SF百科図鑑

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二〇〇〇年度 受賞作

スラーク狩り Hunting the Slarque エリック・ブラウン


ハンターは目を開け、頭上にかすかに水晶のドームを認めた。その背後に、王宮の天井の軒縁のごとく、空を覆う千もの虹が見えた。その虹の下を支えるように、一マイルもの高さの木々がそびえ立ち、その枝の中に、多様なデザインの家が設置されていた。巨大な昆虫(よく見ると、〈ヴェスプラ・ヴァルガリス・デネビアン〉であることがハンターには分かった)が木々のあいだを行き来していた。〈百万驚異世界(ワールド・オブ・ア・ミリオン・ワンダーズ)〉のデネブ第一七星にいるらしい。
おれが百万世界に? 生きてるのか? 奇跡だ。それとも夢? おれは死にかけてるのか、それとも意識をなくす間際の悪あがきの中で起こる、ちょっとしたたちの悪い冗談? この幻覚はすぐに消えて、完全な無にとって代わるのか? そう考えると恐ろしい。恐れることはないと言い聞かせても。死。自分が消滅するという恐るべき事実を理解できる意識を持つことはないだろう。
だがともかく、そうなっている。叫ぼうとした。
口が動かない。それどころか、体のいかなる部分も動かないと分かった。それをいうなら、何も感覚がなかった。頭を動かそうとしてみる。目を動かそうとしてみる。だが相変わらず、ドーム越しに虹色の空を見ていた。
精神的苦痛の後に、周囲の環境がよりはっきり感じられるような気がした。頭上の分光パラボラが視覚的打撃のように強烈だった。初めて音を聞き分けた。吟遊詩人が爪弾く音楽、滝の冷たい笑い、押し殺したさざめき、満足した群衆が、はるか下方を歩いているような感覚。
衰えゆく意識の産物ならば、これほど本物らしいはずがない。だが、自分が本当に生きているというもう一つの可能性も、ほとんど同じぐらい信じがたい。
あれほど過酷な襲撃を生き延びる人間がいるはずはないのだから。
心の中の目におぼろに、半分思い出した夢の中の景色のように、襲撃のことを思い出す。鉤爪と歯と刺と。ハンターは痛みを肉体的にも──乱暴に手脚をばらばらにされた──精神的にも感じていた。自分が死にかけていることを知っていた。
その精神的恐怖の瞬間の先には何がある?
襲撃が起こった場所はどこだったか。どれぐらい前だ? 一人だったのか、それとも──?
何よりも、あの女性の名を呼びたかった。自分の存在を証明するためというよりも、相手の安全を確認するために。
「サム!」だが声は形にならない。
現実にかけた手が緩むのを感じる。色はあせ、音は後退する。ハンターは滑るように落ち込んでいく──恐れていたように、忘却の中へではなく──日を浴びる鯨のような、うろ覚えの光景の中に大きくおぼろな様々な形のものがひそむ、無意識の海へと。ハンターは夢を見た。
ついに再び意識が戻るのを感じた。再び虹。弦の音楽と水の泡。ハンターはまだ視線を動かせないが、ひどく困っているのはそのせいではなかった。夢の中に現れた映像にまとまった秩序を付与しようという観念にとらわれていたのだ。
自分は〈タルタロス主惑星〉にいたのを思い出した──一〇〇〇年の間、惑星に生命を与えてきた暴力的な主恒星によって死刑宣告された、あの偉大で古くくすぶり続ける世界に。ハンターはタルタロスの動物系をカタログ化し、ホロ写真を撮影するために派遣されていた。その動物の大半は、地球のパリにある〈銀河動物学センター〉にも登録されていないのだ──そして、この惑星の生物の中でもユニークなサンプルをいくつか、超新星が爆発する前に、破滅から救い、外の世界へ運び出す期待もあった。
ハンターは、妻であり、自分の生きる喜びであるサムと来ていた──サムはハンターの子を身ごもっていた。サムの警告する叫び声を思い出した。そのときハンターは振り返ったが、レーザーを上げるには遅すぎた。恐るべき悪夢。歯と鉤爪と、痛み──ああ、あの痛み!
そして何よりも、サムの悲鳴。
そして死んでいきながら、サムの安全についての恐怖。
今、ハンターは泣きたかったが、そうする肉体的手段がなかった。サムの行く末を案じて魂がすすり泣くのを感じた。
無意識が非情にハンターを支配した。
永遠に思えるほどの時間がたって、次に目覚めたとき、交差する虹色のハッチの間の不等辺の菱形の空は、日没で薄い紅色で、現れ始めた星ぼしが浮かんでいた。おそらくクラリフォンだろう、楽器の胸が痛むほど美しい音色がその下の通路から浮かび上がってくる。
ハンターは目と頭を動かそうとしたが、無理だった。肉体のどの部分にも全く感覚がなかった。
冷たい恐怖が体を液体窒素のように駆けぬける。
ハンターには肉体がない──それが答えだ。ただの脳と二つの目だけ。それだけが襲撃を生き延びた。悪魔のような実験のモルモットにされ、目は空へ、二度と訪れることのできない星ぼしへと固定されたのだ。
ハンター。おれはハンター(狩人)だ。自分に思いだせる限り、それが唯一の称号だった。星ぼしを渡り歩き、銀河の動物相の奇妙なサンプルを狩り集め、膨大なホロビデオのライブラリーを蓄えた。更には、膨大な事例研究メモ。地球からジグマゼータに至る広範囲の動物学者、生物学者から重宝がられていた。ハンターは学者であり、最高の勇猛果敢な冒険家であった。タルタロスのような、格下の者ならば恐れるような場所にでも行く──果たして自分の死は銀河系にどう受け止められたのか、友人たちは悲しんだだろうか、嫉妬深い同僚たちは、ハンターが自分の価値を証明しようとして逆に何の業績も残せなかったことにほくそ笑んだだろうか。
タルタロスは二重に危険だ。恒星爆発による破滅の危険が差し迫った世界で、未知の獣の中を歩くことは。ハンターはプライドを我慢して、一人で来るべきだったのだ。しかし、サムを引き連れて来てしまった。
死の悲鳴のように心の奥深く鳴り響く憂鬱とともに、サムがこの探検旅行を思いとどまらせようと説得したのを思い出す。自分の頑固さを思い出す。「今更後戻りするところを他人に見せるわけにはいかないよ、サマンサ」
そしてサムがこう言ったのを思い出す。もしあなたが行くなら、私もついていくわ。サムの決断に、自分が心地よい、独善的満足を感じたのを思い出す。
再び無意識に襲われたとき、胸に刺すような痛みを感じた。

*****

だれかが見ていた。ハンターが閉じ込められている場所を見下ろしている。虹色の格子をどれぐらいの間見上げていたか見当もつかない。自分の記憶と後悔に思いめぐらしながら。そして、視野の片隅に、青い刺すような目と、奇妙な禿頭が見えるのに気づいた。
男は親切にも、ハンターの視線の中心に移動した。
自分をいたぶるこの男を見つめ、怒りを奮い起こそうとした。怒りに腸が煮えくり返る。〈きさま、おれが誰だか知っているのか?〉この男にききたかった。〈おれは銀河中に知れ渡り尊敬されているハンターだぞ! おれをこんな目にあわせるとはいい度胸だな!〉
両手を膝において体を支えながら、男はハンターを見下ろした。この男のどことなく気取った外見が、ハンターに震えるような反感を呼び起こした。ハンターを捕えているこの男は、貴族の白い騎士長靴と、ラッパズボンを履き、雪のように白い毛皮の袖なしのオーバーコートを着ている。顔は薄く血の気がない──着ているベストと同じぐらい青白い。
この男は白子の雀蜂を思い起こさせる。くぼんだ胸、細い腰、その下でひわいに膨らむ柔らかい腹。
ハンターから目を離さず、男は視野の外にいる誰かに小声で話しかけた。相手が答えをつぶやくのが聞こえた。男はうなずいた。
「私の名はアルバレス」男は言った。「驚かないでくれたまえ。あなたには危険はない。私たちはあなたの世話をしているのです」
奇妙にも、この言葉で安心するどころか、かえって、まだ夢を見ているのかもしれないという観念が破れ、この状況が現実であることを認めざるを得なくなった。
話そうとするが、言葉が出ない。
アルバレスは仲間にまた何か言った。その相手がハンターの視界に入った。金と真紅のローブを着た、太った男だ。
アルバレスは消え、数秒後、台車に乗せた長方形で不透明なスクリーンを持ってきた。アルバレスはそれをハンターの前にセットした。頭上の空がスクリーンに隠れた。スクリーンとアルバレスらの位置から、自分は床の上におり、アルバレスとでぶの男は、自分よりも高い壇上に立っていると判断した。
アルバレスがスクリーン脇のスイッチを入れると、ハンターはスクリーンを見た。
芸術作品か? すべてを見た〈百万驚異世界〉の疲れ果てた市民にとっては、おぞましいホログラムも価値があるのかも?
ホログラムは、宙に浮く一人の男を映していた──だがハンターが未だかつて見たことのないタイプの男だった。まるで不幸な芸術の対照にされて生皮を剥がれ、紫と赤褐色の筋肉の塊と、その上を走り回る腱や動脈や静脈の線を露呈しているかのようだ──医学部の学生のコンピュータのグラフィックが、骨格から生身の人間になるまで、層を一つ一つ重ねているかのようだ。
はじめハンターはこの人物がただの絵であり、動かないホログラムだと思っていた──それから人物の背後に動きが見えた。その人物が浮かんでいる液体の中を泡が上がっていくのだ。更に、喉元でかすかな鼓動が見分けられた。
なぜアルバレスらがこの怪物を見せているのか、理解できなかった。
アルバレスは身を乗り出した。「心配する必要はありません」アルバレスは言った。「あなたは回復しています、ハンターさん。ここへ来た時の状態を考えるとね」
ハンターに突然の理解が訪れた。再び、自分の鏡像を、現在の自分の怪物のような姿を見つめた。
アルバレスは画面を消し、運び去った。そして戻ってきて覗き込んだ。「あなたが快方に向かっているのが嬉しい、ハンターさん」太った同僚にうなずいた。「ドクター・フィッシャー」
医師は手の中のコントローラーに触れ、ハンターは再び心地よい忘却に入っていった。

*****

再び意識を取り戻したとき、環境が激変しているのに気づくのに数分かかった。ドームの眺めは実質的には同じだ──虹色の格子、塔のような木々──だが、かすかに動いている。数度右側にずれているのだ。
巨大で堂々としたガレオン船が、ゆっくりとドームを通りすぎるのが見える。一二本の傾いた、多彩色のマストが、そよ風に揺れている。ハンターはこの船が夕方の空を堂々と進んで、視界から消えるまで見守った──そして、船の姿を追うために、自分が首を動かしたことに気づいた。
はじめてハンターは周囲の直接の環境を知った。
ハンターはドームの薄片から成る、小さな居心地のよい部屋にいた。二つの壁にはタペストリがかかり、三つ目の外側の壁は、ダイヤモンドの切り子面で覆われている。
戦慄を覚え、頭を上げて、自分の体を見下ろした。裸だったが、最後に見た自分自身ほどの裸ではなかった。今度は皮膚をかぶっていた──日焼けして、健康そうな皮膚が、がっちりした筋肉の上にかぶっている。タルタロスの南のジャングルでの襲撃を思い出し、手脚を引きちぎられたという恐ろしい認識が甦る。
そして今再び、五体満足になった。
ハンターは再生ポッドの中にいた。カヌー型の細長い筐体は、蜘蛛の巣のようによく編まれた繊維を支え、この繊維の柔らかい肌ざわりがハンターの気分を和らげる。空中に浮いているようだ。導線や電極が体を覆い、ポッドの側面を這い回り、下のモニターへと消える。
ハンターは上体を起こそうとするが、腕を上げるのが精一杯だ。少し頑張るだけでへとへとになる。だが、死者からよみがえったというのに、何を望むのだ?
それから奇妙に矛盾した感情を感じた。もちろん生き返ったことに感謝している──最初の目覚めで経験した忘却へのおそれは、まだ記憶に新しく、奇妙な過去への恐怖と、新しい生命への深い感謝の念でいっぱいになるほどだ。だが、何かが、心の奥底で執拗につぶやく何かが、この再生がありえないという思いでハンターを圧倒するのだ。
いいとも、大変けっこう──ハンターは著名人で、己の分野で尊敬されている。だがそのハンターですら、自分の死など結局銀河系にとって大した損失ではないと認めざるを得ない。だから、分からないのだ。いったいなぜアルバレスは、あるいはアルバレスを雇っている人間は、何百万クレジットを投じてハンターを生き返らせる価値があると考えたのだろうか? サムにそんな処置を施す資金がなかったことは確かだ。たとえ共同資産を現金化したとしても。ハンターは裕福ではあったが、そこまで裕福ではなかった。タルタロスの辺境世界から百万世界の中心の惑星までの船旅の旅費だけで、破産していただろう。
生きてはいるけれど、なぜ生きているのかを考えると不安になる。
体の組織にしみわたる鎮痛剤のように、己の存在がぷかぷか漂っているような感じがする。

*****

目を開けた。
最初の部屋よりもずっと大きな部屋にいた。今度はドームの四分円を丸ごと使った部屋である。もはや、再生ポッドに固定されていない。ベッドの中に寝ている。胸の軽い痛みや締め付け感を除くと、気分がよい。恐る恐る体を起こし、脚をベッドから出す。和服のような短い白いガウンを着ている。脚と腕を調べる。覚えている通りの状態だが、奇妙に若返っている。老齢の兆しが消えている。考えうるあらゆる環境の中で、動物相を調べる生涯の間に食らった、変色や小さな傷が。深呼吸をし、息を吐く。いい気分だ。
立ち上がり、部屋をわたってドームの壁に行く。三段登り、せり上がった柱廊の上で立ち止まる。堂々たる星のガレオン船が、外を飛び過ぎる。あまりに近いので、甲板の上の人影が分かる。人間やエイリアンが集まっている。二、三人が仕事の手を休めてこちらを見る。一人の若い娘が手を振る。ハンターも手を上げて答え、船が去るのを見守る。自分の仕草を意識し、血管をどくどく流れる血を感じる。この瞬間、突然、生命のすばらしい恵みが自分に与えた可能性を認識する。
「ハンターさん」後ろから声がする。「ピンピンしているのを見て、嬉しいですよ、私は」
アルバレスが入口に立っている。部屋ごしに微笑みかけている。前よりも小さく見える。痩せたように見える。華美な服を着て──豊かな金のローブと、フリルのシャツ──ハンターの記憶よりも昆虫に似ている。
「どこから始めていいか分からない質問が、たくさんあります」ハンターは言った。
アルバレスは手を振る。棒のような手首から五十センチは下に、袖口がぶら下がっている。「適当な時になれば話しますよ。親愛なるハンターさん。何か飲みたいのではないですか?」ドームの曲面の下にあるテーブルに近づく。その表面には飲み物を選択する押しボタン式のパネルがついている。
「フルーツジュース」
「私も」アルバレスはそう言って、数秒後、黄色い液体の入った細長いグラスを渡す。
ハンターの思いは、タルタロスのジャングルに戻っていた。「妻は──?」
アルバレスはすぐに安心させた。「サマンサは元気ピンピンです。心配する必要はありませんよ」
「会いたい」
「手配中です。三、四日以内に会えます」
ハンターはうなずく。アルバレスに安堵や感謝を示すことには躊躇を感じる。妻は元気だし、自分は新しい肉体と再生された生命を与えられている──ならなぜ、心をよぎる影のような不安の痛みを感じるのだ?
「ハンターさん」アルバレスはきいた。「ここで目覚める前の最後の記憶は?」
アルバレスから、視線を遠くにある背の高い木々に移す。「タルタロス。ジャングル」と言う。
「実際の襲撃を──覚えちょるのですか?」
うなずく。「覚えているけど、ぼんやりとですね。そこまでの経緯は覚えていなくて、襲撃そのものだけです。何年も前に起こったことのようだ」
アルバレスはハンターを見ている。「その通り、ハンターさん。正確に言うと三年前です」
ふたたび、ハンターは、反応を見せるのを抑えた。今度は、ショック。三年だって! だが、サムはおれの娘を身ごもっていた。おれは娘の出産と、幼い日々を見ることができなかったのか──
「あなたが生きているのは、奥さんのおかげです」アルバレスが続ける。「奥さんはあなたを殺した獣を、熱線銃で追い払い、あなたのばらばらの死体をかき集めました」不愉快な表情をした。「ほとんど残っていなかった。頭と、胴体──奥さんは、それをキャンプにある冷凍ユニットで保存したんです。それからジャングルを通って、ボードレールに戻った。そこからここへの渡航手配を取った。あなたの再生が可能な唯一の場所ですからね」
ハンターは目を閉じる。サムの恐怖、絶望、狂おしい願いを感じる。それだけでサムが発狂するに十分だ。
アルバレスは続ける。「サムは多くの再生基金に援助を求めました。わが社があなたを調べました。そして私に報告が来たんです。私があなたの再生を認めようと決めたんです」
ハンターは首を振っていた。「でも、サムは百万世界への運賃をどうしたんです?」きいた。「再生の費用は? 方法がないはず──」いったいおれの再生の資金を得るために、サムは何をしたんだ?
「あなたたち二人分の旅費を借金せねばなりませんでしたよ。事実上無一文で、ここへ来ました」
「それからどうやって──?」
アルバレスは手を上げた。この男には何か気に食わないところがあるとハンターは思った。素早い横柄な身振り、禁欲と超越を結合した薄い顔。誰もが完璧な健康保持の手段を追い求めるこの時代、アルバレスの病弱な見かけは薄気味悪い。
「あなたの状況が私の興味を引いたんですよ、ハンターさん。私はあなたを知っている。あなたの仕事を追いかけ、あなたの成功を賞賛していた。あなたと同じような自然科学者とはいえませんが、私はちょっとした真似事をしているんです──
私は百万世界でたくさんのベンチャー企業を立ち上げています」アルバレスは続けた。「一番の気に入り、一番人気があって儲かるのは、〈異星生物学展示センター〉ですな。ここ首都にあります。毎年銀河中から何百万人という客が見に来ます。たぶん聞いたことはおありですな、ハンターさん?」
ハンターは必要最小限だけ首を振った。「動物園には興味もないし、共感もしませんな、アルバレスさん」
「それはずいぶんと時代遅れな、粗雑な表現ですな。私の展示センターは、昔の動物園とは全然似とらんぞ。センターに展示される種族は、銀河中から集められていますし、リアルな原始的環境のシミュラクラの中で生活しています。シミュラクラの環境は、何キロにもわたることもしばしばですよ。展示されている種族が故郷で絶滅に瀕している場合には、私たちはうまくいく生殖プログラムを準備しました。絶滅から救った種族は複数あります」口をつぐみ、ハンターを見る。「私は異星生物学のあらゆる多数の専門家を集めています」続けた。「大抵は、問題の惑星のオペレーターを雇って、必要な動物の捕獲と輸送を依頼し、展示物をアップデートしますが。あなたにお願いしたいのは──」
ハンターはジュースを飲まずに脇によけた。「私はカメラマンですよ、アルバレスさん。撮影するために動物を捕るんです。私は動物を捕獲する専門家ではありません」
「私に必要なのは、ある種の動物を追跡する能力を持つ熟練者です。実際の物理的捕獲はわが社のスタッフがやります。問題の惑星には、現地在住の専門家はいません。しかも、あなたは既に、あの台地に精通している──」
ハンターが遮った。「どこのことです?」
「決まってるでしょう」微笑しながらアルバレスが言う。「タルタロスですよ、もちのろんで」
その言葉が頭に染みこむのに数秒はかかった。ハンターは部屋の反対側にいるやけにきざな服装をした動物園長を見た。「タルタロス?」ほとんど笑い出しそうだった。「狂ってる。気違いだ。マッド。クレイジー。ルナティック。三年前に科学者が、遅くとも二、三年で、超新星が爆発すると発表してたでしょう」
アルバレスは平然と答えた。「科学者は見通しを改めましたよ。いまではあと一年大丈夫だと太鼓腹を押しています」
「太鼓判だろ」ハンターが突っ込んだ。
ハンターは部屋に沿って湾曲している段の上に座った。首を振って、見上げた。「申し訳ないが、アルバレスさん。私にとって、タルタロスはいやな思い出が多すぎるんです。それにそもそも、超新星の爆発が間近に迫っている場所に行くのは、はっきり言って馬鹿か気違いですよ」
「あなたは状況がわかっちょらんようですな。ハンターさんよ。あなたと奥さんは、私に巨額の借金があるんですぞ。五〇〇万クレジット近くの。あなたは法的には、今は私の使用人──」
「私は生き返らせてくれと頼んじゃいません。何のサインもしていない!」
アルバレスはにやっとした。「奥さんが関係書類全部にサインしましたよ。あなたの復活を望んだんです。私のために働くことにも同意しました」
ハンターは心の奥底で奇妙な感情が揺れ動くのを感じた。ささやくような声で言った。「妻はどこだ?」
「あなたの再生がうまく行くことがはっきりした六ヶ月前に、タルタロスに出発しました。ちょっとしたフィールドワークや、調査や、追跡の準備作業をしにね」
ハンターは目を閉じた。アルバレスはおれを手に入れた。
子供のことを考える。きっとサムは子供をタルタロスへは連れて行っていないだろう。「サムがタルタロスに行っている間、赤ちゃんの面倒は誰が見ているんです?」
アルバレスは本当に申し訳なさそうに、首を振った。「実はあなたの奥さんと会ったことはないんです。代理人を通じて交渉しましたから。奥さんの個人的な事柄については、何も知りません」
ハンターは立ち上がって、景色を眺めた。薄い霧へ向かって、行進しているように見える高い木立。虹色の天蓋。帆船。捕獲するために、動物を狩り、罠にかけるなど、おれのあらゆる信念に反している。その信念のために、おれが今までいったいいくつの濡れ手に泡の契約を拒絶して来たか、このキモイたぬき親父は知っているのか?
だが今回に限っては、あまりにも明白な相違点が一つある。アルバレスが捕獲を熱望している動物をタルタロスから連れ出すことができなければ、その種族は超新星による絶滅に直面するということだ。
それに、もうすぐサムと再会できるという追加の動機もある。
「あなたの要求に同意する以外の選択肢はなさそうですな」
アルバレスは酷薄に微笑んだ。「すんばらしい。あなたは常識をわきまえていると思っていました。あなたのような人が必要だったんですよ。私のコレクションの目玉として必要な生物を見つけるためにね」
「それは何ですか?」
アルバレスは劇的に強調するかのように、一瞬口をつぐんだ。そして言った。「スラークです」

*****

ハンターは、信じられんというようにその言葉を繰り返した。人類がタルタロスに植民するより前である一〇〇〇年昔、スラークとして知られる知的エイリアン種族が、この惑星で隆盛を誇っていた。あらゆる大陸に都市を造り、大洋を帆船で渡り、一六世紀人類に比肩しうる文明レベルに到達した。そして、数百年たって、絶滅した──あるいはそう一部の理論家が述べている。他の、少数の変わった学者が、スラークはより進化した形で現存し、南の大陸の、山の多いジャングルの台地に隠れ住んでいると主張している。目撃の報告はいくつかあった。恐るべき二足歩行生物との短い邂逅の、疑わしい〈目撃〉情報はあったが、現実の確とした証拠はない。
「ハンターさん」アルバレスは言っていた。「あなたに死をもたらした動物がどんな動物だったか、見当はつきますか?」
ハンターは身振りで答えた。「もちろん、分かりませんよ。あまりにもあっという間だったから。そんなチャンスは──」口をつぐんだ。
アルバレスが部屋を横切って壁のスクリーンの前へ行った。小さなディスクを入れ、ダイヤルを調節した。そしてハンターに向き直った。「奥さんがあなたの死の瞬間を撮影していました。これがその映像です」
スクリーンが明るくなった。ハンターは五、六歩進み、見たものに釘付けになったかのように立ち止まった。映像が記憶と感情を呼び起こす。それは心に溢れ出してくる。ハンターはジャングルの映像を見つめ、タルタロスに特有の強烈な腐敗臭をほとんど感じるような気がした。南国の気候の中でいや増す熱気に腐敗する野菜のような物の匂い。多数のカタログにない鳥や動物の叫び声。ふたたび、いつ何時太陽の爆発でぶっ壊れてもおかしくない惑星の未開のジャングルにいるという不安と歓喜のないまぜになった感情を感じる。
「よく見てくださいよ、ハンターさん」アルバレスが注意した。
ハンターは自分の姿を見た。背景の中のスクリーン中央にいる小さな人影を。これはサムが実地調査旅行の際にいつも作成するドキュメンタリー・フィルムの冒頭に挿入する導入映像だ。
それは五秒で終わった。
ハンターは、ジャングルの樹葉の切れ間から見える血のように赤い空を一瞬指差した──次の瞬間、背後の草むらから何かが跳び出した。ハンターの背中に襲いかかり、引き裂き始めた。
ハンターは粗い画質の映画を見ながら、襲撃者を見定めようと頑張った。襲撃は草むらの中で起こっており、カメラからは大部分が隠れている。見えるのはピンと立って曲がった動物の尻尾だけだ──サソリの尾に似ている──それは獲物の体の上に何度も何度も振り降ろされる──
そこでフィルムは終わった。サムが熱線銃で動物を追い払ったのだ。スクリーンは何も映らなくなった。
「私たちは確信する理由があるんです」アルバレスが続けた。「この生き物が、タルタロスに最後に生き残ったスラークの夫婦の、女性のほうだと」
「くだらん!」ハンターが叫んだ。
「スラークは退化したのです」アルバレスは続けた。「もはや知的ではありません。実際、腹の減った野生動物と五十歩百歩です」口をつぐむ。「ハンターさん、このすごい可能性にお気づきですか? もし私たちがこいつらを捕まえて、絶滅から救い出せば、どんなにすごいことか? このエイリアン種族の最後の夫婦を」
ハンターは手が震えているのを感じながら、反論のジェスチャーをした。「これがスラークの生き残りだという証拠はない」
「この刺は、スラークだとされている遺体の解剖学的構造に酷似しています。タルタロスのほかの生物にはそんな特徴はないでしょうが?」アルバレスは息を入れた。「それにあなたの奥さんはタルタロスで頑張って働いています。いくつか非常に興味深い情報を得ていますよ」
ローブのポケットから、アルバレスはイヤホンらしきものを出した。「二ヶ月前、奥さんはこの進捗状況報告をよこしました。あなたに預けましょう」ベッドの脇のテーブルの上に置いた。「三日足らずの間に、タルタロスに出発します、ハンターさん。じゃあ、とりあえずさようなら」
アルバレスが部屋を去ると、ハンターは急いで部屋を横切ってベッドのところへ行き、イヤホンを取った。妻の声を聴くのだと思うと、手が震える。右耳にイヤホンを入れ、スイッチを入れた。
涙が浮かんだ。妻の言葉で、たくさんのつらい記憶が甦る。目の前に妻がいる、穏やかな卵型の顔、後ろに撫でつけた黒髪、レコーダーに向かって喋りながら空を睨む緑色の目。
ハンターはベッドに横たわり、目を閉じる。

*****

タルタロス暦一七二〇年聖ジェローム三三月メリー日、アポリネール・タウン

銀河暦でいうと──よく分からないわ。ここに来てから数ヶ月だけど、もう何年もいるような気がする。時々、この惑星を超えたところにある何もかもが信じられなくなる。太陽がすべてを支配している。昼間は、膨らみながら腐る太陽が空いっぱいに広がっている。夜でも、空はその光に赤く輝いている。周りの何もかもが、当然だと思っているタルタロスの毎日の生活が、あと一年で燃え尽きてしまうなんて不思議だわ。この事実が、ここでの生活を圧倒している。すべての人に影響を与えている。この町の周辺には無気力とけだるさの奇妙な空気が蔓延している。大規模な避難が始まる前の時間つぶしにみんな仕事をこなしているような感じ。犯罪率は上昇。暴力は日常茶飯事。奇妙なカルト宗教の発生──しかも、〈究極犠牲教会〉よりも奇妙な。
アルバレス、ハンターが元気になったら、この記録を渡して欲しいわ。進捗状況報告が欲しいのは分かっています。今から報告します。でも差し支えなければ、夫に話をさせて。
私はハルベック・ハウス・ホテルにいます、ハンター──運河を見下ろすダブルの部屋。最後のフィルムを編集したあのバルコニーでこの口述を行っているの。話している今も、沈んでいく太陽が見えるわ。不快なほど暑い。でも少なくともかすかなそよ風が感じられる。運河のほとりの木々には、夜鴨の群が集まっている。もう少しでその歌声が聞こえるわ。夜になれば。遠くのバルコニーの桟から、レフェブル・マンドリルの群が私を覗いてる。ハンター、あなたが嫌いだった動物よね──でもその目に、ぼんやりした憂鬱を感じる気がするわ。あの生き物は、終末が近いのを知ってるのかしら? ねえ、あなたどう思う?
(あら、それはそうと、アポリネールのホテルは、未だに最高級のレモンビールを出してるのよ。うーむって感じ)
いいわ、アルバレス、分かってます──私の作業の進行状況を知りたいのね。
三日前、一か月の内地への調査旅行から、戻ったの。その間、アポリネールにもボードレールにも一度も戻らなかったわ。追いかけようと思っていた手がかりが全部尽きた──関係者はしゃべりたがらない。迷信のせいなのか、私に馬鹿にされると思ってるのかは知らんけど。会見したかった二人の人物──一〇年前〈なにか〉を撮影したフリーの映画監督と、スラークを見たと主張しているウラン探鉱業者──映画監督は二年前にタルタロスを去っていたし、探鉱業者は死んでいた。〈国立歴史博物館〉の館長とアポを取ろうとしたけど、たまたま不在で、一週間は戻らないらしかった。私はその館長に伝言だけ残して、内地の探検に行くことに決めたわ。
ハンター、もうアポリネールから〈オーニソプター(羽ばたき機)〉の送り迎えは出ていないのよ。ガブリエラ社は権利を売り払い、この星から撤退したわ。新しい所有者は、本拠地をボードレールに移したの。もちろん、理解できることよ──最近では、南部の内陸地に興味を持つ自然学者にしろ、地理学者にしろ、探鉱者にしろ、滅多にいないからね。この地域への唯一の訪問者は、さっき言ったおつむのネジのぶっ飛んだカルト宗教の信者だけ。俗に言う〈スラーク教徒〉。岸辺にあるエイリアンの寺院への巡礼の途中で、ここを通るのよ。そこで何をしてるんだか。スラークの全能の神に生贄を捧げてるって噂だけど。
とにかく、オーニソプターが飛んでないもんだから、バイソン・トラックと武装警備員二人を雇って、内陸地に行ったわけ。
最初のキャンプ地に着くまでに四日かかったわ、ハンター──覚えてるかしら、滝の下の岩場の水溜りを? そこから高原のふもとまで更に二日。あのあなたが──襲撃事件が起こった場所まで。私が覚えていたまんまだったわ──小さめの〈泥火山の木〉の間の入り口を分け入っていくと、もっと高い木々が両側から天を葉で高々と覆い、太陽をぼんやり消し去っているの──警備員をバイソン・トラックのところに残して、空き地のふちに立ち、三年前起こった出来事を思い出していたわ。
なぜそこに戻ったんだとあなたが言うのが聞こえる気がするわ。なぜ私がそんなに自分を苦しめるのかって。覚えているかしら? 私、遠くに遠距離撮影用のカメラをいくつかセットしておいたの。旅行している間に、この地域のもっと臆病な生物たちが写る可能性があるかもと思って。あの襲撃事件の後──慌ててボードレールに戻ったから、カメラも機材も置きっぱなしだったのよ。そしてふと思いついたの。もしスラークが戻ってきたなら──それがスラークだという前提でだけど──フィルムに写っている可能性があるじゃないって。あの夜、空き地で、私はあらゆるそれらしい足跡を見たわ。夜行性の動物だの、草食性の四足歩行動物だのの映像を見たけど、スラークはいなかった。
次の日、襲撃事件が起こったエリアから、私は法廷資料用のサンプルを採取したわ──踏み荒らされた草むら、掘り返された土、その他もろもろ。アルバレスの部下がここに着いたとき、調べてもらうためにね。それから追加のカメラをセットした。今度は撮影した映像をアポリネールの私の本拠地に転送するように設定しておいたわ。
それから周辺のジャングルに、二、三の簡単な調査探検を企てることにしたの。二週間分の食料と水があって、警備員は時給制だったから、文句を言う理由はなかったし。一日おきに、私たちはジャングルに巡回探検を繰り返したわ。夕方にはキャンプ地に戻ってきた。こんな風にして、優に二〇〇平方キロ四方は調べたと思う。私は常時撮影し、土のサンプルを採取し、毛や骨のサンプルを採取したわ──言うまでもなく、スラークには会わなかった。
アポリネールを出て一月足らずあと、私たちは戻り始めたわ。私はすごくがっかりしていた。何も成し遂げていなかったし、あのおぞましい日の恐怖の体験についてすら、何ら解決していなかった。奇妙なことだけど、私はひどくいやいやながらとはいえ、アルバレスのために、この調査旅行でタルタロスに戻ってきたのだし──もしあなたの莫大な治療費用の返済目的でアルバレスに雇われたということがなければ、喜んでタルタロスを放置し、スラークが太陽爆発で焼け死のうがどうしようが、知ったこっちゃなかったのに。でもそれはそのときで、今は今よ。ここに来て二、三日後に、私は突然、あなたを殺したのが何者かを知りたくて仕方がなくなっていた。そいつがスラークであって欲しかったわ。かつて知性があり、三つの大陸に大都市を建設したのに、今はもう消えてなくなったというこの奇妙な種族について、もっと知りたくなっていた。そいつが〈なぜ〉あなたを襲ったのかを知りたかった。基礎的な動物的要求以外の理由があればの話だけど。
何も突き止められずに内陸地をあとにしたのが、すごく残念で胸が痛んだ。
ハルベック・ハウスに戻ると、アポリネールの自然歴史博物館長のメッセージが来てたわ。私たちのフィルムを二つ見たけど面白かった、ということで、会うことを承諾してくれたの。
ムッシュー・ダーニアは八〇代前半で、すごく学も威厳もある人。話しているとまるで自分が子供のような気がしたわ。私は、襲撃事件のことを話し、犯人の動物を捕まえたいことを話した。ニュースでその事件をたまたま聞いていたということで──喜んでお手伝いしたいと言ってくれたわ。そういう話になったもんだから、スラークの話をすんなり切り出せなくなっちゃった。ダーニア氏に全くの変人と思われたら困るもの──アポリネールくんだりまで来た気違いカルト信者の一人とか思われたらまずいし。一度だけ、その話題に遠回しに探りを入れ、とうとう言ったわ、フィルムを見ながら、「この獣が、スラークの遺体の化石に表面上似てるって言う人がいるんですけど」って。もちろん、私は慌てて付け加えておいたわ、「私はそんなこと信じちゃいませんけどね」って。
館長は私を怪訝な眼で見て、「実は私もそれを信じてるんだよ、スラークの退化した子孫が、まだ南大陸の内地に住んでいるという説をね、まあ一般的ではないんだけど」と言ったわ。
そこで館長は話をやめて、私にきいたの、「ロジャースとコーディの話を知ってますか?」って。私は知らないと答えたわ。
ダーニアが言うには、二人は八〇年代の宇宙パイロットだったらしい。シャトルはひどいエンジントラブルに陥って、中央山地に墜落。遠隔地の雪に覆われた谷間に不時着した。そして、二度と見つからなかった。二人とも死んだと思われて放置されていた──ところが一年後、ロジャースがアポリネールに現れたの、よろめきながら、半ば譫妄状態で、ひどく霜焼けして。この事故の唯一の生存者は、高い山を越え、大陸の半分を渡ってきたのよ──これは三〇年前、地球でも大ニュースになった。退院できるほど回復したとき、ロジャースは、スラーク生存説の著名な支持者であるダーニア氏を探し出した。
ロジャース副官の主張はこうだった。自分は、内陸地の山の要塞で、スラークと会ったんだと。
ロジャースが何度も何度も、スラークを「この目で見た」と繰り返しているのは明らかだったそうよ。しかも、その会合は悲惨なものだったと──それ以上は、何も言おうとしなかった。ロジャースはその内容を告白する必要があって来たのだと、でも、いざそのためにここへ来てみると、経験の重みがあまりにも過酷過ぎて、もはや思い出したくもなくなっていたのだと、ダーニアは感じた。
私はダーニアにきいたわ、ロジャースの話を信じていますかって。
信じてるという答えだったわ。ロジャースはその主張を公表しようとしなかったし、それで金儲けをしようとも考えていなかった。あの生物と会ったことについて、嘘をつく理由が見当たらないというの。内陸地で何が起こったのかは謎だけど、それが副官を精神衰弱状態に陥れたのは明白だったって。
ロジャース副官がどうなったか知っていますか、まだタルタロスにいるんですか? と私はきいた。
館長は答えたわ。「三〇年前、ロジャース副官は改宗して、〈究極犠牲教会〉の新入りの教徒になりました。あのひどい組織の中で、今も生きながらえているのなら、まだタルタロスにいるでしょう。海岸沿いにあるバラバスの修道院でも訪ねてはいかがです」
そこで私は昨日、内陸水路の艀を借りて、それからポニーを使って、岸壁の上にある〈カルタゴ聖キプロス修道院〉を訪ねた。
私は、豪華な正面玄関を入ったところで、盲目の僧侶に迎えられたわ。黙って私の説明を聴いていた。わたしは言ったわ、「アンソニー・ロジャースという人と話したいんです。もとタルタロス船団の副官です」。僧侶は答えた、「ロジャース神父は喜んでお会いになるでしょう。今週、最後の訪問客を受け入れていますから。三日前に、追加の贖罪手術を受け、完全隠遁の準備に入っています」と。
僧侶は古風な修道院の中を案内した。私は少なからず不安になっていた。それまでは、究極犠牲教会の信徒なんて遠目にしか見たことはなかったし。わたしがどんなに神経質かは知ってるでしょ、ハンター。
僧侶は、大海を見下ろす美しい庭に私を残していなくなったわ。私は木のベンチに座り、海の向こうを見渡した。空は白熱し、夕方に向けて時間をかけて沈んでいく太陽が、水平線に巨大にかかっている。
僧侶が戻ってきたわ、荒削りな木の車椅子に──〈包み〉を乗せて。そこに乗っている人は、手も脚もなくて、下り坂を押してもらいながら左右に揺れてたわ。前に落ちないように、腹部を革の紐で留めてあった。
僧侶は車椅子を私の前に止めて、「じゃ、私は席を外します」と言ったわ。
私──今になっても、修道院の庭でのロジャース神父との会見をどう思ったのか、あるいは感じたのか、表現するのは難しいわ。肉体的劣化、自主的手足切断のせいで、ベビー服にくるまれた赤ちゃんのような、何らの脅威もなく悲惨な外見──だからたぶん、私が脅威を感じたのは、神父がそういう手足切断を本当に実行してしまうほどこの宗教にはまっているという事実に対して、頭で理解が及ばないことから来ていたんだと思う。
それと、私が戸惑ったのは、その赤ちゃんみたいななりの男の、角刈りの頭や、よく日に焼けた肌、鋭く青い目に、かつての宇宙飛行士の面影がはっきり見えたこともある。
私たちはしばらく、当たり障りのない話題でお互いを警戒して自己防衛していた。神父のほうは、私の動機を怪訝に思っていたし、私のほうも、エイリアンと会ったという神父の主張をどうやって話題に出したものかと、決めあぐねていたから。
そのときの会話は記録してあります。編集してこの報告に添付してあるわ。ロジャース副官の話題が脱線したところはカットしてある──なにしろもう九〇歳代で、たいていの時間は、頭が違うところに行っちゃってるような人だから。時々、全く話すのをやめて、遠い目になるの。まるで山の中で生き抜いてきた過酷な重荷を降ろすみたいな目で。以下の説明の中には、二、三、私自身のコメントや説明も入ってるから、そのつもりでね。
私はまず、こういう話から始めたの。「もう三年近く前、スラークらしき存在の襲撃にあって、私は夫を失ったんです」と。
ロジャース「スラークじゃと? スラークと言ったのかの?」
サム「一〇〇%の確信があるわけじゃないんですが。間違いかも知れません。とにかく、直接知っている人を探していたんです──」
ロジャース「スラークのう──イエス・キリスト様が、浅墓な魂に慈悲を下さるじゃろうが。ずいぶんと昔の話じゃ、かなりの昔じゃよ。わしは時々、本当に起こったことなのかと──いや、起こったのじゃ、わしは知っとる。あれが夢とか悪夢だったはずはない。本当に起こったんじゃ。だからこそわしはここにおるんだから。あの山地で起こった出来事がなければ──わしは光を見ることはなかったろう」
サム「何が起こったんです、神父さん?」
ロジャース「むー? 何が起こったと? 何が起こったと? わしが言ってもどうせ信じんじゃろう。あんたは他のみんなと似ておる、信じない連中と──」
サム「私もスラークを見たんです」
ロジャース「そう言うか、そう言うか──長いことわしは、誰にも話しておらん。信用されないことに疲れたんじゃよ。うん。みんな、わしが狂ったと思っておった──だがわしは、誰にも本当に起こったことを話しちゃおらん。あの事件が起こってから、あまりにも間がなかった。当局が出かけて行ってコーディを見つけ、逮捕するんじゃないかと恐れたんじゃ」
サム「コーディ? お仲間の宇宙飛行士ですか? でも、宇宙船の墜落で亡くなったと思ってましたが──」
ロジャース「それはわしがそう話したというだけじゃよ。そう言う方が楽じゃから。コーディも、自分がもう生きていないと思われたがっておった。あの罪びとはな」
サム「神父さん、何が起こったかを話してくださいますか?」
ロジャース「あれは──何年前じゃろう? 三〇年? もっとか? コーディがまだ生きておるという可能性は低い。おお、蓄えはたくさんあった。だがな、ここまで──ここまで来る間に、やつは病気になり、どんどん悪化したんじゃ。やつはわしに約束させたよ、俺のしたことは絶対誰にも言うんじゃないよって──そしてわしは今まで言わなかった。だがコーディはどうせもう死んでから長いはずじゃから、今更話したからとて何の害もあるまい?」
(ここで神父は話をやめたの。そして、遠い目になり、夕暮れの空にシルエットになるゴシック風の修道院を見つめていたわ。目に涙が流れていた。私は申し訳ない気持ちになっていた。神父をこんな目に遭わせていることに、自分の一部が良心の呵責を覚えていた。でも、神父がほんのさわりだけ話したことに、私は興味を引かれていたわ。三〇年ほど前のあのとき、何を神父が体験したのか、私は知らなければならなかった。)
サム「神父さん──?」
ロジャース「ええ? おお、そうじゃった。墜落じゃな。わしらは早く降りすぎたんじゃ。理由をきかんでくれ。わしもよく覚えとらん。奇跡的にわしらは生き延びた。中央山地の高い谷間にいるのにわしらは気づいたのじゃ。周り中を雪に覆われた峰に囲まれておった。わしらのシャトルは小さな船じゃった。無線はいかれ、他には外の世界との通信手段は何もなかった。わしらは、船団が長い時間をかけてわしらを捜索するとも思えんかった。食料などは何年分のたくわえがあったし、船の一部は完全には壊れておらんかったから、居住空間として使えた。わしは周りの丘に何度か探検を企てた。出口を探した。中央山地の下の海面に近い高さのジャングル地帯に行き着ける経路をな──じゃが、道はあまりに険しく、雪は通り抜けできんほど深い。
そういう探検のあるとき、わしは初めてスラークを見たんじゃ。船に戻りながら、腰の深さの雪だまりを進んでおった。骨まで凍りつき、この氷地獄から永遠に抜けられないんじゃないかという思いにうんざりしておった。
スラークは谷を見下ろす丸い岩の上に乗っておった。四つん這いで。だがそのあとまっすぐ立つのが見えた。わしを見ておった。ずっと遠くで影になっていた。じゃからわしには細かいところは見えんかった。弧を描いた尻尾が背中の周りを鞭打つのは見えたがな。
そこで船に戻ったとき、わしはコーディに、何を見たかを話したんじゃ。コーディは長い間わしを見つめて──わしはてっきり、気違いと思われたんだと思った──だが、うなずいてこう言ったんじゃ。『知ってるさ。もうこの三日というもの、やつらはおれと交信している』そこで今度は、わしがコーディをいかれてると思う番じゃった。
(ロジャースの目は、また焦点が定まらなくなったわ。もう修道院を見ていない。山の谷に戻っていたの)
ロジャース「コーディは奇妙に穏やかで、幻視力を授けられた男のようじゃった。〈交信〉とはどういう意味なんだと、わしはきいた。やつはまっすぐわしを見ながら、自分の頭を指差した。『やつらが思考をここに送り込むんだ──言葉じゃなく、思考だよ。感情や、事実──』
わしは言った。『コーディ、お前はとうとういかれたな。そんな戯言はもうやめろ!』じゃがコーディは、わしがいないかのようにわしの方向を見つめておったがわしを見ておらんかった。そして語り始めた、スラークについて話し始めた。あまりに膨大な話で、コーディが知らなかったり理解できなかったりする細部もたくさんあった。結局わしはおびえた、本当に怖くなった。一言も信じたくなかったが、同時に半ば信じている自分にも気づいた──
コーディは言った、あと二人しかスラークは残っておらんと。二〇〇歳の年寄りじゃという。若いころは海岸に住んでおったが、南大陸に人間が来て、太陽の熱の上昇で氷が解け、更に南へ移動させられた。中央山地の雪原の中へ。コーディは言った。ある種の動物がいなくなったので、スラークは減少していると。その動物にスラークの存在は依存していたが、遠い昔に絶滅した。コーディは言った、女のスラークが一人の子を宿している、すぐに生まなければならないと──その夜やつはいろんな話をした。外では雪が降り、風が吠えている──じゃが、わしがやつの話を忘れてしまったのか、それとも恐怖のあまり聞いていなかったのか──わしはまっすぐ風の中に出てゆき、船の周りに電気柵をめぐらし、一番恐ろしい捕食獣を撃退できると確信できるまで、わしは作業の手をとめなかった。
一日か二日間、わしはコーディの通り道を避けた、やつが何かに汚染されてるみたいに──私は自分のキャビンで飯を食い、コーディの話したことを考えんようにした。
ある夜コーディはわしのキャビンに来た。ドアをノックした。そこに立ってわしを見ていた。『あいつらが、おれたちのどちらかを欲しがっている』コーディは言った。そう言うや否やわしは、これこそ最初から恐れていたことなのだという気がした。その〈あいつら〉が誰なのか疑う余地はない。あの時わしはおかしくなっていたと思う。わしはコーディに襲いかかり、ぶん殴って、キャビンから叩き出した。怖かったんじゃ。ああ、キリスト様、わしは怖かった。
朝、コーディはまたわしのところに来た。奇妙におとなしくて、よそよそしかった。船倉にあるものをわしに見せたいと言う。わしは注意した、罠かも知れんと。武器を持って、やつについて、壊れた後部の廊下を下り、船倉に行った。中吊りボックスに行き、蓋を開けて、『見ろ』と言った。
わしは見た。わしらは囚人を運んでいた。タルタロスから地球への旅に送りだされようとしていた犯罪者じゃ。タルタロス政府職員の殺害容疑で裁判にかけられる予定じゃった。わしは何を運んでおるかよく知らんかった──出発まで積荷明細を見ることはなかったからな。だがコーディは見ておった。
やつは言ったよ、『どうせ地球で処刑されるだけの運命だったんだ』
『そんなことはない』わしは言った。
コーディはわしを見つめた。『きみかやつがどっちかだ、ロジャース』そう言ってレーザーをわしの頭に向けた。わしは自分のピストルを持ち上げたが、燃料が空だった。コーディはただ微笑んだ。
わしは言った。『だが──だが、この男を使ったあとは──この男でどれぐらい持つんだ? やつらが、おれたちのどちらかを次に欲しがるまでに』
コーディは首を振った。『長くはないさ、信じてくれ』
わしはコーディに向かってわめき、泣き、ののしったが、この論理のゆきつく恐ろしく避けがたい結末は、わしをすり減らした──囚人かわしか──とうとうわしは、中づりボックスを船から引き上げるのを手伝っておった。そして雪の中、谷の反対側の端に運んだ。スラークのために蓋を開けておいた──わしは──今日に至るまで自分を許したことはない。自分を生贄にする勇気があればよかったのにと、今でも思う」
(そしてロジャースは崩れた。頭を垂れて泣き出した。わたしはできるだけ慰めようとしたわ。陳腐な言葉をつぶやいて、手を肩にかけた)
ロジャース「あの夜わしは、二つの幽霊のような影が谷の端に現れるのを見た。そしてボックスから囚人を引き上げ、雪の中を引きずっていくのを。次の朝、日が昇るとすぐわしは、身繕いをし、食料の分け前を取り、コーディに出口を探しに行くと告げた。ここに一緒に残るよりは、頑張って死ぬほうがましだと。わしの計算では、スラークは囚人に忙しいから、谷から抜け出すわずかなチャンスがあるはずじゃった。そのあとは──誰にも分からんが。
コーディは何も言わなかった。ただわしを見ていた。わしは一緒に来いと説得したが、やつはただ頭を振って、わしには何もわかっとらんと言った。やつらはコーディを必要としておるんだと──そこでわしはコーディを置き去りにして、北へ向かった。エイリアンと、雪と寒さを恐れながら。わしに思い出せるのは、谷とスラークから逃げ出したことと、そのときのものすごい安堵感だけじゃ。他はほとんど覚えとらん。わしが逃げようとしているものの恐怖に比べれば、山の中で一人で死ぬことなど大したことはない。中央山地から海岸までは一五〇〇キロあると言われておる。わしはよく知らん。ひたすら歩きに歩いた」
(そのあと、神父は長い間黙ってたわ。とうとう、ほとんど一人ごとのように話し始めた)
ロジャース「可哀想なコーディ、哀れな、哀れなコーディ──」
サム「それで──あなたは教会に入ったと?」
ロジャース「帰ってすぐじゃった。それが唯一の──なすべきことに見えた。わしは罪を償わねばならんかった。生還を神に感謝し、同時に、自分が生き残った事実について、償いをしなければならんかった」
私たちは、しばらく黙っていた。ロジャース神父は過去を思い出し、私は未来のことを考えていたけど。何をなすべきかは分かっていた。持参していた南大陸の地図を開き、車椅子の腕と腕の間に広げた。そして、どこにシャトルが落ちたんですかと尋ねた。長い間神父は地図を見ていたけど、眉をしかめ、最後に、おおよ座標位置を教えてくれたわ。その谷にק??をつけておいた。
私はもうしばらく座ってロジャース神父と話を続けた。それから庭に座って海を見ている神父と別れて、アポリネールに戻った。
それが昨日。今日は探検旅行の準備よ。残念ながら今度はどの警備員も同行を渋ったわ──旅行の予定期間が長いのと、太陽が不安定なせいね。私は明日のために、バイソン・トラックに食料と水と武器をたくさん積みこんだ。私の見積もりでは、船が落ちた谷までの一五〇〇キロを行くのに二ヶ月はかかるわ。幸い、惑星全体の気温の上昇で、中央山地の高地の雪は解けている。旅の足は割と楽になりそう。幸い太陽はもうしばらく安定してそう。でも毎日暖かくなっているようね。私の聞いた最新の予報では、あと六から九ヶ月は大丈夫だろうということだけど──
谷に着いたとき何が見つかるかは見当もつかない。コーディでないことは確かね。ロジャース神父が言ったように、三〇年も経ってるから、とっくに死んでいるはず。うまく行けばスラークを見つけるかもね。通り道に、発信ビーコンを置いておくわ。あなたたちが着いたときに追って来られるように。いつになるか知らないけど。
いい、アルバレス、こんな感じよ。差し支え

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