SF百科図鑑

Norman Spinrad "Bug Jack Barron"

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February 08, 2005

Norman Spinrad "Bug Jack Barron"

スレが下がったので上げます。プリングル100冊の翻訳物手持ちが尽きたので、次のを入手するまでとりあえずまた原書に戻ります。読みかけのこれを。***(スレ立て時の書き込み2005-01-13 08:44:11) もういっちょう、並行して読む原書本のほうもプリングルの100冊から。バッグジャックバロンノーマン・スピンラッドは初めて。邦訳は「はざまの世界」「鉄の夢」などがあるが1冊ももっていない。本作は70年代を代表する政治SFとして名高いが、果たして政治SFってどんなものなのか とりあえず黙して読んでみるべし。

粗筋追記2005.2.14


バッグ・ジャック・バロン ノーマン・スピンラッド

マイクル・ムアコックとミルフォード・マフィアに感謝をこめて捧げる


「スプリッド・ボーイズの諸君、準備はいいか?」ルーカス・グリーンが間延びした声で言い、黒い手(そして、その不快な一瞬、なぜか自分の手を黒いと思った)を振った。ミシシッピ州警察(右側のアライグマ野郎のほう)とミシシッピ国家警備隊(左側の黒人のほう)の制服を着た、二人の男(その退屈な一瞬、意地悪い気分で、やつらを黒人とみなした)に向かって。
「イエッサー、グリーン知事」二人の男が口調を合わせた。(そして頭の中でひそかに、一瞬、言葉も思考も途切れ被虐的な気分にとらわれたグリーンの耳に、その声は、「ヤッサー、マッサー」と言っているように聞こえた。)
「あの船を運ぶんだ」背後でドアがしまると、グリーン知事はドアに向かって言った。いったい今日はおれはどうしたんだ、とグリーンはいらだたしく思った。あのいまいましい、シャバズの野郎。馬鹿なトラブルメイカーの黒んぼめ──
またあの名前を思い出した、すべての元凶。マルコム・シャバズ。黒人イスラム連合の預言者、黒人国家主義指導者国家委員会議長、毛平和賞受賞者、(海の神秘の騎士)の親玉のこの男は、黒人以上でも以下でもない。シェイドつまり白人が、黒人という言葉を聞いて思い浮かぶすべてを備えている。北京に憧れる、無知な巨根の、黒い汁を垂らす、猿そっくりの土人。そしてあの狡猾なろくでなし野郎のマルコムも、自らの役割を知りながら演じているんだ。自らを、白人の狂った憎悪の対象に、ワラサイトの連中が怒鳴りながらゴミや金を投げつける主要な標的に仕立てあげて、憎悪を食らい、吸いこみ、それによって自分を高め、シェイドどもにこう言うのだ、「おれはでかくて黒いママ野郎さ、おまえらの腐った根性が大嫌いだ、中国こそ(未来)だぜ、おれのチンポはおめーらのよりでかいぞ、中国こそ(未来)だ、この国で二千万人の同志がおれを好いている、中国には十億人の同志がいる、世界中では四十億人の同志が、おれと同じようにおまえらを憎んでいるんだ、このシェイドのママ野郎め、死んじまえ!」
***
と、マルコムの描写が続く。グリーン知事はこの黒人共産主義者、マルコムを嫌悪している。だが、水曜日だ。今日は旧友のジャック・バロンが番組でテレビ電話をかけてくる日だから、下手な発言はできない。その向こうに多数の視聴者がいると分かっているから。ジャックは昔、サラと一緒にやっていたが、彼女と袂を分かって以来、侮りがたい存在になった。番組の名は、「バグ・ジャック・バロン」つまり「ジャック・バロンをバグしろ!」。バグするとは困らせるとか、盗聴するといった意味だ。しかし今のジャックをバグするなんてありえねえ、それ自体がギャグだよ、と思った。
***
サラ・ウェスターフェルドの場面。ドン、リンダ、マイク、(狼男)、と一緒にいる。水曜の夜。ポータブルテレビの黒い画面がこちらを見ている。こんなに大勢と一緒にすごすことはかつてなかった。ドン・サイムや(狼男)と話して気を紛らそうとするが、ドンがあの魔法の言葉をいう。「バグ・ジャック・バロン」
***
ロッキー山脈冷凍睡眠センターにいるベネディクト・ハワーズ。今やここはかれの所有だ。ここは永遠におれのものだろうか? パラチにいわれたのを思い出す、永遠かどうかは永遠が過ぎ去ってみないと分からない、要するにいくら長期間でも何百年とか一定期間を区切らないと判定できないと。それはもっともだ。だが医師たちは今度こそ永遠だと請け合った、おれは信じよう、誰もこのおれ様を殺すことはできないのだと。永遠の命だ。思えば今までずっと戦いだった。テキサスの田舎から石油で成り上がり、ついにはこの冷凍不死プロジェクトで一山当て、永遠の地位を得たのだ。金も、女も、企業も、政治も、そして永遠の生命を約束するこの技術も、永遠におれ様のものなのだ。コロラド、ニューヨーク、シセロ、LA、オークランド、ワシントンにセンターがある、ワシントンには政敵がいる。だがもう1年ちょっとすれば政敵を一掃し、金と「永遠の生命」の力で大統領をはじめ有力者を味方につけ、法案を通すのだ。
時計は9:57。今日はジャック・バロンにも邪魔させまいぞ。あらゆる手で連絡の取れない状態にしてあるのだ。代わりにデサライバ、ブルース、ヤーブローが対応することになっている。今日はいくらジャックでもおれをバグすることはできまい。
ハワーズはテレビをつける。全国の視聴者が待ち望む番組が始まり、タイトルが表示される、「バグ・ジャック・バロン」。まるで「アメ公は国へ帰れ」という各国の壁の落書きみたいな文字で。次に、ジャック・バロンが現れる。その後、メキシコ在来種のマリファナを米国に輸入し、今では各州で栽培していることを紹介する映像が流れる。再びバロン。「今日あなたをバグする、困らせているのは何ですか? あなたをバグする、困らせるものは、バロンのバグ、悩みでもあります。さあ、今すぐお電話! 212-969-6969!」この覚えやすい電話番号は何ヶ月も電話局と交渉して手に入れたものだった。
最初の電話、左下に黒人の老人の顔が現れた。ルーファス・W・ジョンソンと名乗った。
「ご覧のとおり、私は生粋の黒人、黒んぼです、ニガーです」
「落ち着いて。相談は何? まさか肌の色の話だけじゃないでしょ?」
「でもそこが大事でしょ、結局とどのつまりはそこなんだ!」そして老人は、冷凍不死プロジェクトが黒人を排除し、シェイドだけに永遠の生命を保障しようとする人種差別をしていると非難した。老人の訴えによると、67歳で冷凍睡眠を出願したところ、協会は資力調査の上、流動資産が足りないので契約できないと回答した、しかし自分は契約履行に足る資産があり、肌の色を理由に拒否されたとしか思えない、というものだった。
バロンは、「そいつはまさに私をバグする内容ですな。さっそくハワーズに連絡をとって原因を究明しましょう。ちょっと待っててね」と答えた。


CMタイムに入り、ディレクターのヴィンス・ゲラルディに、ベニー・ハワード、テディ・へネリングス、ルーク・グリーンを待機させるよう指示する。ヴィンスの頭にはこの後の番組進行のシナリオが見えていた。協会は流動資産、現金、ドル札の緑色にしか興味がない、肌の色とは無関係、という議論になるだろう。ハワーズとしてもこの番組で自社の主張を広めることで人気を高め、将来の法案成立への礎石固めができるメリットがあるのだ。
再び番組が始まり、バロンはハワーズに電話をかけた。オペレーターが、ハワーズは休暇旅行の飛行機の上でつなげないが、デシルヴァにつなぐか?ときいた。バロンはあくまでもベニーを出せと要求するが、無理だとの回答。これはベニーがこの女に指示したとおりオウム返ししているだけだ、埒があかないと悟ったバロンは、ヤーブローでいいという。同社の公報部長だ。
画面の左側にヤーブローとジョンソン、右側にバロンが映った。
「ヤーブローさん、このジョンソンという人が冷凍睡眠契約を黒人だから拒否されたというんだが、事実かね?(奥さんをまだ殴ってるのかい?)」
「誤解があったと思います。私どもはご存知のとおり&&」
「ご存知のとおりといわれるが、私は何も知りませんよ」とバロンはさえぎり、ジョンソンに事実を確認した。ジョンソンは、50万ドル以上の支払い(60―70万ドル)を申し出たのに拒否された、と確言した。
ヤーブローは、冷凍不死プロジェクトは研究に膨大な金がかかるから、限られた人にしか提供できない旨を説明した。ジョンソンは、そんなことは分かってる、そしてそれを黒人には売れないというんだろう!と怒鳴り返した。
バロンは割って入り、ジョンソンが15万ドルの家、5万の現金、50万のトラックを持っている、契約の条件は50万ドルでなかったか?とヤーブローにきいた。ヤーブローはそのとおりだが、流動資産である必要がある、と説明したが、バロンは、だが断ったのは事実だし、流動資産か否かを判断するのも協会だろう、黒人で契約にこぎつけたのは実際にどれぐらいいるのか? この問題に関し、ミシシッピのグリーン知事に確認してみる、と答えた。
CM中にグリーンに電話。ルーカス・グリーンは、協会に電話しただけで十分だろう、私に電話する必要があるのかときくが、バロンは、私の電話を断るとどういう目にあうかを思い知らせる必要がある、と答えた。
***
バロンの紹介(「&&ミシシッピ州知事にして、社会正義連合、つまりSJCの国家的指導者です&&」)を聞きながら、相変わらずのジャック・バロンだな、とグリーンは思った。冷凍睡眠施設法案を廃案にするためにベニーの野郎を叩くというなら、協力してやろうじゃないか。ミシシッピ州では現に冷凍睡眠施設建造を認可しなかったのだ。なぜなら、協会は黒人差別の疑いがあるから、との理由で。だからバロンはグリーンに電話をしたのだった。AJCは、冷凍睡眠権の有無の判断をいかなる個人や団体の恣意にも委ねてはならないという運動をしていた。すべては公的に運営され、権利の有無は抽選で決めるべきであると。いわゆる冷凍睡眠公有論である。
その旨をグリーンが説明すると、バロンが遮った。「われわれを悩ましているのは、冷凍睡眠事業の抽象的な私有・公有論議ではなく、もっと現実的な問題なのです。ベネディクト・ハワーズが権力を濫用して、黒人を差別しているのかどうか」
「私がいわんとしていたのはまさにそのことだ。特定の民間団体に冷凍不死事業の実権を委ねれば、権力の濫用は避けられないのだ。もし冷凍睡眠法案が連邦議会を通過し、大統領が署名をしてしまえば、生死の決定権が法律に明記されることになる。連邦政府の後ろ盾でね。そうなれば協会は、思うがままに黒人や共和党員その他ハワーズに楯突く連中を差別できる。だからこそ──」
「それは分かっています、機会均等法をあなたはよく分かっているし、それについては私も同じ立場だ。ここで説明する必要はありません。問題なのは、今現在、協会が黒人を差別しているのかどうかということだ」
それを今いおうとしてたんじゃないか、とグリーンは思った。今夜、うまくベネディクトの権威をおとしめることができれば、法案に反対する議員への投票を促し、法案廃案の可能性が増すのだ。
「統計上、黒人の人口比は20%あるのに、冷凍睡眠者に閉める割合は2%に満たない」グリーンはいった。
「協会はその差別に関して、何らの説明もしないのですね?」
グリーンは、答えは分かっているだろう、と思った。差別しているのは協会だけではない。GMその他の企業も同じじゃないか。ハワーズが関心のある色は、ドル札の緑色だけなんだよ。だが&&グリーンはこう答えた。「一度も聞いたことはありませんな。せいぜい、客観的数値を述べて、遺憾を表明するだけだ。たとえ人種的偏見はなかろうと、支払能力を決定基準にする以上、差別は避けられない。周知のとおり、黒人の平均収入は白人の半分しかないから。協会はその存在自体によって、黒人の低い社会的地位を永続化させるのだ。死んだ後まで。私は特定の個人を批判しているのではない、悪いのは社会全体だ。協会は社会での影響力が大きすぎる。ハワーズが社会権力にふさわしい責任を果たさない以上、責任逃れをするのは必至だ。私にいわせれば、責任逃れをする卑怯者も、ワラサイトやウィザースの連中と同罪だのだ、無責任な関心の欠如ゆえに、自己の権勢を強めているという点では」ハワーズに2点、あんたにも2点やるぜ、ジャック、とグリーンは思った。
「つまりあなたの主張はこうですな、協会の意図がどうあれ、その存在によって、人種差別が政策化されてしまうと? ジョンソンさんの契約拒否が、黒人であることを理由としようが、資産の不足を理由としようが、ハワーズ氏がそういう財産上の足切りの基準を設けたことそれ自体が、差別の制度化に他ならないと?」
「100%ご名答だ!」グリーンが大きな声でいった。「あなたの言う範囲ではね。ただ、問題は黒人だけにとどまらない。冷凍睡眠に高い料金を要求する民間企業が存在すること自体が、この国にいるすべての黒人、白人、貧乏人、失業者、低所得者を差別していることになるのだ。それは不死に、言いかえると、人の命に、値段をつけているのだ。いったい誰にそんな権利があるんだ、他人の財布を覗きこんで、『サー、あなたは永遠の命を保障されます。おいこらそこの貧乏人、それからおまえ、おまえらは、死んだら永遠にあの世行きだ』とか、勝手に決めるなんて。どんなアメリカ人も──」
だが、その時点でグリーンの顔は画面から消えていた。画面のバロンが言った。「ありがとう、知事。論点はわかった。今度は法案の共同起案者、セオドア・ヘネリング上院議員の反論を聞こう。彼は、協会の正当性を確信し、法的独占権を与えるべきだと信じている。さて、CMの後に、議員の考えを聞こうではないか」
CM休みに入ると、バロンはルークにきいた。「いったい何を考えてるんだ?」
「法案をつぶそうと思ってるに決まってるじゃないか。きみがベニーをやっつけようと思いついたんだろう? 今、テディ・ヘネリングを論破すれば、きみは法案をつぶせるんだぞ。きみがやつを壁際まで追い詰め、私がちょっととどめを刺せばいいんだ」
「壁際に追い詰めるだと?」バロンが叫んだ。「どうかしちゃったんじゃないか? 私はハワーズにちょっと痛い目に遭って学んでほしいとは思うが、致命傷を負わせる気はないぞ。私がやりすぎれば、やつは私の息の根を止めることもできるんだ。私はヘネリングをちょっとだけもてあそんで、協会の失点を少し取り戻させてやるつもりだ。さもなければ私が政争に巻き込まれてしまうからな。そんなことになるぐらいなら、頭を下げたほうがましだ」
「おいおい、昔のことを忘れたのか?」グリーンは嘆息した。
「思い出すと、いつだって腹がむかむかするよ」
「何かを得れば、何かを失うってか。昔の君は、力はなかったが、根性があった。今の君は力はあるが、根性が──」
「馬鹿言うな、こん畜生。ルーク、君はあのド田舎でちっぽけな安住の地を見つけたんだ。なら、おれの方にも敬意を払ってくれんかね」
「こん畜生は君のほうだ、ジャック」グリーンは怒って電話を切った。昔のあのジャック・バロンはどこに行っちまったんだよ? バークレイ・ジャックとサラ・モングメリーのあのコンビは? 年をとってわが道を行くになってしまったのか? 
ジャックはサラを失う代わりに、「バグ・ジャック・バロン」という人気番組を得た。ルーク、おまえはエヴァースでちっぽけな地位を手に入れた。若かりし楽しい日々を捨て、その代わりに今は、それぞれの力を得たのだ。
ジャックにヒーローを期待する貴様は何様のつもりだ? はっきり要求して、馬鹿げた夢のためにすべてを台無しにするなんて? 本気なのか、お前は?
本気ならよかった、とグリーンは思う。おれが白人だったら、おれの発言は影響力を持つだろうに、と。そしてマゾっぽい気分で、テレビをつけたままにする。おれのやりたいことをやれる立場にあるこの男、ジャック・バロンが何かをやるのを、半分期待しながら。
***
バロンはCMが終わるのを待ちながら、いったいおれにどうしろというんだ、ルーク、と思う。おれに刺し違える覚悟で、あいつらに切りこめというのか、昔みたいに捨て身でぶつかれと? 冗談じゃない、おれはもう昔みたいなドン・キホーテはごめんだ。
CMが終わり、ヘネリングが登場した。気をつけろ、こいつはおれを生きたまま葬る力があるんだ、とジャックは己を戒めた。
「ヘネリング議員、今夜の番組をご覧になっておられましたね?」
「ああ、もちろんだ。実に面白いね、興味深い」ヘネリングは他人事のような顔をしている。
「ならば、法案の共同起案者として、ジョンソンとグリーンの批判に対する反論がおありでしょう」
「ああ、そうだな&&私は協会を代弁する立場にはない。ただ、私は、協会が人種差別を行っていないと信じている。これだけは言っておきたい。その&&私の政治活動歴自体が証明になるはずだ、そう私は思う、私自身は&&いかなる個人や、団体からも自分を切り離す必要があるのだ、さもないと、人種的な&&その、政策を、助長することになりかねないから」
ちっ、このへたれじじいが、おびえた顔をしやがって、とバロンは思った。さあどうしようか? ゲラルディは賢明にも、蒼白なヘネリングの顔を小さい画面に切り替えていた。
「あなたは、法案の共同起案者ですね? まだあの法案を支持しますか? 議会を通ると思いますか?」
「審議中の法案の通る見込みを論じるのは、遠慮させていただく」
冗談じゃないぞ、こいつは今にも降参しかねない顔をしている。このアホに、ベニー・ハワードの名誉を挽回するようなことを言わせなければ、協会はおれを目の敵にするに違いないんだ。
「あなたは共同起案者なのですから、協会に冷凍睡眠事業を独占させるべき根拠を説明できるでしょう」
「なんだって&&ああ、確かに。その、責任の問題ですな&&睡眠者と、一般大衆の両方に対して。協会は財政基盤がしっかりしていて、睡眠者のケアや、その、つまり&&不死の研究を続けることが可能なんです。永遠の生命という約束を履行するために&&つまり、極低温冷凍ボックスに&&致命的欠陥が&&致命的欠陥が&&(ヘネリングは、考えを決めかねているような顔で、しかめ面をして、続けた)協会は、睡眠者のケアに要する費用を除いたすべての収入を、研究に充てることを契約に明記しています&&あーその&&対立候補のどれ一つとして、この義務を明示してはおらず、信用できない。そういった、睡眠者の安全だとか、財政基盤の確かさ、不死研究への資金投入能力、こういった全てが、私が協会を信用する理由ですな&&ああ、その、協会が事業を独占すべきであるということの&&だから私は、法案を支持したのだ」
「連邦政府による冷凍睡眠計画でも、同じことが可能ではありませんか?」バロンは深く考えずに問い返したが、そう言いながらもびくびくものだった。(落ち着くんだ、おい、落ち着くんだ!)
「ああ&&私もそう思う」ヘネリングは言った。「しかしね&&ああ&&コストだな、そう、コストだ。協会の施設と同じ物を作るなり、全部買い取るなりするには、莫大な増税が必要になる。さらには研究費用も上乗せされる。財政上の観点から、現実的ではないね。ロシアも中国も、冷凍睡眠プロジェクトを実施していない。自由な企業システムによってしか、コストをまかない得ないという単純な理由だ」
あんたは肝心のことを忘れているぜ、とバロンは思った。この間抜けは、パニック状態にあるのか? 確かに無能だとは分かっていたが、これほどひどいとは。こいつはハワーズの秘蔵っ子だ──大統領の候補者なのだ。今ごろハワーズは歯がみしているはずだ。いっぽう、ルークの野郎は、有頂天に違いない。落ち着かせるために、何か手を打たないと。背中に予備の肛門よろしく、ベニー・ハワーズがついていたらいいのに。
「あなたは、協会が、連邦政府を含むいかなる団体も決してなしえない社会的役割を果たすと信じているのですね?」
「ああ&&そうだ」(こやつの頭は火星探査船よりも遠くに行ってしまっているんじゃないか、とバロンは思った)「協会がなければ、この国の冷凍睡眠計画に何らのビジョンも、安定も期待できない。この考えは実に正当だと私は思う。既に百万人もの人々が、協会の冷凍睡眠で生き長らえているんだ。もし冷凍睡眠がなければ&&ああその&&とっくに死んで葬られているはずの人たちがだよ。うう&&もちろん、何百万人が毎年、資金がなくて死んでいるわけだが、つまりその、永遠に&&だが&&うう&&もう一度生きるチャンスを一部の人に与えたほうがいいと思わないかね、たとえ予測可能な近い将来では無理だとしてもだね、全員が冷凍睡眠を受けられるようになるまで、全部のアメリカ人が永遠の死を選ばなくてはならないことにするよりは、ましだろうよ&&なあ? そのほうが合理的だとは思わんか? バロンさん、どうです?」
最後の言葉はほとんど罪を洗い流してくれと哀れみを請う泣き言のような口調だった。ヘネリングのやつ、いったい何事だ? とバロンは思った。こいつは怯えているだけでなく、罪悪感を感じてすらいるのだ。何てこった、おれの立場はどうなる? ハワーズは真っ先におれに報復を始めるぞ!
「あなたの説得力のある説明をきくと、まったく合理的に思えますね」バロンは答えた。(少なくとも、あのアルバニアのゲチスバーグ演説程度には筋道が通っている)「きわめて明白なことですが、誰もが冷凍睡眠を受けられるわけではありません。問題は、協会が誰を冷凍睡眠に入れるかを決める基準は、公平なのかどうかということですが。人種差別の要素がないといえるのか──」
「公平なのか? もちろん、公平なはずはない! 死に公平も糞もあるか! 誰かが永遠に生き、別の誰かは永遠に死ぬというのに、公平なことなんてありえないさ。国家が攻撃を受ければ、兵士が召集され、戦って死ぬ。ほかの連中はそれで金儲けをしている。それだって公平な選択だとはいえないだろう。だが、それはやらねばならないことだ。そうしないと、国全体が滅びるからだ。人生は公平じゃないんだ。もし全ての人に対して公平たらんとすれば、全員が死んで、誰も生き長らえてはならないということになるだろう──それこそ厳密な意味での公平だ、だがそいつは気違いじみている&&時計の針を逆にまわせというのか? &&そのほうが筋が通っていると思うか、バロンさん?」
こいつは何を動転しているんだ? 何とか落ち着かせないと、畜生、残り60秒しかないぞ!
「わかりました。ただ、問題はそういう哲学的なことではないでしょう。協会は経済力のある黒人が冷凍睡眠を受けることをも嫌っているのですか?」
「黒人? もちろん違う。協会は、客の人種なんかどうでもいいんだ──あまり重要じゃない。絶対確信していいのは、協会は人種差別をしていないということだ。私は三〇年の政治家としてのキャリアを賭けて誓う。私に並ぶことはあっても、私以上のキャリアを持つものはいない。協会は肌の色には興味がないんだ。もしきみのいう公平が、そういう意味ならばな&&だが──」
そこでバロンは画面を遮った、それで十分だ、何とかベニーは面目を保ったよ。
「ありがとう、ヘネリング議員。さあ国民の皆さん、後はあなたが決断する番です。今週はこれで終わり。また来週の水曜日にチャンネルを合わせれば、新しい悲劇が生まれ、あなたは新しい歴史の証人になります。完全生放送! 毎年、毎週、歴史を作るのはあなたなのです&&ジャック・バロンをバグすれば&&バグ・ジャック・バロン!」


ジャック・バロンは、閉塞的なスタジオから抜け出した──カメラ、セット、テレビ電話、カンペ、足踏みボタン、モニタ画面などが全部詰め込まれている、20
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