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冬の子供たち The Children of Winter エリック・ブラウン

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冬の子供たち The Children of Winter エリック・ブラウン


第一八期、それは冬の最後の期だったが、ぼくはひとりの〈ブルー〉と恋に落ち、若さを失い、真実を学んだ──そして、それほど長い間知らずに生きていた後に、真実を学ぶということは、恐るべき啓示だった。
そのころ、ぼくたち三人はいつもつるんでいた。授業の後、冬の漆黒の空の下、アケリオンの氷運河の上で、ぼくたちはスケートをした。夜になると、食べ物を売り歩く行商人の火鉢を囲んで、うずくまり、焼いた塊茎をかじった。広場はきらめく氷の膜に覆われ、三方は、都市の醜い石の建物に囲まれていた。残る一方は、山谷を見下ろしている。というか、太陽が視界に入って照らしたときには、そうなる。
ぼくらは時代遅れのボイラーのような防護服を着ている。だから、塊茎を食べるために身をかがめるだけでも大変だ。ナニは、長い湯気の立つ根をかじろうとしながら、くすくす笑う。ああ、なんて美しい娘だ、一つ一つの動きを見るだけでも楽しくなる。と同時に、近寄りがたい。ぼくらは人生の大半の間、友達だったが、ナニはケラーと恋をしていた。ぼくがひそかに想いを寄せている娘とつきあっているからといって、いちばんの親友を恨むわけにはいかないだろう?
行商人は火鉢を畳み、引き綱を拾うと、スケートの上に乗った火鉢を引いて、別の通りへ移動した。その跡には氷の解けた跡が残ったが、数秒でまた凍った。
ケラーは若さを喜ぶようにホーと歓声を上げ、片足のスケートで滑り去り、ナニに格好をつけて見せた。ぼくは広場を見回した。夜とともに現れた暗い建物の群を。そして、それを見た。市長の豪邸と図書館の建物との間の暗い空に、小さな明るいピンの穴のような光、〈星〉がある。
「ケラー!」ぼくは叫んだ。「ナニ! こっち来いよ!」
二人はぼくの横へ滑ってきた。二人ともぼくの肩につかまったので、ぼくはほとんど地面に引き倒されそうになった。
「何、ジェン?」ナニが息を切らせていった。
「見て」ぼくは言った。「〈星〉だ──」
ぼくらはじっと見た。目の前の空気を息が白くした。
ナニが何か小声で一人ごちた。ケラーが言った。「都市の壁に行こう!」
ぼくらは大慌てで出発した。氷運河と横丁を滑り、他のスケーターにはほとんど気配りしない速い速度で角を曲がった。都市の壁は、谷間に橋をかけるように建造された、長いダムに似た構造物だ。そこでは、授業が終わった後よく待ち合わせ、星ぼしの腕を高く頭上に伸ばす銀河の渦の燃えるような偉容を、賞賛とともに見つめるのだ。
今日、ぼくらの〈星〉が、銀河の浅瀬を離れてぼくらのほうへ向かってきたように見えたのだ──だが、それはぼくの詩的な想像力が、誤った情報を伝えたのだろう。
九期前、そのころ既に実際的な科学者だったケラーが、ぼくたちの天体の状況を、物理学的に説明した。
ケラーはぼくを広場に連れてゆき、食べ物売りの周りを大きな楕円を描いて滑り、スケートで氷に長い楕円形を刻んだ。それから戻ってきてぼくの手を取り、引っ張った。
「教えてくれるつもりだと思ってたのに──」ぼくは言った。
ケラーは、おおらかにとがめるような笑い声を上げ、説明した。「ぼくたち──二人が──この惑星フォーチュンだとする」ケラーは言った。「あれが──」遠くの火鉢を指差す。「──〈星〉だ。ぼくらはその周りを楕円軌道で回っている。ぼくらは今ものすごく遠くにいる、だから〈星〉の熱を感じられない。でも近づいていけば──ほら、燃えている炭がだんだん明るく見えてくるだろう。近づけば、熱を感じるようになる。そして熱の横を通り過ぎるときはすごく熱くなるけど、ほんの一瞬だ。ぼくらの夏はわずか四期だ──それ以上長いと、フォーチュンは燃え尽きてしまう。そのあとぼくたちの星は、また冬に向かって長い緩やかな弧を描いていくんだ。ぼくたちが動き去ると、〈星〉は後ろに消えていく。冬は一八期続く。〈星〉は事実上消えて、冷気と氷が降りてくる──そしてやがてぼくらは、また次の短く熱い夏に向かって、〈星〉へ近づいていくんだ──さあ、分かったかい、夢想家くん?」
ぼくはケラーの説明にすっかり驚いていた。「でも、だからこそぼくらは〈冬の子供たち〉と呼ばれるんだ」初めて何かを理解し始めて、ぼくは言った。「ぼくらは冬の訪れとともに生まれ、冬が終わるころ〈参入〉する!」
まだ九期だと言うのに、ケラーは大人っぽい指導者然とした笑みを浮かべた。「ぼくたちが一八期の年齢に達したとき、氷は解ける」ケラーはもったいぶって言った。「そしてぼくらの〈参入の儀式〉が、宇宙船の登場とともに行われるんだ」
今やぼくらは一八期、あの魔法の年齢に達した。人生は、ぼくにはそれほど豊かで将来が約束されているようには見えない。
ぼくらの〈参入の儀式〉は一週間後だ。

*****

ぼくたちは険しい水路を叫びながら滑り降りた。それは春には都市の溶けた水を谷に流すためのものだ。だがそれは今、危険きわまる氷のほとんど垂直な運河になっている。水路がなだらかになると、ぼくらは壁のエリアへと先を争った。右手にはきらめく銀河の円弧。前方低くには夜空。そしてただ一つ、沈み行く〈星〉の光。
ぼくらは壁のくぼみに身を寄せ、細身の剣のように身を切る北風を避けた。ナニは谷間を見下ろす。その大きな目が、銀河のオーラのような輝きを明るく映している。ぼくは恋情に胸がときめくのを感じる。ついにナニは頭を振った。「宇宙船は見えないわ」そう告げた。
「まだ太陽が十分に明るくないからだ」ケラーが言った。「わずかな光しかない。それにとにかく、宇宙船は一・六キロかそこらは離れていて、谷の中に隠れている。氷が解けたときだけ──」
そしてぼくは別の感情で胸がどきどきするのを感じる。ぼくらは何て幸運なんだ! 〈冬の子供たち〉、夏と冬を分けるまさに境目に生まれ、〈参入の儀式〉がちょうど宇宙船が現れるときに行われる──本当に、船そのものの神聖な.ドームの中で行われるのだ。冬の両側で生まれたほかの市民は、ぼくらの幸運を分かち合うことができない。その人たちにとっての一八期は、宇宙船がまだ氷の層の中に埋まっているか、暑い夏の溶けた熱気が、船への巡礼を不可能にしているかのいずれかだ。
ナニの手袋をした手が、ぼくの手に触れるのを感じた。「ジェン」ナニはささやいた。「歌を復唱して」
ケラーが鼻を鳴らした。この男には、ぼくの感傷的な詩に割く時間などなかった。
ぼくは唾を飲み、〈星〉の遠い光を見つめた。「ぼくたちは冬の子供たち」ぼくは始めた。「夏の最後の息吹によって身ごもられ/冬の最初の鉄のように硬い霜へと生まれた/ぼくらの人格、ぼくらの魂は、太陽のない硬さと霙のような雪で形作られる/太陽が船の覆いを溶かすとき、真実を学ぶために──」
「真実か」ケラーは笑った。「ぼくの言葉を覚えとけ、それはただの政治的なおためごかしだ。長老たちは、ぼくらをしごき倒して、高い道徳とよき市民性を身につけさせようとしているだけだよ」
「そうは思わないな」ぼくは言った。「過去に〈参入儀式〉を受けた人たちをぼくは見てきた。あの人たちは──」ぼくは首を振った。「よく分からないが、とにかく〈変わった〉んだ。自分たちが学んだことによって、人生が違って見えるかのように」
ケラーは嘲笑的だった。「きみはこのいわゆる真実が、漏れると思ってるんだろ? 〈参入者〉の幾人かが自分を抑えられなくなって、学んだことを話してしまうだろうと」
「たぶん真実はあまりに──あまりに衝撃的で、きっと話す気にはなれないだろうよ──」ぼくは言った。
壁に沿って響く音が、ぼくたちの瞑想を破った。ぼくたちは凍りついて耳を澄ました。遠くから蒸気エンジンのシュッポシュッポという音を押し殺したような音が聞こえている。「〈ブルー〉だ!」ケラーが歓喜のおたけびをあげた。
ぼくたちは窪みから覗いた。間違いなく、ぼくらの下、都市の壁と平行に走る道路の上を、大きな蒸気ワゴン車が重々しく動いている。スパイクタイヤが氷に食い込み、前へ前へと爪を立てている。覆いのない高い運転台に乗っている二人の人影が見える。
ブルーはフォーチュンの原住民で、その超然とした態度や主張から、ぼくたちとは接触を最小限にしたがっているように見える。一〇〇〇年前のぼくらの到来に怒ったのだ。その立ち姿ですら、遺伝子に染みついた軽蔑を表している。だがたぶんぼくにいちばん恐ろしく見えるのは、この生き物がぼくたちと似ているにもかかわらず、青白い肌と、冬に服も着ずに歩き回る能力があることだ。まるで寒気を受容することで、ぼくたちの──結局ぼくは冬生まれなのだ──厚い尻の肉やキルトのオーバーコートや手袋への依存をあざ笑っているようだ。
「攻撃しようぜえ!」ケラーが叫び、そう言いながら地面から雪の球をすくい取り、通りすぎるワゴンに投げつけた。ナニも従ったが、ぼくは遠慮した。
ブルーは高い山地に住んでいる。アケリオンのずっと北だ。ときどき蒸気ワゴンでやってくる。ぼくたちが作るハールの肉その他の食べ物と、壷や調理器具を交換するのだ。都市には数人のブルーしか住んでいない。自分たちの種族とぼくたちの商人とを仲介するのだ。ブルーを見るといつもぼくはその異質さや沈黙や優雅さ、奇妙に現実離れした美しさに衝撃を受ける。ぼくたちはいつもブルーを軽蔑するようにと教わったけれど、ぼくにはどうしてもそうすることができない。ましてや雪つぶてを投げるなどなおさらできなかった。
投げ落とされた雪つぶてを誇り高く無視して、ブルーの車は通りすぎた。見ていると、乗客は振り返ってぼくらを見上げた。はかなくも美しい女だった。その顔は雪鳥の卵のように青白く、透明だ。一瞬、ぼくたちの目が合った気がした。ぼくは仲間たちの非礼を詫びる気持ちを表情に込めた。
やがて蒸気ワゴンがいなくなると、ぼくたちは壁に沿って走り、ぼくたちが一八期で自由であること、すぐに〈参加儀式〉を受けるだろうことを、歓声を上げて祝った。
ケラーは背後の銀河の腕を見上げた。多くの星が出ているのを見て、もう遅い、寝る時間だと告げた。ケラーはナニと一緒に帰ったが、その様子──親しい者同士の恥ずかしげなほどの接近──からぼくは推測した、今夜二人は一緒に寝るだろうと。

*****

ぼくは家に向かった。都市の壁に沿ってゆっくりスケートで滑り、氷に覆われた石段を都市の中心部に向かった。塊茎を食べた広場を渡った。もう遅い。行商人も火鉢を消し、引き揚げている。昼間客車を引いている四本足の毛むくじゃらの動物、ハールだけが、暗がりの空間を占め、蒸気と満足げないびきを発している。
ぼくは広い通りをスケートで住んでいる通りまで向かった。そこにある大きなガバメント・ハウスに、ぼくは両親と住んでいる。そのとき物音を聞いた。
はじめ具合の悪いハールだと思った。ぼくは止まって聞き耳を立てた。音はまた聞こえた。細く高いすすり泣き。音の源まで動き、道に沿った石溝を覗く。高い家に通じる急な階段のふもとで、陰の中に横たわる人影が見えた。スケートに邪魔されて、ぼくは転げ落ちた。
「大丈夫だよ」ぼくは言った。「ぼくが助けてやる」
そしてぼくは立ち止まった。ブルーの顔が見上げていたからだ。ぼくは立ったまま、後じさった。
ブルーは手を差し伸べた。「お願い。転んで足首を捻挫したの」声は柔らかく、ただ息を吐くだけのような、女性の声だった。「もし中に入れてくれるなら助かるわ」そして、階段の上のドアを指した。
ぼくの最初の衝動は走ることだった。二番目は立派にも、頼まれた通りブルーを助けることだった。ぼくはスケートを外し、膝をついて、女をよいほうの脚で立たせた。腕を回し、ゆっくりと階段を上がらせた。女はぼくによりかかり、その軽さや実体のなさにぼくは驚いた。階段を上がり終えると女はドアを押し開け、廊下を別のドアへ向かった。
ぼくの助けを借りて、女はアパート中の黄色いぎらぎらした電灯をつけて回った。部屋の中は他の部屋とそっくりだと分かった。たぶんぼくはこのブルー自身と同じぐらい奇妙なものを予想していたのだろう。冬げしきの油絵が壁を飾り、冬枯れの木の彫刻が棚やテーブルに置かれている。ぼくは無知にも、このエイリアンたちに芸術のセンスがあるとは信じられなかった。
女は電灯の脇の椅子に座り、足首を調べた。初めて女の着ているものに目がいった。薄く赤いドレスと、かすかに重い黒のフード型の肩マント。繊細な指で足首を調べ、顔をしかめている。
ぼくは膝をつき、女の足を手に取った。「折れては──いないようだね」ぼくは言った。「たぶん、ひどくひねっただけだ。えと──包帯でも巻いたほうがいいかな?」ぼくは顔を上げ、女の大きな黒い目が見上げているのを見て驚いた。
「あなたね」女は言った。「そうだと思ったわ」
「なんだって?」
「さっき、都市の壁で。私たちのワゴンに二人の子供が氷の球を投げたわ。あなたも一緒だったけど、攻撃には加わらなかった」
「きみはワゴンにいたのか」ぼくは言った。ブルーの乗客のクールな眼差しを思い出した。そして友人の馬鹿な行いを恥じたことも。
「いや──すまなかった。あれは──きみたちを傷つけるつもりはなかったんだ。ただの遊びだった」
女は怪訝な表情でぼくを見た。ぼくたちの間の違いや、遠く遡る起源にもかかわらず、ぼくたちには共通点がたくさんあった。女は言った。「でもあなたは加わらなかった。あなたたちは、わたしたちのことを──軽蔑にも値しないと思ってると思ってたわ。毎日一緒に働いているあなたたちの仲間から受けるのは、間違いなくそういう印象よ」
「みんながそうなわけじゃない。ぼくらの中には──」聖人ぶった印象を与えるのを恐れて、口をつぐんだ。
「あなたたちのたいていの人は、私を一晩中あそこに倒れたままにしてたはずよ」女は言った。「あなたが通りかかって本当にラッキーだった」
女の視線はぼくを不安にした。微笑んで女は言った、包帯は台所にあると。ぼくは立ち上がり急いで隣の部屋へ行った。
部屋に戻ると女がマントを取っているのが見えた。その腕と脚の繊細さに気づかされた。頬骨の高い顔が、漆黒の長い髪の中にあった。
ぼくはぶきっちょに、包帯を腫れた足首に巻いてやった。
「あなたの名は」女はきいた。
「ジェン」ぼくは目を合わせず小さな声で言った。
「あなたは何期、ジェン?」
「一八」
「まあ、私もよ!」女は言った。「そして私の名はキー」
「きみが一八? でもてっきり──」もっと年上に見えた。その落ちつき、自信は、大人の成熟を物語っていた。
「私たちの間では、一六期で成熟したとみなされるの。そして長老としての仕事につくことができる」その大きな黒い瞳がぼくの目を射る。「あなたが一八期なら、もうすぐ参加儀式ね」女は言った。
「六日後だよ」ぼくは言った。
女の視線がなぜかぼくを落ちつかなくさせる。ぼくは突然立ち上がった。「もう行かないと」ぼくは言った。「もう遅い。足首には気をつけてね。体重をかけないように」玄関に急いだ。「さよなら」
部屋を去るぼくを見る女の唇にはかすかな微笑が浮かんでいた。ぼくはスケートを履いて、家に急いだ。それからやっと何が起こったかを自覚した。ぼくはブルーと話したのだ。種族間の交流は特殊な機会を除いて禁止するという不文律を破ったのだ。ぼくの出会いにケラーやナニは何と言うのだろう。ぼくには言うつもりはなかったけれども。
ぼくが帰ったとき父母はまだ起きていた。玄関側の部屋で電灯をつけて本を読んでいた。ぼくはドアをすりぬけてベッドに急いだ。ぼくは決して父母に近づこうとはしなかった、何かが──羞恥心?──おやすみを言うのを妨げたのだ。
その夜ぼくはキーの夢を見た。恐怖と──ほかの何かに満ちた夢。大学に行くために起きなければならない時間よりも一時間も早く目覚めてしまった、汗をかいて。それからベッドに横たわり、裸でぼくの腕に抱かれているキーの急速に消えゆくイメージを、必死で記憶にとどめようとした。

*****

ケラーはかつて説明した、〈昼〉と〈夜〉の言葉は、フォーチュンが短く暑い夏を経験したときに由来するということを。この惑星は自転軸の周りを二〇時間周期で回っている。それゆえ夏の間は毎日二〇時間続けて、アケリオンの空に光があり、その後、暗闇になる。冬の間、空は常時暗い。だがそれでもぼくたちは一日を一定時間から成る複数の期間に区切り、一方を昼、他方を夜と便宜上呼んでいる。ぼくは生まれてこの方、ずっと夜の闇の中で生きてきたから、昼間の空を想像するのは難しい。
だが変化が訪れつつある。今や〈星〉は昼間空にあり、夜になると沈む。キーと会った翌日、大学で、ぼくは自分の席に座り、外の〈星〉の小さな瞬きを見つめた。そして近づく参加儀式と、その後の変化について考えた。
一期もたたないうちに、ぼくの慣れ親しんだ、生まれたからずっとあった氷は、もうなくなる。溶けて、飲み水のように山を流れ落ちてしまう。荒れ果てた剥き出しの岩を残して。そして気温が上がり始める。すぐに外で暮らすのは不可能になる。この都市の全住民が、大昔山の中に掘られた涼しい避難所に引っ込むのだ。四、五期あと、ぼくたちは再び地表にでて、アケリオンに戻る。地下の生活にぼくは適応できるのだろうか。
ぼくは食堂で、ケラーやナニとランチを取っていた。すぐに話題は宇宙船に及んだ。
「考えていたんだ」ケラーはずるそうにぼくに微笑みかけて言った。「儀式の前にこっそり、都市を抜け出して、ぼくたちだけで宇宙船の谷間に見に行ってはどうだろうって」
この提案は奥深いと同時にひどく無謀に見えた。ナニはこの考えにため息をついた。
ぼくは笑った。「真面目じゃないよな?」
「どうしてだ。ぼくは真面目だよ」
ナニが言った。「許されていないからよ!」そして手袋の手でチョップの仕草をした。「ただ単に、許されていないの!」
「もしつかまったら──」ナニが味方なのを心強く思いながら、ぼくは言った。儀式の前に宇宙船を見ようとした人間の話をきいたことがない。ぼくは気違いを見るように、ケラーを見た。
「なあ、あとで話をしよう」ケラーは言った。「八時に広場で待ち合わせだ」

*****

その夕べ、女中が夕食を作り、ぼくは一人で食べた。両親は重要な市の職員であり、政府議会ビルの会議に出席していた。やがてぼくは家を出て、スケートで広場に向かった。途中、キーのアパートがある大きなビルを通った。衝動的に、自分の動機を吟味することもなく、ぼくは近くの店で、食べ物を買った──パンとハールのチーズを──そして、後戻りし、階段を登った。
廊下の突き当たりのキーの部屋のドアは、半分開いており、黄色い光が漏れていた。ぼくはスケートを緩め、震えながらノックした。一、二秒後、「開いてるわ」というかすかな声が聞こえ、注意深くドアを押して中に入った。
キーは長椅子に座っていた。脚を伸ばし、クッションつきのスツールの上に足先を乗せている。ぼくが来たのを見て、薄い唇を謎めいた形に引き締め、その目を見開いた。
ぼくはパンとチーズを掲げた。「その──何か必要だろうと思ったんだ。これを買ってきたよ」
キーは微笑み、突然唇を動かして、礼を言ったので、ぼくはほっとした。
「ご親切にありがとう。ここに置いてちょうだい」脇のクッションを示した。
ぼくは、キーの白いドレスに覆われていない上半身、胸骨と鎖骨の繊細な骨格から目を離せなかった。
部屋の中が寒いのに気づいた。厚いコートがなければ気分が悪くなっていただろう。こんな環境でキーが居心地よさそうにしている事実が、お互いの異質さを否応なく感じさせた。
「来てくれて嬉しい」キーは言った。「ひとりぼっちで、話し相手もいなかったの」
「仲間の人たちは──?」
キーは頭を一方に傾けてぼくを見た。「都市に来たがらないのよ。アケリオンにはもう一人、男性の仲介人がいるだけだわ。でも完全交代制だから、ほとんど会う機会はないの」
「どうして仲介人なんかになったの?」ぼくはきいた、。
「興味があったから。私たちの種族があなたたちについて言っていることが、真実なのかどうか。本当にあなたたちが敵対的なのかどうかを確認しに来たの」
この女はぼくを馬鹿にしようとしているのか、年は同じでも、実質的にはずっと年上のこの女は?「で、どうだった?」
「一般論としては、そのとおり」キーは言った。ぼくは恥辱に顔が赤らんだらどうしようと思った。「私はここアケリオンにいる間に、些細な残酷さや頑迷さや無知さをあらわす、極めて不当な行為を経験してきたわ」
ぼくは首を振った。
「それから、私の仮定や結論は、全く見知らぬ人の気まぐれな優しさで、混乱してしまったの」
ぼくは何と言っていいか分からず、何も言わなかった。
「私、興味があるのよ」キーは言った。「なぜだか知りたいの──なぜあなたはほかの人と違うの? なぜ私を助けたの?」
ぼくは首を振って、うっかり口を滑らせ、すぐに後悔した。「きみがきれいだと思うからだよ」ぼくは言った。
ああ、なんておまえは馬鹿で、舞い上がった若造で、経験のない未熟者なんだ! いかに自分が幼いかを考えると嫌気がさし、その痛みと混乱がぼくを満たした。
だがぼくは正直だった、ぼくの若い自我にそれだけはあると認めよう。ぼくは感じたままを言ったのだ。そしてすごくほっとしたのは、キーがぼくを笑わなかったことだ。
キーは微笑んだ。
キーはぼくの繊細さと痛みに気づいていたに違いない。年齢以上に経験を積んでいた。「今まで他人に言われたことの中で、いちばんすばらしいことの一つだわ、ジェン。ありがとう」
ぼくたちは話した。ぼくたちの出会いから緊張は消え、ぼくたちは友達のように語らった。キーはブルーの種族のことを語り、はるか北の都市での生活を語った。ブルーは進んだ種族のようだった──だが、どれほど優れているのか、キーははっきり話すのを避けていた。ぼくはブルーの都市の技術について尋ねたが、キーは指を振って微笑むと、話題を変えた。
キーもぼくと同じで一人っ子だった。そしてぼくと同じように両親からの愛も、両親への愛も経験していなかった。キーは学校ではすごく優秀で、この惑星を共有する別の種族への興味を募らせた。猛勉強し、仲介人に志願した。そして認められ、訓練を受け、アケリオンの町に派遣された。
ぼくは自分について話した。両親と友達。学校での勉強、詩への情熱。この最後の点を認めるのはつらかった──多くの人がぼくの感傷趣味を笑うだろうからだ──でもキーは、優しく微笑み、私も詩と音楽が好きよ、と言った。そのときぼくは、キーと恋に落ちたと思った。
一時間がたち、二時間がたった。ほとんど八時だ。広場でケラーやナニと待ち合わせしていたのを思いだした。
ぼくは、きみと話せて楽しかった、でも行かねばならない、とキーに言った。
「ほんと? ほんとに? もうしばらくいられないの?」キーは手を伸ばし、柔らかい青い手をぼくの手に重ねた。その指のぬくもりを感じて、予期した霜のような冷たさと違ったので、驚いた。
キーの手はぼくの頬に動いた。ぼくの顔をまるでそれが魔法であるかのように引っ張った。キーのくちづけは、ぼくのあらゆる夢の完成だった。
キーはおずおずと立ち上がり、何かささやいた。ぼくはキーを隣の部屋へ連れて行き、キーはそこでぼくの服を脱がせた。ぼくは生贄の獣か何かのように裸で立って震えていた。それからキーは質素な服を脱ぎ、すばらしい裸体をさらし、ぼくをベッドへ導いて、愛で温めた。
ぼくは、ブルーの娘と不慣れにからみあいながら、これがあまりにも自然に思えるのに驚いていた。はじめぼくは怖がっていた。キーの異質さや違いを恐れていた──でもキーは想像したこともない喜びを与え、たとえぼくと同族が相手でも、これ以上にすばらしいセックスは想像もできなかった。
終わると、ぼくはベッド脇のテーブルに手を伸ばし、部屋を照らしている輝く球を調べた。それは今までに見たどんなものにも似ていない。そして驚くべきものだった、だが、静かに横に眠っているエイリアンの娘によって与えられた経験の半分も、驚くべきものではなかった。
ぼくは輝く球を元に戻し、キーを起こさないように服を着て、アパートを出た。暗闇の中をゆっくり家に向かい、混乱する感情に満たされていた。愛と恥辱、喜びと恐怖、キーと経験したことについての歓喜、そして未来の不確実性に。

*****

翌朝早くぼくは目覚めた。これ以上眠ることも、朝食をとることもできず、家を出て、誰もいない氷運河をスケートで走った。授業に出るという考えは全く浮かばなかった。夕べは特別な夜だった。ターニングポイントだった。起こったことを咀嚼する時間が必要だった。ぼくはキーのアパートに引き寄せられた。通りの角にたどり着きすらした。だがそれ以上近づくのはやめた。キーの肉体の喜びをまた味わいたかったが、同時に、露骨にキーの気を引こうとしたくはなかった。だがぼくは自分に言い聞かせた。もしぼくがキーに感じることをキーもぼくに感じているなら、きっとぼくに会って喜ぶだろう──ぼくははじめて恋に落ちた若い少年だ。しかも混乱している。ぼくはキーとの間でお互いの中に見出したことを考えて有頂天になったり、長老や、いわゆる優等生から、ぼくたちの関係はどんな風に見られるんだろうと考えて落ちこんだり、ということを交互に繰り返した。
ぼくは都市を三周見て回り、疲れ果てた。そこで、覆いのある喫茶小屋を見つけ、非番の氷削り師やハール御者とともに座った。ほかの客たちは、味のついたミルクの湯気の立つポットの上に身をかがめ、下品な冗談を飛ばしていた。ぼくは〈星〉が空高く昇るのを見ていた。昨日より間違いなく大きい。そして未来を考えた。
たった一度キーとつかのま関係しただけで、自分が恋に落ちるとともに、その恋を恐れていると考えるのは、若さゆえの繊細なものの見方である。一期たつかたたないかのうちに、氷は溶け、日光がフォーチュンに訪れる。そしてアケリオンの市民は地下に移住する。ブルーについていえば、今いる都市を去って、更に北へ、極点へと旅するのだ。そこで極暑が去るのを待ちながら、比較的涼しい夏の都市で過ごすのだ。四、五期のうちにブルーたちは戻ってくる。キーも一緒に。だが、四、五期も待つなんて! とっくにぼくは大学を卒業し、職業についているだろう。大人になっているだろうし、両親が適当な娘との結婚を手配するだろう。それにそもそもキーはぼくを覚えているだろうか? その日、まだ最初の恋心を胸に燃やしながら、渇望と心痛にもだえる自分のことを考えると、笑ってしまう。
八時にぼくは広場へ向かった。
その夜、銀河の腕は燃えるように壮観だった。群衆が氷を取り巻き、赤褐色と赤紫色の渦巻きを見上げた。食べ物売りとスパイスミルク売りが繁盛していた。ケラーとナニを見つけた。
「夕べどうして来なかったんだい?」ケラーがきいた。「今日はどこへ行ってた?」
ナニはあたたかく柔らかく輝く微笑みを浮かべた。親密さによる満足を表していた。
「病気だったんだ」嘘をついた。「たぶん、食べた塊茎が悪かったんじゃないかな」
キーと過ごした夜のことを言いたくてたまらなかったが、まだ笑われるのが怖かった。二人にぼくを非難する資格がないのは分かっている。キーとぼくが共有するものは、ケラーとナニの間にあるものと同じぐらい貴重だ。でも二人にはもちろんそんなことは分かるまい。
「ぼくたち、行くことに決めたんだ」ケラーは誇らしげに言った。まるで婚約でも発表するかのように。
ぼくは混乱した。すっかり自分の考えに没頭していたのだ。「どこへ行くんだ?」ぼくはきいた。すぐに、昨日のケラーの大言壮語を思いだした。
ケラーはぼくの突然の不信の表情にうなずいた。「ぼくらはとうとう決心して、それを探しに行くことにしたんだ」
ぼくはナニを見た。昨日はぼくと同じぐらい怖がっていたのに。
ケラーがナニを言いくるめたのは明らかだ。ナニは肩をすくめた。「なぜいけないの、ジェン? 注意深くやれば──考えてみてよ、誰よりも先に宇宙船を見るのよ!」
「でも無理だよ」ナニの降伏に失望しながら、ぼくは指摘した。「教会の長老が儀式の準備をしているし、警備員もいるんだろ? 君たちよりも前にそいつらが見ているよ」
「ぼくたちの言いたいことが分かってないな」ケラーは言った。「同年代の誰よりも先に見るということだよ。ぼくたちが一番乗りだ」
「もし捕まったらどうなるんだ? 何が起こってもおかしくないぞ。退学になるかもしれないし、刑務所に入れられるかも知れない」
「捕まりっこないよ」ケラーが保証した。「ぼくたちは若くて健康だ。軟弱な長老にスケートで追いつかれることはない」
「でもきみは、道すら知らないだろう」ぼくは言った。
「最長老たちが、毎日谷間に行っている」ケラーが言った。「ただ、氷と雪の中であとをつければいいだけさ」
「きみたちは愚かだ」ぼくは言った。「きみたちは後悔すると、言っておくよ」
「ということは、一緒に来ないのね?」なじるようにこう言ったのはナニだった。
ぼくはただ首を振って、そっぽを向いた。
「ぼくたちは明日の夜八時に広場を出発する。もし気が変わって一緒に行きたくなったら来い」ケラーは言った。「じゃあまたな」ケラーはナニの手をとって連れ去った。群衆の合間を縫って、ナニの両親の家へ。
ぼくはしばらく広場を滑りながら、どっちがより愚かなんだろうと思った──早めに好奇心を満たそうとしているケラーとナニだろうか、ブルーに恋しているぼくだろうか? たぶんぼくの二人の冒険への軽蔑は、単なる勇気への嫉妬だ。ぼく自身の背徳への臆病な疑念と、あまりに対照的だから。
キーのことを考えて、ぼくは広場を離れていた。ぼくは急いで都市を滑り抜け、幅広い通りの角を曲がり、キーのビルの前で止まった。誰もいないのを確認すると、ぼくはスケートを脱ぎ、注意深く階段を登った。外のドアを押し開けてくぐり、キーの部屋のドアをノックした。
キーの声に、新像が飛び出すかと思った。「だれ?」
「ぼくだ。ジェン」
「ジェン!」叫び声だった。「ねえ、入って。そこに立ってないで!」ぼくがドアを押し開けて入口をまたぐかまたがないかのうちに、キーは脚を引きずって痛みに顔をしかめながら、ぼくの腕に飛び込んでいた。
「でもあなた、今朝はどこに消えたの?」興味津々とキーはきいた。「どうしてもっと早く来なかったの?」
ぼくは歓待されてほっとしながら、笑った。「家に帰らなければならなかったんだ」ぼくは言った。「両親が──」
「あなたがいなくて寂しかったの、ジェン」キーは言った。「もう二度と帰ってこないんじゃないかと思った」
ぼくはキーを寝室に運び、ベッドに一緒に寝た。そして抱き合いながら、お互いの過去について話した。ぼくは自分でも忘れていた出来事を語っていた。そして、自分には、物語を面白おかしくエキサイティングに脚色し、ブルーの女の子を喜ばせる才能があるんだと分かった。
未明にぼくはベッドから降りたが、その動きでキーが目を覚ました。ぼくはキーにキスをした。「行かなきゃならない。もし両親に見つかったら──」
「今夜ね」キーはささやいた。「今夜戻ってきて、ジェン。お願い」
ぼくは約束して、キーと別れ、家に向かった。家に忍び込んで、父母のありふれた眠りを妨げないように部屋に戻った。ぼくの人生で初めて、両親に知られることも同意をもらうこともなく行動しているということが、力と自信を与えてくれた。

*****

翌日ぼくは大学で、うとうとしながら授業をやり過ごし、ただ一日が終わるのを待っていた。そうすればまた、キーの部屋に行けるのだ。ケラーとナニはいつになく静かだった。しばらくしてぼくは、二人が今夜計画していることを思い出した。
「本気でやるつもりなら、馬鹿だよ」ぼくは大きな食堂ホールでランチを取りながら言った。「なあ、どっちにしろあと四日で参加儀式なんだよ。どうして待てないんだ?」
だが二人はぼくの懸念に答えることすらせず、ただ微笑を交わして食事を再開するだけだった。
五時に、いつものようにケラーやナニとは帰らずに、ぼくはスケートを履いて大学をさっさと後にし、氷運河を通ってキーのいる通りに向かった。周りに誰も見ていないのを確かめて、ぼくはビルに滑りこんだ。
キーはぼくを待っていた。ぼくはキーを抱き上げて強く抱きしめた。まるで何期も会っていないように。
キーの嬉しそうな笑い声は、雪鳥のさえずりのようだ。
ぼくたちはベッドで愛を交わし、シーツの下に横たわり、お互いの体を抱いていた。セックスで一番好きなのがこの時間だ。動物的な欲望を使い果たし、未だかつてぼくが愛したり完全に信頼したりした、ただ一人の相手との親密な輝きの中でまどろむ。
キーが頬づえをつく。汗の輝きが顔や乳房を覆っている。キーは毛布をのけ、部屋の冷気でほてった裸体を冷やす。ぼくは震える。
「あなたの参加儀式について教えて、ジェン」キーは言う。
ぼくは笑った。「それはまるで──何て言うんだろう──〈星〉について説明するみたいなもんだな」ぼくは言った。「自分が経験していないことを説明することはできないよ」
キーは愛らしい顔をしかめた。「でも、儀式のときには何が起こるかを知っているはずよ。長老たちが何か言ったでしょう?」
「ぼくが知っているのは、儀式の日に、ぼくたち一〇〇人は、もっといるかも知れないけど、宇宙船の谷間に連れて行かれるということだけだ」言いながら、おそれているかのように、自分の声がひそめられているのが分かった。
「宇宙船」キーは言った。そのとき、キーの顔にかすかな影がよぎったのを、ぼくが思い出したのは後になってからだった。
ぼくはうなずいた。「ぼくたちは宇宙船に入り、フォーチュン教会の最長老が演説をする。何を言うのかは分からないよ。でも、ぼくらに〈真実〉を与えるんじゃないかと言われている」
キーは疑わしそうにぼくを見た。「真実を? そんなに簡単に? なら、どうして今までその真実を聞いたことがないの?」唇に微笑を作っている。
「分からないよ」ぼくは肩をすくめる。「儀式は秘密厳守にされているんだ」
「ジェン」大きな黒い目で真剣にぼくを見ながら、キーは言った。「もし真実を知ったら、私に教えてくれる?」
ぼくはキーの高い額にキスした。「いいよ、キー」
「約束?」
「もちろん約束する」ぼくは部屋を見回し、光る球を見た。それは光だけでなく熱も供給していることが分かった。寝室はいつも外より暖かかったが、ぼくの感覚ではまだやや寒かった。
ぼくはベッド脇のテーブルから光る球を取った。「ぼくは儀式のことをきみに教えるよ。きみもこれについて、ぼくに教えて欲しい。ぼくはこんなものを見たことがない。キー」
キーはボールを取り、開いた手の上に持った。見開いた目が光を映す。「きれいじゃない? でも、私は科学者じゃないの、ジェン。どんな風に動いているのか、知らないわ」
「でも、きみたちが作ったんだろ──つまりきみたちブルーが?」
「もちろん」キーは笑った。「ほかにいないでしょ?」ぼくに眉をしかめて見せた。「あなたたちが思っているほど、野蛮人じゃないのよ、ジェン。だれが蒸気の発明をあなたたちに売ったと思うの?」
ぼくは肩をすくめた。蒸気力を発明したのはぼくたちだとばかり思っていたのだ。
「私たちは技術に長けた種族なの、あなたには想像もつかないような」キーは言った。「そのうち私たちは、あなたたちに、いろんなことと一緒に光る球の秘密も教えるわよ」
ぼくの視線が外にさまよい出るのをキーは見ていた。銀河が空に昇り、夜遅いことを図らずも告げていた。キーはぼくの胸に手を当てて、ぼくをベッドに押し倒した。「行かないで、ジェン。もっといて、お願い」
今家に帰るのとあと三時間いるのと、何の違いがあるだろう? 今まで両親がぼくの不在に気づいていないというのに。キーの願いは拒みようのないものだった。ぼくはシーツを引き上げ、香り立つ暗闇の空間を作り、ふたたびキーを組み伏せていた。
そのあと、ぼくは参加の儀式、〈星〉の接近、及びそれに続いて起こるあらゆることを考えていた。
「キー」ぼくは言った。その話題を避けるのはほとんど不可能だった。「あと一期たつと、氷が溶ける──」
キーはぼくの唇に指先を当てた。「しーっ。そのことを考えちゃだめ」
「ほかのことなんて考えられないよ! きみを失いたくない」
「私も、あなたを失いたくないわ」
「なら、一緒にいてくれ、山の下へ一緒に来てくれ──」だがそういいながら、自分の言っていることの馬鹿馬鹿しさが分かった。
キーは悲しげに微笑んだ。「そんなことできっこないと、分かってるでしょ、ジェン。あなたたちは──」言葉を切る。「五期たったら、私は戻ってくる。ジェン、あなたに会いに来るわ」
「でも、五期も? そんなに待ってたら、ぼくは気が狂う!」
「それは私も同じ。でも、私たちは五期待てば、お互いの狂気を癒し合えるわ」
やがてぼくは服を着て、無理やりキーに別れを告げ、暗い思いに沈みながら、アケリオンの人気のない氷運河を滑った。両親の家の外にランプが灯っている。父か母が、早めに出かけるつもりなのだろうか。ぼくは細心の注意を払って、ホールに忍び込んだ。
両親はぼくを待っていた。ぼくがホールを渡ると、玄関に近い部屋から両親が出てきて、ぼくを見た。
「ジェン」父親が言った。なにか頑固な響きが声にこもっている。ぼくのキーとの関係がついに発覚したのかとぼくはおそれた。
「どこへ行ってたんだ?」
「ぼくは──」自分がどもっているのに気づいた。膝ががくがくする。父はどんなにいい時でもぼくには全くの他人のように見える。今や、強く罪を糾弾する裁判官のようにしか見えない。「友達といたんです」
「誰だ?」鋭くきいた。「ケラーとナニか?」
何かが、何かが起こったという暗示が、ぼくの頭を振らせた。「違います。そうじゃなくて、ほかの──」
「誰だ?」また容赦なくきいた。
ぼくは父の目を見つめた。「女の子です」ぼくは言った。「喫茶小屋で会った女の子と、いました」
母親が頭を垂れて、泣き出した。自分がもう無垢な子供ではないことを母親に知られたとまどいで、ぼくは胸が焼けるような思いがした。
「お前は嘘をついている、ジェン」父が言った。
「嘘じゃありません。本当です──ごめんなさい」
「お前は、ケラーとナニといた。否定するんじゃない!」
ぼくは二人の名前を繰り返した。「どうして?」最後に辛うじて言った。「何が起こったんですか?」
父はどんな北風よりも冷たい目で見た。「今夜、ケラーとナニは宇宙船の谷の近くで教会の長老に逮捕された。最も深刻な事態の渦中にいる。もしお前が一緒にいるところを見つけたら──」その口調は、もしぼくが嘘をついていたら生皮を剥ぐぞとほのめかしていた。
「部屋に行け」
ぼくは逃げた。はじめは、キーとの関係がばれなくてほっとしたが、やがてその思いを恥じ、友人のことが心配になった。
翌朝も朝食の席で、父親はケラーとナニがどういう処分を受けそうかについて、何も話さなかった。ぼくにもきく勇気がなかった。父のほうもぼくにそのことについてきかなかったので、ほっとした。ぼくが誰といたのかを父が別の手段でつきとめようとするだろうとぼくは疑った。そして、自分はキーのアパートまでつけられてはいないことを確信した。
食卓を離れる前に、父はぼくに、次の期は七時までに帰宅するように申し渡した。快く同意したが、内心はキーとの時間を失うことを密かに惜しんでいた。
その日の大学での話題は、ケラーとナニの処遇に関することで持ちきりだった。二人だけが欠席していることで目立っていた。同級生たちは罰を想像してすごくはしゃいでいた。長期間の監禁から、鞭打ち一〇回まで諸説が流れた。ぼくはその手の予想は遠慮していた。気分が悪かった。もしぼくがキーと関係していなければ、ぼくはもっと弱気で、友人たちの巡礼の失敗に加担していたのだろうか、と思った。
授業のあと、ぼくはケラーの家に行ったが、窓は真っ暗で、呼んでも答えはなかった。都市を渡って、すごく遠回りして、キーのいる通りへ行き、誰もいなくなるまで片隅で待った。ぼくは七時ぎりぎりまでキーと過ごし、忠実な息子のように家に戻って、両親と夕食をともにした。
次の三日間、宇宙船の儀式の前に、ぼくは授業が終わるとすぐ、キーに会いに行き、父親に奪われ制限されたことで余計に貴重になった時間を、ともに過ごした。
大学では、儀式の前日、期待と興奮の空気が、修道院や教室を満たしていた。相変わらずケラーとナニがいないことが、ぼくの期待感を湿らせた。昼食時に食堂でぼくの最悪の予感が証明された。
フォーチュン教会のある最長老の子である小さな男の子が、ぼくのテーブルに近づいた。「おにいちゃんがジェン? ケラーとナニの友達?」
「それがどうしたの?」
「今日、聴聞だって」自尊心を膨らませながら、男の子は言った。「もし有罪なら、参加儀式は六期遅れるんだ」
ぼくはショックを受けて男の子を見た。二の句が継げない。その日の残りの時間はぼんやりと過ぎ、五時にぼくは都市を渡ってキーの部屋に逃げ込んだ。
そこでもう一つのショックが待っていた。ドアをノックしてぼくは入った。キーは寝室からぼくに呼びかけた。ぼくは外の部屋を見回し、何も変わっていないのを確認した。数秒たってぼくは、いくつかの物が、光る球や油絵などがなくなっているのに気づいた。
寝室に入ると、キーが荷造りしているのを見た。怪我をした脚で元気よく立ち、包んだ荷物を箱に入れている。
「キー──?」
キーはびっこを引いて、部屋を渡り、ぼくを抱きしめた。「ジェン──ああ、ジェン。私たち、任務を解かれたの。二人とも、仲介人の任務を。北への移住の時期が来たのよ。三日後に、アケリオンを出るわ」
「三日?」ぼくは信じられず、馬鹿のように繰り返した。そして首を振った。「三日後に行ってしまうのかい?」
その考えは、あまりに途方もなくて恐ろしく、想像もできない。
キーはぼくの目を覗き込み、ぼくの額から髪を払いのけた。「三日あるわ」ささやいた。「特別な時間にしましょう、ジェン。私が戻るまで、あなたが私のことを覚えているように」
ぼくは泣き崩れた。若い少年らしく。キーはぼくを抱きしめ、女性らしい気配りで、ぼくを慰めようとした。
ぼくは一晩中キーといた。父の門限など無視した。親父なんて糞くらえだ、と思った。どんな結果になろうが、ぼくはあいつには絶対に邪魔させない、ぼくが愛した女の子とのこの貴重な時間を。夜明けに、〈星〉が暗い空に昇ると、ぼくは家に戻り、挑発するように、両親の朝食に同席した。その朝、儀式の日、ぼくと両親は緊張した沈黙の中で食事をし、両親は、ぼくが門限を破ったのをあえてとがめることは避けた。

*****

アケリオン中の住民が都市の壁に集まり、ぼくたちの行進を見ているように見えた。教会の長老に率いられ、ぼくたちは、氷に刻まれた下り坂の道を、灯火に照らされながら行進した。耳の中に、群衆の喝采がこだまする。ぼくは明るく期待に満ちた人々の顔を見回し、ケラーとナニはいないかと探すが、見当たらない。
ぼくたちは都市をあとにし、初めて来る領域に入った。傾斜した広大な雪原で、氷板に刻まれた溝が、オレンジの灯火に洗われている。あたり一面が雪解けの兆候を示している。張り出した岩や氷の突端から、たくましい水銀の流れのように水が溢れ出す。ぼくたちはこの不気味な炎に照らされた景色の中を、何キロも歩いたようだ。ぼくたちの思いは、間近に迫る儀式にあった。友人たちがいないのは悲しかったが、ぼくは目の前に迫るものに興味を奪われていた。
おそらく一時間ほどたって、ぼくは遠くに、地面の穴の中から輝く一群の灯火の薔薇色の輝きを見つけた。近づくと、ぼくたちの真ん中にいるローブをまとった教会長老たちが、悲痛な歌を歌い始めた。ぼくの心臓はどきどきした。
ぼくたちは谷の入口に近づき、見下ろした。はじめは、氷に刻まれた幅広い階段が見え、そして宇宙船そのものが見えた。
いったいどんなものなのか、全く想像もしていなかった。船をあらわす写真や肖像の作成は教会によって禁止され、大人たちがふと漏らすとりとめない言葉やヒントから、ぼくは宇宙船のことを、巨大な氷の石筍、星ぼしに届く銀色の金属の殿堂に似たものとして想像していた。
ぼくは立ち止まって、驚きに口を開けたまま見つめた。確かに銀色で、巨大だが、そこまで銀色で巨大だとは想像していなかった。ダイヤモンドのように輝き、アケリオンで一番高いビルの五倍の大きさがある。塔のようにそそり立つ三角形の全長に沿って、一〇〇もの観望籠や窓が設置され、宇宙の深淵を旅してきたことによりすり減ったり変色したりした箇所が無数にある。初めて本物の船を見たことで、ぼくは自分たちの種族の成し遂げたことにどきどきするほどの誇りを感じた。このそそり立つ巨人に代表される生存の快挙に。
驚きのため息と叫び声が、ぼくの周りで、これを眺めている繊細なぼくたち新参入者たちの間で湧き起こった。だがぼくたちが宇宙船を観賞する間もなく、教会の長老たちがぼくたちを氷の階段へと追いたてた。谷間へ降りるにつれ、宇宙船はよりいっそう高く見えた。そのてっぺんに逆立つアンテナを見分けるのに、すぐに首を鶴のように伸ばさねばならなくなった。
階段を降り切ると、船の巨大なアーチ型の入り口の前で、ぼくたちは止まった。ぼくたちのグループの中で一騒動起こり、参入者たちが振り返って見た。そして見たもので、ぼくの中に喜びが膨れ上がった。ぼくたちの後ろの階段を二人の厳しい顔をした長老に先導されながら下りてくるのは、ケラーとナニだった。
ぼくは群集をかき分けて戻り、長老たちの不愉快そうな視線の中で、友人たちを抱いた。
「何が起こったんだ?」ぼくは息を切らしてきいた。
「ぼくたちは怒られたんだ」ケラーは言った。「それだけさ──ただ怒られたんだ!」ケラーとナニは、刑の執行を猶予されたという事実に茫然としているように見えた。ちょうどぼくたちみんなが宇宙船の眺めにショックを受けたように。
ぼくたちは光り輝く銀のローブをまとった教会の最長老に呼び集められ、船倉に招じ入れられた。
そこにぼくたちは、この超現代的な聖堂の崇拝者のごとく立った。最長老はぼくたちの前の演壇の上がり、演説を始めた。
ぼくにはその話の断片しか聞き取れなかった。ケラーが予言したことにかなり近かった。ぼくたちへの警告。アケリオンの新しい男女、ぼくたちの種族の未来、確立された原則を遵守すること、自分たちが価値ある市民と証明すること。
あれほど荘重な体験が、こんなつまらない演説で終わるのはがっかりだった。
「われわれアケリオン市民は、誇り高き高貴な種族を代表するのです、わが友よ。宇宙の真空を通って、われわれの種族は、新しい、居住可能な惑星を発見しました。われわれの世界よりも住みやすいさまざまな世界からやってきて、フォーチュン星を見つけ、住み着いたのです。われわれは困難や、不規則な季節の変動、厳しい気候を克服して、生き延び、のみならず、繁栄したのです。それでもなお──」その言葉はぼくたちの頭上にがんがんと響き、最長老は言葉を止めて、ぼくたち一人一人の顔をかわるがわる見た。「それでもなお、われわれの先祖が初めから打ち倒さねばならぬ、大きな存在がありました」
最長老はまた言葉を切り、ナニがぼくの手を見つけてつかんだ。思わずぼくも手を伸ばし、ケラーの手をつかんだ。「これだ」ぼくは言った。「真実だ」
「われわれの先祖が宇宙船で着陸したとき」最長老は抑揚をつけて言った。「われわれは厳しい季節、夏の炎と冬の氷の抵抗にあったのみならず、より恐ろしく妥協を許さない敵と出会いました──」
最長老は話を続け、ぼくはその言葉を聞いた。だが、その演説のとてつもなさに脳が麻痺して、話の半分も聞き取れなかった。「そして、われわれの先祖が、われわれの平和的意図を相手に納得させるべくコンタクトを確立する前に、相手は攻撃してきました。われわれの基準からすると、やつらは原始的でした。でも、やつらは奇襲戦法と恐るべき武力を持っており、われわれはほとんど降伏寸前まで行きました。この最初の恐るべき一週間で、われわれは多くの植民者を失いました。多くの専門家や科学者、われわれのフォーチュンでの存在をより危険から遠ざける役目を担っていた人たちを──」
ぼくは腹がむかついて、気分が悪くなった。
「だからこそ」最長老は言った。「われわれの原住民との関係は制限され、厳格に統制されているのです。どうしてわれわれは──たった千年前──われわれの罪もない先祖をもう少しで絶滅させようとした種族を信じることができましょうか?」最長老はぼくたちをまっすぐ見て、問いかけた。「どうしてブルーを信じることができましょうか?」
めまいがした。耳の血管がどくどく鼓動している。最長老は次の沈黙の誓いを述べ、教会への忠誠を述べた。ぼくたちは一人一人会場の前へ動き、ひざまずいて最長老の祝福を受け、その手を頭に当ててもらいながら、誓いの言葉を繰り返した。
そしてぼくたちは船の外にいた。神聖な船から遠ざかり、階段を上り、故郷の都市へ戻った。だがそこはもはや以前と同じ場所ではありえない。ぼくは帰りのことをほとんど覚えていない。ケラーが横にいて泣いていたことぐらいしか。そしてケラーは〈この星の青い肌の原住民〉をののしっていた。ケラーはまさしくそう言ったのだ。そして集団の反応から、みんなが同じ感情を共有していることが分かった。ぼくたちの通過儀礼は目的を達したのだ。二度とぼくたちはブルーを同じ目で見ることはあるまい。
ただし──ぼくはキーを愛している。そして、キーが優しい思いやりのある存在だと知っている。
大学で新規参入者たちのために宴会が催された。家族、友人も招かれた。ぼくは豊富な料理を一通り食べながら、政府の職員や教会長老の話を聴いた。通過儀礼の儀式によって、ぼくたちが一つにまとまったかのようだ。まるでぼくたちは敵と未来の困難に対処すべく統合されたかのようだ──ぼくだけが本当に切り離され、孤立した気分だったことをのぞけば。ケラーとナニが、恐れを知らぬ先祖の勇敢さについて話すのを聞いた。そして、これ以上聞いていられなくなった。機会を見つけるとすぐ、ぼくは両親や友人に断り、表面上は気分転換に外出するふりをして、抜け出した。休憩室でスケートを見つけると、大学のビルから都市を抜けて、キーの元へ向かった。

*****

キーは一人で座っていた。荷物を詰めた木箱や紙箱に囲まれている。ぼくは部屋に入った。キーはとてもさびしげで、泣いていたのが分かった。
キーは立ち上がり、びっこを引きながらぼくの胸に飛び込んだ。「ジェン」キーは言った。「私、考えていたの──私たちの状況を。ねえ、あなたも──」口をつぐみ、ぼくの顔を見た。「あなたも、私たちと一緒に来ない? 北極の都市へ。そこで夏が過ぎるのを待つの。可能だと思うわ」
ぼくの表情の何かが、キーを沈黙させた。キーと一緒に行くって? 一緒に行って、ぼくたちの先祖を襲った人たちと生活するって? とぼくは思った。ぼくはどんな風に受け入れられるのか、侵略者の子孫か?
「ジェン? ジェン、どうかしたの?」
ぼくはキーを見た。キーは知っているのだろうか? ぼくたちの種族を否応なく引き裂く過去の悲劇を知っているのだろうか?
「きみは知らないんだろう」ぼくは言った。「あの人たちは、教えてくれないんだろう」
キーは目を開いて見た。「ジェン?」
ぼくは息を吸った。「今日、参入の儀式があった」ぼくは言った。「今日、ぼくは真実を学んだんだ。きみに話すと、ぼくは約束したな──」
キーは手を上げ、ぼくの頬に触れた。「教えて」小さな声できいた。
「それはぼくたちがフォーチュンに着いたところから始まった」ぼくは言った。「ぼくたちの先祖に起こったことに」
ぼくは儀式での出来事、最長老が話した大昔の出来事について語った。ぼくは儀式の説明をしながらも、批判的であり、そのことをキーにもアピールした。過去に何が起こったにせよ、ぼくは教会の国粋主義的な敵意と異人恐怖症の強化政策には賛同できない、と。
話し終え

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