乱回胴 vs 須藤真琴

 がらんとした教室で須藤 真琴はため息をついた。恥ずかしがりの彼女にダンゲロス・ハルマゲドンは荷が重過ぎる。
 必要な戦いであることは理解しているが、それでも自分の出番が来ないことを願ってしまう。
 ――だが、闘争の女神は些細な望みですら許さない。
 近づいてくる足音に彼女が顔を上げると、2教室分ほど先に男が立ち止まったのが見えた。
「ば、番長グループ、須藤真琴だな!」
 悲鳴に近い呼びかけと、ビシィ!っと音がする……と形容するには幾分かためらいの混じった動作で向けられた指に、思わず真琴はうなずいてしまう。
「我が名は乱回胴!百鬼を払い夜行を崩し、悪夢の夜を泡と消す者……学園に朝をもたらす者だ!!」
 名乗りと共に男は木剣を振り上げる。
 だが、遠い。逃げるにせよ能力を使うにせよ、2教室分という距離は十分すぎると思えた。
 ――おそらく頭の弱い奴なのだろう。
 彼女はそう考え、能力は使わず仲間が来るまでの時間を稼ぐために距離を取ろうとした。
 「貴様ら魔人は、学園の夜明けに必要ない……朝の霞に滲んで消えろ!」
 その瞬間、乱は叫びと共に自らの足へ柄尻を全力で振り下ろした。
 意味不明な行動に須藤が身構えた瞬間、乱は一足飛びで須藤に肉薄していた。
 ありえぬ速度の接近、跳躍と述べたほうが適切な移動方法。いかなる奇跡が乱に舞い降りたのか。
 否、奇跡ではない。
 その正体はチキンスレイヤーによる衝撃制御。オサレな台詞により発動したチキンスレイヤーは防御を無視した乱の足にダメージを与えず、大地へ衝撃を透過させた。
 つまり彼は――その全身全霊を持って、地面を蹴ったのだ!!
 いかに魔人と言えど、人類の限界に近い力で接近されては逃げられる道理がない。
 無防備な須藤の脳天を叩き割ろうと振り上げられるアロンダイト。
 狙うのは必殺、即死させなければ魔人は食いしばり、最後の力で抵抗してくる。
 乱の武器が鈍器である以上、一撃で殺すのならば頭部を潰して即死させるしかない。
 「剣風は逆巻き轟轟と荒れ、柳に在らぬは断ち折れ消えよ!奥義、轟天風乃剣!!」
 チキンスレイヤーの起動条件たるオサレな台詞を叫び、彼は木剣を振り下ろす。
 避けられぬ一撃、もはや須藤には防御する術はない。
 ……だが、その一撃は胴へと叩き込まれ、須藤の脳天を叩き割ることは無かった。

 ――このとき、二人の間には不可解な現象が発生していた。
 13年後、ある漫画で心滴拳聴と呼ばれるこの現象は二人に共通項―極度の恥ずかしがり―がある故に発生し、二人に勝機を与え、奪っていった。
 ――死にたくなるほど恥ずかしい。俺、人としてマジ痛い気がする。
 もし、この声を聴いた瞬間須藤が乱をあざ笑っていればアロンダイトは振り下ろされず、乱はショックで家に帰り引きこもっていただろう。
 ――あ、私死んだ。
 もし、この声を聞いた瞬間乱が須藤にアロンダイトを振り下ろしていれば須藤は即死していただろう。
 だが、
 ――でも、俺はヒーローになりたい!
 恥ずかしさより夢を取ろうとする乱の生き方を須藤は美しいと思ってしまい、
 ――顔、見られたらヤだな。
 捨てられぬ自分に近い須藤の望みに乱は共感してしまった。
ゆえに須藤には乱を笑えず。
 ゆえに乱に須藤の面を割るようなことは出来なかった。
 もはや二人の間に戦いは成立しない。戦うには相手を知りすぎてしまった。

 この先は語るまでもない。
 乱は自分に近いものにオサレな醜態をさらしたことで凹み、須藤は最期の力を振り絞って生徒会に一矢報いようとするだろう。
 どちらの向かう先にも同じく死が待っている。二人の邂逅は二度とない。
 だが、だがそれでも、もう一度めぐり合うことがあるならば――


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