を得た。
 座談会の様子は冊子やDVDにまとめられた。担当した同大国際文化学科の池上重弘教授の元には「彼らのような存在を初めて知った」「授業で使いたい」などの感想が寄せられている。
 池上教授は「ブラジル文化を理解し、日本で高等教育を受けた彼らは、日本社会においても貴重な存在。こうした多文化共生のモデルが今後も育ってほしい」と話す。

   ◇   ◇    

 今月初旬、ブラジル人が多く住む県内9市と県、静岡労働局の担当者が集った情報交換会の席上で、浜松市の外国人登録者数の推移を記した資料が配られた。
 1990年の入管法改正以降、同市に住むブラジル人は増加傾向で、08年4月には1万9461人と2万人に届く勢いだった。しかし昨秋の経済危機で失職者が続出。帰国者や他地域への転出が増え、今年4月には1万8247人と大幅に減少に転じた。
 その一方で、同時期の「永住者」数は8323人と、「定住者」数の7435人を初めて上回った。
 同市の村木恵子国際課長は「在留資格更新の手間を嫌がり、永住権を取得するブラジル人もいる。皆が日本に骨をうずめる覚悟をしたとは言い切れない」と前置きしながらも「2、3年で帰国する出稼ぎ感覚の人は確実に減っている」と分析する。そして「ずっと日本で生きてきた子供たちにとっては、もはや日本が自分の国。親も子供の将来を考え、永住志向を強めるのでは」と話した。

ニッケイ新聞

■記者の眼■進展少ない日本語教育=「かけ声」だけで予算なし(2009/03/27)

http://www.nikkeyshimbun.com.br/090327-72colonia.html
 国際交流基金サンパウロ日本文化センターでは、昨年の交流年事業が充実した。その反面、世界中の日本語教育の拠点機関を三年間のうちに百カ所増やすという政府方針が〇七年年初に発表された件に関しては、実は進展が少なかった。
 というのも、「かけ声」だけは大きかったが政府交付金は削減傾向であり、「特別予算がつかない」というチグハクな状況に陥った。そのため基金内の従来予算を削って寄せ集めた資金を使って、「さくらネットワーク」というプロジェクトを実施しているという。
 結果的に、当初のような日本語教育の新施設を設置していくのではなく、従来からある基金の日本文化センターの機能を強化し、各国の大学などで日本語教育に力を入れている機関を「中核施設」として認定することで、それに代えるという方針に変わった。
 すでに基金の施設を中心に三十九機関が「中核施設」になったが、南米では相変わらずサンパウロのセンターのみ。USPやブラジリア大学、リオ連邦大学の日本語教育機関を認定する方向になっているが、まだ決定ではないという。
 つまり、新方針発表以前と、南米においては実態としては変化がない状況であり、「かけ声だけ」で終わりそうだと危惧される。
 その中でようやく今年十月から日本語教育の専門家派遣が実施されることになったが、これも〇六年三月で打ち切りになっていた制度が復活した形、ともいえる。二年間の任期で、地方の日語学校にも巡回する。
 ただし、TVを通して日本語普及を図る新方針も出されている。すでにNHK国際放送で日曜午後二時から放映されている日本語教育番組「エリンの挑戦・にほんごできます」(全二十五話)をケーブルTVのJBNで五月頃から放送する。
 〇四年に中国政府が打ち出した中国語教育機関「孔子学院」は、〇八年年一月現在、わずか四年で世界に二百校まで一気に広がった。政治的な近視眼に陥り、国内問題ばかりに関心が集まる状況は良くない。
 日本語教育は外交の根幹だといっていい。せっかく日本語教育強化策に特別予算をつけず、かけ声だけで終わらせてはいけない。 (深)

伯人学校の子ども減少=2カ月で2500人(2009/03/28)

http://www.nikkeyshimbun.com.br/090328-74colonia.html
 【共同】雇用契約の打ち切りなどで経済的に苦しむ日系ブラジル人らが増える中、ブラジル人学校に通う子どもは二月二日時点で二カ月前の昨年十二月から、約二千五百人減少していたことが二十七日、文部科学省の調査で分かった。文科省は公立学校での受け入れ円滑化など、外国人の児童生徒の就学支援策も公表した。
 文科省によると、ブラジル人学校は昨年十二月には十三県に九十校あったが、二月には八十六校に減少。調査で有効回答があった五十八校の生徒数は六千三百七十三人から三千八百八十一人と約四割も減った。
 対象は日本での幼稚園-高校段階の子ども。親の苦境で学校に通えなくなった千七百十八人の状況分析では、帰国が七百二十二人で、自宅・不就学が五百九十八人。公立学校転入が百六十人、ほかのブラジル人学校に転校が五十三人だった。

静岡市=失業外国人に日語講座=5日間で基礎知識習得を(2009/04/02)

http://www.nikkeyshimbun.com.br/090402-74colonia.html
 【静岡新聞】静岡市国際交流協会は三月二十三日、金融危機の影響などで職を失った外国人を対象に、就職の面接などで必要な日本語を教える「緊急雇用対策講座」を市役所清水庁舎で始めた。
 ブラジル人ら約二十人が参加した。初日は平仮名、片仮名や簡単なあいさつなどが中心。講師を務める「清水日本語交流の会」の山梨薫史副会長がゲーム形式も取り入れながら、読み書きを指導した。参加者はメモを取ったり、覚えた言葉を声に出したりと、真剣な表情で取り組んだ。
 講座では、五日間かけて履歴書の書き方や面接での会話など、実践的な知識を習得する。同協会によると、企業の人員削減が増加した昨年十一月ごろから、外国人の住居や就職に関する相談が大幅に増加した。派遣労働者として、工場内作業などをしていた人の中には日本語を身に付けていない人も多く、再就職先を探す際の障害になっているという。

定住外国人向けサイト=内閣府HPで今月開設=4カ国語で生活情報提供(2009/04/02)

http://www.nikkeyshimbun.com.br/090402-61colonia.html
 日本政府による「定住外国人施策ポータルサイト」が今月一日から、内閣府のホームページ内に開設された。定住外国人や、外国人の相談業務に関わる人たちなどを対象としたもので、日本語、英語、ポルトガル語、スペイン語の四カ国語で各種情報などを提供している。同サイトのアドレスは、http://www8.cao.go.jp/teiju-portal/jpn/index.html
 同サイトは、内閣府の「定住外国人施策推進室」が今年一月にとりまとめた「定住外国人支援に関する当面の対策」に沿って設置されたもの。
 一日現在では前記「―当面の対策」のほか、政策案内として教育、雇用、住宅、医療、年金など各種の生活情報、JICA(国際協力機構)の在留日系人支援策についての情報などが掲載されている。
 主な生活情報としては、「お子さんを持つ保護者の皆様へ」(教育)「外国人雇用サービスコーナー」「派遣・期間工で働く外国人の皆様へ」(雇用)、「国民年金制度の仕組み」「雇用保険」「生活保護」(生活支援)など。
 このほか、関係する政府機関や民間団体、外国人が多く暮らす自治体のホームページへのリンクなども張られている。
 今後は、関係有識者による「定住外国人施策ポータルサイト企画・運営検討会」が設置される予定で、同検討会の意見をふまえ情報の充実を図っていくとしている。

日系伯人生徒の学費延納=高崎の私立高が救済措置=群馬県(2009/04/07)

http://www.nikkeyshimbun.com.br/090407-74colonia.html
 【共同】群馬県高崎市の学芸館高校(通信制、私立)が二〇〇九年度から、経済的に苦しい日系ブラジル人生徒の学費延納を認めることが四日、分かった。
 不況で職を失う日系人が急増する中で、生徒が学業を継続できるようにするための措置。在日外国人が奨学金制度を利用するのが難しい現状で、画期的な制度となりそうだ。
 学芸館高校は、ブラジル政府認可のブラジル人学校「日伯学園」(同県大泉町)と提携し、日本の高校卒業資格を取得できるコースを設置しており、延納を認めるのはこのコースに新規に登録する生徒が対象。
 学芸館高校の学費は三年間で計約七十五万円で、毎月約二万円。一年後に再び経済状況を検討し、支払いが困難な場合は貸与に切り替え卒業後の返還も可能にする。
 日伯学園に対しては生徒は毎月一万五千円の学費を支払う。
 両校によると、二〇〇八年度から始まった同コースには日系ブラジル人二人が在席、うち一人は父親が失業し帰国したため退学。〇九年度については約十人の入学希望が寄せられたが、保護者の失職などで辞退するケースが相次ぐなど、日系ブラジル人をめぐる教育環境は悪化の一途をたどっている。

介護職で新しい道を=浜松で外国人向け講座(2009/04/16)

http://www.nikkeyshimbun.com.br/090416-63colonia.html
 【静岡新聞】日系ブラジル人の多い浜松市で、定住外国人に人材が不足する介護職への道を開こうとする動きが広がり始めた。浜松国際交流協会(HICE)が失職者向けに開講した「介護のための日本語教室」では、修了生三十人のうちブラジル人七人の採用が決定。HICEでは「必要とされている分野で、安定した雇用を」と受講生のフォローアップに力を入れている。
 二月中旬に始まった教室には、定員の約五倍の百四十三人が応募。面接や筆記試験をパスしたフィリピン人とブラジル人三十人が、約一カ月かけて食事や入浴、排せつの介助、衣類の着脱などで使われる日本語会話を学習した。県が主催する介護の現場体験にも申し込み、市内外の七施設でお年寄りと触れ合った。
 掛川市の介護施設に就職が決まった袋井市の青木・アメリア・サユリさん(45)をはじめ、受講生の多くが工場労働に従事。来日十五年の青木さんは検査やはんだ付けなどの仕事をしていたが、景気悪化の影響で昨年末で解雇され、家族五人の暮らしを支えるために「なんとしても仕事を見つけないと」と講座に応募した。介護職は未経験で特殊な用語を覚えるのに四苦八苦したが、「介護の心構えを丁寧に教えてもらえた」と講師を務めた介護士らに感謝しきりだ。
 浜松市中区和合の特別養護老人ホーム「愛光園」で現場体験に臨んだ受講生のオザキ・カズミさん(41)=同市中区=も、市内の部品工場から休職を命じられ、介護の世界に飛び込んだ。「すごく緊張する」と話しながらもお年寄りとの会話を順調にこなし、施設スタッフも「コミュニケーションに問題ない」と評価。市内のデイサービス事業所への就職が決まった。
 日系ブラジル人の介護分野での就労に関しては例が少なく、受講生からは「(介護に)興味があったが、挑戦するきっかけがなかった」「ヘルパー二級の資格を取得したい」などさまざまな声が上がった。HICEの担当者は「定住外国人も高齢化の時代を迎える中、二カ国語を話せる介護の担い手は今後ますます重要になる」と、受け入れ体制の整備や学習支援の必要性を指摘している。

不況の今こそ日本語を=日本語センター通常総会=教師養成と普及に重点=帰伯子弟の再適応支援も(2009/04/24)

http://www.nikkeyshimbun.com.br/090424-61colonia.html
 ブラジル日本語センター(谷広海理事長)は、十八日午後一時半から第二十一回通常総会を行った。会員ら八十八人(委任状四十一通)が出席。今年も日本語普及、教師養成などに力を入れていく方針が確認されたほか、不況で帰伯するデカセギ子弟の再適応支援にセンターとして取り組むことも決まった。
 谷理事長は開会挨拶で第九回速成塾研修の報告を行い、「今後は非日系人を対象にした日本語の普及にも力を入れる」と方針を掲げた。さらに日本語教師養成研修に段階付けをして、教師の実力アップをはかることも検討しているという。
 谷理事長は、不景気によりデカセギが減少し日本語への学習意欲が低下しているが、この状況下で日本へ渡るためには逆にきちんとした日本語の修得が必要になると強調。今こそ日語センターの価値を高めたいと力強く語った。
 各理事により二〇〇八年度事業および会計報告、〇九年度事業計画案・予算案が発表された。
 〇八年度会計は収入約百八十六万六千レアルで、支出約九十七万レ、約八十九万五千レを繰越し。〇九年度予算は約百八十九万レを予定している。
 今年度の事業計画としては、地方研修を増やした教師養成研修、日本語普及のための宣伝活動、日語センターの経済基盤強化の三点に重点的に取り組むとの方針が示された。
 また、岡野脩平評議員から日伯国際大学準備状況の報告が行われ、今後も大学設立に努めると説明がなされた。
 総会の終わりには谷理事長から、日本就労者帰国子女の支援に関して今後どのように対応するかが議題にあげられた。
 不況で帰国するブラジル人が増える中、帰伯してもポ語がわからない子供が増加し、適切な対応が迫られている。日語センターでは、すでにそういった子供たちから様々な要望があがっているという。
 議論の末、ホームページ上での事例の提示、相談の受け付け、具体的な学校の紹介等を介して「公の形」で支援を行い、「帰ってきた子供たちのブラジル学校への復帰を支援する」ことが決定された。

『日伯論談』第1回=ブラジル発=宮尾進=『デカセギ』の現状に思うこと=日本の美点をブラジルに(2009/04/25)

http://www.nikkeyshimbun.com.br/090425rensai-rondan.html
かつてパウリスタ新聞(本紙の前身)で掲載していた「土曜論壇」が「日伯論談」という形で復活し、そのトップバッターを仰せつかったのは光栄だが、与えられたテーマは「デカセギ」についてだという。
 ところが、「デカセギ」について私は部外者であるばかりでなく、批判的でもあり、担当者が期待しているであろう、「デカセギ」の困難な現況に対しての、適切な示唆などを与える立場にはない。
 私がなぜ、「デカセギ」に対して批判的になったかというと、彼らの子弟に非行少年が増え、日本でも社会問題化していることを知らされてからである。
 こうしたことから私は、二十余年もの長い年月を重ね、現在では五年十年という長期滞在者も多く、しかも三十万人をも超えるこの日系「デカセギ」は、ひどい言い方かも知れないが、何の規律も統一もない、全くの「烏合の衆」でしかなかったのか、という思いをさせられたからである。
 そう思ったのは、彼らの祖父母、父母である一世日本移民のことが、すぐに連想されたからでもあった。
 特に戦前移民の十九万人の殆どは、この日系「デカセギ」同様の、「出稼ぎ」コロノ移民であった。結果として、コロノでは初期の目的を達成できなかったところから、彼らは主としてサンパウロ州内陸部の原生林を求めて開拓し、自営の農業者として稼ぐことに戦術を変え、集団地を形成し、組織を作り、自前で学校も建て、子供の教育に努力した。 
 更に自分たちの生産物が言葉の不自由さなどのために、市場で叩かれたりすると、ブラジルにはなかった協同組合をも日本から導入し、自衛の手段を講じもした。
 ちなみに、各地に「産業組合」といわれた農協組織が最初に作られたのは、一九二〇年代後半のことであり、移民総数は驚くことに、まだ五万人にも満たない少数の頃であった。
 この自衛手段の農協組織を立ち上げたために移民はどんなに助かったか。そしてこの組織は、ついには中南米一にもなったのである。
 こうした移民同士力を合わせ、自分たちの手で学校を作り、農協も組織したりした根底にあったものは何か。
 それは取りも直さず、伝統的日本文化の特性である団結力、協調性、あるいは高度の組織力といったものであり、こうして資質を移民の個々が身につけていたためでもあった。
 こうしたことから見ると、二十年余の歴史を閲し、三十万余の数を擁しながら、自分たちの子供の教育、また現在のような状況に対処する自衛の組織や対策もこれまで講じても来なかった「デカセギ」たち日系後継世代には、移民一世世代の持って来た、前記のような日本文化のよき資質は、露ほども継承されることがなかった、ということになるであろう。
 「デカセギは移動が激しいから組織が出来ない」との話もあるが、一九五八年、移民五十年のさいに行なわれたコロニア実態調査によると、日本人移民もまた、平均五・五回の移動を繰り返していることを指摘しておきたい。
 今回の突発事態で、政府の救援策か何かで帰国する者も相当数あるだろうが、残ったものたちは、これに懲りて、今後こうした事態に対処するための自衛手段、自衛組織を講じたりするだろうか。私はそうした資質が身についていない彼らは、「喉元過ぎれば熱さを忘れる」で、台風一過すれば、もとの木阿弥に帰するものと思っている。
 それでは一体、これからどうすればよいのか。私は甚だ迂遠なことであるが、一世移民のもたらした、前述のような日本文化の良き資質を、ブラジル社会、ブラジル文化の中に、「日伯学園」といったような教育機関を通して、深く普及浸透させていく以外に方策はないと考えている。
 個人主義は決して悪いものではないが、この国に住む人に足りないのは、お互いの協調性とか団結力といったものである。
 こうした日本移民のもたらした伝統的日本文化の良き特質を、この国の中に残すことは、この国にとって、最も大きな貢献となることである。
 これからでも遅くはない。ブラジルでの二世紀を迎えた日系社会は、何よりも、そのための努力をなすべきであろうと考える。 

 宮尾進(みやお・すすむ)
 サンパウロ州アリアンサ移住地出身。戦前に訪日し、信州大学を卒業後の五三年に帰国。コチア産業組合機関誌「農業と協同」、「ブラジルの農業」編集長を務める。サンパウロ人文科学研究所元所長。日系社会関係の著書多数。78歳。

日系子弟に日本語教室=文科省が公立校転入支援(2009/04/29)

http://www.nikkeyshimbun.com.br/090429-64colonia.html
 【共同】文部科学省は二十六日までに、不況で家計が苦しくなり外国人学校に通えなくなった日系ブラジル人らの子どもが、学費負担が少ない日本の公立学校に転入しやすくするため、全国約五十カ所に日本語教室を設置することを決めた。
 景気回復までの緊急措置として三年間実施する予定で、二〇〇九年度補正予算案に三年間分の経費約三十七億円を計上。今夏にも小学校から高校までの学齢の子どもを対象に、最長で半年程度の授業を行う教室の設置を始める。
 国内で暮らす日系ブラジル人は派遣労働者が多く、失業が深刻化。文科省によると、ブラジル人の子どもにポルトガル語などで授業をしている外国人学校で、月額三―四万円の学費が払えずに退学するケースが続出。日本語が十分に話せないなどの理由で公立学校に転入せず、不就学状態の子どもが少なくとも千人いるとみられる。
 文科省は、定住外国人が多い地域の自治体や市民団体などを学校運営の主体として公募し、教員の態勢などを審査した上で、年間数千万円程度の運営費全額を交付。公民館などで、日本語や算数などをブラジル人教員らを交えて無料で指導、公立学校との相互訪問も行い日本の学校や生活習慣になじめるようにする。
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